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ブログタイトル
新イタリアの誘惑
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/gloriosa-jun
ブログ紹介文
ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。
更新頻度(1年)

106回 / 365日(平均2.0回/週)

ブログ村参加:2016/06/03

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新イタリアの誘惑さん
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新イタリアの誘惑
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106回 / 365日(平均2.0回/週)
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新イタリアの誘惑

新イタリアの誘惑さんの新着記事

1件〜30件

  • トスカーナ① モンテプルチャーノはのどかな山岳都市。フィレンツェ市庁舎とそっくりの建物も

    今回からしばらくイタリア・トスカーナの小さな街を歩いた旅を紹介しよう。行程はフィレンツェからシエナを経由してモンテプルチャーノ、サンクイリコ・ドルチャ、ピエンツァを回り、フィレンツェに戻った旅。ただ、フィレンツェ、シエナはすでに紹介しているので、今回は残りの小さな町村の紹介になる。世界遺産にもなっているオルチャ渓谷周辺の美しい風景が目的だった。まずはシエナからバスでモンテプルチャーノを目指した。途中オルチャ渓谷を通るので、窓の外の風景に注意しながらのバス旅だ。最初にこんな風景が見えてきた。これがオルチャの緑かな。ああ、オルチャの中で最も有名な糸杉の風景が、はるかかすかに見える。かなり近づいたところでシャッター。だけど天候も曇り、バスのガラス越しなので車内のものも映ったりと、ちゃんとしたものは撮れなかった。残念!...トスカーナ①モンテプルチャーノはのどかな山岳都市。フィレンツェ市庁舎とそっくりの建物も

  • 寺社巡り・東京⑩ 2つの鬼子母神堂。角のとれた「鬼子母神」。中止となった朝顔市の復活を祈る。

    雑司ヶ谷と入谷。東京にある2つの鬼子母神を訪ねた。まずは鬼子母神とはどんな存在なのか。実はインドの夜叉の娘だ。500人もの子持ちだったが、人間の子供を食べて生活していた。それを知った釈迦如来は1つの策を施した。彼女の末っ子を隠してしまうという策だ。これによって半狂乱となった鬼子母神に、釈迦は「子を失った悲しみがどんなものか、わかったろう」と諭した。子を失うことの衝撃を痛切に味わった鬼子母神はそれまでの行いを悔い改め、以後彼女は出産、育児の守り神に変身したーーというエピソードだ。雑司ヶ谷の鬼子母神堂の看板を見ると、「鬼」の一角目の角がない。鬼から神になったことを象徴してこう記しているということだ。境内にある鬼子母神像も、姿かたちはいかめしいが、表情は心持ち柔らかい。対して、同じ境内にはこんないかめしい顔の像もあっ...寺社巡り・東京⑩2つの鬼子母神堂。角のとれた「鬼子母神」。中止となった朝顔市の復活を祈る。

  • 寺社巡り・東京⑨ 柴又・帝釈天。寅さんとさくらの出迎えを受けて、精密な彫刻ギャラリーに驚く!

    柴又・帝釈天といえば、寅さん。日本人なら誰でもすぐに思い浮かぶ組み合わせが、帝釈天とフーテンの寅次郎だ。その想定通り、柴又の駅を降りるとすぐに寅さんが出迎えてくれた。さらに、数年前からさくらの像も追加された。この向きを見ると、また旅に出ようと駅に向かう寅さんをさくらが見送るシーンのようだ。駅から数分、門前町から歩くと。帝釈天の入口・二天門が見えて来る。門をくぐると、帝釈堂の建物。正式な名前は日蓮宗経栄山題経寺というらしい。この建物の中に、すごい芸術が控えている。彫刻ギャラリーと題された一角だ。10枚の胴羽目。縦1.27m、横2.27mの板10枚に、法華経の説話から選び出されたシーン10題が、精密な細工で掘り出されている。これは風神雷神図のようだ。一人一人の仏たちの姿が、鮮明に浮かび上がってくる。龍が飛び出してき...寺社巡り・東京⑨柴又・帝釈天。寅さんとさくらの出迎えを受けて、精密な彫刻ギャラリーに驚く!

  • 寺社巡り・東京⑧ 豪徳寺は招き猫発祥の寺。背後で井伊直弼の墓が猫たちの大群を見守る。

    二両編成のローカル線・東急世田谷線に乗って宮の坂駅で降りると、目的地の豪徳寺に到着する。初めてここに来た時、本当にびっくりしたのがこの招き猫の大群だ。運を授かった人たちが、お礼の意味を込めて奉納した招き猫たちが、寺の一角に溢れんばかりに「住みついて」いる。そのきっかけとなったエピソードは17世紀にさかのぼる。彦根藩二代目当主井伊直孝が、鷹狩りの帰りに寺を通りかかると、門前にいたネコが手招きをしている。興味を抱いた直孝が寺に入り、僧侶の話を聞いていると、直後に激しい雷雨が一帯を襲った。雨が上がり、一行はこの猫のおかげで雨の直撃を避けることが出来たとし、以来豪徳寺を自らの藩の菩提寺とすることにした。これによって豪徳寺自体も大名の守護を受けることになり、お互いがウインウインの関係になったというわけだ。発祥とされるここ...寺社巡り・東京⑧豪徳寺は招き猫発祥の寺。背後で井伊直弼の墓が猫たちの大群を見守る。

  • 寺社巡り・東京⑦ 湯島聖堂の屋根では、怪獣がにらみを利かせている

    聖橋を渡って湯島聖堂に到着した。儒教の始祖・孔子を祀る廟。林羅山が上野に建てた孔子廟を、五代将軍綱吉が現在地に移転、後にここが幕府直轄の昌平坂学問所となった場所だ。学問所は明治になって廃止されたが、聖堂はそのまま残ることになった。杏壇門は漆塗りで仕上げられた美しい門だ。ここから大成殿に参拝する。元の建物は関東大震災で焼失したが、1935年に伊藤忠太の設計で再建された。中央には孔子像。両脇に2人ずつの聖賢が控えている。この建物では屋根に注目しよう。日本の城ではしゃちほこに相当する場所にある「鬼口頭」と呼ばれる神魚が、潮を噴き上げている。その近くでにらみを利かせているのは「鬼龍子」という想像上の霊獣だ。この辺は、妖怪好きで有名な設計者伊藤忠太の好みが存分に発揮されている。こんな企みは、同じく伊藤忠太設計の築地本願寺...寺社巡り・東京⑦湯島聖堂の屋根では、怪獣がにらみを利かせている

  • 寺社巡り・東京⑥ ニコライ堂。都心に異彩を放つジョサイア・コンドルの名建築。

    寺社巡りを再開しましょう。まずは東京復活大聖堂。正式名称は「日本ハリストス正教会」が前に付く。でも一般的には通称の「ニコライ堂」で通っている。日本で唯一の本格的ビザンチン様式の建築で、国の重要文化財に指定されている。日本近代建築の父・ジョサイア・コンドルの代表作だ。ニコライ堂という呼び名は、この聖堂を始め国内各地に聖堂を建ててハリストス正教会の教えを広めた功績者ニコライ・カサートキン大主教の名前からきている。設計者ジョサイア・コンドルは,今は無き鹿鳴館や旧岩崎邸、旧古河邸など明治期の日本に近代建築を普及させた功労者。1891年完成のこの建物は壁が厚く、小さな窓を持ち中央にドームが据えられた形。このドームはイスタンブールのアヤソフィアがモデルとされる。アーケードのある正門から敷地に入る。初めは気が付かなかったが、...寺社巡り・東京⑥ニコライ堂。都心に異彩を放つジョサイア・コンドルの名建築。

  • ブールジュ⑪ 壁面に展開される天使たちの音楽会を見て、青い階段を上ってホテルに戻った

    最後に、市内何か所かで行われたプロジェクションマッピングの一部を見て回った。「ブールジュ光の宵」というイベントだ。ジャック・クール宮殿に向かう。途中の建物群もなかなか重厚感のある街並みだ。ジャック・クール宮殿に到着した。八角形の階段部分のとんがり屋根が特徴的だ。少し時間が経つと、ライティングが始まった。全体に光が当たると、闇に浮かび上がる感じ。ちゃんと撮影しなかったけど、地面部分にはカラーの模様が映し出されていた。次の場面では、建物の壁面にいくつかの情景が展開する。天使たちの集団が浮かび上がった。次には楽器を奏でる女性たち。演奏者たちが次々に増えていく。左側には、それを見物する観衆も続々増えだした。こんな具合に賑やかな場面が何回も繰り返された。ショーの後で、ガレットの夕食。青く光る階段を上ってホテルに戻った。ブ...ブールジュ⑪壁面に展開される天使たちの音楽会を見て、青い階段を上ってホテルに戻った

  • ブールジュ⑩  一転ブルーライトに照らされた街は、神秘的な美しさに包まれた。

    夜も少し時間が経つと青いライティングがプラスされるというので、改めて通りを戻ってみた。少し近づいてみる。その迫力がさらに実感できる。画面全体が青に包まれ、中央部分で大聖堂がその存在を主張する。なかなか見られない光景に出会えた。次にゴルデーヌ広場へ向かう。途中の壁面も青一色に塗りつぶされている。一か所だけ黄色にライトアップされた通りがあった。そこを過ぎると、見えてきたゴルデーヌ広場。季節は秋なのにまるで冬の夜中を思わせるような、ひんやりした光景に見える。木組みの家々はドイツ風の趣を持っている。それにしても人がいないなあ。それだけに一層神秘的とさえいえる静かで吸い込まれそうなたたずまいに包み込まれた印象だ。そんなわけで、素晴らしい風景を一人独占した思いで夜の散歩を楽しんだ。ブールジュ⑩一転ブルーライトに照らされた街は、神秘的な美しさに包まれた。

  • ブルージュ⑨ 夜空をバックに、黄金色の大聖堂が突然目の前に現れた。

    大聖堂のライトアップを見ようと、夜に出かけた。昼とは違う道を行くと、明かりの点いた細い階段に出会った。1つの通りを曲がった途端、その奥に突然大聖堂の北塔が見えてきた。黄金色に輝く塔は、周囲が暗い闇の中、しかも人通りの少ない小路のような空間の先にぬっと姿を現しただけに、圧倒されるような存在感を放っていた。昼には天辺上って街を見下ろした塔。だが、今は全く別のもののようだ。しばし立ち止まって夜空に輝く大聖堂を見つめていた。大聖堂にたどり着いた。以前話したように、中心部分は工事中で幕に覆われていたので、その部分は省いてのファザード撮影。周囲を回ってこちらは南塔のある扉口。扉口だけをアップしてみた。タンパン部分の細かな像の配列もわかるほど、綺麗にライトアップされている。扉口全体を俯瞰してみた。こちらも南扉口。装飾模様の形...ブルージュ⑨夜空をバックに、黄金色の大聖堂が突然目の前に現れた。

  • ブールジュ⑧ 街歩き。市民公園からジャック・クール宮殿、教会を経由してお洒落な街灯を発見

    ブールジュ大聖堂の裏にある公園は、大聖堂を俯瞰するのに絶好の位置にある。その公園にある群像の彫刻は、いろんな角度から変化する姿を楽しめる。各種の花も季節ごとに市民を楽しませているようだ。その公園の端に、自転車が置いてあった。こんな風景もちょっと絵になる。ジャック・クール宮殿に到着した。彼は貧しい家の出身だが地中海貿易で富を築き、国の財政官にまで出世した人物。民間人ながらゴシック調の建築を築いた。前庭には彼の像も建てられている。駅近くにはサンボネ教会がある。大きくて目立つ建物だったが、時間がなくて中には入らなかった。面白い形をした街灯が気になったので1枚。その街灯が、夜になると素敵な雰囲気を醸し出す。ブールジュ⑧街歩き。市民公園からジャック・クール宮殿、教会を経由してお洒落な街灯を発見

  • ブルージュ⑦ 極上の笑顔をサービスしてくれた天使と出会い、市民の集う美しい広場を散策する

    ホテルから街の繁華街に向かって歩いてゆく。美しい広場があると聞いた。名前はゴルデーヌ広場。道の両側に迫るような感じの建築群が続く。ちょっと前を歩いていた母子との距離が近くなったら、赤ちゃんが私を認めてにっこりと笑顔をサービスしてくれた。とても趣のある通りが続く。そこをゆったりと歩いてゆくカップル。何か映画の1シーンでも見ているかのような場面だった。ゴルデーヌ広場に到着した。木組みの家々が並ぶ見事な景観。道にはみ出して幾つものレストランやカフェが営業中だ。人気の店は大混雑中。「どこに入ろうかな?」この女性は店選びの思案中の様子。「さあ、よそ見しないで歩いて!」子どもたちに話しかけているママ。もちろんここでも携帯は必需品のようだ。でも、少し歩くと人通りが途絶えてしまう。ここはコンパクトな街なんだ、という感想。ブルージュ⑦極上の笑顔をサービスしてくれた天使と出会い、市民の集う美しい広場を散策する

  • ブールジュ⑥ ベリー公の眠る地下は、中世で最も明るく美しい地下礼拝堂だった。

    ブールジュ大聖堂屋上から一転して今度は地下室へ。ちょうど地下礼拝堂のガイドツアーが始まる所だったので、参加してみた。地下へ降りて行く。まず目につくのはジャン・ド・ベリー公の墓。ベリー公はフランス王ジャン2世の第3王子で、百年戦争中期のフランス最有力貴族の一人。ブールジュを含む西フランス地方を支配して栄華を誇った。彼が画家ランブル兄弟に描かせた「ベリー公の華麗なる時祷書」は有名だ。ベリー公はガウンを着て、黒大理石のテーブル上に横たわっている。横に最初の妻ジャンヌ・ダルマニヤックがひざまづいて祈りを捧げている。死せるキリストを悲しむ「ピエタ」の群像があった。中央で聖人たちに支えられる聖母マリアの姿もある。劇的な光景だ。端正な聖母子像。こちらはキリストが十字架に架けられるところ。脇の人物の腕が欠けてしまっている。こち...ブールジュ⑥ベリー公の眠る地下は、中世で最も明るく美しい地下礼拝堂だった。

  • ブールジュ⑤ 「バターの塔」から三角屋根が続くブールジュの街並みを見下ろした。あ、白川郷に似てるぞ!

    ブールジュ大聖堂の屋上に上った。ブールジュの街は茶系とグレー系の屋根がどこまでも続いている。屋上へは高さ65mの北塔にだけ上ることが出来る。この塔は1506年に崩壊したことがある。再建しようとしたが、資金が足りない。そこで編みだしたのが、断食の時期でもバターを食べられるという権利。これを教会が売り出した。その利益で塔の建設費用を捻出して完成にこぎつけた。そのため北塔は「バターの塔」という別名が付けられている。屋上への出口がここ。釣り鐘もついていた。すぐ前に見えるとんがり屋根は南塔。北塔よりも低いので先端部分だけが見えている。その奥にあるのが旧市役所の建物だ。家々の屋根はかなり急こう配の傾斜がついている。しかも、その屋根の面積がとても大きい。まるで世界遺産・白川郷のかやぶき屋根の集落を見ているようだ。この地方はそ...ブールジュ⑤「バターの塔」から三角屋根が続くブールジュの街並みを見下ろした。あ、白川郷に似てるぞ!

  • ブールジュ④ 「ブールジュルージュ」鮮やかな赤で装飾された5世紀にわたるステンドグラス

    次にスタンドグラスを見て行こう。ここでは13世紀から17世紀にかけてのバラエティ豊かなステンドが一気に鑑賞できる。まずは13世紀のものから。最後の審判を描いたもの。これは放蕩息子。いずれも聖書の物語をテーマとして描かれているが、非常に細かく繊細な図案が多い。なかなか素人にはその内容を読み解くことは困難だ。ただ、色彩を中心に鑑賞する方法もある。ここのステンドグラスは赤がとても鮮やかだ。フランスの大聖堂の中でも青が有名なシャルトル大聖堂の「シャルトルブルー」に対して、ここは「ブールジュルージュ」として高く評価されている。描かれた人たちの姿も、アップにしてみれば結構わかりやすく、タッチも柔らかい感じがする。本当なら1つ1つの物語をじっくりと解説付きで鑑賞したいと思った。よく見れば人物たちが生き生きと躍動している。そし...ブールジュ④「ブールジュルージュ」鮮やかな赤で装飾された5世紀にわたるステンドグラス

  • ブールジュ③ ステンドグラスの光の粒が、大聖堂の床に色模様を広げた

    中に入ると広々とした空間が広がる。天井は中央の身廊が一番高く37m。両側の側廊が少し低くなるような3層の高低差のある構造になっている。柱上部にはアーチが架けられ、優雅な姿に仕上げられている。シャンデリア。大きく複雑な形で、私の記憶の中では他の聖堂ではあまりお目にかかっていない。そんなシャンデリアが幾つも吊り下げられているのも、ここの大聖堂の特徴の1つかも。意外にもこの大聖堂内部にはあまり彫像が目立たなかったが、それだけにこの銀の聖母子像は異色の輝きを見せていた。ちょうど夕日が差し込む時間帯で、並べられた椅子の影が長く長く聖堂の床に伸びていた。これもある時間帯だけにしか見られない光景だ。そして、ステンドグラスの色模様が、柱にも移って赤く染まった。こんな風に点々の色模様が描かれた場所も。角度を変えて見ると、椅子の影...ブールジュ③ステンドグラスの光の粒が、大聖堂の床に色模様を広げた

  • ブールジュ② 大聖堂南扉口。長身の聖人たち。傷ついても尊厳を保つキリスト像。

    ブールジュ大聖堂の後ろ側に回ってみた。西正面と違って荒々しい表情の、ゴシックの特徴がよく出ている。天井の重量を支えるフライングバットレスがそそり立つ。まるで剣の切っ先のようにとがった形だ。南扉口左側。長身の聖人たちが整然と並ぶ。扉口の中心には聖なるキリストの像。ちょっと顔面が傷ついているようだ。でも崇高な顔立ちであることはよくわかる。こちらは南扉口右側。同様に聖人像が並ぶ。タンパンには鳥や動物たちが配置されている。扉口の上部に面白い形の穴があけられている。そこを通して見上げる空には、次々と雲が流れていた。夜には雨になるかも。大聖堂裏の公園にあった群像。楽しそうに踊る子供たちの幸せな様に、ちょっと見とれた。さあ、それでは大聖堂の中に入ってみよう。ブールジュ②大聖堂南扉口。長身の聖人たち。傷ついても尊厳を保つキリスト像。

  • ブールジュ①  雄大な大聖堂は、キリスト教史上最初の殉教者に捧げられている

    今日から8月、そしていよいよ梅雨明け!ということで、気分一新して8月は寺社巡りは一旦中断し、フランス旅行の模様を紹介しようと思います。旅先はブールジュ。フランス中部ロワール川流域南西部の都市ブールジュにやってきた。ここにあるゴシックの大聖堂見学が主目的だ。前身は3世紀ころに建てられた聖堂。11世紀にロマネスク様式の大規模な聖堂に生まれ変わり、12世紀以降ゴシック様式に改築されて今日に至っている。正式名称はサンテティエンヌ大聖堂。まだキリスト教が公認される前、石打ちの刑にかかって殉死した聖テティエンヌ(聖ステファノ)を祀った聖堂だ。彼はキリスト教最初の殉教者として聖人になっている。建物の中間で横に張り出した袖廊の無い、寸胴型のシンプルな造りになっている。西正面が正式の正面玄関だが、前に広場がないため全体をカメラに...ブールジュ①雄大な大聖堂は、キリスト教史上最初の殉教者に捧げられている

  • 寺社巡り・東京⑤ 目黒不動尊。不動明王より怖い狛犬、江戸庶民の命を救った恩人の墓も

    天台宗の寺・目黒不動尊は成田不動(千葉)、木原不動(熊本)と並んで日本三大不動の1つに数えられる。また、三代将軍家光が江戸を守るために江戸各所に五不動を安置したが、そのうちの1つがここだ。入口は仁王門。ここをくぐると大本堂の石段を上ることになる。次に見えて来るのが「独鈷の滝」。寺の開祖である慈覚大師円仁が、寺の場所を定めるのに持っていた仏具・独鈷を投げると、落ちた場所に泉が湧き出たーというエピソードが伝わる。その滝が流れ出るのは龍の口から。流れ出た水は小さな池を作っているが、そこにお椀のようなものに乗った小さな人が。あの一寸法師の姿に姿にも見えるが、果たしてこの人は誰?龍と反対側の池の端には不動明王が、でんと構える。水掛け不動と呼ばれ、独鈷の滝の水をこの不動様に掛けてお祈りをすると、願い事が叶うという有難い像だ...寺社巡り・東京⑤目黒不動尊。不動明王より怖い狛犬、江戸庶民の命を救った恩人の墓も

  • 寺社巡り・東京④ 東京ジャーミー。国内随一のイスラム教モスクの白い尖塔が印象的

    今回は寺社といってもイスラム教のモスク・東京ジャーミー。代々木上原駅付近に高い塔のある建物が目に入る。これが東京ジャーミー。これだけ大規模なモスクは国内ではここだけとのことだ。尖塔はミナレットと呼ばれ、ここから礼拝の時間(アザーン)を知らせる、呼びかけのための施設だ。青空にくっきりと映える白い建築は目にも鮮やかだ。入ってみて、まず引き付けられるのは天井の丸いアラベスク模様。まるで満月のように輝いている。中央付近の装飾は、聖地メッカの方向を示している。信者はここに向かって祈りを捧げることになる。壁面に取り付けられたステンドグラス。植物などを原型として形成された幾何学模様は、すっきりと涼やかな色彩でで、華やかでさえある。イスラム教では偶像崇拝は禁じられているので、人物像などは一切描かれていない。ドアノブには彫金が施...寺社巡り・東京④東京ジャーミー。国内随一のイスラム教モスクの白い尖塔が印象的

  • 寺社巡り・東京③ 富岡八幡宮。江戸っ子たちの心意気!水掛け祭を来年こそ!

    3年前の8月、富岡八幡宮の例大祭を見に行った。通称「深川水掛祭り」。永代橋付近で待機していると、神輿を担いだ若者たちが、威勢の良い掛け声とともにぐんぐん迫ってきた。そこに浴びせかけられる大量の水。消防団のホースからも滝のように降り注がれる水の中を、ものともせずに突き進む行列。その模様を、道路を埋め尽くした観衆が拍手、歓声と共に見守る。まさに江戸っ子たちの祭りを実感した一日だった。祭りは3年に1度本祭りとして52基の神輿が一斉に街に繰り出す。それが、今年のはずだったのだが、新型コロナ問題で、大祭は来年に延期が決まってしまった。富岡八幡宮。これまで紹介した神田明神や日枝神社は徳川家という権力者の守護の下に地位を築いた神社だが、こちらはどちらかといえば材木取引で富を蓄えた木場商人や米問屋の旦那衆に支えられた江戸市民の...寺社巡り・東京③富岡八幡宮。江戸っ子たちの心意気!水掛け祭を来年こそ!

  • 寺社巡り・東京② 日枝神社。隠れた映えスポット千本鳥居。日本の中心を巡る山王祭行列

    まず、私が個人的にとても気に入っているスポットから紹介しよう。千本鳥居の階段だ。全国の神社には多数の千本鳥居が存在する。中でも、京都の伏見稲荷の鳥居が外国人も含めて断然の人気を誇っている。でも、西の伏見稲荷に対して東の代表はここ日枝神社ではないかと思っている。しかも、ここは鳥居の中の道が階段になっており、下から見上げると空へ、天空へと続くのでは、と錯覚するような瞬間が訪れることもある。正式な入口は表参道にある大鳥居から。通常鳥居の上方は平行になっているが、ここの鳥居だけは山の形をしており「山王鳥居」と呼ばれている。この山王鳥居は表、裏、西と3つの参道のそれぞれに存在する。階段を上って本殿に到着する。ここは江戸城から見ると南西の方角、裏鬼門にあたる(表鬼門は神田明神)。その鬼門を守護する神社として徳川将軍家ご用達...寺社巡り・東京②日枝神社。隠れた映えスポット千本鳥居。日本の中心を巡る山王祭行列

  • 寺社巡り。東京① 神田明神には平将門からアニメも銭形警部の先祖も。

    自由気ままに外出することは、依然難しい状況が続いている。そこでこれまで取りだめていた素材を生かして、寺社、教会など東京の宗教施設を巡る空想ツアーを企画した。まずは神田明神から。何度も訪れているなじみ深い神社からスタートしよう。立派な本殿。築何百年?といった古そうなイメージだったが、実はこの本殿が完成したのは1934年。しかも、鉄骨鉄筋コンクリート造りという予想外の建物だった。本殿に入る前、最初にくぐるのは隋神門。こちらは総ヒノキ造りの木造建築だ。こちらの方が優雅で美しく感じる。神田明神は江戸城の鬼門にあたる北東に建てられ、総鎮守社に定められて徳川家の守護の下に江戸庶民の信仰を集めてきた。祀る神は3体。一の宮は大己貴命。大黒様のことで、高さは6m。石造りの大黒様としては日本一の大きさとのこと。二の宮は少彦名命。恵...寺社巡り。東京①神田明神には平将門からアニメも銭形警部の先祖も。

  • モンサンミッシェル⑨ ブルーからオレンジへ、そして鱗雲。朝焼けの光景も劇的だった。

    翌朝、早起きしてもう1度モンサンミッシェルの夜明けを見に行った。ちょうど薄くもやがかかっていて、撮影にはどうかなと少し不安・・・。でも、その靄がかえって幻想的な雰囲気を強調しているよう。暗闇の中から徐々に岩山のシルエットが姿を現してきて、その存在が次第に明らかになってゆく。東の空がほんのりと朝焼けの気配を漂わせる。オレンジの光が島全体を包み始めた。夕焼の時は向かって左側が明るかったが、朝は逆に右側から明かりがさしているのがわかる。雄大な姿が、その存在をしっかりと現してきた。さあ、朝だ。もやも晴れてきた。一瞬、夕焼けにも負けない柔らかい光に包まれた全体像が、茜色に輝いた。今日も一日恵みの晴れが期待できそうだ。気がつくともう、空一面の鱗雲。これほどはっきりとした鱗雲も、なかなかお目にかかれない。少しホテルの近くの草...モンサンミッシェル⑨ブルーからオレンジへ、そして鱗雲。朝焼けの光景も劇的だった。

  • モンサンミッシェル⑧ 大半の観光客が帰った後に、ドラマチックな夜景が華やかに展開する

    すっかり日が沈んでから、また新しいステージが幕を開ける。さあ、ライトアップが始まる。修道院の部分に光が当たり出した。レンズを思い切り開放して光を取り込む。まだ夕焼けの名残が残っていて、全体がピンクの世界。それと入れ替わりに、照明の輝きが強くなってきた。しっかりと水面に塔の先端まで映り込んでいる。ほどなく夕陽のピンクは姿を消して、濃いブルーの背景に変わってきた。まさに唯一無二。円錐形の造形物が華やかに立ち上がっている。深く、深く、闇に溶け込みながら、際立ってそそり立つモンサンミッシェルの雄姿を目に焼き付けながら、ホテルに戻った。昼にはごった返すほどに賑わっていた街が、夜にはすっかり人影もなくなっている。観光客の大半は日帰りの駆け足観光のようだ。せっかくここまで足を延ばしたのに、このようなドラマチックな光景に出会わ...モンサンミッシェル⑧大半の観光客が帰った後に、ドラマチックな夜景が華やかに展開する

  • モンサンミッシェル⑦ 夕焼けのモンサンミッシェルは、絶え間なく形を変える雲と共に夕闇に沈む

    一旦ホテルに戻り、一休みしてから今度はモンサンミッシェルの全景を時間の変化と共に撮影してみようと思い立った。ホテル近くに、砂州への水の流量をコントロールする場所があり、そこからモンサンミッシェルの姿がきれいにとらえられる。そこでスタンバイした。ちょうど陽が傾きだし、空の色がほんのりと染まり始めた。西の空に張り出した雲たちも茜色に変化しつつある。風も強く、絶え間なく形を変える雲の動きがなかなか面白い。ふんわりと柔らかい空気に包まれて、その輪郭が浮かび上がる。この日の大潮(最も海水面が高くなる時間)は19時9分。すっかり西側にある林方向に陽が落ちて行き、空が見事に染め上げられる。日没。モンサンミッシェルは徐々にシルエットに変貌して行く。手前の水面に水鳥が降りてきてえさをついばむ光景も。わずかに残る夕焼け空の中に、尖...モンサンミッシェル⑦夕焼けのモンサンミッシェルは、絶え間なく形を変える雲と共に夕闇に沈む

  • モンサンミッシェル⑥ 砂州を歩いて渡る人々を見て、厳島神社の鳥居を思い出す

    戻り掛けにもう1度砂州を眺めると、あ、小さなものが動いている。そうだ、何組かのグループが引き潮の時間帯を利用して砂浜を歩いて渡っているようだ。そうしたツアーも催されていることは聞いていた。今は歩けるが、それが満潮になったら砂浜は完全に海に没してしまい全く様相を一変させる。かつて巡礼にためにモンサンミッシェルを訪れた人たちの中には、急激な満ち潮の事を知らずに島に渡ろうとして、遭難してしまったケースが数知れずあったという。途中レストランに寄って軽い食事を摂った。テーブルからすぐ上に、修道院と尖塔がそびえていて壮観だ。ここにも長い階段を見つけた。こうした光景は、やはりモンサンミッシェル自体が高い岩山であることを思い起こさせる。出入り口付近に聖母像が飾ってあるのを見つけた。改めて砂州の遠景を眺めながら戻ってくる。今の時...モンサンミッシェル⑥砂州を歩いて渡る人々を見て、厳島神社の鳥居を思い出す

  • モンサンミッシェル⑤ 驚異の回廊から、ミカエルが司教の頭に指を突き刺す脅威のレプリカまで

    聖堂を抜けて中庭に出た。その美しさから、ここはラ・メルヴェイユ(驚異)とよばれる、13世紀に完成しいた回廊。庭を挟んで円柱が二重に配置され、静寂な空間を形成している。細い柱は137本もある。ここからもそびえる尖塔はくっきり。眺めも広々としている。この3階には中庭と回廊があると共に、食堂も設けられている。ちょっと食堂のイメージには合わない感じ。だだっ広いとさえいえるような場所。実は修道院において、食事は信仰生活の要となる重要な儀式だそうで、みんなでワイワイにぎやかに食事をする訳ではないのだそうだ。2階部分には貴賓室がある。貴族階級の客を迎える部屋で、16世紀までは歴代のフランス王が必ずここを訪れていた。ほっそりした円柱が並び、ゴシックの様式が残されている。大天使ミカエルがオベール司教に修道院建設を命じる姿がレプリ...モンサンミッシェル⑤驚異の回廊から、ミカエルが司教の頭に指を突き刺す脅威のレプリカまで

  • モンサンミッシェル④ 長い階段を上って修道院へ。ただ、内部は「取り残された空洞」のイメージ

    ようやく修道院への大階段が見えてきた。14世紀から15世紀にかけて築かれた階段は90段。そそり立つような急こう配だ。上り切ってからチケット売り場があり、そこからが修道院の本体に突入ということになる。階段途中からさっき見てきた展望所が垣間見える。入場した後も、またまた階段。その上にある海抜80mの展望台「西のテラス」に到着した。ここからは、さきほどの眺めに加えてサンマロ湾の広角度の展望が広々と楽しめる。目の前には聖堂があり、大天使ミカエルの像が先端に立つ尖塔も間近だ。修道院の内陣に入ってみた。ここは15世紀に建設されたゴシック様式の建築。高く高く柱が伸びて壮大な空間を感じることができる。レリーフもいくつか。ただ、途中で城塞や監獄に使われたことから、内部を装飾する像や絵画などはほとんどなく、がらんとした印象だ。聞い...モンサンミッシェル④長い階段を上って修道院へ。ただ、内部は「取り残された空洞」のイメージ

  • モンサンミッシェル③ 島内を歩き始める。オムレツの店からグランド・リュを通って修道院へ

    島に入った。唯一の入口は前哨門。そこから「王の門」を抜ける。門には跳ね橋がついており、ここで敵の侵入を防ぐ仕組みになっていた。すぐに派手な赤いテントが見えてきた。ああ、ここが名物の特大オムレツで有名なレストラン「ラ・メール・プラール」だ。1888年創業という伝統の店。ちょっと覗いてみよう。すんなりと調理場まで入れてしまった。2人の女性がボールに沢山の卵を割り入れてかき混ぜている。トントントンと、かき混ぜる時の軽快なリズムが調理場中に響き渡る。ふと、川崎大師に行った時の、店先で飴を切るリズムを思い出してしまった。そこを過ぎるとメインストリート。グランド・リュとは「大きな通り」という意味だが、実際は人のすれ違いにも気を使うような狭い通り。ちょうど団体さんが入って来たので、かなりの混雑具合になってしまった。両側には土...モンサンミッシェル③島内を歩き始める。オムレツの店からグランド・リュを通って修道院へ

  • モンサンミッシェル② 聖堂~城塞~~監獄。海のバスティーユ~海上のピラミッド

    ガイドブックなどの解説を思い出しながらモンサンミッシェルに向かって歩く。この修道院創設にはこんなエピソードがある。対岸の町アウランシュの司教だったオベールは、708年のある夜夢を見た。大天使ミカエルが現れ「かの岩山に聖堂を建てよ」と告げた。オベールがこのお告げに従って小さな聖堂を建設すると、モンサンミシェルは一夜にして周囲が海に沈み、孤島となったという。でも、司教といえばそれなりの地位の方。天使くらいに言われた所で、その命令を聞かなくたって・・・。と最初は思った。しかし、ミカエルは大天使。これはちょっとしたえらい天使なのだ。聖書には3人の大天使が登場する。一人はガブリエル。神の意志を伝える役割を持つ。あの聖母マリアに受胎の事を告げたのがこの大天使だ。また、ラファエルは病気やけがを治す大天使。そしてミカエルは神に...モンサンミッシェル②聖堂~城塞~~監獄。海のバスティーユ~海上のピラミッド

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