新イタリアの誘惑
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新イタリアの誘惑さん
ブログタイトル
新イタリアの誘惑
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/gloriosa-jun
ブログ紹介文
ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。
自由文
-
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新イタリアの誘惑
  • マインツ② シャガールのステンドグラスによって、ザンクト・シュテファン教会の空間はまさに幻想世界と化していた

    シラー広場を抜けて、ザンクト・シュテファン教会を目指した。実は、この教会がマインツ訪問の1つの目的地。ここにはマルク・シャガールののステンドグラスがあるからだ。教会の塔が見えてきた。坂の上に建っている。入口に着いた。ドアに杖が斜めに付いていて、ドアノブは魚の形。とても面白いけど、閉まっているということは閉館中なのかも?一瞬不安に襲われたが、カギはかかっておらず中に入ることが出来た。まず心を打たれたのが、その青さ。中央の主祭壇から入り込むわずかな光が、教会全体を深い青の世界が支配している。この日は朝から曇り空。あまり外の光が入ってこなかった。それがかえって青さを引き立てる効果を引き出していたのかもしれない。たまたま他に人がいなかったせいもあり、キーンと耳が鳴るくらいの静寂の中にたたずむ。まるで海の底。しばらく椅子...マインツ②シャガールのステンドグラスによって、ザンクト・シュテファン教会の空間はまさに幻想世界と化していた

  • マインツ① シラー像を筆頭に、街中に彫像があふれるユーモラスな街を歩いた初日

    今回からはドイツ南部の街マインツの散策を始めよう。マインツはライン川とマイン川の合流地点に位置し、交易の拠点として栄えてきた。その繁栄の証しの1つとしてはこんな歴史的事実がある。ドイツ皇帝は7人の選帝候によって選ばれたが、その7人のうちの首席選帝者の地位はマインツ大司教が占めていた。その繁栄ぶりは「黄金のマインツ」と呼ばれていたことでもうかがえる。今は人口約20万人、中都市といったところだが、落ち着いた雰囲気のたたずまいだ。そんな街を歩いた。フランクフルトから電車で30分、空港からだと25分という地理上の利点がある。街を歩きだしてすぐに気づいたのは、道路のあちこちに彫像が目立つこと。まずはその像たちに注目してみた。シラー通りを歩いていくと、ビールグラスを持った陽気なおじさんに遭遇。道化師が路上で踊っている。こち...マインツ①シラー像を筆頭に、街中に彫像があふれるユーモラスな街を歩いた初日

  • ヴェネツィアあちこち⑮  夕暮れから夜へ。ヴェネツィア滞在最後の日、サンマルコ広場で見つめた光と闇 

    サンマルコ広場に夕暮れが近づいてきた。ライオン像を載せた円柱と鐘楼が背比べをしている。その鐘楼の横に出ている月はちょうど半月。まだ、マッジョーレ教会側の空は明るいが、ゴンドラの影が長くなってきた。西の空に夕陽が沈んでゆく。鐘楼の存在感が、さらに増してくる。旗を掲げるポールの先の像が、雲をバックにシルエットを描く。聖堂のサンマルコ像が、夕闇の青空に包まれ始めた。中空の月が輝きを増してくる。広場横の行政館に照明が入り、一気に華やかさを纏う。街灯の明かりが強くなった。対岸のマッジョーレ教会は闇に沈もうとしている。その教会と、彼方に広がる船誘導用のランプが、海面に光の円を描いて浮かび上がった。サンマルコ大聖堂は、黄金の輝きでヴェネツィアの夜を支配し続けている。ヴェネツィアあちこち⑮夕暮れから夜へ。ヴェネツィア滞在最後の日、サンマルコ広場で見つめた光と闇

  • ヴェネツィアあちこち⑭ アラカルト。月と像、石臼ばあさん、混雑橋、消防船、情けないライオン・・・

    ヴェネツィアを散歩中に目に留まったあれこれを紹介しよう。まずは、スキアヴォーニ河岸にあるV・エマヌエーレ2世像の剣先に、ちょうど月が刺さった瞬間。ちょっとレア。月といえば、サンマルコ小広場のサンマルコ像が月を背負っているところも1枚。メルチェリエ通りの、サンマルコ広場入口付近アーケード上に、石臼を抱えたしわくちゃばあさんが通りを見下ろしている。このばあさんはルチア・ロッシさん。実は彼女は反乱軍鎮圧のヒロインだ。1310年反乱を企てた軍勢がドゥカーレ宮殿に向おうとした。それを見つけた彼女は通りの窓から石臼を投げ落とした。この石臼が旗手の頭に命中、大騒ぎとなり、これを察知した総督の部隊が反乱軍を鎮圧することが出来た。そんなヒロインを後世に伝えるために、こうして石臼ばあさんの肖像が残されたという。次に、広場の鐘楼から...ヴェネツィアあちこち⑭アラカルト。月と像、石臼ばあさん、混雑橋、消防船、情けないライオン・・・

  • ヴェネツィアあちこち⑬ 喧噪の街から静寂の別世界へ。キオッジャからの帰途、幻想の落日を見つめた

    晴れた日の午後、キオッジャへの小旅行を思い立った。キオッジャは、ヴェネツィア本島の東に長く延びるリド島からラグーナを渡って南にある町だ。この小旅行の目的は、ラグーナの海上で眺める雄大な夕景。従って午後からの出発が程よい時間帯となる。ただ、行き方は少々面倒。まずヴァポレットで本島からリド島に渡る。その船着き場から少し先のエリザベッタ広場で11番バスに乗って島の南端まで進む。終点のマラモッコにはフェリーが待機しているのでこれにバスごと乗船。フェリーはペレストリーナ島に着く。ここで船を乗り換えてキオッジャへ、という行程になる。行きのラグーナは、午後の日差しを浴びてまさにキラキラと輝いている。キオッジャの港が見えてきた。キオッジャに到着。キオッジャもかつては独立した都市だった。ただ、1380年に隣接する大国ヴェネツィア...ヴェネツィアあちこち⑬喧噪の街から静寂の別世界へ。キオッジャからの帰途、幻想の落日を見つめた

  • コッレール美術館③ 「2人のヴェネツィア婦人」の後、空想のヴェネツィア風景とシルエット絵を堪能。

    この美術館で多分最も有名な作品。カルパッチョ作「2人のヴェネツィア婦人」。一時はこの女性たちは娼婦ではないかとされたこともあったが、後の調査で絵が2つに分割されたものの一部だとわかり、また娼婦ではないとの説が定着しているようだ。この付近の窓からはカフェ・クワドリ側の広場が見下ろせる。ちょうど赤い服を着た子供たちの団体が広場中央を占領していた。別室では企画展が開かれていた。風景画だが現実にはない想像上の風景が描かれている。これは夢の中のヴェネツィア。霞の中の海の税関。また、壁面にはさりげなく描かれたシルエット画が。飛ぶ天使。更新する馬車の列。戦う戦士たち。こんな風にそれぞれの絵がシャンデリアの光で壁面から浮き上っている感じがとても面白かった。黄金のガレー船模型もしっかりと陳列されていた。一通り見終わって、館内のカ...コッレール美術館③「2人のヴェネツィア婦人」の後、空想のヴェネツィア風景とシルエット絵を堪能。

  • コッレール美術館② 中世から現代まで、数百年を隔てた”聖母”達に出会えた

    コッレール美術館をさらにぶらぶら。見事な足。その指の部分だけがきれいに残っているのが面白い。エジプトで出土したミイラまであった。とげを抜く少年。この像はローマ・カピトリーノ美術館にあるもののコピーかも。おおらかな聖母子像を見つけた。14世紀の作品とか。アップしてみる。目元すっきり、大きく見開いた目で、まるで未来を見つめているかのような意志の力を感じさせる聖母の姿だ。こちらは壁に架けられた、マントを広げる像は「慈悲の聖母」と呼ばれる。ただ、この像が単独で展示されているのではない。像を中心にして沢山の現代人の写真が取り囲むコラージュ風の展示だ。老若男女様々な人の写真の中で、一番先に目に飛び込んだのがこの少女。さきほどの目元すっきり聖母に負けず劣らずのすっきりした目の力強さが印象的だった。聖母子といえば、ヴェネツィア...コッレール美術館②中世から現代まで、数百年を隔てた”聖母”達に出会えた

  • コッレール美術館① 紀元前の女神像の部屋で、小さな現代の女神たちに出会った

    コッレール美術館に入った。数年前に1度入館したが、その時は時間がなくて駆け足の鑑賞だったので、改めて少しゆっくりと見てみることにした。この美術館はサンマルコ広場、大聖堂の真向いの白い2階建ての建物に入っている。2階入り口に入る門がなかなか洒落ている。階段を上る。2階受付のあるホールは広々。入って最初の部屋で思いがけないものを見つけた。シシー。オーストリア・ハプスブルク帝国のプリンセスだったエリザベートの肖像だ。そういえばヴェネツィアもかつてはハプスブルク帝国の領土だったことがあるのを思い出した。カナレットのヴェネツィアを描いた風景画。サンマルコ小広場とドゥカーレ宮殿など、今と変わらぬ風景だ。美術館の窓からは広場全体をすっきりと見下ろすことが出来る。図書室。重厚な書棚が美しい。保存されている書物の中にはカラフルな...コッレール美術館①紀元前の女神像の部屋で、小さな現代の女神たちに出会った

  • ヴェネツィアあちこち⑫ マルゲリータ広場では地元の人たちの日常生活が展開されていた。

    マルゲリータ広場の外れにあるカルミネ教会に入った。壁面上部にはズラリと絵画が並ぶ。聖書の物語のようだ。たまたま窓から差し込む光が、まるで絵画の中の聖母から発せられたかのように光線を伸ばしていた。教会を出て広場に行く途中、結婚式を終えたばかりの新婚カップルとばったり。「アウグーリ!」と声を掛けたら、にっこり微笑んでくれた。この広場は本島でも1,2を争うくらいに広いうえ、観光客もあまり来ないところなので、地元の人たちがゆったりと時間を過ごす風景に出会える。おばあちゃんと孫とのおしゃべりの時間。犬を連れての散歩のおじいさんと買い物途中の老紳士。奥さんから言いつかった買い物の品が思い出せなくて家に携帯で連絡中?こちらは出店での野菜や果物のショッピング。赤ちゃんの散歩風景もよく見かける。もちろん観光客がゼロというわけだは...ヴェネツィアあちこち⑫マルゲリータ広場では地元の人たちの日常生活が展開されていた。

  • ヴェネツィアあちこち⑪ サルーテ教会にはペストを追い出す聖母像が。個人的にはチーニ館の螺旋階段。

    ドルソドーロ地区で最も有名な建物は、やはりS・M・サルーテ教会だ。この教会の建立は1687年。その半世紀前にヴェネツィアを襲ったペストの猛威は、人口の3分の1が死亡するという大惨事となった。元老院はこのペストから街を救ってほしいと聖母マリアに願いをかけて、ようやく収まった後に感謝のしるしとしてこの聖堂建設となった。従って名前も「santamariadellasalute」(聖母への感謝)の教会という名前になっている。主祭壇に掲げられているのは、もちろん聖母像。ビザンチン様式の絵画だ。その上部には3体の彫像が並ぶ。中央に聖母がおり、右側には老婆として表現された「ペスト」が逃げ出そうとする姿。左側は聖母に寄り添うヴェネツィアの寓意像だ。下壇もまた見逃せない。華やかな絵画が展開されている。他にもキリストの神殿奉献図な...ヴェネツィアあちこち⑪サルーテ教会にはペストを追い出す聖母像が。個人的にはチーニ館の螺旋階段。

  • ヴェネツィアあちこち⑩ 開放的なザッテレ海岸と、「不治の病」の広場

    ザッテレの海岸に出た。ここは大型の観光船も通行するジュデッカ運河。観光客もゆったりとした歩調で散歩を楽しむ場所だ。こちらは地元の父子かも。ルネサンス様式の窓を持つ立派なパラッツォも建ち並ぶ。通りの中ほどにあるジェズイーティ教会に立ち寄った。ここの目玉はティエポロの描く絵画群。天井画は、真下から見ても聖母マリアたちはちゃんと立っているように見える超立体画法で描かれ、その劇的な光景の描写も素晴らしい。それに、聖女たちの何とも言えない神秘性もティエポロの絵の特徴だ。ザッテレの開放的な通りの中に、全く似つかわしくない名前の付いた場所がある。「インクラビリの広場」。INCURABILIとはイタリア語で「不治の」つまり治る見込みのない病人のことを意味する。あまりに不似合いな名前にビックリする。細い通りを中に入ると、可憐な花...ヴェネツィアあちこち⑩開放的なザッテレ海岸と、「不治の病」の広場

  • ヴェネツィアあちこち⑨ アカデミア橋の光景を楽しみながらサン・トロバーゾ教会、そしてザッテレへ

    今日のヴェネツィア散歩はドルソドーロ地区を歩こう。ドルソドーロ地区への入口はアカデミア橋。ヴェネツィアの大運河(カナルグランデ)には4つの橋が架けられているが、その1つ。現在の橋は1932年の建造だ。ヷポレットがくぐれるようにと高い太鼓橋として木造で造られたが、それが名物となり、木造で現在に至っている。ここからの眺めはリアルト橋にも匹敵する美しさだ。手前にピザーニ・モレッタ館の瀟洒な建物。正面遠景にサルーテ教会を見てゆっくりと進むゴンドラの姿を眺めることが出来る。手前の船着き場もなかなか洒落ている。この橋を渡ればアカデミア美術館だが、先に紹介済みなので、通りを歩いてゆこう。美術館前のにぎやかな通り。この娘さんの足は何と長いのだろうか!横の運河は幅広く、それぞれの家が持つボートが沢山係留されていた。間もなくサン・...ヴェネツィアあちこち⑨アカデミア橋の光景を楽しみながらサン・トロバーゾ教会、そしてザッテレへ

  • ヴェネツィアあちこち⑧ 白黒写真で一時代前のヴェネツィアにタイムスリップ

    ある日の散歩で、前の時代のヴェネツィアの雰囲気を再現してみようと、モノクロで撮影してみた。まずはゴンドラの風景。ゴンドラは11世紀末には既に登場していたという。まさにヴェネツィアの歴史には欠かせない乗り物。ゴンドラに乗れば、「アドリア海の支配者になったような」(ゲーテの感想)気分になれる。ゆったりと水面に波紋を描いて進むゴンドラは、ヴェネツィアの風景には欠かせない。雨上がりの街路。どこでもごった返すヴェネツィアだが、珍しく無人の道があった。ポルティコを潜り抜けて階段を上る。サンマルコ広場の横に出た。カフェ・クワドリ側の廊下は紳士淑女たちでにぎわう。広場に明かりが点き始めた。夕暮れ。紳士が赤子を抱いてあやしている。どこかゴッドファーザーの一場面を連想させる。カフェ・フローリアン側。人達の表情は、みな優しさを纏って...ヴェネツィアあちこち⑧白黒写真で一時代前のヴェネツィアにタイムスリップ

  • ドゥカーレ宮殿③ 「ため息の橋」の内側から外の風景を眺めてみた。

    次に渡り廊下を渡る。途中で横を見ると、運河が見える。そう、ここはため息の橋内部。橋の内側から見ると、こんな風に見える。こちらが陸側に流れる運河。海側には橋に溢れるほどの人がいて、大半が立ち止まっている。すっかり有名になったこのため息の橋を眺めているのが観察できた。「ため息の橋」の名前の由来は、観光客がこの橋を見て「美しい」とため息を漏らすのではなく、内部を通る罪人が、「ああ、いよいよ牢獄に収監される」という悲しみのため息をついた、というエピソードからきている。つまり、この先には牢獄があった。次に間にはドージェ(総督)たちの肖像画ずらり。そんな中に可憐なマリア像も見つかった。こちらの聖母子像には、右端に天使たちの姿が。謁見の模様を描いた絵もあった。帰りがけ、改めて巨人の階段を見た。向かって右側の、海の神ネプチュー...ドゥカーレ宮殿③「ため息の橋」の内側から外の風景を眺めてみた。

  • ドゥカーレ宮殿② 世界最大の油絵の間で、その絵を描いたティントレットが日本人少年たちを描いていた

    宮殿の窓から島東側の風景が見える。圧倒的な作品群の集まる宮殿内から目を転じて。ちょっと息をつく時間だ。大評議会の間に入った。ここは宮殿内最大の広間。柱が一本もない吊り天井の部屋だ。ここの最大の見ものはティントレットが手掛けた「天国」。54m×25mという世界最大の油絵と言われるこの作品は、迫力十分。キリストから戴冠されるマリアの姿もさることながら、雪崩のように波打つ民衆の姿がすさまじい。ところで、実はこの部屋には日本人の痕跡も残っている。1585年6月26日、日本から訪れた天正遣欧少年使節団がこの宮殿に入り、元首たちから歓待を受けた。さらにティントレットが、伊東マンショら4人の使節の肖像画をこの部屋で描いたと言われる。残念ながらその絵は残っていないが、当代の第一人者によって日本人少年達の姿が描かれたという事実は...ドゥカーレ宮殿②世界最大の油絵の間で、その絵を描いたティントレットが日本人少年たちを描いていた

  • ドゥカーレ宮殿① ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ。巨匠たちが腕を振るった贅沢な空間

    ドゥカーレ宮殿はヴェネツィア共和国という国家を統治するための中枢機関だった。政府と議会、裁判所をすべて統合した場所であり、さらに監獄までこの建物の中に含まれていた。9世紀の建設以来改修拡張を繰り返して現在に至っているが、内部はヴェネツィアを代表する巨匠たちの絵画作品であふれる。そんな宮殿の内部が数年前から写真撮影OKとなっていて、カメラを持っての見学を試みた。正面入口は、サンマルコ大聖堂と宮殿に挟まれた場所にある布告門だ。獅子像が中央にあり、それにひざまずく元首フランチェスコ・フォスカリの像が並ぶ。周囲には聖人像が取り巻いている。バルトロメオ・ボンによるゴシック様式の傑作だ。その門の先には巨人の階段が見える。階段を上ると、左右に2つの像が立つ。向かって左は戦いの神マルス、右が海の神ネプチューンだ。サンソヴィーノ...ドゥカーレ宮殿①ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ。巨匠たちが腕を振るった贅沢な空間

  • ヴェネツィアあちこち⑦ 勇者から召使、ライオンに部族長?千変万化のドアノブ色々

    ヴェネツィアは全く車が走っていない。従って場所の移動にはヴァポレットという乗合船を使うが、陸上移動はただ歩くしかない(もちろん自転車さえもない)。そのため、歩いていると普段気が付かない街中のいろいろなものが目に入ってくる。そんなものの1つが各住宅の玄関に付けられたドアノブだ。バラエティに富んだドアノブ色々を紹介しよう。まずはどこかの部族の長のような貫禄十分の肖像。ヴェネツィアに最も多くポピュラーなのはライオン。守護聖人の聖マルコの象徴でもあるので、よく見かける。それでも表情はいろいろで、こちらのライオンはかなり怖い。忠実な執事、といったところ。かと思えば、夢見る少年のようなドアノブも。きわめて実用的な、「手」だけのもの。アフリカからやってきた召使?こちらも上の召使の親戚かも。これは何だ?鳥の一種かなあ。すっきり...ヴェネツィアあちこち⑦勇者から召使、ライオンに部族長?千変万化のドアノブ色々

  • ヴェネツィアあちこち⑥ 変顔いろいろからやりすぎバロックへーフォルモーザ教会、パオロ教会、ジェズイーティ教会。

    この日の散歩はS・M・フォルモーザ教会から。教会裏の小運河に面した壁面に面白い顔の像を見つけた。見事な変顔!!!そんな変顔はS・G・パオロ教会裏にある別の教会ファザードでも見つけた。ここには4つもの変顔が並んでいる。まずはむっつり顔。つぎは困り顔。今度は怒り顔。そして思案顔。どうして教会の正面にこんな変顔シリーズを並べたんだろうか?最初に戻って、フォルモーザ教会の全景を。この広場にはいつも野菜や果物を売る出店が出ていて、近くのB&Bに宿泊していた時は毎日バナナを買って朝食代わりにしていたっけ。イル・マスケッロというレストランのある小路側から広場を見ると、鐘楼が見事に空に突き出して見える。お気に入りの風景だ。教会近く、クエリーニ・スタンパリア美術館横の橋欄干模様が、綺麗にシルエットになって道にデザインを映していた...ヴェネツィアあちこち⑥変顔いろいろからやりすぎバロックへーフォルモーザ教会、パオロ教会、ジェズイーティ教会。

  • アカデミア美術館③ ティントレットがドラマチックに、ヴェロネーゼがファンタスティックに、2人の天才が華麗な作品を展開する。

    ティツィアーノの指導を受けながら独自の画風を確立した二人の画家がいる。まずはティントレット。この美術館には彼の出世作「奴隷を解放する聖マルコ」がある。聖マルコが空を飛んでいる。敬虔なキリスト教徒だったある奴隷が主人の許可を得ずに聖マルコの墓参りに行った。それをとがめられて殺されそうになった時に、空から舞い降りた聖マルコが一瞬のうちにその奴隷を救い出すという場面。それをまさにアニメのヒーローさながらに大胆に描き出した。ツルゲーネフの小説「その前夜」では、主人公が恋人と共にアカデミア美術館を訪れ、この絵を見て笑いこけるという場面がある。それほどに人の感情を揺さぶってしまう絵だ。また、「聖マルコの遺体の移送」もティントレットの作品だ。ヴェネツィア商人がアフリカ・アレクサンドリアを訪れ、そこにあった正マルコの遺体を密か...アカデミア美術館③ティントレットがドラマチックに、ヴェロネーゼがファンタスティックに、2人の天才が華麗な作品を展開する。

  • アカデミア美術館② 「画家の王」ティツィアーノの名作を少々、ティエポロの‟孤独”の後にほっくりと心癒される母子像を。 

    ティツィアーノ・ヴィチェリオ。ヴェネツィアルネッサンスを代表する画家。「画家の王」とも称された第一人者の作品も、しっかりとこの美術館に収蔵されている。「聖母の神殿奉献」。この絵は元々この建物(以前はカリタ同信会館だった)のために描かれた作品だ。従って、出口の出っ張り(左右の下部)に沿うように変形した形で制作されている。まだ幼子だったマリアが神殿を訪れ、15段の階段を上る場面だ。マリアの愛らしいしぐさに思わず微笑みがこぼれる。天才ジョルジョーネによって口火が切られたヴェネツィアの盛期ルネサンスは弟子のティツィアーノが成熟の頂点にまで押し上げることになる。1518年、フラーリ教会に描いた「聖母被昇天」によって一躍注目を集めたティツィアーノは次々と秀作を発表し、1516年のジョヴァンニ・ベッリーニの死と共にヴェネツィ...アカデミア美術館②「画家の王」ティツィアーノの名作を少々、ティエポロの‟孤独”の後にほっくりと心癒される母子像を。

  • アカデミア美術館① 瞑想する聖母、謎の稲妻、タイムスリップを体感する風景の作品群

    アカデミア美術館は、ドルソドーロ地区のアカデミア橋を渡った正面に位置する。まさにヴェネツィア絵画の世界一のコレクションを誇る。長い間に閉鎖されたり破壊された教会が所蔵していた名画もこの美術館に集められている。まずはヴェネツィアの風景が描かれた絵画から見て行こう。カルパッチョ作「リアルト橋の奇跡」。15~16世紀に活躍した画家が1494年に描いたリアルト橋。この橋は12世紀の建設だが、元々は木造の跳ね橋だった。経済の中心地である橋周辺の賑わいが見事に活写されているし、夏の夕方の空気感も感じさせてくれる。ジェンティーレ・ベッリーニ「サンマルコ広場の祝祭行列」。こちらの広場は政治の中心地。主な公式行事はほぼこの広場を舞台として展開された。ヴェネツィアという特別な風景を持つ都市を映し出す「景観図」の端緒ともなった作品だ...アカデミア美術館①瞑想する聖母、謎の稲妻、タイムスリップを体感する風景の作品群

  • ヴェネツィアあちこち⑤ ゴルドーニ劇場の正面扉には、ヴェネツィア3大祭りの模様が描かれている 

    リアルト橋近くにゴルドーニ劇場がある。ヴェネツィアを代表する劇作家カルロ・ゴルドーニにちなんで名付けられた劇場だ。ゴルドーニは18世紀に活躍した劇作家。ヴェネツィアの素顔の民衆のたくましく生きる姿を喜劇として描き、その作品は広くイタリア全土で支持された。劇場の正面を見ると、いろいろ面白いものを発見することが出来る。まず扉。ブロンズで造られた見事な扉の左の1枚を見ると、いくつかのレリーフが刻まれている。よく見るとこれはヴェネツィアを代表する3つの祭りを描いたものだ。上部はレデントーレの祭り。教会の前に一本の棒のようなものがあるが、これは祭りの日だけに特別に設けられる仮の橋を表している。真ん中にはサルーテ教会の祭り。これも人々が仮橋を渡って運河の先にある教会へ進む姿が描写されている。下部はレガータ・ストリカ。地域の...ヴェネツィアあちこち⑤ゴルドーニ劇場の正面扉には、ヴェネツィア3大祭りの模様が描かれている

  • ヴェネツィアあちこち④ 不死鳥劇場、殺人者通り、カタツムリの館・・・

    モーツアルトの館から程近くにフェニーチェ劇場がある。ここはヴェルディの「椿姫」や「リゴレット」などが世界発上演された歴史的なオペラ劇場だ。これまで2度にわたって火災で全焼するという不運に見舞われたが、いずれも見事に再建され、今でも世界屈指のオペラ劇場として君臨し続けている。「フェニーチェ」とは「不死鳥」という意味。まさに名前の通りだ。内部の壁面には手の込んだ細工がなされている。貴賓席付近はなおさらの装飾ぶりだ。そのすぐ近くにあるのが、コンタリーニ・デル・ボーヴォロ館。らせん状の外階段を持つ美しい館だ。ボーヴォロとはカタツムリのこと。らせん状の貝殻を連想させることからつけられたようだ。階段を上るとヴェネツィアの街が程よい高さで見渡せる。サンマルコ大聖堂の丸屋根も。家々の屋根はみな赤茶色で統一されているのがよくわか...ヴェネツィアあちこち④不死鳥劇場、殺人者通り、カタツムリの館・・・

  • ヴェネツィアあちこち③ モーツアルトとゲーテの泊まった場所は、サンマルコ広場のすぐ近くだった

    サンマルコ広場から旧行政館側の通路を抜けると、オルセオロ船着き場に出る。ここはゴンドラの発着所になっていて、シーズンにはゴンドリエーレと観光客との値段交渉もにぎやかに行われる。横のホテルの建物が黄色のため運河にその色が映り、ゴンドラの舳先の黒とのコントラストがとても美しく気に入っている。そこからフレッゼリア通りを北に向かい、突き当りを左に曲がると、バルカローリ通りの右側に4階建ての赤色の建物が目に入る。角に標識が掲げてある。そこには「15歳のモーツアルトが1771年のカーニバル時期にこの家に滞在した」と書かれてある。モーツアルトは少年時代父親に連れられて3回にわたって長期海外演奏旅行を行っているが、イタリア旅行は1769年12月に故郷ザルツブルクを出発し、1971年3月までの大遠征だった。その最終場面でのヴェツ...ヴェネツィアあちこち③モーツアルトとゲーテの泊まった場所は、サンマルコ広場のすぐ近くだった

  • ヴェネツィアあちこち② サンマルコ広場で遊ぶ子供たちを中心にちょっぴり人間観察

    サンマルコ広場全体を見下ろす絶好の場所がある。それは大聖堂と対面するコッレール美術館。2階カフェからだとこんな風に広場と大聖堂、鐘楼がすんなりカメラに収めることが出来る。ようやく式典が終わり広場が一般に開放された。ちょっとここで人間観察。母子でスマホの写真撮影中。ちょっと暑くなってきたわねえ。家族4人でゆったり散歩。地元の人たちかしら。高いところからなら、建物や壁の像などよく見えるだろう。まるで絵本から抜け出してきたかのようなかわいい子。ふむふむ、今日も広場の治安は保たれているな、よしよし。広場近くの停留所にバポレットが着いたらしい。すさまじい数の人達が押し寄せてきた。大聖堂横のライオンは格好の遊具。乗ってはしゃぐ女の子。その付近はメルチェリエ通りから広場への入口。観光客で大賑わいだ。ぼちぼち昼近くなり、広場の...ヴェネツィアあちこち②サンマルコ広場で遊ぶ子供たちを中心にちょっぴり人間観察

  • ヴェネツィアあちこち① サンマルコ広場 厳粛な式典の後方で3組の男女カップルが・・・

    「イタリアの誘惑」というタイトルなのに、しばらくイタリア以外が続きました。久しぶりにヴェネツィアを歩いてみます。晴れた日の朝、散策初日はやはりサンマルコ広場から、ということで広場を訪れた。メルチェリエ通りから広場へ。入口から大聖堂やサンマルコの円柱が見える。大聖堂正面には聖マルコ像と有翼のライオン像が輝く。その下にはコンスタンティノープルから運び込まれた青銅の馬が居並ぶ。小広場の2つの円柱がマッジョーレ教会を挟んだ形でそびえている。いつ来ても変わらず私たちを歓迎してくれているかのように見える。広場で、何やら式典が始まっていた。実はこの日はイタリアの共和国建国記念日だった。第二次世界大戦後の1946年6月2日、それまでの王政を廃止し、共和制をとることを国民投票によって決定した。それを記念する式典だ。陸海空軍の兵士...ヴェネツィアあちこち①サンマルコ広場厳粛な式典の後方で3組の男女カップルが・・・

  • ケルンの街歩き⑤ ライン川の悠久の流れを挟んで、大聖堂の輝ける夜景に見惚れた。

    夕方、大聖堂の夜景を撮影しようと出かけた。朝から降り続いた雨は一向に止む気配がない。ビュースポットはライン川に架かるホーエンツォレルン橋を渡った向こう岸だ。橋に差し掛かった時、駅の向こう側の建物が青く輝いているのを1枚。対岸には、大聖堂と正面から向かい合うトリアングルパノラマという高層ビルがある。そのビルに上がって大聖堂を眺めるところだったが、この霧雨状態ではよい展望が望めないだろうと断念した。でもどうにか夜景は見ておきたいので、対岸の一角にある小さな公園でライトアップを待った。午後7時50分ころ、やっとライトアップが始まった。尖塔は次第に輝きを強める。圧倒的な姿だ。せっかくなので、カメラ側のホワイトバランスを調整しながら色彩具合を変えてみた。灰色の空がスクリーンの役割をするのか、空の色が変化する。これはピンク...ケルンの街歩き⑤ライン川の悠久の流れを挟んで、大聖堂の輝ける夜景に見惚れた。

  • ケルンの街歩き④ 中世の素朴な木の彫像が印象的な聖マルティン教会

    ホテル近くまで戻ってきた。今度の教会は聖マルティン教会。10世紀に建てられたもので、その規模は今までの2つの教会より大きく、そばを流れるライン川の対岸からもよく目立つ建物だ。鐘楼の周りに八角形の塔がついている変わった形をしている。内部は比較的広いイメージ。すっきりとしている。死せるキリストを見守る「ピエタ」の構図だが、素朴な感じ。でも、中世の作品と思われるが、衣服の色彩が残っているのは素晴らしい。こちらはキリスト磔刑図。その傍らにあった祈るマリア像に、悲しみを秘めた思いがあふれている。ここにも現代的なステンドグラス。第2次世界大戦の空襲で破壊されたために1985年に再建された教会だけに、思いっきり新しい。聖ゲレオン教会のステンドグラスもここも同じ作者のもののように見える。わーお、とっても素朴。今回は3つのロマネ...ケルンの街歩き④中世の素朴な木の彫像が印象的な聖マルティン教会

  • ケルンの街歩き③ 1万人もの大虐殺の悲劇の女王、聖ウルスラの教会は骨で埋め尽くされていた。

    駅近くまで戻り、次のロマネスク教会を目指した。聖ウルスラ教会。路地に入ると、石畳の道がしっとりと雨に濡れていい感じ。ところで、聖ウルスラってどんな人?ウルスラ伝説を調べてみた。ウルスラはブルターニュの王女。イングランド王から「息子の嫁に」と要請され、彼女は3つの条件を出した。①結婚まで、3年間の猶予②王子はキリスト教に改宗すること③ウルスラと10人の乙女、そして各々100人の侍女を従えてローマに巡礼が行われること。これらの条件が認められ、ウルスラはローマ巡礼への旅に出た。しかし帰途フン族の襲撃に遭いウルスラと王子、そして1万人もの御供たちが皆殺しになってしまった。その惨事の現場が実はケルンだったということらしい。古代ローマの墓地遺跡の上に立てられた4世紀ころの墓石に8歳の少女の名前としてウルスラの名が記されてお...ケルンの街歩き③1万人もの大虐殺の悲劇の女王、聖ウルスラの教会は骨で埋め尽くされていた。

  • ケルンの街歩き② オーデコロン発祥の地で香水購入、イベントにも参加してシャンパンも頂いた

    降りしきる雨。少し強めの降りになってきた。でも、この程度なら大丈夫だろう。今日のテーマはケルンに残るロマネスク様式の教会見学。でもそのルートの途中にケルンに本社のある香水メーカー「4711」の店がある。土産に頼まれていたので、まずはそこに寄ろう。トウニス通りの交差点を通過するとすぐに「4711」の店が見えてきた。ケルンという地名は英語風に読むと「コロン」になる。それはオーデコロンのコロンだ。香水=オーデコロンとは、フランス語の「ケルンの水」という意味だ。誕生したのは18世紀のケルン。後にナポレオンがケルンを占領した時、フランス兵がこの香水を好んで母国に持ち帰ったことから世界に広がった。つまり、ここが発祥の地であり、「4711」はそのトップブランドだ。ちなみに「4711」とはナポレオン占領当時の店の住所番地をその...ケルンの街歩き②オーデコロン発祥の地で香水購入、イベントにも参加してシャンパンも頂いた

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