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2016/05/28

1件〜100件

  • 肉体を気づきと修行の道具とする

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁200に、『神を信じます。そして実際に神を知っていきます。ヒマラヤ秘教の神の知り方は、この小宇宙である自分の源、神が創造してくださったこの肉体を気づきと修行の道具として、神の真理に達していくのです。』とある。自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我…

  • 生まれてきた場所に還る

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁197に、『私たちは、もともと生まれてきたカルマを浄化し、純粋になって神のもとに還ることが神との約束ですが、純粋になるどころかますます心に曇りをつくり、無知となって、神との距離をつくってしまいました。 いくら感覚や心が満足しても、魂は安らぐ気配がなく、魂の安息地へ還りたがっています。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上…

  • すべてを与えられて満ち足りている

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁197に、『私たちはもともと神の子で、すべてを与えられて満ち足りている存在です。 しかし、いつの間にかカルマで心が曇り、必要なもので十分であるという満足の心を忘れ、欲望や執着を追いかけるようになりました。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないために…

  • 天国へのパスポート

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁196に、『しかし、神を信じること、そして聖なる波動を広げるマントラは、何歳になっても、あなたに生きがいをもたらしてくれます。 子供から大人まで持つことができる、それは天国へのパスポートでもあります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰…

  • 本当の自分を知っていく

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁193に、『ヒマラヤの教えが導いてくれるのは、自己の探求です。本当の自分を知っていくことです。 そしてそれは、歩むほどに満ち足りてくる、一生続けられる内面への旅です。 こうした人生の目的があることで、生きがいのある人生になります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってし…

  • 瞑想は心と体のクリーニング

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁195に、『瞑想を続けていくことで、一生の垢を取り除いて生まれ変わることができます。 まさに命の洗濯です。 海外旅行で心をリフレッシュもいいのですが、瞑想は細胞レベルまできれいにする、心と体のクリーニングです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならない…

  • 内面からの幸せで満たされる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁194に、『誰もがいつかは死んでいく存在です。 そのときは、あなたが一生をかけて、汲々としてすべてを犠牲にして集めたものは、何も持っていくことはできません。 一方、今生では新たに積んだカルマは、死んでも来世へ持っていくことになります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になっ…

  • よい人生を歩むことができる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁192に、『神とつながれば、ひとりでいても、寂しくありません。 あなたの源は、あなたがつながらなければならない存在なのです。それが魂の願いなのです。 積極的に神につながり、祈り、瞑想をすることで生命力も高まり、よい人生を歩むことができます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方…

  • 心が解放される

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁188に、『あなたが神につながり、相手を信頼してまわりを助け、まわりに与えると、それ以上にいろいろなものが返ってきます。 心は解放されます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体…

  • 人間も地球上の生物のひとつ

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁187に、『人間も地球上の生物のひとつですから、宇宙の中のバランスをつくっている存在です。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることにな…

  • 宇宙の源につながって生きる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁187に、『たとえ、一握りの人だけであっても、宇宙の源につながって生きる世の中を進めていくことで、社会に平和が訪れるのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分…

  • 純粋な意識に変わる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁186に、『カルマがうごめく社会において、純粋な意識に変わることで、そこに自然と平和が出現します。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を通って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続ける…

  • 永遠の存在に気づく

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁184に、『通常の曇った目に見える四苦八苦の娑婆だけが世界ではありません。 滅びない永遠の存在である神があり、それこそが真実の存在であるということです。 その永遠の存在に気づくことに、私たちが生まれてきた意味もあります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生きかになってしまう。 そ…

  • 潜在意識を浄めて運命が変わる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁181に、『心には表面の心、つまり顕在意識と、もうひとつ押し込められた潜在意識の心があります。 潜在意識を浄めることで、運命が変わってきます。それがヒマラヤ秘教の恩恵です。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるので…

  • 精神性の豊かさを入れていく

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁179に、『神は成長できるシステムをつくられました。 神とつながっていくことです。神の純粋性をあなたの中に満たしていくことです。 ただ、物を集め、それに依存するのではなく、自然の法則を知っていきます。 そこに、精神性の豊かさを入れていきます。さらには本当の自分に出会っていきます。 その体験から生まれるあなたの変容は誰も奪うことができません。 そして永遠に奥深くで灯り続け、あなたをささえるものになります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなけれ…

  • 人生を思いのままに構築できる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁179に、『意識を覚醒すれば、自分は自分の人生を思いのままに構築できる。 不安を基盤に、恐れを基盤に、物に依存するのではなく、自分を信じ、神を信じる。 真理を信じ、自由に成長できるのです。』とある。 自分が自分だと思い込出しまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意…

  • 内側を豊かにすれば依存が消える

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁178に、『心は、自分の外側へ依存する喜びに幸せを求めています。 そして、ふりまわされています。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、科の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けること…

  • 人生をより豊かに生きることができる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁176に、『もっと自分を信頼し愛することです。そうすることが魂の喜びとなるのです。 真理に出会う道を歩んでいくことができたなら、その人生は、苦しみから解放されます。 心と体をよりクリエイティブに生かして、人生をより豊かに生きることができるのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい…

  • こだわりを超えられる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁175に、『慈愛から生まれたかのような言動が、エゴの愛から生まれていることは、実際にはよくあることです。 そうしたことに気づいて受け入れることで何かが変わっていくでしょう。そして、そのこだわりを超えられるのです。 そして、本当によいことは、あなたの魂が喜ぶことです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや…

  • 心は変わっていく存在

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁175に、『人は、よいことをしている自分はよい人だ、優れていると思い込むことで、バランスをとっています。 しかし、その心は変わっていく存在です。 心は何かあるとすぐに「揺れる心」となって苦しみを増します。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないために…

  • 欲望は単なる心の癖

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁171に、『本当の自分になったとき、そこにすべてがあるとわかります。 そうした満足の心で見ると、欲望は心であり私ではない、私の追い求めているものはイリュージョンであると気づき、わかったと理解します。 それは欲望であり、その欲望が棲んでいるのは心であると理解します。 単なる心の癖と分かります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何…

  • 安心して今にいることができる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁170〜171に、『私たちの中にすべてが満ちた存在があります。 そこにコンタクトしていけば、いろいろなことが明らかになり、安心して今にいることができます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在…

  • 執着が強くなると・・・

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁169に、『執着が強くなればなるほど、やることも、気を使うことも増えます。 そのことにより、生活が不必要に複雑になっていきます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の…

  • 執着が物事を複雑にする

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁168~169に、『物に依存している人は、使わないものであっても、必死に抱え込んでいたりします。 そして、それが幸せだと思っています。 それがまさに執着なのです。 こだわりです。 これらはカルマでもあるのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならない…

  • 「不殺生」という心の使い方を決意する

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁163に、『ヒマラヤ秘教では、最初に「不殺生」という心の使い方を決意します。 不殺生ですから、比呂を傷つけず、自分も傷つけず、暴力的なことはいっさいありません。 不殺生の心は、さらに自分を愛し、まわりの人を愛し、深く感謝します。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしま…

  • 創造の源の声を聞いて生きる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁162に、『私たちは自分の力で生まれてきたわけではなく、創造の源の大きな力によって、この世に送られてきました。 その力につながり、その声を聞いて生きていくのが本来の姿です。 それを忘れて心の声や欲望によって生きているので、どんどんバランスを崩していく生き方になっています。 そこには豊かさもありますが、病気がはびこり、争いが起きる、そうしたマイナスの部分もたくさん出てきてしまいました。 バランスをとり、源の力に一人ひとりをつなげ、それを信頼し、愛を盛り込む。 そうした生き方を個々人がしていくことにより、社会はいっそう、調和が図られ、さまざまな考え…

  • 体の奥深いところには静寂がある

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁161に、『私たちの体の奥深いところには静寂があります。 私たちはそこから生まれてきました。そこには愛があり、智慧があり、平和があります。 そこへ還ることは、神と一体になっていくことです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に…

  • 心が安らぐ場は自分の中にある

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁160に、『人はいろいろなことに心を使い過ぎています。 そのためエネルギーを消耗し、ストレスを感じます。 そんな疲弊した状態ではよいアイデアも浮かびませんし、イライラして人にあたったり、攻撃したくなったりします。 また、悪いことを考えたり、荒んだ気持ちになったりしやすいものです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手く…

  • 心を浄化して空っぽにする

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁160に、『私がヒマラヤの教えをシェアするのも、動き続け消耗を続ける人々の心を、欲望や執着から解放するためです。 それができるのがヒマラヤ秘教の恩恵なのです。 同時に積極的に心を浄化して空っぽにするために、ヒマラヤ秘教のさまざまな秘法があるのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦し…

  • 欲望が心から落ちていく

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁160に、『穏やかで静かな心の状態をつくれるもの、それは本当の自分との出会いです。 自分の中にある源の存在へ還ることです。 ヒマラヤの恩恵を受けて神につながることで、心は静かに落ち着き、欲望が心から落ちていきます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうなら…

  • すべての物事がうまくいく

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁145~146に、『「心身一如」という言葉がありますが、これは心と体が一体になることです。 このような状態では、すべての物事がうまくいきます。 神秘の力を引き出すのです。 逆に心と体がバラバラではバランスが悪く、心も乱れて何をやってもよい結果が出ません。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い…

  • 迷いをなくして心を尊いものに向ける

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁145に、『まず、心の思いや体の行為、感覚の執着をコントロールします。 そして、迷いをなくして心を尊いものに向け、精神を統一します。瞑想を行い、心を知り、体を知り、さらに本当の自分に出会っていきます。 いらないものを落としていき、心を空っぽにしていきます。 無念無想になっていきます。 真理と一体になるサマディに没入していきます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視…

  • ヨガとは神と一体になっていく修行

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁114に、『本来ヨガとは結ぶという意味で、宇宙の真理を表す言葉です。すべては調和で結ばれ、バランスがとれています。 そして、宇宙のさまざまなものがバランスをとろうと活動しているのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識…

  • 体が軽く、空中を歩くような感じになる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁143〜144に、『ヒマラヤ秘教の瞑想は心の汚れや曇りが溶かされるので、エネルギーの変容が速く、意識が進化し、思いがなくなり心身が軽やかになります。 修行が進むとまさに体が軽く、空中を歩くような感じです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないために…

  • 高次元のエネルギーにつながる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁138に、『ヒマラヤ秘教では、人々を神につなぐ案内役のシッダーマスターが目の前に実在します。 それはヒマラヤで修行したカルマを浄め、悟りを開いたエネルギーを持つ人です。 そのシッダーマスターの高次元のエネルギーにつながり、導かれ、安全に速やかに神と一体になっていきます。 それは、本当の自分になることです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉…

  • エネルギーのバランスを整える

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁127に、『神とつながり精神が統一されると体が安定し、神経も整い、エネルギーも偏らない状態となります。 両手を合わせる合掌は、左右のエネルギーが合体してバランスをとっている状態です。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を…

  • 一を聞いて十を知る

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁125に、『神につながると、思いにとらわれなくなり、心が楽になります。 そして精神統一体になって集中力がつけば、一を聞いて十を知るように先まで読めるようになります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、…

  • 自分の知らない能力が目覚める

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁124に、『神につながることで、潜在能力が目覚めることがあります。 浄化を進めていくことで、内側の才能のセンターが目覚める人もいます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、…

  • 思ったことが叶えられる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁123に、『カルマを浄化して心が純粋になると、思ったことが叶えられるようになってきます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる…

  • 自然とよい波動を引き寄せる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁122に、『神を思えば、神の波動も引き寄せられます。 神とつながることで、自然とよい波動を引き寄せられます。 悪い波動は寄ってこないため、物事も悪い方向へは進まず、邪悪なものを寄せつけません。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自…

  • 自然に運も開けてくる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁120に、『意識が自分の心につながりそうなときは、神を信じることで、そこにつながらなかなります。 すると、よいエネルギーが互いの間を通うきっかけになります。 またよい波動を出すと周囲からもよい波動が帰ってきます。 逆に悪い波動は寄せつけなかなるので、物事がうまく回り出し、自然に運も開けてきます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい…

  • 安心して生きていける

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁117に、『よいエネルギーのチャンネルに合わせることで運命が変わり始め、どんどんよいスパイラルに入っていきます。 悪い現象につながらず、神の恩恵を受けて、安心して守られて生きていけます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意…

  • 根源につながる安定感

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁113に、『根源である神につながった状態は、どっしりとした安定感があります。 揺れる心に重石をしたような状態なのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我…

  • 無限の源の神は公平である

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁111に、『無限の存在の源の神は、公平であるがゆえに私たちに罪や罰を与えません。 自然な存在です。 神にとっては、よいことと悪いことがいっしょなのです。 カルマが働くとさまざまなことが起こりますが、そこに神の意志はありません。 神はただ源にあるだけです。 信じるものを助けてくれることはありますが、裁くことはないのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、…

  • 心を浄化して空っぽにする

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁108に、『心を浄化して空っぽにして、純粋な状態に戻し、その奥の源の存在を発見しましょう。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることにな…

  • 心と感覚の喜びは、いつかは飽きる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁108に、『本来は、「自分はいったい誰なのか?」「本当の自分とは何か?」ということを知ってはじめて、人間として内面が充実します。 外側ばかり満たそうとしても、心と感覚の喜びは、いつかはやがて飽きてくるのです。 なぜならそれらは永遠のものはないからです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重…

  • 神は宇宙の創造の源

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁100に、『ヒマラヤの教えでは、神は宇宙の創造の源、すべてのエネルギーの源のことを指します。 そこに一体になること、それは真理を知ることです。 源には真理があり、それを人は神と呼んだのです。 神は、無限の力の存在であり、自然の力そのものでもあります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦…

  • すべてがいい方向に流れていく

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁94に、『皆カルマに翻弄されています。 そのカルマをコントロールできれば、常に神のような力を持って生きることができます。 そこまでいかなくても、心を正しく使い、さらによりいいエネルギーを育むことで、神の力が働きだし、すべてがいい方向に流れていくのです。 いつでも奇跡が起きているような状態になるのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えて…

  • よい発想が浮かんだり、奇跡が起きる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁94に、『すべては学びです。 感謝を出していきます。 カルマを浄め、心を正しく使うことでもっといいエネルギーが出て、よい発想が浮かんだり、奇跡が起きたりするようになるのです。 奇跡とはなんでしょうか。 神の力が湧いて人間の力ではどうすることもできないことがどんどん起きてよい方向に行くということです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてし…

  • 心から不要なものが自然に落ちる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁86に、『瞑想は、宇宙の源の神聖なエネルギーと一体になり、変容して不要なものが自然に心から落ち、自由になっていきます。 今までとらわれていたものよりも、さらによいものにつながり、何が本当に大事なものかが、自然にわかるのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。…

  • いらない思考を溶かしていく

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁81 に、『宇宙の創造の源からは、精妙な光の波動と音の波動のエネルギーが生まれます。 源から生まれたその精妙な音はさらに集まって言葉になります。 聖なる音のマントラは、言葉ができる前の波動なので、いらない思考を溶かしていくことができます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方に…

  • 瞑想ができるようになる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁81 に、『マントラによって音の秘法を内側に広げていき、源の存在に達していきます。 カルマが浄められ、心が浄化されます。そして瞑想ができるようになります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在…

  • 根源からカルマを変容させていく

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁80 に、『物質やエネルギーを分解していくと、分子や原子、素粒子になり、さらには波動(エネルギー)になることが、現代科学で解明されています。 その波動よりさらに細やかな存在と同じような、プラーナと呼ばれる生命エネルギーや神のエネルギーが源から引き出され、根源からカルマを変容させていくことができます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてし…

  • 心に蓄積されているカルマを変容させる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁79 に、『純粋で清らかな魂のまわりには心があります。 その心が雑多なカルマですっかり曇っているので、きれいに曇りをとることで浄まっていきます。 心に蓄積されているカルマを、高次元のエネルギーの祝福で、変容させるのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生きかになってしまう。 そ…

  • 祝福がやってくる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁78 に、『心が素直で曇りがないと、そうした神の恩恵を受け取ることができます。 人は無意識のうちに心を使い、今にいません。騒々しい心のを持ち、潜在意識もさまざまな観念や価値観でいっぱいです。 神にサレンダーします。すると祝福がやってくるでしょう。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい…

  • 人生の究極の目的

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁67 に、『この世に生まれてきたのは、カルマを浄化する修行をするため、さらに真理を知ることのためという考え方があります。 人生の究極の目的です。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の…

  • 未来のカルマも変えられる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁63に、『ヒマラヤの恩恵は過去生や今生だけではなく、未来のカルマも変えられます。 神につながって瞑想を行い、過去生からのカルマをどんどんと浄めることができます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰も…

  • カルマに翻弄されない人になる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁62に、『カルマを浄めるとは、ヒマラヤの秘法で過去からの膨大なカルマをすべて溶かしてしまうことです。 段階を踏みながらカルマをすっかり掃除して、リセットされた新しい自分になります。 同時に聖なる波動の秘法を身につけ、その波動を育んでいくと神とつながることができます。 そして、その波動に守られ、よい波動の人に変容できるのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が…

  • 必ずいい運に変わっていく

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁60に、『あなたが自分は運が悪いと思うなら、どこかで「自分が、自分が」と欲をかいていないか、善行をしているか、分かち合っているか思い返してください。 親切にすることや、捧げること、自分を無にして出していくような善行をすれば、必ずいい運に変わっていきます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い…

  • パワーによって心が浄められる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁57に、『ヒマラヤの恩恵は、暗闇を照らす光を持ちます。 あなたが神を信頼することで神の祝福をいただき、そのパワーによって心が浄められ、カルマが浄められていくのです。 あなたの願いも叶えられます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の…

  • すべての恵みに感謝できる人格

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁54に、『いただいた才能は、自分の力で働くわけではなく、神の力がないと働きません。 いただけている、見えないその力に感謝をします。 すべての恵みに感謝できる人格に成長していくことが必要です。 それが、そのエネルギーを枯渇させず、まわりの助けもいただけ、よい成長につながっていくのです。』とある。 自分が自分だともいこんでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上…

  • 意識を進化させた調和的な生き方

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁52に、『人間は心を与えられました。 それはさまざまな体験を積み、さらに意識を進化させ、調和的な生き方をするためです。 心を成長させる素晴らしい智慧をいただいているのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重くるしい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるの…

  • 似たようなエネルギーは引き合う

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁47に、『似たようなエネルギーは引き合う、というのがエネルギーの法則なのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続…

  • 思わぬ方向に運命が展開する

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁31に、『ひとつのエネルギーが刺激されることで、他のカルマが連鎖反応を起こし、思わぬ方向に運命が展開することもあります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真…

  • 同じ種類のものを引き寄せる

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁23に、『カルマには同じ種類のものを引き寄せる法則があるということは、よいものを差し出すと同じクオリティの事象が現れてくるということです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意…

  • 心の中にある設計図

    ヨグマタ 相川圭子 著 奇跡はいつも起きている 頁20に、『心の中にある設計図を描いているものがいます。 それは「カルマ」といわれるものなのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けるこ…

  • 心の曇りを取り、意識を進化させる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁194に、『心と体の働き翻弄されている限り、そこには苦しみがあります。 ヒマラヤ瞑想により心の曇りを取り、さらに意識を進化させていくことが悟りへの道なのです。』とある。 自分だ自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いて理いると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるので…

  • 本来の魂の輝きを取り戻す

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁188に、『心を覆う重苦しい無知のエネルギーの曇りを取り除き、本来のあなたの姿である魂の輝きを取り戻して欲しいからです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本…

  • こだわりや執着を溶かしていく

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁185に、『シッダーマスターが発する真理の言葉には、高次元のエネルギーがあり、聞く人の心の奥深くに届いて、それを浄化し、こだわりや執着を溶かしていきます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭に員っとされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰…

  • まったく違う新しい毎日が始まる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁176に、『瞑想で、人の内側は大きく変わります。 人生の質が上がり、それまでとまったく違う新しい毎日が始まります。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自…

  • 瞑想で執着や欲望を無くす

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁175に、『本来、瞑想の目的は執着や欲望をなくし、真理に触れ、本来の自分に還っていくことです。 正しい瞑想の継続で、心が空の状態になり、潜在意識が目覚めます。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのでは…

  • 新しい自分に出会う

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁171に、『この潜在意識にあるカルマを浄化することは、人生をシンプルにして、新しい自分に出会うための扉を開くカギでもあるのです。』とある。 自分が自分だと思い込出んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全…

  • 人生の可能性を大きく広げる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁170に、『瞑想は、人生の可能性を大きく広げます』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の中…

  • 幸せに生きるためには?

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁162に、『幸せに生きるためにはバランスをとることが大切です』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けるこ…

  • 愛に満たされる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁160に、『本当に大切なものに気づけば、愛に満たされます』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識を向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分い意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで…

  • 自分の本質に気づける

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁152に、『過去の思い込みを外せば、自分の本質に気づけます』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けること…

  • 常に愛と信頼を選択する

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁138に、『どんなときも、愛と信頼を選択してください』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心…

  • 未来の不安から自由になれる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁134に、『大きな愛とつながれば、未来の不安から自由になれます』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続ける…

  • 見た目を気にするのはエゴ

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁120に、『見た目を気にするのは、エゴのひとつです』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の…

  • よい習慣が苦しめることもある

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁118に、『よい習慣が、あなたを苦しめることもあります』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、…

  • 健康への執着とは?

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁112に、『健康への執着は、恐れの裏返しです』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いてると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の中の想念…

  • 物への執着は手放せる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁108に、『自分の価値に気づけば、物への執着は手放せます』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで…

  • 不要なものが分かる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁78に、『本当のリラックスを体験すれば、不要なものがわります』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けるこ…

  • 執着を取ろうとする執着

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁78に、『執着を取ろうとすることが執着になります』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の中…

  • 心の奥底にある本当の声

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁69に、『心の奥底にある、あなたの本当の声を聞いてください』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けること…

  • 捨てることに夢中な人

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁57に、『心が満たされれば、物の有無にはこだわらなくなります』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けるこ…

  • 捨てることは、一種の快感

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁48に、『捨てることにはまり込んだ状態は、一種のナルシストです』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続ける…

  • 欲は否定ではなく自然に落ちるもの

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁40に、『欲は否定するものではありません。自然に落ちるものです』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続ける…

  • 心や体を正しく使う

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁38に、『心や体を正しく使うことを学びましょう』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の中の…

  • 心の本質に立ち返る

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁34に、『心の本質に立ち返れば、捨てる苦しみから自由になれます』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続ける…

  • マインドのゲームに翻弄

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁32に、『マインドのゲームに翻弄されていると気づきましょう』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けること…

  • 「生きようとする力」を抑えない

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁26に、『あなたの中にある「生きようとする力」を抑えてはいけません』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続…

  • 捨てることにこだわりすぎると・・・

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁22に、『捨てることにこだわりすぎると、いつか生命力を弱めます』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続ける…

  • 捨てすぎる行為は、とらわれの姿

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヒマラヤ大聖者の心の曇りをとる瞑想 頁18に、『捨てすぎる行為は、ひとつのとらわれの姿です』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向ていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生きかになってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の…

  • 運命を変えて、最高の人間になる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヤマ・ニヤマ 頁201に、『究極のサマディのエネルギーをいただきながら、自分を浄化して、運命を変えて、最高の人間になる道を歩むことができるのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真…

  • 皆で幸せになる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヤマ・ニヤマ 頁188に、『皆で幸せになるために、あなたから愛を発しましょう』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向ていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を通って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の中の想念や妄想…

  • 神様とつながる方法

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヤマ・ニヤマ 頁184に、『ヒマラヤの教えは神様とつながる方法です』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の中の想念や妄想による混…

  • 宇宙の源とつながっている

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヤマ・ニヤマ 頁181に、『私たちは宇宙の源とつながっていると知りましょう』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の中の想念や妄想…

  • もっと楽に生きられる

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヤマ・ニヤマ 頁177に、『心を手放すと、もっと楽に生きられる』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心の中の想念や妄想による混乱が…

  • 主導権を手放す

    ヨグマタ 相川圭子 著 ヤマ・ニヤマ 頁171に、『無限の存在と、マスターを信じ、主導権を手放すこと』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまい、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、何事にも上手くいかず、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。 そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。 やり続けることで、心中の想念や妄想…

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