それからも何店かまわり、似たようなことをした。当然のことに紙袋は増えていき、僕は幾つかを持ってやった。どうしたってそうせざるを得ないだろう。 「あっ、…
「あら! まあ! よくお似合いで!」 「え、ええと、そ、そ、そうでしょうか?」 「はい、お似合いですよ! 背が高くていらっしゃるからでしょうね。まるで…
改札に近づくと居所はすぐにわかった。目印になりやすい背の高さをしているとこうなるものだ。 「き、き、来て、く、くださったんですね」 「まあね」 …
営業先を出たのは六時過ぎだった。人混みをすり抜けるようにしてると雨が落ちてきた。間隔もまばらな弱い雨だ。しかし、周りの者はさも大事が起こったとばかりに動…
「ほっ、ほっ、本当ですか? うっ、うっ、嬉しいです。で、で、では、い、い、一緒に、デ、デ、デパートに、い、行ってください」 「デパート? なんでだ?」 …
翌る日も篠崎カミラは待ちかまえていた。背筋を伸ばし、若干は自然に見えなくもない笑顔を浮かべてる。 「おっ、おはよう、ごっ、ごっ、ございます」 「ああ…
見える人 『あらぬ噂/《monkey's paw》にて』- 9
「あっ、あっ、あの、」 「なんだよ」 「い、いえ、す、すこしは、お、お役に、た、たちましたか? わ、私だけでは、ちょっ、ちょっと、ふ、不安だったので、…
見える人 『あらぬ噂/《monkey's paw》にて』- 8
スマホを押しあてたまま僕は待った。もういいから部屋に戻って寝ちゃおうかな。そう考えてもみた。なんでもないことを騒ぎ立ててるだけに思えたのだ。しかし、怖れ…
見える人 『あらぬ噂/《monkey's paw》にて』- 7
コンビニでビールを買い、僕はマンションの前に座りこんだ。とはいってもどうしよう? もう一時近くだし、突然電話するのも変だよな。――はあ、こんなに思い悩む…
見える人 『あらぬ噂/《monkey's paw》にて』- 6
駅に着いたのは十二時過ぎだった。 僕は疲れ果てていた。二日酔い一歩手前まできていたところに強い酒を重ね、なおかつ葉巻まで喫ったものだからくらくらする…
見える人 『あらぬ噂/《monkey's paw》にて』- 5
「そこまで女っぽくなってないよ。厚化粧して、背筋伸ばしてるだけだ」 「そうなのか? ほんとにそれだけ?」 「そうだよ。見ればわかる。どうせ見てないん…
見える人 『あらぬ噂/《monkey's paw》にて』- 4
僕たちは席を移動した。葉巻を頼むとバーテンダーが穴開け機みたいので吸い口をつくってくれた。二人でそれを咥えてる絵はなかなかのものだった。まるで千万単位の…
見える人 『あらぬ噂/《monkey's paw》にて』- 3
その日は僕が先に着いた。店は空いていて、糊のきいたシャツに蝶タイ姿のバーテンダーが無表情に若干の笑みをつけ足したような顔をして立っていた。背後には縦に四…
見える人 『あらぬ噂/《monkey's paw》にて』- 2
そして、その通りになった。小林からラインが来たのだ。 『大事件が起こったようだな。詳しく聴かせろよ。いつもの店で待ってるぜ』 『これといって事件なん…
見える人 『あらぬ噂/《monkey's paw》にて』- 1
あらぬ噂/《monkey's paw》にて その翌朝にはさらにうんざりさせられた。篠崎カミラがふたたび待ちかまえていたのだ。 「あっ、あっ、あの、」…
「わかった。わかったから。――いや、何度も言って悪いけど全面的に信じてるわけじゃない。ただ、心配してくれてるのはわかった。で、つまりはこの後も悪いことが起…
「ただ、もし本当に君がそういったのを見たってなら、他になにかないのか? 僕のまわりで起こったことで他に見えたものは?」 口は半月状にゆるんだ。僕はその…
「悪いけど、そんなに暇じゃないんだ。用事があるならすっと言ってくれないか?」 「すっ、すっ、すみません! あっ、あっ、あの、わ、私、」 「で、なに? …
そんな感じにゆっくりではあるけれど僕の生活はかつてのペースを取り戻しつつあった。無駄な残業はせず、鷺沢萌子と出会う前とほぼ変わらないルーチンを組めるよう…
部屋はだいぶ片づいてきた。 大きなものは然るべき場所に収まったし、小物はキッチンボウルにまとめておいた。あとは必要なものを揃えればいい。ただ、買いに行…
それからもぐだぐだと下らない話がつづいた。すべて愚痴や陰口みたいなものだ。上司どもは「あのデブ」だの「ハゲ野郎」と呼ばれ、それでも誰について言ってるかす…
「ん?」 「お前の部署に新しい女の子が入ってないか? 背がえらく高くて、やけに地味な子だよ」 「ああ、あの子な。ふた月ばかり前に来たんだよ。よくは知ら…
「もうヤバいぞ。今度のはほんとにヤバい。マジで全員がお前好みなんだぜ。完全にストライクゾーンだ。どこ振っても当たるようにできてる。ま、こりゃいわば接待だな…
「あっ、あっ、あの、」 「篠崎さん?」 僕は思いっきり首を上げた。彼女は「そうです、私は篠崎カミラです」とでもいうように激しくうなずいてる。 「あ…
カフェは混んでいた。カウンター席に座り、僕は本を開いた。『ワインズバーグ・オハイオ』だった。学生の頃に一度読んだだけの、まだ持ってるとも思ってなかった本…
悲しい作業/永劫につづく罰 僕は部屋の片づけをはじめた。 それは被害状況を克明にしていく作業でもあった。あのジッポライターも盗られたんだな――など…
僕は腕を組んだ。これはどういう話なんだ? 全体的になにかがおかしいのだ。突然消える街灯、なぜか見つめてくる犬、それに奇妙な女まで出てきた。しかもその女は…
けっきょく僕たちは中華料理屋に入った。怒号のように中国語の応酬が聞こえてくる店内は混みあっていた。小林は〈青椒肉絲定食〉にし、僕は〈牛肉の八角炒め定食〉…
翌日は朝から営業先に直行だった。小林も同じだったので僕はラインにメッセージを入れておいた。訊きたいこと――というか、話したいことがあったのだ。 「なに…
「あの、失礼かもしれませんが、お名前は?」 「あっ、い、いえ、すっ、すみません。な、な、名乗りも、し、しないで、こ、こんなこと、い、い、言うなんて。そ、…
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