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2016/03/09

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  • キンポウゲのような君に

    自席について眺めていた手許の書類から顔を上げるなり、オーター・マドルは短く息を吐いた。気休めに過ぎないが、おもむろに丸眼鏡を外して鼻の付け根を指先で揉む。強度近視により網膜や視神経に持続的に負荷がかかるため、疲れ目は日常茶飯事だった。特に、目の酷使で疲労が蓄積される夕刻は症状が顕著に表れるようで、ものが見えにくくなるのだ。椅子の背凭れに寄りかかって瞼を閉じようとしたら、ほのかに甘い香りがオーターの...

  • 始まりは唐突に 13

    一刻も早く帰途につきたいがために、半ば捨て鉢になっていたのかもしれない。言葉を発した直後、いくらなんでも厚かましすぎたかと臍を噛んだレインに対し、オーターの決断は早かった。少しも酔った様子がない男は取り出したほうきに跨るなり、「行くぞ」と声をかけてくる。あまりのスピーディーさに瞬間、呆けてしまい、すぐに反応できなかった。「何をしている。門限に間に合わなくてもいいのか」「あ……、いや、それは困ります」...

  • 始まりは唐突に 12

    通りすがりの店員に酒をオーダーし、傍らのコートラックに長外套をかけているオーターにレナトスが声をかける。「どうした? 予定変更か?」「明日、急遽会議をすることになったから、早めに切り上げて帰ってきた」オーターは抑揚のない声で鷹揚に返しながら、ボックス席の前で立ち止まった。非日常感をいざなう落ち着いた淡い色味の照明の下で、理知的な相貌にやや疲労の色が滲んでいる。何かトラブルでもあったのだろうか。「そ...

  • 始まりは唐突に 11

    「試作品を関係各所で使用してもらったところ、精度をもっと上げた方がいいとの意見が多数出たので、今、製造工場で試行錯誤を繰り返しているところです。特にこのエッジ部分ですが……」「なるほど」応接スペースのテーブルに広げた資料の中で、設計図の一箇所をレインが指差すと、目の前のオーターが鷹揚に頷く。イノセント・ゼロ対策として、新規開発中である戦略兵器の魔法道具に関しての現況報告だった。顔を上げたオーターは、...

  • 始まりは唐突に 10

    レインは消えることのない過去の重みを胸に刻んで、魔法界の基盤の仕組みを変えるべく神覚者になった。それゆえ、魔法が使えずとも神覚者になる、この世界の認識を変えると、前代未聞の挑戦をしようとしているマッシュにどうしても自分を重ねてしまう。生まれつき魔力を持っていない魔法不全者は神から祝福されない者として世間から差別され、人権がないも同然だ。異分子扱いで殺処分が義務づけられ、誰しもが絶望するところだが、...

  • 始まりは唐突に 9

    正直なところ、聞き入れられる可能性は限りなく低いと、レインは踏んでいた。事の発端は、本屋で購入したウサギの写真集だった。写真とともにウサギの主要な生息地がいくつか紹介されていたのだが、レインの目はそのうちのひとつに釘付けになった。なぜならば、帰路の途中でその上空を通過するからだ。誘惑に駆られてしまい、是非とも立ち寄ってみたいと、瞬時に強く思った。しかし、冷静になってみて、こんな話をオーターにできる...

  • 始まりは唐突に 8

    よく晴れた空の下、レインはふかふかな芝生の上に四肢を伸ばして寝っ転がっていた。うららかな春の日差しをいっぱいに浴びた大きな樹木の木陰に心地よい西風がそよそよと吹き、ツートンカラーの柔らかい前髪がふわりとなびく。うーんとひとつ大きく伸びをしてから起き上がると、驚いたことにレインの周りをウサギたちが取り囲んでいた。立ち耳、垂れ耳、長毛種、短毛種といった、さまざまな種類のウサギが一羽、二羽、三羽、四羽……...

  • 始まりは唐突に 7

    オーターとともに向かったのは広大な湖からさほど離れていない、夕闇に染まった田園風景が広がる小さな村だった。敢えて探す必要もなく、外観から一見してわかった宿屋を訪ねてみると、入り口付近のカウンター内にいた年配の女主人に感じよく出迎えられる。ふたりを認識するなり驚愕の表情を浮かべたが、すぐさま恭しくお辞儀をされ、シーサーペントを退治したことに対して謝辞を述べられた。村内放送でも流れているのか、それとも...

  • 始まりは唐突に 6

    「パルチザン!」茂みの向こうに蠢くような異様な気配を察知するやいなや、レインは杖をかざしながら呪文を唱えて固有魔法を繰り出した。一斉に放たれた無数の長剣が樹枝の間を縫うように命中し、地面を大きく揺らして激しくのたうち回っている様子が窺える。攻撃の手を緩めずに標的目がけて立て続けにパルチザンを浴びせると、木々をなぎ倒す凄まじい音とともに、茂みの中から全長15メートルほどの巨大な蛇が姿を現した。じっと睨...

  • 蜜夜 後編

    全身がぽかぽかと温まるなり、オーターと交互に身体と髪を洗い、レインは再び湯を張った真っ白な琺瑯のバスタブに浸かった。男ふたりで入っても、ゆったりと脚を伸ばせる広さだ。アメニティとして用意されていたラベンダーの香りがするエプソムソルトを加えた湯は、ちょうどいい温度を保っている。「オーターさんってタフですよね。気もよく回るし」「そうか?」グラスに注いだミネラルウォーターで喉を潤してから肩越しに言うと、...

  • 密夜 前編

    三月中旬の金曜日。その日、レイン・エイムズはオーター・マドルとともに、魔法界の東部エリアに出張していた。午前中は現地視察のため、ほうきに乗って街を一巡して市民の暮らしぶりを見て回り、午後は魔法局東支部のそばにある老舗ホテルで開催された、魔法魔力及び魔法道具に関するシンポジウムに出席した。魔法界の首都には統治機関である魔法局本部が設置されているが、東西南北の四つのエリアの主要都市にそれぞれ支部が置か...

  • 微睡みの朝

    う…ん……、という小さな声とともに傍らで身じろぐ気配がして、唐突に目が覚めた。無意識に瞼に触れながら、顔を横に向ける。ぼやけた視界に飛び込んできたのは、寝返りを打ってこちらを向いた恋人の姿だった。目の焦点が合わない中、徐々に意識がはっきりしてくる。ベッドからわずかに上体を起こしたオーター・マドルは手を伸ばし、サイドテーブルに置いていた丸眼鏡をかけた。恋人であるレイン・エイムズが羽根枕に片頬を埋めたま...

  • 始まりは唐突に 5

    どうしたことか、集中力が持続しない。執務室で部下からの報告書に目を通し終わったレインは、顔を上げて深々と溜息をついた。神覚者に選ばれて二ヶ月が経ち、早くも疲労が蓄積されているのだろうか。壁掛け時計に目をやると、時刻は午後五時に差しかかろうとしていた。正規の勤務時間はあとわずかで終わるが、レインは毎日一時間ほど残業するようにしている。そうしなければ、慢性的に仕事が溜まってしまうからだ。イーストン魔法...

  • 始まりは唐突に 4

    「誰だ、貴様。何を勝手な真似をしておる」足許がふらついてバランスを崩し、すんでのところでオーターに抱き留められてほっとしたのも束の間、憤慨したダルトンが詰め寄ってきた。思いきり寄りかかっている現状に決まりが悪くなったレインは、パールピンクのイブニングドレスの長い裾が足に纏わりつくのに四苦八苦しつつ、どうにか体勢を整えてオーターから離れる。「まさか横から掻っ攫うつもりじゃあるまいな」「掻っ攫うとは笑...

  • 始まりは唐突に 3

    自分は今、何をやっているのだろうか。頭では理解していても、感情がまったく追いついてこなかった。こんなことをするために神覚者になったつもりはないと、気づかれないように何度も溜息をつく。「サイズはちょうどいいですね」「…………」男のスタイリストによって剥き出しの上半身に装着され、レインは壁に立てかけた姿見鏡に映る自分を見た。だが、とても正視できなくて、すぐさま顔を背ける。諦めの境地でいたとはいえ、冷静に客...

  • 始まりは唐突に 2

    「ここまでで何か質問は?」「ありません」すっかり日課になっている執務室での引継ぎ中、いつものように素っ気なく尋ねられ、レインは書類に目を落としたまま即答した。ところが、数秒経っても、応接スペースの正面に座っている指導役は言葉を発しようとしない。ふと視線を感じて顔を上げると、相変わらず無表情のオーターが丸眼鏡越しにこちらを見据えていた。 「その髪の色は染めているのか?」物珍しさからか、これまで数え切...

  • はじまりは唐突に 1

    長い冬の寒さがいまだに残る一方で、草木が芽吹き始め、春の訪れが感じられる季節となった。首都近郊の湖中央に聳え立つイーストン魔法学校においても、年度末である三月は卒業式や編入試験関連などで登校日が少なく、実質春休みに突入している。趣味に勤しむ、友人と娯楽に興じる、実家に帰るなど、過ごし方はさまざまだ。しかし、そんな中でも、のんびりしていられない生徒が約一名いた。予定時間を十分ほど過ぎて三寮合同会議が...

  • Silent Night

    十二月初旬。その日、隙間時間に魔法局本部内のカフェテリアへ足を向けたレイン・エイムズは、奥のテーブルにひとりで座っている親友の姿を見つけた。人影がまばらであるため、向こうもすぐにこちらに気づき、片手を上げてくる。レインはカウンターで注文したホットコーヒーを受け取るなり、魔法人材管理局所属のマックス・ランドのいるテーブルを目指した。互いに、「お疲れ」「お疲れさん」と挨拶を交わし、レインはティーカップ...

  • Time After Time

    「市民たちも大変楽しみにしておりますので、神覚者様、是非ともご協力のほど、よろしくお願いします」十月某日。魔法局本部にある第三会議室に集められた神覚者八名の前で、局員であるカイセ・ツッコミーはそう言って頭を下げた。ロの字に設置された長テーブルに着席していた全員が、また貴重な休日に駆り出されるのか……、といった微妙な表情を浮かべている。当然ながら、オーター・マドルもそのうちのひとりだった。神覚者は魔法...

  • 誇り高き絆 19

    何となくいつもと違う気配を感じて、ふっと微睡みから覚醒した。「――……ん」枕に半ば顔を埋めたまま突っ伏して眠っていたレインは、緩慢な動きで寝返りを打つ。その拍子に身体を覆っていたタオルケットがずれてしまい、かすかな肌寒さにぶるっと震えた。やんわりと抱き込まれて、どこか安堵するような温もりに包まれる。あまりの心地よさに無意識に身を寄せると、顔を隠すようにかかっていた髪がさらさらと乾いた音を立てて梳かれた...

  • 誇り高き絆 18

    ふたりの想いが重なり合い、寝室へと向かったのは自然な流れだった。あの夜ほどアルコールを摂取していないせいか、見慣れた部屋なのに、そばにオーターがいるだけでひどく落ち着かなくなる。ルームライトを間接照明に切り替え、オレンジがかった柔らかな灯りに照らされたベッドを前にして、レインは足が竦みそうになった。月明りのみの薄暗い空間とはわけが違い、急に怖気づく自分を叱咤する。これまで、ここには自分以外に誰も入...

  • 誇り高き絆 17

    勧めるままにオーターがL字型のコーナーソファに腰を下ろしたのを視界の端で捉えながら、レインはリビング全体を見渡せるアイランドキッチンに立った。帰宅するなりルームウェアに着替えるのが常だが、こちらが引き留めた手前、オーターを待たせるのは悪いと思い、仕事着のままシンクでまず手を洗う。レインはもともとコーヒー派だったが、マーサが淹れてくれたアールグレイがあまりにも美味しくて、紅茶好きになったのだ。居候中...

  • 誇り高き絆 16

    偶然にもほどがあるだろう。予期せぬ出来事に柄にもなく狼狽えてしまい、レインは一瞬、判断に迷った。職務中ならまだしも、今はプライベートタイムなのだ。場所が場所なだけに、邪魔にならないように会釈のみで通り過ぎようとしたところ、オーターの同伴者にも気づかれてしまった。歩み寄ってくるのを見て、休日は気を使いたくないのにな……、と思いながらそっと小さく溜息をついたレインは、普段通りの顔で仕方なくそちらへ足を運...

  • 誇り高き絆 15

    「フィン、お前に大事な話がある」ふたりで夕食をとったあと、弟が後片付けを済ませたのを確認して、レインはすかさず声をかける。五日間実施したサマーインターンシップはすでに滞りなく終わっており、フィンの親しい友人であるマッシュたち三人はそれぞれ帰省した。屋敷には兄弟ふたりだけになっていたが、手際のいい弟は料理や洗濯などを請け負ってくれ、日中、職務に従事しているレインは何かと助かっている。いつになく改まっ...

  • 誇り高き絆 14

    一週間が瞬く間に過ぎていく。妖魔族を一掃して以降、神覚者が駆り出されるほどの重要案件が発生していないことから、魔法局本部内の各部署において業務効率化を推進する動きが一様に広がっていた。八月に入り、レインが局長を務める魔法道具管理局では、以前から着々と準備を進めていた魔法道具の精査に関する新規プロジェクトの立ち上げがいよいよ間近に迫っている。魔法界にあるすべての魔法道具を地下倉庫で厳重に管理、保管し...

  • 誇り高き絆 13

    そよそよと西から吹く風が、何とも心地いい。中と外を自由に行き来できるように芝生の庭に設置しているため、ウサギ部屋は明るい陽射しが差し込み、土曜日の昼下がりは実に平和だ。モスグリーンの半袖パーカーにデニムというラフな格好で仰向けに寝転がったレインの周りでは、ふわふわの毛に覆われた九匹のウサギたちが各々好きなことをしていた。ウサ山は牧草を美味しそうにむしゃむしゃと食べ、ウサ吉は念入りに毛繕いをし、ウサ...

  • 誇り高き絆 12

    「さすが史上最年少」「いえ、オーターさんの助けがあったからです」目の前で立ち止まったカルドが開口一番にそう言い、面食らったレインは咄嗟に名前を出す。オーターに感謝しないわけにはいかなかった。危険を顧みず救ってくれたのは、紛うなき事実なのだ。「オーターもナイスアシスト。ふたりのお手柄だね」「当然だ」人好きのする笑顔を浮かべたカルドに褒め称えられ、オーターはいつもの無表情で返した。「本当に頼りになりま...

  • 誇り高き絆 11

    「気をしっかり持て! こんなことでやられるようなお前じゃないだろう!」いつになく鋭い声で一喝されて、意識が遠のきそうになっていたレインは弾かれたように大きく目を見開く。掴んでいた腕を放すなり、オーターは懐から取り出した杖を素早く振り下ろした。始祖の肉体からレインに伸びている黒い触手を切り離そうと、槍のように細く尖らせた砂が勢いよく次々と放たれる。にもかかわらず、始祖は分子構造を自在に変えて液状化に...

  • 誇り高き絆 10

    雲が厚く垂れ込め、仄暗い陰鬱な空の下、地響きのような轟音がびりびりと空気を震わせている。レインは眉を顰めて、妖魔族の始祖と思しきこの世ならざるものを仰ぎ見た。顔の中央に赤く光る眼のようなものがひとつあるだけで、鼻や口は確認できない。黒い靄が人型のような正体不明の生き物の全身を渦巻くように覆い、何やら奇怪に蠢いているのがわかった。――何なんだ、こいつは。見た目が異形すぎる。始祖は格好の獲物を見つけたと...

  • 誇り高き絆 9

    重い瞼を開けると、すでに周囲は明るくなっていた。ここはどこだろうと一瞬呆けたものの、すぐさまゲストルームのベッドの上だと認識する。眠りから覚めたレインは力が抜けきった身体をどうにか起こし、突然襲ってきた違和感に端正な顔を歪めた。頭がズキズキする……。これは呪いの影響ではなく、明らかに二日酔いだ。痛みをこらえながら室内を見回し、自分ひとりだとわかった途端、ほうっと溜息が漏れる。男と寝た。正確に言えば、...

  • 誇り高き絆 8

    「――っ、……んっ」何が起きたのか、理解が追いつかなかった。合わさった唇からアルコールが口内に流れ込んできて、不意を突かれたレインは否応なしに飲み込む羽目になる。一拍遅れて、停止した思考が動き出したのと頬にかすかに当たっていた丸眼鏡のフレームが離れていったのは、ほぼ同時だった。月明りのせいか、レンズ越しの瞳が普段と異なる色を帯びていて、レインの背筋がぞくりとする。「……なんの真似ですか。新手の嫌がらせで...

  • 誇り高き絆 7

    その日、魔法局本部の第一会議室において、妖魔族に関する進捗会議が執り行われた。出席者は神覚者八名、ウォールバーグ、局長、副局長で、前回の神覚者会議後の進展や問題点などを報告して共有するためだ。主要関係者が一堂に会する場でもあり、顔を合わせて意見を交わすことで、全体の士気を高めるメリットがある。まず、副局長であるブレス・ミニスターから現時点での成果報告が全員の前で発表された。魔法界中の大規模な墓地に...

  • 誇り高き絆 6

    目を開けると、見覚えのない白っぽい天井がぼやけた視界に入ってきた。ゆっくりと瞬きを繰り返したレインはかすかに身じろぎし、周囲をぼんやり見回す。カーテン越しに差し込む光で辺りはほんのりと明るく、傍らの点滴スタンドや部屋の様相から病室だとわかった。今日はいつで、今、何時だろう……、とレインはぼうっとした頭で記憶を辿ろうとする。そろそろとベッドから身を起こした拍子に、自分がブルーの病衣を纏っていることに気...

  • 誇り高き絆 5

    「魔力の低下によって邪気が体内に入り込んでいるので、ただいま排出、浄化させる点滴を投与しています。また、幻覚症状や睡眠障害等で心身ともにかなり疲弊されているようですので、折を見て疲労回復の点滴も追加するつもりです」エルムリー魔法総合病院最上階のVIP専用フロアにある特別個室で担当医の説明を聞きながら、オーターはベッドの上で静かに眠っているレインを複雑な思いでじっと見下ろした。検査着を纏ったレインはす...

  • 誇り高き絆 4

    第三会議室に入っていくと、ロの字形式にレイアウトされたテーブルには、すでに最年長のライオ以下神覚者たちが勢揃いしていた。レインとオーターが空いた席に座ったのを見て、ライオが前置きなく口を開く。「これで全員揃ったな。例の妖魔族の件で新たな情報が入ってきたので、至急集まってもらった。早速だが、これを見てくれ」そう切り出したライオは、傍らの部下の男に目配せした。眼前には台座にのった大きな水晶玉が置いてあ...

  • 誇り高き絆 3

    クラシカルなメイド服に身を包んだ女性は、マーサ・ハリスンと名乗った。「レイン様の身の回りのお世話をさせていただきますので、何なりとお申し付け下さいませ」と言われ、レインも儀礼的な挨拶を返す。案内されるままにボルドー色のカーペットの上を歩き、エントランスホールから中に通されると、瀟洒な邸内には贅沢な空間が広がっていた。天井が高く、凝った細工が施されたアンティークの調度品が至るところに設えられ、上質な...

  • 誇り高き絆 2

    厄介事を一番引き受けたくなさそうなオーターが名乗り出てきて、レインは嘘だろ……、と絶句した。イノセント・ゼロとの最終決戦で、冷酷非情かつ合理的思考の持ち主は仲間のために己を犠牲にして戦い、その姿はこれまでレインがオーターに対して抱いていた印象を大きく覆すものだった。マッシュの件で意見が対立していたが、オーターが態度を軟化させたことによってそれもなくなり、今では普通に接している。ただ、お互いに口数が少...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 106

    「目的地まであと五キロです」斜め前の助手席からミニョクの控えめな声が聞こえてきて、ジョンヒョンは閉じていた瞼を上げた。先ほどからタブレットPCを操作しながら、同時にスマートフォンで事務所にいる舎弟と連絡を取り合っている。緊迫した空気にさらに加わるように、ジョンヒョンのスーツの内ポケットから着信音が鳴った。悠然とスマートフォンを取り出し、通話ボタンをタップする。「俺だ」『ソンです。イランが今こちらに到...

  • 誇り高き絆 1

    『Proud Cane』 続編戦の神杖の神覚者であるレイン・エイムズは今春、イーストン魔法学校を卒業し、その日も朝から魔法局本部で職務に従事していた。肩書はこれまでと同様、魔法道具管理局局長だ。卒業と同時にアドラ寮を退寮し、利便性を考慮して魔法局本部の近くに小さな屋敷を購入した。弟であるフィン・エイムズが長期休暇中、気兼ねなく帰省できるようにするためでもある。学生でなくなったことにより、レインは学業との両立...

  • その男、不遜につき 33

    いつになく静かで安らかな夜だった。まるで時が止まったかのように言葉もなく抱き合っているふたりの間に、かつてないほどの穏やかな空気がゆったりと流れているからだろうか。ふっつりと会話が途切れてもなお、ヨンファはジョンシンの肩に頭を預けるようにして、すっかり馴染みきった温もりに寄りかかっていた。胸許に深く抱き留められていると、スーツの上着越しでも触れ合った箇所からジョンシンの体温が沁み入るように感じられ...

  • Proud Cane 後編

    魔法局本部へ帰局してからも、苛立ちは一向に収まらなかった。オーター・マドルは苦虫を嚙み潰したような表情で局内を歩きながら、今日何度目かの溜息をつく。――仕事の合間を縫って出向いたというのに、なんなんだ、あの態度は。怒りの原因は、今しがた会ってきたレイン・エイムズだ。オーターの辛辣かつ断定的な口調に動じる様子もなく、いつもの取り澄ました顔で真っ向から挑戦的な態度を取ってきた。何事にも関心が薄そうな印象...

  • proud cane 前編

    手のかかる後輩と言葉を交わして別れたあと、レイン・エイムズは重要な責務があるため、イーストン魔法学校のアドラ寮へ急ぎ戻ることにした。思わぬ策略により、またもや余計な仕事が増えてしまった。これでは、身体がいくつあっても足りない。夕刻に差しかかる前には到着したいが、ギリギリ間に合うといったところか。レインは昨年から学生と神覚者の二足の草鞋を履き、学内と学外で多忙な日々を送っている。前年度、年間を通して...

  • その男、不遜につき 32

    瞬く間にジョンシンの広い胸に抱き込まれ、身体が軋むかと思うほどの手加減なしの抱擁にヨンファは慌てふためいた。「ちょっ……痛いって。力、弱めろよ」「嫌だ」あっさり即答されてしまい、困惑したヨンファが身を捩じって拘束から逃れようとすると、腕の力は緩むどころかかえって躍起になって離れまいとする。負けじと肩を押して引き剥がそうと試みたが、ヨンファの首筋に顔を埋めた男はびくともしやしない。まるで聞き分けのない...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 105

    珍しく弾んだ響きとともに数メートル先から悠然とした足取りで近づいてくる兄貴分に、ジョンヒョンは向き直って慣例的に頭を下げた。世の中を知り尽くしたような強者の風格と威厳を漂わせているグンソクは上等なスーツを颯爽と着こなし、鋭利な眼光さえ除けば、やり手のエリートビジネスマンに見える。統率力と洞察力に優れており、様々な特技や強みを持った個性豊かな組員らを束ねることができる組内きっての切れ者だ。「ドンゴン...

  • その男、不遜につき 31

    ジョンシンの予期せぬ発言は、頑ななヨンファの心を突き動かすには十分すぎたようだ。自分でも驚くほど素直にぽろりと心情を吐露した途端、ジョンシンの動きがぴたりと止まった。女性との出会いに苦労したことがないと自負しているのに、よもや同性に告白する日が来ようとは。こんなイレギュラーな事態を誰が想像しただろうか。つられてしまった感は否めないものの、不思議と後悔はしていない。己の気持ちを初めて言葉にしたことで...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 104

    いよいよ暮れも押し迫ったその日は、朝からずっと雨だった。午後十時半を過ぎた今も尚、静かに降り続けているのが飲食店等のネオンサインの煌めきとともに、下ろされたブラインドの隙間から確認できる。酔客で賑わう繁華街の一角にある青龍組の事務所内は決行を目前に控え、いつになく空気がピンと張り詰めていた。組員たちが慌ただしく出入りする中、ジョンヒョンは装備品一式が整然と保管されている部屋でひとり黙々と身支度を整...

  • その男、不遜につき 30

    なんとなく、ひと呼吸置いた方がいいような気がして、ヨンファはさりげなく提案してみた。寒かったのもあるし、ジョンシンと真摯に向き合いたいとごく自然に思えたからだ。決して、うやむやにするつもりではない。「お前の淹れたコーヒーって、冗談抜きで美味いんだよな」リップサービスでも何でもなく、日頃から思っていることを素直に言うと、腰に巻きついていた腕からすっと力が抜けるのがわかった。ほぼ同時に、上から重ねてい...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 103

    どこか心地よい温もりと重みを感じて、微睡みの中を彷徨っていたヨンファは唐突にふっと眠りから覚めた。うっすらと瞼を開くと、焦点が定まらない目に見慣れないフローリングの床が映る。間接照明がかすかに灯る中、枕に顔を埋め、横向きで寝ていたヨンファはぼんやりした頭で何度か瞬いた。「……………」暗めに調節されたベッドサイドのライト、部屋を包み込む静謐な空気、さらりとしたシルクサテンの感触。ひとつひとつをおぼろげに...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 102

    情欲の滲んだ眼差しを向けられるだけで、まるで魔法をかけられたみたいに全身が火照ってくる。どうしようもない衝動に駆られたヨンファは、上になった愛しい男を迎えるように刺青が彫られた広い背中に腕を回した。熱を帯びた硬い筋肉だけでなく、のしかかってくる重みまでもがたまらなく心地よく感じ、静かに目を閉じる。明確な意図を持った手のひらに腰から太腿のラインをやんわりと撫でられて、ヨンファはびくんと首を仰け反らせ...

  • その男、不遜につき 29

    かなり強引ともいえる態度で連行されたヨンファは、自動的にライトが点った玄関に押し込まれた。パタンとドアが閉まったのとほぼ同時に施錠する音が聞こえ、これはすぐには帰れないだろうなと結論づける。できるだけ波風を立てずに、どのようにしてジョンシンを宥めればいいか――。知らぬ間に配慮している自分に対し、なんでこっちが折れなきゃいけないんだと思わないでもないが、大人げない気がしてぐっと言葉を吞み込んだ。そうだ...

  • 決まりました Part2

    ついこの間、年が明けたばかりだったのに、もう二月末ですね。今年はいつもより月日が早く経つような気がします。さて、私事で恐縮ですが、次女の受験がすべて終わりまして、行き先が決まりました。昨春、新型コロナで学校と塾が数ヶ月休校になった時はどうなることかと思いましたが、東京二校、関西二校にご縁をいただき、長女と同じ東京に送り出すことになりました。嬉しいのと同時に気が抜けてしまい、何だか憑き物が落ちたよう...

  • その男、不遜につき 28

    誤解を招くようなチャニョルの物言いに、瞠目したままヨンファを見つめていたジョンシンの顔色が一変した。信じられないことを聞いたように漆黒の双眸をきつく眇めたかと思うと、瞬時に剣呑な気配を漂わせる。露骨なまでにわかりやすく渋面を作った男がつかつかと脇目も振らず真っすぐに詰め寄ってくるのがわかり、まるで時間が止まったように立ち竦んでいたヨンファはぎくりと不自然に固まった。「こいつと飲むとは一言も聞いてな...

  • お久しぶりです

    冬真っ只中ですが、お変わりありませんか?前回からかなり間が空いてしまいました。まったく更新していなかったにもかかわらずご訪問下さり、ポチポチと拍手ボタンを押して下さってありがとうございました。とても有難く嬉しく思いました。お待たせしてごめんなさい。次女の受験が終われば、多少はまったりのんびり過ごせるはずなのですが、もうじき本番なので、まだ当分気を揉む日々が続きそうです。極力平常心でありたいなと、フ...

  • その男、不遜につき 27

    ビジネスシーンでは、取引先をもてなすという意味合いから、接待をする時とされる時がある。そのため、縦社会に従って同席するのは業務の一環と割り切るしかない。上司の計らいもあって、珍しく定時で仕事を切り上げたヨンファは先輩ディーラーとともに、指定されたW証券との会食場所へと向かった。重要な取引先であれば、日頃の感謝の意を形にして表す絶好の機会なのだろう。リラックスした雰囲気の中で親睦を深めることができ、...

  • その男、不遜につき 26

    金曜日に差しかかると、仕事の疲労がピークに達しているのが常だ。しかし、その日はいつにもまして寝覚めがよく、頭と気分がすっきりしていた。まだ明けきらぬ暁闇の空の下、出勤途中に立ち寄ったコンビニエンスストアの駐車場でエンジンをかけたまま待つこと三分。煌々と明るい店内から、その要因であるヨンファが出てきた。整った容貌によく似合う細身のデザインスーツを身に纏い、手にレジ袋を提げている。なまじ見場がいいだけ...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 101

    突如、ジョンヒョンが心の内を明かすように語り出し、広々とした開放的なリビングスペースはこれまでとは違う雰囲気になっていた。眦の切れ上がった双眸は過去を振り返るようにわずかに細められ、固まったまま動けずにいるヨンファをどう思ったのか、こちらを真っすぐに見据えながら低く抑えたような口調で続ける。「ヨンファは俺に純粋な好意を寄せてくれていたんだろうが、俺が抱いていたのはそんな綺麗なもんじゃない。後ろ暗く...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 100

    ジョンヒョンがジョン家の屋敷に連れられてきたのは、ヨンファが小学三年生の七月のことだった。見上げた空は雲ひとつなく青く澄んでいて、手入れの行き届いた広大な庭園に美しく咲き誇るムグンファにも強い日差しが照りつけていたのを、ヨンファは今もなお鮮明に覚えている。よく晴れたその日はちょうど日曜日だったため、朝から妙にそわそわしてしまい、ジョンヒョンと顔を合わせるまでずっと落ち着かない気分で過ごしたものだ。...

  • その男、不遜につき 25

    「ジョン君、ちょっといいかね?」新年を迎えて、初めての週明けの月曜日。会議室で定例の朝ミーティングを終え、書類を手にしたヨンファがディーリングルーム内の自席に向かおうとした時、ふいに背後から名指しで呼び止められた。振り返った先には直属の上司である資金証券課長のアンの姿があり、為替チームのメンバーたちと立ったまま話し込んでいたらしく、輪から離れてこちらに近づいてくる。あと三十分で株式市場の前場が開く...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 99

    「好きなように寛いだらいい」とジョンヒョンに勧められるままに、ボートネックニットにジーンズというラフな服装のヨンファは、光が反射して鏡のようになった窓辺に立っていた。大きな窓ガラスに顔を寄せ、眼下の美しい夜景を眺めているだけで不思議と無心になれる。どのくらいそうしていただろうか。「ヨンファ、ちょうど飲み頃だと思うぞ」ふいに背後からかかった声で我に返り、「ああ」と反射的に答えながら振り返ると、着替え...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 98

    ジョンヒョンが裏口のドアを開けて建物から出るなり、外の冷気がすうっと入ってきて、あとに続いていたヨンファの頬を撫でた。咄嗟にコートの襟に巻きつけたマフラーに顔を埋めたものの、温まっていた身体がぶるっと震える。午前零時を回ったマンション周辺はしんとした静寂に包まれており、聞こえるのはふたりの足音だけだった。幹線道路から外れた場所に位置しているため、昼夜を問わず車の通りが少ないのだ。美しい星々が瞬いて...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 97

    「へえ、丸々ひとつか……。これはまた、タイムリーな差し入れだな」経緯を説明しながらヨンファが冷蔵庫からホールケーキを取り出すと、脱いだ上着をダイニングチェアの背凭れにかけていたジョンヒョンは意外そうに目を瞠った。「そうなんだ。こっちは当たり前のことをしているだけなのに、その気持ちがとても有難いなって思うよ。ひとりでは到底食べきれない量だから、ヒョニが来てくれてよかった」仕立てのいいロングコートを身に...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 96

    「ヨンファ先生、患者さんは以上で終了です」自分の父親くらいの年配の患者が頭を下げて診察室から出ていくのを見送ったところで、受付カウンターにいたシニョンから声がかかった。デスクの上に次の患者のカルテが置かれていないことを確認し、「わかりました」と答えたヨンファは手許のカルテに診察結果等の所見を詳細に書き込む。「すみません、これをお願いします」数分後に記入し終えたカルテをシニョンに手渡すと、途端に白衣...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 95

    夏休みが短い分、一ヶ月以上ある長い冬休みは、小学生にとってたまらなく嬉しいものだ。しかしながら、日数に比例して学校の宿題の量が半端なく多い上に、学習塾の冬期講習会に通っていたヨンファはほぼ勉強漬けの毎日を送っていた。その日も午後四時前にすべての授業が終わり、屋敷に帰ってきたのは五時近くだった。組員たちの出迎えを受けたヨンファは、テキストやノート類でずっしりと重いリュックをまず一階の自室に置きに行き...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 94

    まるで悪い夢でも見ているようだった。どうやら、よかれと思ってしたことが逆に仇となってしまったらしい。ドラマのようなあり得ない展開に、どうしていつもこうなるんだ……、とヨンファは頭を抱えたくなった。自分のいないところでジョンシンが組員たちとそんな会話に興じ、しかも、その場にいたジョンヒョンも一部始終を見聞きしていたとは――。思いもよらない事実を知って絶句したヨンファは、これまた面倒なことになったものだと...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 93

    躊躇いがちにスマートフォンの画面を見せられた途端、予想もしない人物の写真に虚を衝かれ、一気に胸糞が悪くなった。そして、ヨンファが言いにくそうにしていた理由はこれかと、ジョンヒョンは瞬時に理解する。仕事を早く済ませた分、いつもよりふたりきりの濃密な時間を堪能できると楽しみにしていたにもかかわらず、あの男のせいでそんな雰囲気ではなくなってしまった。再就職先がキム医師の診療所だとヨンファから告げられた時...

  • その男、不遜につき 24

    翌日の土曜日、自宅のローテーブルで仕事をしていると、ふいに玄関のドアが開閉する音がした。マウスに手を乗せたままノートパソコンの画面を注視していたヨンファは、反射的にぱっと顔を上げる。インターホンを鳴らさずに入ってくる人間はヨンファの知る限り、この世にひとりしかいない。続く足音に誘われるように目を向ければ、お馴染みの長身が勝手知ったるとばかりに部屋に上がり込んできた。「そろそろメシにするか? いつで...

  • その男、不遜につき 23

    金曜日の午後七時過ぎ、仕事を終えたヨンファは帰る道すがら、幹線道路沿いのショッピングモールへ立ち寄った。明日はクリスマスイブということもあって、さすがにどこのフロアもクリスマス商戦真っ只中で人通りが絶えない。セミオーダースーツの上にステンカラーコートを纏ったヨンファは、上りのエスカレーターを降りると、脇目も振らずに大型書店へと向かった。ずらりと並べられた書籍をいくらか立ち読みしたあとで目当ての新刊...

  • その男、不遜につき 22

    一度でも触れてしまえば、もう歯止めなんか利くはずがなかった。ましてや、こんな絶好のシチュエーションにありながら、ただ指を咥えて見ているだけで終わるようなヘタレ野郎でもない。そんなもったいないことができるかと、頭の中がすっかり不埒な感情に支配されているジョンシンは腕の中にヨンファを囲い込んだまま、無防備な耳許から首筋にかけてキスを降らした。「――、っ……ん」その途端、わずかに肩を竦めて、喘ぐような吐息が...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 92

    「いや、別に何も隠していない」「――………」冷静な指摘を気まずく思いながら表向きは平然と返したものの、ジョンヒョンは無言のまま胡乱そうにこちらを眺めている。納得していないことは明白だ。どうして感づかれたのかと、内心動揺しているヨンファを近すぎる距離からただじっと見据えられて、まるで蛇に睨まれた蛙のような気分だった。「子供の頃から何年一緒に暮らしていたと思っているんだ。他の奴は騙せても、俺には通用しない...

  • その男、不遜につき 21

    カーテンを開け放った窓から差し込む日差しで、唐突にふっと覚醒する。「――………」うっすらと瞼を開いたジョンシンは、自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。眩しい陽光に思わず目を眇めて、片手で顔を覆ったところでようやく思考がクリアになる。ぼんやりと視線を巡らせながら寝返りを打ち、すぐ隣で眠っていたはずのヨンファがいないことに気づいた途端、がばっとベッドから身を起こした。「―――っ!」夜中に一度目が覚めた時、...

  • その男、不遜につき 20

    ダウンライトに照らされた外廊下に潮が引いたように静寂が訪れ、自分が何を言ったのか今さらのように認識した。そして、縋るようにジョンシンのコートを掴んでいたことにも。無意識に凭れかかっていた大柄な体躯から離れ、そろりと振り返ると、ジョンシンが驚いた顔でヨンファを見下ろしていた。急に黙り込んだ男に、迷惑だっただろうかと居たたまれなくなる。心が搔き乱されている状態でアルコールまで加わったからか、まともに思...

  • その男、不遜につき 19

    あらかじめ飲むことを想定して、ヨンファは仕事が終わってから愛車を自宅アパートの駐車場に一旦置きに戻り、その足で地下鉄の最寄り駅から二駅先の繁華街にある焼肉店に向かった。昼休みにジョンシンと連絡を取り、直接店内で落ち合うことにしていたのだ。派手なネオンサインに彩られた街並みはクリスマスシーズンに突入しているからか、煌びやかなイルミネーションによってライトアップされた街路樹や沿道の建物の外観が幻想的な...

  • 明けましておめでとうございます

    長かった正月休みも、今日を入れて残り二日となりました。大掃除をし、久々に家族四人でショッピングと外食を楽しみ、義実家と実家へ行き、ザルの実姉に付き合って酒を飲んだせいで二日酔いになり、そして、帰省していた長女は明日東京へ戻ります。いつものごとくあっという間の連休ですが、いろいろとリフレッシュできているお陰で心が軽くなったような気がします。年末年始にチャンミンとヒチョルの熱愛報道が出て、「これがジョ...

  • ご挨拶

    8月28日から四ヶ月が経ちました。あの日を境に、心の中にぽっかりと空いてしまった穴は、いまだに塞がれることなくそのままです。過去の画像や動画を見て何とかテンションを上げてみても、それは一時的にしかすぎず、また元に戻ってしまいます。ジョンヒョンを好きだという想いを一体どこに持っていけばいいのか。妄想にぶつけようにも、どうしても現実に引きずられてしまい、自分が思っていた以上に力が出ない中、話の続きを書...

  • その男、不遜につき 18

    為替ディーラーの朝は早い。十二月上旬の金曜日、いつものように午前六時十五分を回ったのを腕時計で確認したジョンシンは、スーツの上に厚手のロングコートを着込んで自宅を出た。日の出の時刻よりも一時間以上早いだけあって、共有スペースの通路からちらりと視界に入った空は完全に真っ暗だ。たとえこちらが深夜でも、時差の関係で海外マーケットは常に動き続けている。したがって、七時に出社したら、まずマーケットや経済情勢...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 91

    テーブルに並べた料理をすべて平らげ、ソファでゆったりと寛いでいるジョンヒョンに食後のコーヒーをソーサーごと手渡したタイミングで、「それはそうと、話というのは?」と待ち構えていたように尋ねられた。ラフなルームウェア姿のヨンファは男の傍らに腰を下ろして、二杯目のマグカップの中身に口をつける。最近はインスタントではなくドリッパーで抽出するようにしているのだが、淹れたてのコーヒーは香りも含めてリラックス効...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 90

    「実は、まだ晩メシを食っていないんだが……」連絡があった通り、午後十時を少し回った頃に冷たい外気を纏ってやってきたジョンヒョンは、出迎えたヨンファの顔を見るなり開口一番にそう言った。「え……、食べていなかったのか?」「ちょっと立て込んでいたから、摂る時間がなかった。何か腹に入れるようなもんはあるか?」ダークスーツの上に高級感のあるチャコールのカシミアコートを一分の隙もなく着こなした男を奥へと通して、「...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 89

    今度一緒に飲みに行こうという話が診療所で出た数日後、アドレスを交換したばかりのキムから連絡があった。『土曜日の午後六時はどうだろう?』との提案に対してヨンファも即了承し、楽しみにしていたその前々日の夜のことだ。不意に着信音が鳴り、液晶画面に表示されたキムの名前を見たのと同時にタップしてスマートフォンを耳に当てると、聞き覚えのある女性の声がした。『あの……ジョンさんでしょうか?』「はい、そうです。ええ...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 88

    こちらの心情を読み取ったかのように飄々とした声でさらりと言われ、思わず長身を見上げた。発熱で常ほど鋭くない漆黒の双眸としばし見つめ合ってしまい、ジョンシンは「なっ?」とヨンファに視線を据えたまま唇の端を上げる。「でも、いいのか? 何時になるか分からないぞ」「いいって。俺、仕事の合間とか、ちょこちょこ寄らせてもらってるからさ。もう顔パスですもんね、先生」訳知り顔とともに最後の同意を求めるような台詞は...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 87

    再びふたりきりになった第三診察室で、事態の急速な展開に呆気に取られていたヨンファは、困惑しながらも気を取り直してジョンシンに問いかけてみる。「――ということになってしまったが……、俺が診察するのでも構わないか?」「超大歓迎」大きく目を見開いていた本人はすでにそのつもりなのか、短く即答した。その言い方が妙に可笑しくて、肩の力が少し抜けたヨンファは脱いだダウンジャケットをベッド横の脱衣カゴに置き、白熱灯の...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 86

    音楽やラジオをかけていない車中はエンジン音とロードノイズが聞こえるのみで、気まずいくらいに静かだった。バックミラー越しに確認すると、後部座席に沈み込んでいるジョンシンは瞼を閉じて、一言も発さずに時折息苦しそうに溜息をついている。『俺もアンタのこと……同じように思えるのはいつなんだろうな……』先ほどのジョンシンの力ない呟きは、しこりとしてヨンファの心の中に残っていた。丸ごと受け止められないのに、半端な気...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 85

    ほどなくして合流した幹線道路は、混雑する時間帯にはまだ間があるせいか、比較的空いていた。途中、目についたドラッグストアに立ち寄り、ヨンファはサージカルマスク、冷却シート、スポーツドリンクを購入する。ワクチンはすでに打っているので、仮にジョンシンがインフルエンザだったとしても、自分が感染する確率は低いだろう。二十分ほど車を走らせると、目を凝らすまでもなく、じきにフロントガラスの向こうにジョンシンが暮...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 84

    午前中はどの診療科も外来患者で込み合う受付カウンターや待合ロビーが、夕刻近くになると人影がまばらになる。その日、ヨンファは午後から差し入れを持って、元勤務先だったS大学附属病院を訪れていた。退職の意思表示をしたのが突然だったため、かつて受け持っていた患者やその他諸々の件で内科医局へ赴き、できる限りフォローしているのだ。すべての用事を済ませ、帰途につこうと病院の正面玄関から外に出た途端、ヨンファは小...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 83

    かすかな物音が聞こえたような気がして、唐突にふっと目が覚めた。周囲をほのかに照らしているベッドサイドライトのやさしい光が視界に入り、ミニョクは自分がベッドに横たわっていることに気づく。どうやら本を読んでいるうちにいつの間にか寝入ってしまったせいで、消し損ねたらしい。息を殺してじっと耳を澄ませると、少し距離があるものの、間違いなく玄関の方から音がした。――ヒョニヒョンが帰ってきたんだ……。ようやく帰宅し...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 82

    腰から下が妙に重怠くて、力が入らない――。そう自覚していたのに、ベッドから立ち上がろうとした途端、案の定、膝ががくんと崩れてフローリングの上にへなへなと座り込む。動けないヨンファに驚いて、すかさず駆け寄ってきたジョンヒョンに抱き上げられてバスルームに連れていかれたのは二十分ほど前だった。ふらつかないように力強い腕にしっかりと支えられたまま、泡立てたスポンジで全身を素早く擦り、金色に染められた髪の毛を...

  • 今後について

    昨日、ジョンヒョンの脱退が正式に発表されました。あまりにも突然すぎて、言葉が出ないです…。こんな終わり方ってあるでしょうか。私の中では何も変わっていません。何も。好きなものは好き。ただ、ジョンヒョンがいないのに、これまで同様、彼を書き続けていいものか。これを機に、書くこと自体をすっぱりやめるべきか。昨日からずっと自問自答を繰り返していました。そんな中、今日、ある方から心温まるコメントをいただきまし...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 81

    「あっ――……」先端を埋め込んだ途端、うつ伏せのヨンファが艶めいた喘ぎを漏らす。反射的に強張る痩身にできるだけ負担がかからないようにと、ジョンヒョンは無理のない力で狭い箇所をじりじりと押し広げながら腰を進めた。最愛の人の中に己自身を沈めていく瞬間は、何度経験してもたまらない。ジョンヒョンの形に合わせて開かれたまま、待ち焦がれていたのかと思うほどの貪欲さで、熱く湿った粘膜に迎えられるように奥へ奥へと呑み...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 80

    すぐに抵抗するかと思ったものの、吐精の余韻がいまだ覚めやらぬヨンファはどこかぼんやりとしているようだった。ベッドをほのかに浮き上がらせている間接照明のオレンジ色の光が、まだよく状況が呑み込めないまま、ジョンヒョンに誘導される形で四つん這いになった裸身をひどく艶めかしく照らしている。惜しげもなく晒された背中から腰のしなやかなライン、小ぶりな臀部、すらりとした脚があまりにも扇情的すぎて、ジョンヒョンは...

  • 蒼き運命 -アオキサダメ- 79

    別に他意があるわけではなく、反射的な行動なのだろう。こちらの勢いに怯んだヨンファは咄嗟に腕を突っぱねてきたが、覆いかぶさるジョンヒョンを押し退けるほどの力は入らなかったようだ。本気で抗っていないと判断し、体重をかけながら華奢な両手首を掴んでシーツの上に縫い留めた。音もなく乱れた金髪が、ひどく目に眩しい。「ヒョ、ニ――……ん、ぅっ……」なまめかしい裸身を完全に組み敷いて逃げ道を奪った上で、何か言いかけた唇...

  • まったりな日々

    こんばんは。毎日蒸し暑いですね。カラッとしているならまだしも、湿気がどうも私の身体に合わないようで、この時期はダルダルになっちゃいます。こちらはそろそろ梅雨明けするようなので、いよいよ本格的な夏が始まりますね。長女が東京へ行き、次女も学校と塾でほとんど自宅にいないので、まったりというか、二人が小学生の頃に比べれば、今の生活はまるで天国のようです。自分の時間が持てるのは有難いことだなと、しみじみ感じ...

  • その男、不遜につき 17

    ストレートな誘いにヨンファは瞬きすら忘れて、目の前の男を呆然と見返した。すぐに返答できなかったのは、触れ合った箇所からワイシャツ越しに伝わってくるジョンシンの体温がやけに熱く感じられたからだ。まるでこちらの理性を根こそぎ奪おうと、ダイレクトに訴えかけてきているのが分かる。性欲が常に枯渇しているのかと呆れてしまうほど隙あらば求めてくるジョンシンは、ヨンファを食い入るように見つめたまま答えを待っていた...

  • その男、不遜につき 16

    定時を一時間過ぎた頃、ヨンファは事前に話をしていた通りに、グァンヒからイベリコ豚のスペアリブを受け取った。その時点では仕事をやり残していため、給湯室の冷蔵庫に一時的に入れておき、それから三十分ほどして退社したのだ。愛車を運転して高層アパートに帰り着いたヨンファは自分の部屋を素通りし、ジョンシンの在宅確認も兼ねて隣のインターホンを押してみた。すぐさまドアが開き、「よぉ」と長身の男が奥からのっそりと顔...

  • その男、不遜につき 15

    ここ最近ずっと、自分でも気づかぬままに溜息ばかりついている。自宅マンションでひとりきりの時はもちろんのこと、仕事の合間でさえついこぼれそうになるのを慌てて噛み殺す始末だ。理由については決して納得できるわけではないが、ヨンファはちゃんと理解していた。奇妙だと思っていた感情の正体が自分の中で明確な形として現れたのと同時に、はっきりとした答えが出てしまったのだ。もともとは同じ中高一貫男子校の先輩後輩だっ...

  • その男、不遜につき 14

    即了承したジョンシンは促されるままに、スマートな身のこなしで先に立って歩くグンソクのあとに続いた。ふたりが向かったコミュニケーションスペースはランチタイムやちょっとした休憩時だけでなく、社内外の相手との打ち合わせやミーティングなど、様々な目的で使用している場所だ。広々とした空間に複数のテーブルと椅子が並べられていて、コーナーには自動販売機や背の高い観葉植物が見栄えよく配置されていた。足を踏み入れる...

  • その男、不遜につき 13

    第4四半期の十月は、主にブラックマンデーなど、世界の金融マーケットを大混乱に陥れた出来事が起きたのを見ても分かるように、アメリカ株式市場が統計的に分析してもっとも暴落することの多い月だと言われている。そのため、外国為替市場関係者は皆一様に警戒を強めて、企業の決算発表ニュースなどの動向に注視していた。為替ディーラーの肩書を持つジョンシンも、そのうちのひとりだ。十一時半になり、前場と呼ばれる午前中の取...

  • BLUE MOON 5

    奇妙で不可解な出来事に遭遇して以来、ヨンファは周囲に対して常に注意を払うようになっていた。どこからか誰かに見られているような感覚は相変わらず付き纏い、ひとりきりの時はもちろんのこと、通学途中や大学構内など、友人たちと行動をともにしていてもそうだ。もっとも警戒心が解けないのは自宅アパートだが、ヒョニという男が結界を張ったのが功を奏しているのか、ついビクついてしまうヨンファを嘲笑うかのように、今のとこ...

  • BLUE MOON 4

    なんの前置きもなく、にわかに信じがたい話を聞かされ、ヨンファは激しく混乱していた。結界、輪廻転生、成均館……。日頃、聞き慣れない言葉をどう受け止めればいいのか、まるで分からない。ヨンファにはまったく意味不明なことばかりで、頭の中は疑問符だらけだ。そういうのは本やドラマの中で作り上げられた世界であって、突然、自分の身に降りかかるなんて考えたことすらなかった。「俺が二十歳になるのを待っていたって、どうい...

  • BLUE MOON 3

    指摘された通りに結界とやらが四方に張り巡らされているのを目視したヨンファは瞬間、黒目がちの澄んだ瞳を大きく瞠った。反射的に数歩あとずさってしまったのは、とてつもない恐怖を感じて竦み上がったせいだ。自分の意思とは関係なく、勝手に未知の世界に迷い込んだ気分だった。「ここから……出られるのか?」「張るのも破るのも、造作ない」「――………」いとも簡単そうに言われたが、完全に理解の範疇を超えていて到底頭が追いつか...

  • BLUE MOON 2

    「………っ」真正面から初めて男の顔を見るなり、ヨンファは驚愕のあまり言葉を失った。自分でもわけの分からない状況がすぐに呑み込めず、その場に立ち尽くしたまま、もろにぶつかった冷ややかな眼差しをただ呆然と見返す。――これは……、一体どういうことなんだ……!?そんな馬鹿な……、と先ほどから信じられない光景の数々を目の当たりにしてきたヨンファは、底知れぬ恐怖を肌で感じていた。目の前で憮然とした表情を浮かべている男は...

  • 気ままなFisherman 後編

    「もうそろそろいいかな」そう言いながら、ダイニングテーブルに置かれた土鍋の蓋をジョンヒョンがそろりと開けると、白い湯気がふわっと立ち上った。味噌とにんにくの何ともたまらない匂いが、一段と食欲をそそる。目の前でメウンタンが美味しそうにぐつぐつと煮立っているのを見るだけで空っぽの胃が刺激され、まるでパブロフの犬みたいにヨンファの腹がぐぅーっと鳴った。途端に、向かい合って座っているジョンヒョンがぶはっと...

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