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ブログタイトル
静かな絶望と苦しみの果てに
ブログURL
http://hide244626125.hatenablog.com/
ブログ紹介文
機能不全家庭に育つ。大人になった今は虚無感・空虚感・ 世間とのズレに苦しむ、そんな日々を綴る。
更新頻度(1年)

集計中

ブログ村参加:2015/11/10

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ひでさん
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静かな絶望と苦しみの果てに
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静かな絶望と苦しみの果てに

ひでさんの新着記事

1件〜30件

  • 憎悪と激情

    仕事である人と揉めた。 言ったの言わないの、あなたがすべきだのあなたの注意不足だのと、仕事相手のAは私に仕事の失敗の責任を押し付けてくるのである。 当初、無事終了したと思った仕事だったが、後になって失敗が発覚した。その失敗をどう穴埋めするかで最初は穏健に話し合いが進められたが、かなり大きな費用が掛かる事が分かってから、Aの態度が少しずつ変わってきたのである。 Aは語気を強め、こちらの落ち度をあげつらう。さっきまで「問題ではなかった事」が、大きな費用が掛かる事が分かったときから「大問題になった」のである。 最初は黙ってAのでかたを観察していた私だったが、いい加減頭にきたので大人になる事をやめてこ…

  • ベートーヴェン 第九を聴いてきた

    昨晩、ベートーヴェン・交響曲第9番「合唱付き」を聴いてきた。年末になると盛んに演奏される、あの「第九」である。サントリーホールの音響もさることながら、合唱の声量に圧倒され、あっという間の時間だった。 毎年一緒に第九を聴きに行く人がいる。今年で3年目の恒例行事となった。その人は1年を振り返り、締め括る為に第九を聴くという。しかし私は第九を聴くと、1年を振り返るというより苦しく暗い闇の中でもがいていた大学時代を思い出すのである。

  • 客観性の無さと自我の未確立で苦労した大学時代

    実家から遠く離れた大学に入った私は、程無くして途方に暮れた。思春期と言われる時期に苦悩し行動する事なく、友人Mと共依存的に過ごした為、自分というものが無い人間になっていたのである。 www.despair-suffering.com

  • 悪の魅力

    私は実家から離れ、関東の大学に進学する事になった。その為、小学6年から共依存関係にあったMと別れる事になった。

  • 高校生の頃

    学校も家庭も心が休まる場所など無い中学生活を送ったが、高校に入って幾分か状況が好転した。私が入学した高校は中学と比べて校則が緩かったのである。私にとっては苦行でしかない部活だが、高校では文化部の数が一気に増えた。それによって男子が文化部に入っても「軟弱者」の烙印を押されにくい雰囲気があって、その事にホッとした。私は迷う事なく帰宅部として機能していた美術部に入った。これで父に「部活に入った」と言える事が嬉しかった。私は父を騙す形で納得させる事に成功したのである。

  • 不穏な緊張と嫁姑問題で人間不信になる

    中学時代の私の家庭は不穏な緊張に溢れ、安らぎの無い場所であった。厳格で不機嫌な父が居座る家、それは何が引き金になって怒鳴り声がするか分からない環境であった。

  • 圧倒的な恐怖と凍結された感情を抱えて

    私にとって最も辛かったのは小3のときだが、しかし中学に入ってからも辛い日々が続いた。 www.despair-suffering.com

  • 機能不全家族の団欒

    私の父は酒を飲まない為、定時に仕事が終わると真っ直ぐ家に帰ってくる。そして家族全員で夕飯を食べる事にやたらと拘るのであった。

  • 無気力

    私が小学5年の時、算数が出来ない事が発覚した。父に叱責され、猛特訓が始まった。小5で「割合」の計算が出てきて、元々苦手だった算数が更に分からなくなったのである。運動もそうだが勉強の成績もぱっとしない。それでも今までそれなりにやってきた。しかし「割合」で決定的に躓いてしまい、いよいよどうにもならなくなったのである。

  • 屈辱

    父も母も教育熱心で躾にも熱心だったが、その事が私を追い込んでいた。小学3年生の時からストレスで爪を噛むようになったが、その癖はなかなか治らなかった。確か小学4年生の時、漢字が書けない事で父に激怒された。何かのきっかけで郵便局の「郵」の字が書けない事が発覚したのだ。茶の間には家族全員がいたが、弟2人の前で屈辱的な公開処刑となった。ただ漢字が書けないだけで弟2人の前で辱められ、罵倒されるのである。これには耐え難いものがあった。しかしその直後、事態は更に酷い展開をむかえるのである。

  • 受難の年

    先日のキャッチボール事件は小3の時であったが、今回も同じく小3の出来事である。 www.despair-suffering.com この年は色々な事があった。もちろん嫌な事ばかりであり、私にとっては受難の年であった。

  • 機能不全家族のコミュニケーション

    先日、こんな記事を書いた。 www.despair-suffering.com 今回は機能不全家族のコミュニケーションという表題で、父親から受けた仕打ちを書く事にする。

  • 薄氷

    最近は気分が安定していて親を恨む気持ちがほとんどない。しかしそれはたまたま身の回りの事が上手く運んでいるからである。しかし、そうではないときに苦しくなることがある。 些細な失敗や挫折が引き金になり、親から受けた仕打ちと屈辱が蘇るのである。そうなると正気を失うかの如く、次々とやられた仕打ちを思い出し、憎しみが湧いて親を呪うのである。それと同時に自分の人生も呪い、際限無い苦しみの地獄に陥っていく。

  • 横綱・白鵬の「猫だまし」の賛否に見る日本文化

    横綱・白鵬が「猫だまし」を使った事で賛否が沸き起こっている。猫だましとは相撲の技の一種で、立会い直後に相手の顔の前で両手をパチンと叩いて驚かせ、その隙を狙って奇襲をかけるものである。

  • 機能不全家族のレクリエーション

    昨日、ある仲間たちとボーリングをした。ボーリングはレクリエーションである。レクリエーションをウィキペディアで調べると「気晴らし、娯楽、余暇、レジャーなど」とある。

  • 「母」が不在ということ

    生きることに苦しみ消耗している人でも「この人より先に死ねない」という人がいる人は幸せかも知れない。

  • 今一度、真面目系クズという言葉を考察してみる

    真面目系クズ、…ネットで初めてこの言葉を知ったときは大きな衝撃を受け、我が身につまされるものがあった事をよく覚えている。

  • 「生まれて、すみません」か「よくも生んでくれたな」か?

    「生まれて、すみません」は太宰治の言葉だが、私は「よくも生んでくれたな」と言いたくなるときがある。 「生まれてきたくなかった」「どうして僕を生んだのか」から一歩進んで「出産は悪である」と言わなければ気が済まなかった。出産について何も考えたことがなかった人、子供は欲しいけど生まれてくる子供の気持ちを考えたことがなかった人にも一度この問題を考えてほしかった。本当に子供を生んでいいんですか?生まれてくる子供が喜ぶとでも思っているのですか?出産はあなたのエゴじゃないんですか?出産は悪である - きょむ日記

  • 年齢制限が厳しい日本の社会について思うこと

    日本の社会は年齢に対してシビアである。何歳までに何をやってという「人生のスケジュール」が厳密に決められている。

  • 心の奥底の黒い塊について

    私は人の心の奥底に潜む敵意と悪意を敏感に察知してしまう。敵意と悪意はまるで黒い塊のようだが、それをむき出しにしてくる攻撃的な人ならば対処は簡単である。極力関わらないようにすれば良いのだから。しかし心の奥底に黒い塊を抑圧している人が苦手だ。そんな人に出遭うと私は必要以上に警戒し、固く心を閉ざすのである。

  • 「私の人生」と「あなたの人生」 その絶望的断絶について

    私は関東の田舎で大学時代を過ごしたが、その頃は暗澹たる気持ちを抱いて日々を過ごしていた。高校までは共依存の友人Mと常に一緒に居たお陰で、人生の諸問題に向き合わずに済んでいた。彼は勉強やスポーツはもちろんの事、美術や音楽といった芸術・文化にまで高い能力を示し、当時の私にとって宗教の教祖のごとく神々しいカリスマであった。しかし大学入学でMと離れた事で、私は急に人生の諸問題と向き合わざるを得ない状況になった。それから苦悩と絶望に苛まされる日々が始まった。

  • 太宰治の墓参りと太宰治文学サロン

    三鷹の禅林寺に太宰治の墓がある。太宰の愛読者として、かねてから太宰の墓前で手を合わせたいと思っていた。しかし重い腰を上げずに20年近くが経ってしまった。本来なら6月19日の桜桃忌に行きたいところだが、そうやって延ばし延ばしにしていたので先日、意を決して行ってきた。

  • 精神的鎮痛剤としてのクラシック音楽

    高校3年の時、クラシック音楽が好きになった。それからというもの、クラシックが心の支えになっていて、私の人生に無くてはならない存在になっている。今こうして記事を書いている時も聴きながらである。

  • 今日は気分が良い そんな日に思う事

    表題の通り、今日は気分が良い。稀にそんな日がある。そんな日は多少の事では凹まないし、ただこうしているだけなのに気持ちが水を打ったように静かである。家に居ても、電車に乗っても、食事をしても、人に会っても「平常心」の落ち着きがあり、静かな気持ちが揺るぐ事はない。そして、生きる事はこんなにラクな事なのかと驚いてしまう。

  • 孤独という静かな絶望を抱えて

    先の記事で虐待は家庭内における完全犯罪と書いた。躾の名のもとに、教師や警察ですら不可侵である家庭という名の聖域で、容赦無く虐待が行われる。

  • 完全犯罪の真相を知っているのはこの私、ただ一人であるという事実

    完全犯罪、それは「家庭」と「躾」を隠れ蓑にし、親自身が抱える心の葛藤を子供にぶつける虐待行為を指す。幼い子供を恫喝し、恐怖で縛り上げて従順さを求める。…この犯罪行為は先述の通り「家庭」と「躾」によって完全に隠蔽される。当の子供ですら犯罪行為だと気が付かない。そればかりか子供は自分を責めるのである。「自分はなんて至らなくて駄目な子供なんだろう」と。

  • 家庭という名の牢獄と完全犯罪

    家庭は神聖にして侵すべからずな場所である。他人の口出しは禁物であり、時に教師や警察であろうと介入出来ないほどの聖域になっている。健全な家庭であればそれでも良い。介入などされずとも子供はまともに育つし、少し個性的な教育方針であっても、その家その家の考えがあって当然なのだから。しかし虐待があっても不可侵の聖域、それが家庭である。

  • 今更? でもこれから先の人生もずっと苦しむだろうから

    今更、ブログを始めることに抵抗があった。この心の傷をこの歳になって改めてブログに書くことで一体何になるのだろうか。もう十年早く始めるべきだったのではないか。そんな思いがあったけれど、思い切って始めて良かった。

  • 表面的にはごく普通の当たり前の家 しかし私の場合、これが厄介であった

    私の家はごく普通の家であった。表面的には。しかしこれが真に厄介な事だったと今になって思うのである。

  • 家にいること自体の恐怖と、家を出た後の生きづらさ

    絶対的父権主義、圧倒的恐怖が渦巻く私の家では兄弟3人が常に怯えて暮らすことを強いられていた。宿題をやっていない、礼儀がなっていない、母親に反抗した…、確かに原因は子供の私にあったのかも知れない。しかしそれに対する罰則は極めて厳格なものであった。正座させられ、延々と非を責め立てられた。もちろん激しい怒声で。

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