「ユノ?どうかしたの?」帰ってきたチャンミンは心配そうな顔でおれを覗き込んでくる。庭に停まったおれの車を見て、体調が悪くて帰ってきたとでも思ったんだろう。「それが、」説明すると、ただでさえ大きな目を倍くらいに見開いて。「何なの、その人たち!!?」と一声叫んで。おれの手を掴んで部屋に走り、手と顔を洗って着替えて。おれにもスーツを着させようとしたけど、断って。仕事に着ていった服だから、誰に見られても恥...
家に着いたのは正午を回っていて。勝手口の前にはボテに大きくスーパーの名前が書かれた軽トラックが停まっていた。叔母さんだけ先に下ろして、車をチャンミンの車のとなりに停めて。買ってきた物と叔母さんの荷物を提げて玄関へ回る。叔母さんはもう台所に行ってるようで、テンションの高い話し声が聞こえた。お義母さんは言葉では遠慮してるけど、叔母さんが駆けつけてくれたことを喜んでいるようだ。普段は聞くことのない大きな...
どうやらどんな料理を作るか、こちらから買っていくものはないか。そんなことを相談しているようだ。ふたりで相談がまとまって、こことあそこに寄れと言われておれは言われるままにそちらへ車を走らせた。チャンミンは仕事中だから連絡してないけど、帰ってきたらびっくりするだろうな。いや、ぷりぷりと怒るかもしれない。何にしろ、人騒がせなお坊ちゃんだ。「ねえ、チェ家のお坊ちゃんはまさか泊まるなんて言わないわよね。」「...
『代表!SJ商事の代表が今日の午後に工場を見に来るって連絡がきたんですが。』緊張した声でイ・ジョンシン工場長から電話がかかってきたのは、その週の土曜日の昼前だった。「え?今日?!」『ええ、急なことで申し訳ないけど、やっぱり機械が稼働しているところを見たいとおっしゃいまして。』なんと?!突然訪ねてくるなんてさすが御曹司!と感心している場合じゃない!通話を繋いだままトゥギヒョンに事情を説明したら、もちろ...
家に帰ってチャンミンに、御曹司たちがウチに来たがっていることを伝えると、「へ?」と一瞬固まってから、おれをジト目で睨んだけど、「そう、仕方ないね。」とひとつうなずいて、「その人たちが本物のカップルなのかどうか、ぼくが確かめてあげるよ。」腕まくりする勢いで、頼もしい限りだ。お義母さんにも週末お客さんがくるかもしれないと伝えて。「チェ家の方ですか。おもてなしが難しいですね。」「そんなかしこまらないでい...
試着室を占領しているわけにはいかないからそれぞれに考えることにして、夕方には釜山へ帰るというふたりにはタクシーを呼んだ。担当者と聞いて頭の固いお偉いさんを想像していたけど、話の通じる同年代のふたりでよかった。最初はおれ個人的には参加したくないと思っていたけど、担当者のふたりに会って楽しみにさえなってきた。トゥギヒョンは最初から乗り気だったから、楽しいを通り越して浮かれているように見える。事務室でふ...
プサンから来たふたりがウチの店を見たいというから、いっしょに歩いて連れてきた。来るときは御曹司の車に乗せてもらってきたらしい。「せn、、ユノさんのショーの動画を観せてもらいました。特にここの一回目のショーは何度も観返しました。」ヒョクチェさんは舞台演出を勉強したんだったな。「そうですか。それはありがとうございます。」「いままで何度もショーの手伝いをさせてもらってきたけど、あんな斬新なショーは初めて...
食事はランチでお手軽だとはいえ、コース料理だった。おれとトゥギヒョンにとっては懐かしい味で、パリ時代の思い出がよみがえる。いまそれを話すのは失礼だろうから、帰りにでもふたりで話そう。「チョン・ユンホ先生はずっとパリに住んでらっしゃったから、いつもこんな料理を召し上がってたんですか?」「いえいえ、そんなことはないですよ。パリにもいろんな国の料理が食べられる店がありますし、普段はサンドイッチとかハンバ...
「お待たせしてしまって申し訳ありません。」窓からの眺望に気を取られて挨拶を忘れていた。「いえ、僕たちが早く来たんです。まだお約束の時刻にはなっていませんよ。」広々とした部屋の真ん中に6人掛けのテーブルがあり、全員から眺望が見えるように配慮してか窓に横向きに座るようになっている。テーブルの片側に御曹司と秘書が、もう片側に初めて会うふたりが座り。おれたちに気を遣ってくれたのか、窓に近い席を空けてくれて...
エレベーターの扉が開くと、目の前に店のスタッフらしき人が立っていて、すぐに深く頭を下げた。あのロボットから連絡が行くようになってるんだろう。「チェ・シウォン様のお連れ様ですね。お待ちいたしておりました。どうぞこちらへ。」「チェ・シウォン代表はもういらっしゃってるんですか?」「はい、先ほど他のお連れ様とごいっしょにおいでになりました。」ってことはおれたちが最後だったか。そのレストランは最上階にあるか...
御曹司と秘書は一度帰って出直すと言って帰っていった。車に乗るとき、助手席のドアを開けることまではしなかったけど、やっぱり運転は御曹司が、秘書は助手席に座った。「あれがあのふたりのスタイルなのかもな。」誰に言うつもりもなかったけど、トゥギヒョンが「そうなんじゃない?」と返事してくれた。正午近くまで仕事をして、トゥギヒョンと歩いてホテルに向かう。いつもは車で前を通るだけだからわからなかったけど、中に入...
「お店はここからなら歩いてでも行けるところなんです。先月新しくできたホテルの最上階なんですが、ご存じないですか?」「あー、あのシャレたホテルですか。」ホテルができたのは知ってたけど、前を通っただけでどんな店が入ってるのかは知らない。「フレンチレストランでディナーが人気ですが、ランチもなかなかのものですよ。」ディナーか。近いうちにチャンミンといっしょに行こうかな。もちろん部屋も取って・・・「代表、正...
翌朝、開店と同時にあのふたりが飛び込んできた。「ユノ先生!!ご決断いただいてありがとうございます!おかげさまでアンリ・アブリル先生もご参加くださることになりました!」「そうですか、それはよかった。」御曹司にすればアンリがメインだもんな。「それでプサンの担当者と顔つなぎさせていただきたいんですが、今日のランチでいかがでしょうか。」「は?それはまたずいぶんと急ですね。」「ええ、善は急げと言いますからね...
おれの目には、たぶんトゥギヒョンの目にも、あのふたりは仲のいいカップルに見えた。だけど考えてみれば、プライベートならともかく仕事中に代表が運転する車の助手席に秘書が座るっていうのは考えられない。しかも帰りは、車のドアを開けて先に座らせることまでしていた。おれとトゥギヒョンだったから微笑ましく見てたけど、公道なんだから誰が見ているかわからないのに。「ごめん、ユノ。またぼく、よけいなこと言っちゃったね...
「いや、カミングアウトできないから誰かに言いたかったって言ってた。」チャンミンは、自分の顎を親指と人差し指の第二関節あたりでつまんで考え込む。いまチャンミンの頭の中はコンピューターが複雑な計算をするように、猛スピードでいろんなことを考えてるんだろう。「ユノはカミングアウトしてるから、ぼくたちのことを知るのは簡単だよね。」「あー、たぶん。それにマダムリーと知り合いで、おれの情報を仕入れたらしいし。」...
「あっ、ちg」違う、と言いかけて、前に『違う』と言ってしまってそこをツッコまれたことを思い出した。えっと、、「ユノはその人のこと、気に入ったんだよね?」目には怒りの炎がメラメラと燃えているのに口元は笑みの形に持ち上げるという、おれにはできない芸当をやってのけるチャンミンはとてつもなく恐ろしい。思わず「ひっ」と声を上げそうになって慌てて飲み込んだ。そんな声上げたら、火に油どころか短い導火線に火をつけ...
「それにさ、トゥギヒョンもヒチョリヒョンもめっちゃ喜んでくれて。イェソニヒョンなんて泣くほど喜んでくれたんだ。」「へえ、そうなんだ。」「考えてみたらイェソニヒョンは、もちろんデザイナーとして自分の作品を発表してるけど、店はおれのだからどうしても影になってしまうんだ。」「あー、そういうものなんだね。」「だからか、イェソニヒョンは今回のオファーもおれ個人に来たもんだと思い込んでたくらいでさ。」「そうか...
まるでおれの誕生日を祝うような夕食のあと、チャンミンと部屋に戻ってすぐに抱きしめた。「チャンミン、ありがとな。疲れてるだろうに、おれのためにいろいろ準備してくれて。」「ううん。けど、ユノがショーに出ることを喜んでるみたいでよかったよ。」「うん?喜んでないと思ったのか?」「だって、最初この話聞いたとき、ユノは乗り気じゃなかっただろ?」「ああ、確かにそうだけど。おまえがおれの背中を押してくれたから。」...
「そのケーキはわざわざ買ってきてくれたのか?」「あー、うん。電話貰って母さんに話したら買って来いって。夕診まで時間があったから隣町まで行ってきた。」ちょっとふくれっ面で照れくさそうに言うチャンミンをいますぐ抱きしめたいけどパンチが飛んできそうだからあとにする。「そうか、ありがとな。」しかし、家族3人でホールケーキ2個か・・・「こちらのは冷蔵庫に入れておいて、明日お昼に来てくれた人に分けますよ。」「...
いつもより30分ばかり遅くなって家に帰った。玄関を開けると靴脱ぎにはチャンミンの靴が行儀よく脱いであって。そのとなりにおれの靴を脱いで声をかけながら家に上がる。あれ?いつもならお義母さんかチャンミンが「おかえり。」と言いながらパタパタと走ってくるのに、今日は誰の声も聞こえない。もしかして誰もいないのか?なんて考えながら、とりあえずケーキを食堂に持っていくと、パンパンパ~ン!!突然鳴り響いた破裂音と、...