1580年に柴田勝家・その配下の佐久間盛政はこの金沢城の前身であった本願寺支配の金沢御堂を攻撃し占領した。一向宗側の拠点としてはその南方55kmほどの「吉崎御坊」に撤退したのか、御堂とか、御坊とか、戦国期の宗教勢力の軍事的・宗教的拠点は、あんまり教科書的歴史では表側に出てこないけれど、その時代にとっては相対的には「民衆側」とも言える動きは興味深い。わたしの家系伝承の兵庫県姫路市の英賀でも「英賀御堂」という宗教拠点が巨大な権力を行使していた様子がわかるのだけれど、たぶん現代でも一定の社会的影響力を持っている宗教勢力のことなので、客観的な分析把握が十分になされてこなかったように思える。しかし人類史のなかで宗教がひとびとの営為に深く関わり決定的な要素でもあったことを考えると、かならずしも科学的な歴史把握とは言え...【前田利家入城とオモシロ建築「五十軒長屋」金沢城-3】
本日も「金沢城」についてであります。歴史と建築の探訪は加齢とともに興味が深くなって仕方ありません。最近、量子物理学の研究者である田坂広志さんという方の「死は存在しない」という本を読み進めています。〜これまでの唯物論に基づく科学は、死後の世界の存在を否定してきた。それゆえ、死後の世界を肯定する宗教とは決して交わることが無かった。しかし近年、最先端量子科学が、一つの興味深い「仮説」を提示している。その「新たな仮説」は、「死後の世界」が存在する可能性を示唆している。〜っていうような刺激的な領域なんですね。わたしのような歴史大好き人間には、最先端科学とのきわめて有力な接点と感じられてやや興奮しております。昔人と現代人との時間を超えた対話ということからも近縁的だと思っています。書かれている言語の科学的厳密性にぐいぐ...【織田軍・佐久間盛政と一向一揆「金沢御堂」金沢城-2】
しばらく全国各地の建築探訪紀行を休止していましたが、本日から徐々に復帰していきたい。仕事での経験からやはり住宅・建築を見ることがわたしの最大の数寄なので、パソコンのなかに保存されている膨大な写真類情報量から、そこで思っていたことを脳内に復元することがいわば本願。時事的な話題に引きずられると、ブログの本旨からどうしても遠ざかってしまう。ということで2015年の冬1月に訪れていた「金沢城」であります。いまからほぼ10年近い以前の写真記録。そのあとで現地の建築になにか変化があったとすればご容赦ください。城郭建築探訪としては、信長の安土城に興味が強くあって、たしかこの時期に同時に訪問していました。城郭建築は建築の分類としては「住宅」の一種であるというのが、建築の広い意味での仕分け区分だという。国立歴史民俗博物館で...【建築探訪へ復帰/金沢城「石川門」】
写真は一昨日の札幌円山公園の池の様子。札幌はここのところようやく積雪したかと思ったら、ふたたび暖気が来てというような揺り戻し。全体としては温暖化のなかでの初冬、という季節模様。ここのところの日本国内の「不安定感」は、こうした気候変動というようなことが民心に大きく影響し、反映しているかのようだと思っています。本日は「日本全体の政治を含む社会構造」問題。石破政権というのは、こういう日本の現状をまっすぐに映し出している政権。もうすぐ予算関係の待ったなしの政局が動き始めるとき、否応なく暴風の中に突入していくのでしょうか。昨日、国民民主党の政策を受け入れることを記者発表したことで、当面は自公国という枠組みでの政権運営がこころみられていくのでしょうが、予算委員会の差配を野党第1党に明け渡しているので、どういう予算審議...【一進一退、不透明な初冬模様の中のニッポン社会】
だんだん加齢してきて、仕事人生にも一定の区切りがついてきて、自分が生きてきたなかでいろいろと疑問に思ってきたことへの「探究心」がすこしづつ頭をもたげてきている。きのうサイモンとガーファンクルの名曲「冬の散歩道」についてブログで書いたけれど、日本文化圏で戦後世界を生きてきて、ずっと感じ続けている日本詩歌の「音楽性」についての疑問。わたしたち年代は、まずは演歌の楽曲が、すでに「伝統的」なものとして存在した上で、加山雄三の「若大将」シリーズの音楽からビートルズ、植木等の楽曲、またサイモンとガーファンクルなどの海外音楽などの音感世界をたっぷりと浴びてきている。「詩文と音楽」の両方からの刺激の中に生き続けてきた。歌の中で歌い手が朗々と発語する詩文に、そのメロディが一体化して記憶化されていった。それはテレビとか映画、...【日本人的詩心と音楽性・5-7語の旋律とは?】
サイモンとガーファンクルの名曲は、現代とはまったく違う音楽と日常生活の近接時代、わたし自身は高校〜大学の当時に耳に馴染んでいたものだった。曲調はタイトルとは似合わないアップテンポな青春の心理の一断面を想起させてくれるものだった。そして季節も、秋から冬にかけての時期の自然背景の様子が散りばめられているようだった。『HazyShadeofWinter』という原題、タイトルに忠実であれば「冬の霞んだ影」となってくるのが自然だろう。その霞んだ、が重要な内面表出・シャウト部分のように感じる。それが『冬の散歩道』となった事情はよく知らない。また当時は受け手としてそこまで解釈や和訳というものに踏み込みたいとまでは思わなかった。タイトルと音調が不釣り合いであろうがなかろうが、騒がしい青春期のいっときを激しく記憶させてくれ...【札幌2024『冬の散歩道』高齢夫婦】
最近は健康面の配慮から、まずは「減量」が最優先ということで、基本であるお米について大幅に量を削減してきております。これまでは普通に毎朝の炊飯量が夫婦+1人程度で3合だったのですが、いま現在は白米は約1合程度。そこに多少、小豆と九穀米を0.2合程度加えております。柳田國男さんの民俗史を学んでいるとよく出てくるような日本人伝統的な基本食。結果としては、これまでのお米摂取量は半分程度になっております。そういった習慣のチェンジの結果、そこそこ減量は達成されてきています。ただ、これは健康管理のための「手段」であって目的ではないので、一喜一憂せず、淡々と小食化に向かっているということ。しかし、こういう食習慣になってくると、握り寿司という食文化メニューからはどんどん隔絶してくることになる。これまでは、いろいろ食材を購入...【家族団欒で久しぶりの握り寿司】
昨日、わが家2.0の方のいろいろな作業が進んでおりました。年末に向けて降雪状況を見ながら、工事なども進められていく予定。わたし自身の建築・土地関係の関与は4回目の経験。その都度で違いがあり、それぞれで立地環境、諸条件が大きく違ってくるのですが、やはりこういう経験というのは、それぞれの人生にとってけっこう大きな「決定要素」になっていくと実感。日本民族の歴史過程で紡ぎ出されてきた「一所懸命」という概念って、非常に血肉的で連綿とつながってきたものごとという思いが募ってくる。土地には個人を超えて「家」概念での継承性があって、そういうおおきな「マユ」のなかに自分もある、ということを強く思わされる。存続していく「家」のために自分の為すべきことは、と自然に考えるものでしょう。わたしの父親は、一族としては広島県福山市近郊...【北海道札幌で試しに植えた「キウイ」南国果実】
昨日までに、進行中だった案件についてようやく脱稿。これはこれから以後のわたしと、わたしの「会社」の基本方向を定めるものなので、注意深くチェックを重ねて、ようやく一段落であります。今回の第2段階作業でゴールがうっすらと見えてきた。なんですが、わが家2.0の方の進行でも測量関係の土地家屋調査士や、登記関係の司法書士さんなどとのやり取りも一段落したところ。で、関連して隣地の大手企業さんがその事務所建物を解体して、別用途の建築工事に入るということで、いろいろお世話になったことから感謝のごあいさつに訪問。通常の戸建て住宅であれば、お隣近所は一般的には住宅でしょうが、こちらの一帯は近隣はすべて企業なので、そういったベースでの「お付き合い」になります。こういう条件設定というのは、ずっと会社をやってきたわたしとしてはスッ...【わが家2.0のお隣さん企業移転で感謝ごあいさつ】
さてどんどんと仕事への集中が進んできて、余念がなくなってきているのですが、ブログの更新時間は、自分で決めているとは言え、毎日迫ってくる。いま現在では、なかなかアタマのなかでのスキマがない状態なのであります。兵庫県知事選の騒動余波はまだまだ続いているようで、いろいろな「変化要素」が吹き出してきているような状況。さきの東京都知事選以降の混沌状況が拡大してきているようにも思われる。日本の選挙制度の「構造」が巨視的に浮き上がってきていることは間違いがない。これまでの左右対立とかの基本構図に大きな変化が沸き起こってきているように思える。これまではアンタッチャブルだった既成メディアという存在そのものが大きく遡上に上がって来てしまった。報道というものもまた、既成の「権力構造」の一部分であって、それもまた大きく論点として...【既成メディアとSNS情報は対置的関係か】
今週になって、ようやく懸案の執筆活動に本格的に復帰できました。ある特定テーマについて深掘りして、いろいろチェックを受けながら進めていく作業は、厳しいけれど楽しい。今週末をひとつのメドにして自分のアタマのなかを整理整頓して行きたいと思っています。内容については、時間が来ればご案内したいと思います。さて、そういう作業では意識の集中が最重要なのですが、集中はすればするほどにヒートアップしてくるので、アタマをクールダウンさせることも重要になってくる。こういう瞬間には十数年前くらいにはテレビとか新聞とかのマスメディア情報を「ぼーっ」としながら受け身で接触していたと思うのですが、パソコンの普及によってそうではない情報摂取という選択肢が広がっていった。わたしもパソコンから「自分で情報を選択する」ようになっていった。そう...【兵庫県知事選〜まだ延長戦なのかよ?】
先週末の日曜日から月曜日以降、気象台からは「本格的降雪」のアナウンスが発せられていて、北海道民の多くはかなり「身構えて」いる状態であります。降雪の程度で、今シーズンの最初の本格的な「除雪作業」への心の準備がはじまるので、どうしてもそういう体勢を整えるのです。こういうのは、一概に「やりきれないなぁ」心理ばかり、ではない。ある種、イヌとネコのような降雪への対応心理があって、イヌのように喜ぶという部分もあるのですね、「イヌは喜び、庭駆け回る」という童謡の通りの心境が湧き上がる部分もあるのですね。まぁ、どうせ来るなら前向きに受け止めて「やってやる」みたいな心理でしょうか。で、本日早朝というか深夜にこの写真程度の降雪が見られていました。感覚的には5cmほどのうっすら積雪というところ。こちらは、先日アップデートさせて...【この冬最初の本格的積雪、まだ「うっすら」かなぁ】
いち地方首長の選挙なのに異常に注目を浴び続けた今回の兵庫県知事選挙。きのう投開票されて結果は失職していた前知事の斉藤元彦氏が再選されるという民意の結果に。この選挙では既成「権力機構」そのものであるメディアが総出で、反斉藤知事という実質的なキャンペーンを張り続け、選挙戦序盤で「発表されていた」情勢では完全に他候補に負ける情勢だったとされた。それに対してNHK党(いまは何党か(笑)よく知らない)の立花氏が「斉藤さんを勝たせるために」立候補して、さまざまな情報発信機会をフル活用させて、その自死によって斉藤氏の失職に至るきっかけを作った元県民局長という人物について、その「公用」パソコンのなかに、長く務めていた人事部の立場にあるまじき多数の女性職員たちとの不逞な行為の記録があったのだと暴露した。かの元県民局長はその...【兵庫県で示された11/17直近の国民「民意」を読む】
先日、カミさんが知人が関係するある懇親会パーティに参加して帰ってきた。わたしはサッサと早寝していたので、翌朝、寝起きで家族のSNS通信を確認したら「ビンゴでテレビとみかんが当たった」ということで見知らぬメーカーの段ボール梱包が写真でアップされていた。「ホエ〜、そんな商品が当たるような大きなパーティだったんだ」とちょっと驚いていた。「液晶テレビねぇ、でもわが家にはあるし、32型というのもハンパかなぁ……」という思念が起こっていた。でもまぁせっかく当たったのなら、有効活用を考えようか、といったところでした。現代生活では液晶テレビというのは飽和市場商品と言える。メーカーとしてはより大画面化、高性能化で市場を刺激したいところでしょうが、ユーザー側としては、そもそも既成メディア離れという潮流があり、また、家族団欒の...【ビンゴで当たった液晶テレビ、サブモニタに壁面設置】
わたしのパソコンに仕舞い込んである体重管理の記録情報。ああ、生々しい(笑)。こういう情報って、顔をさらす以上に恥辱感覚が刺激されてくる。宮澤賢治〜1896〈明治29)年-1933〈昭和8)年〜は働けど働けど暮らしがラクにならないという現実を前にして「じっとわが手を」見つめたそうですが、現代、飽食の時代に勝手気ままに自堕落に生きてきたわたしは「じっと体重計測値を、ながめて」います。その文学作品でながく日本人の記憶の中に残り続けている人間・宮澤賢治ですが、その生涯は37年間と若くして果てている。それに対してすでに70の坂を越えて馬齢を重ねてきているので、長寿ということでは上回っている。ひたすら現代という時代に助けられてのことだと実感。減量に取り組み始めてその成果が最近になってようやく、すこし現れ始めている。こ...【じっとみつめる。13年間の体重推移・・・】
わたしはいつもかかり付けのお医者さんにお世話になっている慢性病を抱えています。一方、よく名前の変わる地域の集中医療センター病院もすぐ近くにあって、ときどき入院・手術などでお世話になっています。国立病院なんだけれど「機構改革」の結果名前だけ変わるので、病院名はいまでもよくわからない(笑)。しかし札幌都市居住ということで医療については非常に利便性の高い幸福な環境に住んでいると思っています。で、最近の「かかり付け医」制度というものにも妥当性は高いモノがあると思っています。地域の中核的な医療を担う大型病院への患者集中による弊害を避けて、効率的な医療体制を構築していくことはまことに素晴らしいと思っています。先般、わたし自身ある急患的なことにも遭遇したのですが、あわてて救急対応とすることなく、幸いにも小康を得ていたの...【地域中心病院&かかり付け医スキマで患者が苦労?】
ことしはわが家2.0の土地に関していろいろ交渉を重ねておりました。その最終的な結果として、間口の幅が大きく広がって、隣接するお隣さんの土地所有者の大手企業によって新たな境界区分けの作業が行われておりました。住宅関係の情報人として久しぶりの自分自身が関与する不動産の交渉ごとで、実体験がまた積み重なったというような印象を持っています。やはり自分自身で体験すると、土地と建築についての感覚に於いてさらにリアリティが深まると実感させられた。写真の矢印の2箇所がだいたいの間口「拡張」幅に相当しています。クルマを奥に停めたので、スケール感はご了解いただけるでしょう。この幅に既存の間口幅が加わるので、まぁそこそこの幅を確保することができたと思っています。この交渉ごとは義父の存念、切なる希望でもあったので、残された人間とし...【わが家2.0の土地「間口の整形」現場確認】
写真は先週日曜日の早朝にカミさんと歩いていた散歩道の様子。わが家は札幌市西区を流れている発寒川流路周辺ですので、その流路に沿って造作されている河畔公園は好きな散策路になっている。最近、カミさんもダイエット作戦が昂じてきて、カーブスなどの有料サービス主体だったものが、すこしづつわたしの早朝散歩に随伴してくれるようになってきた。まぁ散歩はもう数十年継続してきているので、それが自分自身の健康面でどのように効果があるのか、あんまり気付かない。いくつかの病はかかっているし薬はずっと飲み続けている。ときどき病院に入院というようにお世話になってもいるけれど、日常生活では行動制限されるようなことはない。散歩はなにより「お金が掛からない」(笑)。体に良い、というような情報に踊らされるような行為ではない。で、カミさんといっし...【健康増進のための散歩「行きたくなる」環境探索】
戦国期の武将たちは戦争指導だけを行っていたのではない。軍事とは政治の極限形態ではあるけれど、政治にはその基礎構造としての経済への透徹した着眼がなければならない。この畿内から西国、中国九州へと向かう東播州の交通の要衝地である三木市は、戦国の当時も最重要な流通地域だったことだろう。そういう地域で、反織田という旗印のもとで人口の大部分が籠城戦に参加したことから、それまでの都市機能は完全に灰燼に帰した。籠城した城を攻める攻め方で「経済封鎖」を選択すれば、必然的に市街地を形成していた建築群はすべて焼却されたことだろう。住人のほぼすべてが籠城したことでそれらの建築群は無人の状況でいとやすく平地に還元されていった。そして籠城戦は終了し、ひとびとは焼け跡に復帰することになった。戦国期の人びとの生きた環境というのはまことに...【三木城干殺し戦後、秀吉の経済復興➡「金物」産業勃興】
東播磨の要衝・三木城をめぐっての三木合戦は、天正6(1578年)5月5日から天正8(1580年)2月2日にかけて行われた。ここまでの播磨地域をめぐる政治軍事情勢では、畿内地域を押さえて安土城の築城にも手を付け始めた信長の織田勢力が、いよいよ西国制覇に取りかかり始めたのに対して、一方の中国地方の覇者・毛利氏もまた播磨に勢力を拡大させようとしていた時期に当たる。まるで東西冷戦のなかのポーランドなどの様子と似た状況。さらに言えば今日世界で米中の覇権構図の中での東南アジア諸国、日本も含めた東アジア諸国のように、そもそもが不透明な状況の中で地域勢力として緩衝地帯として、織田・毛利への両属姿勢を決め込んで情勢観測に尽力していたのだろうと思える。現代の石破政権には確たる外交戦略眼はないように見えるが、さらにトランプが儀...【織田と毛利、東西対決最前線「三木城」攻防戦】
戦国時代ものが好きだというのは、いまや日本人に刷り込まれている歴史観だと思います。国民作家と言われた司馬遼太郎が、この時代を国盗り物語とか新史太閤記などで大衆的人気を絶対的なものとしたことが、たぶん大きかったのでしょうが、それに先行して多くの歴史作家が直感的にこの時代相に現代人に強く訴えてくるものがあると考えて多作していたことがあったのでしょう。日本は文字記録による歴史時間としても2000年近い時間がある中で、直接的に権力闘争と大衆の民族史とがクロスし始めたのが、この時代だったとも言えるのでしょう。そういうなかでこの播州における「三木城合戦」は畿内中央部を勢力下に掌握した信長が、いよいよ「全国制覇」という制服事業に向かった結節点としてあったのだと思います。そしてその司令官として秀吉が選抜されて、西国制覇の...【2年間を掛けた三木城「干殺し」兵糧攻め】
さて今週は当面する世界の最大の構成要因であるアメリカ大統領選挙が終わって、方向軸が固まった。この大枠のなかでどのように政治経済が動いていくか、どう対処して行くべきか、が問われていくことになる。しかし1942年11月20日生まれで現在81歳のバイデンさんもそうだけれど、次期大統領トランプも現在78歳と、日本的な言い方では「後期高齢者」ということになる。いまのところ、トランプさんはバイデンのように「老化」を感じさせることはなく、元気にゴルフをして健康そうな様子。体を動かして適度な運動をすることが脳の老化を抑えるという説が強いけれど、高齢化社会での社会システム維持という側面からも、一律の年齢による定年制とかは制度疲労を起こしてきているかも知れない。いつのころからこのように政治家の高齢化が進展してきたのか?どうも...【一律に語れない「高齢化」トランプ2.0政権】
昨日は結局、札幌市西区のわが家周辺、山の手地区では断続的に降雪が続き、本日朝には家の前はグチャグチャな多水性の雪が重なっている状態。本格的に「除雪」する必要があるかどうか、というところであります。たぶんこのグチャグチャ道では早朝散歩はちょっと、なのでその分、ブログ記述後せっせと初雪かきとなることでしょう。雪、重そうであります(泣)。しょがない。北国の宿命。さて昨日までで、アメリカの政権選択にトランプ勝利という決定が下された。その力学が今後の日本経済にどのように影響してくるのか、予測を立てて行く必要がある。わたしも創業企業からは退隠したとはいえ、個人企業としては引き続き住宅情報関連の仕事なので、約3ヶ月ほどのアメリカの政権移行期を経て以降の経済動向を考えていく必要があると思っています。経済面で言えば、一般的...【トランプ2.0政権で経済政策・住宅市場は?】
事前の予想通りトランプの当選という結果が出たようだ。日本を取り巻く最重要な国際関係について、ここから4年間の趨勢は決した。否応なく日本の権力構造はそれへの対応を早急に整えていく必要があるだろう。なぜ直前の日本の政治体制はアメリカ大統領選挙という要素を考え、その帰趨への対応を可能なように準備してこなかったのか。少なくとも今回の選挙日程の設定感覚は非常に疑問であり、国際感覚センスが与党側でここまで失われていることは予想外だった。前のトランプ政権で非常によい日米関係を構築していた安倍政権の政敵であった現状の首班が、トランプとどのように「外交」できるか、誰が考えてもほぼ難しいだろう。トランプは安倍暗殺に際して弔電まで送ってきていた。今回は選挙過程で自らも銃弾を受けている。現政権については日本の国益を考えれば不安に...【トランプ再登場&札幌降雪「交換」対応待ったなし】
さてアメリカ大統領選は時差の関係もあり、帰趨の情報はまだ発信されてこない。そういうことなので、ブログ記事としては代わりに、いまなにかと話題になっている「兵庫県」で縁の深い「三木城跡」についての探訪記であります。時空をはるかに超えて、合戦・政治闘争についてのつながりか?ムリヤリ感満載であります(笑)。現代でも斉藤前知事の失職以降の出直し知事選さなかで、NHK党(いまはどういう名前か知らない)の立花氏が立候補して前知事の「無実」を訴えているとのこと。なにやら「新事実」が浮かび上がってきているとされている。もしそれが真実であるなら、形勢一変であり注目される。・・・ということですが、本日はその兵庫県のほぼ中央部の三木市に残る「三木城跡」のこと。わたしの姓が冠されていて、家系伝承でもなにかとクロスする地名・氏名(う...【戦国末期、織田家・秀吉軍部隊と三木城】
本日はアメリカ大統領選挙。すでに期日前の投票も順調に行われていることが伝わってきている。やはり現代世界でもっとも重要な国の帰趨が固まる選挙ということで固唾を飲んで状況の推移を見守っている、というところでしょうか。どっちに転んでも「内戦必至」というような論調まで表れているけれど、アメリカ民主主義の正統性をしっかり刻印するような選挙であって欲しいと思います。現代世界の「安定要素」の大きなひとつは日米安保同盟であることは冷厳な事実であり、その意味でアメリカの安定こそは日本の安定にもつながるのだと考えられます。翻って日本の政治状況は、あるいはそのことも関わってか、不安定な状況になってきている。本来民意を問うのであれば、最大の同盟国の政権選択の結果をつぶさに確認してからとするべきだったように思いますが、そういった政...【現代の岐路・アメリカ大統領選と日本の政局】
さて南方熊楠の自邸を6回ほどのブログ記事で見て来たのですが、そういう南方が日本史のスポットライトを浴びたのは、生物学に造詣を深められていた昭和天皇が、南方熊楠の学問追求を知って、紀州を訪れてかれから直接「進講」を受けられたいと希望されたこと。昭和4年6月1日と日付のある「大阪毎日新聞」紙面では、天皇の紀州行幸は640年ぶりという見出しを振って1面記事として報道している。生物学者としての調査活動として田辺湾の神島に上陸され実地調査をされたのに対して、南方は神島でお迎えして参観ポイントを整理してご説明した後、天皇の「御座船」であった戦艦長門上で、ご進講を行った。前記したけれど、南方熊楠はこれ以前に政府が進めていた全国の神社の統廃合に対して明確に反対をとなえて活動を行っていた。昭和天皇のこの行動は、皇国史観によ...【昭和天皇の神島上陸・戦艦長門でご進講南方熊楠-7】
本州地区の古建築、古民家などを見ているとときどきお目に掛かるのが、写真のような瓦入りの土塀。初めて見たのは熱田神宮に織田信長が桶狭間合戦の勝利祈願をして、それがみごとに成就したのでお礼として奉納したとされる「信長塀」。なんでも「日本三大塀」として有名なんだそうで、あとのふたつは三十三間堂(正式には蓮華王院)の境内南端にある。桃山時代に豊臣秀吉が南大門と築地塀(太閤塀)を造営・寄進した「太閤塀」と、兵庫県の西宮神社にあり、室町時代に造られたとされている。境内の東から南側までめぐる247mの土塀、東に表大門と潜門、南大門が付いている「大練塀」とのこと。その3つのなかで信長塀だけはこの瓦土塀。土と石灰を油で練り固め、瓦を積み重ねて建造された優雅さを感じさせると同時に力感にあふれている。瓦は屋根材としてその重厚感...【瓦土塀と木壁のデザイン風合い南方熊楠邸-6】
写真は、南方熊楠邸のなかの「書斎」周辺の様子。わたしが南紀に強く惹かれるようになったのは、記紀伝承での神武東征譚にどのような空間的な「蓋然性根拠」があるのだろうか、という探究心からでした。そこから難波から迂回して神武帝の一統がふたたび上陸したとされる楯ヶ崎を実際に足で踏破してみた。まさか、そういう神話的なポイントが「観光地化」されていないとは夢にも思わず、ほんの5−6台程度の駐車場から、実際に楯が海にそそり立っているような楯ヶ崎の柱状節理地形を見て驚かされた。太古の巨大火山噴火によるカルデラ地形が太平洋の黒潮による浸食を受け続けた南紀の風土地形を見て、北海道の層雲峡と同等以上の「自然崇拝」を呼ぶに違いない荒々しさに心を奪われてしまったのです。そういった荒々しい地形と皇統神話が歴年にわたる天皇家による平安期...【アマテラス「自然崇拝」と南紀の風土南方熊楠邸-5】
北海道の住宅関係人であるわたしからすると、本州以南地域の住宅文化における「庭園」の占めている要素・重量感について、やや疎外感を持って見ている部分がある。やはり北国ではどんなに端正な庭園を作っても、通年それをガラス建具による結界もなく、いわば肌身で感受するたのしみはあり得ない。冬にはそれらの庭木群がどれほどの積雪荷重にさらされ、それによる矮化も覚悟せざるを得ないことから、家の中と庭とは異世界という感覚が強まって行かざるを得ない。日本人のこころの原風景に刷り込まれているようなサザエさんの家的な空間、縁側があってそこから庭木を愛でるような家は成立しがたいのだ。そういったことに鋭敏であらざるを得ないネイティブ北方体験をし続ける人間。そういう人間からすると、この南方熊楠邸は、まったく想像を絶するような温暖・蒸暑地域...【植物学者の縁側と「庭木」たち南方熊楠邸-4】
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