住所
出身
ハンドル名
性能とデザイン いい家大研究さん
ブログタイトル
性能とデザイン いい家大研究
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/replankeigo
ブログ紹介文
こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です  いい家ってなんだろう、を考え続けます
自由文
-
更新頻度(1年)

166回 / 178日(平均6.5回/週)

ブログ村参加:2015/10/15

性能とデザイン いい家大研究さんの人気ランキング

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性能とデザイン いい家大研究さんのブログ記事

  • 【ふつうの民家店 無限草の根そば文化 in 山形】

    きのうは山形におりました。昼時前の予定がやや伸びて、大急ぎで仙台に戻って札幌帰還の予定。お昼をどうするかなと頭をよぎった瞬間、やや田舎道で「そば」の看板が目について、それに案内されてたどりついたらどうもふつうの民家なんですね。道路と周辺の方位的・位置的に目立ちにくい。っていうか、ふつうの農村的郊外住宅地の中の民家。隣接して池があって、コイとかが養殖されていてそちらが借景にはなっているのですが、中に入ってみると、まごうことなきごく一般的住宅。で、居間に座卓、ダイニングとおぼしき場所にはテーブルが置かれていて、そばを食べられる店なんですね。「食べ放題1000円」というPOPもある。そんなには食べられないので、ごくふつうのもりそばを。山形はそば文化が根深く息づいているので、こういうごくふつうの住宅でも、好きが昂じてと...【ふつうの民家店無限草の根そば文化in山形】

  • 【唐破風と注連縄 この手があったか(笑)】

    古寺社巡礼はわたしの基本的趣味。その土地の歴史とか風土性。その時間の蓄積感がたまりません。写真は山形市内中心部、駅から5分くらいの位置にある日枝神社。前からちょっと気に掛かっていましたが、ホテルからも近かったので、参拝してみた。この写真位置の参道から正面というアングルは車道からは見えない位置取りになる。参道がほぼ道路に対して並行しているのですね。道路は南北方向のようなので、社殿は南に対して開いている。正面から見て唐破風の丸みと調和させるような注連縄の丸みがワンパッケージでビジュアル構成されている(笑)。まるで神さまの目玉がじっとこっちを凝視するかのよう。その目玉がなんとも「ぎょろ目」っぽくてこれはあきらかに狙ったデザインに相違ないと伝わってきた。注連縄から下がる縄もまつげっぽい。「唐破風」というのは名前とは無関...【唐破風と注連縄この手があったか(笑)】

  • 【アイヌチセの住宅「デザイン」要素】

    最近はどこのビルダーさんも「性能とデザイン」フレーズを使っていますね。まぁ私のブログも2005年からなので、もう14年間もその看板。ということで、住宅デザインということを深掘りするようになっています。デザインっていうコトバは限定性よりも拡張性がある。Wikipediaによると、デザイン(英語:design)とは、審美性を根源にもつ計画的行為の全般を指すものである。意匠。設計。創意工夫。またオブジェクト、システム、図画、設計図、回路、パターンなど)を構築するための計画、または作成する行為など、「デザイン」はさまざまな分野で異なった意味として用いられている。〜って言う表記になっている。ほぼ一般語扱いと言えるのでしょうね。「審美性を根源にもつ計画的行為」という語彙でいえば、住宅を作って行くことはデザイン行為そのものと...【アイヌチセの住宅「デザイン」要素】

  • 【人口減少と2330万人超・急増の千歳空港利用者】

    仕事柄、新千歳空港は週に2回北海道とそれ以外の往復で利用する。たぶん、年間利用回数は100回くらいでしょう。50-60数年前の少年期、わたしはJR札幌駅から2kmくらいの街中に住んでいた。市電が走っていて最寄りの停留所まで100m、停留所3つで駅に着いていた。どこか遠くへ行くという夢想をするには、鉄道駅がベースだった時代。その当時、父親がときどき仕事上の技術移転のために東京に行くことがあったけれど、そのときは飛行機に乗っていた。それは珍奇なことであり、地元新聞に利用者名が掲載されていた。記録を見てみるとその当時は1日あたり1000人程度。年間で30-40万人。おおむね道外から北海道に来る人の方が多かっただろうから地元の人間が出掛けるのは情報としても価値があったものかと。そういった時代から、いまや、年間利用者数は...【人口減少と2330万人超・急増の千歳空港利用者】

  • 【羽黒山・祓川神社にかかる天然石の橋】

    祓川と須賀の滝(はらいがわ・すがのたき)昔、出羽三山詣での人々は必ず祓川の清き流れに身を沈め、水垢離をとり三山への登拝の途についた。滝は承応3年(1654)時の別当天宥により月山々麓水呑沢より約8kmの間を引水し祓川の懸崖に落し、不動の滝と名付けた。国宝・羽黒山五重塔シリーズ(笑)であります。出羽三山神社の一帯には、多くの建築と土木の工事がみられる。建築はわかりやすいけれど、そこに至る道路や階段など土木の工事も歴史年代あるいは、縄文以来とも思われるような深遠な人力工事痕跡があちこちにみられる。出羽三山地域という、遠景で見ても美しいパワースポットへの多くの人々の敬虔な愛情表現とも受け取れてたのしい。わたし的に「おお」と思わされたのがこの天然石の橋であります。この「祓川」というのは上の記述のような「清め」の水浴場の...【羽黒山・祓川神社にかかる天然石の橋】

  • 【羽黒山五重塔で感じたナゾ】

    きのう書いた国宝・羽黒山五重塔続篇です。五重塔という建築はお釈迦様の墓、というような意味だそうですが、宗教性を持った建築そのものですね。住宅というのは、こういう志向性を持つということは少ない。いわゆる大工という存在は聖徳太子が四天王寺を建てたのが日本における国家的宗教建築の最初であり、そのときに朝鮮半島地域からいまも存続する「金剛組」の始祖が日本に来て、その後「宮大工」として建築を管理し続けることで、徐々に各地に宗教建築が建てられるようになったとされる。日本全国に「国分寺」を建てるという詔勅を聖武天皇は発するのですが、そこから主に「社寺建築」という公共事業のゼネコン的仕事としていわゆる大工という仕事は広がっていったのでしょう。ただし、この羽黒山五重塔は開基伝承として平将門の名が記されている。将門という人物は関東...【羽黒山五重塔で感じたナゾ】

  • 【国宝・羽黒山五重塔 特別拝観】

    歳を取ってくると、ふつうに古寺巡礼のようなことが趣味生活の大きな部分を占めるようになるのでしょうか?WEBで発信される情報でも、こういう情報に敏感に反応してしまう。明治以降ではじめての内部公開だという。先般も「出羽三山の魅力に惹かれた民族歴史」みたいなことを書いたのですが、その中核的な存在である出羽三山神社の「羽黒山五重塔」内部が公開されるという情報に接して、建築的興味抑えがたく、拝観してきました。日本の「山岳信仰」の系譜として修験道は、飛鳥時代に役小角(役行者)が創始した。かれ自身は生涯、特定の宗教に帰依しなかったようです。というよりも、日本人に濃厚な「自然崇拝」は、やはり縄文以来のこの列島の地形・自然、なかでも特徴的な山岳に対する尊崇心がそのまま、存続してきたモノであるように思えてなりません。そのなかでも出...【国宝・羽黒山五重塔特別拝観】

  • 【竪穴と高床、どっちが根源的建築か?】

    一昨日、東北フォーラムの年次総会に出席。っていうか、どうしても外せない要件があって、懇親会にのみ参加。いろいろな方と情報交換させていただきました。わたしの場合は、北海道でも同様に研究者・実践者のみなさんと情報交換もしているわけですが、やはり地域的な違いも感じる。北海道の場合には、研究者・実践者、さらには行政側までも一体化するそういった雰囲気があります。たぶん、気候の厳しさが人間の情報交換の質にまであらわれている。そういった「区別」が、同じような気候風土にさらされているなかで、一種の共同意識を高めている部分があって、いきなり現場的・実践的な話題内容に容易にスライドしていく。そこでは、各自のスタンス的な違いがふっとんで、「どうしたら、具体的に性能が向上するか?」という現実論になる。それに対して、東北ではそういった部...【竪穴と高床、どっちが根源的建築か?】

  • 【時代遅れの碍子配線へのノスタルジー】

    写真は先日行ってきた北海道十勝の「古民家風」蕎麦店内部。この建物は数十キロ離れたところから「移築」されたと聞いたのですが、くわしい状況についてはお店からヒアリングすることはできなかった。お昼時で超多忙だったので、聞けなかった。なんですが、写真を取ってみると柱や梁などはどうも新材を使っているように見える。新材に茶色く塗装して「古民家風」としている印象。で、その「移築」はいまから十数年前くらいだと言われた。わたしが興味を持ったのは、電気配線をそのまま露出させた「碍子配線」が採用されていること。わたしもこの移築時期のちょっと前に旧事務所で採用していたので強く興味を惹かれた次第なのです。ただ、お店の方に聞くことはできなかったので、この碍子配線の経緯を確認することもできませんでした。碍子配線というのは、陶器製の電気線巻き...【時代遅れの碍子配線へのノスタルジー】

  • 【アジア的古層の建築&都市計画のカタチ】

    本日は歴史建築への雑感です。写真は仙台市博物館展示での「陸奧国分寺」模型。手前から「南大門」があって、正殿に対して回廊まで配置されている。わたしはこういう歴史建築の研究者ではありませんが、この「回廊」は、建築的意味合いとしてかなり重要ということだそうです。周囲を塀で囲んだほぼ正方形の幾何学形に土地を「街割り」して内部にいろいろな建築を配置していくのは、古格なアジア的権威建築様式。宗教的、あるいは政治的空間というものが、ある「都市的整然性」を目指しているように感じられます。江戸期・光格天皇の代の時に京都御所が火災で焼失したとき、当時の江戸幕府の国家予算が90万両あまりだったのに、再建費用として80万両の規模の再建が行われたのだそうです。で、幕府としてはなるべく費用を抑えたいところ、光格天皇は朝廷の威信復興をめざし...【アジア的古層の建築&都市計画のカタチ】

  • 【8インチWinノートPC サブで仲間入り】

    モバイルな仕事生活が基本環境になっています。大体、週の半分は札幌であと半分は主にオフィスのある仙台・東北。その他、東京や関西などにも通常的行動半径は広がっている。ということで、おおむねノートパソコン、MacBookAirが基本仕事環境。なんといっても寄る年波で、軽量化したいのが切実な願い。これまでのものからAirに換えて、画面も15➡13インチになり、重さはほぼ半減してきていた。しかし、わたしの仕事ではときどきWindowsのソフト環境が必要になる。しばらくの間はMac上の仮想環境を使っていましたが、やはりいろいろ不具合対応が必要になる。Win環境はせいぜい1日には数十分程度で済むのに、その環境維持のために注意力を注ぐのが、どうもコスパが悪い。ということで、だったら別にWindowsノートPCを買った方がマシだ...【8インチWinノートPCサブで仲間入り】

  • 【自然は「完全」なカタチを教える】

    ようやく北海道でも新緑の季節がやってきてこれまで骨と皮だけのようだった木々がいっせいに芽吹いてきた。木が葉を伸ばすというのは、その置かれた環境に対してもっとも合目的的なやり方であることは自明。この写真の木のように、成長に伴って自然に古層から、先端部の最新層に至るまで、整然と秩序づけられるし、葉っぱはもっとも陽を受けやすい場所を選択して葉を生長させる。太陽というエネルギーの源に対して整然とした対応をみせる。そういった様子は、同じイキモノとしての人間には「美」として強く印象されるのだと思う。自然が造作するカタチにはすべて合理性があり、そして太陽に対して素直であることで美観にいたる。たぶん、建築というものも最終的にはそういうことでしょう。下の写真は仙台市博物館付属の茶室「残月亭」。人間が建築を思い立ったときに最大のテ...【自然は「完全」なカタチを教える】

  • 【トイレ設計のエチケット】

    現代人というのはとにかく「移動」し続ける。飛行機・鉄道・公共交通機関・クルマなどなど、移動手段は無数に存在し、定点的に生きるよりも移動する生活の方が現代人類をより深く規定している要素。移動すれば、人間にはかならず排泄が伴っていく。ということなので、トイレは公共建築施設の最重要要素だと思う。こういう建築要素については、常識とかマナーとかエチケットといった公的な部分が十分に配慮される必要があると思う。昨日もなにげなくカミさんとやや遠出して高速を利用した。わたしが運転していたけれど、ブログでの書き損じに気付いて、応急でスマホを使って修正するためにあるPAで運転チェンジ。そのチャンスでトイレを利用した。正面から進行方向を見たのが1枚目の写真。まっすぐの「目隠し壁」がやや方向が振ってある。建築的意匠に属するので習い性で、...【トイレ設計のエチケット】

  • 【ハナミズキとヤマモミジ競演 in 山形市】

    きのうは山形市内を巡っていたのですが、至るところ、街路樹としてハナミズキとヤマモミジ。北海道ではハナミズキが街路樹に使われるってあんまり見覚えがなく、またほかの街でも見たことは多くない。山形市では「街の木」としてこのハナミズキとヤマモミジを選定しているのだろうか、意図的と思われるほど市内各所で目について、初夏を思わせるあたたかさのなか、やや上気したような気分で、花を愛でておりました。街路樹としてはヤマモミジの方が多数、植え込まれている印象。ハナミズキの方は、ところどころまるで紅白のバランスを考えたように植え込まれていた。わたしはこの2つの木が大好きで、とくにヤマモミジを以前のオフィスで植えていた経験があります。ハナミズキは明治以降、アメリカから移植された樹種であり、近縁種のヤマモミジこそが日本的な樹種であるとそ...【ハナミズキとヤマモミジ競演in山形市】

  • 【多忙な日常のいっとき、霊峰月山の神威を仰ぐ】

    日本中をあちこちと訪ね回る仕事を重ねてきています。幼少期に札幌の当時の最大幹線道路・石山道路という建築資材の札幌軟石を「石山」から運搬してきたメイン道路に面した家に住んでいて、その活発な状況、その後の「モータリゼーション」の予感、そして、なんとなく「遠くへの憧れ」を抱いていたのでしょう。南方向・石山からその先のニッポン方向を毎日見ては、「この先にどんな場所があるのか」と妄想をたくましくするのが、少年期の心的生活だったと思っています。「北海道人」という雅号を使ったという幕末の探検家・松浦武四郎は、幼年期、お伊勢参りの大旅客群を毎日見続ける日々だったとされますが、こういった「移動・交通」ということに感受性を刺激される人間類型というのが存在するのだと思う次第。で、そういう心的傾向を持つ者として「出羽三山」といわれる山...【多忙な日常のいっとき、霊峰月山の神威を仰ぐ】

  • 【住宅打合せは女性心理ファースト】

    フランス語で住宅は「maison」(メゾン)と言う。フランス語では名詞に男性・女性の区分けがあることはご存知の通り。で、住宅は「女性名詞」となっているそうです。で、世界に冠たる「戸建て注文住宅」国であるニッポンでもいまや「住宅」というのは女性名詞とでも言える状況ではないかと。住宅というのは「家族のための共有空間・気積領域」の形成が主目的。そこでの「空気感」を支配するのは基本的に女性。仕事への女性進出というか、女性が仕事してくれないと基本的な労働力が決定的に不足しているので、勢い、女性たちの社会進出が盛んにはなっていますが、しかしそういう「共働き」であっても、住宅の空間支配はやはり女性の意志決定力が最大のものになる。世の男性たちが長い時間を過ごす住宅の内部のしつらいについてあれこれ強い決定力を発揮できるかどうかと...【住宅打合せは女性心理ファースト】

  • 【暮らしのモノの魅力、直撃弾(笑)】

    一昨日書いた和風古民家が必ずしもピッタリ似合う地域ではない北海道十勝での「古民家蕎麦店」でふと見掛けた陶器。これにどうも「ひと目ぼれ」したらしい(笑)。みなさんはお気に入りのモノって、どのようにそうなったか、気がつくコトってあるでしょうか。わたしの場合はやはりこの「ひと目ぼれ」が多数派。いろいろ考えた末に「まぁこれが妥当だ」といって選択することはまったくといっていいくらい、ない。仕事などでじっくり取り組んで試行錯誤の末に選択を決めるというようには日常生活ではやらない。ほとんど一期一会、その出会いの衝撃がすべてを決定している(笑)。人間はふだんの暮らしって、ほとんど「情緒的」に過ごしているのがごく当たり前なので、当然のことだと思います。理性的な算式的判断ではない、情緒的判断というのが当然。しかしその情緒的判断には...【暮らしのモノの魅力、直撃弾(笑)】

  • 【暮らしのモノの魅力、直撃弾(笑)】

    一昨日書いた和風古民家が必ずしもピッタリ似合う地域ではない北海道十勝での「古民家蕎麦店」でふと見掛けた陶器。これにどうも「ひと目ぼれ」したらしい(笑)。みなさんはお気に入りのモノって、どのようにそうなったか、気がつくコトってあるでしょうか。わたしの場合はやはりこの「ひと目ぼれ」が多数派。いろいろ考えた末に「まぁこれが妥当だ」といって選択することはまったくといっていいくらい、ない。仕事などでじっくり取り組んで試行錯誤の末に選択を決めるというようには日常生活ではやらない。ほとんど一期一会、その出会いの衝撃がすべてを決定している(笑)。人間はふだんの暮らしって、ほとんど「情緒的」に過ごしているのがごく当たり前なので、当然のことだと思います。理性的な算式的判断ではない、情緒的判断というのが当然。しかしその情緒的判断には...【暮らしのモノの魅力、直撃弾(笑)】

  • 【現代住宅がほぼ忘却した「門」の美意識】

    日本の京都などの都市のなかには、塀で囲まれた寺院などの文化的建築が多く存在する。そこでは建築本体の空間へのアプローチとして門や庭などの「心理的隔離」装置が一般的に存在する。武家屋敷や明治以降の「高級住宅」などでもこういった形式が一般的。現代ではほとんど意識されなくなってきた「家」意識の基本骨格にこうした美意識が存在すると思います。そのとき、門というのはいわば家の「格式」を表現した。いまや高級住宅の建て替えで庭石などが大量に廃棄され行き場がなくなってきていると言われるけれど、こうした空気感としての隔絶装置自体が、顧みられなくなってきている。しかしたまにこのような寺院建築などで、非日常感としてのこうした美意識をときおり、忘れないように体験することも、やはり日本人は好きなんだろうと思う。なにかの「用になる」という意味...【現代住宅がほぼ忘却した「門」の美意識】

  • 【十勝の古民家和風そば店・大正(笑)庵】

    きのうはカミさんと同行で十勝へ出張。1日早くの仕事復帰ですが、わたし自身は往復の運転ヘルパー。ということで、カミさんが探してくれたランチ店舗がこちら。わたしも何度か訪れていることを思い出した店でした。北海道十勝は、開拓の歴史では民間主導型でした。ほかの主に道央から道北地域、道東地域とも違って「晩成社」という独立的な民間開拓団が日本社会から資金を募ってこの地域に開拓の産声を上げていったとされている。開拓初期からコメ生産ではなく畑作中心の農業を目指してきていまでもほとんど水田がない、独特の農業景観。住宅についても早くから軸組木造よりツーバイフォー工法が定着した。きびしい寒さから人間の暮らしを守るのに、より合理的な工法へと地域として大きく舵を切ってきた歴史がある。いまではツーバイフォーの方が「在来工法」とまで言われる...【十勝の古民家和風そば店・大正(笑)庵】

  • 【メディアのきのう・きょう・あす】

    さて長かった令和はじめの連休も今日まで。みなさん、いかがお過ごしでしょうか?若くもないわたしども夫婦としては、あちこちの軽い遠出くらいでゆっくりと骨休め中心で過ごしておりました。仕事のことは気には掛かるけれど、しかしそれはそれと考えて、休息最優先でした。わたしは最近はほとんど「新聞」を読むことがなくなった。たまにホテルで手に取ったり、コンビニなどで夕刊紙やスポーツ紙を購入することもたまにはあるけれど、いわゆる日刊紙を購入したりすることはなくなった。たぶんインターネットポータル、わたしの場合はyahooトップページでまとめサイト的に表示されるニュース程度で十分で、それ以上の情報も、そこからのリンク先でのweb情報で十分になった。物理的な印刷物としての新聞に、魅力がなくなってしまった。このことはもちろん雑誌について...【メディアのきのう・きょう・あす】

  • 【仙台平野中央「遠見塚古墳」探訪】

    わが社の仙台オフィスから東南方向約5kmくらいに、この古墳があります。1kmくらいには「陸奧国分寺」もあり、遺跡がいろいろにある。札幌や北海道では感じられない古代からの消息が空気に馴染んでいる。この古墳は4世紀末の築造とされていますから、これよりさらに南の名取市にある「雷神山古墳」と並んで、この地域が比較的に早い段階から開発の進んだ地域ということが知れる。以下、Wikipediaの「古墳時代」記述抜粋。〜古墳時代は3世紀半ば過ぎから7世紀末頃までの約400年間を指すことが多い。中でも3世紀半ば過ぎ〜6世紀末までは前方後円墳が北は東北地方南部から南は九州地方の南部まで造り続けられた時代で、前方後円墳の時代とも呼ばれる。西暦266年から413年にかけて中国の歴史文献における倭国の記述がなく詳細を把握できないため、こ...【仙台平野中央「遠見塚古墳」探訪】

  • 【北海道の稀有な皇室関連建築「龍雲閣」保存】

    この時期、いまの新ひだか町、静内では有名なサクラ並木「二十間道路」の開花に合わせて「龍雲閣」が一般公開されます。この建物は明治41(1909)年に貴賓舎として着手され翌明治42年に竣工した。現在110年ほどの歴史を刻む北海道では稀有な皇室ゆかりの木造御殿古建築。当時は日露戦争直後であり、軍馬生産が盛んになっていた時代。その生産を強化する国家意志目的のために明確にするために頻繁に来場する皇族をはじめとした貴賓の客舎として建てられた。皇族の来館が相次ぎ、大正・昭和の2代の天皇は皇太子時代にこの建物に宿泊されたし、平成天皇(上皇)も夫婦で平成18(2006)年に臨場され、さらに秋篠宮も夫婦で平成26(2014)年に来られています。なんと新築当時、当時の韓国皇太子も伊藤博文の随従で宿泊したとのこと。伊藤博文はその直後、...【北海道の稀有な皇室関連建築「龍雲閣」保存】

  • 【1085年前の建築大事故 陸奧国分寺七重塔に雷直撃】

    平安期仙台の大きな自然災害による公共事業の大災害事件。まぁ、現代で言えば高速道路の倒壊のようなことでしょうか?承平4年(934年)閏1月15日に、国分寺七重塔が雷火で失われた。このとき塔頂の銅製飾りが落下し地中深く逆さまに突き立ったことが、出土した現物によって明らかになったのです。わが社の仙台事務所からほど近くに、陸奧国分寺跡があります。写真下は国分寺の復元模型で、七重塔は右側に建っていた。最近遺跡整備が進んで旧南大門周辺に朱塗りの復元モニュメントもある。国分寺の建設はときの権力の最大政策であり、国策そのもの。その国分寺建築の象徴である七重塔が倒壊、焼失したというのですね。この陸奧国分寺は陸奧国府が最初仙台市太白区に郡山官衙として開かれた際それに近接して建てられたけれど、その後国府が多賀城に移転した。それ自体、...【1085年前の建築大事故陸奧国分寺七重塔に雷直撃】

  • 【3万年前旧石器時代・仙台平野人類痕跡】

    きのう「仙台市博物館ではなく伊達氏博物館?」みたいに書いたら、「そりゃぁあんまりでは」みたいなコメントが。それもその通りかもとやや反省しております。ただ、わたしとしては伊達氏がこの地を支配するまでにも、多くの人類的痕跡があり、非常に興味深いことが多かったのですね。旧石器時代から、縄文・弥生、古墳時代さらに奥州藤原氏関連など、尽きない興味が湧いてやまず、その探究に期待したい思いからでした。で、本日は旧石器の頃の展示からうかがえる歴史。この仙台平野では海岸線も歴史年代で大きく変遷したようですが、旧石器の頃は海岸線はいまよりもずっと仙台湾にせり出していた。広大な平野部が広がっていただろうという。そして約3万年前頃には、蔵王が噴火しているそうで、旧石器の遺跡からは、その前後の地層から石器が出土している。このころのご先祖...【3万年前旧石器時代・仙台平野人類痕跡】

  • 【仙台市博物館は「伊達氏」博物館なの?】

    ときどきその地の「博物館」を訪れるのは、習慣化しています。でも、ふと考えると札幌市の博物館は行ったことが記憶にない(笑)。北海道博物館にはなんども行っているし、その他の文化関連展示も見ている。ヘンだなぁと、思って調べたら、これはないんですね。意味不明の「札幌市博物館活動センター」というのがあるそうです。おっと、話題がそれまくりであります(笑)。仙台市博物館というのはモダニズム的なデザインも特徴的で立地的にも駅周辺で宿泊するとちょうどいい散歩路にも当たるのでよく前を通りかかったり、また数回見学もしている。しかし、どうも展示内容が「伊達家」のことに偏っているといつも感じる。敷地自体が「仙台城」の域内に存在し、また、この地を城下町として開いた伊達家からその家宝の類を寄贈されたということが下敷きにあるのだろうと思われる...【仙台市博物館は「伊達氏」博物館なの?】

  • 【元号への中国社会の興味深い反応】

    本日から明日へ、天皇位の交代が行われる。明治以降の近代国家になって、5回目の経験になる。前回の昭和から平成への交代は同時に昭和天皇の死去が平行したので新元号に対しての諸外国社会の「反応」というものに日本社会として思いを致すようなゆとりを持てなかったと思う。そんなことで、今回、改元がまた別の次元で進行したことで、はじめて他の国・社会から日本の「元号」がどう見られているか、知る機会が得られたように思われます。そこでもっとも面白い反応が見られたのが、中国社会でしょう。元号の発表についてきわめて強い興味を持っていたことが知れた。多くのメディアがそれこそ同時進行でニュースとして流し、たくさんの「民の声」があふれかえっていたのだという。とくに日本としてはじめて自国古典「万葉集」を典拠としたことについて「いやそうではない、そ...【元号への中国社会の興味深い反応】

  • 【連休初日 タンポポ観察 in 松前】

    たしか、サクラを見に行ったんだけど(笑)。結局、夫婦で感動してきたのはタンポポに3種類あること。わが家的ゴールデンウィークは観桜が恒例。最近はだいたいサクラの開花がこの時期に間に合ってきた。温暖化の進展のようで、ややどうか、ではありますが、これについてはやはりウレシイ。ということで、早暁から運転を交代しながらの旅。無事に五稜郭のみごとなサクラを見物後、道南といっても、弘前に行くのと大して変わらない時間距離の松前にも脚を伸ばしておりました。松前のサクラはとにかく樹種がすごい豊富で、よくわからない品種のサクラが咲き誇っております。一応、ソメイヨシノが城門前にあって、それがこの地での「開花」標準木とされていまして、こちらはいま、ちょうど5-6分咲きといった様子ですが、全体としてはまだまだ咲いていないサクラの方が圧倒的...【連休初日タンポポ観察in松前】

  • 【寒ざらしそばと五分咲きサクラ】

    先日「ではかおり」の蕎麦を山形で食して以来、すっかりその魅力にノックアウトされております。お店は「庄司屋」というお店で、その蕎麦自体の味わいの濃さにすっかり、にわかファンになってしまった。日程が合わずに月曜日定休ということを知らずに訪れて残念な思いとか、他の店ではそれほどの味わいを得られなかったりと山形通いが、それこそ一期一会的な出会いに満ち始めています(笑)。で、先日久しぶりに再訪することができた。そうしたら、まだ1−2度の訪問なのにお店の方が憶えていてくれたようでした。客の顔を覚えるというのは客商売の基本だそうですが、やっぱりこちらにしてみるとうれしい。で、ふと、「寒ざらし」という蕎麦のシーズンである旨のPOPが擱かれていた。ま、いいやと無視しようとしたら、「オススメしますよ」「あ、え、そうなの?」という表...【寒ざらしそばと五分咲きサクラ】

  • 【あるニッポンの街並み景観】

    上の上下の写真の家々はある街でお隣同士で建っていた。日本の場合は、既存住宅地と言ってもその家が建てられる年代は大きく異なっていたりする。リフォームや建て替えに当たって周辺に配慮するかしないかは個人や建築サイドの主観的決定にほぼ委任されている。なのでいわゆる街区としての統一感というものは存在しにくい。江戸末期に日本に来た西洋人たちは、江戸の統一的な街並みを見てさらにそこにゴミ一つ落ちていない様子を見て貧しさはあるけれど、人々は幸福そうだ、と印象を語っていたとされる。それから百数十年後、写真のような街区が日本には形成されている。戸建て注文住宅、という個人主義に委任された公共・街並みが日本のふつうの風景になってきている。こういう「不統一」を社会的に制御するシステムは存在しない。せいぜいが、景観条例というようなものだろ...【あるニッポンの街並み景観】