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  • 一年前のブログ

    木曾海道六十九次加納「加納」遠景に加納城が見られる、この城は一名沓井城といい、文安二年(1445),土岐氏の家臣斎藤帯刀左衛門利永によって築かれたが、天文(1555)頃廃城となっていた。しか......>続きを読む一年前のブログ

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    木曾海道六十九次加納「加納」遠景に加納城が見られる、この城は一名沓井城といい、文安二年(1445),土岐氏の家臣斎藤帯刀左衛門利永によって築かれたが、天文(1555)頃廃城となっていた。しか......>続きを読む一年前のブログ

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    木曾海道六十九次鵜沼「鵜沼」木曽川の河畔の小山の頂に建つ犬山城は松本城、彦根城、姫路城、松江城と並ぶ国宝五天守の一つで、築かれた年代は信長時代の最古(1537年)という天守である。木曽川を隔......>続きを読む一年前のブログ

  • 六十余州名所図会 近江 琵琶湖 石山寺

    「近江」琵琶湖石山寺近江の国は現在の滋賀県がそのままあてはまる。滋賀の象徴とも言える琵琶湖は楽器の琵琶をさかさまにしたような形からその名が付いた様だ。近景には茶屋の賑わう姿、遠景に瀬田の唐橋が描かれた満月の夜の琵琶湖の風景。近くの景色を細かく描き、背景には雄大な山々の連なりを描いているが肝心な石山寺が描かれていない。しかし画面左の断崖が石山寺へと続くことを暗示している。六十余州名所図会近江琵琶湖石山寺

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    木曾海道六十九次太田太田「太田の渡し」は、中山道の難所中の難所であった。この川を流れて行く筏は、尾張藩領の木曽山中で伐採した檜などの木材を尾張の熱田湊まで運んで行く筏である。客を乗せた渡し舟......>続きを読む一年前のブログ

  • 六十余州名所図会 常陸 鹿嶋大神宮

    「常陸」鹿嶋大神宮鹿嶋神宮は神武天皇の創建と伝えられ、武士からの信仰が篤かった。本図では、海に突き出した鹿島神宮の一の鳥居が描かれているが、鳥居の横木が飛び出ていない間違いがある。常陸(ひたち)国は関東平野の東北隅に位置して、西は下野(しもつけ)、南は利根川が流れる下総(しもうさ)、北は奥州へつらなる磐城の諸国があり、東は太平洋に面している。北は筑波の諸山であるが、南は原野広く、沼沢も多く、霞ヶ浦はその最大のものである。六十余州名所図会常陸鹿嶋大神宮

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    木曾海道六十九次伏見「伏見」木曽川の流れの変化などにより、渡し場が上流へ移動された。土田宿は廃宿となり、(1694年)上流に位置する伏見宿が誕生した。台傘・立傘を担ぐ奴二人を前に、杉の大樹の......>続きを読む一年前のブログ

  • 六十余州名所図会 下総 銚子の濵

    「下総」銚子の濵外浦題名に外浦とあるが、現在そのような呼称はなくなっている。画面右に屏風ヶ浦の奇岩(四角い岩)が描かれているので銚子港付近だと分かる。中央には千騎岩と称される反り立った大岩があり、この二つの奇岩と打ち寄せる大波の迫力が魅力である。六十余州名所図会下総銚子の濵

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