辛く幸せな道もある辛さとは必ずしも不幸ではない辛く幸せな道
反抗期とは恐怖に立ち向かう心の芽生えである反抗期
濡れるもよし傘もよし雨
波動を上げるならば地に足をつけて登って行くのが良いスーパーボールのように跳ねたところでやがては何もなかったように地面に転がるだけなのだから波動を上げる
ハートを開けば世界が変わる喜びと痛みが倍増する喜びだけを倍増させることは出来ないハートの扉は魂と繋がっている感じているのは魂だから扉を開けば喜びも痛みも増してしまう心の世界は家の中魂の世界が家の外太陽は家の外にあるから扉を開くと光が差し込む全てが輝いて見える新しい風が入り心の空気が清々しくなる魂の世界からはたまにとんでもないものがやってくる鳥や雨や蜂や蛇扉の外を眺めるとたまにとんでもないものが見える朝焼けや虹や星やオーロラ扉を閉じたまま生きるのは勿体無い心の家が薄暗くなってしまうから心の家が埃っぽくなってしまうから外の世界の住人と交流出来ないから外の世界の景色を眺められないからハートを開くのは簡単で難しい考える事を一旦やめてドキッとする事をやってみるといいそれがハートを開くかもハートを開けば
心は天気曇りもあれば晴れもある曇りがなければ雨もなく雨がなければ乾いてしまう晴ればかりが善ではない南国の天気を持つ者もいれば湿った天気を持つ者もいる雪国のような天気を持つ者もいれば砂漠のような天気を持つ者もいる己の天気を知りなさい心は天気
魂との繋がりを失った者はゾンビのようになるその中でも生き生きとしている者は吸血鬼である他者からエネルギーを奪うことによって活力を得ているのだゾンビも吸血鬼も太陽の光を嫌う太陽の光とは心臓から放射される魂の光の事だ魂との繋がりを思い出せばゾンビや吸血鬼としての自我を失うことになるからだ魂との繋がりを失った精神は変わる事を望まない進化向上を望むのは魂の属性だからだ故にゾンビ化した者が自主的に蘇生することはないただ魂の光に当てられ浄化された時のみ魂との繋がりを取り戻す可能性があるゾンビ及び吸血鬼と魂の関係
あなた方が死と呼ぶものを霊界では復活と呼びます復活
与え過ぎれば根を腐らす与える
真理とは数に無縁な力100億人が信じていようと偽りが真理になる事はない真理
宇宙は真空を嫌う故にあなたが下の者に与えればあなたは上の者から与えられあなたが上に昇ればあなたの下にいた者が上に上がる宇宙は真空を嫌う
肉体はエーテル体からエネルギーを得ているエーテル体はアストラル体からエネルギーを得ているアストラル体はメンタル体からエネルギーを得ているエーテル体とは生体磁気のボディであり物質体の青写真を提供しているアストラル体は感情と欲望のボディである無欲・無感情はアストラル体の呼吸を止めている状態でありエーテル体へのエネルギー供給も停止するその為エーテル体は水を与えられない植物の様にゆっくりと弱ってゆく逆に激怒などは激しいアストラル体の動きでありエーテル体を損傷させるメンタル体は思考と自我のボディである目的達成・問題解決がメンタル体の活動である無思考無目的はメンタル体の停止でありアストラル体へのエネルギー供給も停止するエーテル・アストラル・メンタル体の三位一体が霊体を形成しているその上にコーザル・ブッディ・アートマ体...活力の源
命を知るには死を知らなければならない命を知る
私たちが向かうべき道は右でも左でもなく上である向かうべき道
今いる場所が袋小路でも波動を上げれば飛び越えられる波動を高くすれば
霊格とはどれだけの力を創造的に使えるかを表している力を方向づける力の事である霊格を超える力は破壊的なエネルギーとして流出するそれを悪と呼びそれが罪となる地球平均的な霊格の者が大きな力を手にすると必ず悪事を働くのはそういった理由であるまた悪事を行なっている様に見える権力者でも一般人レベルの環境に置かれれば善人でさえある場合も多い力を扱う為の力とは誠実さや忍耐力や愛や知性や共感能力でありそれらを総合して霊格と呼ぶ霊格とは
人類の平均的な波動が高まれば新たな知識や技術が開示されるまた現在存在している知識と技術を創造的に使用する事が可能になる波動と技術
家は勝手に組み上がらない車は勝手に組み上がらない牛は死んでも偶然ハンバーグになることは無い物質は崩壊していくのみである物質を組み上げる力は上の次元からくる即ち霊界である物質を緻密に組み上げ物質的生命にしているのは霊の力である全ての部品が正しく組み立てられ収まるべきところに収まらなければ物質的生命は活動できないそれが偶発的に起こりうると考えることは偶然家が建つ事があると期待しているようなものであるどれだけの偶然が重なっても組み上がるより崩壊する速度の方が早いことは明らかである故に物質的生命より先に霊的知性が存在すると考える事は自然な事である物質と生命と霊
救われたい気持ちは極限までいかなければ叶えられない中途半端な苦難の中においては人の心に自己弁護が存在する他人に問題がある環境に問題がある自身の能力に問題があるそれらを突き詰めれば即ち神に問題があるという想いが存在しそれが雲となって救いの光を阻んでいる極限を超えた時人は神に祈る私が悪かったどんな方法でもいい何でもするから助けてくれ全ての自己弁護を捨て只々救済を望むその時雲は晴れ救いの光が差し込む救いの光と自我の雲
想いと言葉と行動は意識の三態物質における気体と液体と個体のようなものだ想っただけでメンタル界に風が吹く言葉にすればアストラル界に流れが生まれ行動とは物質を動かす事であるどの段階においても結果は生じ責任が発生するまた想いと言葉と行動が矛盾していれば三つの世界で異なる動きが生じ結果混沌が生じる身口意
人はうんこをするだからといってその人がうんこであるわけではない心もまたうんこをするそれは処理しきれなかった毒感情やその人にとって必要のない感情で出来ているトイレで用を足すように心の排泄も一人で行うべきなのだが人類の多くはまだ心のトイレトレーニングが出来ておらず人前で漏らしてしまうそれを見て人は言うあいつはクソだとあまつさえ排泄物を人に投げつける類の者もいるお前のせいで漏らしたとどちらにしてもその人自身がクソなのではなくただトイレトレーニングが完了していない赤子なのだ排泄について
音楽はね生き物なんですよ音楽
人の陥る大きな誤りは霊的進化と現世での成功を結びつけて考える事だ霊的に進化すれば現世で利益が得られる成功すると考えてしまうがそうはならない何故なら霊的進化のために現世での成功や失敗があるからである霊的進化の方が主であり現世での体験は従である主従が逆転した考えは混乱を生む全ての失敗や成功は魂の糧として存在しているその人にとって必要な体験が成功である事もあれば失敗である事もある霊的進化が進むと必要な体験が速やかに訪れるようになる故にある人には大きな現世利益が舞い降りある人は大きな損失に見える出来事が起こるしかしそれはどちらもその人にとって最高の贈り物なのだ霊的進化を目指す者は進化と現世成功を比例させる考え方を辞めなければ何度も失望を味わうことになる霊的進化とは神を信じる心の力自分に必要な贈り物を惜しげもなく与...霊的進化と現世利益
地獄とは神を忘れている状態である地獄
意識を変えれば現実は変わるしかし恒常的に変えるためには他人の意識が変わるまで変更した自分の意識を保たなければならない意識
罰とは暴力を抑止する為に生み出されたものではなく暴力を正当化する為に生み出されたシステムである罰
悪しき言葉は発した瞬間あなたに襲いかかる言葉
富に仕える者はサタンに仕える者となるサタンに仕える者
思考は現実化「してしまう」故に思考には責任がある己の思考を観察してみると良い自分にとって良いことと悪いことを区別なく思考している世界にとって良いことと悪いことを区別なく思考している現実を嘆く前に自分の思考を観察した方が良いそして良いとは何か悪いとは何か知らなければならない自分にとって良いことを思考をしたつもりでとてつもなく悪いことを思考してしまうことがあるからだ思考は現実化してしまう
全ての資格は神から与えられる資格
神に助けを乞う者は数多いるが神を助けようと志す者の何と少ないことか神には計画がありそれを実行してくれる人をいつも求めている神を助ける
日本にアークがあるのではない日本こそが地球のアーク(方舟)なのだ日本と方舟
天照大御神と豊受大神は現代のシリウスABである豊受大神は天の羽衣の天女にして機織りの女神すなわちタナバタツメである七夕は豊受大神に捧げる儀式でありシリウスと太陽と地球が直線で並ぶ時に行われるスサノヲの所業により命を落とした天の機織りの女神とは豊受大神である天照は豊受を救うために天岩戸の向こう側にある黄泉の国へと降りた天岩戸とは太陽である太陽の裏側に黄泉比良坂は存在する天照はシリウスAである天岩戸からお出ましになる天照とはシリウスのヘリアカルライジングである天岩戸の物語はシリウスのヘリアカルライジングの儀式を伝えたものだったのだ天照大御神と豊受大神
イザナギイザナミとはシリウスABである正確に言えば白色矮星になる前のシリウスABこそイザナギイザナミである天御柱とはシリウスABの引力の均衡点であるそこを中心に二つの星は互いの周りを回っているヒノカグツチとは赤色巨星と化したシリウスBである赤色巨星から四散していくガスはシリウスABを覆い隠すこれが黄泉へと降る物語であるやがてガスが晴れ新たなシリウスが現れる実はこれが天照なのだ伊弉諾伊奘冉
八百万の神とは凡ゆるものに神が宿っているという思想だが本当は凡ゆるものに神を観る心を表している凡ゆるものに神を観ることの出来る心は魂と完全に一つになった状態でありそれは創造主と共鳴した状態でもある八百万の神は◯で表されその中心にある点を天御中主命という◯と一体になった点は◉で表され日の原型であり神を表す円と点は表裏一体八百万の神は天御中主命と表裏一体であるすなわちあなたは常に宇宙の中心に御坐す天御中主命にして八百万の神の一柱であらせられます八百万の神と天御中主命
感じるとは神を知ることです私たちは肉体を通して神を知るためにこの三次元世界に来ました感覚器官が受信した物資世界の情報は神経を通して脳に送られます神経とは神の経(みち)です神の経を通り流れくる神を受け取り知ることが感じるということなのです感じるとは神を知ること
神の言葉で語れば人には伝わらない人の言葉で語れば神の意図が伝わらない1と0の中間の言葉を用いなくてはならない神の言葉人の言葉
実のところ人は朦朧とした意識で生きているそれを揺さぶり起こすために痛みを伴う出来事がある意識
人に敬意を表し続けることはとても心の力を使うことですましてや人の中に神を見続けるとなれば尚のことです敬意
魂はあなたの心を通して語りかけてくる魂と心
音楽は神界から降ろされた蜘蛛の糸音楽は
愛とは相手に因るものではないあなたの本体である愛とは
悪魔を愛するには悪魔の良いところを見出そうとするのではなく自らの心の中に愛を見つけることだ悪魔を愛するには
絶望の底に希望がある希望
水瓶座は自分に恋をする心自分に夢中になる心水瓶座新月
日常生活を犠牲にして行うスピリチュアリティなどないスピリチュアル
善き霊は答えではなく問いを授けるものだ問いを授ける
指先は100に分割され数字が刻まれていたそれは何かと問われ私はリゲルであると答えたリゲル
始まりの星VEGAVEGAIN=ベガにいる、がBEGIN=始まりに隠された隠喩であるVEGAIN
何も知らずに生きるのではなく何を知っても動じずに生きるのだ知る
スマホは心を奪う心
もし心というものがなかったら時間というものがあると思うかね?時間
完成された人間には我というものが綺麗さっぱりないが我が無用なものというわけではない雛になる前の卵に殻がある様に蛹に殻がある様に自我は殻として真我の成熟を守っている完成された人間
神はあなたに過不足ないものを与える過不足
我がある限り自分を正しく使うことは出来ない我
働いた分より報酬が少なくても嘆くことはない支払われなかったあなたの貢献は魂の帳簿に記載されあなたの人生に還元される働いた分より報酬が多かったとしても喜んではいけない過剰に支払われた分は必ず人生で徴収されるからであるあなたの貢献に対して宇宙が報酬を決定するそこには寸分の誤差もない多くを掠め取ることも貰い損ねることもない人から来る報酬が足りないならば宇宙がそれを補填する人から来る報酬が多過ぎるならば宇宙がそれを調整するであるが故にあなたはただ自分の出来得る最大の貢献のみに専心し行えばよい報酬
遠くまで行ける人とは速く走れる人ではなく辛抱強く歩き続けることが出来る人である遠くまで行ける人
一人を教え導けるのなら万人を教え導けるのだから先ずは一人に集中しなさい教え導く
苦しみは人に思い出させてくれる自分が神からどんなに離れて生きていたのかを苦しみ
病の後の晴れやかな心こそ貴方の本当の心病の後
改ざんされた歴史から学ぶことは出来ない改ざん
この世界において貴方は何かを恐れたいと思っているのではなくて何かを愛したいと思っているのだ愛と恐れ
霊の力を失った肉が朽ち果ててゆくように神の力を失った文明は朽ち果ててゆく霊と神
幸せとは感謝である幸せ
信じることと疑うことは神が人に授けた理性という名のハンドルの右回りと左回りであるそれを駆使して進んでゆくのだどちらかではグルグルと廻り続けることになる信じること疑うこと
物事には順番がある与えることから始めなさい与えることで器が広がりそこに新しいエネルギーが流れ込む得ることばかり考えている者は行き詰まる与えることに専心する者は行き詰まることがない与えること2
物的なものは与えれば減る霊的なものは与えることによって増える与えること
神霊の声が聴こえない人でさえその声に従って生きている彼等はそれを自分の思い付きだと思い込んで生きている同様に悪霊の声にも従って生きている彼等はそれを自分の感情だと思い込んで生きている神霊の声が聴こえる人はその声に従うことも逆らうことも出来る悪霊の声が聴こえる人はその声に従うことも逆らうことも出来る霊の声
人の心は幾つもの面を持つ立体のようなものであるサイコロを思い浮かべると分かりやすいこの物質体を通して一時に現れることが出来るのは一つの面だけである同時に複数の面を現出させる事は出来ない心に傷を負う時その時現れていた面に傷が刻まれる他の無傷な面が出ている時その人は傷のことを完全に忘れている傷が刻まれた面が出た時その人は傷を思い出しその痛みに苦しみ人に助けと理解を求め多くの場合無意識に同じ傷を他人に負わせようとするしかし傷の面が出ている時にしかその傷の治療は出来ないまた傷付いた心の時間が進み自然治癒が進むことはない傷の面を伏せている間その心の面の時間は停止しているからである心の傷を癒そうと望む者に試練に似た体験が訪れるのは以上のことが理由である傷付いた面を現出させなければ癒すことが出来ないからだ癒しを促進する...心の傷
人は自分の傲慢さに気付くまで何度でも間違う何度でも
明日を変えたければ今日の行動を変えればいい明日を変えたければ
身体を大切にすることは心の御役目です身体
傷の付け方は知っている傷の治し方は知らない傷
過剰な愛とは即ち恐れなのです過剰な愛
不幸を渡り歩く人は過去の幸せや未来の幸せばかり見て現在の幸せを気にもとめない不幸を渡り歩く人
人は幸せから幸せへ歩いてゆくものです不幸から幸せへ歩いてゆくものではありませんそれは不可能なのです生の中に幸せを見出せた時そこが始まりなのです幸せから幸せへ
あなたの身体は神様から授かった宇宙の一領域であるこの身体を豊かにする事が神としての人の御役目であるあなたの心は神様から授かった霊界の一領域であるこの心を美しくする事が神としての人の御役目である身体の中には沢山の小さな生命が生きている心の中にも沢山の小さな生命が生きているあなたの心身はあなたが管理する宇宙でありそこに住む小さな生命たちのものである神があなたを愛するようにあなたも彼等を愛する時愛の環は完成する神様から授かったもの
心には自然な浄化力があり私達が思考や感情のゴミを出さなければ綺麗になってゆく心の浄化力
私達は地球という神輿を担いでいる地球という神輿
与えることと受け取ることの天秤が受け取る方に傾いていることを盗みという不当に安い値段で買い取ること働きよりも多く貰おうとすることもっともっとという餓鬼心から盗みは産まれる与えることと受け取ることどちらが過ぎても生命は崩壊する盗み
まずは自分の身体への暴力をやめる暴力をやめる
毎日は神様があなたにくれる魂の食事である毎日は
支配する者は支配しているものに縛られるあたかも支配されているかのように振り回される支配する者
狂気という精神の原生林に入り込み何かを見つける帰って来れなくなる人もいるしかしそここそが創造の源なのだ狂気
音楽が調和しているのは全ての演奏者が調和させることに意識を集中しているからだ人は日々の生活の中でどれだけ調和に意識を向けているだろうもし人が音楽を演奏するように日々を生活したらどれだけ世界は美しくなるだろう調和
感情や思考と自己を同一化しないことですあなたは心を観ているもの心とは別の存在です心とは自分が別のものだと悟った時心はあなたから自由になりあなたも心から自由になります心はあなたの中で生き生きと動き出します同一化
心の奥には神へと繋がる扉がある扉
悪魔の語ることのほぼ全ては真実であるただあなたの誤解を利用して神から遠ざける悪魔の語ること
失われた記憶は同じ波動の異なるバージョンとして繰り返し現在に現れる度々起こる出来事はあなたが思い出すべき記憶であるそれは人類という規模で見ても同じである人類の失われた歴史は現在の歴史の中に現れている失われた記憶
人が人として扱われて初めて人になるように神は神として扱われて初めて神となる神になる
心は神へと繋がる扉である心は扉
何処へ向かっているのかを知りたければ何処から来たのかを知らなくてはならない向かっている先
自分に与えられている幸せの量は自分が与えている幸せの量と完璧に一致する幸せの量
波には山と谷がある山から始まる人もいる谷から始まる人もいる波
放っておいて綺麗になる部屋はないようにだらけていて鍛えられる事はないあなたが向上を願ったからあなたに試練が与えられあなたはそこで鍛えられる試練
〜してほしいと願う心が攻撃性に変わるしてほしい事がある時は自分を低くして心から頼むことあいつは〜をすべきだあいつは〜をして当然だそれは既に精神的な攻撃であり全て自分に返ってくるしてほしい
報酬は神が決める報酬
神様に助けてほしければまず神様の場所に行かなくてはならない助けてほしければ
毎日は神との対話である神との対話
必要なものは天から届けられるこの単純な事を本当の意味で理解している人は少ない必要なもの
ある特定のもの「だけ」に向けられた愛は利己主義であるあるものを愛するため他の全てを愛さないのだからあるものを本当に深く愛するならばそのものと繋がる全てのものへ愛は拡がってゆくもしそうならないのならば本当はそのものを愛していないのだ愛
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辛く幸せな道もある辛さとは必ずしも不幸ではない辛く幸せな道
全てを知った時それ以上何も知ることは出来ない状態になるそれが偽りの悟り知るとは知らないことであり悟るとは迷うことである互いが互いを存在せしめていて無知を消すこと迷いを消すことが悟りなのではなく知と無知悟りと迷いどちらも選ぶことが出来る状態こそ悟りなのだだから懸命に悟ろうとして無知や迷いの存在を認めない人は悟ることが出来ない悟り
恐怖があるから愛があり愛があるから恐怖がある愛と恐怖
マイナスを体験する事でゼロさえもプラスに感じるマイナスとプラス
嫌われない人は愛されない愛
五十音の事を古代に於いては五十連(イツラ)と呼んでいたイツラはイスラと同魂でありイスラ星とはシリウスの和名であるそして50とは古代よりシリウスを表す数字でもあるシリウスBがシリウスAを公転する周期が約50年だからである五十連イツラとは神の神を表すシリウスAB別名を伊弉諾伊奘冉その公転面を地球年で分割した五十の領域を言霊としたものであるそれは神の神であるシリウスABと神である太陽と地球とそして人を繋ぐ魂の緒なのだだからこそ言霊の乱れは人の霊力を枯渇させその結果退化してゆく反対に言霊を調える事で人の霊力は豊かになり霊的に成長してゆく言霊、五十音とシリウス
大国主命は饒速日命であるそしてホツマツタエにおける男性神天照の地上における顕現でもある高天原を治める神が天照大御神であり地上を治める皇を地照大御神(クニテラスオオミカミ)と呼ぶ天照大御神には月読命が地照大御神には瀬織津姫が伴侶として存在している政と審神者を男性が行い祭祀及び神託を女性が行う巫女に降りる神は必ずしも高い神であるとは限らないため男性神が審神者を務める審神者を務める者は神がからずに己の理性と知性と徳を持って判定するそれは地上を治める地照大御神の務めでもあり高天原を治める天照大御神の務めでもある高天原が最上位の天界ではなく更に上の神界がありその神意に従って統治している人の身に置き換えるならばメンタル体が男性神でありアストラル体が女性神であるメンタル体が実質的な権限を持っておりアストラル体の意向を汲...大国主と饒速日
つまり言霊とは実在のことなのだ言霊
上に伸びるにはより深く根を張らなくてはならないのびる
一つの想い一つの言葉一つの所作が世界を変えている一つの想い一つの言葉一つの所作
あなたを最も愛する存在はあなたに気付かれないようにそっとあなたを助けているあなたを最も愛する存在
あなたは神の手か神の足か神の眼か神の口か生まれながらにして人は何者であるかを知っているがあなたは何にでもなれるという言葉に惑わされ人は己を見失い足にして作ろうとして手にして歩こうとする上手く出来ないことを嘆き努力のみで我を通そうとするただ己が何者か思い出せば何かになろうとするのではなくその手でその足でその口で何をするかが主題となるあなたは
食卓に上がっている料理は神の物である頂きますと祈りて神から頂くべし食卓の料理
心の体は意識に従う誰かを想えば誰かの所へ伸びてゆく散漫になればだらしなく広がり集中すれば針先のように小さくなる心の体で何をしているか人はあまり気にしないしかしそれは他人の心に影響を与えている体は何もしていなくても心で殺し合っている世界体は何もしなくても心は助けることが出来る歳を取り動けなくなってゆくことは無能になることではなく心の道に入ること心の扱いに熟達してゆくこと心は奇跡のように日常を創る自分の周りを観れば自分の心が解る心で出来ることは体で出来ることよりもずっと多い何もしてない人はいない何もしていない時もない心の動きを止めるとその上の心が働く上の心の働きが観えてくるそれはまた今度心の体
突き詰めればこの宇宙というものは己自身を知るための装置である己を知るためには自身のした事を体験する必要がある故に己自身の行った事を他者の立場で経験し続けている行うことが因となり未来に体験する果を産むそれを認めるまでは真の意味で己の行動を変えようという熱情も生まれはしない今あなたがしていることは未来のあなたにしていることなのだこれがこの現実と人が呼ぶ夢の世界で気を付けるべきことどんな時もこれを覚えていられるように宇宙という装置
地球は人間のものではない人間が地球のものなのだ人間と地球
便器は御神体です便器
苦しい事と楽しい事は表裏一体苦しさから逃げている人は楽しさの半分しか知らない苦と楽
男神は拝み女神は恵む男神と女神
万物は鏡であり我が抜けることで神になるあなたが見ている世界はあなた自身でありあなたから我が抜けたときあなたは世界に神をみるカミ
反抗期とは恐怖に立ち向かう心の芽生えである反抗期
濡れるもよし傘もよし雨
波動を上げるならば地に足をつけて登って行くのが良いスーパーボールのように跳ねたところでやがては何もなかったように地面に転がるだけなのだから波動を上げる
ハートを開けば世界が変わる喜びと痛みが倍増する喜びだけを倍増させることは出来ないハートの扉は魂と繋がっている感じているのは魂だから扉を開けば喜びも痛みも増してしまう心の世界は家の中魂の世界が家の外太陽は家の外にあるから扉を開くと光が差し込む全てが輝いて見える新しい風が入り心の空気が清々しくなる魂の世界からはたまにとんでもないものがやってくる鳥や雨や蜂や蛇扉の外を眺めるとたまにとんでもないものが見える朝焼けや虹や星やオーロラ扉を閉じたまま生きるのは勿体無い心の家が薄暗くなってしまうから心の家が埃っぽくなってしまうから外の世界の住人と交流出来ないから外の世界の景色を眺められないからハートを開くのは簡単で難しい考える事を一旦やめてドキッとする事をやってみるといいそれがハートを開くかもハートを開けば
心は天気曇りもあれば晴れもある曇りがなければ雨もなく雨がなければ乾いてしまう晴ればかりが善ではない南国の天気を持つ者もいれば湿った天気を持つ者もいる雪国のような天気を持つ者もいれば砂漠のような天気を持つ者もいる己の天気を知りなさい心は天気
魂との繋がりを失った者はゾンビのようになるその中でも生き生きとしている者は吸血鬼である他者からエネルギーを奪うことによって活力を得ているのだゾンビも吸血鬼も太陽の光を嫌う太陽の光とは心臓から放射される魂の光の事だ魂との繋がりを思い出せばゾンビや吸血鬼としての自我を失うことになるからだ魂との繋がりを失った精神は変わる事を望まない進化向上を望むのは魂の属性だからだ故にゾンビ化した者が自主的に蘇生することはないただ魂の光に当てられ浄化された時のみ魂との繋がりを取り戻す可能性があるゾンビ及び吸血鬼と魂の関係
あなた方が死と呼ぶものを霊界では復活と呼びます復活
与え過ぎれば根を腐らす与える
真理とは数に無縁な力100億人が信じていようと偽りが真理になる事はない真理
宇宙は真空を嫌う故にあなたが下の者に与えればあなたは上の者から与えられあなたが上に昇ればあなたの下にいた者が上に上がる宇宙は真空を嫌う
肉体はエーテル体からエネルギーを得ているエーテル体はアストラル体からエネルギーを得ているアストラル体はメンタル体からエネルギーを得ているエーテル体とは生体磁気のボディであり物質体の青写真を提供しているアストラル体は感情と欲望のボディである無欲・無感情はアストラル体の呼吸を止めている状態でありエーテル体へのエネルギー供給も停止するその為エーテル体は水を与えられない植物の様にゆっくりと弱ってゆく逆に激怒などは激しいアストラル体の動きでありエーテル体を損傷させるメンタル体は思考と自我のボディである目的達成・問題解決がメンタル体の活動である無思考無目的はメンタル体の停止でありアストラル体へのエネルギー供給も停止するエーテル・アストラル・メンタル体の三位一体が霊体を形成しているその上にコーザル・ブッディ・アートマ体...活力の源
命を知るには死を知らなければならない命を知る
私たちが向かうべき道は右でも左でもなく上である向かうべき道
今いる場所が袋小路でも波動を上げれば飛び越えられる波動を高くすれば
霊格とはどれだけの力を創造的に使えるかを表している力を方向づける力の事である霊格を超える力は破壊的なエネルギーとして流出するそれを悪と呼びそれが罪となる地球平均的な霊格の者が大きな力を手にすると必ず悪事を働くのはそういった理由であるまた悪事を行なっている様に見える権力者でも一般人レベルの環境に置かれれば善人でさえある場合も多い力を扱う為の力とは誠実さや忍耐力や愛や知性や共感能力でありそれらを総合して霊格と呼ぶ霊格とは
人類の平均的な波動が高まれば新たな知識や技術が開示されるまた現在存在している知識と技術を創造的に使用する事が可能になる波動と技術
家は勝手に組み上がらない車は勝手に組み上がらない牛は死んでも偶然ハンバーグになることは無い物質は崩壊していくのみである物質を組み上げる力は上の次元からくる即ち霊界である物質を緻密に組み上げ物質的生命にしているのは霊の力である全ての部品が正しく組み立てられ収まるべきところに収まらなければ物質的生命は活動できないそれが偶発的に起こりうると考えることは偶然家が建つ事があると期待しているようなものであるどれだけの偶然が重なっても組み上がるより崩壊する速度の方が早いことは明らかである故に物質的生命より先に霊的知性が存在すると考える事は自然な事である物質と生命と霊
救われたい気持ちは極限までいかなければ叶えられない中途半端な苦難の中においては人の心に自己弁護が存在する他人に問題がある環境に問題がある自身の能力に問題があるそれらを突き詰めれば即ち神に問題があるという想いが存在しそれが雲となって救いの光を阻んでいる極限を超えた時人は神に祈る私が悪かったどんな方法でもいい何でもするから助けてくれ全ての自己弁護を捨て只々救済を望むその時雲は晴れ救いの光が差し込む救いの光と自我の雲
想いと言葉と行動は意識の三態物質における気体と液体と個体のようなものだ想っただけでメンタル界に風が吹く言葉にすればアストラル界に流れが生まれ行動とは物質を動かす事であるどの段階においても結果は生じ責任が発生するまた想いと言葉と行動が矛盾していれば三つの世界で異なる動きが生じ結果混沌が生じる身口意
人はうんこをするだからといってその人がうんこであるわけではない心もまたうんこをするそれは処理しきれなかった毒感情やその人にとって必要のない感情で出来ているトイレで用を足すように心の排泄も一人で行うべきなのだが人類の多くはまだ心のトイレトレーニングが出来ておらず人前で漏らしてしまうそれを見て人は言うあいつはクソだとあまつさえ排泄物を人に投げつける類の者もいるお前のせいで漏らしたとどちらにしてもその人自身がクソなのではなくただトイレトレーニングが完了していない赤子なのだ排泄について