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2015/01/24

  • 父、集中治療室

    父は集中治療室に。検査の結果、肺水貯留、真菌感染症、肺炎、前立腺肥大症、COPDなどがあげられました。点滴、酸素、尿道カテーテル、内服などの治療。入院用品など届けに行くと、元気というか、早く退院したいという気迫が感じられ、昼食(ソフト食)も完食していました。父は倒れた時のことを覚えていないようで、「誰がここに連れて来た?」と聞くのでメモ帳に大きく“救急隊”と書いて見せました。「俺、どうなったの」と聞くので“倒れて運ばれた”と書いて見せると、ふっ、と笑いました。2日後に見舞いに行くと、あちこちに血が付着。ベッド下に落とした補聴器を拾おうとして点滴が抜けたとのこと。入院3日目には起き上がってベッドに腰掛けるなどしていました。食事は全がゆ、ソフト食でしたが、入院が年末に差し掛かっていたため、クリスマスイブにはト...父、集中治療室

  • 父、倒れる。

    食道がんの手術から7年後。父は1人で外出し、帰宅するためバス停に向かう途中で倒れました。近くに居合わせた方々が様子を見てくれたり、救急車を呼んでくれたりしたようで、父はすぐさま搬送されました。その頃、私も1人で買い物に出ていまして、帰宅すると母が、父が倒れて救急車で運ばれたと、どうしていいかわからない様子。固定電話の横のメモを見ると、病院名が書いてあったので、母は認知症と診断されて2年目でしたが、電話の内容を覚えていたこと、連絡を受けながら書き留めたことがありがたく、大助かりでした。すぐ病院に電話を入れ、医師と話し、病院に向かいました。検査の間しばらく待ち、医師が来て、ご本人とのご関係は、と聞かれ、私が「長女です」と言うと、母が「私も長女です」それは母のきょうだいの中では長女だけど。医師が、奥様ですね、で...父、倒れる。

  • 父の食道がん

    大腸がんの術後3年目の定期検査で、食道がんが疑われました。内視鏡による手術のため入院。病院の都合で個室になったため、母と私は病室で待機。のんびりとテレビで『渡る世間は鬼ばかり』の再放送を見たりしていました。そこへ医師が急いだ様子で現れたので、何かあったのかと身構えると、直前の検査、準備の段階でむせて誤嚥してしまい、手術は中止になりました、とのこと。父は元々とてもむせやすく、咳き込むことが多かったです。その後、発熱しましたがなんとか回復し、再挑戦。しかし2度目の手術でも、内視鏡を入れる途中でむせて、中止に。一旦、退院しました。再入院は1ヶ月後で、今度は全身麻酔での内視鏡手術に。がんは取り切れているだろうとの説明でしたが、首に近い、とても難しい所で、父の食道が元々細いため、今後の手術、加療は負担が大きいとのこ...父の食道がん

  • 父の大腸がん

    父は70代に2ヶ所のがんの手術をしました。今から20年ほど前ですね。健康に自負のあった父はお腹のチクッとした痛みを、まあたいしたことないだろうと様子見していたそうです。それにしても痛いなあと、とりあえず行ってみた小さな医院から大きな病院を紹介され、検査の結果ががん。腹腔鏡手術で転移していたリンパも取りました。年齢的なこともあり抗がん剤はなし。いくつかあったポリープは半年後に取ることに。父はストレッチャーで手術室に入るまで冗談を言い、術後には「死ななかった〜」と笑っていました。見舞いに行くたび、父は元気で、回復具合や同室の患者さんの悪口など聞かせられました。定期検査の結果、ポリープは全て消滅したり小さくなっており、退院後の年2回の定期検査も数年後には年1になり、術後9年目に、問題なし、検査終了となりました。...父の大腸がん

  • 1年半

    母が亡くなって1年半経ちました。誰かが、誰かを亡くして3年…と聞くと、まだ亡くして間もないと思います。4年、5年でもそう思います。なので、まだたったの1年半なんだなあという感じです。ずっとノートやメモ帳に書き続けていた両親の病気、介護の記録、自分の気持ちなどを少しずつまとめたいと思います。まず、父のことから記していくつもりです。父の入院、在宅介護は短期間なので、すぐ終わると思いますが。1年半

  • 春のお彼岸

    お墓参りに行きました。日曜日で天気も良く、墓苑は賑やかでした。黙々と掃除、お参りをし、買い物をして帰宅。お墓参り、あるいは仏前で、初めの頃は、お線香を上げて手を合わせる時に、何と唱えたらいいのか迷い、報告したり願ったりで長くなりがちでしたが、今はただ穏やかでありますように、とだけ。スーパーのハンドクリーム売り場で、そういえば最近手の甲のしわが気になるなあ、と思い、良さそうなのは…と見ていて思い出しました。母はとても自分の手の甲を気にしていました。しわ、しみ。年相応だし、気に病むほどではないのですが、自分の手を見ては、きたないきたないと言い、手の甲にファンデーションを塗ったりしていました。それで、よくハンドクリームを手に出してあげたり、それを口に入れようとするようになってからは塗ってあげたりしました。ハンド...春のお彼岸

  • 亡き母の誕生日

    先日、母の誕生日に1人で外食しました。母の生前、誕生日によく行った店で、年々食の細くなった母にぴったりの、量がほどほどの御膳で盛り付けもかわいらしいランチ。亡くなってからも誕生日を祝いたい気持ちは変わらないですね。そしてやはり食の細くなった年配のご婦人に人気のようで、店内の席もすぐに埋まりました。認知症がひどくなったり、入院したり、コロナ禍で外出外食できなくなったので、数年振りでしたが、その頃と同じメニューに、母が喜んで食べていた姿が浮かびました。ちなみに、月命日には母の好きだったスタバに行きます。元気な頃、母は1人でもスタバに入り、コーヒーなど飲んでいました。帰宅して、「コーヒージャパンのコーヒーはおいしいね」と、なぜか名称の後半を言うのでした。世間では前半さえ略しているのに、と思い笑えました。認知症に...亡き母の誕生日

  • 2022暮れ。遺品あれこれ。

    気になっていた片付けをと、母の医療、介護関係の資料、書類などをだいたい処分しました。一昨年、認知症が重度になり入院の話が出てから入院日が決まるのが早かったため、また、コロナ禍でほとんど会えず昨年死に至ったため、実感のわかぬまま。続きがまだある実証としたかったのか、手をつけられませんでしたが。誰かの助けになるかなとも思いましたが、病院や施設のパンフレットも各種料金も内容も、ネットで検索できるし。処分しました。気力集中力がないので、すぐに疲れてしまい、残ったものも。それと、もう1度確認したいと思った書類の他、長く通ったデイサービスの連絡帳などはまた引き出しにしまいました。父の物で気になっていた、古い切手。収集の趣味があったようで、数冊の切手帳に並べられた記念切手。私でも聞いたことのある有名な名のついた切手もあ...2022暮れ。遺品あれこれ。

  • 気が抜けたまま

    一周忌後に、気が抜けるだろうからと計画していた旅行ですが、その旅行が終わって気が抜けました。だいたいの大掃除も庭仕事も一周忌までに済ませ、後はいい季節にゆっくりしようと決めていたので、それでも気が抜けて。庭仕事では、枯れ葉落ち葉拾いがまだあるかと思いますが。旅先では、いつもホテル選びに迷いますが、今回は、ビルに囲まれておらず、どの部屋からでも眺めが良さそう、かつ、最寄りの駅からわかりやすい位置にある、を条件にホテルを決め、1番安いサイトから予約しました。なので窓からの景色に解放感があり、ゆったり過ごせました。観光スポットと言われる所には、買い物に出たり散歩していて偶然通りかかったりで、積極的には行きませんでした。昔から行きたいと思っていた街なのに、旅行に来た気がしないなあと思いましたが、それくらいなじんで...気が抜けたまま

  • 一周忌

    母の命日、一周忌が過ぎました。日が経つのは早く、以前の自分も遠くなった気がしますが、実感がないのは変わらず。何の気配もない日々なので、せめて命日、一周忌には姿が見える、夢で言葉が聞ける、何か合図があるのではないかと期待していましたが一切なく。そうか、もうきれいさっぱりか、それもいいね、と思いました。命日の前日から、お母さんは今頃から具合悪かったのかな、と思い、当日には、今頃病院から連絡が来たんだな、病院に着いたな、臨終の時刻を聞いたな、と後追いしました。翌日には火葬、去年の今頃お母さんの身体がなくなったんだな、と。秋はまだ半分ですが、母のいない季節をひと通り過ごしました。一周忌をひとつの区切りにしていたので、過ぎたら気が抜けるだろうと、夏に旅行の予定を立てました。数日後に2泊3日、国内で、旅行支援は使えま...一周忌

  • 病院メモの偶然

    秋のお彼岸で、お墓参りに行きました。お墓に行くといつも清々しい気持ちになります。自然に囲まれた所にあるので、空気がきれいで、静か。人がいたとしても皆、同じように掃除やらお参りをしているので、気の乱れがない。私も、空がきれいだなあと思いつつ、淡々と掃除とお参りをしました。一昨年の秋のお彼岸まで、母と一緒に来ていました。車椅子だったけど、認知症が重くなって大変な時期だったけど、母とのお出かけになごみもしました。母の死に関してまだ感覚としては不思議なままで、悲しいとも違う、心の中にいる、とも違う、つかめない感じです。母の病院、デイ関連の不要な書類などを少し処分しました。集中力がないのと、気持ちがざわざわするのとで、本当に少しずつです。先日、父の遺品の中からも少し処分しました。その際、片付けの最中あるあるで、病院...病院メモの偶然

  • 母の初盆

    今年のお盆は、母の初盆でした。昔から母に、法事関係は一切やらなくていいと言われていましたので、いつもよりお供えと花を増やし、市販の簡単な盆飾りを。お盆やお彼岸には、父は自分の実家に帰っているのだろうな、と思います。うちでは何の気配もないので。母の実家はもうありません。よく行っていた親戚の家ももうないので、母が帰るとすればうちだし、初盆だから何かあるかなと思いましたが、こちらも気配なし。盆の入りに、夢を見ました。玄関の前で誰かがチャイムの操作がわからずにおろおろしている夢。先日チャイムが故障したため交換しているので、母がわからなくて家に入れない?とも思いましたが、いや今となってはそんなことないでしょう。もう認知症でもないし、するすると入って来れるはず。そして盆送りの朝にも夢を見ました。最初は怖くて嫌な内容で...母の初盆

  • 心療内科やめました

    前回の記事で、心療内科に行き、うつと診断されたと書きました。2回目の受診では、経過を聞かれ、特に変化はなしと答えました。今後については、自分が楽しめることを少しずつやる、ということに。しかしながら、ずっと、楽しいこと、自分のことを後回しにしてきて、それをやることはお金と時間がもったいない、今は母のことという暮らしをしていたので、楽しいと思うことはなんですか、と問われても、もやもやとしか思い浮かばない。以前の趣味のようなことをいくつか挙げると、より具体的に目標をと言われました。例えば、読書なら誰のどんな本を、というように。私は元々自分のことを話すのが苦手。その上、医師は私が挙げたことを強めに否定したり笑ったり。答えを待つ様子からも圧を感じました。なんだか私の意向ではなく医師の気にいるような回答が求められてい...心療内科やめました

  • 荷下ろしうつ

    昨年からの自律神経失調症の症状が続くのと、介護中からのもやもやをはっきりさせようと、心療内科に行くことにしました。どの病院に行けばいいのか、HPなどを見て迷っていると、新しくできたクリニックの広告が目に留まり、割と近かったこともあり、予約の電話を入れると、1ヶ月待ちでした。心療内科は混んでいると聞きましたが、本当にどこもそのようです。数ヶ月から半年待ちのところもあるようです。その後、出先で偶然見つけた別のクリニックの看板に、HPを見て連絡を入れると、前出の所より早く予約が取れたので、まずそこに行ってみることに。今ひとつだったら、前出の所に行けばいいと。本や漫画、テレビでよく見聞きしていた光景で、医師に、「よく頑張りましたね」と言われて泣く、というのがあり、それは嫌だなあ、そんなこと言わない医師ならいいなあ...荷下ろしうつ

  • 母のいない母の日

    一昨年の母の日は、カーネーションの鉢植えを抱えた母の写真を撮りました。去年の母の日は、母は入院中でした。今年の母の日は、初めて母のいない母の日です。カーネーションは飾りました。『おかあさんありがとう』というプレートがついていました。相変わらずの日々です。手持ち無沙汰のままうろうろしている感じです。例えば。コロナ禍じゃなくて、認知症じゃなくて、死期が迫っている時に、何か言葉を残してくれたら。何か会話できていたら。そういう重いものが持てたら落ち着けたかもしれない。父は、入院中、また退院後、せん妄のような、認知症のような症状がありましたが、最後に入院した時に、はっきりとした意外なことを言って、あれっと思いました。その数日後に亡くなり、それが最後の言葉ではなかったし、教訓でも思い残したことでも家族にあてた言葉でもなかっ...母のいない母の日

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