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趣味水彩さんのプロフィール

住所
土浦市
出身
佐賀市

自由文未設定

ブログタイトル
趣味水彩
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/tthimajin1915
ブログ紹介文
後世に残したい史跡や懐かしい街並みを描いた透明水彩画の作品集です。旅や外出の合間に路傍に佇み描いた趣
更新頻度(1年)

35回 / 365日(平均0.7回/週)

ブログ村参加:2014/10/10

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趣味水彩さんの新着記事

1件〜30件

  • 彼岸花の西連寺①(2019/10/7)

    以前にも西連寺の鐘楼を描いたと思いますが、今回も描いてみました。この鐘楼は大変珍しい恰好をしているのが描いた理由です。最近の僕の描き方は鉛筆や水性ペンでモチ-フの線をほとんど書き込まず、ごく簡単な輪郭線だけを描いたら、絵具でモチ-フを書き上げています。この描き方は着色した絵筆だけで書き上げるので、輪郭線のある絵よりも柔らかい絵が出来上がります。明暗と陰影で仕上げる描き方です。まだまだ模索の最中ですが、本格的に水彩画に取り組み始めて20年でどうやらこの描き方に落ち着いたようです。失敗と反省の繰り返しですが、テレビで先日高田純次さんの「じゆん散歩」と言う番組で、鎌倉の水彩画か矢野元晴画伯の主催する「鎌倉水彩画塾」が放映されました。この塾の主催者である矢野画伯が描く水彩印象画法と言う描き方が素晴らしくて、早速goog...彼岸花の西連寺①(2019/10/7)

  • 高岡の消防団(2019/9/25)

    高岡の切通しの坂を下りきると古びた火の見櫓や給水塔のある広場があります。消防車を格納する消防団の建物の向こうの林には法雲時があります。小生の自宅から車で少し走るとこの高岡地区ですが、いかにもののどかな田舎の風景です。高岡の消防団(2019/9/25)

  • 彼岸花の西連寺(2019/10/9)

    自宅近くの彼岸花の名所を検索したら、この西連寺がありました。ここはヤマユリの里としても有名で、花の季節には訪れる人が絶えません。この絵は西連寺の仁王門です。茨城県の霞ケ浦に隣接する行方市と言う地にこの寺がありますが、別名茨城の高野山とも称しています。この行方市は新選組の局長芹沢鴨や天狗党が、佐幕派と血を血で洗う戦いをしたところです。今は穏やかな陽光のもとに彼岸花が静かに咲いていました。彼岸花の西連寺(2019/10/9)

  • 小松寺唐門(2019/9/24)

    水戸市の北の城里町に小松寺があります。この寺の唐門は以前にも描いて掲載しましたが、この日は水彩仲間と訪れて再び描きました。この小松寺は平安時代末期、源氏に京都を追われた平家一門の武将平貞能が、平清盛の長男平重盛の遺骨を携えここ城里まで落ち延びて埋葬しました。平重盛は沈着冷静な政治家として将来を嘱望されていましたが、若くして亡くなり大変惜しまれた内大臣です。重盛が生きていたならば平家の没落は無かったものと言われた人物です。平貞能は源氏に重盛のお墓を荒らされることを恐れ、お墓を掘り返し重盛の遺骨を携え又重盛公の婦人得律禪尼を伴い関東の平家一族を頼りここまで落ち延びたのです。境内の裏山の斜面に重盛公、得律禅尼のお墓があります。この日描いた唐門は重盛公の館にあつた小松谷の唐門を模したものだそうです。小松寺へ入る入り口に...小松寺唐門(2019/9/24)

  • 磯浜海岸二つ島②(2019/8/10)

    先に掲載した磯浜海岸二つ島の光景で海岸の堤防すぐ近くに、この小さな島が突き出ています。消波ブロックのすぐ近くです。この海岸の詳しい言われは分かりませんが、東日本大震災の時にはここの小島にも激しい津波が押し寄せたものと思います。暑い一日でしたが、海のモチ-フを探して海岸線を辿りました。磯浜海岸二つ島②(2019/8/10)

  • 高岡の下り坂(2019/8/26)

    高岡の坂をいつも車で上下していますが、先日は坂の下から眺めた構図で一枚描きました。今度は坂の上から下を眺めた絵を描きました。真ん中の坂が向こうにくだっていくのですが、この道の両側にはそれぞれ上り坂があります。この構図が面白いので描いたのです。左の坂を上ると住宅地になり、反対に右側の坂を進むと法雲寺という由緒あるお寺がありれます。このお寺は、その昔この辺りを支配していた小田氏の手厚い保護を受けていた菩提寺て、南北朝の時代には後醍醐天皇の南朝方に与していたそうです。小田氏の城に籠り北朝と戦っていた北畠親房が、ここで「神皇正統記」を書き残したそうです。歴史あるところとは知らず坂を上り下りしていました。坂の遥か向こうの田園地帯は「つくば市」です。高岡の下り坂(2019/8/26)

  • 磯浜海岸二つ島(2019/8/10)

    夏の絵を描かなくてはと予め調べて見つけた海岸へ向かいました。北茨城の磯浜海岸ですが、もう少し北へ走ると福島県です。この辺りは海水浴場が連なっていて、この作品は磯浜海岸の二つ島と言う場所です。波打ち際のすぐ近くに突き出た小さな切り立った島があります。観光ホテルのすぐ目の前にこの島(あまりにも小さいので島と言えないかも)があります。右の観光ホテルの先には砂浜があり、海水浴場のようで子供たちの嬌声が聞こえて来ました。波の打ち寄せる様子を表現するのが難しいですね。先に掲載した日立の久慈浜海岸はここからもつと南下したところです。磯浜海岸二つ島(2019/8/10)

  • 夏の野菜(2019/8/27)

    今年の夏は余りにも暑すぎて、高齢者の小生には屋外スケッチや運藤の為のパ-クゴルフは危険なのでエアコンで冷やした部屋でひたすら読書に費やしました。そんな暑いある日、あるお宅で水彩画の集いがありました。涼しい室内の卓上に置かれた野菜が目についたので、小さなF3サイズのスケッチブックにさつと描いたのがこの野菜です。夏の野菜(2019/8/27)

  • 久慈浜海岸(2019/6/27)

    夏を迎える季節なので海を描きたくなり、ネツトで茨城の海岸風景を検索して日立市のこの海岸を見つけました。この日は検索した数か所の海岸を辿りましたが、これはそのうちの一か所久慈浜海岸です。梅雨の晴れ間の天気の良い日でしたが、灯台を望む海岸は海水浴シ-ズンの準備中で清掃と海の家の建造が行われていました。崖の上を国道六号が走り交通量の多いい所ですが、一段下がった海岸は静かに波が打ち寄せていました。久慈浜海岸(2019/6/27)

  • 水生植物園の新婚さん(2019/6)

    プリンタのスキャナで、描いたばかりの水彩画作品を写しとろうと作業を始めました。ところが突然愛用のプリンタ-が故障し、修理不能と表示されました。早速、PCデポにプリンタを持ち込み診断して貰ったところ、現在のプリンタの使用寿命は4-5年で部品も無くなると言う返事でした。仕方なく新たにプリンタを購入しPCと接続しい印刷を開始したところ、今度はPC画面に「Windowsのプリント・スプ-ラ-のサ-ビスを停止しているため印刷処理ができません。サ-ビスを開始して、もう一度印刷を実行してください」と警告が出てスキャナの使用も印刷も出来ません。そこで再びPCデポにPCとプリンタを持ち込み診断して貰ったところ、今PCにインスト-ルされているWindowsのソフトを入れ替えなくてはいけないと診断され、約一週間かけてPCソフトをイン...水生植物園の新婚さん(2019/6)

  • 佐賀市神野公園②(2019/5/26)

    中学の同窓会が開催される午前に神野公園へ行きましたが、これはその公園の二枚目の作品です。木道の両側は菖蒲が咲くものと思われますが、時期的には少し早すぎたようです。この公園は佐賀藩の藩主の別荘だつたそうですが、現在では市民の憩う場所です。中学の同窓会としては今回が最後で、次に九州を訪れるのは数年後の高校最後の同窓会となります。今回の旅は日程に余裕がなく、絵のモ-チフ探しも思うようにいきませんでした。絵のストックがこの作品をアップして無くなったので、今日慌てて一枚仕上げました。今までサボつていたので、これから数枚を書き溜めないといけません。(フ-ツと溜息をつきました)佐賀市神野公園②(2019/5/26)

  • 小貝川のポピ-(2019/5/16)

    このポピ-の咲く公園は下妻市を流れる小貝川の河川敷にあります。僕はここにあるパ-クゴルフ場でプレイするので、片道20KMを車で走り通っています。彼方には筑波山が聳える大平野ですが、古の平将門や平安末期の親鸞聖人、赤穂義士などが関係する歴史の地でもあります。健康のためにウオ-キングとスポ-ツを兼ねてパ-クゴルフをしているのですが、ゴルフをプレイすることで一万歩以上の歩数がカウントされます。この絵のようにポピ-満開の時期は花粉が飛び交っているので、クシヤミを連発し苦しみながらプレイしています。小貝川のポピ-(2019/5/16)

  • 大宰府坂本八幡宮(2019/5/24)

    中学の同窓会で九州入りしましたが、今回も予め訪れたい地域を予定に立てました。到着初日は福岡泊りとしホテルのチェツクインを済ませ、駅前のバスセンタ-から大宰府政庁跡の坂本八幡宮へ向かいました。広大な政庁敷地の奥に小さな坂本八幡宮があります。令和の元号発祥の地で一躍有名になりましたが、参拝の人が絶えません。ここは九州を統括する役所があつた所で、長官として奈良から赴任した大伴旅人が勤務した役所の跡地です。坂本八幡宮はその大伴旅人の屋敷跡だそうで、主だった役人が旅人のもとに集まり観梅の宴を催したそうです。宴に参加した官人の中には「青によし奈良の都に咲く花は匂うがごとく今盛りなり」と歌った小野老(おゆ)も居たようです。政庁の敷地内には大伴旅人達の歌った歌碑が至る所に残されていました。大伴旅人は赴任の旅を共にした奥方を早々...大宰府坂本八幡宮(2019/5/24)

  • 高岡の坂道(2019/3/17)

    何時もつくば市のある場所に行くときに通る高岡地区の坂道です。右手の水平に重なる白壁が面白くて描きました。この辺りは農村地帯で車もあまり通らない田舎道です。左手の消防車の格納庫のもっと左手には白雲寺と言う歴史を感じさせる古刹があります。坂道は平たんな景色よりも面白いので時々モチ-フとして描きます。僕の住んでいる地域は買い物、通院などすべて車でないと用が足せませんので、高齢者の交通事故の度重なる中でもハンドルを握らざるを得ません。幸いにして僕の車には急発進や車線はみだし、アクセルとブレ-キの踏み間違いを制御する装置がついているので安心感はありますが、それに頼らず慎重に運転することを心がけています。高岡の坂道(2019/3/17)

  • 旧八幡市一望(2019/5/25)

    五月下旬、佐賀市で開催される中学の最後の同窓会で九州入りした翌日、北九州市八幡へ向かいました。ここは台湾から引揚後中学校一年までのの合計12~3年間を過ごした故郷で、両親の眠るお寺にお参りして帰朝報告をしました。その後、ケ-ブルカ-で目の前にそびえる皿倉山の頂上へ行き、市街全体を懐かしく見渡すことが出来ました。今回の旅は最後の九州の旅になると思い、自分史をたどる思い出の地を予め決めたうえでのスケジュ-ルを組みました。その一か所がこの旧八幡市です・敗戦後の混乱と瓦礫と化した市街は御覧のように復興し、市内の思い出の地を目で確かめながらひと時を過ごしました。玄海灘の手前が旧若松市、そして洞海湾を眺めます。洞海湾を囲み八幡製鉄所が聳え多数の高炉かが林立し、黒鉛が絶えることがありませんでした。今はその高炉も無くなり洞海湾...旧八幡市一望(2019/5/25)

  • 佐賀市神野公園の隔林亭(2019/5/26)

    正午から始まる同窓会の前に駅前の自転車屋でレンタル自転車を借りて、神野公園へ行きました。小生が中学・高校を過ごした佐賀は勤皇方として維新に貢献した鍋島藩が統治していた所です。神野公園(こうの)は鍋島の殿様の別荘だつたそうですが、ここには現在も別荘の建物であるこの隔林亭が保存されています。当日はこの隔林亭でお茶会が開催されていて、和装の麗人達が中でお茶をたてていたようです。一度は訪ねてみたいとこの日午前中に、恐ろしく乗り心地の悪いレンタル自転車の重すぎるペダルを漕いで見学してきました。一日500円の料金を払って借りましたが、電動自転車の時代なので電動は無いのか尋ねたところレンタル回数が少なくてペイしないとのことでした。重すぎるペダルを漕ぎ疲れてホテルに戻り、汗だくになったのでシヤワ-を浴びて正午から開会の同窓会に...佐賀市神野公園の隔林亭(2019/5/26)

  • 県植物園(2019/4/29)

    この日は水彩仲間と県の植物園にやつてきました。水彩画を趣味として描き始めて19年の小生は、かっての創作意欲のペ-スもかなり落ちている最近ですが、仲間の人たちは今や描く楽しみに満ちています。小生はこの作品を早々と書き終えて一足お先に引き上げましたが、仲間の方たちは昼食後も無心に絵筆を走らせていました。四月下旬という季節でしたが、気温も高く陽射しは熱いくらいの一日でした。帰宅のハンドルを握りながら、自分も描くことが楽しくて仕方がなかったあの頃があつたなと懐かしく思い出しました。県植物園(2019/4/29)

  • ふれあい公園のポピ-(2019/5/11)

    暫く留守にしていたので、掲載が遅くなりました。小貝川の河川敷にこの公園があります。園内は野球・パ-クゴルフなどの運動施設や淡水魚水族館、そしてポピ-の咲く畑があります。まだ満開ではありませんが赤い花が開花し始めていました。遠く紫峰筑波山を望む園内は遊戯場には遠足の幼稚園児が来ていますし、お花畑にはポピ-を鑑賞したり写真を撮る人達が訪れていました。初夏を感じさせる陽気が続き満開はもうすぐだと思われます。ふれあい公園のポピ-(2019/5/11)

  • 岩谷古墳(2019/3/15)

    筑波山の尾根を貫くトンネルを抜けると石岡市八郷地区になります。高等学校の同級生KO君が住まわれている所ですが、この当たりは純農村地帯でこめ・麦だけで無く様々な果物栽培が盛んな所です。三月中旬この先にある県立フラワ-パ-クヘ行こうと通りかかり、道の左手の小高い丘の上に土饅頭があることは以前から知っていたのでこの日は確認の為車を停めて丘に登ってみました。この土饅頭に近づいて確かめてみると、なんとこれが古墳だつたのです。左奥の民家の庭先にある石室を備えた小さな古墳でした。岩谷古墳と書かれた小さな案内板があるだけなので、どんないわれがあるものなのか全く解りません。岩で覆われた石室の中には小さなお地蔵さんが数体並んでいました。今まで何度もこの土饅頭を見ながら通り過ぎていましたが、これが古墳だつたとは驚きました。スマホのマ...岩谷古墳(2019/3/15)

  • 三昧塚古墳(2019/2/2)

    彼方に筑波山を望み、左手には霞ヶ浦を望む道沿いにこの三昧塚古墳(さんまいづか)が綺麗に整備されています。前方後円墳となっていて上に登ると風景を展望することが出来ます。ここは行方市(なめがた)で、隣の鉾田市と同じく農業の盛んな所です。歴史的には幕末の京都で結成された治安組織新撰組の初代筆頭局長芹沢鴨の生家があるところです。水戸藩士と称して尊皇攘夷を掲げた天狗党の生き残りを名乗り暴れまくった芹沢鴨ですが、新撰組結成後一年も経たずして東京の三多摩地方日野発祥の天然理心流にくみする日野派の近藤勇・土方歳三らにより暗殺されました。実際は水戸藩士ではなく室町時代から続く芹沢城の領主の子孫で、浪士隊として京都に上洛したものの京都で暗殺され故郷に帰ることはありませんでした。現在も芹沢鴨の生家は、暗殺時に逃げ延びた平間重助の子孫...三昧塚古墳(2019/2/2)

  • 笠間市時鐘(2019/2/21)

    近くの笠間市は日本三大稲荷の笠間稲荷や陶芸笠間焼で有名です。又芸術の街でもあり日動美術館や北大路魯山人の旧居「春風萬里荘」があります。この時鐘は美術館近くの笠間城址に設けられ静かに聳えています。ここ笠間は江戸城の松の廊下で刃傷事件を起こした浅野内匠頭の祖父がここ笠間藩の藩主だったこともあり、この近くには赤穂藩家老大石内蔵助の旧居跡も保存されています。忠臣蔵で討ち入りした浪士の多くがこの当たりの出自で赤穂へ移つた人達だつたそうです。又、古くは平安時代末期、親鸞聖人が浄土真宗をこの地で布教開始した地でもあり、ここから福島まで布教活動を行った本拠地なのです。そんな芸術と歴史の街である笠間市は、絵の題材に恵まれているので時々訪れる所なのです。笠間市時鐘(2019/2/21)

  • 浄瑠璃寺NO4(2018/11/24)

    この絵を掲載するのを忘れていました。浄瑠璃寺入り口を入るとすぐにこの風景が目の前に現れます。静かな山城の里の森の木々に囲まれたこの本堂に、九体の仏様が鎮座しています。人工照明を一切遮断した自然光の中にこの仏像が安置され、更に吉祥天女像がたたずんでいます。遙か昔の時代から今日まで戦争や内乱の焼き討ちにあわずに保存されたことに驚きます。去年の京都の旅行に先立ちここを訪れることにして、初めてここを案内してくれた先輩を偲びながら次の訪問地京都へ向かいました。浄瑠璃寺NO4(2018/11/24)

  • 小美玉市古民家園(2019/1/28)

    茨城県の県南に位置する霞ケ浦湖畔の古墳探索をしていて、小美玉市にあるこの古民家園の看板を見つけたので見学に立ち寄りました。江戸時代の庄屋小松家の住宅だそうです。茅葺の大きな豪農の住宅で、農耕馬を建物内で飼育するように作られています。この日は休園日で、内部の見学は出来ませんでした。この辺りは水戸藩の参勤交代で宿泊する本陣や脇本陣、豪農の曲屋などが保存されていて、ドライブの途中で見つけると必ず見学しています。古墳もタブレットやスマホで検索して、見つけるとハンドルを握り訪れて見学しています。他の人からみると変な趣味だと思われるでしょうが、当人は保存された史跡建造物や古墳を発見するとすぐ見学にでかけることが楽しくて仕方がないのです。そして絵になるものはこのように水彩画に描いています。史跡や建造物の見学、水彩画そして最近...小美玉市古民家園(2019/1/28)

  • 梅満開の偕楽園(2019/3/13)

    水戸偕楽園の梅が満開ですとNHK水戸放送局の朝のニュ-スで紹介していたので、天気も良く早速偕楽園に行きました。この日は温かい日で好文亭を見上げる公園に座り、描きました。彼方の梅林の白梅がうつすらとピンクに色づいていますが、これを表現するのが難しく、何とか仕上げました。早く掲載しないと梅の季節が終わるので、今朝投稿しました。梅満開の偕楽園(2019/3/13)

  • 椿の花(2019/2/26)

    絵のお友達が椿の花を持ってきてくれたので、小さな空き瓶に生けました。そしてこれをF3サイズの小さなスケッチブックに鉛筆デッサンし、後日着彩しました。花びらの重なりをどのように表現するか苦労しましたが、何とか描きました。椿の花(2019/2/26)

  • 富士見塚古墳(2018/10/30)

    霞ケ浦沿いにこの富士見塚古墳があり、早速登ってみました。古墳の北のほうには紫峰・筑波山が霞んで見え、右手には霞ケ浦があります。関東平野の北に位置する埼玉・群馬・栃木県や太平洋岸に位置する千葉県・茨城県の平野部には古墳が大変多く、タブレットのマップで探して車が入れる古墳を見学しています。この古墳は墳丘がきれいに整備されていて駐車場もあるので車から降りて、緩やかな階段を頂上まで登ることが出来ます。綺麗に整備された古墳は発掘された埴輪や土器を展示する資料館もあり、必ず見学させて貰っています。人物埴輪や動物埴輪を眺めて観察していると、埴輪の目が何かを語りかけてくるような気がします。冬の間は寒くて屋外スケッチが難しいので、その代わりに近隣の古墳を探して見学するのも楽しみの一つなのです。富士見塚古墳(2018/10/30)

  • 浄瑠璃寺NO3(2018/10/20)

    浄土式庭園の対岸から九対仏や吉祥天女が安置された本堂を眺めました。安置された像に影響を及ぼすと言う理由で、本堂の中は電気の照明は一切無く薄暗い自然光の中で見学しました。それでも安置された仏像は金色で塗装されていたので、見えにくいと言うことはありませんでした。園内は秋の装いに彩られ、紅葉がゆつくり進んでいました。静かな京都山城の山里は、心落ち着くところでした。浄瑠璃寺NO3(2018/10/20)

  • 京都府山城・浄瑠璃寺(2018/11/20)

    浄瑠璃寺を早朝訪れました。近鉄奈良駅前からバスに乗って30-40分くらいの京都府の南端に、この寺があります。奈良はこの日の午前中しか空き時間が無かったので、観光したい場所は沢山あったのですが諦めてここだけに絞りました。早朝九時にも拘わらず近鉄バスは満員でした。数年前奈良在住の先輩に一日案内してもらったのが、この浄瑠璃寺と近くの岩船寺でした。ところが学生時代から親切に面倒を見てくれたその先輩が九月初旬に治療の甲斐無く急逝してしまったのです。、突然の急逝に衝撃を受けたのですが、亡くなる以前に京都・有馬の旅行を計画していたものですから、その旅の途次に是非この思い出の浄瑠璃寺を訪ね、その先輩を偲びたいと訪れたのです。その先輩がナポリ民謡の「カタリ・カタリ」(日本名。つれない心・うす情け)をしばしば口づさんでいた記憶があ...京都府山城・浄瑠璃寺(2018/11/20)

  • 高徳寺の銀杏(2018/11/09)

    栃木県の県境に近い袋田の滝で知られた大子町の奥に、この高徳寺があります。紅葉の季節には銀杏の大木が黄色く色づき、一面に葉っぱを当たりに敷き詰めます。今年も訪ねてみると高徳寺の木造の山門に落ち葉が降り注いでいました。このお寺は鎌倉時代のもので四本の細くなった柱で支えられています。しかも土台の部分が先細りになつていて、はなはだ心許ない状態で支えています。紅葉狩りの人もあまり訪れることもなく、静かな秋の午後でした。たしか同じアングルで数年前にも描いて掲載したと思います。昨年秋の作品なので掲載が遅くなりましたが、悪しからず-----。高徳寺の銀杏(2018/11/09)

  • 牛久浄園の大仏様(2018/10/21)

    近くにある阿見アウトレットに買い物に出かけました。アウトレットのメインストリ-トの両サイドには有名ブランドの店が軒を連ねていますが、なんとその彼方には大きな大仏様が立っていました。現代的な店とは対照的な大きな大仏様を見ることが出来ますが、大仏様は浄土真宗東本願寺派の浄園に立てられたもので広大な敷地には墓地と庭園が設けられ、花の季節には素晴しい彩りの景色を見せてくれます。早朝から洋服などの買い物をする人達は、買い物に気を取られて大仏様どころではないようです。ちなみにこの大仏様はエレベ-タ-で頭の部分まで登ることが出来、関東平野を一望出来ます。一度この光景を何時か描こうと考えていて、やつと描くことがと出来ました。牛久浄園の大仏様(2018/10/21)

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