2007年からの「チェルト君のひとりごと」は2013年4月でおしまい。今度は「パパのひとりごと」です。
僕を精神的に再構築してくれた岡野先生の13回忌の知らせが飛び込んだのは、8月の始めだった。1995年以前からの付き合いのある、先生の生徒の一人、Kさんからだった。岡野先生は2007年9月2日に沖縄で亡くなられた。その年の9月24日に市ヶ谷のアルカディアで開かれたお別れ会には、僕は仙台で心臓君の病気との戦いの最中で、とても上京できる状況ではなかった。欠席していた。結果として、ちゃんとお別れはしていなかった。<岡野先生の遺影>Kさんとの往復書簡(E-Mail)を中心に書いてみる。Kさんより岡野先生十三回忌の案内です。予定日は8月31日です。残暑が厳しい状況でしたら、ご無理をなさいませんように。僕より岡野先生の13回忌の件ですが、Kさんの情報と、僕の持っている1994~6年の研究会リストで、僕の印象に残っている方々の...岡野先生の墓参り
アジアには、あまり降りた空港はないのですが、数少ないいくつかを話しをします。<イタリアからの南周り>ミラノ→アテネ→ベイルート→ボンベイ(今のムンバイ)→サイゴン(今のホーチミン)→香港→東京という、とても長い(30時間越え)、しかも熱さと湿気に満ちた飛行でした。昔、イタリアから南回りで帰る時に、ガソリンを補給するためと途中の利用者の乗降のために着陸した空港で、僕は機内に閉じ込められていたか、ターミナルで休憩していたかのどちらかでした。外に出たことはありません。あまり快適的な旅の記憶はありませんでした。アテネでは、飛行場からパンテオン神殿が、ライトアップされているのを見て感動でした。ベイルートは、美しい街という印象でした。今の戦禍はなく、静かなアラブの夜を見た記憶があります。ボンベイでは、乗ってくる人たちが、必...海外の空港たちー13アジア
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