今日も猛暑日の東京は人形町です。丁度11時になって、時計台が動きました。景色が白っぽいです。見上げる人も暑そうです。水辺が恋しいですが、隅田川の照り返しが厳しいです。正面は佃島の超高層マンション群です。ちょっと上流から見ると景色が変わります。隅田川に浮かぶ島とは思えません。猛暑日の人形町時計台
荒川サイクリングロードを往きます。煉瓦色の路を北上します。中空を走る首都高環状線です。左に荒川を見ながら往きます。この開放感が好きです。ゴチャゴチャした下町の街かども好きです。荒川の向こうは都心の遠景です。振り返る荒川河口橋です。サイクリングロードを北上します。高速環状線を潜ります。振り返って荒川河口橋を見ます。高速環状線の橋桁下は堤防です。地元の人は「中土手」と呼んでいます。手前の中川はここで荒川に吸収されます。その中川は10kmくらい中土手を挟んで、荒川と並行して流れています。上平井水門の先で、中川は綾瀬川を吸収しています。荒川河口付近はそんな川の集合体です。お気に入りのサイクリングロードです。荒川サイクリングロードを往くー2
荒川の河口です。光の中の釣り人です。葛西臨海公園から続く荒川サイクリングロードを往きます。荒川に架かる最後の橋です。葛西臨海公園の西に造られた「カヌースラローム」の会場です。既に観客席は撤去されています。最近、江戸川区が子供向けにカヌー講習会を開催しているようです。愛好者の少ない競技です。有料にして投資費用の回収を図る事業になるのはずっと先です。競技人口を増やす事からです。橋を見ながら、荒川を遡上します。橋の下に来ました。南から、「JR京葉線鉄橋」「湾岸線橋」「首都高湾岸線橋」「湾岸道路荒川河口橋」です。葛西ジャンクションです。葛西水再生センターのプラントです。振り返ります。川向うは江東区です。この話、続きます。荒川サイクリングロードを往くー1
驚きました?!ポッカリと穴が空いていました。看板も有りません。嘘みたいです。2週間くらい前にここを通ったばかりです。店の前はいつも行列ができていました。暑い夏でも寒い冬でも並んでいました。店ごとゴッソリと有りません。店から延びていた行列が嘘のようです。調べてみたら、行列の迷惑も解消して、10月10日にここから徒歩1分の場所移転するそうです。もう、この行列は見られなくなるのだろうか?ちょっと寂しい。大塚の「おにぎりぼんご」解体中
街を走っていたら、色鮮やかな花屋に出逢いました。ハロウィンの季節がやって来ました。昨年もこの時期この店の前で停まりました。普段は目立たないけど、ハロウィンには気合いを入れるようです。店の人が出てきて、「綺麗ですね」と声を掛けたら、「どうぞ、沢山お撮りください」と言って頂きました。宣伝できるよう気合いを入れて撮りました。この店のハロウィンは、私にとって秋の風物詩になりそうです。ハロウィンの季節がやって来た。
都電の線路脇の店です。「サンモール大塚商店街」の西口です。線路を渡ります。今日の昼食処です。ちょっと覗く商店街です。線路脇の坂道に店は在ります。ゴトゴトと音がして振り向くと、ユックリ坂を上る都電です。この界隈が好きです。今日の昼食処
波乱のうちに9月場所が終わりました。横綱・大関で勝ち越したのは貴景勝1人です。場所終了後の相撲部屋を覗きます。千秋楽翌日の伊勢ヶ濱部屋です。照ノ富士が途中休場した部屋に活気はありません。応援していた彼が横綱になったとき、あと何年いや、あと何場所務められるのだろう?と喜びと心配が同居していました。膝が悪い照ノ富士は半年くらい休場して、完全復活を目指して欲しいです。同じく千秋楽翌日の時津風部屋です。いつも玄関を閉めて静かな部屋に変わりはありません。先場所カド番で11勝した正代が、まさかの逆星4勝11敗とは・・・来場所はまたカド番です。自転車の列は相撲部屋の印です。千秋楽翌日です。御嶽海の明荷が玄関に置かれています。部屋頭の御嶽海が大関を陥落してしまいました。名門出羽海部屋の一大事です。この部屋は分かり易いです...2022年9月場所が終わった。
秋空に映えるモニュメントが有りました。これって、あれに似ていますね。作風が。やっぱり!こんな場所です。公園の正面は東京ディズニーリゾートの外周道路です。白と水色のホテルです。青空に白い雲です。綺麗な初秋の風景です。躍動の門
例によって東京ディズニーリゾート外周サイクリングロードを往きます。真っ青な空が高いです。青い空の中のトイ・ストーリーホテルです。背後は秋の東京湾です。スプラッシュマウンテンの初秋風景です。振り返るサイクリングロードの向こうには都心遠景です。ミッキーマウスモノレールが行きます。実は、スプラッシュマウンテンが噴火するのを待っています。コロンビア号を見ながら待っています。さっきとは違うミッキーマウスモノレールが来ました。待ちくたびれたのでスマホで検索しました。「スプラッシュマウンテンが噴火する時間は?」「噴火は自然現象なので分かりません」(ディズニー従業員)・・・納得します。コロンビア号を見ながら自転車を漕ぎます。爽やかな空です。今日は国葬ですね。北朝鮮がミサイルを発射しそうな気がします。初秋のサイクリングロードから、
羊雲の彼方からやって来ました。左の舞浜大橋を降りた処です。右には広い駐車場とガソリンスタンドが見えます。舞浜大橋の下を横断します。その正面に「東京ディズニーリゾート」は在ります。更に南下します。羊雲の下です。気持ち良い初秋です。左の土手は江戸川の堤防です。長い歩道です。ヒルトンホテルの送迎バスです。土手に上がりました。江戸川の河口です。都心の遠景です。東京湾の秋景です。振り返ると、そこは東京ディズニーリゾートです。見上げれば羊の群れです。東京湾に浮かぶ漁船です。東京ディズニーリゾートはこんな田舎に在ります。東京ディズニーリゾートは田舎に在る。
千鳥ヶ淵脇にインド大使館が在ります。花見の時に通る路ですが、いつも桜を気にしながら歩いています。今日はゆっくり見上げました。秋の空に国旗が揺れます。その先に在る、店頭に骨董品を置いているカフェです。いつも気になっている店です。いつも花見の時期しか来ないので、満席で入れません。今日もこの後予定があるので急いでいます。相変わらず好い雰囲気です。秋の雰囲気でもあります。振り返ると、インド国旗が揺れます。ああ、秋だな。インド大使館と骨董カフェの風景
誰もが知っている花見の名所です。左右に桜が咲いて、沢山のカップルがボートに乗る千鳥ヶ淵です。暦は秋ですが、汗ばむ午後です。誰もボートに乗っていません。押し合い圧し合いここから眺めるのが春の習慣でした。いつも桜並木の人混みを歩きました。・・・誰も居ません。嘘みたいな景色です。でも、とても静かで緑豊かな遊歩道です。ここ、秋も好いです。ボート乗り場の上の展望台から靖国通りまで車道を自転車で走ったら、意外なほど長い距離でした。ここを花見の興奮で、喜々として歩いて往復していたんですね。火事場の馬鹿力みたいな・・・?この時期の千鳥ヶ淵
根岸子規庵から葬送の道を踏んでやって来ました。田端の大龍寺です。門前に石碑が有るので分かります。子規居士墓所です。中央に子規、右に母八重、左に妹律が養子を取って繋いだ正岡家累代の墓です。向き合います。以前TVで、人はどうして有名人の墓を訪れるのですか?との問い掛けがありました。・・・語らいに来るのでしょうね。家族の墓と同様に。「台風は大丈夫でしたか?」から始まります。・・・やがて自分にも語り掛けます。卒塔婆が新しいです。没後120年の法要を済ませたばかりです。生誕155年でもあります。供花がまだ新しいです。竹藪に囲まれています。子規庵のようです。子規が書いた墓標です。何度も読みましたが、今日も読みます。「正岡常規又の名は虎之助またの名は升又の名は子規又の名は獺祭書屋主人又の名は竹の里人伊予松山に生まれし東...糸瓜忌につき正岡子規を訪ねて
正岡子規葬送の道をなぞって大龍寺のお墓に向かっています。ここ赤紙仁王前の路が葬送の道です。仁王像を見て驚きました。こちら「あ像」ですが、全身を覆っていた赤紙が剥がれています。台風で飛ばされたようです。足の1枚と胸元に有る2枚は、台風通過後に貼られた物でしょうか?「ん像」も同様です。「あ像」の背中です。台風の風の強さを物語ります。「ん像」も同様です。・・・と言いつつ、赤紙を貼るところが無くなるので、定期的に剥がすのだろうか?と思う私が居ます。だとしたら、稀なタイミングに遭遇したことになります。〈平素の赤紙仁王像〉赤紙仁王台風14号の被害跡?
日暮里駅前商栄会の路は、正岡子規葬送の道です。子規のお墓に向かっています。踏み切りに捕まりました。JR常磐線です。通過したのに遮断機が上がりません。電車が通り過ぎます。踏み切りの中央で止まりました。日暮里駅方面です。三河島方面です。上は京成本線です。子規の葬送の時には無かった線路ですが、ここ都会らしくなくて、ちょっと好きです。日暮里の踏み切りで、
正岡子規は庭に沢山の花を植えました。病室から眺める為です。この季節の花を廻ります。白萩です。糸瓜です。実が有りません。彼岸花です。鶏頭です。子規は紅い花が好きだったそうです。糸瓜忌のヘチマ棚です。子規の病室です。縁側から見る庭です。子規の病室です。この机に座って俳句を作り、花の絵を書きました。・・・やがて寝たきりになります。もう少しで35歳の死でした。糸瓜棚を探します。小さな実を見つけました。縁側には蚊取り線香と、昨年の糸瓜でしょうか?・・・探します。ここにも有りました。逆光が美しいです。今年はたった2つの糸瓜です。コロナ禍で永く閉鎖していた子規庵です。十分な手入れをしていない、とボランティアさんが言っていました。冒頭のパンフレットに書いていました。「心が元気になる場所。」らしいですが、私にはピンときませ...子規庵の庭から
先日19日、正岡子規の命日だったのに、台風14号でびしょ濡れになって子規庵に上がれませんでした。で、再びやって来ました。逆光の根岸子規庵です。あれれ!?昼休みです。天気予報は明日雨です。30分くらい待ちます。パンフレットを読みます。(この絵覚えておいて下さい。後で役立ちます)説明板を読んで時間を潰します。こんな事をしていたら、私以外に7人並びました。流行っている蕎麦屋みたいです。子規の部屋から見た庭です。(2つ前のパンフレットと比べたら、今年は糸瓜が有りません)子規の机から見る庭です。前の写真と合わせて、子規の目線です。さて、庭に降ります。芙蓉の花から見ます。「子規の朝顔」です。ミニ柘榴です。手水鉢には青紅葉とヘ糸瓜の黄色い花です。子規庵を眺めます。この話、続きます。2022年の「糸瓜忌」再び
向日葵と観覧車です。花が終わりました。名残り惜しい景色です。一方で、待っていた秋の空です。夏の終りです。夏の終りの観覧車
木漏れ陽の遊歩道を往きます。視界が開けました。海です。東京湾と初秋の空です。江戸川の向こうは夢の国です。再び遊歩道を往きます。視界が開けました。観覧車と水族館です。背後は東京ディズニーリゾートです。初秋の空です。葛西臨海公園の初秋です。木漏れ陽の遊歩道を往くと、
林間の遊歩道に彼岸花が咲いていました。向こうは東京ディズニーリゾートです。こちらにも。木漏れ陽が印象的です。好いです。木漏れ陽の彼岸花
コロナ禍は世界の経済を大きく停滞させました。特に飲食業に与えた影響が大きく、国は支援金を給付して対応しました。今、が気になります。路地を行きます。いつも素敵な景色だと思っています。夜はもっと魅力的なんでしょうね。路地の中ほどに在る狭い横断通路です。1番街から5番街迄通じています。梯子酒する客にはとても便利な通路です。危なかっしくも見えます。酒類らしい物を運ぶ人が居ます。活気が戻って来ているような光景です。1番街も行きます。さっきの通路です。酔って通ったら怪我しそうです。仕事で急ぎ足の人が居ます。活気が戻ってきているのだと思います。ゴールデン街の東は花園神社です。空は秋の色です。新宿ゴールデン街を覗いてみた。
9月19日は正岡子規の命日です。台風14号が接近している中、雨の根岸にやって来ました。途中豪雨に叩かれて雨宿りした後、小雨になったのを見計らってやって来ました。でも入りません。というか、入れません。膝から下が靴の中まで、雨でグジュグジュです。・・・帰ります。2022年の「糸瓜忌」
回向院正面の国技館通りを、横綱力士碑を見ながら行きます。これらはモデルが居るのでしょうか?一番新しい横綱力士碑です。台座には、一番新しい引退横綱白鳳の手形です。国技館前は随分人が増えました。一応、「入待ち出待ち禁止」のプラカードは出ていますが、ファンは頓着していないように見えます。見上げる秋の空です。力士幟が艶やかです。入場口に向う人の群れです。今、午後3時前です。十両・幕内の取り組みが始まります。今場所は三役力士以上に全勝者が居ません。混沌としていて優勝力士の予想が難しいです。平幕のベテラン玉鷲が元気です。2度目の優勝がありそうです。混戦は面白いですが、上位陣の不甲斐なさの結果です。別名秋場所とは言えまだ暑いです。プラカード持ちが水分を摂ります。家でTV観戦しようと帰りかけたら、場所入りする正代関と出逢...9月場所が酣
道標です。左は「王子街道」、右は「いも坂」です。上野の山に続きます。戊辰戦争で敗れて山に籠もった幕軍の彰義隊はこの坂を落ちてきて、羽二重団子の敷地に刀装甲冑を投げ捨てて、王子街道を落ちて行ったそうです。坂の下に正岡子規の句碑が有ります。「いも坂も団子も月のゆかりかな」「団子の由来」も有ります。正岡子規だけでなく、夏目漱石も、森鴎外も贔屓にした団子屋です。数年前にビルに建て変わった老舗です。この店になってから入った事はありません。昨年も、一昨年も、この氷の幟暖簾が風に揺れるのを眺めていました。夏季限定の白い暖簾を潜ります。9月19日は正岡子規の命日です。店の前の王子街道は子規葬送の道です。根岸の子規庵から田端の大龍寺までこの道を往きました。「氷ゆず」にしました。シロップを掛けたら氷が歪に変形しました。まあ、...羽二重団子で食べるかき氷
おや?店頭に居ません。正面の風情です。屋根の色が変わりました。商品棚に並ぶ駄菓子です。このタイミングで現れました。煎餅を齧りつつ、ラムネを飲みながらお婆ちゃんと話します。いつものように話題は多岐に渡ります。季節の移ろいの話。屋根の修理がまだ終わっていない話。売上が減った話。子供がコロナ以来少なくなった話。消費税の話。コンビニとの競合の話。コロナワクチン接種の話、等々。・・・やがてお客さんが来ました。店頭を譲ります。やっぱりお客さんが居る風景が良いですね。上川口屋の初秋
朝晩は涼しいこの頃ですが、日中は地面に落ちる影がまだまだ濃い風景です。木漏れ陽の参道です。まだ夏の風情です。いつも見る欅の木漏れ陽は、位置が高いです。季節の移ろいで陽が傾いているのでしょうか?それでも陽射しが濃いです。参道を振り返ります。さて、鬼子母神へ行きます。まだ秋らしくない鬼子母神参道
先般「滝見不動」に遭遇した帰り道に出逢った旧醸造試験第一工場です。その存在は知っていて、ずっと前にブログに報告しました。その当時は石神井川の近くだ、とのみの認識でしたが、先般の遭遇でやっと私の中で点と点が繋がりました。これで何処からでも行けます。久しぶりに訪問します。說明板を読みます。「重要文化財旧醸造試験場第一工場旧醸造試験場第一は、『赤煉瓦酒造工場』とも呼ばれる煉瓦でできた建造物です。1904年大蔵省(現在の財務省)に創設された醸造試験場の酒類試験工場として、日本酒等の醸造技術の近代化と発展に多大な貢献をしてきました。明治初期の貴重な赤煉瓦建築物として2014年12月に国の重要文化財に指定され、壁や天井には実用的で美しいアーチが多数あります。設計は妻木頼黄(つまきよりなか)です。」工場の中が覗けます。...旧醸造試験場第一工場
根津神社に銀杏の木は少ないですが、樹は大きいです。こんなにギンナンが落ちています。これ、踏むと靴が臭くなります。多過ぎて避けられません。パキパキと踏み鳴らして自転車は行きます。根津神社のギンナン
台風の影響でちょっと下り坂の空模様です。祭提灯が掲げられています。舞殿です。ここも祭りの準備中です。各地で中断していた行事が再開されつつあります。こんなスケジュールです。けっこう広い範囲に氏子を持っているようです。根津神社も例大祭を開催するそうです。
今年も咲きました。近所の公園です。やっぱり季節は廻っています。朝晩は涼しいです。紅白の彼岸花咲く
エリザベス女王が崩御しました。歴史に裏打ちされた英国の荘厳な葬送でした。・・・残暑の陽射しが眩しい午後です。北の丸公園へ行きます。門の向こうを覗きます。自転車を押して潜ります。自転車を押して入っても良いのだろうか?辺りに駐輪場は無いのだろうか?正面には武道館の屋根が見えます。ここは旧江戸城です。皇居と同じ域内に在ります。自転車を押して門前に来たら、後ろから、子供を前席に乗せたママチャリ数台に追い越されました。この近所に住んでいる人々は、門前で「下馬」しないんですね!?シュッと乗り込んで、サッと去って行きました。徳川家の子孫か皇族の末裔でしょうか?普段不遜な私がちょっと驚きました。ここは只の公園なんですね。でも、この田安門を自転車でねえ・・・?武道館です!我々の世代にはビートルズの来日コンサートが行われた場...アイドルのコンサート準備中の武道館
下町人情キラキラ橘商店街の北側入り口で工事中の建物が完成しました。急に明るい景色になりました。大きなスーパーマーケットのようです。こういった何でも揃う店舗は、商店街の既存専門店の家業を圧迫するのではないでしょうか?商店街は、客が専門店の集団を巡回して夫々で買う事で成り立つのではないでしょうか?誘致したことで自分の首を絞めることにならなければ良いのですが、、まあ、明るい商店街の入り口になりました。工事中の様子です。工事前の建物です。喫茶とパン屋だったんですね。あ、花屋も併設していた?こうして街が変りましたが、さて、、?商店街に新たに出来たもの
昨夜エリザベス女王の葬送のニュースを見ました。さすがは大英帝国の国葬です。荘厳かつ華やかに執り行われていました。・・・その日、散策の途中で在日英国大使館を訪れました。先ず、道路の反対側から訪れました。正門前の白いものは献花だと思います。ぐるりと回って横断歩道を渡ります。英国大使館前の歩道は門の所が階段になっています。自転車・車椅子用の木の下道を行きます。長い行列があります。弔問の列でしょうか?とりあえず正門へ行ってみます。正門の貼り紙です。「本日の受付は終了いたしました」と、もっと大きな貼り紙には、和文と英文で「エリザベス二世女王陛下の崩御の報に接し一般の方々を対象とした駐日英国大使館での記帳の開設についてご案内いたします日程:9月12日(月)~16日(金)時間:午後2時〜4時」と有ります。さっきの樹下の...エリザベス女王弔問/英国大使館
京成立石駅前の仲見世商店街です。人も疎らな平日の昼過ぎはです。もつ焼き屋に人だかりがあります。開店は14時です。皆さん開店を待っています。商店街を行きます。惣菜屋さんです。もう客は居ません。「衣食住」と言いますが、最後に残る商売は衣と食ですね。仲見世の終点です。前面道路は奥戸街道です。「奥戸せんべい」が目印です。もうアーケードの飾りもしなくなりました。商店組合の活動も停滞しています。見上げるアーケードの入り口です。商店街よ頑張れ!平日の昼過ぎはこんなもの
私の自転車散策とは、2度と行かない、行こうと思っても行けない街が沢山有ります。方向音痴の上に行き当たりばったりなので、後からフォローできません。自分の行動を撮ってみました。滝野川6丁目の路地を行きます。こんな路地散策が好きです。途中商店街を横切りました。ずっと以前に遭遇した商店街です。前回行かなかった路地です。商店街の枝道が終了です。そこは板橋でした。1丁目なので、板橋の始まりです。路地の右側が滝野川です。この路地が街境で、北区と板橋区の区界です!路地の先は国道17号線です。道路の上は首都高速中央環状線が走ります。そして道路の下は、地下鉄都営三田線が走っているのです。こんな立地です。路地裏といっても都市交通の先端にあったりして、案外侮れないなのが東京の路地裏です。・・・で、やっぱり2度と行けません。滝野川6丁目から板橋1丁目
石神井川の右岸を下りながら散策していたらこんな案内柱が有りました。現在の石神井川は桜の名所ですが、飛鳥山に桜を植えて庶民に花見の習慣を広めた8代将軍徳川吉宗は、同時に石神井川に紅葉を植えて紅葉狩りの名所としたそうです。そして石神井川はこの界隈で名前を変えて「滝野川」と呼ばれ、飛鳥山近くでは将軍吉宗の故郷和歌山に在る川の名前を付けたそうです。それが「音無川」だそうです。こんな話を覚えていました。晩夏の光溢れる緑の公園です。途中こんな大きな庭の有る民家が在りました。この家の設計の素晴らしいのは、庭の奥にこの「さくら緑地」を配して、更に借景としています。ここが緑地の一番奥のようです。案内板に描かれていたようにU字にカーブして広くなっています。思ったより石神井川から近いです。これなら気軽に寄り道できます。緑の深さ...「音無さくら緑地」を行ってみた。
残暑が続く東京です。ミストシャワーが稼働していました。助かります。北千住駅前商店街「きたろーど1010」の歩道です。いつまでやってくれるのだろう?自転車散策人にはオアシスですが、今年はもう終わりかな?晩夏のミストシャワー/北千住
帝釋天の人出を避けてやって来ました。晩夏の草木が繁って、見上げる空は秋の色です。あれっ!?竹竿が短くなりました。風に折られたのだろうか?今日は風がありませんが、川端は強風が吹きます。渡し舟を待っています。晩夏の渡し場です。桟橋は相変わらず危なっかしくかつ寂びた風情です。いつもの場所で舟の到着を待ちます。木々が繁り過ぎです。風情はありますが、視界が極端に狭いです。船が現れました。・・・もう少し木の枝を剪定しないものだろうか?一応観光地なのだから。上流から下って、ぐるりと回って桟橋に近付きます。着桟しました。二人下りて二人乗りました。舟が出ます。すぐに隠れました。船頭もよく見えません。でも、風情があります。場所を移動して見送ります。舟が下って来て、桟橋前から眺めます。晩夏の渡しです。晩夏の「矢切の渡し」
川魚料亭川甚の今です。この正面に本館が建っていて江戸川土手が見えませんでした。今は素通しです。ここに何も無い風景は初めて見ます。やっぱり寂しい風景です。解体工事中の記事はこちら。現在残っている建物は、葛飾区が引き取って展示場にする計画だそうです。「川甚」の今
すっかり秋の風情になった国技館です。ここの銀杏はいつも黄葉が早いです。9月場所前日の風景です。あ~秋場所だなあ、と思う景色です。すっかり準備が整いました。空は羊雲でしょうか?番付け順に並ぶ力士の幟です。この幟の行列は、もう大相撲開催中の景色です。初日は開始時間が少し早いです。ポスターは横綱照ノ富士です。当然優勝候補です。照ノ富士の伊勢ヶ濱部屋です。勝負の世界らしく、複数所有する車のナンバーは全て1番です。・・・10日ほど前この空きスペースで、照ノ富士が紋付き袴姿で椅子に座ってインタビューを受けていました。紋付き袴なら普通座敷でしょうに?ちょっと違和感を覚えました。なんだろう?未だ放送されていないので急を告げる話題ではないようです。そのうち放送されてその理由が分かると思います。勿論照ノ富士を応援しますが、元...9月場所が始まる。
帝釋天参道入口の信号待ちです。かつての人混みが戻ってきた感じです。賑わいの参道を、自転車を押して行きます。自転車で自在に走り回ったのはほんのこの間の事です。店を冷やかしながら行きます。帝釋天山門です。今日はお参りしません。鐘楼の上は秋の空です。このままコロナが収束すれば良いな。帝釋天参道を行く。
コインランドリー脇の踏み切りを渡ります。渡った路地は、「柴又親商会」の南端です。踏み切りから覗きます。あのホームが柴又駅です。失恋した寅さんが旅に出るホームです。商店街を行きます。人出がありません。少し人が見え始めます。突然の人出です。この界隈に集中しています。柴又駅前広場です。寅さん像が人気です。写真を撮ろうにも、人が居なくなるタイミングが難しいです。当然さくら像も大人気です。旅立つ兄と見送る妹像です。駅前広場には人が溢れています。コロナウイルスを気にする度合いが大幅に減少しています。さて、帝釋天へ行きます。柴又へ行く。
「ミルクブルーハワイ」です。涼しげでしょう!前回「ミルクイチゴ」を食べながら見ていた隣の女性の「ブルーハワイ」が綺麗でした。メニューに無いけどシロップの範囲で作ってくれます。「スイ」以外は味もイチゴと一緒だし・・・。そうそう、大盛りも作ってくれます。子供の頃には無かったブルーハワイですが、食べる途中も涼しげで、朱いテーブルによく映えます。・・・今日も氷の山を崩す時にこぼしてしまいました。こぼさないで食べるのは難しいです。「日の出屋」で食べるかき氷−2
旧中川の土手に「逆井の渡し跡」碑が有ります。猫じゃらしが揺れて秋の風情です。説明板を読みます。「江東区登録史跡逆井の渡し跡逆井の渡しは、江戸時代から明治時代の初期まで中川にあった渡しで、亀戸村(江東区)と西小松川村(江戸川区)を結んでいました。もとは逆井村(西小松川村の北隣)と亀戸村を結んでいたため、逆井の渡しと称されました。この場所は、万治二年(1659)に開削された竪川の北岸沿いに通る佐倉道と中川の合流点であり、江戸と下総方面をつなぐ交通の要所でした。川幅は四十間(約73m)ほどで、船は二艘が備えられ、一艘は亀戸村、一艘は西小松川村持ちでした。(『新編武蔵国風土記稿』)。開設時期の詳細は不明ですが、延宝八年(1680)の『江戸方角安見図』には、『総州さくら海道』(佐倉道)と中川が結節する地点に、『小松...逆井の渡し跡
曇り空の下で行われました。我々はお手伝いボランティアです。右奥にスタンドが見えます。ここはオリ・パラのカヌースプリント競技場でした。オリ・パラと同じコースで子供達が競い合います。オリ・パラのスポンサーに採用される為の賄賂問題があったと世間が賑わっていますが、競技場の費用も問題になりました。一部競技場が取り壊されましたが、この競技場は継続使用されます。壊すにも金が要るし、維持継続にも金が要る。それなら先ず、使わなくては!とアイドルのコンサート等を広い駐車場で行っているようですが、本来はカヌーの為の施設です。いずれにしろ赤字(こども大会で入場料は取れません)ですが、スポーツ振興の用途に使うのがベストです。カヌーは競技人口が少ない競技です。それならとばかりに、「水彩都市」江東区は毎年子供大会を開催して、競技人口...海の森競技場こどもカヌー大会
「王貞治記念碑」が有る本所中学からこんな場所に来ました。こんな狭い野球場です。下町らしく低地に在ります。「隅田公園少年野球場」です。別名「王貞治球場」です。説明碑が有ります。球場入口正面にスカイツリーがそびえます。麓は向島の花街です。あの向こうの本所中学校からやって来ました。王さんが遊んだ球場です。日本で最初の少年野球場です。食べ物も貧しかった戦後の焼け跡に、大人達が一所懸命造った野球場です。子供達の歓声が大人達を励まし、平和を実感させたことと思います。隣には東京名物「言問団子」が在ります。貧しかったであろう王貞治少年が、初めて言問団子を食べたのは幾つの頃だったのだろう?隅田公園少年野球場(王貞治球場)
駒形橋を西に渡った所に案内板が有ります。偶々行き当たりました。もう随分昔から有るのですが、時々書き換えているのか、他の案内板に比べると綺麗です。「下町ウォッチャー」を目指している私は、最近散策対象がマンネリ化していると自覚しています。そんなこともあって、染み染みと眺めました。新規開拓の参考にしようと考えました。「将棋名人木村義雄住居跡」その人を知らないので興味が湧きません。「平岡熙の墓」?何した人でしょうか?「浩養園」を知らないので跡地に興味はありません。「夜寉井銘の碑」って何?「大石三平の墓」って誰?「六面地蔵塔」って何?「ちいさな硝子の本の博物館」はちょっと興味あり。「篠塚地蔵と縁日」もちょっと興味あり。知らない事ばかりに驚くと共に、名所の多さにも驚きます。流石は古い街本所です。困っていたら、中央の上...「王貞治記念碑」を見に行く。
コインランドリーから稲荷湯の全体像を見ています。左には住居でしょうか?・・・そうそう、煙突を見なければいけません。ああ、懐かしい、長屋です。振り返る長屋です。稲荷湯は長屋も持っているようです。往時は町の中心的存在だったのだろうと思わせます。長屋を過ぎたら狭い路地が在りました。上部を切られた煙突が現れました。入って行きます。煙突です。しげしげと見上げました。歴史を纏った姿です。この奥がボイラーで、入っていくと最初に見た庭に出られそうですが、行きません。人様の土地です。路地を出て長屋に戻りました。そこにはこんな物が貼られていました。この長屋を保存する為のクラウドファンディングの募集告知です。先ほど見た銭湯の玄関脇には「登録有形文化財」となっていましたが、長屋は対象外なのでしょうか?・・・文化財に登録されても、...滝野川「稲荷湯」と長屋クラウドファンディング
滝野川の路地を適当入ったら銭湯に出逢いました。ラッキーです。こちらがボイラーのようです。正面奥に煙突が見えます。半分位に切った煙突です。後で行ってみます。玄関へ行きます。大きくて立派な銭湯です。銭湯はめでたい名前を付けます。「稲荷湯」の名前とこの建物から、歴史ある老舗とお見受けします。今日は定休日のようです。風情を眺めます。ん?これは?・・・そうでしょうねえ。コインランドリーです。洗濯槽の数も多いです。振り返ります。この話、続きます。滝野川に「稲荷湯」の在る風景
曇り空の下で行われました。我々はボランティアです。右奥にスタンドが見えます。ここはオリ・パラのカヌースプリント競技場でした。オリ・パラのスポンサーに採用される為の賄賂問題で世間が賑わっていますが、競技場の費用も問題になりました。一部競技場が取り壊されましたが、この競技場は継続使用されます。壊すにも金が要るし、継続使用にも金が要る。それなら先ず、使わなくては!とアイドルイベント等行っているようですが、本来はカヌー施設の利用がマストです。カヌーは競技人口が少ない競技です。それなら江東区の主催で子供大会を開催して、競技人口の底辺拡大を図っています。底辺が小さい中、江東区の中・高生は全国でも有数の競技とし海の森競技場こどもカヌー大会
最近東京は天気が悪いです。涼しくなって散策には良い気温ですが、雨っぽいのが困りものです。向島の小さな交差点に質店が佇んでいます。この風景が好きです。暖簾を新しくしてしばらく経ちます。でも、好い感じに褪せてきました。以前は暖簾の文字が日に灼けて判読不能でした。「佐野屋」が屋号で、「遠藤」が名字だと推察します。暖簾の真ん中の「山喜」何でしょうか?質店が凄い勢いで廃業していきました。質草が無くてもお金を借りれる時代です。いつまでも、とは言いません。私が散策できる間は頑張ってください。楽しみが無くなります。向島の路地に「質遠藤」の在る風景
珈琲モカが西陽に眩しいです。千住桜木の墨堤通りです。東京らしくは見えないけど、残暑が厳しい東京風景です。晩夏の「珈琲モカ」
ツクツクボウシが鳴く東京です。滝野川6丁目の旧中山道を走っていたらこんな立看板が有りました。いつも気にしている店ではあります。なんと、115周年ですか!100年以上続いている会社はほんの数%に過ぎないと聞いたことがあります。立派です。晩夏の陽射しが眩しい「亀の子束子西尾商店」です。こんな大きな蝉が居ました。もっと早く、夏の盛りに見たかったです。束子製です。建物も個性的で、クラシカルで好きです。玄関ドア前には古い亀の置物です。こちらの立看板は、「水につけるとしっとりと柔らかくなるサイザル麻“サトオ”さんシリーズ」らしいです。一度使ってみたくなります。入ってみようかな?そうそう、この会社はお昼休み中は営業しないんです。立派です。良い人材が集まると思います。見上げた会社です。また来ます。・・・これが鳴いたら五月...晩夏の蝉は束子製
もつ焼き江戸ツ子の奥は「呑んべ横丁」です。居酒屋の路地を若い女性が行きます。シルエットが好いです。ヒルカラもやっています。営業中はあいみょんの写真を出します。向かいは営業中の有無に関わらず、いつも写真を貼り出しています。「マツコ立寄所」のシールは本人が作って貼っているのでしょうか?内藤大助さんはテレビ画面を写したものです。よく下町でみる商法です。奥へ行きます。2階は住居です。振り返ります。通り抜けて振り返ります。解体されて半分になった呑み屋街です。この景色、いつまで見られるのでしょうか?呑んべ横丁の午後
京成立石はもつ焼きの聖地です。駅周辺に沢山のもつ焼き屋が在ります。その中でもここ「江戸ッ子」は最大の店舗です。店に入らないでは帰れない、「関所」です。こんな関所はどこの職場の近くにもあると思います。開店前です。すぐに開店できる態勢です。中では仕込みの音がしています。この広さです。行列の目印です。ここから入店します。近隣住民への配慮も大切です。さぞかし賑やかになるのでしょうね。さて、店の奥に行きます。この奥も、ある意味関所です。立石の関所「もつ焼き江戸ッ子」
もう20年くらい、いつまでこの姿を見られるのだろうと眺めています。いつも人の気配がありません。でも、ガラス戸の貼り紙が時々替わります。根津神社の表参道です。いつまでもここに居てください。武田屏風表具襖額店の在る風景
暑い日は餃子です。天気が不順で時々夏に戻る東京です。服装に困ります。ちょっと油断していたら並んでいます。向こうからカップが来ます。あっ!?また並ばれてしまいました。開き直ってスナップを撮ります。未だ行列は短いですが、コロナ禍を忘れかけた繁盛ぶりです。冬が心配です。大流行しないだろうか?残暑厳しい日の「亀戸ぎょうざ」
荒川下流のサイクリングロードです。土手の草が伸びています。草は実りの季節です。作業車がいました。草刈りの真っ最中です。田畑所有者は分かります。このタイミングで草刈りしないと、種が実ったらドバトが繁殖します。草が伸び切って実る前に刈る。河川の管理のコツですね。荒川を跨ぐ東西線の鉄橋です。江東区と江戸川区を結ぶ葛西橋です。田舎では稲刈りの準備をしている頃でしょうか?晩夏の風景です。晩夏の荒川河川敷草刈り
ロックゲートの表示が「通航可」になりました。タグボートの綱がピンと張りました。曳船です。エンジン全開です。曳船のスクリューが立てる波を押しのけて艀が動きました。曳船が頑張ります。エンジンから煙を吐いて頑張ります。押船が艀にくっついて現れました。押船が押します。監視船?はのんびりと付いて行きます。押船のエンジンも煙を吐きます。ゆっくりと監視船?が行きます。船団がロックゲートを出て行きます。入閘から出閘まで10分位いの出来事です。荒川に出ました。中空に首都高速都心環状線が横切る景色です。荒川と同じ水位を湛えた閘室です。静寂が戻りました。荒川で船団を整えています。水上は右側通行です。下流へ向うようです。たった10分の光景を、こんなに永く話ました。お付き合いありがとうございました。荒川ロックゲートを船が通航する様子−3
移動して船団の背後に来ました。正面が荒川側の水門です。ここはこのように見学できるようになっています。船団の構成です。艀の後ろにタグボートがくっついています。たぶん押船です。最後尾は監視船?でしょうか?水位が上がっています。私は又移動します。あの旧中川側の水門の左の、緑の坂を下って閘室の間近に来ました。荒川側の水門近くです。水が湧き上がっています。水圧に押されてタグボートが動きます。運転手は位置を保ちます。エンジンが無い艀はタグボートに任せて、のんびりと水位が上がるのを待ちます。閘室上の表示は「水位調整中」です。タグボートが位置を保ちます。・・・それにしても、今日の水は汚いです。閘室を水が掻き回すので尚更だと思います。荒川の水位に近づきました。今日の水位差は1,2mくらいです。多いときは2mくらいになります...荒川ロックゲートを船が通航する様子−2
荒川を散策するときは必ず荒川ロックゲートを覗きます。河川敷のサイクリングロードが閘門を越える構造で上り坂になっており、上がり切ったらしんどくて必然的に休憩したくなります。今日は大物が閘門内に入っていました。前方の旧中川ゲートから来て背後の荒川に抜ける小さな船団です。艀です。こんな大きな艀が旧中川を通るのは珍しいです。向こう側のゲートが開いているので、入って来たばかりの絶好のタイミングです。先頭のタグボートを見下ろします。ロープをピンと張って艀を固定しています。右の壁に水位を示しています。現在海抜−0,7m位いです。・・・今日の水は汚い。背後(旧中川側)のゲートが締まりました。荒川ロックゲートは扇橋閘門と同じ原理です。旧中川水系(小名木川を含む)より水位が高い荒川(荒川ロックゲート)や隅田川(扇橋閘門)を通...荒川ロックゲートを船が通航する様子−1
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今日も猛暑日の東京は人形町です。丁度11時になって、時計台が動きました。景色が白っぽいです。見上げる人も暑そうです。水辺が恋しいですが、隅田川の照り返しが厳しいです。正面は佃島の超高層マンション群です。ちょっと上流から見ると景色が変わります。隅田川に浮かぶ島とは思えません。猛暑日の人形町時計台
交差点の向こうに好い感じの店が在ります。ちょっと左には田中角栄邸が在る目白通りです。「鳳山酒店」です。よく見ると、二階の窓の所にも看板が有ります。「鳳」の文字が無くなっています。店の隣の路地です。その先は坂です。こんな急坂です。自転車で下るのが怖いくらいの坂です。東京には「富士見坂」があちこちに在ります。山坂が多い土地であると同時に、高層ビルなど無かったので、あちこちから富士山が遠望できたのでしょうね。すぐ先の古い家屋の所で坂が二つに分かれています。いわゆる車道と歩道です。今日は左側の石段を行くことにしました。初めて通ります。それにしても凄い蔦屋敷です。自転車を押して坂を下ります。正面に、新宿のドコモビルが見えます。相当の高低差です。坂を下りました。目白台の下の路地です。銭湯がある町です。鳳山酒店と目白富士見坂の風景
この路地は約20年間、私の散策路でした。週に1回は通っていますが、伊勢ヶ濱部屋が在ったらばこその散策路でした。シーサーしか残っていません。ここでは稽古後の相撲取りが屯して居ました。7人も関取が居ました。自動車も有りません。もっとも、今は名古屋場所前なので、普通なら名古屋に行っているのを知っていますが、やっぱり寂しい景色です。看板が有りません。伊勢ヶ濱親方が元横綱照ノ富士に代わって、伊勢ヶ濱親方は、元横綱白鵬が持っていた宮城野親方に代わりました。この家は、もう相撲部屋じゃなくて、杉野森さん(宮城野親方の本名)の自宅なんですね。ところが、親方が丹精して育てていた盆栽も有りません。どうしたんだろう?国技館の掲示板です。もうすぐ名古屋場所が始まります。両国は真夏です。商売に熱心な(成功した)大相撲関係者も居ます。...伊勢ヶ濱部屋の移転
毎日暑い東京です。墨田区を走っていて遭遇しました。立派な蔵を持っています。これは大店です。商店街を初めとする古いものが好きです。質店もその一つです。でも、こんな大きな質店は初めてです。私が知っている質店は、路地裏でしっとりと営んでいたりします。じっくり眺めました。こちらは、いわゆる「質流れ品」を販売するセクションみたいです。ショーウインドウです。硝子が反射してちょと見難いですが、これらはマイセンですね。お宝です。角に看板が有ります。角を曲がっても店です。こちらが質入れ口のようです。見上げる看板は「元禄2年」の創業です。西暦1689年です。これは、老舗だ!300年以上の歴史があります。そして、驚きました。広くて写真1枚に収まりません。良く見ると、大きな蔵が2棟在ります。こちらが住居でしょうか?とんでもない家...緑1丁目の「質フクシマ」
両国橋から隅田川が見えます。水上警察の船が居ました。その先を見ると、沢山の屋形船が川下に向かっています。何だろう?推測します。夏のイベントの準備だと思います。東京の夏と言えば花火大会です。だとしたら、「隅田川花火大会」ではないように思います。あれって、ここ両国より上流で行われるもの。7月の初めであり、隅田川の下流で行われるのであれば、「東京湾花火大会」です。そうに違いありません。そしてこれは、屋形船の「今年の陣割り」、つまり誰がどの位置で係留するかを決める日だったのではないでしょうか?東京の夏祭りが始まっています。はてなblogでは、駄菓子屋のお婆ちゃんTV出演の話です。⇒荒川三歩東京に夏祭りが始まる予兆
羽二重団子にかき氷の幟暖簾が出ました!いつもの席に座ります。愛車が見えます。客は私だけだったのですが、かき氷を食べ始めたら満席及び空席待ちになりました。私は「福の神」・「幸せ配達人」です。今年初めてのかき氷です。掘り進めると、ほんのりと黄色が現れました。「氷ゆず」を食べています。ふと気が付きました。私、ここでは「氷ゆず」しか食べておらず、他の店でも同じものしか食べていません。しかも、夫々別のものを食べているのです。あの店ではこれ、と決めている訳ではないけど、そうなっています。同じ店で食べ比べて、その店の一番美味しいものを決めれば良いのに、と思いました。往来する人々を眺めながら食べます。食べている処を眺められています。薄く小さくスライスしたゆずの皮も入っていて、上品な甘さにちょっと苦味もあって、好みの味です...「羽二重団子」で「かき氷」
南千住は、松尾芭蕉が「おくのほそ道」への旅立ちの際に、隅田川から上陸した地です。矢印に従って、行きます。現在の「千住大橋」です。「せんじゅこばし」です。この先が「お上がり場」です。大橋の真下です。徳川家康と伊達政宗の工事の痕跡が残っているようです。大橋を抜けた場所が「お上がり場」です。松尾芭蕉だけでなく、大名や将軍家、日光門主等々が、隅田川から上陸した場所です。戻りましょう。・・・こちら側は「千住小橋」の表記になっています。何かの機会に読んだ記憶があります。橋に書かれた土地を含む名称は、その集落への入り口は漢字で、出口はひらがなで表記したそうです。ここが千住への入り口です(他の橋も気にして見ていますが、現在は左右に漢字とひらがなの表記が多いです)。上流側の堤防です。縁の多い場所のようです。現在は高層マンシ...「おくのほそ道」矢立始めの地
上品な茅の輪ではなく、なんかこう「荒ぶる神」らしい茅の輪を見たい、と思いました。思い付いたのが、南千住の「スサノオ(漢字転換ができません)神社」です。太い!根津神社や日枝神社などの3倍はあろうか、という太さです。スサノオ命はヤマタノオロチを退治した神です。武骨な茅の輪です。下町らしい、とも言えます。作法に従って参拝します。・・・ここに来ると、神楽殿が気になります。東日本大地震の時に、神楽殿いっぱいに千羽鶴を吊しました。荒ぶる地震を鎮める祈りの千羽鶴に心を打たれました。今日は「つきなみ祭昇殿参拝」です。神職が頭を垂れて通り過ぎて行きます。猛暑日の午後です。スサノオ神社夏越の大祓
拝殿が工事中の亀戸天神です。夏越の大祓にやって来ました。祀られている菅原道真公には不似合いの荒々しい茅の輪とお思いでしょうが、菅原道真公の先祖は、当麻蹴速を蹴殺して「相撲の神様」になった、野見宿禰なんです。そう言われたら、納得の荒々しい茅の輪です。工事中の拝殿を参拝します。工事の理由です。勉学の神様です。下町の人気神社です。猛暑日です。茹るような暑さです。草いきれがします。濃い緑が暑苦しいです。紫陽花の清々しさが清涼剤です。夏越の大祓「亀戸天神」
ずっと前に、同じ街で瓢箪だらけの家に遭遇しました。登録読者さんに教わったところ、瓢箪作りの名人だったらしいです。あれからこの街に来るたびにそれとなく探していましたが、遭遇しません。突然、遭遇しました。凄いです。色付きです。前に遭遇した家とは違いますが、同じ町内なのでお互いに知っていると思います。同好者と認識しているのか、ライバル視しているのかは分かりませんが、同じ趣味の方だと意識しているのではないでしょうか?これはこれで凄いです。前の人の家に出逢いたいなあ。前の人の記事はこちら。東四つ木の瓢箪の家の2軒目
綺麗だと思いました。いえ、枯れかけたアロエではありません。この苔です。菊坂下の路地に生えていました。見上げると、木造三階建の家です。菊坂に上がると郵便局とレストランです。本郷への急坂へ向かいます。谷底と丘上の街です。梅雨時の菊坂下
ふと、樋口一葉の井戸が有るあそこへ行こうと思いました。いつも変わらぬ風景です。梅雨だとこの石段の苔類が生き生きしているのではなかろうか?と思った次第です。あまり変わらないですね。石段を見上げます。振り返る、樋口一葉が井戸端会議をしたであろう路地です。せっかく来たので石段を上がります。シダの元気が良いように思います。振り返ります。見上げる梅雨空です。九州・四国が梅雨明けしたそうです。梅雨時の樋口一葉の井戸
池の端に在った「鷗外荘」の移転工事が進んで、池や植栽の概要が分かるようになりました。夏越しの大祓の準備が終わった根津神社の庭です。ここから覗きます。家の外観が分かる状態になりました。完成が待ち遠しいです。「鷗外荘」移転工事進捗中
やっぱり告知が出ていました。母子がお詣りに来ていました。作法どおり潜って、拝殿へ向かいます。重要文化財の銅灯籠と西門です。参拝を終えて振り返る茅の輪と楼門です。やっぱり真円は、信心が増すように思います。こんな所を告知板に使う、贅沢な神社です。そして、いつもの西参道からの風景です。帰京して初めての参拝です。厳かな夏越しの大祓催行の様子はこちら根津神社夏越しの大祓
三菱一号館へ立ち寄ります。まあ!ジューンブライドも大変ですね。梅雨の晴れ間の蒸し暑い午後です。思った以上に沢山の人が涼を求めて来ていました。梅雨明けはまだでしょうか?明けても暑いか?三菱一号館の中庭の午後
丸の内仲通りの午後の風景が好いです。丸の内仲通りの午後
「都電雑司ヶ谷停留場」です。梅雨の晴れ間の蒸し暑い日です。梅雨の晴れ間と言っても、東京は蒸し暑い空梅雨です。あの交番を左折します。緑が濃くなりました。永井荷風の墓所です。周囲に植えられていた槙の木を切ったので、暑い光が直射します。日陰を求めて歩きます。意外に風が強いです。最後に訪れるのは、やっぱり竹久夢二です。ここに埋まっています。梅雨の晴れ間の雑司ヶ谷霊園
帰京したら行きたい場所が幾つかあります。そして会いたい人がいます。月曜日なのに、上川口屋が営業していました。お婆ちゃんが居ません。呼び掛けたら奥から出て来ました。「半袖だ!」「当たり前よ!」で会話が始まります。何ら変わらぬ店頭です。「髪切ったの?」「暑いじゃない。当たり前よ!」「暇そうですね」「月曜日はね。でもね、商売って、『飽きない』って言ってね、休んでいたら客は遠のくのよ」「よく休むクセに!」きなこ棒は今日もハズレました。「本当に当たりは入っているの?」「10回引いても当らない人は当らない、1回で当たる人も居る。だから、クジよ」・・それではいつものラムネとあられです。鬼子母神の入り口に「夏市」のポスターが出ていました。お婆ちゃんが教えてくれます。「『入谷の朝顔市』って有名でしょう。30年くらい前に入谷...梅雨の晴れ間の上川口屋
参道入口の飲食店がやっと景色に馴染んだように思います。参道を行きます。梅雨時の曇り空です。ちょっと振り返って、雑司が谷案内所を眺めます。月曜日です。隣りは定休日です。いつものように振り返ります。陽が射さなくて蒸し暑いです。「はてなブログ」では、「芸予要塞跡」探索の記事が連載でスタートします。こちらも宜しく⇒荒川三歩梅雨の晴れ間の鬼子母神参道
日比谷公園のテニスコート脇に売店が在ります。いつから在るのか分からないくらい古い店です。レトロ感たっぷりの風情です。ちょっと離れて、この風景、好きです。日比谷公園に、ミストシャワーが稼働する真夏日の午後です。日比谷公園に売店が在る風景
もうすぐ東京都知事選挙です。全く静かです。50数人も立候補しているのに、1度も選挙カーに会いません。でも、候補者看板は凄いです。これ、探しに行った訳じゃないです。散策すると出遇えます。政策に関係なく私の目を引いたのを紹介します。この候補者が「看板ジャック」を考え出しました。そしてこうなりました。散髪の帰りに目に付きました。こんなもの。でもね。有権者も褒められたもんじゃない。この看板、入り口に近いんです。都知事選挙/候補者看板ジャック
前回「花本社」の記事を掲載しました。その時に、東京大空襲で鳥居の上部が崩れ落ちた歴史を紹介しました。富岡八幡宮は大被害を受けたのに、松尾芭蕉命を祀る「花本社」の左右に在る「永昌五社稲荷神社」と「合末社」が無事だった話の中で、もう一社「七渡神社」も無事だったのです。気になっていた人もいらっしゃるでしょうから紹介します。えっ、気にならない?まあ聞きなさい。七渡神社へは、合末社の鳥居前を、この橋を渡って行きます。橋の左右は遊水池です。水を配した立派な造りです。右奥に七渡神社が見えます。縁日だったとは知らなかったです。それ以上に、何の神かも知りません。小さいけどお神輿みたいに艶やかな神社です。ここらは海に近いです。昔はもっと近くて、漁業や「木場の角乗り」の文化が今も残っているように材木の集積地です。そういった水に...七渡神社
例祭日じゃないけど、「花本社」へ行きます。地元出身の松尾芭蕉を祀っています。神となって「松尾芭蕉命」です。「俳聖」と謳われ、「奥の細道」を残し、住居跡が「芭蕉稲荷神社」となって、その近くには「芭蕉庵史跡庭園」や「松尾芭蕉記念館」が在ります。ここでも祀られて当然の人物です。・・・ここです。左右は神社です。この隙間には祠も有りません。どうやってお参りするんだよ!松尾芭蕉命をよ!右側は「合末社」です。立派です。左に「花本社」の立札が見えます。鳥居の上部が欠落しています。こんな謂れがあります。左は朱鳥居を潜ってお参りします。立派です。「永昌五社稲荷神社」です。その間に、鎮座する、祠も無い「花本社」です。...松尾芭蕉命を祀っています。誰かが何とかしませんか?俳句協会とか江東区とか?「花本社」にお参りしたいです。
白い幟が涼やかです。富岡八幡宮の夏詣です。この時期主な神社は何処でも夏詣を行って、茅の輪潜りを催行します。そもそもは、蒸し暑い梅雨時なので、食あたりとかも含めた、疫病避けの行事だったのだと思います。例年以上に暑いです。ちょっと涼を求めたいです。木陰が有りました。「大関力士碑」他、相撲に関する石碑が有る一角です。あそこで休憩します。ここは「勧進相撲発祥の地」と言われており、その縁で相撲関係の石碑が有ります。新しいところでは、「琴欧州」「琴奨菊」「豪栄道」が刻まれて居ます。現役で元大関の「正代」や「御嶽海」、「朝の山」、「高安」らは刻まれていません。「横綱」になる可能性があるから、引退するまでは刻まれません。「ない無い」って言ったの誰?そして「強豪関脇力士碑」です。「力道山」の名前がやけに白くて目立ちます。関...富岡八幡宮の夏詣
帰省中ずっと気になっていました。煙突に輪っかが付いています。見に行きます。輪っかは作業用足場のようです。輪っかが取れた後暫くしたら、知らない間に煙突が低くなっているように思います。クレーンと煙突の姿を眺めます。周囲は工場地帯です。新たな場所からも眺めます。けっこうな存在感が在りますが、煙突はその高さに必要な大きさがあるように思います。ズングリムックリになりました。輪っかが有る煙突の存在感
浅草が外国人にジャックされていました!暫く留守にしていたら
離陸します。蜜柑の島です。すぐに佐田岬です。飛行機は四国山脈を越えます。桂浜です。室戸岬です。太平洋の島です。房総半島です。波が海岸を洗って白波が立っています。九十九里浜です。千葉のベットタウンです。千葉港とロッテマリン(たぶんネーミングライツの名前があると思います)球場です。東京ディズニーリゾートです。左に江戸川です。葛西臨海公園と左に荒川です。ゲートブリッジです。東京のビル群です。これらが見たくていつも右側の席を取ります。羽田です。帰って来ました。東京と田舎と両方ともが自宅です。従って、両方とも「帰って来ました」です。飛行機で帰りました。
いつもちょっと早めの昼食にします。そしていつもこの店です。メニューです。いつもこれです。こんなのも有りました。参考まで。いつも鯛めしと、いつもビールです。ビールは美味しいものを食べる時の大人の作法です。商品説明と食べ方が付いています。要は、卵を軽く溶いて、鯛型の器に乗っている刺身と海藻と大葉を入れて軽く混ぜます。1膳目です。ご飯に卵にひたした刺身と海藻を乗っけます。その上から溶いた卵を掛けます。要は「刺身乗せ卵かけご飯」です。先ずかっ込んで、ビールで「ふう」と息を吐きます。「ああ」の感嘆でも良いです。ひと口ずつお箸で口に運ぶのでなくて、卵かけご飯と同じくかっ込むのが作法です。海賊の食事ですから。そのように食べて酒で流し込みます。しつこいですが、それが作法です。2杯目です。一気に完食しました。ふう~、食った...松山空港「かどや」の鯛めし
松山空港です。故郷は「かんきつ王国」です。名前を覚えられないくらい、或いはいつの間にかできていた新種など沢山の柑橘類があります。・・ずっと以前に、「愛媛県では蛇口からみかんジュースが出る」との地方伝説があって、それならと、実際にここ松山空港に作りました。そしてウケたので、それならと改良して、その後これも。ホストクラブなんかでよくやる「シャンパンタワー」ならぬ「みかんジュースタワー」です。やっぱり愛媛では蛇口からみかんジュースです。今も有りますアレ。私もできた時は嬉しくて飲みました。写真を撮っています。その気持ち分かります。最初皆んな撮っていたもの。「蛇口からみかんジュース」です。コップ1杯400円(高くなったね)です。お金を払ったら紙コップをくれて、自分で蛇口を捻ってジュースを出して飲みます。ちょっとした...蛇口からみかんジュース
帰郷してからうどんばっかり食べています。何処で食べても美味しいですが、私の好みはここです。ちなみに、故郷で蕎麦は食べません。そして、東京でうどんは食べません。メニューです。兎に角安いです。入ります。今日は「冷やし肉おろしぶっかけ」に、オクラとカボチャの天ぷらのトッピングです。生姜とネギを取り放題入れます。すりゴマを沢山まぶして頂きます。美味い!丼ものもありますが、うどん以外食べたことありません。旧国道沿いの繁盛店です。讃岐うどん/つるベえー
四国で暮らしているといつもお遍路さんを見掛けます。歩き遍路が目に付きますが、目に付かない多くの人はツアー遍路です。やって来たのは西条市の香園寺です。うどんを食べに来たついでにやって来ました。初めて来るお寺です。お寺らしくない造りです。まだ四国八十八ヶ所巡りをしたことがありません。・・・この歳だし、東京在住だし、もうしないと思います。18歳で生家を出たっきりの人生だったので、四国八十八箇所巡りの機会がありませんでした。年を取ったら行くのが億劫です。2階に上がります。ここ香園寺は、本堂の弘法太子像が有名らしいです。なるほど・・・。立派です。弘法大師像は右なんですが、お遍路さんが一心不乱に読経していたので、ここからお参りしました。隣に、お寺らしいお寺を建設中でした。貸切バスが来ました。ガイドが先頭に立って、沢山...四国霊場61番札所香園寺
玉川町に美味しいうどん屋ができているので食べに行こうと妹と従妹が言います。結構流行っています。昨年食べた波止浜の店の支店です。本店も混んでいましたので味の想像はつきます。他の地元の店とは趣が異なります。お洒落です。若者に好かれますね。おお、混んでいます。若者が多いです。ひょっとしたら今日は休日か?あ、仕事をしている従妹が居るんだら、土曜日か!仕事をしない一人暮らしに曜日の必要性はありません。美味しかったです。っていうか、四国のうどんは何処で食べても美味しいです。慌てて食い付くのでいつも食レポを忘れます。美味しかったので雰囲気だけでも紹介しました。讃岐うどん/松製麺所
今治銀座商店街が賑やかだった頃にはあまり気にならなかったけど、ちょっと気になっていた店舗裏です。商店街と並行して川が流れています。今は綺麗な水の流れです。小学校で習った「今治のくらし」では、「タオルの街『今治』の中央部の川は、染料で赤や緑に染まってとても綺麗」と教わりました。実際は染料が混じり合って紫から黒い川でした。中学生になって、美術の時間に「絵具が混じると『黒』に近づいていく。光は『白』になっていく」と習いました。なるほど、と認識した川です。ベニスの街角みたいです。所々に私設の橋が架かっています。公設の橋まで行かなくても川の反対側に行けます。橋は直接家と家が結ばれています。これが各所に有ります。両家は親戚なんだろうか?そして、川に下りる石段も有ります。もうお気付きだと思います。殆どの家が川に張り出し...改めて見てみた今治銀座裏
今治銀座の東端です。アーケードの中に江戸時代の名残を留める石柱です。さて、今治銀座を行きます。前回より明るくなりました。閉店した店舗が取り払われて、太陽光が差し込んだせいです。寂しい風景ですね。営業している店舗がまた少なくなっています。この店は、数年前から「閉店セール」を行っていました。まだ営業しているじゃないか⁈との感想です。おやおや、いつもの看板が店内に有りました。どっこい、生きています。今治市の中心部でした。人が居ないとポストや電話ボックスが寂しいです。学生の頃から有ったシャッターアートが変わらず素敵です。閉店した場所を地上げして集合住宅が増えています。こうなるとアーケードが邪魔です。本屋「マス屋」でした。今は教育図書を売っているんですね。お金は無いけど暇はたっぷりあった高校生が沢山立ち読みしていま...今治銀座の今
かつて港に着いた人達は、港の前の商店街に流れて行きました。その「新町商店街」の今の姿です。一番手前のお土産屋です。今も商店らしい店ですが、往時を偲ぶよすがはありません。他の店の多くは閉店しました。港に一番近い喫茶店でした。港の前にバス停があって、早朝に港に着くと、ここでモーニングサービスを食べながら、始発のバスの運行を待ったものです。ずいぶん賑わった店でした。商店街を歩きます・・・。昔から界隈は、蒲鉾屋と魚屋が多いです。この店なんか何度も何度も表彰された店でした。今も経営しているだけ立派です。今は人より幟が目立ちます。サッカーを町おこしにしよと元全日本監督が頑張って居ます。道続きの「今治銀座」へ足を進めます。ここも寂しいです。今治新町商店街
今治港湾事務所です。数年前に竣工した船の形の建物です。確か「ハーバリー」と呼んでいたと思います。ハーバーと今治の合成語です。桟橋へ行きます。港の向こうに大島が煙ります。「しまなみ海道」ができる前は、島嶼部を繋ぐ連絡船の出入りで賑わった港でした。しまなみ海道とバーバリーができて、昔の面影が全く無くなりました。今は寂れた港でしかありません。おっ⁉︎偶々フェリーがやって来ました。こちらに向かって来ます。着桟します。先ほど何処からか自転車で現れたシルバー世代の人が綱どりを行います。「せきぜん」の文字が見えます。確か「レモンの島・岩城島」からの船です。かの島は「しまなみ海道」が繋がっていません。こうやって、昔ながらの交通機関で、買い物等にやって来ます。殆どの島は車で「しまなみ海道」を走ってやって来ます。行き先はここ...今治港
あれっ!蛇池に水が有りません。この池は昔から水を枯らしてはいけないとの伝説があります。どうしたんだろう?罰当たりな!土手が新しいです。唐突ですが、あの山が、竜神が越えていった山です。土手を調べてみます。その前に、ここは竜神伝説の地で、池の奥は湿地帯で小さな観光地であり、遍路路でもあります。従って、昔からあそこにトイレが在りました。田舎の「便所」です。汚なかったです。ところが、ドアを開けたら便座の蓋が自動で上がりました!我が家より凄い!凄く綺麗になっています!外国人の歩き遍路が多いそうです。さて、余談はそこそこに、土手へ行きます。空っからの池です。こんな事をしたら池ません。龍神の祟りがあります。ショベルカーが動いています。土手がここで切られています。バチが当たるぞお前ら!池の向こうは「医王山」です。西暦66...蛇池の土手を壊していた。
今年というか今週2度目の訪問です。先日暑い中を自転車でやって来たら臨時休業でした。今日は営業中です。民家の庭に屋台を建てて、テーブルを置いて、週5日やっています。「先日休んだな!」って言ったら、「すみません田植えの準備で・・・」と答えます。年に1度の訪問です。それでも覚えていてくれます。地元の人間と違って、ちょっと標準語っぽいので、覚えやすかったのだと思います。こうして7〜8年の付き合いになります。いつものとおり「冷やしうどん『中』」を注文して、おでんを取ります。昨年より20円と30円(すじ肉)の値上げをしていました。しょうがないです。何でも上がっているもの。夫婦二人でやっている店です。「孫兵衞作」に在ります。何とか孫兵衞さんが開拓した村です。ちょっと時間が早いので客はまだ私だけです。いつも流行っています...「いなか屋台うどん村」商い中
昨年の訪問で確認していました。目印のガスタンクです。あそこですが、行列どころか人が居ません。やっちゃたみたいですね。定休日です。田舎の一人暮らしで仕事をしていなかったら、曜日に頓着しません。新聞も無いし・・・そうか、今日月曜か!でも人が居ないので、ゆっくり好きなアングルで撮れます。隣は散髪屋でしたか。こんな指示です。元々は普通の町中華だったのが、賄い飯が商品としてヒットして、今治市のソウルフードになったらしいですね。また来年来ます。曜日を確かめて。昨年の記事はこちら。焼き豚玉子飯「重松飯店」再訪
既報の記事「今治ラヂウム温泉」で、次回の帰省時にも見に来ると書きました。実はこの「大黒湯」を今年も見に来たのです。ラヂウム温泉の近くです。前回は気がつきませんでした。存在を知らなかったら、すれ違ったことも知らないで過ぎて行きます。人生の出逢いもそんなものでしょう。縁と呼ばれる現象です。さて、昨年と変わらない風情です。玄関前を掃除しているので、今も現役の銭湯のようです。2階が住居です。昨年も玉ねぎを干していました。こんな景色さえも変わっていません。眺めます。玄関も変わりません。昨年同様、営業時間は午後1時半です。周辺は漁師町です。夜明けの出漁も行います。そんな需要があるんだと思います。ずっと下を向いたままです。掃除に熱中しています。私に気付いたら声を掛けてみようと思っています。仕事中の人に、こちらから声掛け...「大黒湯」再訪