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荒川三歩 https://blog.goo.ne.jp/arakawa3po

写真付きでチャリンコ散策結果を報告します。 めったに遠出しないので、殆ど近隣下町の出来事がテーマです。

荒川三歩
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2014/09/30

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  • 国分寺と国分寺塔跡

    国分尼寺跡行ったので国分寺へ行きます。四国八十八ヶ所五十九番札所です。日本遺産「四国遍路」59番札所です。小学校1年生の遠足の場所です。小学校が国分尼寺跡なので、学校は歴史を学ばそうと、ここ国分寺を人生最初の遠足の場所に選んだのかも知れません。でも、そんな学校の思惑なんか全然感じまていませんでした。ここには「握手修行大師」が有ります。新しいものです。案内板に書いてあるとおり、お大師様は忙しいらしいです。忙しくない私が手を握って願い事を言うのはおこがましいです。本堂です。さて、ここに「脇屋義助廟」への案内を兼ねた石碑が有ります。「是ヨリ二丁」です。すぐそこです。ここから見る世田山・笠松山が梅雨空に煙っています。彼はあそこで戦闘を指揮する予定でした。桜井の浜に到着後1週間くらいで、ここ国分寺で病死しています。...国分寺と国分寺塔跡

  • 伊予国分尼寺跡

    伊予桜井駅から見た白い看板です。石丸忠兵衛の石碑のすぐ傍です。界隈は歴史の宝庫です。探索の為の道が設けられています。こんもり盛り上がった土地に柿の木が有って、そこに説明板が立っています。遠くからよく見えます。天平13(西暦741)年の遥かな大昔、聖武天皇が全国に国分寺と国分尼寺跡の建設を命じました。国分尼寺跡です。石で囲われている場所です。建物の基礎石です。大きな敷地を持っていました。背後の山から桜井小学校の敷地まで、広大な地所です。右に小さく見える山は「唐子山」で、あの先に「国分寺」が在ります。国分寺と国分尼寺とはこんな位置関係です。現場をちょっと離れます。周辺は何処も遍路道です。遍路道石碑の前の石柱に、「史跡伊予国分尼寺」の文字が見えます。石柱からちょっと行くと、「法華寺」です。国分尼寺を現在に引き継...伊予国分尼寺跡

  • 「石丸忠兵衛」の墓と石碑

    伊予桜井駅の裏にやって来ました。駅舎を覗く場所です。あの木が茂った場所が石丸忠兵衛の墓があった場所です。中に入れません。入っても何も有りません。数年前に確認済みです。以前は隣の田圃の畦道を通って一周できたのですが、ご覧のとおりイノシシ避けの柵が設置されています。反対(駅)側も草が茂って行けません。この後、既出の部落総代から聞いた話によると、もうずっと昔に移転したそうです。跡地だけが保存されています。墓所を背後に山の麓を見ます。あそこに白く石碑が見えます。みかん畠の中です。これが石丸忠兵衛の石碑です。前回の訪問時にはもっと沢山のみかんの木が有りました。切ったのでしょうか?もう畠の雰囲気はありません。野原の風情です。「開拓新田石丸忠兵衛寛永」の文字がかろうじて読めます。部落総代が言います。「石丸忠兵衛が桜井を...「石丸忠兵衛」の墓と石碑

  • 東京都知事選挙ポスターが異常!

    前回(2020年)報告した東京都知事選挙ポスターの記事にアクセスが多いです。今回も皆さんが注目している選挙です。ただし、その注目対象は掲示板です。今回はそれ以上の騒ぎになっています。N国党によって立候補者掲示板がジャクされている事がニュースになっています。各所で注意して見ていましたが、全ての掲示板がそうなっている訳ではありません。そんな中、これが近くの公園に有りました。TVニュース等で見たのとは掲示内容が違います。色々な種類のポスターがあるようです。女性のヌードも有るとか?このポスターは赤ちゃんが怒っています。「わたしたちの未来をどうしてくれるのか!!」と。内容は真っ当な、選挙のたびに選挙管理事務所が苦心している「投票促進」です。でもね、批判を避ける為に作ったポスターのように思えます。こうやって、硬軟織り...東京都知事選挙ポスターが異常!

  • 伊予桜井駅

    田舎には不釣り合いの広い道路です。左右に日通や西濃運輸のトラックが横付けされていました。中学生の頃の話です。貨物の中継店や商店や精米所や床屋が在りました。漆器製造・販売の在る浜桜井地区に対する流通の中心地だった、郷桜井です。昔は沢山の自転車預り店が在りましたが、モータリゼーションによって自家用車が増えると駅を利用する人が減りました。今はこの1軒だけです。突き当りは「JR伊予桜井駅」です。多くの高校生は駅前に路駐しています。違法ではなく、駐輪場になっています。駐輪しているのは、地元今治東高の、ここから電車で帰った生徒たちか、地元以外の高校に行っている、これから電車を降りて自宅に帰る地元の生徒です。「綱敷天満宮」最寄り駅です。予讃線の終着駅だった時期もあります。国分寺・国分尼寺等も在って、国府の中でも「府中」...伊予桜井駅

  • これぞ四国らしいうどん店の風景

    甥っ子が「四国一美味い!」と言うので食べに来ました。チェーン店です。よく意味が分かりません?要は安いって意味なんでしょうね?実際美味しかったです。お遍路さんも食べていました。珍しい風景ではありませんが、向こうにも女性連れが居ました。こちらにも二人連れが!こんなに沢山のお遍路さんがうどんを食べている景色は初めて見ます。お遍路さんの間で、美味い店の情報の共有化が行われているのでしょうか?これぞ四国らしいうどん店の風景です。これぞ四国らしいうどん店の風景

  • 桜井「歴史散策まち歩き」看板

    綱敷天満宮の西参道です。ここに志々満保育園が在ります。私はここの卒園生です。勿論何もかも変わって面影は残っていません。ここに新しく「歴史散策まち歩き」看板が出来ました。今回の帰省で訪ねた場所の多くが紹介されています。やっと町をアピールする気になったようです。今治市は「移住したい町ナンバーワン」らしいです。そんなこともあって、この看板を設置したのでしょうね。先日の地元ニュースで、昨年度の移住人口は1800人強らしいですが、私の周囲にそんな気配はありません。老幼なじみに訊くと、どうやら人が移住しているのは、平成の大合併で今治市になった島しょ部が中心だとか。旧今治市は人が流出しています。桜井「歴史散策まち歩き」看板

  • 椀船の港

    「衣干岩」のすぐ傍です。椀船の港です。ここから九州や中国・近畿に出かけて行きました。古い防波堤です。満潮時には水没します。丁度干潮に近いです。ここが「椀船の港」です。以前は堤防に下りられました。上流です。1本の大きな木が有ります。夏には蝉が煩くしますが、平素は静かな場所です。木陰を落とします。石碑です。句があります。漆器椀を満載して、行商人も載せて、帰りは各地の名産を積んで、椀船が往来した港です。昭和の中頃までは賑やかでした。もう昔の話になりました。椀船の港

  • 衣干岩

    お台場を過ぎて、保養所跡も過ぎて、「椀船の港」近くに来ました。すぐ先が河口です。松の茂みが有ります。史跡「衣干岩」です。説明板です。こんな謂れの岩です。サイクリングロードになっています。歴史の道です。近くに菅原道真公を祀った「綱敷天満宮」が在って、「志々満保育園」が在ります。卒園生の私は物心ついた頃からこの岩の存在を知っていましたが、「菅原道真公」ゆかりの岩とは知らないで登っていました。ぐるりと回って眺めます。大きな松が枯れています。大人になって見ると低い岩ですが、数年前に登ってみたら、上で立つと結構高いです。今日は、止めました。由緒ある岩ですもの。衣干岩

  • 桜井お台場跡

    東京の「お台場」が有名ですが、当時日本の沿岸に多くの台場が設けられたのではないでしょうか?そんな名残りです。少し高くなっていて、台場の名残りを留めています。江戸末期の遺跡がこんな風に残っています。子供の頃、周辺は海水浴場で賑わっていました。保養所が朽ちています。こんな施設と料理屋が界隈に沢山ありました。太平を謳歌していた江戸末期にあわただしく台場が造られて、昭和のレジャーブームが到来して、やがて誰も海水浴をしなくなりました。時代の変遷を感じます。桜井お台場跡

  • 桜井漁港の昼下がり

    あれっ⁉防波堤には行けなくなっていました。残念です。岸を散策します。昼下がりの漁港は誰も居ません。無人の作業小屋です。漁船が繋がれています。舫い綱です。防波堤の向こうには兵市島です。梅雨の晴れ間の、昼下がりの漁港です。網の修理の途中です。昼寝の時間でしょうか?岸を歩きます。子供の頃から変わらぬ風景です。新しい桟橋が出来ていました。昨年は無かったものです。タコ釣り船です。古老が、梅雨ダコは旨い、と言っていました。今がシーズンですね。陸にもタコつぼです。漁船の向こうの兵市島を眺めます。故郷の海岸の何処からでも見える島です。作業小屋です。魚をさばく台でしょうか?今も漁民の営みは変わりません。廃屋が目立ちます。後継者も漁獲量も減っています。農家と同様、離職が進んでいます。桜井漁港の昼下がり

  • 漆器の町を行く。

    桜井は漆器で栄えた町です。往時程の勢いは有りませんが、今でも漆器製造・販売の家が在ります。数年前から売りに出されていた民家です。売れたようですね。今治市はここ数年間、「移住したい町ナンバーワン」らしいです。酒屋の蔵です。漆器職人が多く居ました。需要があったのだと思います。立派な蔵です。今は廃業しています。左右の大きな家が、今でも漆器の家です。「小谷屋」は椀船を所有して、九州や中国・近畿に漆器を販売していました。「椀船」とは、お椀型の船ではありません。漆器のお椀のことです。お椀を積んで商売していました。今でも漆器蔵を持っています。向かい側は同級生の生家です。昼なお暗い大きな家だったのを覚えています。彼女の弟が家を継いで、今ではその子供の代になって、漆器の製造・販売を商っている様子です。漆器蔵です。商売が順調...漆器の町を行く。

  • 綱敷天満宮絵馬堂

    綱敷天満宮には大きな絵馬堂があります。私が保育園生の時から在る絵馬堂です。いつものように絵馬を見ようと見上げました。・・・有りません。絵馬が・・・?ぐるりと見回しても、何にも有りません??後日報告する(たぶん)「石丸忠兵衛」の墓と石碑を訪ねた際に出逢った、綱敷天満宮氏子の某部落総代の青年が教えてくれました。全く偶然の出逢いです。「絵馬が古なって、落ちそうになっとったんよ。危ないけん絵馬を下ろしての、氏子の代表が集まって相談したんよ(有名な天満宮なので多くの氏子を持っています)。そりゃ全部古い歴史のある絵ばいよ。最初はの、どこか文化施設に寄贈しょうや言うて問い合わせたらの、『絵が不鮮明じゃけん修復してからじゃないと預かれん』言うんよ。補修の費用を調べてビックリよ、ムリムリ。下ろしたまま放っとけんけん、『誰か...綱敷天満宮絵馬堂

  • 綱敷天満宮

    北参道を行きます。中央部から見る東参道です。桜井は漆器の製造販売が盛んでした。その販売の過程から「月賦販売」が興ったと、小学生の頃習いました。「月賦販売発祥の地」碑です。拝殿です。菅原道真公が太宰府遠流の途中、嵐に遭ってここの海岸に流れ着きました。救出した漁師たちですが、敷物がありません。漁で使う綱を丸く巻いて座布団としました。その謂れから「綱敷天満宮」と言います。拝殿の正面が南参道です。鳥居の先は「椀船の港」に通じます。広大な境内は瀬戸内海国立公園の松林です。菅原道真公ゆかりの天満宮です。公にちなんだ銅造の牛や、鷽や筆塚の石彫が有ります。とても大きいものです。前述のとおり、当所は漆器の町です。石彫の大きさは豊かな町だったと思わせます。綱敷天満宮

  • 漁師町を行くと、

    漁師町の路地に「四国のみち」があります。サイクリングロードです。サイクリングロードから漁師町の路地に入ります。だんだん住民が減っています。そんな路地を行きます。海が近いです。路地に戻ります。子供の頃に多くの友人と遊んだ路地です。銭湯跡が在りました。「梅田湯」だっと思います。従兄弟と入浴した銭湯です。こう見えて、営業中の理髪店です。左に曲がります。大きな鳥居に出逢いました。綱敷天満宮北参道です。漁師町を行くと、

  • 屯田川河口から

    帰省すると必ずここに来ます。屯田川河口です。この川が町の境です。左(北)が富田で、右側(南)が桜井です。ちょうど良い具合に干潮です。いつものように桜井側から砂州が露出した砂浜に降ります。南側を眺めます。海の向こうに四国山脈が望めます。その下には、新居浜の工場地帯です。靴で行ける所まで行きます。足元を潮が洗います。沖には「比企島」や「魚島」等々の、瀬戸の島々です。上流です。川底が露出しています。こんなに潮が引きます。北側の砂は細かいです。背後は「しなまみ」街道を形作る島々です。振り向けば私の足跡です。目を上げれば故郷の山河です。「霊仙山」です。長曾我部元親の四国統一事業で滅ぼされた城がありました。北側には「日本食研」の工場です。目を南に向けます。赤灯台の先に「唐子山」、右の山塊が「世田山」、背後に「石鎚山」...屯田川河口から

  • 「猿飛佐助」の作者「山田阿鉄」の墓

    やって来ました「観音禅寺」です。今治北高の隣に在ります。三門を入ったら正面にこれが有ります。。左右から眺めます。その隣にも像が有ります。こちら「こぼすなさま」です。ひょうきんな顔です。猿飛佐助像の左側です。こちらは「當り童子」です。こちらも同じくひょうきんな顔です。裏を見ました。猿飛佐助像も含めて同じ作者です。顔と雰囲気がよく似ています。さて、肝心の「山田阿鉄」の墓を探します。広大な墓地でした。やっと探し当てた墓です。石崖を背景に立っていました。「山田阿鉄」の文字は無いけど、スマホで検索したので間違いありません。帰り際にもう一度見ます。誰かに似ていませんか?奈良県のマスコットキャラクター「せんとくん」の作者が作ったそうです。「猿飛佐助」の作者「山田阿鉄」の墓

  • 猿飛佐助の像

    私も含めて、先輩の方々は皆さん知っていると思います。「猿飛佐助」の像です。設置場所はJR今治駅の東口の前です。説明碑が有ります。「猿飛佐助と山田阿鉄明治・大正時代、空前のブームとなった大衆娯楽小説『立川文庫』の原作者は、今治市出身の山田一族である。そして、その執筆の中心として活躍したのが、山田阿鉄である。立川文庫は明治44年から約13年間に196巻出版されたが、どれも人々の心をとらえ、爆発的な売れ行きであった。中でも、大正3年に発売された第40巻『忍者名人猿飛佐助』は大ベストセラーとなった。ここに、忍者といえば猿飛佐助といわれるほどのスーパースターが誕生したのである。その猿飛佐助は、真田十勇士とともに映画やドラマ、漫画などに次々と登場し、後世の文壇にも多大な影響を及ぼしている。日本全国、猿飛佐助を知らない...猿飛佐助の像

  • 世田山・笠松山の在る故郷の風景

    田圃に水が張られました。降水量が少ない地域なので、田植えをするのは梅雨に入ってからです。その前にこうして水を張って、漏れがないか確認するのです。水鏡が「世田山・笠松山」を映します。左が世田山で右が笠松山の連山で独立峰です。太平記に登場する「世田山合戦」の舞台です。楠木正成、新田義貞らの有力武将を失った南朝方がここから反撃に転じる作戦も敗戦し、北朝方の勝利が確定しました。室町幕府の誕生です。田植え翌日です。苗を植えた状態を確認しています。機械植えなので田圃の端は時々植え漏れがあります。隙間に苗を手で植えます。田植え後の田圃に初夏の風が渡ります。水鏡の山塊が消されます。鎌倉時代から、今も変わらぬ山容です。世田山・笠松山の在る故郷の風景

  • 柔らかいうどん/かねと食堂

    私のブログの読者から、今治に「柔らかいうどん」があると聞いていました。帰省したら絶対行こうと決めていました。腰の強いうどんが多い四国です。さて、立派な外観です。この外観を見て、高校生の頃にここで食べたのを思い出しました。創業は明治25年頃だそうです。私が高校生のころから古い店でした。入り口は2つ有ります。こちら裏口です。広小路から今治銀座へ行く道です。利便性を考えて作った入り口だと思います。明かりが灯って「営業中」の札です。この景色好いです。こちらが広小路に面した表口です。まだ11時半前ですが、けっこう客が入って行きます。店頭のサンプルを見ます。この景色も好いです。肉うどんが有名と聞きました。かつ丼もオムライスもカレーライスも鍋焼きうどんも何でもあります。そして、全て安いです!暖簾を潜ります。入った瞬間、...柔らかいうどん/かねと食堂

  • 「伊予水軍」で昼食

    「大浜」で食べられなかった私たち兄妹です。すぐ近くの「伊予水軍」に行きました。雨の中、しまなみ海道が煙ります。大島も煙っています。そして、雨の中で客が並んでいます。待つ間退屈です。この料亭の歴史は古く、地元民だけでなく多くの人が知っています。社用族も接待で使います。バスでも行けるんですね。昔はここにも「石風呂」が在ったようです。高浜虚子の句が有ります。「春潮や倭寇の子孫汝と我」こちらは、、、読めませんが、「倭寇」の文字が見えます。海賊の血統がこの店の誇りでしょうか?結局40分くらい待ちました。客に地元の議員も居て賑わっていました。人が多くて喧しくて落ち着きません。やっぱり来年は「大浜」にします。「伊予水軍」で昼食

  • お昼は「大浜」へ、

    妹2人と久しぶりに会って、昼食に行きます。昨年行って気に入った磯料理「大浜」です。目の前が大浜漁港です。この景色も好きです。しまなみ海道が煙ります。梅雨入りした故郷です。大島も煙ります。入ろうとしたら予約で満席とのこと。来年は予約しようと思いました。強く反省!お昼は「大浜」へ、

  • 石風呂の保養所跡

    石風呂の保養所跡の一つです。砂浜の木陰に、手作りの遊具が有ります。多くの子供が遊んだと思います。遊ぶ子供の姿が声が、大人の癒しになったと思います。予備のタイヤでしょうか?軒下にも有ります。大楠です。ここの歴史を眺めて来ました。何も語らず立っています。子供の声が聞こえるようです。取り残された時代の景色です。切通しを戻ります。タイムマシンの出入り口のようです。さて、現世に戻りましょう。石風呂の保養所跡

  • 桜井石風呂再訪

    今年もやって来ました。初夏の木漏れ日が射す切通しの入り口です。すぐに目的地です。由緒下記はとても読み辛いです。石風呂とは、現在のサウナ風呂であること、古くは京の公家も訪れたこと等が記されています。切通しの山の上には展望所が在ります。何にも変わらない景色です。でも、もう数年前に閉鎖されたままです。この景色も変わりません。すぐそこが海です。サウナで火照った体を冷ます海です。言わば石風呂の「プライベートビーチ」です。白砂青松のビーチです。瀬戸内海国立公園の海です。この海を見る為に造られた展望所です。今年はもう上がりません。だって、何にも変わらない景色だもの。ここは保養所でした。長期療養の人も居ました。農閑期の骨休めの場でもありました。その施設が朽ちて残っています。海に出ます。企業の施設も在りました。石風呂を振り...桜井石風呂再訪

  • 相続土地国庫帰属制度

    アンパンマン列車が走ります。線路脇の耕作放棄地です。帰省したら1番にやって来る場所です。耕作はしなくても、隣近所の迷惑にならないよう草刈をしています。今回の帰省前に、シルバーさんに頼んで草刈りを終えています。1年前、この土地を「相続土地国庫帰属」として申請していました。昨年4月に施行された法律です。境界を明らかにして、国に10年分の管理費用相当額を支払って、国に差し上げる?(お返しする?)制度です。その費用は20万円と想定されています。お金を添えて国に帰属させることは、ご先祖様が「子孫の為に寸土でも残してやりたい」と遺してくれたことを思うと複雑な思いですが、この土地は何処にも出入りする道が在りません。周囲の土地のあぜ道または、田圃を通って出入りするしかありません。機械を入れる事もできません。隣の田圃が田植...相続土地国庫帰属制度

  • JAの苗床風景

    帰省したら見たい景色が沢山あります。ここもその一つです。JAの苗育場です。かつて各農家が自分で苗を作っていたのを止めて、いつ頃からかJAがここで作って販売するようになりました。その方が効率が良いです。今は誰も自分で作っていません。小さな長方形の集まりは、苗が入った一つ一つの箱です。そのまま田植え機に設置する大きさです。農家は買って帰って自分の機械に設置するだけで済みます。その集大成がこの景色になります。パッチワークのような美しさです。現代の農村の風景です。一部、手前の場所の苗の販売が始まっています。田植えが近いです。苗育場の向こうは「霊仙山」です。あそこに城がありましたが、長曾我部元親の四国統一のよって破壊されました。今は展望所となっています。4と9の付く日はお姫様の霊が現れるとの伝説があって、山の中腹の...JAの苗床風景

  • JR松山駅が変りつつある。

    JR松山駅です。私が乗る列車が停車しています。いつもの「アンパンマン列車」ではありません。カラーリングが変りました!精悍な感じです。「いしづち・しおかぜ」の、従来の特急車両です。同じ特急にアンパンマン列車も使われていたので、アンパンマンは今でも走っていると思います。「瀬戸大橋線3億人」と書いています。これですね!瀬戸大橋を通って岡山と宇和島を結ぶ線です。それが乗客3億人を突破したようです。・・・当初計画より早かったのか?遅かったのか?そして、隣りにあったこれ!以前、予土線の黄色いトロッコ列車に乗りました。楽しかったです。そして、新たなトロッコ列車の登場のようです。「藍よしのがわトロッコ」です!今度は藍色のトロッコです!土讃線だろうか?乗ってみたいです・・・。ふと、列車の上を見ました。あそこに新しいホームが...JR松山駅が変りつつある。

  • 四国松山に到着

    今治の街です。四国5番目の人口の都市だそうです。下方に「来島」が見えます。潮流の早い場所で、三流ある村上水軍の「来島村上」の本拠地です。その斜め左上は、代表的な造船所です。あちこちに在る造船所の最大級のものです。造船とタオルの生産が日本一の街です。石油コンビナートも見えます。「鹿島」です。晩年の渥美清さんの隠棲の場所でした。この辺から松山市になります。昔は「北条市」だったのが、「平成の大合併」で松山市に吸収されました。繊維産業が盛んな町でした。昨夏の甲子園野球大会に出場した「聖カタリナ高校」はこの町に在ります。以前は女子高でした。時代の変遷を感じます。松山の中心部が見えて来ました。「興居島」です。ブランド蜜柑の産地です。日照時間が長いので甘い蜜柑ができます。蜜柑栽培が盛んな多島海です。山頂まで蜜柑畑です。...四国松山に到着

  • 羽田空港を離陸して故郷へ

    羽田空港が混雑しています。既に出発時間を超過しています。やっと滑走路へ向かいます。東京湾です。雲の上に出ました。雲間からかろうじて見えた富士山です。知多半島です。ブーメラン状の角の外側辺りが家内の生家が在った場所です。左に中部国際空港も見えます。やがて大阪の街です。淡路島です。左下に明石大橋も見えます。小豆島です。多島海の瀬戸内海国立公園です。瀬戸内海大橋です。大橋の先には「讃岐富士」も見えます。写真中央は「四阪島」だと思います。住友鉱山の銅の精錬所が在りました。1度だけ今治からの連絡船で行ったことがあります。今はもう、とっくの昔に無人島です。四国山脈に雲が掛かっています。奥の島が「平市島」と「子兵市島」です。故郷の海岸からよく見える島です。小学校高学年の時まで人が住んで居ました。手前は、長いのが「比岐島...羽田空港を離陸して故郷へ

  • 回向院歴史エリア

    爽やかな5月です。ここは処刑された人の墓地です。他所にも墓が在るので、ここは首を供養しているのではないでしょうか?自ら腕を切り落としたやくざ者です。演劇などに取り上げられました。鼠小僧です。高橋お伝です。女性最後の断首刑者です。2.26事件の首謀者・磯部浅一と妻・登美子の墓です。前回訪問時には無かった墓です。カールゴッチです。「プロセスの神様」と言われていました。どうしてここに居るのか、、不思議です。なんて書いているのか分かりません。大きな墓所が有ります。橋本左内です。彼は安政の大獄で処刑されました。そして吉田松陰です。さすがは「歴史エリア」と言うだけのことがあります。多くの歴史上の人物が葬られています。回向院歴史エリア

  • 本妙寺/永代供養塔と当世墓事情

    永代供養塔へやって来ました。墓地は日陰が有りません。暑い日です。多くの墓にお参りしました。ここで終わりにしたいです。帰り道に見た当世墓事情です。こちらにも。あちらにも。背後にもいっぱい有ります。「寺務所までお願いします當山」永代供養塔を依頼していなくて、法事をしなくなった墓だと思います。樹木葬や海上散骨が行われる時代です。これらは墓仕舞いの対象なんでしょうね・・・。本妙寺/永代供養塔と当世墓事情

  • 本妙寺/千葉周作・遠山金四郎・天野宗歩の墓

    本妙寺の墓地をお参りしています。先に「千葉周作」の墓にお参りします。「千葉周作」の墓です。彼は江戸末期の剣豪で、「北辰一刀流」の流祖です。「赤胴鈴之助」のモデルになった人物だそうです。その剣技は、坂本龍馬をはじめ幕末に活躍した多くの志士に受け継がれました。この一角が千葉家の墓所です。供物は「五穀の甘酒」に「鬼ごろし」に「鬼ころし」です。酒好きだったのでしょうか?「遠山金四郎」の墓へ参ります。「名奉行」と書かれています。江戸時代に町奉行を務めました。「天保の改革」で庶民の暮らしを守るために活躍し、絶大な人気を誇ったと言われている実在の人物です。官位は従五位下左衛門尉です。晩年は、現在の「墨田区菊川3丁目」に住んだそうです。その住居はかつて「長谷川平蔵」が住んで居たそうです。コンビニ傍に説明板が有ります。自然...本妙寺/千葉周作・遠山金四郎・天野宗歩の墓

  • 本妙寺/明暦の大火供養塔と有名人の墓

    久しぶりにやって来ました。「徳栄山本妙寺」です。真夏日の陽気です。ここには「遠山金四郎影元」の墓が有ります。沢山の有名人のお参り所があります。先ず「明暦の大火供養塔」へ参ります。明暦の大火は1657年3月2日〜4日で江戸の大半を焼いた大火災です。江戸の3大火災と呼ばれていますが、その延焼面積及び死者共に江戸時代最大の火事です。天守閣を含む江戸城や多数の大名屋敷や市街地の大半を焼失しました。死者数は3万人~10万人と言われています。「振袖火事」とも言われています。3人の娘が袖を通し、3人の娘が死んだ因縁の着物を焼却しようとしたら強風に舞い上げられ、寺の軒先に舞い落ちて火を移した。と伝わっています(諸説あり)。「明暦3年」の文字が見えます。続いて「森山多吉郎」の墓へ参ります。実は私、彼を知りません。ああ、そう...本妙寺/明暦の大火供養塔と有名人の墓

  • 小塚原回向院

    新聞記事に惹かれて散策しています。小塚原回向院です。徳川幕府の墓所です。入り口に地蔵尊があります。子供の頃「吉展ちゃん誘拐事件」がありました。ここが菩提寺です。新聞記事にあった「解体新書」に係わる説明板・記念碑です。さて、歴史エリアへ行きます。小塚原回向院

  • 小塚原回向院・延命寺

    新聞記事に惹かれて散策しています。先ずは首切り地蔵から。回向院の隣です。首切り地蔵です。高架上を日比谷線の電車が走っています。上京した当初、首切り地蔵がここに有り、ここが処刑場跡だと知らずに、あの電車で毎日通っていました。家と会社の往復生活だったので、東京に引っ越して来て、自転車で散策を始めてからやっと知ったのです。ショックでした。処刑場も、無知な自分も。いつも静かにここに佇んで居ます。東日本大震災で倒れかけて、檀家を初めとした寄付で修理した記録です。題目塔です。元禄11年(1698)2月15日に京都三条の商人、八幡屋谷口氏と法春比丘尼により造立された題目塔。17世紀後半、法華信者の谷口氏が全国の街道筋等に、一切衆生の救済のため造立した題目塔のひとつであり、品川の仕置場等、100基以上が確認されている。1...小塚原回向院・延命寺

  • 泪橋交差点

    新聞記事に惹かれて散策しています。山谷は労働者の街です。そこには安宿が沢山あります。そして、私にとって山谷は、岡林信康が歌う「山谷ブルース」と「あしたのジョー」です。泪橋には川も橋の在りません。従って、掘っ立て小屋の「丹下団平ボクシングジム」も在りません。目の前で、男が警察官に食って掛かっています。派出所に連れていかれるな。矢吹丈が喧嘩して連れられて行った交番が在ります。初めて行った日の山谷の記事はこちら。泪橋交差点

  • 泪橋ホール

    新聞記事に誘われて散策しています。この存在はショクでした。大通りにあるのに、いつも通っている場所なのに、今まで気付きませんでした。興味がなければこんなにサイケな看板でも目に入りません。眺め倒しました。強烈な印象が残りました。また見に来ると思います。泪橋ホール

  • 大塚でチンドン屋

    初夏の光溢れる大塚駅前です。なんと、チンドン屋が居ました。賑々しく人を呼び込みます。チラシを貰いました。既に廃れた商売が、最近復活しているようですね。大塚でチンドン屋

  • 千束で「龍泉 冨久の湯」に出逢った。

    千束を走っていたら、「龍泉冨久の湯」に出逢いました。千束の龍泉ときたら、「樋口一葉」が暮らした街です。道路を渡ります。ビルに有る銭湯です。暖簾が涼しげです。まだ「準備中」の札が掛かっています。夏祭りがあるようです。「千束神社」の祭りだと思います。銭湯の規模を見ます。大きな銭湯です。陽射しの中で、自販機で水分を取りながら、開店を待つ老人が居ます。振り返って眺めます。思った以上に大きいです。裏に回ります。こんな牛乳屋が在りました。千束界隈は、まだ古い家に出逢えます。戻りつつ銭湯を眺めます。湯船の窓が有って、あそこは銭湯と一体のアパートでしょうか?「冨久の湯」の前の路地に入りました。料亭が在りました。黒塗りのハイヤーが停まっていました。斜め前はもんじゃ焼き屋です。下町の風景です。千束といえば、路地を抜けるとそこ...千束で「龍泉冨久の湯」に出逢った。

  • 「レストラン・アブルボア」で、

    アフリカをイメージしたレストランです。庭を見ながらカキフライ定食を食べています。いつもお米が美味しいです。農学部に在るレストランだからでしょうか?例によって食レポを忘れて、食べるのに夢中になっています。時々風に乗って、雪のように白い綿毛が降って来ます。幻想的です。写って無いけど・・・。食事を終えて外に出ました。これです。あの大きな木です。雪虫みたいに飛んでいます。写って無いけど・・・。何の木だろう?「レストラン・アブルボア」で、

  • 梅雨入り前の「レストラン・アブルボア」

    東京大学農学部キャンパスに在ります。この雰囲気が好いです。この時期にまだ有りました。カキフライ定食にしました。今日の一番人気です。多くの人が注文していました。「向ヶ丘ファカルティハウス」内にあるレストランです。いつものように庭に下ります。レストランの照明が好いです。蔦の壁が好いです。あの扉の向こうにドアフォンがあって、押せば扉を開けて貰えます。今日も6人連れが入って来ました。さあ、カキフライ定食を食べに行きましょう。梅雨入り前の「レストラン・アブルボア」

  • 新しい休憩所かな?ハチ公と

    東京大学農学部キャンパスです。ブルーシートが巡らされていて、立ち入り禁止の赤いコーンが置かれています。何だろう?椅子が置かれています。新しい休憩所でしょうか?ハチ公と上野博士像の奥です。木漏れ日の中から光のキャンパスを振り返ります。緑が鮮やかな東京大学農学部キャンパスです。新しい休憩所かな?ハチ公と

  • 初夏の三四郎池畔を歩く。

    初夏の木漏れ陽で薄暗くなった池畔を歩きます。木漏れ陽を踏みます。三四郎池を覗きます。殆どいつも濁っています。排水路が無い窪地の池です。影絵のようです。緑が濃いです。緑の隙間から見上げる空は初夏の色です。青紅葉が瑞々しく浮かびます。ちょっと振り返ります。木漏れ陽の遊歩道です。視界が開けます。もうすぐ梅雨が来ます。初夏の三四郎池畔を歩く。

  • 初夏の三四郎池へ行く。

    緑に覆われたような、東京大学三四郎池入り口です。何処かへ連れ去られそうな空間です。人が居ました!学生でしょうか?丁度昼休みです。水が少ないです。橋に向かいます。木漏れ陽の橋です。三四郎池です。緑を映します。初夏の風情です。初夏の三四郎池へ行く。

  • 東京大学の青銀杏並木

    青銀杏が今伸び盛りです。東京大学の銀杏並木です。木陰が涼しげです。工学部前の大銀杏へ向かいます。青々と繁っています。工学部前から振り返ります。黒々と影を落とします。木陰です。銀杏並木に戻って、正門方向を眺めます。安田講堂方面です。日陰が恋しい時刻です。東京大学の青銀杏並木

  • 「江戸川区東小松川小学校」改築中

    沢山の人が忙しく働いていました。「江戸川区東小松川小学校」です。もうすぐ完成のようです。東京23区でも過疎化で小学校が閉鎖されています。この界隈は人が増えているのでしょうか?隣に新しい共同住宅でしょうか?いや違います。この形状は、たぶんこの工事で働く人たちの臨時の住居だと推察します。こんなに多くの人が住み込んで働いています。他にも、通いの職人やトラックとかも居るでしょう。大工事です。隣に「東小松川小学校」が在りました。この古くなった校舎を建て替えるようです。新しい校舎が建っているあちらが今の校庭で、完成後は、こちらと背後のプレハブ建物の場所が校庭になるんでしょうね。珍しい光景です。何かの理由で途中から登校する生徒のようです。今ではこうしてインターホンで呼び出して開けて貰うんですね。私の通った小中高大学校の...「江戸川区東小松川小学校」改築中

  • ハト屋パン

    時々「下町人情キラキラ橘商店街」を通ります。「ハト屋パン」が廃業した後、現在の店主が引き継ぎました。当初は土日だけの営業でした。他の仕事をしながらの営業でした。当初から変わらない看板です。好いです。パンを買っています。コッペパンが有名でした。タレントが下町散策の番組で度々訪れていました。経営者が代わった当初、1度だけコッペパンを買いました。新しい経営者は、そのレピシを十分に引き継いでいないと言っていました。でも美味しかったです。「じゃあどうして、1度しか買わないのか」って?私、ここ10年くらいパン食を止めています。1度だけ、応援したくて買いました。下町商店街に復活した名物店です。頑張って欲しいです。ハト屋パン

  • 京成立石駅周辺再開発状況

    ずいぶん景色が変わりました。「呑んべ横丁」が在った場所です。(こんな景色でした)茶色のマンションが工事フェンスに覆われて、手前の「呑んべ横丁」が無くなりました。高架化工事が進んでいます。その下では線路が敷かれて、仮設のホームが造られています。東側です。仮設の線路ができました。一時的にここを通して、右の線路の上に、高架化工事を推進するようです。高架の柱の向こうには現在の駅舎が見えます。駅前の商店街の交差点です。工事フェンスの一部が透明になりました。覗きます。・・・何にも在りません。こうなったら、ここに何が在ったか分かりません。さっきの交差点を成していた、もう一つの商店街です。ここも覗けます。この界隈は、娼館跡の呑み屋街でした。いつの間にか、猥雑な建物が消滅しました。再開発って凄いですね。リセットボタンみたい...京成立石駅周辺再開発状況

  • 久しぶりの「クローバー商店街」と金次郎像

    久しぶりにやって来ました。堀切駅ホームの土手下の商店街です。「堀切菖蒲まつり」のバナーが出ていました。「クローバー商店街」です。人通りが少ないです。商店街の東端です。街灯は菖蒲の絵です。灯が点されています。有名な「堀切菖蒲園」最寄りの商店街です。菖蒲に賭ける意気込みが伝わります。あれっ⁈ここです。無い⁈ここに有りました。長い間ここに置かれていた、歩きスマホを奨励しているようだと手首を落とされた二宮金次郎像です。なんて可哀想なことをするんだと、何度か記事にしました。抗議があって撤去したのでしょうか?で、金次郎は何処へ行ったの?まさか、鋳潰したんじゃ無いよね!久しぶりの「クローバー商店街」と金次郎像

  • 予告どおりに新装開店していた。

    2022年3月の写真です。「2024年春再オープン予定」の貼紙がありました。2年先の予定を告知するのは珍しい、と撮っていました。先日、偶々通りました。道路工事中ですが、あの場所です。真新しいミニストップです。予告どおり再オープンしていました。・・・・前回もミニストップだったんだろうか?予告どおりに新装開店していた。

  • 「京島南公園」ジャンボ滑り台

    大江アナがコケたぶらんこです。大江アナがコケた滑り台です。界隈一の大きさです。よく通る路地の脇です。「モヤモヤサマーズ」の放送後からずっと気になっていました。もう10年くらい前からずっとです。ちょっと上がってみました。視野が変わります。子供が滑り台を逆行して上っています。子供はこういう上がり方好きですね。「怖くない?」と訊いたら、「怖くない」と上がって行きました。もう1段上がります。円錐が3段になった滑り台の基礎です。更に視界が変わりました。通路になった台を廻って周囲を眺めます。青い庇は時々報告する「魚屋やまちゃん」です。さて、あそこが頂上です。さっきから私を押し退けるようにして、子供が上がって行っては滑り降りて行きます。その度に「怖くない?」って訊いています。上がりました。こんな視界になるんですね。周囲...「京島南公園」ジャンボ滑り台

  • 尾久の原公園

    よく通る道に在ります。今まで来ることは無かったけど、新聞に紹介されたのでやって来ました。緑が真っ盛りですね。広い広い公園です。元大きな工場だったのを、東京都が公園として買い上げたそうです。隅田川沿い最大の公園らしいです。草原が広がっていますが、広い水辺の公園です。すぐ脇が隅田川です。ここまで来ると、スカイツリーや国技館などが無くて、観光船も走っていない田舎です。インバウンドは全くありません。道路を戻ると「尾久の原公園」です。公園から覗く隅田川の中空には「首都高速中央環状線」が走っています。高層マンションが並んでいますが、その下には木造住宅や町工場が多く在る下町です。池が見えます。ここは東京都下最大級の、トンボの繁殖地です。約30種のトンボが繁殖しているそうです。夏休みには「こども天国」になりますね。尾久の原公園

  • 東京都立大学荒川キャンパスの新緑

    目に優しい風景です。バスが停まっています。東京都立大学荒川キャンパスの前です。春夏秋冬よく訪れています。新緑のキャンパスです。バス停が有ります。セコセコしない、下町の風景です。東京都立大学荒川キャンパスの新緑

  • 5月の雑司ヶ谷旧宣教師館

    例によって裏庭から訪問します。すっかり緑の庭です。日陰だからでしょうか?まだカルミアが綺麗に咲いています。庭から見る全体像です。庭を歩きます。日陰の向こうは五月晴れです。光芒が差します。木洩れ日の下にベンチが有ります。ベンチから覗く裏庭です。見上げる5月の空です。まだ薔薇の季節です。すっかり緑の旧宣教師館です。5月の雑司ヶ谷旧宣教師館

  • 新緑の雑司ヶ谷霊園

    初夏の光に佇む「雑司が谷派出所」です。雑司ヶ谷霊園へ行く路です。新緑を見に来ました。東條英機の墓所です。命日でしょうか?供花が夏の色です。緑が萌えています。今日来て良かったです。木漏れ日の霊園を行きます。風が渡ります。空が夏色です。木々が騒めきます。新緑が輝きます。墓地を散策するのに慣れました。お墓の主と語ります。今日はいつもと違うコースで来ました。ここに竹久夢二が埋まっています。さあ、話を聞いて下さい。新緑の雑司ヶ谷霊園

  • 「サンロード商店街」のバナーが変わった。

    北千住のサンロード商店街です。またバナーが変わりました。春は桜紋でした。これは「矢車」でしょうか?よく家紋を掲載する商店街です。ちょっと訪問が遅かったけど、5月の空に、薫風に爽やかに回る矢車です。鯉のぼりを従えて・・・。こういう意味合で、この紋をこの時期に掲揚したのだと思います。通りが清々しくて華やかです。街並みの景観と集客に気を遣っている商店街だと、いつも感心しています。振り返ります。綺麗です。惜しむらくは、人出が少ないのです・・・。「サンロード商店街」のバナーが変わった。

  • 駒込「えびす湯」の解体

    <2023年2月>駒込の路地で「えびす湯」に出逢いました。近くはソメイヨシノ桜発祥の地で、ちょっとした商店街が在ります。<2024年3月>3/4工事フェンスが張られました。(私にとっては)突然ですが、銭湯受難の時代です。予感めいたものはありました。3/13です。粛々と覆っていきます。3/19です。すっぽり覆われました。<2024年4月>4/8重機が活発に動いています。急ピッチで解体されていきます。まだ建物は残っています。4/16銭湯に続く電線が分離されました。建物も煙突も解体されました。瓦礫の山です。4/30今日は休みです。工事が一段落したのでしょうか?5/21です。がれきの山です。搬出も進んでいます。もう煙突は、欠片もありません。「建築計画のお知らせ」です。店舗と共同住宅になるんですね。当然内湯が有る住...駒込「えびす湯」の解体

  • 新緑の下の上川口屋

    新緑と朱鳥居のコントラストが鮮やかです。先週も休みでした。ゴールデンウイークで疲れたのでしょうか?いつかのように売り切れたのでしょうか?木漏れ日に佇みます。今日は、唐十郎さんの話をしようと思って来ました。前回、ここに芝居小屋が建った時に観ておけば良かったと後悔しています。チャンスは1度しかありませんね。思い立ったら吉日ですね。お客さんが飲んだラムネの容器を置く場所です。ホントは防火用水です。初夏だし、これから沢山売れますね。1番好い季節です。来週また来ますね。新緑の下の上川口屋

  • 「梶原書店」の終焉

    やっぱり⁈今月に入って、トラックが停まっていたり、動きがあって注意していました。もう殆ど解体されています。ホームへ行きます。途中から覗きます。ホームに上がって振り返ります。いつもの場所からいつも見る景色が在りません。「解体工事のお知らせ」です。木造2階建だった「梶原書店」です。踏み切りを渡って、「梶原商店街」前から眺めます。ポッカリ空いた空間が悲しいです。解体工事に接していつも思う感情です。「・・・なんだかなあ」もう面影も無い梶原書店に戻ります。しっかり見ておきます。小さな家です。簡単に壊れます。裏に回ります。低いブロック塀が残っているだけです。こんなのすぐに倒されます。いつものように電車が来ました。客が乗ります。客が降りて発車します。何ら変わらない日常風景です。でもここに「梶原書店」は在りません。三ノ輪...「梶原書店」の終焉

  • 鏡山部屋が無くなっていた。

    親水緑道を散策していました。ふと、対岸の白い建物が目に入りました。あれって・・・?確認に行きます。まだ新しいです。裏に回ります。ここは鏡山部屋が在った場所です。跡地に2軒の戸建て住宅を建てたんですね。裏は家庭農園です。緑の杜は「香取神社」です。前は親水緑道です。文化センターが背後に在ります。抜群の住環境ですね。大横綱「柏戸」が「伊勢ノ海部屋」から独立して興した由緒ある部屋でした。在りし日の鏡山部屋はこちら。鏡山部屋が無くなっていた。

  • 町屋「子宝湯」の廃業

    町屋に「子宝湯」が在ります。時々覗いては、その健在ぶりを確かめていました。先週も来たばかりです。玄関です。営業前かと思っていました。普段の風景です。ん、シャッターに何か書いています?近寄って見ると、「ありがとう!サヨナラ」です‼︎こんなに小さく?急いで煙突を確認しました。当たり前です。先週確認したばかりです。そんなに早く解体できません。まあ、燃料置き場は雑然としていたし、施設は古いし、廃業が近いとは感じていました。ボイラー室へ行きます。以前の状態とあまり変わら無いのでピンときません。それでも少し整然としています。・・・手前に何か書かれた段ボール箱が有ります。「ご自由に」です。なに??「ケロリン」だ!銭湯定番の洗面器です。・・・これを放出するのだから廃業決定ですね。また一つ、銭湯が無くなりました。界隈に銭湯...町屋「子宝湯」の廃業

  • 都電と薔薇/三ノ輪橋停留場界隈

    薔薇が真っ盛りです。早稲田行きが出発します。ホームへ向かいます。電車を待ちます。満開の薔薇です。やって来ました。ホームに入ります。停車しました。ここは始発・終着停留場なので、停車時間が長いです。ゆっくり眺めます。「関東の駅百選」です。都電と薔薇です。発車します。早稲田へ向かいます。あの電車は、これから沿線でどんなシーンを演出するのでしょうか?都電と薔薇/三ノ輪橋停留場界隈

  • 都電と薔薇/荒川一中前停留場界隈

    都電沿線には多くの薔薇の見所があります。ここ「荒川一中前」停留場界隈は、都電には珍しい長い直線と、線路脇の薔薇が見所です。ホームから眺めます。早稲田行きです。電車を眺めます。三ノ輪橋行きがやって来ました。並んで停まります。色んなカラーリングがあって楽しいです。三ノ輪橋行きが残ります。去って行きます。また三ノ輪橋行きです。左右の薔薇が綺麗です。黄色い薔薇が綺麗です。早稲田行きです。白薔薇の向こうで停まります。去って行きます。第六瑞光小学校脇の薔薇が見事です。光の中を電車が来ます。停留場へ向かいます。停車します。三ノ輪橋行きも来ます。並びます。三ノ輪橋行きがやって来ます。校庭前の薔薇が残ります。都電も薔薇も見飽きません。都電と薔薇/荒川一中前停留場界隈

  • 煙突解体工事の進捗状況

    煙突が低くなって以来、急に動きが激しくなりました。更に低くなりました。頂上部分に輪っかが付いたり無くなったりします。何だろう?周囲の建物と被るような高さになりました。再度行ってみます。近くに寄るとまだ十分高いです。今日、輪っかが無かったので、もっと近くに行ってみます。なにあれ⁇輪っかが解体されて下がって行きます。あれは作業足場みたいです。作業梯子に見えたのは、足場を上下する為のレールですね。煙突の高さは、赤い部分が3ヶ所で、白く塗られた部分が2ヶ所です。工事が始まったのに気づいた当初の姿です。上掲の現在の写真は、一番上の白い部分が無くなっています。今日の全体像です。煙突をよく見ると、島津家の家紋のような㊉の印が縦に並んでいます。その一部は穴が開けられています。更に、番号が付けられています。上から下に向かっ...煙突解体工事の進捗状況

  • 新緑の鬼子母神参道/2024年

    新緑が眩しい鬼子母神参道入り口です。木漏れ日の参道です。足を踏み入れます。木漏れ日を踏みます。枯れ木だったのに、緑があれよあれよと空を覆いました。命の瑞々さです。光が描く美しさです。幹に注ぎます。建物に注ぎます。見上げます。狭い空を覆う新緑です。参道を行きます。振り返ります。静寂の昼下がりです。新緑の鬼子母神参道/2024年

  • 大塚台公園にSLが有った。

    大塚界隈がバラ祭りの最中です。ポスターに、大塚台公園が会場の一つだと書かれていました。初めての訪問です。平日にイベントはやっていません。あれっ?丸い築山みたいな滑り台の向こうに有るのはSLじゃないか?!おお〜!古びています。あまり手入れされていないようですね。まあ古いモノではあります。築山的滑り台に登って眺めます。おお〜!迫力あります!都電の坂道に来ました。画面中央の緑が大塚台公園です。薔薇が最盛期です。電車が往来します。初夏真っ盛りです。大塚台公園にSLが有った。

  • 都電と薔薇/荒川第一中学校横のカーブ

    荒川区立第一中学校です。都電の線路脇です。ここのカーブが都電と薔薇の見所です。早稲田行きです。三ノ輪橋行きも来ました。交差します。同じカラーリングです。三ノ輪橋行きが来ます。去って行きます。初夏の陽射しと薔薇が残ります。都電と薔薇/荒川第一中学校横のカーブ

  • 都電と薔薇/荒川2丁目停留場

    荒川2丁目停留場横には「荒川自然公園」が在って、毎年見事な薔薇を咲かせます。早稲田行きです。発車します。三ノ輪橋行きがやって来ました。行ってしまいました。薔薇が残ります。薔薇が綺麗です。今が盛りです。都電と薔薇/荒川2丁目停留場

  • 金子鉛筆製作所/下町のえんぴつ屋さん

    やって来ました。「下町のえんぴつ屋さん」です。同じ番号の車があと2台有ります。番号の謎は、昨冬社長と出逢って解決しました。この可愛い自販機に出逢ってからよく来ます。水分補給の場所です。工場に看板は有りません。この自販機に社名が有ります。自販機を眺めます。「小さい子は鉛筆の自販機だと思っているよ」と社長が言っていました。この自販機を見て、鉛筆工場を探し始めました。鉛筆工場探索のきっかけになった工場です。でも、荒川区の地場産業だった鉛筆工場ですが、多くが廃業していました。現在荒川区で、2軒(もう一つはアイボール鉛筆)、葛飾区では「北星鉛筆」だけです。頑張って貰いたいです。鉛筆工場を探し始めた記事はこちら。金子鉛筆製作所/下町のえんぴつ屋さん

  • 「キリン鉛筆」再訪

    先日TVニュースで「キリン鉛筆」が紹介されていました。「北星鉛筆」も紹介されていました。偶々北星鉛筆は、放送直前に訪れていたので、キリン鉛筆にやって来ました。と言っても、10日に1回位は前を通っています。今日は裏から訪問しました。数年前に改築した社屋です。もう鉛筆は作っていません。看板は大切に残しています。六角形のマークは鉛筆由来です。こちらは、地元の人達が作った物を売っています。今日も休みです。どうも相性が悪いですね。私が覗いた時はいつも休みです。全体像です。向かいは荒川区の公園です。最近テニスコートなども併設した総合公園です。大きな滑り台の向こうは荒川です。鉛筆は外材を原料に作りました。従って、鉛筆工場の多くは、荒川の水運を利用できる荒川区に在りました。地場産業でした。「キリン鉛筆」再訪

  • 三社祭の行列(白鷺の舞)/2024年

    行列の一方の主役は既報の「びんざさら」です。その後も、もう一方の主役を先導して行列が続きます。綺麗どころが続きます。やって来ました。「白鷺の舞」の白鷺です。肅々とやって来ました。・・・舞いません。舞うのは浅草神社の拝殿前だけなのでしょうか?あの羽を拡げたら綺麗なんだけど。しづしづと去って行きます。お囃子です。羽を広げて舞っている絵が有ります。これもしづしづと去って行きました。東京に暮らして30数年、初めて三社祭行列を全部見ました。三社祭が終わったら東京に夏が来ます。<過去の羽を広げた姿>三社祭の行列(白鷺の舞)/2024年

  • 三社祭の行列(びんざさら)/2024年

    三社祭はこの行列が幕開けとなります。役員の挨拶があって、1本締めて、行列が始まりました。お囃子の車が先頭です。祭囃子を奏でます。去って行く向こうにはスカイツリーです。下町の路地です。「木遣り歌」です。路地をいっぱいになって進みます。続いて「びんざさら」が行きます。行列が続きます。三社祭の行列(びんざさら)/2024年

  • 今年初めてのかき氷

    三社祭で賑わう浅草の路地を走り回っています。初夏の陽射しに汗ばみます。この幟暖簾に目が留まりました。昔懐かしい喫茶店です。かき氷のメニューです。安いです。下町価格です。来ました!今年初めてのかき氷です。「いちごミルク」です。懐かしい!缶詰めのみかんとさくらんぼが乗っかっています。子供のころ憧れた、贅沢かき氷です。そう、駄菓子屋には無くて、大人に連れて行って貰った「喫茶店」に有ったアレです。毎年かなりのかき氷を食べるけど、今まで出逢っていません。やっぱり喫茶店だから有ったのでしょうか?偶然入った店だけど正解です。ここまで食べたら、色合いが良いと思いました。撮ります。昔からの、懐かしい雰囲気の喫茶店です。店の斜め前は「曙湯」です。初夏の陽射しです。三社祭が終わったら東京に夏が来ます。今年初めてのかき氷

  • 三社祭の神輿を巡る/2024年

    浅草の路地を行きます。神輿の準備をしています。路地が変わると町内会が変わります。夫々に「おらが町内」の神輿が有ります。イスラム教徒も見ています。町内会半纏を背負った背中です。初夏の陽射しに神輿が光ります。「象潟町会」です。自慢の神輿です。祭囃子の太鼓台です。保育園の子供が叩いています。園児と父兄が挽きます。蕎麦屋の玄関です。三社祭が始まります。三社祭の神輿を巡る/2024年

  • 三社祭が始まる/2024年

    浅草の街が祭り一色になっています。町内会の半纏です。祭り提灯が吊るされています。飾り付け中です。いつもは駐車場の場所に屋台が出ています。祭りの時だけの対応です。三社様で照明を取り付けています。神輿蔵の前が人だかりです。本社神輿です。一之宮、二之宮、三之宮です。祭り半纏がたむろします。雅楽の演奏です。修学旅行の一団です。三社様の鳥居前です。最近は外国人か修学旅行生ばかりです。仲見世は相変わらずの大混雑です。そんな中で三社祭が始まります。三社祭が始まる/2024年

  • 都電と薔薇/町屋駅前界隈

    早稲田行き電車がやって来ました。薔薇の線路です。京成電鉄の鉄橋を潜ります。あれっ⁉︎鉄橋の上に人が居ます。あそこもホームでしょうか?早稲田行きがまた来ます。町屋駅前停留場へ向かいます。鉄橋をスペーシア(?)がやって来ました。三ノ輪橋行きが来ました。去って行きます。その向こうからも電車が来ます。すれ違いました。町屋駅前停留場へ向かいます。都電も薔薇も見飽きません。都電と薔薇/町屋駅前界隈

  • 都電と薔薇/町屋駅前

    都電沿線の薔薇が真っ盛りです。町屋駅前です。鉄橋を潜って早稲田行きの都電がやって来ました。町屋駅前停留場に向かいます。三ノ輪橋行きの電車も停まっています。色々なカラーリングがある事も都電の楽しさです。三ノ輪橋行きが発車します。満開の薔薇です。頭上で京成電車が発車しました。去って行きます。早稲田行きの電車がやって来ました。並んで停まります。三ノ輪橋行きが発車しました。京成電鉄の鉄橋を潜ります。都電も薔薇も見飽きません。都電と薔薇/町屋駅前

  • 足立市場祭り/マグロを買いに行く

    奇数月に1度、足立市場で祭りが開催されます。大人気のイベントです。卸値で買えるもの。いつも出遅れて1時間以上並ぶのが常なので、今回は早くやって来ました。まだ開店前です。周囲を見て廻ります。中とろが1700円です。コロナ禍前はずっと赤身と中トロが1000円で、大トロが1500円でした。それが今年はこの値段です。赤身は1500円になりました。物価高を実感します。解体中です。冷凍ブツは安いです。生牡蠣が有りました。広島産です。私は牡蠣が好きですが、もう季節外れでしょう。もう暫く待てば、岩牡蠣の季節になります。解体が進んでいます。あれが私のマグロだろうか?解体を眺めながら開店を待ちます。いつものように沢山の人が並んで居ます。いつもの「三上水産」です。こちらでは、冷凍マグロを切っています。激しく上下する鋸が怖いです...足立市場祭り/マグロを買いに行く

  • 煙突が低くなっていた。

    気がついたら煙突が低くなっていました。晴れ間を待って、改めてやって来ました。1年前くらいからクレーンが立っていました。当初は、煙突が解体されるのか?と緊張して進捗を気にしていましたが、何にも変わらないので気を抜いていました。プラントの中に有る煙突です。ここは「東京都下水道局砂町水再生センター」です。周辺の空気が臭いです。下水を綺麗にして排水しているプラントだと思いますが、煙突がどんな役目を果していたのかは分りません。水再生センターは広い敷地を持っています。塀の外からぐるりと眺めます。もうすぐ無くなる煙突です。色々な角度から撮ります。この煙突は遠くからも目立ちました。壊す為に取り付けた作業梯子でしょうか?近くに来て気付きました。1年位前からずっとクレーンが立っていたのは、これを取り付ける作業をしていたのだと...煙突が低くなっていた。

  • 「エコノミーホテルほていや」と「珈琲屋バッハ」

    新聞記事に誘われてやって来ました。新聞の地図ではこんな位置.に在ります。ドヤ街には簡易宿舎も林立しています。もうすぐ三社祭りです。三社が終われば東京に夏が来ます。今年は更に暑くなる予報です。ご婦人が歩く先に、「ほていや」の袖看板が見えました。あそこですね。あらっ!ご婦人が入ろうとしている場所も、もう一つの目的地「珈琲屋バッハ」です。新聞記事です。満席のようです。意外でした。すぐそこで警察官に食って掛かっている男が居る街です。山谷に、普通の人が並ぶ店が在るとは思いませんでした。そして、隣が「エコノミーホテルほていや」です。確かに安いです。山谷の昔を知らない外国人観光客に、特に人気です。七福神の布袋尊からの命名ですね。・・このシリーズ、ちょっと休んで後半に続きます。「エコノミーホテルほていや」と「珈琲屋バッハ」

  • 吉原大門

    新聞記事に誘わてやって来ました。東京では時々「大門(おおもん)」の地名に出逢います。北千住にも在って、やっぱり遊郭が在った場所です。全てがそうとは限りませんが、多くはそうだと思います。ここが1番有名な「大門」だと思います。ガソリンスタンドの手前に立っていたと思います。吉原大門の信号です。大門が在った場所です。ここから吉原の街を見ます。すぐ先で、道は大きく右に曲がっています。ここから見ると普通の街ですが、曲がった途端、そこには非日常の夢の世界が広がる、わざと道を曲げた演出です。何代目かの柳です。街歩き史跡めぐりのツアーだと思います。この後彼らはあそこを曲がって行きました。吉原から帰る客が、別れを惜しんで「振り返った」場所です。「吉原大門」の横断歩道から見るスカイツリーです。振り返ると「土手の伊勢屋」です。こ...吉原大門

  • 土手の伊勢屋

    新聞記事に誘われてやって来ました。土手の伊勢屋です。2か月ぶりです。今日は10時前に着きました。7番目です。収容人数は6席最大16人です。1回転目に入れます。椅子にかばんを置いて、席をキープして撮影しています。老舗天丼屋の磨りガラスの絵柄は海老です。テイクアウトの窓です。古くから有りましたが、再活用されたのは「コロナ禍」からのように思います。老舗店が並んでいます。隣りは馬肉や桜鍋の「中江」です。こちらも開店前です。開店しても客は少ないです。やっぱり夜の商売です。開店しました。ごま油の好い香りが漂います。いつもは食レポを忘れて食べた途中で気付くのですが、隣の人が撮っていたので気が付きました。私が頼んだ天丼です。こんなメニューです。私はいつも一番安い「天丼イ、」です。ここは江戸前の食材、穴子やキスなどが豊富に...土手の伊勢屋

  • 「ドヤ街」今は昔

    先日新聞にこんな記事が出ていました。よく行く場所です。土地勘がありますが、知らない情報が多く載っていました。地図も有ります。行ってみます。先ずは、矢吹の像です。いつの間にか綺麗に再塗装されていました。同じことを考えてやって来たのでしょうか?熱心に撮っています。アーケードが無くなって明るくなりました。そしてホームレスが居なくなりました。雨も夜露も猛暑も冷風も凌げません。明るくなった商店街の東口です。「山谷労働者福祉会館」兼「日本キリスト教団日本堤伝道所センター」です。ここにいつもホームレスがたむろしていました。今でも炊き出しを行っています。シャッターを鮮やかなブルーで塗っていました。見違えます。新聞の記事どおり周辺に集合住宅が増えました。「山谷労働者福祉会館」の玄関前は薄汚い(失礼)酒屋でしたが、マンション...「ドヤ街」今は昔

  • 立石駅周辺再開発/駅前交番

    先日駅前交番が移転した記事を掲載しました。あ、ここに移転したんだ!新築は綺麗だなあ!立石駅前は東西南北に幾つもの商店街が在りました。交番の先です。反対側です。どちらも工事のフェンスに囲まれています。フェンスの中は、もう解体されています。商店街受難の時代です。果たして工事後は、以前の様に商店に囲まれた交番になるのだろうか?立石駅周辺再開発/駅前交番

  • 老舗佃煮店の在る路地

    佃煮を買いに来ました。佃島の老舗佃煮店が並ぶ路地です。こちらは「天安」です。老舗の風情です。観光客が歩く路地です。田中屋です。我が家の佃煮はこの店です。何年経っても味は変わりません。マンネリこそが伝統です。この路地の景色は何にも変わりません。老舗佃煮店の在る路地

  • 佃島/古民家と超高層ビルと船溜り

    古民家の上に超高層マンション群がそびえます。新旧が同居する佃島です。駄菓子屋です。頑張っています。酒屋でもあります。向いの屋根の上に、聖路加タワーがそびえます。近そうに見えて、隅田川の向こう側です。船溜りです。佃島は古い町です。徳川家康江戸転封時に、大阪からついて来た漁師の町です。この船溜りは、漁港です。佃小橋からの眺めです。あちらは、「もんじゃタウン」が在る月島です。そして聖路加タワーです。この景色も、ずっと変わりません。あ、数年前に船溜りを改修しました。月島に新しい超高層マンションが立ちました。でも、この古民家群が在る限り、新旧の調和が取れた町に見えます。いつまでも変わらない景色です。佃島/古民家と超高層ビルと船溜り

  • 松平定信墓

    霊巌寺と言えば松平定信です。松平定信と言えば「寛政の改革」です。中学校の歴史で習いました。現在の歴史評価では「失政」とされています。右の石柱に「松平楽翁公霊域」と有って、左の門柱には「昭和4年5月修築」と有ります。墓所です。大河ドラマで渋沢栄一が扱われて、「七分積金」の制定者であることで再び評価されました。昭和4年に定信の百年忌を挙行したのが、渋沢栄一です。徳川四天王や今治藩主の墓がある場所でもあります。松平定信墓

  • 霊巌寺の三門が新装された。

    長い工事が終わりました。新装なった霊巌寺の三門です。潜ります。綺麗です。境内から振り返ります。綺麗です。本堂の工事もまもなく完了のようです。・・・やっぱりねえ。心配ですよねえ。この綺麗さに、普通はためらうけどねえ。居るんだよねえ。1番乗りを目指す奴が、、、霊巌寺の三門が新装された。

  • 2024年5月(夏)場所が始まる

    画面は5/8の写真です。数日梅雨空っぽい東京です。両国駅にはまだ相撲取りの闊歩はありません。横綱像の1番新しい物です。あのスペースには、おそらく照ノ富士の手形が入ります。このタイミングで横綱になって、照ノ富士より先に引退する力士は居ないでしょう。1番新しい手形は白鵬です。幟が出ました。2024年5月場所が始まります。国技館前はまだ閑散としています。チケット販売所に貼られたポスターです。通常は優勝候補力士を載せますが、先場所は新入幕の尊富士が優勝したように、今場所の優勝候補も挙げ辛いです。苦肉の策のポスターですね。国技館前を戻ります。外国人の集団が行きます。ウ~ン、スカッとした青空が欲しいです。散々探してやっと見つけました。こんな所に尊富士の幟が有りました。このコーナーは、左右全て相撲部屋の幟です。なんでこ...2024年5月(夏)場所が始まる

  • 5月場所が始まる/貴乃花部屋跡

    下町に夕暮れが訪れます。倉庫のようです。ここは、元貴乃花部屋です。5月場所が始まります。勝負事は栄枯盛衰が常です。暮れていきます。<在りし日の貴乃花部屋>5月場所が始まる/貴乃花部屋跡

  • 荒川河川敷のポピー畑

    今年も咲きました。荒川右岸河川敷のポピー畑です。背後は総武本線の鉄橋です。電車が行きます。写真を撮っているカップルが居ます。電車が行きます。ちょっとアップで。スマホはアップが苦手です。荒川の中空は、首都高速中央環状線です。電車が行きます。アップで。ちょっと絵になります。今が見頃です。荒川河川敷のポピー畑

  • 初夏の干潟

    干潮の海です。葛西臨海公園の干潟です。ここは「ラムサール条約湿地」です。小さなテントの向こうは東京の中心部です。今日は金曜日です。連休明けの金曜日です。海があんなに遠いです。東京ディズニーリゾートのホテル群です。干潟の向こうのゲートブリッジです。湿地に書いたラブです。海が遠いです。陸が遠いです。背景はディズニーランドホテルです。腕白小僧に似合います。夢の国ホテル群です。水温む季節です。幸せそうです。ディズニーランドホテルと女性です。TVを見ていたら、突然、あの方向で7人が乗ったボートが漂流しているそうです。乗員全員が救助されたらしいですが、長閑な風景の中でこんなことが起こっています。湿地の水が光ります。実は正面奥に雪を頂いた富士山が見えます。スマホの限界です。富士山って、案外大きいです。初夏の風が渡ります...初夏の干潟

  • 陸奥部屋が廃止になった。

    陸奥親方の定年に伴って、部屋が廃止されました。この看板も撤去されますね。玄関です。ポストにはまだ「陸奥部屋」の文字が残っています。玄関上あった部屋の看板が無くなりました。当然といえばそうなんですが、見慣れた物がないと違和感があります。慣れるまでに時間が掛かります。結局、親方は部屋付き親方になって、向島の「音羽山部屋」に行きました。大関霧島が引退したら、彼が「陸奥部屋」を継承するのでしょうね。そうなったら、ここに戻って来るのだろうか?まだ新しそうだし、ポストもそのまま使えるし・・・?横綱力士碑の背後には、「ちゃんこ霧島」が在ります。部屋付き親方引退後は、ここで商売に励むのだろうか?大きなお世話だろうけど・・・。<在りし日の「陸奥部屋」看板>陸奥部屋が廃止になった。

  • 京成立石駅前再開発状況

    京成立石駅前の再開発がゆっくり進んでいます。駅周辺が高架になります。高架化工事中です。踏み切り周辺です。新しい線路が施設されようとしています。今の線路の位置に高架鉄道を造る為の一時迂回線路です。ただ今建設中です。呑んべ横丁が在った界隈の横です。行ってみます。あれから進んでいないように見えます。でも着実に再開発は進んでいます。伝統産業館です。玄関です。閉館のお知らせです。1度だけ入ったことがあります。地場製品の展示即売所でした。たった1人の客である私に、係員が2人で、熱心に説明してくれて、購入を促されたものです。駅前商店街通りです。ここに立石駅前交番がありました。もう移転しています。再開発工事は、着実に進んでいます。京成立石駅前再開発状況

  • 江戸川区船堀で「鶴の湯」に出逢った。

    江戸川区を走っていました。船堀は、江東区の西端の、中川に近い街です。比較的新しい街のように見えます。古い町並みを再生した雰囲気です。そこに銭湯が在りました。商店が集まった一角です。おそらく、昔から銭湯があって、人が集まるここに商店が集まったのだと思います。そんなに古くありません。立派な本格的銭湯の佇まいです。町の再生に合わせて改造したのだろうか?新しい住宅には内湯を造るはずなのに?・・・銭湯を改造したその後に、町が再生されたのかも知れません。そんな雰囲気です。見上げる立派な煙突です。銭湯はおめでたい名前を付けます。「松竹梅」とか「富士山」とか「七福神」とかです。「鶴亀」も人気の名前です。その段からいくと、「鶴の湯」は老舗の銭湯だと思います。東京は関東ローム層なので、地下水が黒いです。「黒湯」は関東の一般的...江戸川区船堀で「鶴の湯」に出逢った。

  • 「男はつらいよ」第47作に見る江戸川土手の今昔

    「男はつらいよ」第47作の続きです。満男は大学の先輩の妹と仲良くなりましたが、先輩の軽率な発言で、ゲスト(牧瀬里穂)との仲がマズくなりました。悶々と過ごす正月休みです。家に居てもムシャクシャするばかりだし、両親や朝日印刷の皆さんにも鬱陶しがられるしで、家の前の江戸川の土手に逃げます。<現在の現場>当然ですが、映画と違って振袖の女性なんか歩いている筈がありません。殆ど人が居ない江戸川土手です。ところが、ゲストが満男を訪ねて来ます。江戸川土手を歩いてやって来るのを見つけました。創作の世界ならではの再会です。<現在の現場>お互いに再会を喜ぶシーンです。ゲスト(牧瀬里穂)は、「あのまま満男さんと分かれるの嫌だった」といいます。牧瀬里穂さんは当時、JR東海のクリスマスの新幹線ホームのCMで大人気でした。<現在の現場...「男はつらいよ」第47作に見る江戸川土手の今昔

  • 「旧晴海鉄道橋」遊歩道化工事推進中

    薔薇の香りが漂っています。薫風です。超高層マンションを背景に、錆た鉄橋が在ります。旧晴海鉄道の鉄橋跡です。随分前から放っぽらかされていたのに、鉄橋の左右で工事が行われています。春海橋と並行した鉄道でした。昔、向こう岸には「小野田レミコン」や鉄鋼所などの工場が在りました。おそらく、原料の搬入や製品の出荷に使った線路だと思います。工場地帯と埋立地だった場所が、超高層マンションが林立する住宅地になりました。その中でずっと、個性を放っていた鉄橋です。近代的なマンション群の中でのその姿は、ちょっとノスタルジックであり、存在感のある、好い風景です。江東区と中央区を繋いでいた鉄橋です。鉄橋に行ってみたいけど、以前から立ち入り禁止になっています。そんな所に、工事の告知看板が立ちました。なんと、旧晴海鉄道橋を遊歩道にする工...「旧晴海鉄道橋」遊歩道化工事推進中

  • 「昌栄会」商店街

    東小岩を走っていました。翡翠色の街灯に心を奪われました。曇り空でも鮮やかです。バナー看板も味があります。ずーっと商店が見当たりません。小岩駅に向かっているようです。クリーニング店が在りましたが、相変らず住宅街です。小岩事務所•区民館が現れました。隣は、小岩警察署です。どうやら街の中心地みたいです。やっと商店街の雰囲気です。でも、店が開いていません。所々開いている店です。でも、人通りはありません。古い街道と交差して駅に近い立地です。往時はさぞかし栄えた商店街だったと思います。「昌栄会」商店街

  • 築地市場の解体が完了した。

    築地市場の解体が完了したとの新聞記事を読みました。行ってみます。晴海通りの勝鬨橋の北です。フェンスの背後に建物が在りません。市場の周囲を巡ります。ここからは勝どきの超高層マンション郡が素通しで見えるようになりました。波除神社は、市場関係者が居なくなっても賑わっています。参拝者の多くは外国人観光客です。築地の飲食と日本の神社を体験できる人気の場所なのでしょうね。波除神社の正面は、相変わらずの、築地場外市場です。向こう側へ行きたいのだけど、この人混みの中を、自転車を押して突っ切る勇気はありません。一旦晴海通りに戻って、築地4丁目から新大橋通りに行って、あの人混みの向こうに行くことにしました。やって来ました、新大橋通りに廻り込んで、市場橋の信号待ちです。凄い人です。振り返る門跡通りです。ここからも、築地市場跡を...築地市場の解体が完了した。

  • 新緑の「小松川境川親水公園」

    新緑の親水公園です。緑が目に優しいです。水辺が涼しげです。1番好い季節です。親水公園が2つに分かれます。江戸川区は海抜ゼロメートル地帯でもあって、水が豊富な街です。もう藤は終わりました。親水緑道を行きます。滝に出ました。以前は近くに鏡山部屋が在って時々来ていましたが、廃業したので久しぶりになります。隣りは「江戸川区文化センター」です。街の中心部にこのような親水公園が在ります。江戸川区は水に囲まれた街です。新緑の「小松川境川親水公園」

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