chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
荒川三歩 https://blog.goo.ne.jp/arakawa3po

写真付きでチャリンコ散策結果を報告します。 めったに遠出しないので、殆ど近隣下町の出来事がテーマです。

荒川三歩
フォロー
ブログ村参加

2014/09/30

ブログをみる無料アプリ

アプリでフォローする
arrow_drop_down
  • 「男はつらいよ 寅次郎の休日」の撮影現場ー3

    泉ちゃんの父親が勤めている秋葉原の家電会社を訪ねます。<現在>久しぶりに秋葉原へ行きました。泉ちゃんの父親は、こんな会社に勤めていたのでしょうか?当時の秋葉原は、電気の街でした。その名残があります。当時も込み合っていました。<現在>電気街から歓楽街になっています。それも、アニメやフィギアや、オタクと呼ばれる人も来る街です。ある意味楽しかったです。父親は退職して、女性(宮崎美子)と日田で暮らしているそうです。成すすべがありません。この話、続きます。「はてなブログ」荒川三歩にも投稿しています。10月から移籍先です。「男はつらいよ寅次郎の休日」の撮影現場ー3

  • 「男はつらいよ 寅次郎の休日」の撮影現場ー2

    前回の続きです。泉ちゃんが満男に会いに来ました。<現在>源公に教えられた「くるま菓子舗」へ行きます。<現在>この小さな倉庫が今でも残っています。数代を経た倉庫です。訪ねて来ました。満男は一浪の末大学生になりました。満男は実家を出て、大学の近くのアパートに引っ越す予定です。八王子です。確かに、柴又から毎日通うのは大変です。レンタカーを借りて、友人と引っ越し荷物を取りに帰りました。<現在><現在>でも、家には泉ちゃんが居ました。引越しを中止します。友人にレンタカーを返すよう追い出す満男です。<現在><現在>この話、続きます。「男はつらいよ寅次郎の休日」の撮影現場ー2

  • 「男はつらいよ 寅次郎の休日」の撮影現場ー1

    シリーズ43作、平成3年のお正月映画です。この前作から後藤久美子さんが登場します。そして恋愛の主人公が、寅次郎から満男に替わります。さくらと博の家です。江戸川の土手下です。<現在>今は家が在りません。<現在>あの藪の場所だと思います。博がさくらの自転車で仕事に出掛けます。<現在>相変わらず子供と遊ぶ源公です。<現在>面白いのは、左のドア(?)に撮影風景が映っていることです。これ、NGですよね?<現在>この話、例によって続きます。「男はつらいよ寅次郎の休日」の撮影現場ー1

  • 日本 外国たばこ屋

    角地です。以前から気になっていました。今日は覗いてみます。立川の路脇です。西側は三ツ目通りだと思います。店の前の通りは、何処にでも在る下町の路地です。近づきます。たばこの自販機群です。傍に置いてある灰皿には、火がついたまんまのたばこが捨てられています。煙いです。近づいて見ます。よく分かりませんが、全部外国たばこのようです。今、たばこって高いんですね!牛丼が食べられます。ああ、これ、最近全くたばこに縁が無いので分かりませんでしたが、「LARK」は日本のたばこじゃなかったですか?こっちの自販機は、全品外国たばこじゃないですか?こっちも?看板に偽り無し。日本外国の品揃えが豊富なたばこ屋でした。日本外国たばこ屋

  • 両国に在る相撲関係の店

    両国の国道14号線です。「SUMOLAND」です!最近、こういった外国人相手の居酒屋みたいのが多くなりました。あの着ぐるみを着て食事するのでしょうね。これも体験型観光です。両国駅前です。「安美」って、ちゃんこ料理屋ですね。2階3階が店のようです。多分、元関脇安美錦(現安治川親方)の店だと思います。元大関霧島も両国駅前でちゃんこ料理屋を営んでいます。相撲取り御用達の「ライオン堂」です。キングサイズの店です。6Lサイズって、どんなの?さて、安治川部屋です。新興の部屋ですが、安青錦が異例の出世で、9月場所は新小結に昇進しました。私の優勝候補の一人です。安美錦は、親方として順調なスタートを切りましたね。ちゃんこ料理屋も順調でしょうか?両国に在る相撲関係の店

  • 「横綱横丁」を行くと、

    9月場所がたけなわです。「横綱横丁」を行きます。第一印象は、普通の呑み屋街、です。喫煙所が在りました。混雑しています。路地を横切って進みます。ちょっと覗いた路地に、ちゃんこ料理屋があります。両国の雰囲気です。横綱横丁を行きます。トンカツ屋の向かいにイタ飯屋ですね。多国籍です。更に真っ直ぐ行きます。ん?呑んだ後、アイスを食べるのか?普通にコンビニが在ります。南口です。大通りは国道14号線です。「横綱横丁」は至って普通の呑み屋街でした。でもね、振り返る南口に説明板が有ります。ここは、「芥川龍之介育成の地」なんです。何処に家が在ったのかは不明ですが、、、芥川龍之介生育の地の記事は、こちら。「横綱横丁」を行くと、

  • 「伊勢ヶ濱部屋」は隣りだった。

    伊勢ヶ濱部屋の移転先を報告しました。実はそれが、隣りだったのです。2025年の9月場所が始まって、看板が出たかな?とやって来ました。あれ?隣のビルに、まわしが干してある?前回報告した、料理屋と思っていたビルです。入り口は何処だろう?この奥かな?とスマホのシャッターを押したら、ドアが開いて誰かが顔を出しました。気まずいですが、得難い写真ではあります。丁髷を結った彼は、突き当たりのドアの中に入って行きました。改めて最初の写真を見直します。相撲部屋(土俵がある)には見えません。そしてそして、3番目の写真を見直します。これが相撲部屋の看板なの??これは強くは見えないなあ?私の感覚が古いのかなあ?見間違えた部屋の記事です。「伊勢ヶ濱部屋」は隣りだった。

  • 日本のガウディが造った「城の樹」

    早稲田は鶴巻町早大通りの交差点です。ガウディが造ったような建築物が在ります。強烈な個性を放っています。設計者は「日本のガウディ」と呼ばれた梵寿鋼氏です。早稲田大学建築科卒業らしいです。早大通りにあるのが納得です。近づいて眺めます。テナントです。こちらは住宅への入り口のように見えます。靴で踏むのが勿体なく思います。見上げます。静かな学生街に異彩を放っています。建物の名前は「城の樹」です。日本のガウディが造った「城の樹」

  • 真っ赤な「IKE BUS」巡行中

    池袋で時々IKEBUSを見かけます。今日は信号待ちに遭遇しました。真っ赤です。タイヤが10個です。後ろから前からどうぞ。交差点を曲がると、すぐに停留所に停まりました。ここに停留所が有るのを知りませんでした。都営バスと同じ場所ですが、、、都営バスは「豊島区役所」停留所で、IKEBUSは「東池袋駅」停留所です。IKEBUS単独のバス停もあるのだろうか?発車しました。追いかけます。一般のバスとは違うルートを走ります。この路地のバス停はIKEBUS単独です。ここは豊島区役所の裏です。出発するとすぐ曲がります。よく見ると、10個のタイヤがそれぞれ曲がっています。ムカデみたいです。更に路地を入って行きました。普通の路線バスとは巡行ルートが違うようです。さて、二男が中学生の頃、私に謎かけしてきた問題です。大人は解けるか...真っ赤な「IKEBUS」巡行中

  • 白い曼珠沙華咲く!

    今年も同じ場所で同じ時期に、白い曼珠沙華が咲きました!今年は異常な天候でしたが、やっぱり季節を違えずに咲きました。自然は偉大です。白い曼珠沙華咲く!

  • ブルーインパルス飛ばず

    昨日、世界陸上東京大会の開幕に際して、ブルーインパルスが東京の空を飛ぶ、とのニュースが入りました。東京では4年ぶりの飛行です。飛行ルートを見て決めたのはここ、源森橋です。ここだったら、スカイツリーと東武電車と、そして上空にブルーインパルスが飛ぶ絵が期待できます。スカイツリーに機体が絡んだら良いなあ。スカイツリーの真上に来たら、あの辺だったら良いなあ、とか構図を考えていました。・・・そうしていたら、「天候が良くないので中止!」とのニュースです。隣の小父さんに教えてあげました。「これくらいの天気で飛べないんだったら、戦争になったらどうするんだよ!」と怒っていました。・・・スカイツリーと東武電車を撮りました。左の空間に、飛行機雲を引いたブルーインパルスが写るはずでした。・・・帰ります。5年前、コロナ禍の時に、「...ブルーインパルス飛ばず

  • 鷗外荘移転の顛末(完成に向けて)

    <2025年4月>屋根が葺き上がって、急に全景が現れました。<2025年5月>「森鷗外旧宅」移転の説明板が設置されました。<2025年8月>家屋が完成しました。後は内部の工事ですね。根津神社と鷗外荘です。竣工は今年の秋頃、とのことです。完成イベントでもやっていたら報告します。鷗外荘移転の顛末(完成に向けて)

  • 鷗外荘移転の顛末(根津神社 整地と新築工事)

    前回の続きです。<2024年2月>玉垣が撤去されて、整地工事が続きます。隣は日医大の大学院です。これまた鷗外の医者の縁でもあります。<2024年10月>家屋が現れました。あれっ?「鷗外荘」って、「旧森鷗外邸」を移転するんじゃなくて、「新築」なの?<2024年11月>クラウドファンディングの案内が出ました。「再生」なんですね。ちょっと興味が薄れました。工事シートの向こうで「鷗外荘」新築工事が進みます。<2025年1月>鋭意進捗中だと思います。その進捗状況は、工事シートに隠されて、屋根のてっぺん以外全く見えません。鷗外荘移転の顛末(根津神社整地と新築工事)

  • 鷗外荘移転の顛末(根津神社 樹木の伐採)

    前回の、水月ホテル廃業の続きです。<2022年12月>一方、根津神社にこんな貼り紙が出されました。玉垣の右の木を切って、鷗外荘を移転するスペースを造っているようです。木もさることながら、玉垣はどうなるのでしょうか?根津は森鴎外のゆかりの地です。薮下通りには彼の住居(観潮楼)跡に、「森鷗外記念館」が在ります。また森鷗外は、日露戦争戦勝記念の砲弾を根津神社に寄贈しています。現在その台座は、水飲み場に使われています。ここにロシアの砲弾を置きました。すっぽり入るサイズに作ったのでしょう。裏に「陸軍軍医森林太郎」の文字が読めます。<2023年2月>伐採工事が続きます。この話、続きます。鷗外荘移転の顛末(根津神社樹木の伐採)

  • 「鷗外荘」移転の顛末(そもそもの始まり)

    <2020年4月>池之端の「水月ホテル」に、森鷗外の旧居が在りました。コロナ禍の始まりです。<2021年4月>利用客が減った経営者は、「今ホテルの営業を止めたら、残った資金で鷗外荘を維持できる」と、水月ホテルの廃業を発表しました。,女将の発言に対して顧客から、「クラウドファンディングを立ち上げるから営業を継続して貰いたい」との要請があり、一旦は営業継続を決心しました。<2021年10月>営業を継続したもののコロナ禍による経営不振は改善しません。とうとう廃業を決意します。森鷗外の旧居はどうなるんだ?との不安の声が上がります。<2024年11月>水月ホテルは解体され、跡地は共同住宅を建設中です。完成イメージです。この話、続きます。「鷗外荘」移転の顛末(そもそもの始まり)

  • 「前田鉛筆製作所」に音が無い・・・。

    猛暑の陽射しに照らされて、木造モルタル造りの白壁が眩しいです。従業員の住居だったと思います。前田鉛筆製作所から音が無くなりました。皆んな鉛筆を使わなくなりましたからね。向こうの棟も同様に音が聞こえません。虚しい静寂です。蝉の声も聞こえません。前田鉛筆製作所に音があった頃に記事はこちら。見た目は何も変わっていません。静かな撤退です。「前田鉛筆製作所」に音が無い・・・。

  • 台風一過の荒川船溜り

    全国に大雨を降らせて、あっという間に去っていった台風でした。翌日の荒川河川敷です。秋の風情があります。船溜りを覗きます。葛西橋の上流側です。空気が気持ち良いです。サイクリング日和です。更に上流へ行きましょう。台風一過の荒川船溜り

  • 「男はつらいよ 寅次郎物語」の撮影現場ー6

    最終回です。悩み多き高校生が伯父さんを駅まで送ります。<現在>「参考書でも買え」と満男に小遣いを渡します。「あれっ?増えてるか?まあいいや」<現在>満男が訊きます。「伯父さん、人間は何のために生きてんのかな?」<現在>背景の「ワタナべ薬局」が健在でした。でももう、営業はしていないようです。「難しいこと訊くな。・・・なんというかなあぁ生まれて来て良かったな、って思うことが何遍かあるじゃない。そのために生きてんじゃねrか」<現在>見送る満男です。<現在>寅次郎はまっすぐ改札に向かいますが、今は「寅次郎像」が振り返ります。見送って帰る満男です。年の瀬が迫る帝釈天参道です。<現在>左手の「大黒鮨」が健在です。お約束どおりマドンナがとらやにやってきます。いつものエンディングです。長のお付き合いをありがとうございまし...「男はつらいよ寅次郎物語」の撮影現場ー6

  • 「男はつらいよ 寅次郎物語」の撮影現場ー5

    前回の続きです。やって来たのは和歌山です。南紀の観光地を探します。ここでマドンナに出遭います。やっと母親を探し当てました。秀吉は寅次郎に懐いています。寅次郎に付いて行くと言う秀吉を諭す寅次郎です。さくらが御前様に、母親が見つかったと報告します。<現在>御前様は、「寅次郎は御仏に愛されている」と言います。<現在>「御仏は愚者を愛する」とも言います。<現在>源公に対して、お前はだめだ、と言います。「困ったぁ困ったぁ」一段落して、寅次郎は商売の旅に出ます。トラブルで旅に出る事が多い寅次郎には珍しいことです。財布を忘れているのに気付いたさくらです。そっと1万円札を入れてやります。さくらは、満男に駅まで送らせます。近頃寅次郎を尊敬している満男です。<現在>この話、次回で最終回です。「男はつらいよ寅次郎物語」の撮影現場ー5

  • 「男はつらいよ 寅次郎物語」の撮影現場ー4

    前回の続きです。さて、寅次郎が名付けたと分かった秀吉を連れて、母親を探す旅に出ます。源公が選別を持って走って来ます。<現在><現在><現在>商店街の皆が大騒ぎです。<現在>ああ、やれやれ行ったと安堵したら、<現在>肝心の秀吉を置いて行く寅次郎です。<現在>不安が募ります。この話、まだまだ続きます。「男はつらいよ寅次郎物語」の撮影現場ー4

  • 「男はつらいよ 寅次郎物語」の撮影現場ー3

    前回の続きです。そんな折、寅次郎が帰って来ます。<現在><現在>子供を乗せた備後屋と出逢います。子供を貶します。<現在>金町浄水場が建て替わっていますが、左奥の建物に雰囲気が残っているように思います。罵声と石を投げて応酬する備後屋親子です。<現在>江戸川の改修工事で、随分と土手上の道が広くなりました。画面中央左の建物が残っています。こんな場所です。寅次郎が帰って詳細が判明した秀吉を、満男が江戸川に遊びに連れて来ます。満男が「寅さんに会ってがっかりしただろう?でも、見かけと違って良いとこあるんだぜ。俺、あの人買っているんだ」と教えます。最近寅次郎を尊敬している満男です。<現在>草滑りで遊びます。<現在>この話、続きます。「男はつらいよ寅次郎物語」の撮影現場ー3

  • 「男はつらいよ 寅次郎物語」の撮影現場ー2

    前回の続きです。さくらが三者面談から帰った後、帰って来る満男です。画面中央の自販機の前に子供が居ます。<現在>画面左に、「柴又親商会」が健在です。そして現在は、「さくら像」と「寅次郎像」が建っています。こどもがジュースを買いました。プルトップが開きません。通り掛った満男が、開けてやります。<現在>駅前の再開発で、小奇麗になってしまいました。寅次郎はこの景色嫌いだと思います。「学校の帰りに買い食いしたらいけないんだぞ」とからかいます。<現在>周囲の景色は変わりましたが、背後の電柱とビルから、ここからの撮影だと思います。突然子供が「兄ちゃん『寅さん』知ってる?」と満男に訊きます。飲みかけたジュースを吹き出す満男です。<現在>お洒落になった駅前広場です。「寅さんて『車寅次郎』の事か?」と聞き返すと、そうらしいで...「男はつらいよ寅次郎物語」の撮影現場ー2

  • 「男はつらいよ寅次郎物語」の撮影現場ー1

    シリーズ第39作、昭和63年のお正月映画です。マドンナは秋吉久美子さんです。満男が通っている高校です。<現在>約40年後の写真です。三者面談の帰りです。<現在>満男は都立葛飾野高校に通っています。入る訳にはいかないのですが、正面の部分がさくらと満男が出て来た場所だと思います。文武両道の、都立の有名高校です。満男は「大学受験を受けるか決めていない」と答えたようです。「お袋と一緒に帰るのなんて嫌だ」と言います。そんな年ごろです。<現在>建て替わっていますが、名残りがあります。一人寂しく帰るさくらです。<現在>約40年後も変わらない店が並んでいます。例によって、この話長く続きます。「男はつらいよ寅次郎物語」の撮影現場ー1

  • 晩夏のnagaya

    暦はとっくに秋です。この佇まいが素敵です。晩夏のnagaya

  • 根津神社楼門脇のベンチから、

    暑いですねえ。今日は曇り空なのでまだ凌ぎやすいです。以前にも報告しましたが、東京のあちこち何処にでも居る外国人観光客がここにも居ます。でも、アジアのC国とK国らしい人達が居ないのです。おそらくそれらの国の人々は、「神国日本」として侵略した日本に対して「反日教育」を受けているので、神社を忌避しているように思います。浅草寺には沢山居るのですが。日本の全てを楽しんで頂きたいのですが、残念に思います。根津神社楼門脇のベンチから、

  • 鷗外荘竣工?

    数年来ずっと「鷗外荘移築」工事を行っていました。工事車両とフェンスが無くなって、池が現れました。表参道の鳥居の内側です。門扉が閉まっていますが、立ち入れる構造になっています。「回遊式庭園」のようです。森鷗外が住んだ家は、このような構造になっていたのでしょうね。鷗外荘も外観は完成したようです。工事フェンスが取り払われて、玉垣の向こうに純日本家屋が現れました。玄関前です。竹垣が開いています。これって?「立ち入り禁止」の注意書きもありません。・・・入って良いのだよね?手水鉢です。左右にベンチが配されています。池の方に行きます。ここまでです。建物を眺めます。ベンチに座ってみます。左を見ると、池に続く廊下です。正面には、重要文化財の楼門です。これは良い!右手を見ると、舞殿とその先にはやはり重要文化財の透塀に囲われた...鷗外荘竣工?

  • 庚申塚でかき氷

    庚申塚停留場には、都電唯一の茶店が在ります。毎年ここでかき氷を食べています。注文してからホームを眺めます。幟暖簾が揺れます。店から見る景色は涼しげです。私いつも、店毎に食べるものが違います。ここではいつも抹茶を食べていましたが、今日は、青りんごにしました。思っていた以上に涼しげな緑色です。そしていつもながら、氷の量が多いです。普通の3倍はあります。征く都電を見ながら食べます。私、食べ方が下手です。いつもこぼします。従って勿体ないので、シロップの部分から食べます。大丈夫です。関西と違って東京のかき氷には、器の中にもシロップがあります。これでもまだ、普通のかき氷より大きいです。青りんご色の電車です。電車が停まって客が降ります。かき氷の減る量は、時間の経過です。電車が行きます。スマホに集中しています。電車が来ま...庚申塚でかき氷

  • 4年に1度の富賀岡八幡宮の例大祭ー4

    最終回です。鎮座したと思っていた「新」神輿が廻り始めました。なるほど、本殿を背後に前を向きます。氏子を守る神の姿です。祭りの終りの寂しさが漂います。4年に1度の祭りです。10数年前に、「次の祭りを観られるかねえ」と言っていたお婆さんを思い出しました。いつの間にか提灯に灯が入っています。名残惜しく静かに、例大祭が終りました。次回の例大祭も観られるように運動を続けてかつ節制します(たぶん)。4年に1度の富賀岡八幡宮の例大祭ー4

  • 4年に1度の富賀岡八幡宮の例大祭ー3

    前回の続きです。やっと境内に入りました。水掛けの仕事はここまでのようです。やり切った満足感で笑顔が広がります。でも、またここで、行ったり来たりを繰り返します。祭りの終わりを惜しみます。4年に1度の祭りです。お囃子も手を止めません。揉み合います。濡れて疲れ切った背中です。差し上げます。観客も拍手で煽ります。鎮座するようです。役員が挨拶します。「この神輿は初めて水を被りました。新しい歴史の始まりです」みたいな事を行っています。境内には、既に古い神輿が鎮座しています。これはこれで渋いです。江戸時代の文化10年の奉納です。この話、次回が最終回です。また神輿が動きます。4年に1度の富賀岡八幡宮の例大祭ー3

  • 4年に1度の富賀岡八幡宮の例大祭ー2

    前回の続きです。宮入りの通常として、行ったり来たりで、簡単には宮入りしません。背後から「水掛け」の人が追います。かき手はみんなビショビショです。深川祭りは、別名「水掛け祭り」と言われていますが、ルーツはこの祭りだと思います。鳥居目前に来て、今まで以上に、行ったり来たりを繰り返します。前からも「水掛け」です。後ろからも「水掛け」です。今日の気温は危険です。ちょうど良いですね。体温を冷やしての神輿かきです。道路が水でいっぱいです。この話、続きます。4年に1度の富賀岡八幡宮の例大祭ー2

  • 4年に1度の富賀岡八幡宮の例大祭ー1

    界隈のメイン道路「元八幡通り」です。閑静というか寂れた通りです。もう、1ヶ月前から例大祭のバナーが揺れます。「富賀岡八幡宮」です。「元八幡」とも言います。東京三大祭りの一つ「深川祭り」が行われる「富岡八幡宮」は、元々この地に在りました。ここから遷宮して、現在の東陽町に鎮座しています。一方で、地元の誇りを込めて、「元八幡」と呼ばれています。毎年何やかやと銘打って、神輿を繰り出す富岡八幡宮と違って、ここ富賀岡八幡宮は、4年に1度しか例大祭がありません。静かに当日を待ちます。やっと、当日になりました。「宮入り」を覗きに来ました。神輿行列が夕陽に照らされてやって来ました。お囃子です。「砂町囃子」と呼ばれる、無形文化財指定のお囃子です。子供神輿です。今日の最高気温は37℃でした。引率の大人はヘロヘロです。本社神輿が...4年に1度の富賀岡八幡宮の例大祭ー1

  • 早稲田商店会から、

    都電の終点です。そのすぐ脇に商店街が在ります。「早稲田商店会」です。夏休みに学生は居ません。猛残暑日に買い物客も居ません。店を眺めながら行きます。いつの間にか、「大隈通り商店会」になりました。道なりに曲がります。ペナント屋です。左折します。早稲田大学です。・・・誰も居ません。早稲田商店会から、

  • 横綱とんかつ どすこい田中

    こんな店に遭遇しました。「横綱とんかつどすこい田中」です。元相撲取りが経営しているのだろうか?店内に土俵があるのだろうか?店頭には、着ぐるみを置いて(干して?)います。・・・これを着てとんかつを食べるのだろうか?店員が相撲を取って見せてくれるのだろうか?伊勢ヶ濱部屋の近くです。まだ看板は出ていません。横綱とんかつどすこい田中

  • 富士スタンダードベーカリー

    古い店舗が在りました。元はパン屋さんでしょうか?鬼子母神表参道から目白通りを横切って急坂を降り切った所です。このまま真っ直ぐ行って、面影橋に行こうと思っていました。猛残暑です。自販機で水分補給します。それにしても賑やかな店内です。ちょっと好いです。これから水分補給に寄ると思います。富士スタンダードベーカリー

  • 残猛暑日の壱岐坂下

    いくら夏休みといえ、こう暑くっちゃ、観覧車にもジェットコースターにも客は居ない。.残猛暑日の壱岐坂下

  • 三省堂の今

    すっかり外観が出来ました。店名も入りました。現在の仮店舗です。活字離れの時代です。書籍もスマホで検索すれば読める時代です。建て替える時に、上層階を住宅にする案がある、と聞きました。方針は決まったのでしょうか?三省堂の今

  • 工事中の「伊豆栄 梅川亭」の涼

    上野公園で涼を求めます。工事中です。青紅葉の下を歩きます。振り返ります。自転車の場所に戻ります。工事中の「伊豆栄梅川亭」の涼

  • 残暑にはむしろ上野東照宮

    陽射しが眩しい残暑が続きます。どうせなら、眩しく煌めいている場所へ行こうと思いました。上野東照宮へ行きます。キラキラです。残暑にはむしろ上野東照宮

  • 芭蕉記念館

    三角屋根の向こうに「江東区芭蕉記念館」の文字が見えます。裏口です。自転車ではここから入れません。表に廻りました。今日は入りません。芭蕉記念館

  • 隅田川沿いの店

    駐輪場の看板が有ります。「芭蕉庵史跡跡展望庭園」の入り口脇です。隅田川の堤防脇に路地が在ります。ここかな?違うかな?まだ先にも店が存ります。深川は若者が沢山の店を出して活気があります。さっきの駐輪場看板はこの店ですね。猛暑日に、流石に行列は無いけど、混み合っているようです。おお、満席です。振り返りつつ先を行きます。あそこです。右に白い三角屋根が見えます。この話、続きます。隅田川沿いの店

  • 「芭蕉庵史跡展望公園」へ行く。

    芭蕉庵史跡展望公園の入り口でたじろいています。暑いよ、やめようよ、と心の悪魔が囁きます。高札状の説明板を読みます。「江戸幕府の政治形態が変わった時代の道」との内容に、己を励まします。炎天下の石段を上がります。すぐに頂上です。奥に「芭蕉像」が見えます。隅田川の岩壁上です。松尾芭蕉はこんな所に住んでいました。さぞかし水っぽい土地だったと思います。芭蕉像です。この像、時刻に応じて動きます。私は昼間しか来ないので、いつもこの向きの芭蕉を見ています。芭蕉と清洲橋です。この風景を「ケルンの眺め」と呼んでいます。ドイツのケルンの風景に似ているらしいです。ドイツと江戸の融合です。川上は、「新大橋」です。夏の東京の景色です。日陰が無くて風が無いので、かなり暑いです。退散します。「芭蕉庵史跡展望公園」へ行く。

  • 旧芭蕉庵跡へ行く。

    小名木川の西端に架かる「萬年橋」です。葛飾北斎は冨嶽三六景で、この橋桁の中に富士山を描きました。橋を下ったすぐそこに、案内板が有ります。炎天下、「芭蕉庵」へ行こうと思いました。熱中症になり掛かっている私の頭は、「暑いイコール芭蕉」を連想したようです。ついでに、ここに有る史跡全部行ってみます。思ったとおり暑苦しい佇まいです。木漏れ日を踏みます。お参りします。木陰ですが、全く涼しくありません。狭い神社です。一応、「お稲荷さん」なので。周りをビルで囲まれた、小さな地所です。ここで松尾芭蕉が暮らしていました。この話、続きます。旧芭蕉庵跡へ行く。

  • お盆は賑わう「矢切の渡し」

    続々とやって来ます。帝釈天参道も一杯の観光客です。そして、水辺が恋しい暑さです。やっぱり帝釈天に人が来ないと、渡し場に客は来ません。竿が折れた後、ここに旗を出すのが「営業中」の印のようです。最後の客が乗ります。久しぶりに満員です。船頭の声のトーンが高いです。出航しました。最近んは周囲の草刈りをしないので、舟の様子が見えません。残念です。あ、下って来ました。舟を追います。客も船頭も嬉しい渡し舟です。お盆は賑わう「矢切の渡し」

  • 柴又帝釈天盆踊り準備完了

    お盆といえば盆踊りです。境内で準備が完了していました。台が大きいし、境内が広いし、これは賑やかな盆踊りになりそうですね。永い間訪問していたのに、永い間「男はつらいよ」を観てきたのに、帝釈天で盆踊りを催行しているのを知りませんでした。映画で取り上げそうなものなのに?柴又帝釈天盆踊り準備完了

  • 清澄3丁目南町会

    深川資料館通りの西詰です。清澄通りの向こう側の森は、清澄庭園です。今は色々な店舗が軒を連ねていますが、ちゃんとした都市計画に基づいて建てられています。建物の高さが皆一緒です。店舗の上の住宅も全て同じ高さです。整然と並んでいます。誰かが意図して縄張りしないとこうはなりません。店舗を眺めて歩きます。魚屋です。米屋です。居酒屋「しゃけち」です。見上げる屋根のラインが真っ直ぐです。鍼灸院と蕎麦屋。ブティック。見上げる住居は必ず1階建です。印章屋。不動産屋。呑み屋。お茶屋。色々な店舗が並んでいます。見上げる一直線。振り返ります。この意図して造った店舗群が好きです。清澄3丁目南町会

  • 「男はつらいよ 知床慕情」の撮影現場ー4

    最終回です。当時は、夏というと北海道でした。賑わっていました。知床のみんなと楽しく遊んで暮らす寅次郎です。今日はバーベキューです。「知床旅情」を合唱します。驚いて手を見る寅次郎です。マドンナは無意識のうちに寅次郎の手を握っています。マドンナの気持ちに気付く寅次郎です。好きな人が自分を愛していると知ると、身を引く寅次郎です。急いで旅に出ます。真夏の柴又です。マドンナがとら屋を訪ねて来ていました。いつものエンディングです。旅先の寅次郎です。なんだかスッキリした表情です。商売に張り切ります。今回、竹下景子さんは2度目のマドンナ役です。2回とも、寅次郎を好きになります。一緒になりたいと思っています。・・・今回訪問した柴又駅のホームには、1度目の撮影風景の写真が提示されています。武下景子さんマドンナ1度目の、第32...「男はつらいよ知床慕情」の撮影現場ー4

  • 「男はつらいよ 知床慕情」の撮影現場ー3

    前回の続きです。柴又駅の別れのシーンから。寅次郎はドアが閉まる瞬間満男に、「伯父さんも反省しろよ」と叱られます。生意気で分別盛りです。でも、中学生になった満男は寅次郎の生き方に憧れており、その人間性を尊敬するようになっています。<現在>もう赤い電車はありません。<現在><現在>やるせない別れのシーンです。<現在>「とらや」のみんなは寅次郎を心配しながら暮.らしています<現在>北海道から手紙が届きました。寅次郎は北海道で居候しているのです。そこに、マドンナが帰省しました。マドンナはアパートの退去で上京します。マドンナは、楽しく暮らして居る寅次郎からとらやへの土産を託されます。源公にとらやの場所を訊くマドンナです。<現在>猛暑日の平日は誰も居ません。こんな光景はコロナ禍の時以来です。<現在>江戸川の土手にマド...「男はつらいよ知床慕情」の撮影現場ー3

  • 「男はつらいよ 知床慕情」の撮影現場ー2

    「とらや」に帰った寅次郎です。叔父が入院したとらやの役に立とうと決心する寅次郎です。<現在>寅次郎はおいちゃんの代わりを務めようと頑張りますが、やっぱり務まりません。数時間で飽きてしまい、町内の若者を誘って真昼間から呑みに行きます。寅次郎の奢りです。<現在>とらやに戻ったら、おばちゃんが、寅次郎の行動に「もう店を閉める」と泣いています。居づらくなった寅次郎は旅に逃げることにしました。<現在>満男に、誰にも言わずにトランクをもって来るように言いつけていたのに、さくらにバレます。<現在>さくらに叱られます。電車を待ちます。<現在><現在><現在>この話、例によって続きます。「男はつらいよ知床慕情」の撮影現場ー2

  • 「男はつらいよ 知床慕情」の撮影現場ー1

    第38作、昭和62年のお盆映画です。<現在>矢切の渡しの桟橋がある場所は、手入れをしないので藪の中です。マドンナは竹下景子さん。第32作「口笛を吹く寅次郎」と今回と、そして41作「寅次郎心の旅路」と3本に出ています。<現在>対岸が松戸・矢切です。渡し場から柴又側の土手を上がる寅次郎。特別出演の三船敏郎さんは、マドンナの父親役です。<現在>正面が渡し場です。変り様に驚きます。撮影後約40年の景色です。<現在>熱中症でしょうか?座り込んだ小父さんが居ました。暑い探索日でした。寅次郎が帰って来たら、おいちゃんが入院していました。入院先の映像です。今回発見しました。この病院は第14作「寅次郎子守歌」で、マドンナ十朱幸代さんが勤めていた病院です。<現在>ずっと前にガード上に遮音壁を造ったので、病院の屋上部分しか見え...「男はつらいよ知床慕情」の撮影現場ー1

  • 東京相撲部屋

    久しぶりに覗いてみたら、看板が掛かっていたので驚きました。ここは元北の湖部屋です。大横綱であり大理事長であった北の湖氏が亡くなったあとは、息子さんと奥様の会社兼自宅兼賃貸住宅でした。たまたま出て来た体格の良い人に訊きました。「ああ、相撲ショーです」との答えです。期せずして「ああ、ショーなの?」と答えてしまいました。オヤジが駄洒落言っているよ、と思われた雰囲気です。どうやら外国人相手に、食事をしながら相撲のイロハを教え、取り組みのショーを見せる企画のようです。昔勤めていた会社の社長が北の湖部屋の東京後援会長をしていた縁があります。何度か訪れた部屋です。今はこんなことをしているのですね。日本人にも人気みたいです。東京相撲部屋

  • 真夏の東京都立大学

    真夏の自転車散策はキツイです。やっとここまでやって来ました。この交番と公衆電話ボックスの景色が好きです。もう、公衆電話の箱の中で、膝を抱えて泣く人は居ないのでしょうね。かぐや姫の「赤提灯」の世界ですけど、やっと緑と木陰に辿り着きました。大学のキャンパスです。バスが来ません。振り返ります。バスが来るまでここに居ます。理由はないけど、、真夏の東京都立大学

  • 「モヤさま」で見ていた自販機に遭遇する。

    四つ木の路地を走っていて気付きました。あれだ!京成電鉄の線路脇です。四ツ木駅に向かって線路が上がって行く場所です。背後は立石駅方面です。あそこから高架が始まっています。こんな場所です。交通量は少ないです。改めてマジマジと見ます。TVで見ていましたが、本物を見るのは初めてです。そうそう、TV番組でも千円でした。思いの外高級な商品が出る代わりに、高くても五百円だろうと思う商品が出て、「さまーず」と東テレの女子アナが喜んだり失望したりしていた自販機です。そして、出た商品で、近くの公園とかで遊ぶ番組でした。ポケモングッズもあるんですね。やっぱり書いていました。番組名は「モヤモヤさまーず2」でしたね。今でもやっているのかな?で私は、せっかく停まったので、隣でポカリを買いました。猛暑日の散策でした。「モヤさま」で見ていた自販機に遭遇する。

  • 真夏のはん亭

    根津の路地に木造三階建の店舗が在ります。都条例で、もう木造三階建は建てられません。貴重な建築物です。営業中です。串揚げの店です。最近とんと行くことが無くなりました。根津の街に情緒を提供しています。真夏のはん亭

  • 砂町銀座 七夕祭り

    界隈で一番賑やかな七夕祭りです。と言っても多くの商店街が寂れていく現在です。商店街の精いっぱいの抵抗を応援します。ティラノサウルスのぬいぐるみ競争を思い出しました。風で暴れています。商店街を行きます。歩くのに邪魔なくらい大きい七夕飾りです。年寄りが安心して買い物ができる商店街です。誰も居ません。昼食中です。74回目の七夕祭りです。この子達が継続してくれることを願います。砂町銀座七夕祭り

  • 「掛かりつけ医」が移転して、

    「掛かりつけ医」が移転しました。薬が無くなるので診察を受けに来ました。ええ〜!ここ!?背後の丸いのはTBSです。目的地も丸いけど・・・。赤坂通りの中心部です。平日の就業時間中とあって人通りは無いです。「駐車場が在るよ」とは言ってたけど。そりゃあ知らない街じゃないけど・・・。しかも、これが病院?入ってもう一度、ここ?見上げます。ここがこれからの「掛かりつけ医」?都心の繁華街は楽しいけど、小綺麗な格好して来なければならないじゃん?今の私には迷惑です!「掛かりつけ医」が移転して、

  • 真夏の谷中銀座散策/ひみつ堂とマンション

    谷中銀座の東口です。正面は「夕やけだんだん」です。ここを左折します。やっぱり、行列ができています。この暑いのに・・・。暑いから並んででも食べたいのか?かき氷の「ひみつ堂」です。隣です。こちらは空いていますね。「生メロン三昧」って、2200円でしたっけ?・・・ここに来るといつも、ご飯が食べられない子供のことを考えてしまいます。行列を振り返ります。まあ、いつもの景色ではあります。谷中銀座へ戻ります。「夕やけだんだん」にも人は居ません。ひみつ堂の行列が異常です。谷中銀座を見下ろします。閑散としています。珍しい風景です。だんだん横のマンション工事が進んでいます。「好評分譲中」です。谷中に通って20数年になります。私、谷中に住みたいと思った事が何度もありました。・・・現在は、谷中は散策に来る所だと思っています。真夏の谷中銀座散策/ひみつ堂とマンション

  • 真夏の谷中銀座散策/一寸亭

    真夏の谷中銀座を散策しています。思うところがあって、路地へ入ります。すぐに目的地です。先日「下町グルメ」番組で紹介していた店です。TVで紹介していた絶品は、ここにも載っている「もやしそば」と「チャーハン」と、そして餃子です。価格も安いです。店の先は住宅街です。よく自転車で散策しています。はい、住民からは迷惑がられているかもしれません。一寸亭を振り返って、谷中銀座へ戻ります。撮影中に出くわしました。この店を撮っているのかな?こっちを撮るか?こっちだって撮ってやる!谷中は「ひゃっこい祭り」です。「ひゃっこい」と言えば「かき氷」です。谷中で「かき氷」と言えば、あそこです。行ってみます。真夏の谷中銀座散策/一寸亭

  • 真夏の谷中銀座散策/土用の丑の日

    真夏の谷中銀座です。もうちょとで猛暑日該当の気温です。商店街は「ひゃっこい祭り」開催中です。商店を眺めて歩きます。今日は今年2回目の「土用の丑の日」です。蒲焼は2500円です(例の自販機蒲焼の値段に拘っています)。さすがの賑わい観光商店街も、この暑さでは人通りは少ないです。いつも人が一杯の店もガラガラです。この商店街一番の和栗屋も行列がありません。ここも。見下ろしています。山谷は猫の街です。暑いだろ、そこ。もちろん作り物です。元スーパーだった場所の工事が進んでいます。1階が店舗で、上が共同住宅になるようです。散策を続けます。この話、続きます。真夏の谷中銀座散策/土用の丑の日

  • 「おばけ階段」と「異人坂」

    見上げるおばけ階段です。自転車を押して上がりますが、構造上、自転車で上がるようにはなっていません。坂の頂上に近い場所で、左の自転車を押す石段が無くなるのです。コンクリートの坂が滑って危険です。・・・そんな無理して自転車で上がらなくて良いのに、と思ってはいるのですが。頂上から見下ろします。右端のコンクリートに自転車を乗せて下れます。高齢者を含む住人やヤクルトレディがよく降りています。ね、曲がり角の辺りから自転車を押し上げる為に置く足場が無くなるでしょう。下り専用です。自転車で上がる人は「異人坂」を使います。で、「異人坂」です。すぐ近くです。ここはここで、厄介な坂です。「忠臣蔵」で有名な播州赤穂浅野藩の本家、広島浅野藩主の末裔が造りました。「最後の殿様」として有名な家です。ここの住人は、やっぱり電動自転車です...「おばけ階段」と「異人坂」

  • 鰻の自販機「売り切れ」

    「土用の丑の日」って2回あるんですね!鰻を食べないので知りませんでした。今年は後7月31日らしいです。2回とも食べる方もいらっしゃるんでしょうね。そんなことを知った日、たまたま例の「鰻の自販機」の前を通りました。あれっ⁈全品売り切れです!これは、先般の「土用の丑の日」に予想以上の売り上げがあったので、次31日の「土用の丑の日」に備えて、自販機での販売を一時中止しているのだろうか?ええ〜、5千円の作り置きの鰻が売り切れになるのか!?「うなぎ魚政」の店頭右側の告知板は「完全予約制」とあります!鰻好きの方、一度予約で食べて、味を教えて下さい。前回発見した時の記事はこちら。鰻の自販機「売り切れ」

  • 「男はつらいよ 寅次郎真実一路」の撮影現場ー4

    マドンナを見送ります。<現在><現在>この場所です。中学生になった満男が、伯父さんの失恋を心配しながら見送ります。大人の恋が分かる年になりました。<現在>ずいぶん景色が変わりました。課長さんが戻ってきました。寅次郎は彼を牛久沼に届けた後、旅に出ます。<現在>右手のおもちゃ屋の場所は、休憩所と公衆トイレになっています。寅次郎は捜索の旅の途中で、「このまま課長さんが見つからなければ良いのに」と思っている自分に気付きます。切ない旅立ちでした。「男はつらいよ寅次郎真実一路」の撮影現場ー4

  • 「男はつらいよ 寅次郎真実一路」の撮影現場ー3

    前回の続きです。日本橋に居ます。後になって分かる事ですが、時代の変遷を語る映像です。東京銀行は三菱銀行と合併して、その東京三菱銀行もやがて「三菱UFJ銀行」になって現在に至ります。ここに映っている銀行の殆どが無くなりました。映画から数年後、バブルが弾けました。こんなことになるなんて想像だにしていませんでした。東京に住んで、いや違う勤めていたら、最低月に1度は六本木に行かなければならない、と思っていました。<現在>金融業が集まっていた「宝町」です。かすかに名残りがあります。課長さんは証券会社に勤務していました。今の「兜町」交差点です。当時はバブル経済真っ盛りで、栄養ドリンクを飲んで24時間戦うサラリーマンが普通でした。同僚は「リゲイン」より「ユンケル」が利く、と言っていました。そのとおり、現在リゲインはとん...「男はつらいよ寅次郎真実一路」の撮影現場ー3

  • 「男はつらいよ 寅次郎真実一路」の撮影現場ー2

    寅次郎とタコ社長の大喧嘩です。いつもと違って参道まで出て来てやりました。シリーズ最大の喧嘩で、参道が大騒ぎです。原因?いつものとおりです。<現在>源公が喜んでいます。傍で御前様が渋い顔です。<現在>御前様が一喝して喧嘩を止めます。<現在>喧嘩の憂さを晴らしにとら屋を飛び出したものの、お金が足りなくなった寅次郎はさくらに電話したけど、今回は来てくれません。それを見ていた、隣で呑んでいた課長さんに奢られました。上野の呑み屋街です。2度目に課長さんと一緒に帰って泊まり、マドンナと出会います。<現在>映画の時代より小ぎれいになりました。課長さんは牛久沼の傍に住んで居ます。東京から千葉県を越えて茨城県です。通勤には1時間半は掛かります。当時管理職になると、自宅を持つのが流行りました。それも戸建てです。持つとなると、...「男はつらいよ寅次郎真実一路」の撮影現場ー2

  • 「男はつらいよ 寅次郎真実一路」の撮影現場ー1

    シリーズ34作、昭和60年のお正月映画です。<現在>丸屋根の給水塔から金町浄水場に送るパイプラインの下です。今は、丸屋根に建て直した後のパイプラインです。<現在>今でも有る金町浄水場所有のボートです。<現在>護岸工事で遊歩道が改装されています。<現在>マドンナは大原麗子さんです。失踪した大手証券会社の課長さん(米倉斉加年さん)の奥さんです。背景は「平屋根」の給水塔です。<現在>丸屋根になるのはいつだろう?<現在><現在>例によってこの話、続きます。「男はつらいよ寅次郎真実一路」の撮影現場ー1

  • 真夏の都電脇アパートは辛い

    真夏の線路は太陽光を吸収して熱が籠っています。それを周辺に放射しています。線路脇に日陰なんかありません。しょっちゅう電車が往来するので窓を開けっぱなしにする訳にはいけません。電車が来る前から警報器が鳴ります。電車がガタンゴトンとやって来るのが遠くから聞こえてきます。電車が停まりました。真夏の陽射しの下です。電車はエアコンが効いています。プアーンと発車しました。いっとき静寂が戻ります。でも暑いです。現代より涼しかったとはいえ、エアコンが無い時代は皆さんどうしていたのでしょう?私はパンツ一枚で扇風機にしがみついていました。真夏の都電脇アパートは辛い

  • 梅雨が明けた不忍池

    タチアオイの花が頂上まで咲いたら梅雨が明けるといいます。梅雨が明けた上野不忍池です。ハスの波の向こうに弁天堂を望みます。この風鈴が話題になっています。ハスも話題です。風が絶え間なく吹き抜けます。「シャラシャラシャラ」と涼しげな音色です。傘が有ります。池畔は、賑わう屋台とインバウンドの人々です。彼らもハスと風鈴と屋台食と弁天堂を楽しんでいます。昨今急に外国人に対する不穏な言動が増えています。私は、haveanicedayです。梅雨が明けた不忍池

  • 猛暑日の蕎麦処「鷹匠」

    眩しい猛暑日の陽射しが白い暖簾を眩しくします。真夏日の蕎麦処です。猛暑日の蕎麦処「鷹匠」

  • 愛宕神社から病院へ

    お参りします。いつも朱門と緑の色使いが素敵です。ちょと出世の石段を覗きます。急ですね。出世の石段は下るものではありません。上がるものです。こちらから下ります。「男坂」です。正面のビルは「弁護士会館」でした。今でもそうだと思います。会社員時代、何度か訪れたことがあります。玉垣には沢山の弁護士・司法書士等の名前が刻まれています。場所柄ですね。事務所です。さあ、病院で検査の結果を聞きます。二つの科なので、午前と午後の診察となります。その前に心電図を撮って、一日仕事です。お昼は何処で何を食べようか?愛宕神社から病院へ

  • 愛宕神社へ裏参道から行く

    「裏」とは言わないと思います。例えば「西参道」とか言うと思いますが、私の感覚は「裏参道」です。今日はここから行こうと思いました。私の病院への道です。ここに「西参道」と書かれていました。愛宕隧道の表示板です。やっぱり。さあ、坂を前にして、気持ちを高める必要があります。・・・行きます!一息入れます。・・・こっちから来るんじゃなかった。後悔しています。猛暑日の通院道です。ああ、頂上が見えて来ました。上り切って、坂道を下ったら在ります。見上げる猛暑の空です。さあ、お参りしてから病院です。愛宕神社へ裏参道から行く

  • 相撲部屋がある賃貸住宅

    「下町人情キラキラ橘」商店街のシャッターにポスターが貼られていました。行ってみます。すぐ近くで、かつすぐ分かります。あそこです。押尾川部屋です。元相撲取り琴剣が描いた横綱像です。彼は鳴戸部屋に有る自販機にも描いています。いわゆる元一門力士です。漫画も描いています。工事中です。相撲部屋は地方場所開催のタイミングでよく工事をします。誰も居ないので、発注する方も請け負う方も、お互い都合が良いのでしょうね。横断幕は「相撲部屋がある賃貸住宅」です。壁面の横綱像といい、オーナーはアピールに力を入れています。元関脇豪風が師匠です。十両に風賢央が居ます。スカイツリーが見下ろす相撲部屋です。案青錦が強い相撲を取っています。優勝するかも。まだ体が完成していません。順調に成長すれば大関・横綱クラスです。相撲部屋がある賃貸住宅

  • 「下町人情 キラキラ橘」商店街の七夕

    「下町人情キラキラ橘」商店街です。スカイツリーが見下ろす商店街です。七夕飾りが出ていました。う〜ん、しょぼいです。コロナ禍前は大きな七夕飾りで商店街が塞がれるほどでした。人通りも少ないです。コッペパンの「ハト屋」です。おじいちゃんおばあちゃんが店を閉めてから暫く閉店していましたが、土日だけ女性オーナーが運営するようになって、やがて毎日運営するようになって現在に至ります。多分あの人がオーナーだと思います。猛暑日の14時過ぎなので、夕飯の買い物はまだだと思いますが、寂しい風景です。閉店した商店が多いです。左のシャッターのポスターが気になりました。近くの相撲部屋の、朝稽古見学の案内です。地元に親しもうと頑張っていますね。「下町人情キラキラ橘」商店街の七夕

  • 鰻の自販機に遭遇した。

    そろそろ土用の丑の日ですね。鰻が苦手な私には関係無い風習です。と、行き過ぎて戻りました。これです。店の前に置かれていました。「魚政」はこの店の店名のようです。「うなぎ自販機」です。これ有りですか!?出汁やラーメンやちゃんこ鍋等色々遭遇しましたが、これには意表を突かれました。究極の自販機だと思えます。9個のボタンがあります。詳細に見ます。1品に3個のボタンが有りますが、商品は三種類のようです。一番上は「ブランド鰻志ら焼」です。業界では「白焼」ではなくて「志ら焼」って書くんですね。二段目は「ブランド鰻蒲焼(小1尾)」です。ブランド鰻ってなに?間のコメント欄(?)は、「温め方」と「食べ方」が書かれています。更に食べ方には「うな丼でお召し上がりの場合」と「蒲焼でお召し上がりの場合」と「志ら焼でお召し上がりの場合」...鰻の自販機に遭遇した。

  • 猛暑日の池之端の井戸

    もう葡萄が実っている池之端の路地です。お馴染みの井戸の有る路地です。手前左の家が無くなって暫く経ちます。整然と佇む井戸です。誰が置いたか東京タワーのプラモです。いつものように、反対側からも。真新しい洗面器に、猛暑日の陽射しが眩しいです。猛暑日の池之端の井戸

  • 猛暑日の「雑ニストアー」

    雑司が谷の路地です。裏から雑ニストアーへ行きます。界隈では改築が活発に行われています。雑司が谷は人気の住宅地です。ここも集合住宅になるんでしょうか?猛暑日の「雑ニストアー」

  • 全国高校野球大会地区予選

    別称「夏の甲子園地区予選」です。例年のとおり江戸川球場です。8時半の第一試合から第三試合迄堪能しました。流石にしんどい。今日は猛暑日じゃないけど、足がつる選手が居ます。今年も5回を終えたタイミングで、8分間の「クーリングタイム」を設けています。グラウンドの整備の際に水を散布します。涼しい風が心地良いです。昔オヂサンがこんな会話をしていました。「青学のチアっていいよな」「俺は二松がいいな」その二松学舎大学附属高校を、今日球場に居た高校生は、「今日はガクシャが出るから客が多いぞ」と言っていました。私もそれを目当てにやって来ました。チアじゃありませんよ。大リーガーの鈴木誠也選手の母校です。第三試合です。相手は大東文化大学第一高等学校です。地区予選も3回戦ともなると上手いです。ビシバシの野球を見せてくれます。二松...全国高校野球大会地区予選

  • 旧伊勢ヶ濱部屋一般化工事始まる

    工事ネットが掛けられていました。既に看板は有りません。女将さんが玄関脇で片付けをしていました。伊勢ヶ濱部屋親方夫人で無くなっても、新たに宮城野親方夫人ですので、やっぱり女将さんです。「寂しくなりますねえ。一般の民家になるんですか?」「そうです」「新しい部屋は何処ですか?」「今工事中で、両国に出来ます」とのことです。玄関に車が置かれていました。女将さんの愛車でしょうか?数年後には相撲協会を引退した後の生活の基盤となります。これからは、我々も静かに接しなければなりませんね。旧伊勢ヶ濱部屋一般化工事始まる

  • 上野桜木にEXPOと白樺が在る風景

    アンティークショップEXPOです。向かいの路地には、白樺を植えた家が在ります。猛暑日の陽射しが眩しいです。白樺とEXPOが在る午後の風景です。上野桜木にEXPOと白樺が在る風景

  • 「伊豆榮 梅川亭」の青もみじ

    猛暑日の陽射しが青もみじに遮られて薄暗い路地です。木漏れ日を踏みます。青もみじが見頃です。梅川亭の灯りがとても似合います。外国人は興味無いようです。誰も居なくなって堪能します。好い景色です。ほっと一息、清涼な風景です。「伊豆榮梅川亭」の青もみじ

  • 東照宮第一商店と鶯団子と動物園の風景

    猛暑日の上野公園の頂上です。とても暑そうです。店番も大変です。隣は上野鶯団子です。とても涼しげです。パンダポストです。動物園も暑そうです。中学校の修学旅行でしょうか?パンダが居なくて残念ですね。熱中症にならないでね。東照宮第一商店と鶯団子と動物園の風景

  • 古民家の喫茶店定休日

    池之端の坂道に古民家の喫茶店が在ります。定休日のようです。相変わらず風情があります。古民家の喫茶店定休日

  • スカイツリーと夏空

    まだ梅雨明け宣言は無いけど、スカイツリーの背景は夏空です。土手通りから都心方面を見る。白鬚橋から隅田川下流を見る。花火大会の準備が進む白鬚橋をついでに。京島の路地から。境橋脇から北十間川越しに見上げる。夏空です。スカイツリーと夏空

  • 夏空の根津神社

    梅雨明け宣言が無い東京ですが、見上げる空は夏のものです。夏詣の根津神社です。夏空の根津神社

  • 「隅田川花火大会」準備中

    隅田川土手に柵が巡らされています。上流側も。「さくら橋」です。ここが打ち上げ場の一つになります。もうすぐここの閉鎖されます。言問橋も準備中です。夜間のロケット攻撃の映像は花火のように見えます。ここは東京大空襲で最大の被災者が発生した場所です。民間人を殺害することで大衆の厭戦気分を煽る作戦でした。同じことがガザで、ウクライナで行われています。広島長崎に落とした原子爆弾を例に挙げて、トランプは自らの作戦を賛美しました。あの発言は、プーチンの原爆に対するタガを緩めました。あの二人は失脚させなければなりません。その必要性は世界の多くが賛成するでしょうが、いやいや、一番喜ぶのは習近平です。二人が退場したら、彼が世界を独り占めします。三人が老衰で死ぬのを待つしかないのですかね。白鳥の歌を待つ「隅田川花火大会」準備中

  • 猛暑日の浅草ほうずき市

    浅草神社「夏詣」の行列です。約半数が外国人です。神道は日本古来の信仰なので訓読みが多いです。一方仏教は中国経由の伝来信仰なので、音読みが多いです。浅草神社(あさくさじんじゃ)や浅草寺(せんそうじ)のように。隣の浅草寺ではほうずき市が開催されています。この笑顔を撮らせて貰いました。思わず買ってしまいそうな美人さんの笑顔です。普段の浅草寺は、8〜9割が異邦人です。でも今日は古くからの伝統行事の日です。ほうずきを求めて、約半分の人は邦人です。選んでいます。客待ちです。食品の屋台も賑わっています。浴衣姿が情緒を醸します。その姿を撮るテレビ局です。今日の「ほうずき市のニュース」に登場しますね。背後は浅草寺宝蔵門と五重塔です。宅配便のスタッフです。客が買ったほうずきを宅配する人々です。ほうずき市や朝顔市ではもう見慣れ...猛暑日の浅草ほうずき市

  • 参院選真っ盛り

    猛暑日の平日とは言え、就業時間中とは言え、都知事選での勢いを感じません。参院選真っ盛り

  • 「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」の撮影現場ー3

    今日も練習する満男です。<現在>マドンナの体調が戻りました。江戸川土手です。<現在>さくらが来ます。<現在>背後の金町浄水場は建て替わっています。さくらが満男の存在を教えます。一番左の男子です。<現在>改修されていますが、あの辺です。<現在><現在>今の金町浄水場界隈です。さくらと博の家です。<現在>再度訪問しました。高圧電線鉄塔の全体像を撮ろうとしたら、前回教えてくれた人が畑に居ました。仲の良い夫婦のようです。寅さん映画同様、庶民の暮らしを垣間見ました。好い風景です。北海道のロケ地には行けません。第33作の撮影現場探索でした。「男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎」の撮影現場ー3

  • 「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」の撮影現場ー2

    前回の都築です。満男たち中学生が江戸川で練習しています。<現在>土手と河川敷が改修されています。帰京した寅次郎が眺めています。<現在>今でも給水塔にはボートが係留されています。「金町浄水場」の所有です。こんな風景です。<現在>北海道で一緒になったサラリーマンが寅次郎を訪ねて来ました。さくらが見送ります。<現在>丸い煎餅瓶がそのままです。意外でした。同じものでしょうか?こんな霧に霞む江戸川を見たいものです。自転車で行動している間は無理ですね。源ちゃんが掃除していたら、<現在>恋敵が寅次郎を訪ねて来ました。<現在>門前の木が健在です。とらやを教えます。<現在>この話、続きます。「男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎」の撮影現場ー2

  • 「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」の撮影現場ー1

    シリーズ第33作、昭和55年のお盆映画です。マドンナは中原理恵さんです。寅次郎が北海道で知り合った美容師です。ヤクザな男と上京して、体調を壊します。撮影現場を訪ねます。<現在>さくらがやって来ます。1度だけバイクで登場したけど、あれ以来ずっと自転車です。さくらはママチャリが似合います。<現在>背後のクリーム色の壁の家が今でも在ります。御前様に挨拶します。<現在>二人は掃除に忙しいです。<現在><現在>満男が中学生になって、ブラスバンド部に入ります。江戸川へ練習に行きます。<現在>川チ屋も周辺も全く変わってしまいました。川千屋で、タコ社長の娘あけみが祝言を上げます。<現在>今の姿です。江戸川土手下の「川甚」が廃業したので、界隈で大宴会ができる店はここだけになりました。この話、例によって続きます。「男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎」の撮影現場ー1

  • お昼時の大塚ショッピングモール

    今日ニイニイゼミが鳴きました。東京下町も梅雨が明けました。お昼時です。サラリーマンが食事に出てきました。ショッピングモールの飲食店が集まっている場所です。[千成りもなか]も在ります。今年も氷は販売しないそうです。ポツンと魚屋が在ります。振り返る商店街です。突き当りは都電が走る坂です。お昼時の大塚ショッピングモール

  • 京成立石駅の水彩画がこちらに有った。

    駅の脇道にこれがありました。現在の駅正面は「キャプテン翼」の絵です。ずっと前工事が始まった頃に、近隣の懐かしい風景を描いた水彩画が正面にありました。幾つか当ブログで紹介しました。それと新しく、こんなのも有りました。この絵のように古い姿も残るのでしょうか?この右側に有ります。好いです。このように変わるなら、再開発が楽しみになります。久しぶりに懐かしい水彩画の現場です。いくつかの中で、好きな3点を再登場させます。・京成本線の高架・居酒屋下町・立石駅東踏み切り京成立石駅の水彩画がこちらに有った。

  • 「芋甚」でかき氷

    真夏日の根津です。今年はまだ芋甚でかき氷を食べていません。あれっ⁉︎シャッターが閉まっています?貼り紙を見て、スマホで更に確認して、名残惜しそうに去る人が居ました。こんな貼り紙です。こりゃあ長引きそうです。「黒蜜きなこ」を食べに来たのですが・・・。昨年食べた黒蜜きなこはこちら。「芋甚」でかき氷

  • 「下町七夕まつり」準備完了!

    約300m続く商店街の西端です。真っ直ぐスカイツリーが見通せる商店街です。街灯にも有るように、「下町七夕まつり」が有名な商店街です。七夕飾りが並ぶ商店街を行きます。童謡で「笹の葉サラサラ♫」と歌いましたが、軟プラなのでシャラシャラと揺れます。もう笹を飾る「軒端」はありませんが、歩道脇で揺れています。「合羽橋商店街」を行きます。国際通りに来ました。振り返ります。準備完了!です。7月6〜8日に開催されます。「入谷朝顔市」と同じ日です。「下町七夕まつり」準備完了!

  • 猛暑日の人形町時計台

    今日も猛暑日の東京は人形町です。丁度11時になって、時計台が動きました。景色が白っぽいです。見上げる人も暑そうです。水辺が恋しいですが、隅田川の照り返しが厳しいです。正面は佃島の超高層マンション群です。ちょっと上流から見ると景色が変わります。隅田川に浮かぶ島とは思えません。猛暑日の人形町時計台

  • 鳳山酒店と目白富士見坂の風景

    交差点の向こうに好い感じの店が在ります。ちょっと左には田中角栄邸が在る目白通りです。「鳳山酒店」です。よく見ると、二階の窓の所にも看板が有ります。「鳳」の文字が無くなっています。店の隣の路地です。その先は坂です。こんな急坂です。自転車で下るのが怖いくらいの坂です。東京には「富士見坂」があちこちに在ります。山坂が多い土地であると同時に、高層ビルなど無かったので、あちこちから富士山が遠望できたのでしょうね。すぐ先の古い家屋の所で坂が二つに分かれています。いわゆる車道と歩道です。今日は左側の石段を行くことにしました。初めて通ります。それにしても凄い蔦屋敷です。自転車を押して坂を下ります。正面に、新宿のドコモビルが見えます。相当の高低差です。坂を下りました。目白台の下の路地です。銭湯がある町です。鳳山酒店と目白富士見坂の風景

  • 伊勢ヶ濱部屋の移転

    この路地は約20年間、私の散策路でした。週に1回は通っていますが、伊勢ヶ濱部屋が在ったらばこその散策路でした。シーサーしか残っていません。ここでは稽古後の相撲取りが屯して居ました。7人も関取が居ました。自動車も有りません。もっとも、今は名古屋場所前なので、普通なら名古屋に行っているのを知っていますが、やっぱり寂しい景色です。看板が有りません。伊勢ヶ濱親方が元横綱照ノ富士に代わって、伊勢ヶ濱親方は、元横綱白鵬が持っていた宮城野親方に代わりました。この家は、もう相撲部屋じゃなくて、杉野森さん(宮城野親方の本名)の自宅なんですね。ところが、親方が丹精して育てていた盆栽も有りません。どうしたんだろう?国技館の掲示板です。もうすぐ名古屋場所が始まります。両国は真夏です。商売に熱心な(成功した)大相撲関係者も居ます。...伊勢ヶ濱部屋の移転

  • 緑1丁目の「質 フクシマ」

    毎日暑い東京です。墨田区を走っていて遭遇しました。立派な蔵を持っています。これは大店です。商店街を初めとする古いものが好きです。質店もその一つです。でも、こんな大きな質店は初めてです。私が知っている質店は、路地裏でしっとりと営んでいたりします。じっくり眺めました。こちらは、いわゆる「質流れ品」を販売するセクションみたいです。ショーウインドウです。硝子が反射してちょと見難いですが、これらはマイセンですね。お宝です。角に看板が有ります。角を曲がっても店です。こちらが質入れ口のようです。見上げる看板は「元禄2年」の創業です。西暦1689年です。これは、老舗だ!300年以上の歴史があります。そして、驚きました。広くて写真1枚に収まりません。良く見ると、大きな蔵が2棟在ります。こちらが住居でしょうか?とんでもない家...緑1丁目の「質フクシマ」

  • 東京に夏祭りが始まる予兆

    両国橋から隅田川が見えます。水上警察の船が居ました。その先を見ると、沢山の屋形船が川下に向かっています。何だろう?推測します。夏のイベントの準備だと思います。東京の夏と言えば花火大会です。だとしたら、「隅田川花火大会」ではないように思います。あれって、ここ両国より上流で行われるもの。7月の初めであり、隅田川の下流で行われるのであれば、「東京湾花火大会」です。そうに違いありません。そしてこれは、屋形船の「今年の陣割り」、つまり誰がどの位置で係留するかを決める日だったのではないでしょうか?東京の夏祭りが始まっています。はてなblogでは、駄菓子屋のお婆ちゃんTV出演の話です。⇒荒川三歩東京に夏祭りが始まる予兆

  • 「羽二重団子」で「かき氷」

    羽二重団子にかき氷の幟暖簾が出ました!いつもの席に座ります。愛車が見えます。客は私だけだったのですが、かき氷を食べ始めたら満席及び空席待ちになりました。私は「福の神」・「幸せ配達人」です。今年初めてのかき氷です。掘り進めると、ほんのりと黄色が現れました。「氷ゆず」を食べています。ふと気が付きました。私、ここでは「氷ゆず」しか食べておらず、他の店でも同じものしか食べていません。しかも、夫々別のものを食べているのです。あの店ではこれ、と決めている訳ではないけど、そうなっています。同じ店で食べ比べて、その店の一番美味しいものを決めれば良いのに、と思いました。往来する人々を眺めながら食べます。食べている処を眺められています。薄く小さくスライスしたゆずの皮も入っていて、上品な甘さにちょっと苦味もあって、好みの味です...「羽二重団子」で「かき氷」

  • 「おくのほそ道」矢立始めの地

    南千住は、松尾芭蕉が「おくのほそ道」への旅立ちの際に、隅田川から上陸した地です。矢印に従って、行きます。現在の「千住大橋」です。「せんじゅこばし」です。この先が「お上がり場」です。大橋の真下です。徳川家康と伊達政宗の工事の痕跡が残っているようです。大橋を抜けた場所が「お上がり場」です。松尾芭蕉だけでなく、大名や将軍家、日光門主等々が、隅田川から上陸した場所です。戻りましょう。・・・こちら側は「千住小橋」の表記になっています。何かの機会に読んだ記憶があります。橋に書かれた土地を含む名称は、その集落への入り口は漢字で、出口はひらがなで表記したそうです。ここが千住への入り口です(他の橋も気にして見ていますが、現在は左右に漢字とひらがなの表記が多いです)。上流側の堤防です。縁の多い場所のようです。現在は高層マンシ...「おくのほそ道」矢立始めの地

  • スサノオ神社夏越の大祓

    上品な茅の輪ではなく、なんかこう「荒ぶる神」らしい茅の輪を見たい、と思いました。思い付いたのが、南千住の「スサノオ(漢字転換ができません)神社」です。太い!根津神社や日枝神社などの3倍はあろうか、という太さです。スサノオ命はヤマタノオロチを退治した神です。武骨な茅の輪です。下町らしい、とも言えます。作法に従って参拝します。・・・ここに来ると、神楽殿が気になります。東日本大地震の時に、神楽殿いっぱいに千羽鶴を吊しました。荒ぶる地震を鎮める祈りの千羽鶴に心を打たれました。今日は「つきなみ祭昇殿参拝」です。神職が頭を垂れて通り過ぎて行きます。猛暑日の午後です。スサノオ神社夏越の大祓

arrow_drop_down

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用