今日ニイニイゼミが鳴きました。東京下町も梅雨が明けました。お昼時です。サラリーマンが食事に出てきました。ショッピングモールの飲食店が集まっている場所です。[千成りもなか]も在ります。今年も氷は販売しないそうです。ポツンと魚屋が在ります。振り返る商店街です。突き当りは都電が走る坂です。お昼時の大塚ショッピングモール
2022年3月の写真です。「2024年春再オープン予定」の貼紙がありました。2年先の予定を告知するのは珍しい、と撮っていました。先日、偶々通りました。道路工事中ですが、あの場所です。真新しいミニストップです。予告どおり再オープンしていました。・・・・前回もミニストップだったんだろうか?予告どおりに新装開店していた。
大江アナがコケたぶらんこです。大江アナがコケた滑り台です。界隈一の大きさです。よく通る路地の脇です。「モヤモヤサマーズ」の放送後からずっと気になっていました。もう10年くらい前からずっとです。ちょっと上がってみました。視野が変わります。子供が滑り台を逆行して上っています。子供はこういう上がり方好きですね。「怖くない?」と訊いたら、「怖くない」と上がって行きました。もう1段上がります。円錐が3段になった滑り台の基礎です。更に視界が変わりました。通路になった台を廻って周囲を眺めます。青い庇は時々報告する「魚屋やまちゃん」です。さて、あそこが頂上です。さっきから私を押し退けるようにして、子供が上がって行っては滑り降りて行きます。その度に「怖くない?」って訊いています。上がりました。こんな視界になるんですね。周囲...「京島南公園」ジャンボ滑り台
よく通る道に在ります。今まで来ることは無かったけど、新聞に紹介されたのでやって来ました。緑が真っ盛りですね。広い広い公園です。元大きな工場だったのを、東京都が公園として買い上げたそうです。隅田川沿い最大の公園らしいです。草原が広がっていますが、広い水辺の公園です。すぐ脇が隅田川です。ここまで来ると、スカイツリーや国技館などが無くて、観光船も走っていない田舎です。インバウンドは全くありません。道路を戻ると「尾久の原公園」です。公園から覗く隅田川の中空には「首都高速中央環状線」が走っています。高層マンションが並んでいますが、その下には木造住宅や町工場が多く在る下町です。池が見えます。ここは東京都下最大級の、トンボの繁殖地です。約30種のトンボが繁殖しているそうです。夏休みには「こども天国」になりますね。尾久の原公園
目に優しい風景です。バスが停まっています。東京都立大学荒川キャンパスの前です。春夏秋冬よく訪れています。新緑のキャンパスです。バス停が有ります。セコセコしない、下町の風景です。東京都立大学荒川キャンパスの新緑
例によって裏庭から訪問します。すっかり緑の庭です。日陰だからでしょうか?まだカルミアが綺麗に咲いています。庭から見る全体像です。庭を歩きます。日陰の向こうは五月晴れです。光芒が差します。木洩れ日の下にベンチが有ります。ベンチから覗く裏庭です。見上げる5月の空です。まだ薔薇の季節です。すっかり緑の旧宣教師館です。5月の雑司ヶ谷旧宣教師館
初夏の光に佇む「雑司が谷派出所」です。雑司ヶ谷霊園へ行く路です。新緑を見に来ました。東條英機の墓所です。命日でしょうか?供花が夏の色です。緑が萌えています。今日来て良かったです。木漏れ日の霊園を行きます。風が渡ります。空が夏色です。木々が騒めきます。新緑が輝きます。墓地を散策するのに慣れました。お墓の主と語ります。今日はいつもと違うコースで来ました。ここに竹久夢二が埋まっています。さあ、話を聞いて下さい。新緑の雑司ヶ谷霊園
北千住のサンロード商店街です。またバナーが変わりました。春は桜紋でした。これは「矢車」でしょうか?よく家紋を掲載する商店街です。ちょっと訪問が遅かったけど、5月の空に、薫風に爽やかに回る矢車です。鯉のぼりを従えて・・・。こういう意味合で、この紋をこの時期に掲揚したのだと思います。通りが清々しくて華やかです。街並みの景観と集客に気を遣っている商店街だと、いつも感心しています。振り返ります。綺麗です。惜しむらくは、人出が少ないのです・・・。「サンロード商店街」のバナーが変わった。
<2023年2月>駒込の路地で「えびす湯」に出逢いました。近くはソメイヨシノ桜発祥の地で、ちょっとした商店街が在ります。<2024年3月>3/4工事フェンスが張られました。(私にとっては)突然ですが、銭湯受難の時代です。予感めいたものはありました。3/13です。粛々と覆っていきます。3/19です。すっぽり覆われました。<2024年4月>4/8重機が活発に動いています。急ピッチで解体されていきます。まだ建物は残っています。4/16銭湯に続く電線が分離されました。建物も煙突も解体されました。瓦礫の山です。4/30今日は休みです。工事が一段落したのでしょうか?5/21です。がれきの山です。搬出も進んでいます。もう煙突は、欠片もありません。「建築計画のお知らせ」です。店舗と共同住宅になるんですね。当然内湯が有る住...駒込「えびす湯」の解体
新緑と朱鳥居のコントラストが鮮やかです。先週も休みでした。ゴールデンウイークで疲れたのでしょうか?いつかのように売り切れたのでしょうか?木漏れ日に佇みます。今日は、唐十郎さんの話をしようと思って来ました。前回、ここに芝居小屋が建った時に観ておけば良かったと後悔しています。チャンスは1度しかありませんね。思い立ったら吉日ですね。お客さんが飲んだラムネの容器を置く場所です。ホントは防火用水です。初夏だし、これから沢山売れますね。1番好い季節です。来週また来ますね。新緑の下の上川口屋
やっぱり⁈今月に入って、トラックが停まっていたり、動きがあって注意していました。もう殆ど解体されています。ホームへ行きます。途中から覗きます。ホームに上がって振り返ります。いつもの場所からいつも見る景色が在りません。「解体工事のお知らせ」です。木造2階建だった「梶原書店」です。踏み切りを渡って、「梶原商店街」前から眺めます。ポッカリ空いた空間が悲しいです。解体工事に接していつも思う感情です。「・・・なんだかなあ」もう面影も無い梶原書店に戻ります。しっかり見ておきます。小さな家です。簡単に壊れます。裏に回ります。低いブロック塀が残っているだけです。こんなのすぐに倒されます。いつものように電車が来ました。客が乗ります。客が降りて発車します。何ら変わらない日常風景です。でもここに「梶原書店」は在りません。三ノ輪...「梶原書店」の終焉
親水緑道を散策していました。ふと、対岸の白い建物が目に入りました。あれって・・・?確認に行きます。まだ新しいです。裏に回ります。ここは鏡山部屋が在った場所です。跡地に2軒の戸建て住宅を建てたんですね。裏は家庭農園です。緑の杜は「香取神社」です。前は親水緑道です。文化センターが背後に在ります。抜群の住環境ですね。大横綱「柏戸」が「伊勢ノ海部屋」から独立して興した由緒ある部屋でした。在りし日の鏡山部屋はこちら。鏡山部屋が無くなっていた。
町屋に「子宝湯」が在ります。時々覗いては、その健在ぶりを確かめていました。先週も来たばかりです。玄関です。営業前かと思っていました。普段の風景です。ん、シャッターに何か書いています?近寄って見ると、「ありがとう!サヨナラ」です‼︎こんなに小さく?急いで煙突を確認しました。当たり前です。先週確認したばかりです。そんなに早く解体できません。まあ、燃料置き場は雑然としていたし、施設は古いし、廃業が近いとは感じていました。ボイラー室へ行きます。以前の状態とあまり変わら無いのでピンときません。それでも少し整然としています。・・・手前に何か書かれた段ボール箱が有ります。「ご自由に」です。なに??「ケロリン」だ!銭湯定番の洗面器です。・・・これを放出するのだから廃業決定ですね。また一つ、銭湯が無くなりました。界隈に銭湯...町屋「子宝湯」の廃業
薔薇が真っ盛りです。早稲田行きが出発します。ホームへ向かいます。電車を待ちます。満開の薔薇です。やって来ました。ホームに入ります。停車しました。ここは始発・終着停留場なので、停車時間が長いです。ゆっくり眺めます。「関東の駅百選」です。都電と薔薇です。発車します。早稲田へ向かいます。あの電車は、これから沿線でどんなシーンを演出するのでしょうか?都電と薔薇/三ノ輪橋停留場界隈
都電沿線には多くの薔薇の見所があります。ここ「荒川一中前」停留場界隈は、都電には珍しい長い直線と、線路脇の薔薇が見所です。ホームから眺めます。早稲田行きです。電車を眺めます。三ノ輪橋行きがやって来ました。並んで停まります。色んなカラーリングがあって楽しいです。三ノ輪橋行きが残ります。去って行きます。また三ノ輪橋行きです。左右の薔薇が綺麗です。黄色い薔薇が綺麗です。早稲田行きです。白薔薇の向こうで停まります。去って行きます。第六瑞光小学校脇の薔薇が見事です。光の中を電車が来ます。停留場へ向かいます。停車します。三ノ輪橋行きも来ます。並びます。三ノ輪橋行きがやって来ます。校庭前の薔薇が残ります。都電も薔薇も見飽きません。都電と薔薇/荒川一中前停留場界隈
煙突が低くなって以来、急に動きが激しくなりました。更に低くなりました。頂上部分に輪っかが付いたり無くなったりします。何だろう?周囲の建物と被るような高さになりました。再度行ってみます。近くに寄るとまだ十分高いです。今日、輪っかが無かったので、もっと近くに行ってみます。なにあれ⁇輪っかが解体されて下がって行きます。あれは作業足場みたいです。作業梯子に見えたのは、足場を上下する為のレールですね。煙突の高さは、赤い部分が3ヶ所で、白く塗られた部分が2ヶ所です。工事が始まったのに気づいた当初の姿です。上掲の現在の写真は、一番上の白い部分が無くなっています。今日の全体像です。煙突をよく見ると、島津家の家紋のような㊉の印が縦に並んでいます。その一部は穴が開けられています。更に、番号が付けられています。上から下に向かっ...煙突解体工事の進捗状況
新緑が眩しい鬼子母神参道入り口です。木漏れ日の参道です。足を踏み入れます。木漏れ日を踏みます。枯れ木だったのに、緑があれよあれよと空を覆いました。命の瑞々さです。光が描く美しさです。幹に注ぎます。建物に注ぎます。見上げます。狭い空を覆う新緑です。参道を行きます。振り返ります。静寂の昼下がりです。新緑の鬼子母神参道/2024年
大塚界隈がバラ祭りの最中です。ポスターに、大塚台公園が会場の一つだと書かれていました。初めての訪問です。平日にイベントはやっていません。あれっ?丸い築山みたいな滑り台の向こうに有るのはSLじゃないか?!おお〜!古びています。あまり手入れされていないようですね。まあ古いモノではあります。築山的滑り台に登って眺めます。おお〜!迫力あります!都電の坂道に来ました。画面中央の緑が大塚台公園です。薔薇が最盛期です。電車が往来します。初夏真っ盛りです。大塚台公園にSLが有った。
荒川区立第一中学校です。都電の線路脇です。ここのカーブが都電と薔薇の見所です。早稲田行きです。三ノ輪橋行きも来ました。交差します。同じカラーリングです。三ノ輪橋行きが来ます。去って行きます。初夏の陽射しと薔薇が残ります。都電と薔薇/荒川第一中学校横のカーブ
荒川2丁目停留場横には「荒川自然公園」が在って、毎年見事な薔薇を咲かせます。早稲田行きです。発車します。三ノ輪橋行きがやって来ました。行ってしまいました。薔薇が残ります。薔薇が綺麗です。今が盛りです。都電と薔薇/荒川2丁目停留場
やって来ました。「下町のえんぴつ屋さん」です。同じ番号の車があと2台有ります。番号の謎は、昨冬社長と出逢って解決しました。この可愛い自販機に出逢ってからよく来ます。水分補給の場所です。工場に看板は有りません。この自販機に社名が有ります。自販機を眺めます。「小さい子は鉛筆の自販機だと思っているよ」と社長が言っていました。この自販機を見て、鉛筆工場を探し始めました。鉛筆工場探索のきっかけになった工場です。でも、荒川区の地場産業だった鉛筆工場ですが、多くが廃業していました。現在荒川区で、2軒(もう一つはアイボール鉛筆)、葛飾区では「北星鉛筆」だけです。頑張って貰いたいです。鉛筆工場を探し始めた記事はこちら。金子鉛筆製作所/下町のえんぴつ屋さん
先日TVニュースで「キリン鉛筆」が紹介されていました。「北星鉛筆」も紹介されていました。偶々北星鉛筆は、放送直前に訪れていたので、キリン鉛筆にやって来ました。と言っても、10日に1回位は前を通っています。今日は裏から訪問しました。数年前に改築した社屋です。もう鉛筆は作っていません。看板は大切に残しています。六角形のマークは鉛筆由来です。こちらは、地元の人達が作った物を売っています。今日も休みです。どうも相性が悪いですね。私が覗いた時はいつも休みです。全体像です。向かいは荒川区の公園です。最近テニスコートなども併設した総合公園です。大きな滑り台の向こうは荒川です。鉛筆は外材を原料に作りました。従って、鉛筆工場の多くは、荒川の水運を利用できる荒川区に在りました。地場産業でした。「キリン鉛筆」再訪
行列の一方の主役は既報の「びんざさら」です。その後も、もう一方の主役を先導して行列が続きます。綺麗どころが続きます。やって来ました。「白鷺の舞」の白鷺です。肅々とやって来ました。・・・舞いません。舞うのは浅草神社の拝殿前だけなのでしょうか?あの羽を拡げたら綺麗なんだけど。しづしづと去って行きます。お囃子です。羽を広げて舞っている絵が有ります。これもしづしづと去って行きました。東京に暮らして30数年、初めて三社祭行列を全部見ました。三社祭が終わったら東京に夏が来ます。<過去の羽を広げた姿>三社祭の行列(白鷺の舞)/2024年
三社祭はこの行列が幕開けとなります。役員の挨拶があって、1本締めて、行列が始まりました。お囃子の車が先頭です。祭囃子を奏でます。去って行く向こうにはスカイツリーです。下町の路地です。「木遣り歌」です。路地をいっぱいになって進みます。続いて「びんざさら」が行きます。行列が続きます。三社祭の行列(びんざさら)/2024年
三社祭で賑わう浅草の路地を走り回っています。初夏の陽射しに汗ばみます。この幟暖簾に目が留まりました。昔懐かしい喫茶店です。かき氷のメニューです。安いです。下町価格です。来ました!今年初めてのかき氷です。「いちごミルク」です。懐かしい!缶詰めのみかんとさくらんぼが乗っかっています。子供のころ憧れた、贅沢かき氷です。そう、駄菓子屋には無くて、大人に連れて行って貰った「喫茶店」に有ったアレです。毎年かなりのかき氷を食べるけど、今まで出逢っていません。やっぱり喫茶店だから有ったのでしょうか?偶然入った店だけど正解です。ここまで食べたら、色合いが良いと思いました。撮ります。昔からの、懐かしい雰囲気の喫茶店です。店の斜め前は「曙湯」です。初夏の陽射しです。三社祭が終わったら東京に夏が来ます。今年初めてのかき氷
浅草の路地を行きます。神輿の準備をしています。路地が変わると町内会が変わります。夫々に「おらが町内」の神輿が有ります。イスラム教徒も見ています。町内会半纏を背負った背中です。初夏の陽射しに神輿が光ります。「象潟町会」です。自慢の神輿です。祭囃子の太鼓台です。保育園の子供が叩いています。園児と父兄が挽きます。蕎麦屋の玄関です。三社祭が始まります。三社祭の神輿を巡る/2024年
浅草の街が祭り一色になっています。町内会の半纏です。祭り提灯が吊るされています。飾り付け中です。いつもは駐車場の場所に屋台が出ています。祭りの時だけの対応です。三社様で照明を取り付けています。神輿蔵の前が人だかりです。本社神輿です。一之宮、二之宮、三之宮です。祭り半纏がたむろします。雅楽の演奏です。修学旅行の一団です。三社様の鳥居前です。最近は外国人か修学旅行生ばかりです。仲見世は相変わらずの大混雑です。そんな中で三社祭が始まります。三社祭が始まる/2024年
早稲田行き電車がやって来ました。薔薇の線路です。京成電鉄の鉄橋を潜ります。あれっ⁉︎鉄橋の上に人が居ます。あそこもホームでしょうか?早稲田行きがまた来ます。町屋駅前停留場へ向かいます。鉄橋をスペーシア(?)がやって来ました。三ノ輪橋行きが来ました。去って行きます。その向こうからも電車が来ます。すれ違いました。町屋駅前停留場へ向かいます。都電も薔薇も見飽きません。都電と薔薇/町屋駅前界隈
都電沿線の薔薇が真っ盛りです。町屋駅前です。鉄橋を潜って早稲田行きの都電がやって来ました。町屋駅前停留場に向かいます。三ノ輪橋行きの電車も停まっています。色々なカラーリングがある事も都電の楽しさです。三ノ輪橋行きが発車します。満開の薔薇です。頭上で京成電車が発車しました。去って行きます。早稲田行きの電車がやって来ました。並んで停まります。三ノ輪橋行きが発車しました。京成電鉄の鉄橋を潜ります。都電も薔薇も見飽きません。都電と薔薇/町屋駅前
奇数月に1度、足立市場で祭りが開催されます。大人気のイベントです。卸値で買えるもの。いつも出遅れて1時間以上並ぶのが常なので、今回は早くやって来ました。まだ開店前です。周囲を見て廻ります。中とろが1700円です。コロナ禍前はずっと赤身と中トロが1000円で、大トロが1500円でした。それが今年はこの値段です。赤身は1500円になりました。物価高を実感します。解体中です。冷凍ブツは安いです。生牡蠣が有りました。広島産です。私は牡蠣が好きですが、もう季節外れでしょう。もう暫く待てば、岩牡蠣の季節になります。解体が進んでいます。あれが私のマグロだろうか?解体を眺めながら開店を待ちます。いつものように沢山の人が並んで居ます。いつもの「三上水産」です。こちらでは、冷凍マグロを切っています。激しく上下する鋸が怖いです...足立市場祭り/マグロを買いに行く
気がついたら煙突が低くなっていました。晴れ間を待って、改めてやって来ました。1年前くらいからクレーンが立っていました。当初は、煙突が解体されるのか?と緊張して進捗を気にしていましたが、何にも変わらないので気を抜いていました。プラントの中に有る煙突です。ここは「東京都下水道局砂町水再生センター」です。周辺の空気が臭いです。下水を綺麗にして排水しているプラントだと思いますが、煙突がどんな役目を果していたのかは分りません。水再生センターは広い敷地を持っています。塀の外からぐるりと眺めます。もうすぐ無くなる煙突です。色々な角度から撮ります。この煙突は遠くからも目立ちました。壊す為に取り付けた作業梯子でしょうか?近くに来て気付きました。1年位前からずっとクレーンが立っていたのは、これを取り付ける作業をしていたのだと...煙突が低くなっていた。
新聞記事に誘われてやって来ました。新聞の地図ではこんな位置.に在ります。ドヤ街には簡易宿舎も林立しています。もうすぐ三社祭りです。三社が終われば東京に夏が来ます。今年は更に暑くなる予報です。ご婦人が歩く先に、「ほていや」の袖看板が見えました。あそこですね。あらっ!ご婦人が入ろうとしている場所も、もう一つの目的地「珈琲屋バッハ」です。新聞記事です。満席のようです。意外でした。すぐそこで警察官に食って掛かっている男が居る街です。山谷に、普通の人が並ぶ店が在るとは思いませんでした。そして、隣が「エコノミーホテルほていや」です。確かに安いです。山谷の昔を知らない外国人観光客に、特に人気です。七福神の布袋尊からの命名ですね。・・このシリーズ、ちょっと休んで後半に続きます。「エコノミーホテルほていや」と「珈琲屋バッハ」
新聞記事に誘わてやって来ました。東京では時々「大門(おおもん)」の地名に出逢います。北千住にも在って、やっぱり遊郭が在った場所です。全てがそうとは限りませんが、多くはそうだと思います。ここが1番有名な「大門」だと思います。ガソリンスタンドの手前に立っていたと思います。吉原大門の信号です。大門が在った場所です。ここから吉原の街を見ます。すぐ先で、道は大きく右に曲がっています。ここから見ると普通の街ですが、曲がった途端、そこには非日常の夢の世界が広がる、わざと道を曲げた演出です。何代目かの柳です。街歩き史跡めぐりのツアーだと思います。この後彼らはあそこを曲がって行きました。吉原から帰る客が、別れを惜しんで「振り返った」場所です。「吉原大門」の横断歩道から見るスカイツリーです。振り返ると「土手の伊勢屋」です。こ...吉原大門
新聞記事に誘われてやって来ました。土手の伊勢屋です。2か月ぶりです。今日は10時前に着きました。7番目です。収容人数は6席最大16人です。1回転目に入れます。椅子にかばんを置いて、席をキープして撮影しています。老舗天丼屋の磨りガラスの絵柄は海老です。テイクアウトの窓です。古くから有りましたが、再活用されたのは「コロナ禍」からのように思います。老舗店が並んでいます。隣りは馬肉や桜鍋の「中江」です。こちらも開店前です。開店しても客は少ないです。やっぱり夜の商売です。開店しました。ごま油の好い香りが漂います。いつもは食レポを忘れて食べた途中で気付くのですが、隣の人が撮っていたので気が付きました。私が頼んだ天丼です。こんなメニューです。私はいつも一番安い「天丼イ、」です。ここは江戸前の食材、穴子やキスなどが豊富に...土手の伊勢屋
先日新聞にこんな記事が出ていました。よく行く場所です。土地勘がありますが、知らない情報が多く載っていました。地図も有ります。行ってみます。先ずは、矢吹の像です。いつの間にか綺麗に再塗装されていました。同じことを考えてやって来たのでしょうか?熱心に撮っています。アーケードが無くなって明るくなりました。そしてホームレスが居なくなりました。雨も夜露も猛暑も冷風も凌げません。明るくなった商店街の東口です。「山谷労働者福祉会館」兼「日本キリスト教団日本堤伝道所センター」です。ここにいつもホームレスがたむろしていました。今でも炊き出しを行っています。シャッターを鮮やかなブルーで塗っていました。見違えます。新聞の記事どおり周辺に集合住宅が増えました。「山谷労働者福祉会館」の玄関前は薄汚い(失礼)酒屋でしたが、マンション...「ドヤ街」今は昔
先日駅前交番が移転した記事を掲載しました。あ、ここに移転したんだ!新築は綺麗だなあ!立石駅前は東西南北に幾つもの商店街が在りました。交番の先です。反対側です。どちらも工事のフェンスに囲まれています。フェンスの中は、もう解体されています。商店街受難の時代です。果たして工事後は、以前の様に商店に囲まれた交番になるのだろうか?立石駅周辺再開発/駅前交番
佃煮を買いに来ました。佃島の老舗佃煮店が並ぶ路地です。こちらは「天安」です。老舗の風情です。観光客が歩く路地です。田中屋です。我が家の佃煮はこの店です。何年経っても味は変わりません。マンネリこそが伝統です。この路地の景色は何にも変わりません。老舗佃煮店の在る路地
古民家の上に超高層マンション群がそびえます。新旧が同居する佃島です。駄菓子屋です。頑張っています。酒屋でもあります。向いの屋根の上に、聖路加タワーがそびえます。近そうに見えて、隅田川の向こう側です。船溜りです。佃島は古い町です。徳川家康江戸転封時に、大阪からついて来た漁師の町です。この船溜りは、漁港です。佃小橋からの眺めです。あちらは、「もんじゃタウン」が在る月島です。そして聖路加タワーです。この景色も、ずっと変わりません。あ、数年前に船溜りを改修しました。月島に新しい超高層マンションが立ちました。でも、この古民家群が在る限り、新旧の調和が取れた町に見えます。いつまでも変わらない景色です。佃島/古民家と超高層ビルと船溜り
霊巌寺と言えば松平定信です。松平定信と言えば「寛政の改革」です。中学校の歴史で習いました。現在の歴史評価では「失政」とされています。右の石柱に「松平楽翁公霊域」と有って、左の門柱には「昭和4年5月修築」と有ります。墓所です。大河ドラマで渋沢栄一が扱われて、「七分積金」の制定者であることで再び評価されました。昭和4年に定信の百年忌を挙行したのが、渋沢栄一です。徳川四天王や今治藩主の墓がある場所でもあります。松平定信墓
長い工事が終わりました。新装なった霊巌寺の三門です。潜ります。綺麗です。境内から振り返ります。綺麗です。本堂の工事もまもなく完了のようです。・・・やっぱりねえ。心配ですよねえ。この綺麗さに、普通はためらうけどねえ。居るんだよねえ。1番乗りを目指す奴が、、、霊巌寺の三門が新装された。
画面は5/8の写真です。数日梅雨空っぽい東京です。両国駅にはまだ相撲取りの闊歩はありません。横綱像の1番新しい物です。あのスペースには、おそらく照ノ富士の手形が入ります。このタイミングで横綱になって、照ノ富士より先に引退する力士は居ないでしょう。1番新しい手形は白鵬です。幟が出ました。2024年5月場所が始まります。国技館前はまだ閑散としています。チケット販売所に貼られたポスターです。通常は優勝候補力士を載せますが、先場所は新入幕の尊富士が優勝したように、今場所の優勝候補も挙げ辛いです。苦肉の策のポスターですね。国技館前を戻ります。外国人の集団が行きます。ウ~ン、スカッとした青空が欲しいです。散々探してやっと見つけました。こんな所に尊富士の幟が有りました。このコーナーは、左右全て相撲部屋の幟です。なんでこ...2024年5月(夏)場所が始まる
下町に夕暮れが訪れます。倉庫のようです。ここは、元貴乃花部屋です。5月場所が始まります。勝負事は栄枯盛衰が常です。暮れていきます。<在りし日の貴乃花部屋>5月場所が始まる/貴乃花部屋跡
今年も咲きました。荒川右岸河川敷のポピー畑です。背後は総武本線の鉄橋です。電車が行きます。写真を撮っているカップルが居ます。電車が行きます。ちょっとアップで。スマホはアップが苦手です。荒川の中空は、首都高速中央環状線です。電車が行きます。アップで。ちょっと絵になります。今が見頃です。荒川河川敷のポピー畑
干潮の海です。葛西臨海公園の干潟です。ここは「ラムサール条約湿地」です。小さなテントの向こうは東京の中心部です。今日は金曜日です。連休明けの金曜日です。海があんなに遠いです。東京ディズニーリゾートのホテル群です。干潟の向こうのゲートブリッジです。湿地に書いたラブです。海が遠いです。陸が遠いです。背景はディズニーランドホテルです。腕白小僧に似合います。夢の国ホテル群です。水温む季節です。幸せそうです。ディズニーランドホテルと女性です。TVを見ていたら、突然、あの方向で7人が乗ったボートが漂流しているそうです。乗員全員が救助されたらしいですが、長閑な風景の中でこんなことが起こっています。湿地の水が光ります。実は正面奥に雪を頂いた富士山が見えます。スマホの限界です。富士山って、案外大きいです。初夏の風が渡ります...初夏の干潟
陸奥親方の定年に伴って、部屋が廃止されました。この看板も撤去されますね。玄関です。ポストにはまだ「陸奥部屋」の文字が残っています。玄関上あった部屋の看板が無くなりました。当然といえばそうなんですが、見慣れた物がないと違和感があります。慣れるまでに時間が掛かります。結局、親方は部屋付き親方になって、向島の「音羽山部屋」に行きました。大関霧島が引退したら、彼が「陸奥部屋」を継承するのでしょうね。そうなったら、ここに戻って来るのだろうか?まだ新しそうだし、ポストもそのまま使えるし・・・?横綱力士碑の背後には、「ちゃんこ霧島」が在ります。部屋付き親方引退後は、ここで商売に励むのだろうか?大きなお世話だろうけど・・・。<在りし日の「陸奥部屋」看板>陸奥部屋が廃止になった。
京成立石駅前の再開発がゆっくり進んでいます。駅周辺が高架になります。高架化工事中です。踏み切り周辺です。新しい線路が施設されようとしています。今の線路の位置に高架鉄道を造る為の一時迂回線路です。ただ今建設中です。呑んべ横丁が在った界隈の横です。行ってみます。あれから進んでいないように見えます。でも着実に再開発は進んでいます。伝統産業館です。玄関です。閉館のお知らせです。1度だけ入ったことがあります。地場製品の展示即売所でした。たった1人の客である私に、係員が2人で、熱心に説明してくれて、購入を促されたものです。駅前商店街通りです。ここに立石駅前交番がありました。もう移転しています。再開発工事は、着実に進んでいます。京成立石駅前再開発状況
江戸川区を走っていました。船堀は、江東区の西端の、中川に近い街です。比較的新しい街のように見えます。古い町並みを再生した雰囲気です。そこに銭湯が在りました。商店が集まった一角です。おそらく、昔から銭湯があって、人が集まるここに商店が集まったのだと思います。そんなに古くありません。立派な本格的銭湯の佇まいです。町の再生に合わせて改造したのだろうか?新しい住宅には内湯を造るはずなのに?・・・銭湯を改造したその後に、町が再生されたのかも知れません。そんな雰囲気です。見上げる立派な煙突です。銭湯はおめでたい名前を付けます。「松竹梅」とか「富士山」とか「七福神」とかです。「鶴亀」も人気の名前です。その段からいくと、「鶴の湯」は老舗の銭湯だと思います。東京は関東ローム層なので、地下水が黒いです。「黒湯」は関東の一般的...江戸川区船堀で「鶴の湯」に出逢った。
「男はつらいよ」第47作の続きです。満男は大学の先輩の妹と仲良くなりましたが、先輩の軽率な発言で、ゲスト(牧瀬里穂)との仲がマズくなりました。悶々と過ごす正月休みです。家に居てもムシャクシャするばかりだし、両親や朝日印刷の皆さんにも鬱陶しがられるしで、家の前の江戸川の土手に逃げます。<現在の現場>当然ですが、映画と違って振袖の女性なんか歩いている筈がありません。殆ど人が居ない江戸川土手です。ところが、ゲストが満男を訪ねて来ます。江戸川土手を歩いてやって来るのを見つけました。創作の世界ならではの再会です。<現在の現場>お互いに再会を喜ぶシーンです。ゲスト(牧瀬里穂)は、「あのまま満男さんと分かれるの嫌だった」といいます。牧瀬里穂さんは当時、JR東海のクリスマスの新幹線ホームのCMで大人気でした。<現在の現場...「男はつらいよ」第47作に見る江戸川土手の今昔
薔薇の香りが漂っています。薫風です。超高層マンションを背景に、錆た鉄橋が在ります。旧晴海鉄道の鉄橋跡です。随分前から放っぽらかされていたのに、鉄橋の左右で工事が行われています。春海橋と並行した鉄道でした。昔、向こう岸には「小野田レミコン」や鉄鋼所などの工場が在りました。おそらく、原料の搬入や製品の出荷に使った線路だと思います。工場地帯と埋立地だった場所が、超高層マンションが林立する住宅地になりました。その中でずっと、個性を放っていた鉄橋です。近代的なマンション群の中でのその姿は、ちょっとノスタルジックであり、存在感のある、好い風景です。江東区と中央区を繋いでいた鉄橋です。鉄橋に行ってみたいけど、以前から立ち入り禁止になっています。そんな所に、工事の告知看板が立ちました。なんと、旧晴海鉄道橋を遊歩道にする工...「旧晴海鉄道橋」遊歩道化工事推進中
東小岩を走っていました。翡翠色の街灯に心を奪われました。曇り空でも鮮やかです。バナー看板も味があります。ずーっと商店が見当たりません。小岩駅に向かっているようです。クリーニング店が在りましたが、相変らず住宅街です。小岩事務所•区民館が現れました。隣は、小岩警察署です。どうやら街の中心地みたいです。やっと商店街の雰囲気です。でも、店が開いていません。所々開いている店です。でも、人通りはありません。古い街道と交差して駅に近い立地です。往時はさぞかし栄えた商店街だったと思います。「昌栄会」商店街
築地市場の解体が完了したとの新聞記事を読みました。行ってみます。晴海通りの勝鬨橋の北です。フェンスの背後に建物が在りません。市場の周囲を巡ります。ここからは勝どきの超高層マンション郡が素通しで見えるようになりました。波除神社は、市場関係者が居なくなっても賑わっています。参拝者の多くは外国人観光客です。築地の飲食と日本の神社を体験できる人気の場所なのでしょうね。波除神社の正面は、相変わらずの、築地場外市場です。向こう側へ行きたいのだけど、この人混みの中を、自転車を押して突っ切る勇気はありません。一旦晴海通りに戻って、築地4丁目から新大橋通りに行って、あの人混みの向こうに行くことにしました。やって来ました、新大橋通りに廻り込んで、市場橋の信号待ちです。凄い人です。振り返る門跡通りです。ここからも、築地市場跡を...築地市場の解体が完了した。
新緑の親水公園です。緑が目に優しいです。水辺が涼しげです。1番好い季節です。親水公園が2つに分かれます。江戸川区は海抜ゼロメートル地帯でもあって、水が豊富な街です。もう藤は終わりました。親水緑道を行きます。滝に出ました。以前は近くに鏡山部屋が在って時々来ていましたが、廃業したので久しぶりになります。隣りは「江戸川区文化センター」です。街の中心部にこのような親水公園が在ります。江戸川区は水に囲まれた街です。新緑の「小松川境川親水公園」
京成立石駅前です。アーケード商店街の「立石仲見世」です。いつも、開いている店が少いですが、ましてやゴールデンウイークです。毎年のことです。「ゴールデンウイークはみんな遊びに行ってここには来ないよ」とのことで、平日より営業している店が少いのです。営業している店は、入り口のこの2軒を含めて5軒でした。そして、いつもの行列があります。もつ焼きの「宇ち多”」の行列です。まだ営業前ですが、開いている店にカウントします。開店までにまだ2時間近くあります。「タカラ焼酎ハイボール」がポスターにする程の「昼呑み」の有名店です。2時間前に並ばないと1回転目に入れません。呑ん兵衛は長っ尻です。1回転目に入れなかったら、夕暮れまで待つことになります。八百屋が開いています。餃子を中心としたお惣菜屋の「サクライ」が開店したばかりです...ゴールデンウイークの立石仲見世商店街
先日、工事中の様子を見下ろそうと思いつきました。何を造っているか知りたいと思いました。好奇心は老化防止の妙薬です。豊島区役所の10階にに在る緑地公園から、前回報告した豊島区役所脇のフェンスに隠されていた工事中の場所です。よく分かりません。ビルだろうか?目を右に移動します。緑の森は雑司ヶ谷霊園です。工事の様子と共に眺めています。何を造っているのか全く分かりません。新宿のビル群です。ここは結構な展望所でもあります。9階に下ります。隣の工事現場です。目を左(北)に移します。首都高池袋線です。左に走るとすぐに「東池袋出入口」です。こんな立地です。全く分からなかったけど、景色を楽しめました。豊島区役所の仕事中の部署を通って、エレベーターで帰ります。改めて工事現場に来ました。・・・あれは、「地下通路」を造っているそう...豊島区役所緑地公園からの光景
副題は「拝啓車寅次郎様」です。この頃の作品は、寅次郎と甥っ子満男の恋愛が同時進行します。満男の大学の先輩が上京してきて、会いたいとの連絡がありました。過日先輩の実家に行って、妹(ゲストは牧瀬里穂)と仲良くなった満男です。恋心を抱いています。先輩から、「俺と共同経営者になって、家業を継がへんか?」と誘われてもいます。現在の靴の販売の仕事に身が入っていない満男です。・・・明るい先輩が何やら思い詰めた様子です。<現在の現場>今も石のベンチが有ります。「隅田川」の看板が無くなって、欄干には「あづまばし」の文字が入りました。旅行者がカメラを向ける先は、「東京スカイツリー」です。彼女のこともあって駆け付ける満男です。<現在の現場>手前に柵ができましたね。背後のお堂はそのまま、今も立っています。先輩が元気ありません。<...「男はつらいよ」第47作に見る吾妻橋の今昔
呑んべ横丁が解体された後、暫くはこの状態でした。呑んべ横丁が在った位置に重機が据えられて、周辺の建物が工事フンスで覆われていきます。重機の動きはありません。暫く行っていなかったら、現場が動いています!隙間から覗きます。あの重機の左が呑んべ横丁の長屋でした。パチンコ屋も殆ど残っていません。呑んべ横丁脇の茶色かったマンションの北側がすっぽり覆われました。解体間近です。駅前商店街です。この左右一帯が解体されます。一時動きがあった駅舎はこの状態で中断しています。踏切からの見る呑んべ横丁跡です。歴史的再開発です。時々見に行きます。立石駅周辺再開発工事推進中
荒川車庫前から荒川遊園地前は、都電沿線のバラの名所の一つです。中でも一番綺麗な場所だと思います。都電と薔薇を楽しみます。もう咲き誇っています。都電が行きます。薔薇と都電のカラーがよく似ています。荒川遊園地前停留場に来ました。早稲田行きです。これも、薔薇の色との相性が良いです。ずう〜っと、薔薇の沿線です。踏み切りからも眺めます。早稲田方面です。三ノ輪橋方面です。線路の両側が薔薇の道です。都電が行きます。見飽きません。電車が無くても綺麗です。この界隈は今が今が見頃です。咲き具合は場所によって違います。例えば町屋駅前界隈から三ノ輪橋界隈間は開花が遅いです。都電と薔薇/荒川車庫前〜荒川遊園地前
都電荒川線沿線には何ヶ所かの「バラの名所」が在ります。「荒川車庫」界隈もその一つです。都電に薔薇はよく似合います。「荒川車庫」です。本線からの引き込み線が在ります。車庫ならではの施設です。都電が出入りする、沿線唯一の場所です。広場として開放しています。周辺地図です。JRを中心に描かれています。こんな場所に在ります。本線では早稲田行きの都電がやって来ました。「荒川車庫前」に停まりました。車庫に出入りするポイントが在ります。ここだけの設備です。一重の薔薇です。薔薇の沿線です。都電が行きます。薔薇の名所です。都電と薔薇/荒川車庫界隈
特徴的な高層建築物は、豊島区役所と一般住宅の総合建築物です。スカート状の部分が区役所で、それ以上の階に一般住民が住んでいる分譲マンションです。全国で初めて建てた、公民一体建築物です。スカート部分は緑地です。その隣では、随分前から工事中です。何を造っているのだろうか?都会の真ん中なので、高層建築物だろうか?ふと、10階の緑地公園へ行けば見えるかも知れない、と思いつきました。区役所のエレベーターで行けます。次の機会に行ってみます。豊島区役所と工事中
よく通る親水緑道です。野鳥を撮るのは難しいと言いながら、やっぱり気になります。煩いもの。多分、見えないけど、雛が孵って子育て中だと思います。ここは人工のコロニーです。1本の木に10数個の巣があります。もう、木のキャパがいっぱいです。移動して、反対側からも眺めます。こちら側も満杯状態です。これだけ居ると、糞害もあります。木が枯れているようにも見えます。巣材として小枝を毟るのだろうか?とにかくこの時期は、騒がしくて臭い一角です。野鳥のコロニー子育て大忙し
初夏の気温が続きます。薔薇の開花が急です。例年以上に開花が早いです。都電が行きます。都電の線路脇に咲く薔薇です。坂を下ります。薔薇と線路です。都電と薔薇はよく似合います。静の薔薇の背景に動きを与えてくれます。向原停留場です。都電が出発しました。都電が来ます。都電が行きます。例年行っている「大塚バラまつり」の告知です。会期末まで見頃が続くか心配です。都電と薔薇/大塚の坂〜向原
葛飾区四つ木の路地です。共同住宅の向こうに目的地が見えます。すっかり文字が読めなくなった看板です。上から、「北星鉛筆(株)」「工場見学受付東京ペンシルラボ」「鉛筆神社」です。入って行きます。開放的な会社です。神社が在るので、いつも勝手に入って行っています。可愛い壁です。右上に「鉛筆神社」の矢印(鉛筆)が有ります。中に湯桶が有って、レジ袋を置いています。好きな量を掬って持って帰ります。数年前、2軒3人の孫に送ってやったら、不人気でした。商業的なおもちゃが良いようです。案内板です。陽当りの良い庭が在ります。池も在ります。その先に鳥居があります。「鉛筆への道」が在って、そこが「鉛筆神社」です。短くなった鉛筆をこの口に入れて供養します。そうしたら、白髭神社の鉛筆1本と交換できます。東京ペンシルラボ前はごちゃごちゃ...北星鉛筆
慌ただしく春が行きます。毎年のゴールデンウイークは、「東京三大花祭り」と称して、根津神社のつつじと上野東照宮のぼたんと亀戸天神のふじを巡るのを習慣にしていました。今年は上野をパスしました。上野界隈は人が多すぎます。で、やって来たのが亀戸天神です。ここも結構な人出ではあります。藤が見頃です。早生の藤は散ったけど、奥手の藤が最盛期です。新緑が鮮やかです。空が青いです。初夏の色です。新緑と池の水も緑です。赤い闌干が映えます。藤を見ながら回遊します。良い香りに包まれています。薄紫の藤棚です。広い藤苑です。人波に流されて歩きます。初夏の陽射しです。青空と藤です。涼感を醸します。見上げる今年の藤です。亀戸天神ふじまつり/2024年
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今日ニイニイゼミが鳴きました。東京下町も梅雨が明けました。お昼時です。サラリーマンが食事に出てきました。ショッピングモールの飲食店が集まっている場所です。[千成りもなか]も在ります。今年も氷は販売しないそうです。ポツンと魚屋が在ります。振り返る商店街です。突き当りは都電が走る坂です。お昼時の大塚ショッピングモール
駅の脇道にこれがありました。現在の駅正面は「キャプテン翼」の絵です。ずっと前工事が始まった頃に、近隣の懐かしい風景を描いた水彩画が正面にありました。幾つか当ブログで紹介しました。それと新しく、こんなのも有りました。この絵のように古い姿も残るのでしょうか?この右側に有ります。好いです。このように変わるなら、再開発が楽しみになります。久しぶりに懐かしい水彩画の現場です。いくつかの中で、好きな3点を再登場させます。・京成本線の高架・居酒屋下町・立石駅東踏み切り京成立石駅の水彩画がこちらに有った。
真夏日の根津です。今年はまだ芋甚でかき氷を食べていません。あれっ⁉︎シャッターが閉まっています?貼り紙を見て、スマホで更に確認して、名残惜しそうに去る人が居ました。こんな貼り紙です。こりゃあ長引きそうです。「黒蜜きなこ」を食べに来たのですが・・・。昨年食べた黒蜜きなこはこちら。「芋甚」でかき氷
約300m続く商店街の西端です。真っ直ぐスカイツリーが見通せる商店街です。街灯にも有るように、「下町七夕まつり」が有名な商店街です。七夕飾りが並ぶ商店街を行きます。童謡で「笹の葉サラサラ♫」と歌いましたが、軟プラなのでシャラシャラと揺れます。もう笹を飾る「軒端」はありませんが、歩道脇で揺れています。「合羽橋商店街」を行きます。国際通りに来ました。振り返ります。準備完了!です。7月6〜8日に開催されます。「入谷朝顔市」と同じ日です。「下町七夕まつり」準備完了!
今日も猛暑日の東京は人形町です。丁度11時になって、時計台が動きました。景色が白っぽいです。見上げる人も暑そうです。水辺が恋しいですが、隅田川の照り返しが厳しいです。正面は佃島の超高層マンション群です。ちょっと上流から見ると景色が変わります。隅田川に浮かぶ島とは思えません。猛暑日の人形町時計台
交差点の向こうに好い感じの店が在ります。ちょっと左には田中角栄邸が在る目白通りです。「鳳山酒店」です。よく見ると、二階の窓の所にも看板が有ります。「鳳」の文字が無くなっています。店の隣の路地です。その先は坂です。こんな急坂です。自転車で下るのが怖いくらいの坂です。東京には「富士見坂」があちこちに在ります。山坂が多い土地であると同時に、高層ビルなど無かったので、あちこちから富士山が遠望できたのでしょうね。すぐ先の古い家屋の所で坂が二つに分かれています。いわゆる車道と歩道です。今日は左側の石段を行くことにしました。初めて通ります。それにしても凄い蔦屋敷です。自転車を押して坂を下ります。正面に、新宿のドコモビルが見えます。相当の高低差です。坂を下りました。目白台の下の路地です。銭湯がある町です。鳳山酒店と目白富士見坂の風景
この路地は約20年間、私の散策路でした。週に1回は通っていますが、伊勢ヶ濱部屋が在ったらばこその散策路でした。シーサーしか残っていません。ここでは稽古後の相撲取りが屯して居ました。7人も関取が居ました。自動車も有りません。もっとも、今は名古屋場所前なので、普通なら名古屋に行っているのを知っていますが、やっぱり寂しい景色です。看板が有りません。伊勢ヶ濱親方が元横綱照ノ富士に代わって、伊勢ヶ濱親方は、元横綱白鵬が持っていた宮城野親方に代わりました。この家は、もう相撲部屋じゃなくて、杉野森さん(宮城野親方の本名)の自宅なんですね。ところが、親方が丹精して育てていた盆栽も有りません。どうしたんだろう?国技館の掲示板です。もうすぐ名古屋場所が始まります。両国は真夏です。商売に熱心な(成功した)大相撲関係者も居ます。...伊勢ヶ濱部屋の移転
毎日暑い東京です。墨田区を走っていて遭遇しました。立派な蔵を持っています。これは大店です。商店街を初めとする古いものが好きです。質店もその一つです。でも、こんな大きな質店は初めてです。私が知っている質店は、路地裏でしっとりと営んでいたりします。じっくり眺めました。こちらは、いわゆる「質流れ品」を販売するセクションみたいです。ショーウインドウです。硝子が反射してちょと見難いですが、これらはマイセンですね。お宝です。角に看板が有ります。角を曲がっても店です。こちらが質入れ口のようです。見上げる看板は「元禄2年」の創業です。西暦1689年です。これは、老舗だ!300年以上の歴史があります。そして、驚きました。広くて写真1枚に収まりません。良く見ると、大きな蔵が2棟在ります。こちらが住居でしょうか?とんでもない家...緑1丁目の「質フクシマ」
両国橋から隅田川が見えます。水上警察の船が居ました。その先を見ると、沢山の屋形船が川下に向かっています。何だろう?推測します。夏のイベントの準備だと思います。東京の夏と言えば花火大会です。だとしたら、「隅田川花火大会」ではないように思います。あれって、ここ両国より上流で行われるもの。7月の初めであり、隅田川の下流で行われるのであれば、「東京湾花火大会」です。そうに違いありません。そしてこれは、屋形船の「今年の陣割り」、つまり誰がどの位置で係留するかを決める日だったのではないでしょうか?東京の夏祭りが始まっています。はてなblogでは、駄菓子屋のお婆ちゃんTV出演の話です。⇒荒川三歩東京に夏祭りが始まる予兆
羽二重団子にかき氷の幟暖簾が出ました!いつもの席に座ります。愛車が見えます。客は私だけだったのですが、かき氷を食べ始めたら満席及び空席待ちになりました。私は「福の神」・「幸せ配達人」です。今年初めてのかき氷です。掘り進めると、ほんのりと黄色が現れました。「氷ゆず」を食べています。ふと気が付きました。私、ここでは「氷ゆず」しか食べておらず、他の店でも同じものしか食べていません。しかも、夫々別のものを食べているのです。あの店ではこれ、と決めている訳ではないけど、そうなっています。同じ店で食べ比べて、その店の一番美味しいものを決めれば良いのに、と思いました。往来する人々を眺めながら食べます。食べている処を眺められています。薄く小さくスライスしたゆずの皮も入っていて、上品な甘さにちょっと苦味もあって、好みの味です...「羽二重団子」で「かき氷」
南千住は、松尾芭蕉が「おくのほそ道」への旅立ちの際に、隅田川から上陸した地です。矢印に従って、行きます。現在の「千住大橋」です。「せんじゅこばし」です。この先が「お上がり場」です。大橋の真下です。徳川家康と伊達政宗の工事の痕跡が残っているようです。大橋を抜けた場所が「お上がり場」です。松尾芭蕉だけでなく、大名や将軍家、日光門主等々が、隅田川から上陸した場所です。戻りましょう。・・・こちら側は「千住小橋」の表記になっています。何かの機会に読んだ記憶があります。橋に書かれた土地を含む名称は、その集落への入り口は漢字で、出口はひらがなで表記したそうです。ここが千住への入り口です(他の橋も気にして見ていますが、現在は左右に漢字とひらがなの表記が多いです)。上流側の堤防です。縁の多い場所のようです。現在は高層マンシ...「おくのほそ道」矢立始めの地
上品な茅の輪ではなく、なんかこう「荒ぶる神」らしい茅の輪を見たい、と思いました。思い付いたのが、南千住の「スサノオ(漢字転換ができません)神社」です。太い!根津神社や日枝神社などの3倍はあろうか、という太さです。スサノオ命はヤマタノオロチを退治した神です。武骨な茅の輪です。下町らしい、とも言えます。作法に従って参拝します。・・・ここに来ると、神楽殿が気になります。東日本大地震の時に、神楽殿いっぱいに千羽鶴を吊しました。荒ぶる地震を鎮める祈りの千羽鶴に心を打たれました。今日は「つきなみ祭昇殿参拝」です。神職が頭を垂れて通り過ぎて行きます。猛暑日の午後です。スサノオ神社夏越の大祓
拝殿が工事中の亀戸天神です。夏越の大祓にやって来ました。祀られている菅原道真公には不似合いの荒々しい茅の輪とお思いでしょうが、菅原道真公の先祖は、当麻蹴速を蹴殺して「相撲の神様」になった、野見宿禰なんです。そう言われたら、納得の荒々しい茅の輪です。工事中の拝殿を参拝します。工事の理由です。勉学の神様です。下町の人気神社です。猛暑日です。茹るような暑さです。草いきれがします。濃い緑が暑苦しいです。紫陽花の清々しさが清涼剤です。夏越の大祓「亀戸天神」
ずっと前に、同じ街で瓢箪だらけの家に遭遇しました。登録読者さんに教わったところ、瓢箪作りの名人だったらしいです。あれからこの街に来るたびにそれとなく探していましたが、遭遇しません。突然、遭遇しました。凄いです。色付きです。前に遭遇した家とは違いますが、同じ町内なのでお互いに知っていると思います。同好者と認識しているのか、ライバル視しているのかは分かりませんが、同じ趣味の方だと意識しているのではないでしょうか?これはこれで凄いです。前の人の家に出逢いたいなあ。前の人の記事はこちら。東四つ木の瓢箪の家の2軒目
綺麗だと思いました。いえ、枯れかけたアロエではありません。この苔です。菊坂下の路地に生えていました。見上げると、木造三階建の家です。菊坂に上がると郵便局とレストランです。本郷への急坂へ向かいます。谷底と丘上の街です。梅雨時の菊坂下
ふと、樋口一葉の井戸が有るあそこへ行こうと思いました。いつも変わらぬ風景です。梅雨だとこの石段の苔類が生き生きしているのではなかろうか?と思った次第です。あまり変わらないですね。石段を見上げます。振り返る、樋口一葉が井戸端会議をしたであろう路地です。せっかく来たので石段を上がります。シダの元気が良いように思います。振り返ります。見上げる梅雨空です。九州・四国が梅雨明けしたそうです。梅雨時の樋口一葉の井戸
池の端に在った「鷗外荘」の移転工事が進んで、池や植栽の概要が分かるようになりました。夏越しの大祓の準備が終わった根津神社の庭です。ここから覗きます。家の外観が分かる状態になりました。完成が待ち遠しいです。「鷗外荘」移転工事進捗中
やっぱり告知が出ていました。母子がお詣りに来ていました。作法どおり潜って、拝殿へ向かいます。重要文化財の銅灯籠と西門です。参拝を終えて振り返る茅の輪と楼門です。やっぱり真円は、信心が増すように思います。こんな所を告知板に使う、贅沢な神社です。そして、いつもの西参道からの風景です。帰京して初めての参拝です。厳かな夏越しの大祓催行の様子はこちら根津神社夏越しの大祓
三菱一号館へ立ち寄ります。まあ!ジューンブライドも大変ですね。梅雨の晴れ間の蒸し暑い午後です。思った以上に沢山の人が涼を求めて来ていました。梅雨明けはまだでしょうか?明けても暑いか?三菱一号館の中庭の午後
丸の内仲通りの午後の風景が好いです。丸の内仲通りの午後
いつの間にか、先っちょの赤い部分が無くなっていました。何度目かの輪っかが取り付けられています。何らかの工事が行われていると思います。今日はいつもと違う場所から眺めます。工場団地の駐車場が有りました。そうしたら、てっぺんの赤い部分の最後のパーツが外される処です!まだ赤い部分が残っていたのです!こんな瞬間が見られました!ここ良いです。観測地の一つにしましょう。煙突の解体/赤い部分が無くなった。
伊勢ヶ浜部屋の近くに西濃運輸が在ります。部屋を覗くと、自然に事務所兼社宅兼出荷場兼駐車場を通ります。改装工事の経緯の記録です。<2021年1月>正月休みの姿は壮観です!左右の社宅の下にびっしりと、整然と並んでいます。この景色が素敵で、時々写真を撮っていました。<2021年11月>工事フェンスが張られました。こちらは事務所部分です。社宅とL字型に建築されています。ここも工事対象のようです。<2023年7月>社宅部分がほぼ出来上がりました。<2024年5月>事務所棟もほぼ完成のようです。基本的な構造は変わってないように見ます。<2024年6月末>いよいよ最後の仕上げ段階です。竣工間近。こちらが事務所入り口のようです。出荷場の内部が完成したようです。西濃運輸に「クロネコヤマト」のクール宅急便が届きました。新しい...西濃運輸の改築工事
もうすぐ東京都知事選挙です。全く静かです。50数人も立候補しているのに、1度も選挙カーに会いません。でも、候補者看板は凄いです。これ、探しに行った訳じゃないです。散策すると出遇えます。政策に関係なく私の目を引いたのを紹介します。この候補者が「看板ジャック」を考え出しました。そしてこうなりました。散髪の帰りに目に付きました。こんなもの。でもね。有権者も褒められたもんじゃない。この看板、入り口に近いんです。都知事選挙/候補者看板ジャック
前回「花本社」の記事を掲載しました。その時に、東京大空襲で鳥居の上部が崩れ落ちた歴史を紹介しました。富岡八幡宮は大被害を受けたのに、松尾芭蕉命を祀る「花本社」の左右に在る「永昌五社稲荷神社」と「合末社」が無事だった話の中で、もう一社「七渡神社」も無事だったのです。気になっていた人もいらっしゃるでしょうから紹介します。えっ、気にならない?まあ聞きなさい。七渡神社へは、合末社の鳥居前を、この橋を渡って行きます。橋の左右は遊水池です。水を配した立派な造りです。右奥に七渡神社が見えます。縁日だったとは知らなかったです。それ以上に、何の神かも知りません。小さいけどお神輿みたいに艶やかな神社です。ここらは海に近いです。昔はもっと近くて、漁業や「木場の角乗り」の文化が今も残っているように材木の集積地です。そういった水に...七渡神社
例祭日じゃないけど、「花本社」へ行きます。地元出身の松尾芭蕉を祀っています。神となって「松尾芭蕉命」です。「俳聖」と謳われ、「奥の細道」を残し、住居跡が「芭蕉稲荷神社」となって、その近くには「芭蕉庵史跡庭園」や「松尾芭蕉記念館」が在ります。ここでも祀られて当然の人物です。・・・ここです。左右は神社です。この隙間には祠も有りません。どうやってお参りするんだよ!松尾芭蕉命をよ!右側は「合末社」です。立派です。左に「花本社」の立札が見えます。鳥居の上部が欠落しています。こんな謂れがあります。左は朱鳥居を潜ってお参りします。立派です。「永昌五社稲荷神社」です。その間に、鎮座する、祠も無い「花本社」です。...松尾芭蕉命を祀っています。誰かが何とかしませんか?俳句協会とか江東区とか?「花本社」にお参りしたいです。
白い幟が涼やかです。富岡八幡宮の夏詣です。この時期主な神社は何処でも夏詣を行って、茅の輪潜りを催行します。そもそもは、蒸し暑い梅雨時なので、食あたりとかも含めた、疫病避けの行事だったのだと思います。例年以上に暑いです。ちょっと涼を求めたいです。木陰が有りました。「大関力士碑」他、相撲に関する石碑が有る一角です。あそこで休憩します。ここは「勧進相撲発祥の地」と言われており、その縁で相撲関係の石碑が有ります。新しいところでは、「琴欧州」「琴奨菊」「豪栄道」が刻まれて居ます。現役で元大関の「正代」や「御嶽海」、「朝の山」、「高安」らは刻まれていません。「横綱」になる可能性があるから、引退するまでは刻まれません。「ない無い」って言ったの誰?そして「強豪関脇力士碑」です。「力道山」の名前がやけに白くて目立ちます。関...富岡八幡宮の夏詣
帰省中ずっと気になっていました。煙突に輪っかが付いています。見に行きます。輪っかは作業用足場のようです。輪っかが取れた後暫くしたら、知らない間に煙突が低くなっているように思います。クレーンと煙突の姿を眺めます。周囲は工場地帯です。新たな場所からも眺めます。けっこうな存在感が在りますが、煙突はその高さに必要な大きさがあるように思います。ズングリムックリになりました。輪っかが有る煙突の存在感
浅草が外国人にジャックされていました!暫く留守にしていたら
離陸します。蜜柑の島です。すぐに佐田岬です。飛行機は四国山脈を越えます。桂浜です。室戸岬です。太平洋の島です。房総半島です。波が海岸を洗って白波が立っています。九十九里浜です。千葉のベットタウンです。千葉港とロッテマリン(たぶんネーミングライツの名前があると思います)球場です。東京ディズニーリゾートです。左に江戸川です。葛西臨海公園と左に荒川です。ゲートブリッジです。東京のビル群です。これらが見たくていつも右側の席を取ります。羽田です。帰って来ました。東京と田舎と両方ともが自宅です。従って、両方とも「帰って来ました」です。飛行機で帰りました。
いつもちょっと早めの昼食にします。そしていつもこの店です。メニューです。いつもこれです。こんなのも有りました。参考まで。いつも鯛めしと、いつもビールです。ビールは美味しいものを食べる時の大人の作法です。商品説明と食べ方が付いています。要は、卵を軽く溶いて、鯛型の器に乗っている刺身と海藻と大葉を入れて軽く混ぜます。1膳目です。ご飯に卵にひたした刺身と海藻を乗っけます。その上から溶いた卵を掛けます。要は「刺身乗せ卵かけご飯」です。先ずかっ込んで、ビールで「ふう」と息を吐きます。「ああ」の感嘆でも良いです。ひと口ずつお箸で口に運ぶのでなくて、卵かけご飯と同じくかっ込むのが作法です。海賊の食事ですから。そのように食べて酒で流し込みます。しつこいですが、それが作法です。2杯目です。一気に完食しました。ふう~、食った...松山空港「かどや」の鯛めし
松山空港です。故郷は「かんきつ王国」です。名前を覚えられないくらい、或いはいつの間にかできていた新種など沢山の柑橘類があります。・・ずっと以前に、「愛媛県では蛇口からみかんジュースが出る」との地方伝説があって、それならと、実際にここ松山空港に作りました。そしてウケたので、それならと改良して、その後これも。ホストクラブなんかでよくやる「シャンパンタワー」ならぬ「みかんジュースタワー」です。やっぱり愛媛では蛇口からみかんジュースです。今も有りますアレ。私もできた時は嬉しくて飲みました。写真を撮っています。その気持ち分かります。最初皆んな撮っていたもの。「蛇口からみかんジュース」です。コップ1杯400円(高くなったね)です。お金を払ったら紙コップをくれて、自分で蛇口を捻ってジュースを出して飲みます。ちょっとした...蛇口からみかんジュース
帰郷してからうどんばっかり食べています。何処で食べても美味しいですが、私の好みはここです。ちなみに、故郷で蕎麦は食べません。そして、東京でうどんは食べません。メニューです。兎に角安いです。入ります。今日は「冷やし肉おろしぶっかけ」に、オクラとカボチャの天ぷらのトッピングです。生姜とネギを取り放題入れます。すりゴマを沢山まぶして頂きます。美味い!丼ものもありますが、うどん以外食べたことありません。旧国道沿いの繁盛店です。讃岐うどん/つるベえー
四国で暮らしているといつもお遍路さんを見掛けます。歩き遍路が目に付きますが、目に付かない多くの人はツアー遍路です。やって来たのは西条市の香園寺です。うどんを食べに来たついでにやって来ました。初めて来るお寺です。お寺らしくない造りです。まだ四国八十八ヶ所巡りをしたことがありません。・・・この歳だし、東京在住だし、もうしないと思います。18歳で生家を出たっきりの人生だったので、四国八十八箇所巡りの機会がありませんでした。年を取ったら行くのが億劫です。2階に上がります。ここ香園寺は、本堂の弘法太子像が有名らしいです。なるほど・・・。立派です。弘法大師像は右なんですが、お遍路さんが一心不乱に読経していたので、ここからお参りしました。隣に、お寺らしいお寺を建設中でした。貸切バスが来ました。ガイドが先頭に立って、沢山...四国霊場61番札所香園寺
玉川町に美味しいうどん屋ができているので食べに行こうと妹と従妹が言います。結構流行っています。昨年食べた波止浜の店の支店です。本店も混んでいましたので味の想像はつきます。他の地元の店とは趣が異なります。お洒落です。若者に好かれますね。おお、混んでいます。若者が多いです。ひょっとしたら今日は休日か?あ、仕事をしている従妹が居るんだら、土曜日か!仕事をしない一人暮らしに曜日の必要性はありません。美味しかったです。っていうか、四国のうどんは何処で食べても美味しいです。慌てて食い付くのでいつも食レポを忘れます。美味しかったので雰囲気だけでも紹介しました。讃岐うどん/松製麺所
今治銀座商店街が賑やかだった頃にはあまり気にならなかったけど、ちょっと気になっていた店舗裏です。商店街と並行して川が流れています。今は綺麗な水の流れです。小学校で習った「今治のくらし」では、「タオルの街『今治』の中央部の川は、染料で赤や緑に染まってとても綺麗」と教わりました。実際は染料が混じり合って紫から黒い川でした。中学生になって、美術の時間に「絵具が混じると『黒』に近づいていく。光は『白』になっていく」と習いました。なるほど、と認識した川です。ベニスの街角みたいです。所々に私設の橋が架かっています。公設の橋まで行かなくても川の反対側に行けます。橋は直接家と家が結ばれています。これが各所に有ります。両家は親戚なんだろうか?そして、川に下りる石段も有ります。もうお気付きだと思います。殆どの家が川に張り出し...改めて見てみた今治銀座裏
今治銀座の東端です。アーケードの中に江戸時代の名残を留める石柱です。さて、今治銀座を行きます。前回より明るくなりました。閉店した店舗が取り払われて、太陽光が差し込んだせいです。寂しい風景ですね。営業している店舗がまた少なくなっています。この店は、数年前から「閉店セール」を行っていました。まだ営業しているじゃないか⁈との感想です。おやおや、いつもの看板が店内に有りました。どっこい、生きています。今治市の中心部でした。人が居ないとポストや電話ボックスが寂しいです。学生の頃から有ったシャッターアートが変わらず素敵です。閉店した場所を地上げして集合住宅が増えています。こうなるとアーケードが邪魔です。本屋「マス屋」でした。今は教育図書を売っているんですね。お金は無いけど暇はたっぷりあった高校生が沢山立ち読みしていま...今治銀座の今
かつて港に着いた人達は、港の前の商店街に流れて行きました。その「新町商店街」の今の姿です。一番手前のお土産屋です。今も商店らしい店ですが、往時を偲ぶよすがはありません。他の店の多くは閉店しました。港に一番近い喫茶店でした。港の前にバス停があって、早朝に港に着くと、ここでモーニングサービスを食べながら、始発のバスの運行を待ったものです。ずいぶん賑わった店でした。商店街を歩きます・・・。昔から界隈は、蒲鉾屋と魚屋が多いです。この店なんか何度も何度も表彰された店でした。今も経営しているだけ立派です。今は人より幟が目立ちます。サッカーを町おこしにしよと元全日本監督が頑張って居ます。道続きの「今治銀座」へ足を進めます。ここも寂しいです。今治新町商店街
今治港湾事務所です。数年前に竣工した船の形の建物です。確か「ハーバリー」と呼んでいたと思います。ハーバーと今治の合成語です。桟橋へ行きます。港の向こうに大島が煙ります。「しまなみ海道」ができる前は、島嶼部を繋ぐ連絡船の出入りで賑わった港でした。しまなみ海道とバーバリーができて、昔の面影が全く無くなりました。今は寂れた港でしかありません。おっ⁉︎偶々フェリーがやって来ました。こちらに向かって来ます。着桟します。先ほど何処からか自転車で現れたシルバー世代の人が綱どりを行います。「せきぜん」の文字が見えます。確か「レモンの島・岩城島」からの船です。かの島は「しまなみ海道」が繋がっていません。こうやって、昔ながらの交通機関で、買い物等にやって来ます。殆どの島は車で「しまなみ海道」を走ってやって来ます。行き先はここ...今治港
あれっ!蛇池に水が有りません。この池は昔から水を枯らしてはいけないとの伝説があります。どうしたんだろう?罰当たりな!土手が新しいです。唐突ですが、あの山が、竜神が越えていった山です。土手を調べてみます。その前に、ここは竜神伝説の地で、池の奥は湿地帯で小さな観光地であり、遍路路でもあります。従って、昔からあそこにトイレが在りました。田舎の「便所」です。汚なかったです。ところが、ドアを開けたら便座の蓋が自動で上がりました!我が家より凄い!凄く綺麗になっています!外国人の歩き遍路が多いそうです。さて、余談はそこそこに、土手へ行きます。空っからの池です。こんな事をしたら池ません。龍神の祟りがあります。ショベルカーが動いています。土手がここで切られています。バチが当たるぞお前ら!池の向こうは「医王山」です。西暦66...蛇池の土手を壊していた。
今年というか今週2度目の訪問です。先日暑い中を自転車でやって来たら臨時休業でした。今日は営業中です。民家の庭に屋台を建てて、テーブルを置いて、週5日やっています。「先日休んだな!」って言ったら、「すみません田植えの準備で・・・」と答えます。年に1度の訪問です。それでも覚えていてくれます。地元の人間と違って、ちょっと標準語っぽいので、覚えやすかったのだと思います。こうして7〜8年の付き合いになります。いつものとおり「冷やしうどん『中』」を注文して、おでんを取ります。昨年より20円と30円(すじ肉)の値上げをしていました。しょうがないです。何でも上がっているもの。夫婦二人でやっている店です。「孫兵衞作」に在ります。何とか孫兵衞さんが開拓した村です。ちょっと時間が早いので客はまだ私だけです。いつも流行っています...「いなか屋台うどん村」商い中