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プロフィール PROFILE

 「赤帽タケフジ運送」の文箱さんのプロフィール

住所
名東区
出身
西区

名古屋の赤帽です。60代です。

ブログタイトル
 「赤帽タケフジ運送」の文箱
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/takefuji1306
ブログ紹介文
赤帽車の窓から見える光景 名古屋市の赤帽運送はタケフジへご用命下さい
更新頻度(1年)

91回 / 365日(平均1.7回/週)

ブログ村参加:2014/09/27

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ハンドル名
 「赤帽タケフジ運送」の文箱さん
ブログタイトル
 「赤帽タケフジ運送」の文箱
更新頻度
91回 / 365日(平均1.7回/週)
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 「赤帽タケフジ運送」の文箱

 「赤帽タケフジ運送」の文箱さんの新着記事

1件〜30件

  • どちらが得か?

    本日220件投げ込み仕事、十数件残してほぼ終了する。この運賃を距離稼ぎと比較すると、250k走行の運賃に相当する。名古屋から静岡・御殿場位の走行です。御殿場への仕事を済して高速にて帰ると、計7時間ほどの仕事でしょうか。行って帰って500kの走行は、燃料35ℓ:5千円の経費がついてきます。高速料金も4千円以上かかります。あれこれ勘案するに、今回の220件の投げ込み仕事は350k走行の稼ぎと同等となるようです。どちらを取るかは、個人の好みでしょう。所要時間でみると、350kとすると、往復で13時間程度でしょうか。220件仕事は合計15~16時間です。自分にはどちらも仕事としては好みはない。今回は、朝夕家にて介護があるので、近場の投げ込み仕事のほうが、都合がよかったです。どちらが得か?

  • タラタラ・・・ですが・・・

    娘は、結局一週間の入院でした。カミさんと交代での付き添いの泊まり込み・・・疲れました。娘は障害があるので医療費は免除ですが、個室の部屋代と食事等は当然負担です。今回費用は、7万弱でした。今朝から例年この時期にある仕事・・・220件のポスター配布・・・です。土曜ですが、少しでもと思い午前中40件配布しました。この仕事は投げ込みにて受領がいりませんからハヤイです。しかし、いまいち疲れが残ってるんで午後からはゴロゴロする。明日もこんなペースでこなしていくつもりです。ロートルの体には丁度良い仕事です。タラタラ・・・ですが・・・

  • 4日連続はできません

    病院の付き添いにての泊まり込み3回。日中はカミさん、夜間は私・・・ということです。介助ですから病人の様態の変化があるので、熟睡はできません。仕事は、昼の短い定期をこなすだけで、あとの昼間時間は家にてウトウトしてます。昨日は病院で仕事のハナシが3件入り部屋が事務室状態となる。一件は東京行き・・・明朝付けです・・・仲間に依頼。仲間より空港行の打診・・・できません。顧客よりパンフ投げ込みの仕事の打ち合わせ・・・月末の引っ越しの内容詳細・・・等。アタマがボーっとしたままの対応ですので・・・お許しを。本日は、病院から帰って昼の仕事まで、これまたボーっとしてるとこです。本日の泊まりはカミさんに頼む。4日間はさすがにツライから。4日連続はできません

  • 当分シゴトできないかも・・・?

    当分仕事を追えません。娘が毎度の入院です。通常年末から年明けに調子を乱して入院します。今年は2月までなかったので免れるかと思いきや、やはり来ました。彼女は障害があるので、入院には付き添いが必要です。当然カミさんと交代でやってきました。しかしカミさんの体調が歳並みに落ちてきているので、自分が泊まり込みにて介助せねばならんのです。一年前にも3泊の介護をしました。今回もそれ位はあるかも・・・・従って仕事は最低限となるでしょう。ウイークデイの短時間定期だけはできそうです。幸い?仕事のオファーがこのところ少ないのでかえってアリガタシ。当分シゴトできないかも・・・?

  • のぞみはかなわぬが、ひかりはあります

    お寺で聞いた話・・・・JRの車掌さんが乗客の質問に応答しました。「のぞみ」はありませんが、「ひかり」はあります。人生を旅にたとえると・・・その案内人が「あなたは望みも希望もかなえられませんが、ひかりはありますよ・・・」と・・・以下は自分の解釈です。「四苦八苦」という言葉がある。たいへんな苦労をする意味ですが、語源は仏教です。仏教は、生まれてくることは苦と認識します。その「四苦」とは、生・老・病・死です。生はとてつもなく不可思議な「縁」によつてワタシが生まれます。その瞬間から老・病・死への時間が経過します。そして自分の都合を追求するも、かなうことは稀です。実現してもすぐに色褪せ、壊れていく。仕事・金も、家庭も、頼みの体も・・・この四苦の繰り返しを超え、寂静に至る道をお釈迦様が説かれた。これが仏教です。「のぞみはな...のぞみはかなわぬが、ひかりはあります

  • 保険をめぐるセメギあい

    赤帽労災保険の更新時がきました。31年掛け続けてきました・・・そして今回迷ってます。自分の掛け金の歴史は、20年間5万。10年間3万ほどとなる。その計130万余を支払ったこととなる。そして労災認定事故は1度だけ。10年ほど前にハンディミシンを足の甲に落として打撲したときです。全治3~4日?を受けただけです。その労災金は、焼き肉屋でチヨイト豪華に喰ってオシマイの金額だったキオクです。確定申告を作成していて、売り上げのショボさをみるに、経費節減を思うが、削る項目がありません・・・そして、この項目に至ったんです。保険というもんは、マジナイのようなもんです。掛けてればなんか安心・・・やめてなにかあれば・・・・・・のせめぎあいです。でも今回は、マジメにそのせめぎあいを考えてます。保険をめぐるセメギあい

  • 友のおしえ

    確定申告書を書き上げる。売り上げは、31回の申告で最低となりました。予想とおりです。赤帽仕事は、若ければ稼げます。年取れば夜通し走ることも、重い荷物を階段で運ぶもできません。またタケフジの特殊事情で、娘の介助に時間がかかり、労働時間がかなり減少しているからです。一仕事済んで、旧友を見舞った。彼は退職し、さあ羽ばたくぞ・・・という時に倒れた。その心中を思うと言葉がない。半時寄り添っていただけです。自分の仕事のことを話せば、きっと彼はそんな私を羨むのではと思ったからです。ヨロヨロとでも仕事のできる自分は、とてもしあわせだぞと・・・友が教えてくれました。友のおしえ

  • うれしい仕事

    元赤帽だった方よりの仕事でした。長野・駒ケ根まで。積み地に12時前に着く。3時までに着きますかね?・・と。順調ならば十分に行けますよ・・・ならば、そこで荷を積んで夕方6時までに帰ってもらいたいんですが・・・うれしい仕事となりました。往復です。それも片道150kです。駒ケ根ICより数キロの工場でした。帰りの荷を積み込み、時間の余裕もあるのでIC近くでゆっくり昼食。見上げる駒ヶ岳がうつくしい。ノンビリと走行。5時前に到着終了でした。ありがとうございました。今回も雪なしでした。うれしい仕事

  • 北陸もあったかい

    半年ぶりの3百キロ走りでした。夕方引き取りで石川県・かほく市まで。今年は暖冬であるのでタイヤがそのまま…これは怠慢です。白川郷にも雪はなし・・・とTVで昨日みてたんですが、やはりなにが起きるかわかりませんのでスタッドレスタイヤを積んどきました。北陸道経由にて走る。雨がふってましたが寒さはなし。21時終了。帰りは東海北陸道にて・・ひるがの高原にも雪ナシ・・・通常ならば、この季節この道は避けるんですが・・・なにか「異常」を感じてしまいます。江戸時代天保(1830年代)には冷夏による凶作が続いた。夏の米作時期に、寒さで袷・綿入れの着物を着た・・・と。そして飢饉となる。これからの気候がどうなるか・・・なんでもありの地球となってしまいました。北陸もあったかい

  • めんどくせ~確定申告・・・

    めんどくせ~確定申告の時期となりました。31回目?です。往年に比すれば、伝票も少なく、計算は簡単なはずなんですが・・・こちらの計算能力が落ちておりますので、ややこしくなってます。日常の経理は、売り上げと、経費の領収書と金銭出納だけです。売り上げの集計は済む。思い通りショボい13%減でした。仕事一本槍ではなく、体調もバリバリではなく、家の介護に時間がとられるし・・・なによりも自分の経年劣化が順調ですから・・・めんどくせ~確定申告・・・

  • 代わる者あることなし

    新年になってから旧友2人を尋ねる。いづれも仕事人生を引退し気楽に過ごしてると思ったんですが・・・一人はその通り、趣味を十分に楽しんでいました・・・も一人は・・・入院してました。リハビリでした。対面したとき、「がんばれよ」「大丈夫治るから」・・・などとはとても言えませんでした。ただ手を握り、「つらいなぁ~」と言えただけ。彼のカミさんの言では、昨年11月から病んでいると。当然私は知らぬこととて、その間ノンキ?に喜怒哀楽の暮らしでした。人は他者の苦しみを担うことはできない・・・「無量寿経」に・・・・人は愛欲の中に生まれ、独り生まれ、独り死し、独り去り、独り来る・・・身みずからこれをうけ、代わるものあることなし・・・・「独生独死独去独来身自当之無有代者」とあるにうなずけました。代わる者あることなし

  • 暖冬なんです

    暖冬です。異常気象なのでしょうか。それも世界中・・・オーストラリアでは、アッチコッチの森林火災。すでに北海道の面積を焼いてしまった。ニューヨークでは桜咲き、アフリカは干ばつ・・・地球の気候変動には、剣が峰があるそうだ。少しづつの変化がある域に達すると、激変に至るトリガー(撃鉄)です。それが引かれてしまうと、もう引き返すことはできない。そうなれば、ケイザイどころのハナシではなく、食い物もままならぬような・・・荒涼の地球となりかねない。しかしヒトはノンキです。わたしも・・・この暖冬で、スタッドレスタイヤに交換する時期を逃し今に至りどうしよか・・・くらいのことしか考えてないんですから・・・地球の再生能力をひどく侵し食いつぶしてる一人であるという思いはあるんですが、そこまでのことですし・・・暖冬なんです

  • 廃業の葉書

    「軽貨物運送業廃業のお知らせ」の葉書が来る。赤帽の看板を下ろしてからも、自社仕事の運送を続けてきた仲間でした。年賀状もありましたし、昨年末にはコロ仕事をしてもらってもいたんです。ほぼ同年配ですので、チョイと淋しい思いをする。TELをしてみた。あと二三年やろか…と本人も考えいたそうだ。昨年の秋頃には、定期仕事を二つ取り込んで、やる気を見せてましたが。理由はともあれ、思い通りにゆかぬのが人生。スパッと次の人生路を歩みだす意と汲みたい。廃業の文字清々と初便り廃業の葉書

  • 初仕事…早々に

    赤帽開業して32回目の正月も終わりました。さて…初仕事は5日からでした。今年は、ホテルの正月飾りの撤去仕事でした。仲間の依頼で2台口です。ある華道の大がかりなものでした。2時間程度で終わるかな…と思ってましたが30分程オーバーしましたが無事終了。相棒の赤帽さんは、5時半からの仕事があるようで、すっ飛んでいきました。私はこれにてオシマイ・・・で、帰る。・・・今年は、また戦争の気配で始まる。米のイラン軍司令官殺害を受けて、イランが報復を公言している。1991年(平成3)の正月明けもよく似た状況でした。湾岸戦争の口火が切られた1月17日を覚えてます。その夜は、ある予備校の仕事で三重県の熊野市へ深夜走りしていました。一晩中ラジオで戦争の状況を聞いてたことを覚えてます。また赤帽車のラジオから辛くて悲惨なニュースは聞きたく...初仕事…早々に

  • 「お帰り 寅さん」

    久しぶりの映画、「お帰り寅さん」を見る。1969年放映より50年目の49作目です。最終48作は、阪神大震災にて焼き尽くされた長田区の商店街での、復興のしるしであろうか、朝鮮舞楽の中で終わった。あれから二十数年を経ての物語でした。さくらの子、滿夫も高校生の娘の親となっていた。滿夫の妻の七回忌の法要から始まる。そして彼の高校時代の恋人「泉ちゃん」との再会を交えて展開する。物語は、寅の過去のシーンを交えて展開される。二十数年の年月は、「老い」というテーマも持たざるを得ない。さくらの物忘れ・・源公の鐘を一つ撞いてはヘタリ・・滿夫の恋人であった泉ちゃんの実父の施設での姿・・その介護と亡くなった時のこと・・泉の仕事、国連UNHCRの難民問題などの今日的問題も描かれてました。終始、滿夫のこころには寅が姿が水脈の如く流れていま...「お帰り寅さん」

  • とどのつまり・・・諦念

    あれこれありの一年も、とどのつまりとなりました。27日が定期運送の最終で、これを以てタケフジの一年がとりあえず終わりました。この時期、タケフジの一年としてブログするんですが、本年は面倒なので止め。荒っぽいマトメです。売り上げは1割チョイの「減」。仕事が減ってるわけではない、できなくなったというか・・・歳相応に・・・ということになったわけです。それから、娘の介助を、カミさん一人ではできなくなったので、仕事の時間を削らざるをえなくなったということです。でも「減」により良いこともあり。売り上げの呪縛から解放されたということか。ある種の諦念(ていねん)を受け入れたという気持ちの変化・・・柔軟になったかな・・・という思いがあります。諦念は、ギブアップという意と、道理をさとるという意味もあるそうだ。後者であればいいなとおも...とどのつまり・・・諦念

  • 親の愛

    年配の人からの依頼でした。衣類を運んでほしいと。寒くなったから早いほうがいいと。タケフジは本日ヒマにて、即走りますよと・・・依頼者喜ぶ。早速引き取りに行く。わたしより5~6歳年上でしょうか。「グループホームまで運んでください」と。よくある仕事です。きっと妻がホームに入っており、寒くなったから衣料を運搬するんだろうかと・・・・ところが配達先は、障害者のグループホームでした。それも知的障害者の家でした。一軒家を改造した5人住まいの住宅でした。NPOの運営するホームでした。世話人さんが、「○○さん荷物が届きましたよ」と声をかけると、食堂にいた一人の女性がニコニコして手を振りました。私の娘より少し若い子でした。自分の娘も同様の障害があり、グループホームにいずれ入所します。積み地のあの父は、私でもあります。いろんなことが...親の愛

  • 静岡引っ越し・・2回戦

    未明5時に名古屋ICに入る。静岡市で8時半から積み込み、名古屋までの引っ越しの2台口です。カサもの優先に積、あとは乗るだけ・・・という注文です。この「ツメルダケ」がくせ者なんです。案の定、かさものはいけましたが、そのあとがどっさり。しかし「ツメルダケ」ですから残っても気が楽です。名古屋まで戻り下ろし終えたのが13時半頃。その作業中に顧客より「もう一度一台で静岡の荷を持ち帰ってもらえないか」との打診。乗りかかった舟です、降りて帰るわけにもいかず引き受けた次第です。すっ飛び静岡まで。途中遅い昼飯。極めて順調に積み込み、走行も渋滞等なし。下ろし終えたのが夜9時でした。静岡引っ越し・・2回戦

  • 元赤帽さんに会う・・・

    東別院の報恩講に行く。そこで思わぬ人に会いました。元赤帽のTさんでした。現役時代には仕事のやり取りもし、彼が病にて手術の際には、顧客の面倒も見た仲でした。赤帽をやめてもしばらくは自社仕事のみを営んでましたが、今はすっかり引退の身です。現役のころから病・手術の重なった方ですが、上手に病と付き合っています。趣味として、ある武術に入れ込んでものにした人です。羨ましいかぎりです。近じか九州に旅行に・・・とも。もすこし話たかったんですが、参加したい報恩講の講演がありましたのでお別れしました。近くの大須で一杯やるんだそうだ。隠退者の特権ですね。後ろ姿を見送る。こんなハナシに接すると自分も・・・という気持ちがしきりに起きる今日この頃であります。元赤帽さんに会う・・・

  • 長距離アレコレ

    午後2時前より東京・渋谷へ走る。途上で荷渡しは午後10時と連絡あり。十分すぎる時間があるのでトロトロ走り。しかしノンストップで海老名SAまで。ゆっくり食事して、ボンヤリ時間をツブス。用賀からは、下走り。それでも到着8時半。ガソリンを入れる。ℓあたり18kを超える好成績でした。そのあとまたボンヤリ。渋谷は人でゴチャゴチャ。先日東京直下地震のドキュメントを見てたのでそのシーンが浮かぶ。ここ30年で70%の確率といってました。なんだか怖くなる。早く下ろして帰りたい・・・と急に思いました。10時に終了し、即帰る。深夜走りは眠いです。若いころはあの狭いキャビンの中でも仮眠できたが、今はほとんど眠られません。こまったもんです。もっとも長距離はあまりしませんが・・・長距離アレコレ

  • 顕彰すべきは・・・

    アフガニスタンで中村哲氏射殺される。「小医は病を治し,中医はヒトを治し、大医は社会を治す」ということばを最近知つた。中村氏は一医師(小医)として彼国にわたり医療活動を懸命に続けた。しかしアフガニスタンの戦乱・貧困が癒えないかぎり病は治らぬと気づき、そのためには、百の診療所よりも一本の水路が必要と思うに至る。そうして何百の井戸を掘り、あまたの水路を開削した。その結果、広大な荒地が沃野となり65万人の難民が故国アフガニスタンに帰農したという。これこそ「大医」そのものです。国の治安が悪く、混乱し、貧困になればなるほど利を貪ることのできる人たちがいるのははっきりしてます。悲しいことです。このような「大医」中村哲氏を、わたしたちは顕彰しましょう。顕彰すべきは・・・

  • ハズレもあります・・

    長野県・茅野市までの2台口引っ越し。仲間の赤帽さんの仕事です。相棒が手配できないので、どうにかしてやってくれないか・・・と頼まれたのです。いつも世話になるので、自分の仕事を振ってやることとなった次第です。手配書では、単身で、冷蔵庫が一人ではできませんのでその相棒・・・くらいに考えていましたが・・・現場で積んで、もう一軒で積むということでした。それも子のある所帯持ち。当然荷は2台ぎっしり。2F~2F・エレなしというデラックス版!通常自分の仕事としては引き受けない引っ越しです。しかし乗りかかった舟です。久しくしてない腰・筋肉をバリバリ使用しました。終了3時半。帰路は「杖突峠」を超え高遠を経由し、駒ケ根ICから高速でした。結果「ハズレ」でも、よき仕事となりました。ハズレもあります・・

  • バス・地下鉄のフリーパス

    先日区役所・福祉課へ出向く。用は「敬老パス」の申請です。市バス・地下鉄が無料となるパスです。年間5千円で頂くことができます。65歳から頂けるんですが、いつ仕事が入るか分からぬ赤帽ですから、常に軽トラに乗っていなければいけませんので、5~6年間申請してませんでした。しかし昨今仕事量が減り(減らし?)…当然時間がアマル・・・そうなると…ウロウロし始めました・・・ならば、フリーパスを!・・・という図式です。早速翌土曜日に使用しました。良寛さんの書展を徳川美術館でやってましたのでバスにて行きました。良寛さんはスキです。赤帽仕事で新潟にいったとき、彼の住んだ「五合庵」にも上ったことがあります。彼の草書はまったく読めません。江戸時代のひとはあれを読んだというだけでスゴイと思います。わからぬままに数多の書をみてたんですが、な...バス・地下鉄のフリーパス

  • ちいさなシアワセ

    ミニ引っ越しまでにまだ時間があるので、コンビニの駐車場にてコーヒータイム。赤帽車の前にブロックがある。そこへ私よりチョイ若・・・といっても60代後半・・の人がコンビニから出てきて座り込む。手には肉まんとワンカップ・・・今日は寒い、肉まんに湯気が立つ。まずはカップの蓋をパクリと開けて一口ゴクリ・・・顔の表情が緩む。あとは肉まんをむしゃむしゃ・・・・・・ただそれだけの光景でしたが、なんだかホットしました。きっと彼の小さな楽しみなんでしょう。ひとはこんなことだけでも今日一日を生きていける。ちいさなシアワセ

  • できるできない・・・は、「おあたえもの」

    デパートの催事ものの搬入でした。クラッシックカメラがぎっしり入ったオリコン・ボックス40箱弱の運搬です。多分積載量オーバーでしょう、車体が少し上を向く。この仕事はもう十数年前から年に数回あります。通常は3台口でこなしてるが、今回は荷が少なく、タケフジ1台でした。荷作業は、重いオリコンを箱の数だけ積み下ろしする。腕力と腰の筋力を使います。カメラ屋のおかみさんが私の作業を見ていて尋ねました・・・歳を・・・71ですと・・・年寄にしては動けるので問うたのでしょうか?自分の体がモノサシです。これくらいはできると踏んで仕事を受けてこなす。ここの仕事も当然できる・・・とのモノサシです。人によっては、よくやるよ・・・という見方もあが、イロイロです。体力のアリナシは「お与えもの」です。昨日、ミニ引っ越しの問い合わせがあり、「これ...できるできない・・・は、「おあたえもの」

  • 寒い朝に・・・

    寒い朝、現場の風景新築・改修現場への資材納めの仕事をしてます。資材に傷の有無を確認してもらい、受領書をいただくのが3枚あります。それをもらって帰路に就く。現場近くの公園にてそれらの受領書の整理をする。中の一枚に受領がないのに気が付く。即現場に帰り職人さんにサインをもらう。職人さんいわく・・・ごめんねボっとしてて・・・近くで気づいてよかった・・・とも。お互いにホットする。もらった缶コヒーのあったかさがうれしい。寒い朝に・・・

  • 日赤病院の重い空気が・・・

    日赤病院へ血液検査。再発がないかどうかの血液検査で定期的の通院です。朝の待合室は患者は多いが、少し重い空気です。部屋には血圧計があり、次々に計測をしてます。80代のじっさまが計り始めた。そこへ医療事務の女性が・・きょうは同伴の人はきませんか?と。もうすぐ来るよ・・・一緒に先生の話をきいてもらいたいんです・・・と。すこし緊張がはしる。あれぇ~あんたがそんなこというで血圧上がっちゃたがやぁ~もっぺんやらなかんわ~後ろの私にも血圧計の数字がウィ~ンと上がるのが見えた。女性がクスリと笑う。まわりの患者もクスクス・・・じっさまの名古屋弁で待合室が和やかになった・・・ありがとうじっちゃん。日赤病院の重い空気が・・・

  • 6度目の車検

    2007年(平成19)12月に登録のスバルサンバーです。マル12年経過しました。距離を走る仕事は少なく、コロコロ仕事ばかりですので走行距離は45万5千キロの走行です。今回6度目の車検は、自賠責・車検代等の4万数千円と、修理代8万円で計12万円チョットでした。修理内容は、ブレーキパット・ファンモーターと、どこやらのダストブーツの交換等です。あとはさして消耗したところなし・・・ということでした。乗った感じは、スムーズでガタッキもなくまだ乗れますよのこと。気をよくして帰りました。日頃高速でも80~90キロ走行ですし、エコ走りのゆっくり発進・停止の積み重ねが功を奏しておるんでしょうか。修理屋さんでのハナシで、70万~80万キロも走ったサンバーもあるとのこと。またこの車種は需要があり、手直しにて販売できるようです。タケフ...6度目の車検

  • 終活プロローグ

    神戸明石大橋のたもと舞子にて、旧友4人、一泊の交流でした。半世紀来の付き合いです。過去にも時々ありましたが、これを最後?にしようか・・・という寂しいハナシもありましたが、またありますでしょう。すでにみんな70を超える仲間です。あと3年で引退か…という話もあり、終活のプロローグです。それだけよく生きてきたということでしょう。飯前にホテルの下にある「孫文記念館」まで散策し館内を見学した。眼前の大橋に夕日がかかりみごとでした。うまい食事をたらふく喰い、酒も・・・というところですが、酒量は歳なみに少なくなりました。皆よき歳を重ねられますよう・・・と念じてわかれる。終活プロローグ

  • 死ぬ間際の後悔・・・は

     「死ぬ間際の後悔」・・という興味ある本のハナシを見ました。オーストラリアで緩和ケアをするブロニ・ウエアの著作です。文字通り、死にゆく人がたちが語ったものです。自分の人生で「後悔」あれば何か?多くの病床での集計です。他人が自分に期待した人生ではなく、自分が全うしたかった人生を送る勇気をもちたかったそんなに一生懸命働くのではなかった自分の思いをもっと表す勇気があればよかった友人たちともっとつながりを持っておくべきだったもっと自分を幸せにしようとすべきだった 以上のいずれかは、ほとんどの人が死を眼前にして語ったことだそうだ。家族・妻子のため、回りの人の評価・期待のために、命を削り働く。自分のホンネは表には表さず、また忙しさを理由に友人とも疎遠となる。自分の幸せのために生きることなく、気がつけば死の入り口に立つ・・・...死ぬ間際の後悔・・・は

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