『Mトレイン』/パティ・スミス
パティ・スミスによる回顧録的なエッセイ。自身の内面深くに潜り込んでいくような文体で、自由連想的な文章が紡がれている。彼女自身の年齢もあってか、全体のムードは静謐、瞑想的で、粒子の粗いモノクロームのような美しさを感じさせる一冊になっている。 音楽の話はほとんど出てこない。主な話題は彼女のルーティン――朝起きていつものカフェに向かい、いつもの席に座り、ブラウントーストとコーヒーを注文し、ノートに文章を書きつける――と旅、彼女が愛する本たちと作家たち、失われた場所や物たち、そして何より死者たちに関するものだ。だから本書にはパンクの女王としてのパティ・スミスの姿というのはほとんど感じられない。これは、あくまでのひとりの文学少女(の大ベテラン)の手による随想集なのだ。 あらゆる瞬間は過ぎ去っていき、後には何も残らない。どんなものも人も、消えていかないものなどない。だからこそ、物書きは文字としてそれらを留め、なんとか形あるものとして焼きつけようと足掻くのかもしれない。訳者の菅は「訳者あとがき」で、パティ・スミスを「墓守」と呼んでいたけれど、彼女にとって、書くこととは失われゆくことへの哀歌であり、失われたものへの鎮魂歌でもあるようだ。
2023/08/25 22:51