『内村鑑三 所感集』より: 『神はさまざまな方法をもって我らを助け給う。あるいは霊をもって、あるいは物をもって、あるいは友人をもって、あるいは敵人をも…
カール・ヒルティ著『ある唯物的な哲学者が次のような美しい言葉を述べている。我々の目に入る悲惨を我々自らの恥とすべきだ、と。これはまた、損なわれていない心、富…
カール・ヒルティ著『「沈黙で失敗する者はない。」このいささか風変わりな言葉は、さまざまな社会的地位にあって、成功を収め人に抜きん出た私の親友の一人が、いつも…
カール・ヒルティ著:『いつまでも同じ考えに、そればかりか同じ思い出にこだわっていてはならない。過ぎ去ったことは済んだこととして、現在なすべきことを行わなけれ…
カール・ヒルティ著、『アモス書3の2⭐️、は、善人がなぜこんなに多くの苦しみを受けねばならなという問題についての大変よい説明を含んでいる。実際、善人の苦難は…
カール・ヒルティ著: 『「(いま)私はこの苦しみを堪え忍ばなくてはならない。けれども、いと高き者の右の手が(やがて)すべてのものを変えてくれるであろう」(詩…
『カール・ヒルティ』著 「愛をもってすれば、あらゆるものにうち勝つことができる。愛がなければ、一生の間、自己とも他人とも戦いの状態にあり、その結果は疲労困憊…
『カール・ヒルティ』著「ヨハネによる福音書13の34で⭐️、キリストが語られ、そして弟子たちにいわば彼らの憲法として授け給うた、あの「愛も掟」は、当時すでに…
『カール・ヒルティ著』「われわれを侮辱するすべての者を」
スイスの哲人、カール・ヒルティ著:『キリスト教が真に命ずるところに従って生きることは、あまりにも困難であり、むしろまったく不可能だという見解が、かなり一般に…
『苦しい事件に出会ったときは、まず、それについて感謝に値する事柄をさがし出し、それを率直に感謝しなさい。そうすれば、心に一層安らかな気分が生じ、気持が落ちつ…
カール・ヒルティの「眠られ夜のために①」より: 『あなたが(今おそらくそうであるように)「どうしたらすばらしい、愉快なことが楽しめるか」を問うかわりに「…
『眠られぬ夜のために①』1月3日より: 「人生の唯一の、道理にかなった目標は地上に神の国を、つまり、不和と生存競争の国ではなく、平和と愛の国を築くことである…
「ヨハネにより福音書15の7⭐️は、おそろらく聖書を全体のなかでも最も注目すべき言葉であろう。この言葉が真実であるならば、人間が地上生活のあいだに脅かされる…
『眠られぬ夜のために①』1月1日:「たえず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい。これは一般的にいって、人生の多くの苦渋と心配事を最もたや…
『内村鑑三 所感集』90頁より: 「われにしてもし滅さるべき者ならばわが滅亡(ほろび)の機会ははなはだ多かりき、しかれども神はすべての危険よりわれを救い上げ…
『内村鑑三 所感集』91頁より: 「われにありては境遇は信仰を作らず、信仰は境遇をつくれり。神はすべての佳きものを信仰の報賞(むくい)とてしてわれに下し給え…
『内村鑑三 所感集』91頁「神はわれに最大の敵人を送り給いてわが身に危害を加えし給えり。神はまたわれにキリストの義と愛とを示し給いてわれにこの危害に勝つの途…
愛 コリンとの信者への第一の手紙十三章1−14『そこで私はあなた方に最高の道を教えます。 たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなけ…
池田大作氏の指針: 「燦々たる太陽のごとく明朗に、大海の如く包容力豊かに、しかして時来たらば、決然として起ち、邪悪に打ち勝つ青年たれ。」 清秋記: 「…
①全て霧が晴れたように、大事なことを悟り得た。それは人生の生き方の革命的転換から可能ということ。 ②そして経済の弱肉強食から共生、戦争準備から平和の基つくり。…
『神の国が来る』より: ルカによる福音書四章20ー21節 「神の国はいつ来るのかと尋ねられて、イエスは答えて言われた。『神の国は、見える形では来ない。「…
『内村鑑三 所感集』162頁より: 「神は善き友人である。第一等の友人である。かれに祈禱(いのり)を聴くの耳がある。恩恵(めぐみ)を施すの手がある。かれに愛…
『新約聖書・マタイにより福音書五章1−11』より: 「イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下されると、弟子たちが近くに寄ってきた。そこで、イエスは口を…
『内村鑑三 所感集』35頁より: 「黙すべき時あり、語るべき時あり。幽谷に蝸廬を結び時あり、山嶺(さんてん)に城を築くべき時あり。密室に蟄居すべき時あり、屋…
『内村鑑三 所感集』26頁より: 「人に憎まれるときは神に愛せられ、神に愛せられるときは人に憎まる。神と人とは日と日月とのごとし。人望の光輝の吾人の身を照ら…
『内村鑑三 所感集』90頁: 「われにしてもし滅せざるべき者まらばわが滅亡(ほろび)の機会ははなはだ多かりき。しかれども神はすべての危険よりわれを救い上げ給…
『内村鑑三 所感集』89頁より: 「余の休息はイエスキリストにおいてである。キリストを離れて余に休息なるものはない。山の静かなるも海の平らかなるも、キリスト…
『内村鑑三 所感集』89頁より: 「キリスト教は理想ではない、事実である。理想が事実となって顕われたものである。すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリ…
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『内村鑑三 所感集』より: 『神はさまざまな方法をもって我らを助け給う。あるいは霊をもって、あるいは物をもって、あるいは友人をもって、あるいは敵人をも…
『もし貴方が、今ちょうど、生涯の荒涼とした暗い時期の一つに臨んでいるのなら、将来のいろんな計画に手をつけたり、または、今更どこかを改めようもないのに、過去…
『人間の共同生活を非常に楽にする気持ちのよい性質は、出来る限り他人の願いに喜んですぐ応じるような、ある種の親切と気軽さである。ところが人に人によると、眼に…
『内村鑑三 所感集』より: 『歓べよ、感謝せよ、しかしてさらに大いなる恩恵を仰げよ。感謝は有効なる祈祷の要素なり。神は感謝なき祈祷に耳を傾け給わず。感…
『内村鑑三 所感集』より: 『人に愛情なしと言うかなれ。人に愛情なきにあらず、我に愛情なきが故に人に愛情なきが如くに感ずるなり。我に愛情ありて世に愛情…
『内村鑑三 所感集』より: 『善なるキリスト、弱きキリスト、しかり、彼は善なりし故に弱かりしなり。彼のは善を愛するの心ありたり、しかれども善…
『内村鑑三 所感集』より: 『集会の勢力によざれば神と人とに尽す能わざる者は禍なるかな。ひとり真理の燈台となりて世の暗黒を照らす能わざる者は禍なるかな…
『人間同士の交わりにおいては、内的確信が非常に大きな意味を持っている。何故なら、大抵の人は、彼らを指導してくれるような他人を求め、そういう自信に満ちた指導…
『人間同士交わりにおいては、内的確信が非常に大きな意味を持っている。何故なら、大抵の人は、彼らを指導してくれるような他人を求め、そういう自身に満ちて指導者…
『内村鑑三 所感集』より: 『余輩を隠遁者と見做す者あり、しからず余輩は隠遁者あらず、罪の世と交わらざるのみ。余輩の頭上に穹蒼(おおぞら)の天幕のごと…
『内村鑑三 所感集』より: 『聖書智識のみは人を救わず、聖書智識に加うるに聖霊の能力(ちから)をもってして人の霊魂は救わるるなり。聖書そのものは死せる…
『内村鑑三 所感集』より: 『マタイ伝はマタイ伝として研究せよ、マルコ伝はマルコ伝として研究せよ、ルカ伝はルカ伝として研究せよ、ヨハネ伝はヨハネ伝と…
『内村鑑三 所感集』より: 『春陽の来福はキリストの復活について思わしむ。キリストは甦り給えり、しかして万世の救い主となり給えり。復活後の彼は言い給え…
『社会主義の最も厭うべき点は、そのためだけでも私がこの主義に賛同しかねるのは、社会主義が嫉妬を人間の行動の主な発条(ばね)としており、また実践活動において…
『出エジプト記二〜四、詩篇一一〇の一〜二。 ある人の生涯において、かなり長い期間にわたって、詩篇一一〇の待てという要求だけが、絶え間ない導きとして役立つ事…
『内村鑑三 所感集』より: 『救済(すくい)は事実なり、意識にあらず。また信仰にあらず。我らは救われて救われるるなり、識りて救わるるにあらず、信ずると…
『真っ先に人間に慰めを求めないで、神にそれを求めなければならない。既に落ち着きをえてから、人間に向かうべきである。このようにしさえすれば、人間は我々に有益な…
『内村鑑三 所感集』より: 『戦捷の結果は何? 国債の激増、投機熱の昇騰、軍備の拡張、しかしてこれに伴う美術、文学、哲学、道徳、宗教の衰退これなり。肉…
『ところで、キリスト教の揺るぎない真理と偉大な生命力との証拠は、その直接の敵対者を常に征服してきたことだけではない。ーーこれはむしろ大したことではなく、いや…
『人間の共同生活を非常に楽(らく)にする気持ちのよい性質は、できるだけ他人の願いによろこんですぐに応じるような、ある種の親切な行為と気軽さである。ところが人…
『そこでまた、われわれの心になお何物かが残って、時々こう抗議するだろう。おそらく一切は感覚的の知覚できない単なる「形而上学」であり、要するに人間とまたその生…
『人間同士の交わりにおいては、内的確信が非常にお大きな意味を持っている。なぜなら、たいていの人は、彼らを指導してくれる他人を求め、そういう自信に満ちた指導者…
『それゆえ旧約聖書は、この関係を常に、双方に権利のある契約にたとえている。自分の方からこの契約を正直に守ろうと思う者は、自分の権利をあまり強く主張する必要は…
『出エジプト記二ー四、詩篇110の1・2。 ある人の生涯において、かなり長い期間にわたって、詩篇110の待てという要求だけが、絶え間ない導きとして役立つこと…
『それゆえ、自分の決心よく確かめて、場合によっては自分の経験に聞き従うことが、信仰に入る第一の条件であるが、しかし元来それは自分の意志行為であって、傍から誰…
『まっさきに人間に慰めを求めないで、神にそれを求めなければならない。すでに落着さを得てから、人間に向かうべきである。このようにしさえすれば、人間はわれわれに…
『この信仰に関する差異は、人間の意志の自由という天性に基ずくのだから、いつまでも続けて消えない。「人間の魂は本来キリスト者である」というテルツリテヌスの言葉…
『弱い信仰でも、全く信仰がないよりはるかによろしい。最後の信仰の火種をもすっかり消してしまうことのないようにしなさい。そうすれば、またそれを吹き起こすのは、…
『一切の存在および生成の根源としての神は、説明することも、証明することもできない。また、そうすべきものでもない。むしろわれわれは、まず第一に神を信じ、その上…
『あまりに多く読みすぎるのは、たとえいわゆる良書やきわめて宗教的な本であっても、まだ本当に自分の考えの固まっていない人にとっては、不健康である。というのは、…
『万物の根源を万物それ自身から説明しようとせずに、むしろ、人生の経験に導かれつつ、世界全体ならびに各個人の創造者であり維持者である真の生気ある霊的存在に、そ…
『われわれがみずから幸福だと感じるためには、常に頭が計画に満ち、心が愛に満ちていなければならないというのは、正しい言葉である。しかしクレルウ“ォーの聖ベルナ…
『世界をそれ自身から、またそれ自身によって説明することは、とうてい不可能である。それでは、最後の根拠はついに見出せないからだ。人間が自分自身を崇拝し、他人か…
『人間の経験などというものは、実つ大きな幻影にすぎない。その滑らかな表面の下に隠されたものを、誰も見ないし、また見ようとしない。ただ時折、この外皮に突然裂け…
『これまで抽象的哲学は実際に、「存在」をも「生成」をも満足に説明することが出来なかった。ましてこの二つの根本概念を結びつけて、一つの統一的な原理からこれを解…
『ヘブル人への手紙一〇の三〇、申命記三二の三六。「主はその民を裁くであろう。」この言葉は、苦難に臨んだ時に、とくに全民族の苦難の時に、われわれが持つことので…
『これは疑問の中の疑問である。非常に浅薄な、あるいは動物的な人でない限り、だれでも少なくとも一生に一度は、この疑問の答えを求めようとする。そしてーー早速こう…
『ブルームハルトや、その他の歴史的に確証されている奇跡を行った人々の「力」に源(みなもと)をなしているのは、おそらくただ「私欲のない」愛であった。このような…