年間第15主日は、主の愛の教え。C年の福音書朗読では、律法学的な正解を答えられた律法学者と、正解を答えられないけど隣人愛を行えた善きサマリア人のたとえが読まれます。どっちが正しい・間違っているではなく、どちらも愛の教えだと思いませんか?動画ミサ・ライブ配信は検索できた範囲内です。
聖書と祈り、そして聖ベネディクトについての、しぇるりんのつぶやき
聖書をただ読む、理解するだけではなく、聖書を通じて神と語り合う、それが霊的読書(レクチオ・ディビナ)の祈りです。
B年年間第26主日の第一朗読は、すべての民に主の霊が降ることを切望するモーセと、モーセの権威失墜を恐れるヨシュアの対話から始まります。わたしたちは、宗教的な信仰をな何かを権威ある者、不安を払拭するに足る、何か縋れるものと勘違いしがちです。その点、考え直したいと思いました。動画・ライブミサは天候により土曜日に情報が追加される可能性があります。
今回は「知恵の書」から妬み・利己心と悪の絡み合いを、たった今起きている世界の事件を取り上げつつ、主のみことばに想いを馳せます。今週はしぇるりんの都合で、早めにアップデートしたため、ライブミサ情報は、最新ではないです。
2024年度 B年 年間第24主日: 福音のために命を失う者はそれを救う
「自分の命を捨てるものはそれを得る」というイエスさまの磔刑とご復活に関する不思議なメッセージ部分に焦点をおいてみました。年間第24主日はライブ配信するカトリック教会が少ないです。ご注意ください。
2024年度 B年 年間第23主日: 聴こえない人の耳が開く
難聴の障害よりもやっかいなのは、「聞く耳を持たない人の耳を開くこと」。こればかりは、わたしたちの主の聖霊と守護の天使の導きがなければ、起きない奇跡のようです。難しいことをやさしくするにはどうしたらいいのか、今週もみこととばとともに祈りましょう。遅れましたが動画ミサ・ライブは検索できた範囲内です。
2024年度 B年 年間第22主日: 風習と信仰心のすれ違い
今回は、「慣習や風習の細部をやたら研究することを本業にしていた律法学者」たちが、なぜイエスさまを目の下のたんこぶ扱いしたのか…について考えてみました。21世紀の問題にも通じる律法学者とイエスさ間の関係を、現代の似たような論争と比べて論じてみました。動画ミサ・ライブは検索できた範囲内です。
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年間第15主日は、主の愛の教え。C年の福音書朗読では、律法学的な正解を答えられた律法学者と、正解を答えられないけど隣人愛を行えた善きサマリア人のたとえが読まれます。どっちが正しい・間違っているではなく、どちらも愛の教えだと思いませんか?動画ミサ・ライブ配信は検索できた範囲内です。
「主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものがあってはならない」という年間第14主日の第二朗読を読みつつ、今の時を顧みたいと思います。世界的に不安が高まるなか、わたしたちには何ができるのかを祈りのうちに手探りしてみましょう。動画ミサ・ライブ配信検索は、可能な範囲内です。ご容赦ください。
使徒ペテロと使徒パウロの主日が、今年もやってまいりました。体調さえ良ければ、どんなに暑くても教会のごミサに行きたいのですが…無理が通れば道理がひっこむ…。今週は動画ミサ・ライブチャンネルは少なめな様子。
パンとぶどう酒で、主に祝福を求め、祈ったことを記念する、創世記の第一朗読を中心に辿ってみました。アブラムはなぜ祈ったのか…を中心に2025年の世界戦争危機にある時代にイエズス聖心の痛みを共に感じる大切さを想ってみました。動画ミサ・ライブは検索できた範囲内です。
聖霊の働きかけについて、イマドキ流行りの「大予言」といったセミナー商法と何が違うのか、どう働きかけて下さるのか…について書いてみました。動画・ライブミサスケジュールは、検索できた範囲内です。
聖霊降臨の主日ですね!今回のテーマは「従順と聖霊のみ恵み」。神秘主義的な日本のカトリック教会で、聖霊の交わりが現実の対話やコミュニケーションになれていないのは、ちょっと残念かも…というお話。動画・ライブミサ・説教やメッセージは検索できた範囲内です。
今回は主の昇天と天使たちの活躍、そしてキリスト者と守護の天使のつながりについて、観想しました。皆さんは守護の天使のみ守りを感じてますか?動画ミサ・ライブ情報は、検索できた範囲内です。
主の聖霊と守護の天使。キリスト教の伝統的な霊的世界と現実世界をつなぐのは、わたしたちの信仰生活。そんなテーマを中心に、「父と子と聖霊とひとつ屋根の下に住んでるわたし」について観想しました。動画・ミサライブ検索はできた範囲内です。
今週の主日の福音のテーマは「新しい愛の掟」。十戒〜律法の古い掟と信仰心の根源との葛藤が、愛の掟に至った人間の認知能力と神の愛の違いについて、書いてみました。愛はことばで尽くしきれないので、愛を受け入れられるよう祈ります。動画ミサ・ライブは検索できた範囲内です。
教皇フランシスコの服喪、シノドス、コンクラーベに教皇レオ十四世のご挨拶と初ミサまで、実に忙しい1週間でした。しぇるりんは少々バテておりますが、主のみ恵みもあり、どうにか日曜日深夜までにはブログ書き上げられました。動画ミサ・ライブは検索できた範囲内です。
人生最大の危機に直面した使徒ペテロ。せめて元の漁師に戻れないかと漁に出ます。貧しい漁師の家に生まれた彼にとって、ガリラヤ湖での漁とイエスを愛すること以外、何の取り柄もない男…と自分で思っていたようです。愛と出会いとゆるしとご聖体の神秘が、ご復活の福音にギュッと詰まってます。動画ミサ情報は、検索できた範囲内です。
教皇フランシスコのご逝去を心より追悼いたします。主がわたしたちのパパ・フランシスコを平和のうちに安らぎをお与えくださいますように。ライブ配信情報、急遽まとめました。カテドラルの追悼ミサは4月26日15:00から。ブログのテーマは「平和とゆるし」について。
主のご復活、おめでとうございます!毎年変わらぬご復活の日中のミサの福音も、毎年小さな発見があります。わたしたちは、洗礼のみ恵みを受けたら、すぐにキリスト者として信仰を持てると錯覚してないでしょうか。「信仰はせっかちに求めて得られるものではなく、小さな奇跡と大きな奇跡が連動している」をテーマに書き下ろし。動画、ライブは検索して探せる範囲内です。
御受難の朗読が読まれる聖週間の始まりです!主がいつも共におられることのいちばん確かな証しは、わたしが、あなたがいちばん辛い時、祈る気力も湧かないような時に共に歩いてくださること。そんなテーマで「辛さも祈りでご受難の主との出会いになる」について。ミサの動画・ライブ配信は、検索できた範囲内です。
祈りには「コトバにした祈りの意向」を添えて、「聖三位一体への愛・希望・信頼」のなかで「後ろのものを忘れ、前に向かって全身で目標に向かって走る」、について。特に「祈る時には集中してはならない」「主の御心が自分の中に入れるようスペースを用意する」ためのヒントについて。動画ミサ・ライブは検索できた範囲内です。
今回のテーマはキリストとの和解は、まことの償いであり、赦しであるということ。赦しとは、心いやされることであり、神の義を受け入れるための準備運動のようなもの。同時に赦しを得ることで神の国の義が何かを日々の生活の中で体得します。動画ミサ・ライブ配信やメッセージは検索時間に未公開の場合があります。適宜、チャンネル名でユーチューブ検索してください。
四旬節第3主日は、悔い改めとパレスチナの農業方法をざっくりご紹介しながら、「いちじくぐわの木のたとえ」と悔い改めの実りについて観想をシェアいたします。ミサ動画・ライブは検索できた範囲内です。
「わたしたちの本国は天のみ国です。「天のみ国に帰るまで」自分らしさを保って信仰生活を送ることの大切さが、今週のテーマです。生まれた人はいずれ死を迎えます。私たちは死に方を選べませんが、生き方なら選べます。だからこそ、生きている間にしかキリスト者にはなれないのです。ライブミサ情報は、検索できた範囲内です。
四旬節第一主日の第二朗読から、「御言葉はあなたの近くにあり、あなたの口、あなたの心にある」をテーマに。あなたの四旬節のテーマ、十字架との向き合い方を決めましたか?自分なりの十字架の担い方と十字架のかなたにある希望を求めましょう。動画ライブ配信情報は検索できた範囲内です。
折しも教皇フランシスコのご入院で、ただいま11時間目、昼夜を問わずに聖ペトロ大聖堂広場でロザリオの祈りが続いております。「死」は「朽ちないものを着て受ける理想を求める」ことが、宗教の違いを超えて、信仰の究極の目的だというテーマです。動画ミサ・ライブ配信は検索できた範囲内です。
天地創造の前から愛される神…というエフェソの信徒への手紙のみことばを「神の愛」について思い巡らしてみました。わたしたちはつい、主は自分を近しい誰かを見ていないのではないか…と不安になりがちです。そんなあなたに!動画ミサ・ライブの祈りは検索できた範囲内です。
介護申請など公私ともども追われまくってブログ更新が遅れています。今回のテーマは「弱さの中にある強さとみ恵み」について。弱い人は、主と人の前で誰よりも強くなれるみ恵みに出会えることがある。人間の力で強い時には、決して気づかない強さだと思う。動画およびライブミサは検索可能な限りです。ご了承ください。
仕事と介護の都合で、書くのが遅れる日があります。今回は「いのち、天地創造と被造物、そして悪魔とは何か」について書いてしまいました。というか、筆がすべるように悪魔を定義してしまいましたが、神道の八百万の神々を信じる信仰を否定する内容ではなく、あくまでも宗教学的な比較と受け取って頂ければ幸いです。動画・ライブミサは検索可能な範囲内です。ご了承ください。
年間第12主日の第一朗読は、ヨブ記。苦難の預言者というイメージのあるヨブと主の対話を「中東人の情熱的な対話と論争、そして荒れ野の果ての静けさ」を、YouTubeでパレスチナ問題をライブ討論する姿からイメージして「友人と主がおられるのかを問うヨブ」と「静けさのうちに主の天地創造の真理を傾聴するヨブ」を対比してみました。しぇるりんのスケジュール関係で、今週は21日深夜に検索できたライブミサ配信しか探せませんでした。ご了承ください。
年間第11主日は「からしだねのたとえ」です。その中から「収穫の時が来た」をテーマに、2024年6月現在の世界情勢の激変の「いま」と福音書を見比べてみました。動画・ライブミサ&説教は検索できた範囲内です。
6月は、イエスの御心の月。イエスのみこころの祭日は過ぎてしまいましたが、こんな時代だからこそあえてイエスのみこころの祈りの深さに想いを馳せてみました。動画・ライブミサ情報は検索可能だった範囲内です。
キリストの聖体の祝日を迎え、あらためて福音書を読み直してみると「アレ?」っと思う気づきがあったので共有したいと思いました。日本ではキリスト者というと、何かと極端なイメージを持たれがちなキリスト教に対する日本社会なりの問題点を敢えて掘り起こしながら、ご聖体の神秘に想いを寄せたいと思います。動画・ライブミサは検索可能な範囲内です。
だいぶ遅くなりましたが「三位一体の主日」と洗礼のみ恵みについて福音書から取り上げました。「世の終わりまで、わたしは共にいる」と言われたイエスさまのみことばが、登場するのもこの日。ミサ・ライブ動画は検索可能だった範囲内です。
聖霊降臨の主日です!あなたのたましいに聖霊は訪れていますか?きっと、ささやいておられます。主の聖霊が使徒と弟子たちに下された日を記念するこの日に、ぜひ洗礼の約束を思い出して下さい。動画ミサ・ライブは土曜日〜日曜深夜に検索しました。もれがあってもおゆるし下さい。
「信じる者は救われるのか?」という無限ループのテーマから抜け出すには「信じない者は滅びの宣告を受ける」という呪いを止めることから始めましょう…というアプローチです。動画・ライブミサは検索できた範囲内です。ご了承ください。
B年復活第6主日は「愛の掟」について。誓約宗教であるカトリック教会で「洗礼を受ける」という選択を「自分がした」と思いがちな私たちですが、実は「選んだのは主」という「愛の掟と福音宣教」のお話。人は時に父なる神にすべてをお任せしなけりゃならないこともあるものです。動画・ライブミサ配信情報は検索できた範囲内です。
B年復活第5主日のテーマは「みことば通信」。父と子と聖霊のまじわりの「ぶどうの木」につながるには、自分の中にみことばがあり、みことばといっしょにいつも過ごすこと。いつも父なる神への信頼を忘れず、いつもみことばと一緒に!動画ミサ・ライブ情報は検索できた範囲内です。
2024年、B年の復活第四主日は世界召命祈願の日。良い羊飼いであるイエス・キリストを信じるわたしたちにとって、召し出しとは何かを思い巡らします。世俗で良い羊飼いであるイエス・キリストとともに生き続けるヒントを自分のなかから探すヒントがあります。ライブ・動画ミサは検索できた範囲内です。
ヨハネ福音書24章から「心の目を開いて」をテーマに、「信者が信仰生活に育つこと」と、司祭・修道者が「信者が信仰生活を送れるよう道を指し示すこと」の役割分担ができたら良いな、を政教分離との関係から考えてみました。復活第3主日のミサライブは検索できた範囲内です。
復活第二主日、いつくしみの主日を世界規模の戦争のなかで迎える2024年はきっととても特別な年。あえてイエスさまが「あなたがたに平和があるように」と祝福された意味を問う、新しい始まりだと感じます。どうか皆さまにもたましいの平和が訪れますように。ミサ・動画ライブ情報は検索できた範囲内です。ご了承ください。
主のご復活、おめでとうございます㊗️! ハッピー・イースター!世界を見渡すと、決してお祝いできるほど世界は平穏な状況ではありませんが、せめて今日ぐらいは楽しくよろこびのうちに祈り、歌いたいましょう。最後まで、上を目指し、真理であり愛であり、希望である方を目指しましょう。動画・ライブミサ情報は集められた範囲内です。
受難の主日は今年はB年でマルコ福音書が読まれます。その時、その場に置かれたことが、自分や他の人の人生にどのような意味があるのか、「なぜ?どうして?」というもやもやした感情を、つい短絡的に解きほぐしてくれる魔法を求めがちな私たちに、主のご受難は「なぜ?どうして?」を吸い取ってくれるように感じる、というお話。ミサ動画・ライブは検索できた範囲内です。
「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」という小説でも有名な聖句のあとに続く「再び栄光が示される」までの部分を、世界中が武器による戦争と経済戦争に巻き込まれているこの時に、教会がほんとうに本来の役割を果たせているのかが問われているのでは…というちょっと広い世界のお話です。主日ミサライブ・動画は検索できる範囲内です。
今の時代にあって「信じるものは救われるのか?」について、世界の現実を見ながらいっしょに祈りたいと思います。十字架とご受難の神秘は、すべての救いの源であることを信じられるか、日々問われています。ミサライブ・動画は検索できた範囲内です。ご了承ください。
商人らを神殿の庭から追い払われたイエスさまは、信仰のしるしを求められます。見えない信仰に「しるしを見せろ」という理不尽な要求を突きつけられます。自分の人生のなかで信仰を証しできるよう、生き続けられるよう祈りましょう。動画・ライブミサの検索はできる範囲内です。