キリストとともに
住所
大和市
出身
大和市
ハンドル名
catherinesaoriさん
ブログタイトル
キリストとともに
ブログURL
http://shelline-oblate.cocolog-nifty.com/blog/
ブログ紹介文
聖書と祈り、そして聖ベネディクトについての、しぇるりんのつぶやき
自由文
聖書をただ読む、理解するだけではなく、聖書を通じて神と語り合う、それが霊的読書(レクチオ・ディビナ)の祈りです。
更新頻度(1年)

76回 / 268日(平均2.0回/週)

ブログ村参加:2011/05/21

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catherinesaoriさんのブログ記事

1件〜30件

  • 天国に行くには…?

    福音書でイエズ・キリストは、イエスさまの弟子として従い、そのみ国に行くにはどうしたらいいのか、について語っておられます。誰にでもいつかは来る「命の尽きる時」が「主イエスのみもとに向かう道となるよう」、生きているうちから愛、希望、信頼を生きたいと願う人々に捧げるエッセー。

  • あなたの考える「天国」はどんな国?

    21世紀を生きるわたしたちが、それぞれに思い描く天国のイメージは、神のみ国とはかなり違うのかも知れません。神の被造物であるわたしたちが、神に生かされて、死を迎えるとはどういうことなのか、を天国のイメージから論考してみました。

  • キリスト者が考えたい「罪悪感と恥の違い」

    恥と罪悪感の違いを、最新の心理学と脳生理学分野の研究から読み解いてみました。罪悪感にも否定的な側面と、肯定的な側面があります。恥を正しく受け止めるためには、肯定的な罪悪感の受け止めねばなりません。悔い改めと、イエス・キリストが十字架と死とご復活によりもたらされたゆるしによる、天のみ国に向かうための絶え間ない成長が必要であることを論考。

  • 21世紀の日本社会の「人間的な善」の基準は?

    日本社会での「善悪の判断基準」があいまいな現状が、なぜ、どうして怒っているのかを論考。21世紀初頭の「人間的な善」とは、何かを、どうしてそうなっているのかを考えて見た。

  • イエス・キリストの愛を感じよう


    教皇フランシスコのツイッターメッセージ(邦訳)の勧めに思いを馳せ、イエス・キリストがいつもわたしたちを愛しておられるように、隣人を愛せるようになりたい…という気持ちを込めたエッセーです。

  • 名もなき日本人殉教福者への想い


    前回、ご紹介したペトロ岐部司祭と一八七人の日本殉教福者の多くが「名もなく、貧しい逃亡者」であったことに思いをよせました。彼らが「棄教して転向か、信仰に留まるか」という葛藤の中にあったという一部の文学的なアプローチとは違う見方で考察しました。神への愛、希望、信仰を明るくもちつづけた殉教者の信仰は、現代のわたしたちを支えていると思うのです。

  • 日本人最初のエルサレム巡礼者、ペトロ・カスイ岐部神父

    福者ペトロ岐部と187殉教者列聖への祈りと共に、砂漠を一人踏破し、日本人ではじめてエルサレム巡礼を果たしたペトロ岐部司祭殉教者の霊性の旅路をあらためて思い起こしてみました。

  • 「ことば」の力、みことばの愛

    「空気を読む」ことを求めるこの時代、ことばで説明したり、ことばで理解することを面倒だ、手間だと思っている人が増えている気がします。ことばで伝える、理解することの大切さは、主イエスがみことばを「愛のことばでお伝えになった」ことに通じると思います。

  • メンタルヘルスと「祈り、信心業」の功罪

    メンタルヘルスに祈りや信心業が「効果ある治療法」のようなものだと誤解されている風潮が、あるように見られる。また、ゆるしの秘跡を聴く司祭の側でもここ数十年で飛躍的に発展した脳科学、心理学、深層心理学の進歩から取り残されているまま、増え続ける精神障害者と「祈り」ではなく「知識」で対峙しようとしている現状を考察。

  • 天に上げられた祈りのみ母

    聖母マリアと教会、そして聖三位一体のつながりを思い起こし、祈りのみ母といまの時代のつながりを論考しました。

  • 平和旬間に想う:21世紀の「現代の平和」とは?

    主イエス・キリストが言われる「現代の平和」は、21世紀には単純に「武力闘争がある、ない」だけでは割り切れない、経済格差、知的格差、インフラ格差など、様々な格差からもたらされる社会的、文化的不均衡がその根底にあることを論考。

  • 平和旬間に想う:植民地統治とカトリック教会の功罪


    2019年の平和旬間を迎え、日韓関係の急速な悪化が叫ばれているこの時期にこそ、植民地支配国だった旧大日本帝国統治下での「天主公教会(カトリック教会)」の功罪について、考えてみたい。

  • 信仰は必要なの?

    宗教とは、机上の空論として語るべきものではなく、信仰生活の中で育まれ、それぞれの人生の中で花が咲き、実を結ぶものであることを証しすることにあります。信仰生活の必要性とは何か、もういちどゆっくり考えて見ました。

  • 修道・司祭召命を十代から考えるべき10の理由

    司祭、修道女、修道士への召し出しを感じたら、十代から祈りのうちに積極的に求めることの大切さを、日本独特の社会、時代背景の中から説き起こします。

  • 献金がキャッスレス決済に?

    話題のキャッスレス決済が、献金に応用される日は来るのか。スェーデンのストックホルムの大礼拝堂では既に導入済みという献金のクレジット決済装置。日本のカトリック教会の現状を踏まえ、今後どのような論議になるかを考えてみました。

  • ナザレ人、イエス・キリスト

    わたしの愛読書、カルロ・カレット《砂漠からの手紙》から、ナザレ人として人生のほどんどを過ごされたイエズスに倣う生き方が、砂漠に行かなくも現代の今の自分の生活の中で実践できることを力説。

  • デジタル・データ盗用はどんな「盗み」?


    デジタル・データの盗用について、キリスト者として信仰においてどう受け止め、社会正義の中でどう受け止めるのか、についての論考。

  • 自己肯定感を高める信仰を見出す

    カトリック教徒、キリスト者としての信仰は、自己肯定感を高めつつ、イエズスが父なる神の御ひとり子でありながら罪ある人々の痛み、苦しみに寄り添りそうあまり、、自らを敢えて低くされ、主の御旨に沿って人々を癒された故事を、心理学的観点から論考。

  • 宗教教育と道徳教育の違い

    昨今、国策の変化で取りざたされている道徳教育と宗教教育の本質的な違いについての論考。人の心と宗教教育の密接な関係を最先端の心理学理論とともに展開する。

  • ご聖体は手で受けるか、口で受けるか

    カトリック信徒が聖餐式でご聖体拝領する際、「手で受けるのか、口で受けるのか」についての論考。国や地域、環境により考え方が違います。日本における現在の「手でご聖体を拝領する」意味について考えてみました。

  • 現代の乙女殉教者、聖マリア・ゴレッティ

    7月6日が殉教記念日である聖マリア・ゴレッティと、その加害者で会ったアレキサンドロの関係を通じ、21世紀のわたしたちの多くが無自覚のままポルノ依存症患者であることを思い起こしましょう。ポルノ依存症患者の守護の聖人として、聖マリア・ゴレッティのとりなしを求めて祈りたいと思います。

  • 人生の転換期とエルサレムへの道

    イエスの中にある「ゆるし」の教えを、年間第十三主日の福音から、読み解いてみます。

  • 祈りの学び舎である教会

    イエス・キリストが教えられたたった一つの祈りである「主の祈り」から、祈りを学ぶためのヒントを考察してみました。

  • 聖体の秘跡を信じる者はさいわい

    聖体の主日を振り返り、わたしたちがご聖体のパンとぶどう酒に霊的に養われていること、イエス・キリストが霊的な糧を全人類にもたらすために神の子でありながら人間性を生きられた意義をトーマス・アクィナスの著書の引用から語ります。

  • 「迷信」不安と不信心

    「迷信」「偶像崇拝」と「不信心」「信心」の違いは何なのかを、読者の皆様とご一緒に考えてみたいと思います。

  • 「殉教」と「原罪」を科学する

    殉教者聖ステファノは、なんのゆるしを祈り求めたのか。それは、人類の原罪により引き起こされるすべての罪ではないかと、という問いかけです。「原罪」という神学的な現象を、脳科学、心理学・深層心理学の最先端を結びつける最先端の研究結果とコラボさせて、論じてみました。

  • キリスト教のおける「殉教」の意味

    「切腹」「自死」と「殉教」の背景にあるこころのうごきについての論考。

  • 小さな誤解は無関心のはじまり

    家族、パートナーへの思いやりとは何か、についてトビトと妻のみことばから考えてみたいと思います。

  • 聖霊のたまものはすぐそばに

    聖霊降臨の大祝日をまえに、漁師サウロが使徒パウロに成長するプロセスからわたしたちが何を学べるのか、考えてみました。

  • ネカマ、オナペ問題をイエスと考えよう

    キリスト者として、ネット上でのネカマ、オマペ行為をどう受け止め、どのような表現が許容範囲だと思うのか、という切り口からデジタル人権問題について考えてみたい。