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きょうのもののふフォト列伝 https://ameblo.jp/yamazakibakufu

熱く散って逝った源平・南北朝・戦国・幕末のもののふ達の、フォト・レクイエム列伝です。

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安曇野市
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2010/09/28

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  • ●広島 福島正則の痕跡 そして信州…

    広島城は堀も広く、建造物も石垣も多く、天守閣も見応えある城郭。だがしかし超有名な原爆資料館、原爆ドームのある広島。高校の修学旅行見学の地に「広島城」は無かった…

  • ●尾張 福島正則生誕の地へ 石臼を引きずる怪力児!

    十二年ぶりに、猛将福島左衛門大夫正則のふる里を訪ねた。尾張国海東郡二ツ寺村、現在は愛知県あま市二ツ寺屋敷、正則村ともいったそうな。 ●石臼を引きずって遊んでい…

  • ●続 伊能忠敬の足跡 総州&信州

    佐原の街から犬吠埼の灯台へ。ここは本州東端の地。忠敬さんは、富士山・筑波山などが直接目視できるこの海岸で測量の精度を確かめる測量をしたという。犬吠埼の灯台。大…

  • ●驚愕の偉大さ 伊能忠敬の生涯 千葉県佐原の街へ

    伊能忠敬の地図作成への旅立ちは、常に富岡八幡宮(東京・墨田区)からだったという。10年前八幡宮で初めて忠敬さんの緊張した面持ちの旅立つ像を見た。いい顔していた…

  • ●新皇・平将門の生き様をあらためて想う

    志を得て、果敢に挑んだ平将門、その短き三十余年の生涯!将門のふる里、坂東の地を久々に訪ね歩き、改めてもののふ将門を想った…。 ◆平 将門(たいらのまさかど 9…

  • ●投稿 木曽義仲を大河ドラマで!

    春四月、久々豪快な満開の義仲桜を仰ぎ見て、フツフツとまたも湧き上がってきた思いを、地元タウン紙に投稿した。なんとしても颯爽たる若武者旭将軍木曽義仲の姿を大河ド…

  • ●友と呑み巡った新皇平将門の史跡

    「おぅ!」 「おお、久しぶり!」関鉄常総線水街道駅にて、学生時代からの旧友Mと再会! Mは高校時代、抜群の数学成績トップ、しかも2番との差はいつもほぼ50点以…

  • ●北畠親房の小田城へ、広い~!

    筑波山神社から南へ10㌔ほどの小田城(つくば市小田)へ。「北畠親房が「神皇正統記」を書いた小田城」この関連・結び付きのみで記憶に残っている小田城、どんな城なの…

  • ●藤田小四郎の筑波山神社へ

    広大な関東平野にポツンと、いや悠々と浮かぶような筑波山。標高900㍍弱にして、日本百名山の一つという。水戸天狗党の挙兵の発端がこの筑波山中腹の筑波山神社での蹶…

  • ●遅まきながら信州の桜、義仲桜、頼朝桜…

    信州の桜も、はや散りおさめ…。今年は運よく義仲桜の満開に訪れることができた。上田市丸子・宝蔵寺(岩谷堂)に樹齢八百年の「義仲桜」の巨木が立つ。この急な石段を登…

  • ●球春到来!静岡草薙球場へ一路

    球春到来!我が孫Rちゃんが静岡高校野球部レギュラー入りして出場するという東海地区春季静岡県大会の応援に一路静岡へ向かった。夏の甲子園大会の前哨戦、シード確保の…

  • ●わが友、武田信玄公甲冑を制作見事なり、快也!

    謙信公のレポを続けていたところ。なんと我が朋友が武田機山信玄公の甲冑を完成したと、地元タウン紙「市民タイムス」に報じられていた。写真右が旧友・山本隆一君。大昔…

  • ●嗚呼 謙信伝説の七尾城の石垣や 如何に!

    我が孫の中学入学式ということで、久々に越後長岡へ。入学式、久しぶりの懐かしき景色、保護者も先生たちもみな緊張、新鮮だった。無事済んで話ガラリ変わって、一路能登…

  • ●関東平野 唐沢山城 小田城へ

    関東へ赴くとなれば、あの謙信伝説の唐沢山城へは行かねば!実は友人と旧交を温めにいくのではあるが。謙信伝説とは。「殿、あまりに無謀! 本隊が着いてからでも遅うご…

  • ●楠公史跡を辿る最終回 徳蔵寺 楠木神社 腰神神社 葛井寺

    今冬巡った大阪市・河内など大阪府南部一帯。菊水橋とか楠公町とか、楠木正成に因んだ地名に各所で出会い、信州では感じることのなかった「正成公への思い」が関西では浸…

  • ●楠木正成挙兵の地 赤坂城千早城 寄手塚 身方塚とは

    1331年倒幕の挙兵後、後醍醐天皇は笠置山に立て籠ったものの苦戦をしいられ、追い詰められた。ある夜、笠置山行在所↑の南庭に立つ巨木の下に一人の武士が額いている…

  • ●大相撲優勝決定戦 「高安~ッ!!」「たかやす~!」

    大阪場所、大相撲優勝決定戦を見た。高安を応援、なんとか優勝を、初優勝を願った。 大関になるころの関脇高安が一番強く感じた…。亡き北の富士さんがそのころの高安と…

  • ●久々の投稿が載った…「故郷を思うのか、鑑真さん」

    久々の投稿が地元タウン紙に載った。1年ぶりか、昨秋に二度ほど投稿したがボツだった(泣)。最近は集中力が無く、700字をまとめるに二か月近くも。すぐに飽きてしま…

  • ●楠木正行の四条畷神社へ 墓所に楠の巨木が

    やっと春が! 福寿草が! 四条畷神社から30分ぐらいで飯森山の楠木正行公像まで登れるという…。かつて東麓の楠寺までは行ったのだが…。 …

  • ●学ぶ正成と恩師大江時親像そして弟正季の墓所

    「忠孝の鑑」「もののふの鑑」と古来より崇められた楠木正成なれど、その生涯はわからないことが多く、逸話、伝承における姿が強く残って今に至っている感じだ。 父の名…

  • ●今日は、3・11か…

    きょうは、3・11か…。石巻市の大川小学校へ3度も行ったなぁ。何か、いつか学校が復活していて、子供たちの歓声が聞こえるのかもなどと思って…。2012年夏。 ▼…

  • ●楠妣庵観音寺の楠木親子の像

    楠木家の菩提寺・観心寺から数㌔の河内長野市・楠妣庵(なんぴあん)観音寺。ここは正成が妻久子夫人ゆかりの寺。 急な山門前の石段を見上げると、お、右手に誰かいるぞ…

  • ●衝撃!特攻隊兵のカラー動画

    皆さん、YouTube、ユーチューブの動画みたでしょうか。特攻隊兵の出陣前の、カラー動画!ごちゃごちゃ言いません、ともあれ、ぜひ!泣ける、微笑える、哀しくなる…

  • ●楠木正成の史跡探訪 大阪へ

    今回の旅は楠木正成の史跡を訪ねるが目的。ブロ友みどりの木さんの正成墓所・錦秋の観心寺レポを読んで、かつてからの思いを覚醒され、楠木正成を訪ね大阪の地へと向かっ…

  • ●トボトボ東海道 関宿~坂之下~鈴鹿峠

    前回の伊勢・亀山宿から、江戸から47番目の関宿へ。今回は、関から坂之下を通過、鈴鹿峠へ向かう。 夏の日、鈴鹿川の堤防の道を歩く。いくつかの高速道が行き交う高架…

  • ●トボトボ東海道 伊勢庄野宿~亀山城

    寒いのに元気はつらつと、東海道の街道歩きへ。とはいえ、何年何日かの歩きをまとめてつないでいますので、しばしば季節外れの写真が。 今回は伊勢・石薬師宿から亀山の…

  • ●石田三成のもっと知ってほしい願望逸話

    ●「おぬしは頼朝公を知らんのか!」「三成! なぜ捕縛されるまで、見苦しく山中を逃げ回った! おまえもひとかどの武士ならば、何処にても潔く自害できたろうに、恥を…

  • ●石田三成のふる里、大谷吉継の首塚へ

    長浜に来たのだから、三成さんとこに顔を出さねば。小谷城址から石田屋敷跡へ向かう途中、北郷里小学校の前を通る。「おっ、見えた、見えた、三成さん!」ちょうど日曜日…

  • ●お市の方 三姉妹 浅井長政

    敦賀からの帰路。賤ケ岳を眺望。この前登った時、山頂からの琵琶湖・余呉湖は絶景だった! 今日は小雨か…。 振り返って眼下に余呉湖。サイコー! 小谷城近くの長浜市…

  • ●敦賀 水戸天狗党処刑者が眠る哀しい塚

    播州・丹州からの帰路は若州路から東へ。 途中、敦賀の松原神社・水戸天狗党の塚に墓参。もう何度めか。一千余の武士家族などを率いた総大将武田耕雲斎の像が戦死者・処…

  • ●高石垣が見たくて丹波篠山城

    かつて、天空の城として名を馳せる竹田城よりも丹波篠山城の高石垣に息をのんだ。あの石垣をもう一度見たくて篠山城へ寄る。 さっそく、その高石垣。おぉ、この素晴らし…

  • ●老獪な北条早雲 六十四歳にて小田原城を乗っ取る⁉

    岡山県井原市、北条早雲が修行したという法泉寺へ。そして早雲誕生の高越城へ。 戦国大名の先駆けといわれた北条早雲こと伊勢新九郎は「一介の素浪人・野武士」ではなく…

  • ●北条早雲誕生の地 備中・高越城

    おぉぉ、あの山頂が高越城本郭か。幟旗が立ってる、うーん。さて、クルマでどこまでいけるかだ、それが問題じゃ。 井原鉄道線の早雲の里荏原駅前に早雲の石像が、そして…

  • ●風光明媚 若狭湾を望む高浜城

    こんな景色のいいところにお城?今までまったく知らなかったお城、若狭国の福井県高浜町の高浜城。この写真は二の丸広場からの若狭湾の景色、正面の洞穴は明鏡洞という名…

  • ●おっ平賀源内 大河『べらぼう』に登場 面白そう!

    今年の大河ドラマ『べらぼう』あまり興味なし~だったが、何気なく予告見ていると、平賀源内が登場するというではないか。第一回からすでに出て来たぞ。「日本のレオナル…

  • ●昨年2024に出逢った偉人像 哀しくも皆元気でいました

    明けましておめでとうございます!2025年も元気な限り各地を巡りレポしたいと思っています。叱咤激励のコメントを待っています。本年もよろしくお願いいたします。と…

  • ●2024塔影禮讃 古刹巡禮(下の巻)

    今年2024、身体全体がしんどく。よってラクな古寺散策へ、なんて方向だったかも。来年はなんとか、足腰体力を強くしたいものだ。古寺巡礼歴続報です。●三重塔甲乙つ…

  • ●2024塔影禮讃 古刹巡禮の旅(上)

    今年も残りわずか。2024は古刹・名刹の三重塔・五重塔を意識して巡った。お恥ずかしいことだが信心が深いわけでなく本堂や三重塔、五重塔が城閣のごとく好きなのであ…

  • ●師走の錦秋 観心寺 楠木正成よ

    雪がぱらつく信州からみどりの木さんが届けてくれる関西方面の錦秋残るレポに惹かれ観心寺、延命寺へ一路 迎えてくれたのは観心寺門前の楠木正成公像、碧空、深い紅葉。…

  • ●2024墓参行 どこもみな哀し

    2024墓参行。一番の衝撃は豊臣国松公墓所だったか。国松は享年7…。そして木曽義高12歳、平敦盛15歳、武田信勝16歳、さらにさらに…。幼な児の死はただただ……

  • ●2024お城巡り回顧 逆井城~福知山城

    はや師走。今年は7月来、病魔に次々と襲われ、入院こそしなかったが。医者通いとクスリ三昧の夏から秋。よって長く計画を練っていた奥州・蝦夷への長期遠征を断念、無念…

  • ●おぉ快なり!爽快なり!絶景の播州 波賀城

    音に聞こえた絶景の山城、播州・波賀城(兵庫県宍粟市)へ。宍粟(しそう)市の市街から北へ数㌔、山城のかなりのところまで車で行けるという。嬉しいね。 ひろ~い駐車…

  • ●錦秋 血戦高遠城 哀惜の紅葉

    「まだ残っているか、紅葉の景が信州伊那の高遠に…」高遠といえば「天下一の桜」なれど、秋の紅葉や如何にと、久々高遠城へ、車を走らせた。おぉ、残ってた!桜の木々は…

  • ●錦秋 信州木曽義仲の里

    なんとか間に合ったか! 木曽、義仲の里錦秋の候。木曽義仲の墓塔が立つ木曽福島の萬松山興禅寺へ。 境内入って勅使門のあたり。いい絵だ! 興禅寺は、京・竜安寺に負…

  • ●美塔礼讃 高源寺 如意寺 太山寺 三重塔

    兵庫県のお寺やお城を巡ってレポしてる今、世の動きに目をやると…。 兵庫県知事選の結果の私の当てがはずれ、苦笑&憫笑、モチ自分自身にである。アメリカ大統領選も、…

  • ●丹州 福知山城下に御霊神社

    「逆賊・明智光秀を祀る神社??」初めて見る高さ41㍍という壮大な福知山城の天守閣に驚いたのだが…。おぉ、小天主も。 まずは御霊神社をさっそく訪ねた。「逆賊・逆…

  • ●仙石秀久 改易から国持大名‼

    仙石氏の出石城にて仙石氏初代当主・仙石秀久を久々に思い出す。地元タウン紙の連載『信州往来もののふ列伝 巻39 仙石秀久伝』は2012年8月。その後拙著『信州往…

  • ●但州 出石城 移封してきた上田藩主仙石氏…

    但馬国・豊岡市出石城へ。登城橋、登城門、左右の石垣が城郭の雰囲気。城は階段状、ひな壇のように山のふもとから石垣が作られているようだ。登城門をくぐると下の丸→二…

  • ●丹州 田辺城 攻めた小野木公郷は…

    京都府舞鶴湾に面した舞鶴市の田辺城へ。あの豊臣有力家臣の細川幽斎・忠興が築いた城。築城当時は舞鶴湾に面した城郭だったという。田辺城資料館として再建された堂々た…

  • ●若州 小浜城へ 梅田雲浜哀しい

    若狭の国へ、日本海を眺めながら小浜城へ。といっても今年の五月。小浜城は石垣が残り、天守台から海が望める。また小浜は、幕末の尊王攘夷運動の先駆者梅田雲浜のふる里…

  • ●「今井四郎兼平形見」の石碑

    今年も、我が新米を亡き母の実家へ「奉納」に。従兄夫婦が大規模な林檎園を経営していて…。お返しの美味しい林檎が目当て(笑)。 いつもながら昔話で談笑・哄笑して、…

  • ●決戦夏の陣‼ 真田家伝来の信繁の作戦は…

    真田昌幸から始まった真田一党伝、いよいよ最後のつわもの真田信繁(幸村)。真田の郷、真田三代レリーフ像左端は信繁なり!かつて高校生が描いてくれた信繁像。強そう!…

  • ●松本第一、無念…、先輩・牧(DeNA)は躍動!

    北信越秋季大会、松本第一、小松大谷高校を破ってベスト8に進出するも! あぁ、強豪・敦賀気比高校に敗れ、ベスト4ならず。夏に向かって頑張れ! 一方、先輩の牧(D…

  • ●真田家隆盛の祖「攻めの弾正」真田幸隆

    真田一党伝、長く空いてしまった。この間、大河「真田丸」を見たがすっかり「忘れてて!」楽しく見れた(笑)。今日の主役、幸隆さんは出てこないが。 真田家・真田一党…

  • ●さっそく松本第一高校野球部グラウンドへ

    松本第一高校も、今はかなり施設が整った。学校近くには、ダイヤモンドがすっぽり入る室内練習場も。だがその後出来たグラウンドをみるのは初めて。「DeNAの牧選手の…

  • ●あぁ、もしかして我が松本第一高校よ、今度こそ!

    やったぁ!勝ったぁ!松本第一高校!長野県高校野球秋季県大会で優勝ぞ!準決勝で上田西高校を大逆転して勝利! 翌日決勝、松本国際高校を破って長野県大会優勝!  北…

  • ●昌幸の四男・真田信尹

    「真田幸村と真田十勇士」!私の真田はこれ一辺倒で真田信尹(のぶただ)は長く知らなかった。2016年大河「真田丸」にて信尹を栗原英雄さんが扮し注目された。信尹は…

  • ●真田信綱と昌輝、長篠…

    幼いころから真田幸村&真田十勇士に興味津々。昌幸、信幸はその次、いわんや信綱、昌輝、さらに信尹までへの関心探求となれば、かなり後日の話。真田信綱・昌輝兄弟をも…

  • ●昌幸と真田一党、兄真田信綱・昌輝もすごかった!

    このポスターのような一枚紙。拙ブログで紹介したのは10年ほど前の2013年9月。武田信玄麾下、およそ500人の武将名が記されている「武田家属将美名録」。  左…

  • ●真田昌幸の気概を継いだ信幸・信繁

    信州真田の郷に立つ真田昌幸のレリーフ像。いい顔だ。 真田昌幸が徳川軍七千を翻弄、大勝利した第一次上田・神川合戦の古戦場、神川河畔。かなりの昔、右岸左岸の河畔を…

  • ●真田昌幸を偲ぶ

    沼田城、名胡桃城、岩櫃城…、そして真田本城、上田城…。真田昌幸が駆け抜けた城跡に昌幸の憤怒の熱い吐息が聞こえてくるような。名胡桃城から西へ80㌔ほど、信州真田…

  • ●名胡桃城哀し…岩櫃城もまた…哀し

    沼田城から利根川を越えて西北へ6㌔ほど。段丘上に名胡桃城。城郭東端の物見郭から沼田方面を望む。中央あたりが沼田城か。名胡桃城は真田昌幸が沼田城を手中にする前線…

  • ●ぎやぁ! 待ってたこの瞬間、満塁サヨナラホームラン 大谷!

    9回2アウト満塁 3対3! バッター大谷!待ってたぞ、この瞬間!名胡桃城のブログ書きながら、大谷以外の選手の時は消音にして。しかしこの日は内野ゴロばかり、最近…

  • ●沼田城から名胡桃城へ

    坂東の平野、西北端に位置する沼田城。上杉・北条・武田が争奪にしのぎを削った城。というより、真田一族が信濃の地より上野国出張って得た城というべきか。 沼田城は江…

  • ●国定忠治の墓、清水次郎長も大政小政も……

    坂東を縦横無尽に駆け巡った侠客、「赤城の山も今宵限り」のセリフで知られるあの国定忠治。その墓はみどり市の岩宿遺跡から東南へ6㌔ほどの伊勢崎善応寺に。はるか赤城…

  • ●今燃えるパリ、衝撃だったパリ…

    オリンピックに燃えるパリ、アスリートたちの奮闘にテレビの前で一喜一憂、固唾を飲んでいる日々である。 思い出すのは十七年前の八月、我が一族パリへ。 パリに在住・…

  • ●忘れていた岩宿遺跡、相沢忠洋氏のこと!

    悠久広大な坂東の地をまだまだ巡る。これはかつて筑波山から望んだ関東平野。我が信州ではとても。 群馬県太田市の金山城から十数㌔、また去年来た新田義貞首塚の桐生市…

  • ●甲子園めざしての静岡大会応援へ!

    愛しい孫が今年4月、高校1年生に。小学校から野球に熱中、甲子園を夢見て、今年静岡高校へ。鎌倉の自宅を離れて、学校の寮生に。 すると、娘から連絡が。「Rちゃんね…

  • ●百名城の八王子城、金山城へ

    高幡不動から八王子城址へ。実に久しぶり。ここなら登り道少なく城跡を楽しめる。杉林をぬって、大手門から大手道をのんびり散策…。 林間をしばらく行くと「曳橋」が、…

  • ●嬉しいね、「北条時行」にアクセスが集中!

    信州・長野県に関連する武将・もののふ達を追った連載『信州往来もののふ列伝』を地元タウン紙「MGプレス(当時名・松本平タウン情報)」に毎月1回掲載させていただい…

  • ●塔影礼讃 日野高幡不動五重塔と土方歳三…

    東京・日野市の高幡不動・金剛寺の五重塔。平安時代初期の様式にて、5年の歳月をかけ、昭和55年5月5日建立されたという。塔高は40㍍、緑に囲まれ朱色が真新しく眩…

  • ●蒲冠者範頼の「蒲桜」

    伊豆修善寺温泉街にて。「確かこのあたりだったはず…?」と思っているところに範頼さんの墓所が見つからない…?かなり記憶に残っているのだが、あちこちグルグル回って…

  • ●伊豆修善寺へ 仁田忠常、九郎義経、将軍頼家そして…

    伊豆修善寺への道中、函南市の慶音寺へ寄る。富士の大巻狩での曽我兄弟仇討事件の乱闘で、兄・曽我祐成を討ち取った仁田四郎忠常がここに眠る。忠常は、富士の大巻狩では…

  • ●箱根・富士山麓の曽我兄弟墓…

    亡き妻の故郷、そして義父母の眠る横須賀市浦賀の乗誓寺の住職は、かの曽我兄弟のご子孫という。知らなかった、境内に兄弟像が。意外、こんなところで曽我の兄弟に会える…

  • 関東史跡行8 新田義貞よ…鎌倉から小田原へ

    亡き妻の実家で懐かしく義弟夫婦らと談笑して、名残惜しく浦賀の地を後にする。今日の宿は娘夫婦孫の待つ鎌倉へ。コロナの影響で、この間浦賀にも鎌倉にもなかなか来れな…

  • ●関東史跡行7 館山城、浦賀ポンポン船、徳田屋、曽我兄弟

    館山市の館山城へ。山の上の模擬天守は高さ70㍍ほど。海が! 相模湾が一望!天守は小田原城がモデルという。天守からの海。山城の天守から大海原が望める景色が城めぐ…

  • ●ボツでなかった!『大谷翔平選手と高野長英』

    投稿して2週間も連絡なし。ボツか…「仕方なし」とあきらめていたところへ連絡が。「ホホ、やった!」あな嬉し! さらに待つこと2週間、5月末の地元タウン紙に載った…

  • ●関東史跡行6 千葉城、頼朝上陸地、上総介広常墓

    間宮林蔵の生家・墓所を訪ねた日の夜。久々近藤勇ゆかりの地・流山にて旧友Kと邂逅 、昨年秋に逝去した旧友・竹内整一東大教授を偲びながら献杯す。▼流山の近藤勇陣屋…

  • ●塔影禮讃4 信州の4名塔、国宝あり&龍岡城五稜郭も

    「なにも京都や奈良へ行くこたぁねぇじゃんかよ!」「すげぇなぁ信州!」友人を信州の名刹・三重塔を案内した時、こんな感嘆の声が。然り!というわけで、早春三月に訪ね…

  • ●関東史跡行5 久留里城に新井白石像、勝浦城に於萬の方像

    「この天守は岡崎城がモデルですか?」「そうなんです」大多喜城から西へ10キロほど、山城本丸に模擬天守を擁した久留里城。 駐車場から天守までたどり着くのがけっこ…

  • ●関東史跡行4 本多忠勝がなぜ大多喜城主に?

    房総半島には天守をいただく城跡が多い。城の石垣は魅力的だが城門、土塀、櫓、そして天守。それが模擬天守であっても城跡を引き立てる。 大多喜市の大多喜城へ。 唐破…

  • ●関東史跡行3 間宮林蔵!

    「世界地図で唯一日本人名のついた地名、間宮海峡!」「間宮海峡」この印象は強かった、が、長く忘れていた。 茨城県龍ヶ崎市金龍寺の新田義貞墓所を訪ね、ここで初めて…

  • ●関東史跡行2 常陸・龍ヶ崎金龍寺の新田義貞墓所

    新田義貞への哀惜は、今も昔も変わらない。その無念さを晴らすがごとく各地に史跡・墓所が。常陸・龍ヶ崎の金龍寺義貞墓所へ。 昨年、群馬県太田市の金山城山麓に金龍寺…

  • ●関東史跡行 楯親忠墓碑、木曽三社神社

    「楯親忠(たてちかただ)さんの墓碑は群馬県にあると聞いてますが…」と、佐久市正法寺の方から情報を得た。 義仲四天王の一人楯親忠は、義仲とともに鎌倉軍との京都周…

  • ●塔影礼讃3 伊賀・開化寺、湖南・国宝常楽寺、湖東・金剛輪寺

    塔といえば三重塔と五重塔。その違いは?お釈迦さんの遺骨を塔の地下中央に納めてあることがそもそもの塔の存在。よって三重も五重も大きさも特に関係ないそうな。 私は…

  • ●嗚呼、岩殿城

    素晴らしき本丸というか、岩殿山山頂でした。しかし、難攻&難攻、足が、膝が、爪が痛くて痛くて、泣いた!よくぞ無事に帰還出来たと(嬉泣)。 好天無風に恵まれ、こん…

  • ●景徳院の惨劇、勝頼よ…

    新府城から、涙の森を経て、躑躅が崎の館を通りすごし…。勝頼一行は大善寺(甲州市勝沼)にその日の夜着到した。落ちる者多く、もはや二百人足らずになっていたとも。 …

  • ●武田勝頼、哀しき死路

    「新府城から岩殿城、勝頼さんの悲しみの道を行くってのはどうだや?」今年も田んぼ畔草刈りや庭木の伐採などなど、もろもろ世話になる高校時代からのわが友リュウちゃん…

  • ●塔影礼讃 知らなかった霊山寺、百済寺の三重塔

    奈良・霊山寺(りょうせんじ・奈良市中町)。私はなんと寺そのものをまったく知らずにいた。いわんや三重塔をや!唐招提寺、薬師寺から西へ2㌔ほどの地。このあたり来た…

  • ●塔影礼讃 奈良 当麻(たいま)寺東塔・西塔

    塔の立つお寺の風景がいつごろからか好きになった。塔の背に青空が、緑濃い木々が、碧き山々があれば、さらにまた美しく、素晴らしい! 東塔西塔といえば、奈良の薬師寺…

  • ●我が信州の義民多田加助(中萱嘉助)もぜひ

    将軍に直訴した義民・佐倉惣五郎と同じく、我が信州には「加助騒動」の中心人物義民・中萱嘉助(多田加助)がいた。この際、ぜひぜひお見知り願わしゅう! 教科書は、「…

  • ●忘れていた義民佐倉宗吾郎のこと

    逆井城を後にして、千葉県成田へ。このところすっかり、まったく忘れていた義民として名高い佐倉宗吾郎(木内宗吾郎)の史跡を訪ねた。因みに我が地元の信州安曇野市には…

  • ●亡き友を偲ぶ 埼玉古墳群 逆井城

    大学時代の友人の集まり(我々は四季の会と呼んでいる)の中心的リーダー、我が親友の亡き竹内整一東大名誉教授を偲ぶ会を埼玉県行田市で行った。みな大学時代の七人の仲…

  • ●薩摩の秀頼・幸村墓について投稿したところ…

    松本市・安曇野市などに配布される地元タウン紙「MGプレス」。ふだん歴史物の投稿エッセイはほとんど目にしない。「よってチャンス!なのか、よってダメなのか?」 い…

  • ●京都・豊国廟前に眠る幼子…八歳か

    薩摩に、秀頼墓を訪ねた時にふと思った。家康は秀頼が一子、国松をも断罪していることを。その後、国松の墓所を知った。それまでは深く考えもしなかった。 秀頼は母淀君…

  • ●松江城vs.我が松本城対決! これ如何に

    出雲・国宝松江城へ。7年前来たときはトントンと天守に登り、制覇したような気に。天守最上階から宍道湖を眺望してご満悦だった。今回は反省して天守に登らず、城内を巡…

  • ●奈良に眠る 熱く散って逝ったもののふ

        「治部少(石田三成)に                   過ぎたるもの二つあり                                  …

  • ●冬の大和路 三重塔巡り

    大和郡山市の松尾寺へ。奈良盆地西の山際の高台に位置する真言宗の古刹。寺の門を入ると。 わわわ、長い石段! こりゃ難儀だ、帰りも恐いが、行く! すると、樹木に守…

  • ●タイミングよく信濃毎日新聞から連絡が!

    ブログに大和三山についてあれやこれやとまとめている最中の数日前。信濃毎日新聞社の投稿欄の係の方から連絡が!「大和三山」載るって、ほほ、やったぁ!ブログアップは…

  • ●碧き空 征すぞ今日は 畝傍山!

    今冬、大和三山の一つ、畝傍山の頂を目指した。といっても200㍍足らずの山なのだが、昨夏は猛暑で麓にてダウン、しかも「まむし注意」の看板に怖気づいてすごすごと退…

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