長い間gooでブログを書いてきましたが、gooが店じまいするというので「はてな」に引っ越しました。ブログの仕様が異なり、よちよち運転ですが新天地で運転を始めました。ご興味のある方はまた読んでいただけると幸いです。どうぞよろしくお願いします。駅前糸脈店主敬白移転先住所https://higshimaru.hatenablog.com/https://higshimaru.hatenablog.com/引っ越しました
雨のせいで朝七時でも暗い。雨の大晦日になった、以前にも雨の大晦日は経験しているはずだが、いつのことだったか思い出せない。思い出そうとすると半世紀以上昔のことばかり脳裏に浮かんでくる。生まれ育った所と違う土地に根を下ろして四十数年、人生で一番長い期間を過ごしているのに、いまだに年末年始は故郷の記憶が大きい。この世に生を受けて幼少年期を過ごした土地の記憶は特別のようだ。いつも初詣は夜が明けてから近くの天満宮に行っていたのだが、中学生になり真夜中一時間歩いて友達と伊奈波神社まで初詣に行ったことがあった。寒く森閑とした夜の街をうっすら覚えている。雨が上がってきた。元旦は晴れるようだ。少しづつ馴染んできた近くの神社に初詣に行くことになるだろう。いつも大晦日になると去年今年貫く棒の如きものという虚子の句を思い出して成...雨の大晦日
異例力づくの国の代執行を見ていると、辺野古が例えば山口県や千葉県にあったら国はどう判断行動しただろうと考えてしまう。爪先や踵は胸や首に比べれば冷遇されているようだが、それも生き延びるためにはやむを得ないと個体は判断するらしい。しかし、踵に入った菌が全身に回り致死的病態になることはしばしばある。ちょっと生々し過ぎるかもしれないが沖縄の日本感、本土の沖縄観を俎上に上げる必要がありそうだ。踵などとは失礼だと言われる人は国の代執行をどう見ておられるのだろう。踏み込んだ議論が避けられていると感じる。踵感覚、踵の思い
台所でコーヒーや紅茶を入れ書斎までコップを持って階段を昇降するのだが、気を付けていても十回に一回くらいこぼすようになった。物忘れが脳の老化で一番気になる兆候ではあるが、他にもいろいろある。物忘れの一つに固有名詞が出てこないのがあり、あれそれが増える。家内もあれが出てこないのだが何のことかはわかるので話が通じてしまう。数えればきりがなさそうだが躓く、転ぶ、震える、落とす、むせる、こぼす、漏らす、細かい字が読めない、活舌が悪くなり聞き返される、聞き取りが悪く聞き返す・・。よくそれで現役で働いているなあと言われそうだが、仕事は緊張しているせいか、五十年やってきたせいか、若いスタッフの助けもあってちゃんとできている。若いと感じるスタッフも実は四十代五十代で、眼鏡を外して細かい字を読んだりしている。こぼすもあった
高々十五分ほどだが、電車に乗っていると妙なことが気になることがある。このところ寒いので女性もオーバーというかコートを着ている人が増えた。爺さん大きなお世話と言われそうだが、スカートが二十センチほどはみ出している人が居る。コートが短いのかスカートが長いのか、私の美的感覚からゆうと美しくないというか格好悪い。はみ出てもせいぜい数センチ、できればコートに覆われて見えない方がシルエットが綺麗だ。絵描きの端くれとして、見ず知らずの人の装いにも目が行く。スカートとオーバーコート
シンギュラリティというのは人工頭脳が進化していつか人間の知性を越える時が来るという仮説のことで、それは2045年と言われていた。今ではその時期がもう少し早い否シンギュラリティには到達できないという学者評論家も出てきているようだが、そもそも日本と欧米ではシンギュラリティに対する考え方というか感覚が大分違う。シンギュラリティに対する恐れ方が違うのだ。日本の研究者や評論家はシンギュラリティをそれほど恐れていない様子だ。それは恐らく絶対の一神感覚と八百万の神感覚の違いから来ているのではないかと思う。AIの知性に支配される人間世界をどう考えるかどう感じるか想像も理解も難しいのだが、既にかなりAIに毒された世界に生きている気はしている。私が学者や評論家を差し置いて指摘しておきたいのは、AIがシンギュラリティに近づくと...シンギュラリティの陥穽
軍の兵士が四十八時間で**名殺されたとイスラエルが大きく報道している。こんなにも数多くとまるでハマスへの敵愾心を煽っているように聞こえる。意識しているしていないに関わらず、結果として煽ることになっていると思う。誰にも忌み嫌うものが少しはあると思う。しかし、それに心を奪われ相手を殺そうなどと思うことはまずないだろう。一瞬心に浮かぶことがあるかもしれないが実行する人は極めて稀で、実行すれば法によって裁かれ社会は平和を保とうとする。歴史は殺戮に満ち、平和を保つのは容易でないのは明らかなのだが、平和な時があったのも事実で、しかもそれは数多くの人の智慧と心掛けによるものであったと思う。上手くゆかないことを何でも全て人のせいにするのは問題解決を放棄した浅薄で愚劣なことと思う。イスラエルにもハマスにも憎しみの連鎖を断つ...犠牲者数を競う愚劣
私は蕎麦派家内はうどん派なのだが、うどんが食べたくなる時もありそういう時はもっぱら丸亀製麺に行っていた。うどん派の家内はどういうものか丸亀製麺がさほど好みでなく(味よりも店の雰囲気があまり好きでないらしい)地元の蕎麦屋でうどんを注文していた。私は蕎麦屋のうどんよりもうどん専門店のうどんの方が好きなので、ややこしいことになっており希望が通らないこともある。なか卯といううどんのチェーン店がある。随分前に京都で一度入ったことがあるのだが、その時は合格点が付かず、ずっと敬遠していた。最近、近隣にもできたのでどんなものかなと久しぶりに入ってみた。丼ものに力を入れ始めているようで、目移りしてうどんではなく親子丼を注文してみた。よせばいいのに生卵まで注文し親子丼に生卵を掛け卵三昧にしてしまった。コレステロールが高いのに...なか卯の親子丼
大谷にも藤井にも、実は不得意な分野はあるはずなのだが殆んど取り上げられない。取り上げられても、可愛いなどと欠点も美点のように扱われる。この辺りがマスコミの怖いところで、事実で貶しているわけではないのに大谷や藤井の不得手言及は失礼けしからんという一辺倒になってしまう。実際には褒める持ち上げる方は少なく、貶し叩く方の一辺倒の方が多い。岸田首相も止まらぬ無能のように扱われ出している。中には事実を並べているようで実は意図的に持ち上げたり貶したりするユーチューブも多い。週刊誌にも、見出ししか知らないが、おそらくそうした傾向はあるだろう。新聞にはそうした傾向は少ないと読んでいる。黒か白か右か左かなどという二者択一は無茶というか浅薄で、間違い失策の元になると申し上げたい。人生を黒白で捉えたとしても、限りないグラデーショ...得意不得意も様々
暖房、エアコンの効きが悪い。おまけに僅かな隙間風が冷たい。普段は隙間風の存在に気が付かないが、今朝は隙間風が左頬を撫でているのが分かる。ようやく冬が来たと実感しているが、あまり年の瀬の気がしない。それが自分が年を取ったせいか、世の中に余りにもたくさんのことが並行して起きているせいか、よく分からない。四半世紀前は十か所の忘年会に出たが今は二つだけになったのも影響しているかな。それでもだんだん枚数が減ってゆく年賀はがきの準備もできたので明日できるだけ書いてしまおうと思っている。新聞に恒例の今年の三冊とか五冊が載り始めた。実際には中々読めるものではないが、一応目を通してメモした。三冊選んで冬休みにせめて一冊を読みたい。今年はどこにも出かけないので多分読めると思う。それにしても不穏な世の中の大事を、十年後二十年が...寒波が来ている
電車に乗っていると座っている半数以上の人がスマホを見ている。半ば寝ている人は結構おられるが意外におしゃべりしている人は少ない。まあ電車乗車中のスマホは許容できるが、駅の構内を歩きスマホされるのは危ないので止めて欲しい。私はスマホを見ながら突進してくるお兄さんお姉さんを避ける側なので、余計に強くそれを感じる。中には横断歩道を渡りながらスマホを見ているオヤジまで居る、危なくてしょうがない。阿保かと怒りさえ感じる。スマホインターネットの普及をもう止めることはできないのは確かだが、この調子で良いだろうかと不安もある。スマホ歩きの事故というのは実際にはないのだろうか?歩きスマホは危険
派閥を離脱、党を離脱はよく目にし耳にするが派閥に復帰、党に復帰は殆んど耳目を集める報道をされないし、話題にも上らない。自民党二階派の小泉法務大臣が火の手の上がる二階派を離脱しようとしている。離脱離党は自分に降りかかる火の粉を振り払うためあるいは派閥や党に迷惑を掛けないためという理由が殆んどだ。要するに追及の手を逃れはぐらかすための手段なのは明白だ。全く問題の解消にはなっておらず責任の一ミリも取っていない。しかし、言い逃れ責任逃れには有効らしい。しかもしばしばほとぼりが冷めると秘かに復帰する。所属していた時の問題は後から離脱しても、所属時の問題で離脱は解毒にはならないはずなのだが、この国では(外国のことは詳しくない)今は無所属というまじないが効いてしまう。国民は狡賢さに騙されているのだろうか?。事実に向き合...離脱で逃れられる?国
この二三日曇天で寒い日が続いている。冬らしいと言えば冬らしい。外気温は不明でも同じ温度設定の暖房の効きが悪くなってくるので、外が寒いのが分かる。贅沢と言っても大した金額ではなく、贅沢の内に入らないかもしれないが、サラダのドレッシングをいくつか取り揃えてサラダを食べている。この五、六年胡麻味ドレは飽きず必ず採用してきた。今のところ私には会津塩麴入りドレと胡麻ドレが最強の組み合わせになっている。おそらく全国にはもっといろいろなドレッシングがあると思うが近隣では精々ニ十種類くらいで一つの限界に達しているが、東京などに出た折りには新しいものを見付けたいと思っている。通販は期待外れも多いので手を出していない。こうしてドレッシングを工夫するとサラダはとてもおいしく食べられ、むしろ定番のサラダが楽しみなぐらいだ。何だか...小さな贅沢
地上波テレビを見ないしさほど繁華街に出かけるわけでもなく師走を感じる機会は少ないのだが、普段渋滞しない生活道路の渋滞から師走を感じる。なんで車で出る人が増えるのか、とにかく年の瀬になると道路が混むようになる。用もないのに与太郎まで出てくると言っては本当に仕事に忙しい人には失敬な言い草かもしれない。年を越すという感覚は日本人独特とは言わないまでも日本人は特に強く意識するようで、年内にという気持ちが出かける人を増やしているのだろう。年を越して切り替わると言う感覚は様々なことを水に流す日本人の感覚の源泉かもしれない。確かに嫌なことを忘れ新たな気持ちで取り組むのは生活の知恵に思えるが、殆んど犯罪の誤魔化しまでは忘れないで取り組んだほうが良い。世の中には一年では片付かない問題も多いからだ。来年から職場を変えることに...渋滞で感じる師走
GAFAが否応なく我々の生活に深く食い込んでいる。このうちFacebookは利用していないがグーグルアップルアマゾンは頻用しており、何だかぐるぐる巻きではなくグーグル巻きにされているように感じることもある。GAFAは今が盛りで数年で変わってゆくと思われるが、何といってもここまで大きくし世界を席巻した実行力には驚嘆する。アイデアは誰でもと言えば言い過ぎかもしれないが、特別優れたと言うか思い付けないものではなく、私も考えていたという経済学者や評論家が何人も居る。しかし、そういう人達はGAFAを自分では築けなかった訳で、結局実現力が物を言うのが実世界なのだ。真似してより優れたものを生み出すのが得意の日本がなぜGAFA改良版を生み出せなかったか、それは日本がこの三十年、実力が低下してきているのに驕り停滞して世界の...GAFAの世界
地獄というと大袈裟だが、相変わらず暗証番号とパスワードに悩まされている。一時期パスワードを十個ぐらいに整理したのだが、半年くらいするとパスワードを変えろと指示が出てくるため、結局覚えきれないものが出てきてしまう。暗証番号も六七個用意しているが、一年使わないと否半年使わないと忘れてしまいどれだったかなと立ち往生することになる。おまけに三回間違えると使えなくなります、再登録の手続きが必要ですなどと脅しが出てくるので、焦って余計に間違えてしまう。中には携帯に四桁の番号を送ってくるシステムや三十秒ごとに変わる6桁の番号を送らせるものもある。つまり二重三重に関門を設けて、悪用を防ごうとしているわけだ。そうすると正真正銘の本人も躓いてしまう。虹彩認証や顔面認証を採用してもらうと助かるのだが、意外にそうした認証システム...暗証番号とパスワード地獄
ネタニヤフが全世界の停戦をという声に逆らいハマスを撲滅するとイスラエル軍の南下侵攻を進めている。パレスチナ人の戦争犠牲者が増えるばかりだ。ハマスの方が正しいなどと言う気は毛頭ない。唯、イスラエル軍の方が兵器の数能力では圧倒的に勝っており、イスラエルとパレスチナの犠牲者の数はそれを反映していることは指摘しておきたい。ネタニヤフは間違っている。ネタニヤフはハマスを屈服させ撲滅すればこの争いが終了するとでも思っているのだろうか、思っていれば愚かだし、自分の政権下での勝利に固執しているとすれば恐ろしい人物と言わねばならない。ハマス撲滅でイスラエルが勝利しても憎しみが残る限り決して問題は解決しない。圧倒的な戦力による撲滅は多大な市民の犠牲者を出し憎しみを増大させることになる。悪者ハマスを撲滅するにはやむを得ない犠牲...ネタニヤフの間違い
なぜか人間には表情があり顔に気持ちが表れる。声にも、気持ちの動きが出る。欧米人は日本人は表情が乏しいように言うが、我々からすれば欧米人は目鼻立ちがくっきりしている割に表情は粗く読みにくい。おそらく子供の時から見慣れているので同胞の表情は細かく読めるようになるのだろう。勿論、中には忍者のように気配を消す人たちは無表情を装うらしいが、我々は無表情も表情の一つとして感じ警戒する。医師は患者の表情声音を読んでいるが、患者も医師の表情声音を読んでいる様子だ。これは非常に重要なコミュニケーションの方法になっている。言葉のようにまやかしたり修飾したりしにくいので、本音が出ると理解されている。岸田首相は比較的整った顔立ちで表情は乏しいようだが、この数か月の表情の変化は大きく、崖っぷちに立たされているのがよくわかる。表情声音に本心が
日本の現状をやたらと高評価する人達と危うい問題山積と言う人達と二つの流れがある。日本最高と触れ回る人達は意図的で実際の数はさほど多くはないようにも見えるけれども、ユーチューブの声としては結構大きい。勿論、無関心で情報不足の人達も多く、正確には三つの流れがあると言えそうだ。日本最高の部分はあると同意できる点もあるが、こういう主張をされる人達は**最低と他国を叩くのでどうも危ういと見ている。自分が正しい自分が偉いと臆面もなく主張する人達の感性には違和感を覚える。こうした人達には自分が悪うございましたとゆう感覚が欠けているようで怖い。流れの解離はとても危険で、解離性大動脈瘤はしばしば突然死の原因となる。取り敢えずは対流の圧を下げることが危険回避に有効とされる。解離は怖い病態
数日前午後絵の教室に行くので朝ジャンパーで出かけた。どういうわけか小学校の横断歩道の旗振りおじさんから「おはようございます」と挨拶しても返事がなかった。たまたま学童に気を取られていたせいかもしれないが、背広でない地味なジャンパー爺さんは目に入らなかったらしい?。おやおやと思ってしまった。患者さんを差別しないのを鉄則に診療しているが、ひょっとして服装で無意識のうちに扱いが変わることがないか、振り返る良い機会になった。患者さんを病気の緊急度以外で決して差別しないように心掛けてきた。概ねそれは実行出来ていたようで、あらゆる種類の患者さんが訪れてくれたと思う。勿論、中には昼間から酔っているような、訳の分からない自慢話をするような歓迎できない患者さん達もおられ、繰り返される時はそれなりの対応をさせてもらった。同業者...服装で変わる印象
十回以上引っ越しをしたので、その都度何か失くしてきた。直接引っ越しに関係ないかもしれないが引っ越しのせいで失くしたと思っているものもある。この二十五年は引っ越しをしていないが、探しても見つからないものがいくつもある。失くしたことさえ自覚と記憶のないものも数多いと思う。幸いというか当然と言うか免許証類は大切に保管しているので失くしたことはないが、本、工具、コンピューター関連の小道具は何十と失くしている。さすがにコンピューター本体やステレオ、自転車など大きなものを失くしたことはない。今は外付けのディスクリーダーを探しているのだが見つからず困っている。USB接続のメモリー媒体の容量が大きくなったせいか、最近のコンピュータにはディスクリーダーが付いていない。失くすのは二回目だ。だから二つどこかに眠っているはずなの...失くすと見つからないの違い
物流に問題が生じている。これから改善に向かうわけではなく、もっと渋滞するらしい。物流に携わる人達の労働条件を適正化すると人手不足になるのだ。つまりトラックの運転手など・・物の運送を担う人達は過重労働を強いられておりそれを是正すると、物流が滞ることになってしまう。食料や電気製品などは電子メイルで送ることができない。一方どこそこへ何時に届けよという指示は電子メイルで瞬時に送られて来る、実際に動く方が追い付かず人出が足りなくなる。こうなることは十年以上も前から分かっていたのに、変化を嫌い(既得権にしがみつき)抜け道骨抜きが得意、周りは見て見ぬ振りで先延ばしにするので、結局切羽詰まってしまう。変化を嫌い抜け道骨抜きが得意、周りは見て見ぬ振りで先延ばしというのが日本の二十一世紀病の原因(外国のことはよく知らない)な...物流停滞の処方箋
大谷がロスアンジェエルス・ドジャースへ移籍する。結局、下馬評通りだったわけで、なーんだというかやっぱりという感じもする。名門強豪のドジャースに全く文句はないが、ロスアンジェルス西海岸にはちょっぴり残念な気がする。何が一番の決め手だったのだろうか?。恵まれた気候、日本人日系人メキシコ系も多い明るくだだっ広いハリウッドのある街、確かにアメリカらしいと言えばアメリカらしいのだが、シカゴやニューヨークも面白かったと思う。ドジャースに決まったからには優勝争いに絡むだけでなく、ワールドシリーズで優勝して欲しい。蓋を開けてみれば
元々大して信用のなかった政治家だが、政治家特に自民党の多くの政治家の信用が地に落ちた。裏金を悪用、都合の悪いことを誤魔化しはぐらかそうとする。安倍菅岸田政権の内実に暗雲が立ち込め、政治が全く信頼できなくなってきた。勿論、医師や看護師にも不心得者は居るが極く少数に留まり、診療の現場では自浄作用が働いている。不誠実不勉強な医療者は淘汰されてゆく。医療だけはと言えば口幅ったいが、ライフラインに関わる仕事の信頼は失わせてはならないと強く感じている。少なくとも医療だけは
消化器内科(消化管)の専門医は胃や大腸の内視鏡をする。内科医でありながらというのは変な言い方だが、手の技術を持っておられるわけだ。そうした手の技術を持ち合わせていない内科医はそれをちょっと羨ましく感じることもある。多くの内科医が身に付けている診断技術はそうした目に見えて分かりやすい形ではなく地味なものが多く同業者でも内視鏡を操る医師を格好良いと感ずることがある。内視鏡の手技は外科の手術に多少似通ったところがあるようで多くの消化器外科医も内視鏡をやられる。消化器内科(消化管)にはやや外科的な要素があるのかもしれない。内視鏡を手の技術と表現したが優れた手の技術には脳力が必須なのは言うまでもない。目に見える手の技術
大谷翔平がどこの球団に行くか。スポーツニュースはお得意の思わせぶりの見出しで決まったかのように流れている。ドジャースとかブルージェイズで決まりだなどと報道されているが、翔平はポーカーフェイスで自宅で犬と戯れており、本心は分からない。個人的にはカブスを推しているのだが、どうも可能性は低いように報道されている。シカゴは十分大谷を擁するに相応しい、大きく歴史のあるアメリカらしい街なのだが、どんなものか。大谷の選別基準を知りたいのだが、内心がよく分からない。契約金額で動く男ではないと思う。大谷はどこに行っても周りを明るく元気づけてくれるのだが、大輪の花だから地方都市よりもシカゴのような大きく伝統のある街の方が似つかわしいと思う。どうなるか、数日中に分かりそうだ。大谷の行方
今朝は曇っていていくらか寒さが和らいで感じられる。十二月に入って急に冷え込むようになった。忘れていた冬の寒さがどこか懐かしい。しばらく前までは活字中毒を自認公言していたが、めっきり活字を追わなくなった。一応今年の収穫と言われるフィクションノンフィクション類をチェックはしているが、今のところ購入計画もなく、高齢者になって一時読むようになった小説も読まなくなっている。どうももう少し忙しくないと本に手が伸びないようだ。ノンフィクションという分類に少し疑問が湧いてきている、というのはこの頃は濃淡はあるがノンフィクションにはフィクションが混在していると思うようになったからだ。さすがに物理数学は99.99・・%仮説や定義で固い世界と思うが、政治経済系統のノンフィクションはノンフィクションに分類されるフィクションのよう...ノンフィクションというフィクション
医学は随分進歩し、癌も治療可能でかなり治るようになった。早期がんは完治すると言っても過言ではない。遺憾なことに社会の病気治療には進歩が殆んど見られない。社会の歪腐敗にも早期発見早期治療が鉄則なのは身体の病気と同じはずなのだが、今の日本の状況は手遅れに向かっているように見える。現在明らかに日本社会が停滞し始めているのに、政府は十分な対応策を取っていない。どの程度の人がそれに気付いておられるだろうか。大阪万博の費用がいつの間にか倍に膨らんでいる。誰がそのお金を負担するのか、世の中が停滞し始めている今、他に使い道があるのではないか。今や不適当になったイベントを推し進めようとする背後に権力と金のあるところにたかり、おこぼれにあずかろうとする人達が居るように思えてしまう。たかりおこぼれに預かろうとするのも民意ではあ...早期治療困難?社会の病気
羽生九段は将棋連盟の会長になっても強い。今年の春頃から昨年Bクラスに陥落した低迷から復活してきた。先日の達人戦で優勝し会長が自らを表彰すると言う珍事を実現させている。これは低迷が年齢的な能力の衰えではなく不調にすぎなかったことを示している。(勝負の世界では不調が長引くと衰えたと判定される)。復活のきっかけは傍目には藤井八冠の存在活躍が刺激になっているように見える。おそらくこれは事実で、前代未聞の強さを見せる藤井に挑戦してみようという意欲が羽生九段の再生をもたらしたと推測する。将棋連盟の会長職をやることにし、実際に会長になっても成績が落ちないのは羽生的で羽生九段の将棋の強さとつながるものがあると思う。並みの棋士否超一流の棋士でも会長職に就くと成績が落ちるもので、まさに適任だった前会長の佐藤康光九段も後半不祥...羽生九段の強さ
大塚家具は創業者間の高級路線からカジュアル路線への営業方針変換対立から失速低迷しヤマダ電機に吸収された。ニトリに競り負けたわけだ。何がどう間違っていたのかは経営の専門家ではないので分からないが、大塚家具は元々の方針で生き延びることができたのではと思う。というのは良い家具がある程度の値段になるのはやむを得ないとゆうか当然だからだ。ダイニングテーブルにどの程度流行を感ずるものか、私は五十年使えるものが良いと考える。家具というものは五十年使えるというか使うのが当然のもので、お爺さんお婆さんが使っていたものとして孫たちに受け継いでほしいくらいだ。使えば使うほど味が出る、良い家具は歴史を担うことができる。それと家具を買うのにはためつすがめつと選ぶ楽しみがある。大塚家具は店員の接遇も良く専門知識も豊富で買う楽しみがあ...飛ぶ鳥に疑問
今年の師走は暖かいと書いたら昨夜は結構冷え込んだ。天気予報を見てから書けばよかった。まあしかし、冬は寒い方が冬らしくていい。北国では暖はもてなしと聞く。暖かい汁物が身体が温まり一層美味しく感じられる。最近は携帯無しでは生活できなくなった。後期高齢者でもお持ちの方が増えた。五十歳否六十歳以下では必需品で四十歳以下ではそれこそ財布並みに大切なものになっているのではないか。後期高齢者の私でも忘れると取りに帰るくらいだ。人間の記憶というのはまだらで望洋としており重大なことや感激したことは鮮明に憶えていても、携帯電話の普及していない三十年前の日常生活がどんなだったか意外に憶えていない。携帯電話は便利で生活を大きく変えたが、一体何がどのようにとなるととても一言では表現できない。ラジオ、テレビ、パソコン、携帯と電子通信...電子通信のもたらす変化
今日から十二月、例年より暖かく感じる。何となくせわしなく感じる時期なのだが、街はいまひとつ活気がない。新型コロナ五類変更に加え実際の感染数もこの数週間減ってきているのだが、商店街の賑わいはさほどでない。ただどういうものか外国人(欧米人?)が目立つ、なんでこんな地方都市にと不思議な気がするが、今までに経験したことのない数とすれ違う。身体が大きく、目鼻立ちがはっきりしているので目立つから実際の数よりも多く感じているかもしれない。おそらく円安の影響があるのではないかと思う。ユーチューブで見ると概ね日本に対して良い印象を持って帰ってゆくようで嬉しいが、果たして日本人の方は海外旅行がそれほど増えたとは報道されておらず、日本人の外国理解が深まっているかは疑問だ。インターネットが進歩して国境を越えた情報が溢れるほど入っ...師走の街に数多い外国人
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長い間gooでブログを書いてきましたが、gooが店じまいするというので「はてな」に引っ越しました。ブログの仕様が異なり、よちよち運転ですが新天地で運転を始めました。ご興味のある方はまた読んでいただけると幸いです。どうぞよろしくお願いします。駅前糸脈店主敬白移転先住所https://higshimaru.hatenablog.com/https://higshimaru.hatenablog.com/引っ越しました
gooがブログを止めるというので引っ越しを始めた。うまく行くかどうか手探りだが、「はてな」に引っ越すことにした。新天地でさてどうなることか。お名残り惜しいが、心機一転。取り敢えずご報告。引っ越します。
家内が夕飯作りに草臥れたというので、老夫婦で回転寿しに行った。私は光り物中心に八皿、家内も巻物デザートなど八皿で合わせて十六皿。会計は三枚でお釣りが来て嬉しかった。お腹が空いていても十皿が限界なのだが、隣の若い二人連れは三十皿近く積み上げていた。男性の方は中肉中背で大食らいには見えないのだが、一人で二十皿くらい平らげていた。自分も二十歳の頃はあれくらい食べられたと思う。若い力を目の当たりにした。隣の客はよく食う客だ
敵愾心を煽るのが得意な人達が活躍している。妬み辛み恨みを利用して他者を非難し不平不満を掬い取り、それで稼いだり支持を取り付けたりしている。人間には劣情がある。それを利用した戦術なのだ。昔、小学校でそれは醜いこと慎むべきことと教わったのでその感覚が身に染みている。それが絶対に正しいことかどうかは分からないが、それに人類の知恵が詰まっているのは確かだと思う。何でもあり、とにかく数を集めれば勝ち?の世の中では、人類の知恵がかき消されてしまう。今だけ金だけ自分だけには同感できない、明日もあなたも思いやりも大切だと思うのだが。敵愾心を煽る戦術
高い関税は脅しだろうと高をくくっていたら同盟国?にも掛け始め、どうも本気らしいと身構えたら僅か二週間で腰砕け、やっぱり脅しで交渉の手札だったと思わせる兆候が表れてきた。猫の目トランプに振り回される世界だが、アメリカが信頼できない国になったのは間違いなく世界秩序は変容した。色々な人が指摘しているようにこのピンチは日本が変わるチャンスだ。歴史の知識は乏しいが、日本は変わらない変われない国だいうことは歴史から分かる。革新する信長のような人物は例外で、故に本能寺の変が起きたと観測している。いつも変化をもたらしたのは外圧で、トランプは大きな外圧と捉えられる。これを利用して変らないと日本はじり貧になる。先送り隠蔽体質の自民党では駄目だ。ではどこにと代わる政党がないようでも変えないと、トランプがもたらした秩序破壊という...トランプという外圧
趣味は何ですかという問いに旅行という答えを時々見たり聞いたりする。今はそうでもないが、以前は旅行って趣味でするものかなあと妙な感じがした。史跡を巡るとか旨いものを食べに行くとか言われれば成程感が出てくるのだが、漫然と旅行が趣味と言われるとピンとこなかった。知らない土地に行ってみたいという好奇心が根底にあるのだろう。中には世界一周に出かける人もおられる。さすがに世界一周となると趣味を越えるようで半ば本業になってしまうようだ。世に転勤族と呼ばれる人達が居られる。お付き合いのある薬品メーカーの人はみなさん全国を何か所か転々とされており、住んだ土地の話を聞かせてもらうのは楽しかった。世の中で言われていることは概ね正確なようで、九州博多は良いですね。引退するなら静岡でしょうか。名古屋京都はやりにくいですと言われる。...旅行が趣味
備蓄米を放出しても米価が下がらない。価格は需要と供給で決まると思っていたのだが、何か別の絡繰りがあるらしい。米作の調整をしてきた政府は、この謎を解明して国民に説明する義務と責任がある。米食を減らして食パンやスパゲッティにしているという主婦がテレビに出ていた。需要が抑えられているのに米価が下がらない、どういうこと?。農家の販売価格が消費者の手に届く間に、どのように変化してゆくのか調査をして報道してほしい。もし米が不足しているのなら、備蓄米をすべて放出すればよい。新たな備蓄米は安くアメリカから輸入すればよい。カルフォルニア米は安くて十分美味しい。何故米価が下がらない
内科学会総会で大阪に行ってきた。自宅でオンラインでも受講できるのだが、長年の習慣で家内を連れて大阪に一泊した。私は勉強、家内は買い物。新幹線は半分が外国人で、何だか外国旅行気分だった。欧米人はともかく、どこかの国の人はエスカレータの乗り口を塞いで立ち話、思わず通り道ですと注意しようとしたら日本語ではなかった。大阪は二年振り、同じ大都会でもどこか東京とは違う。東京より立て込んでビルが多い、広告が多い、緑が少ない。関西と一口にいうが、関西はひとまとめにできない、京都大阪神戸で違うのだ。微妙というより大きく違う。好きかと言われると、すぐには返事ができないが、大阪にはエネルギーを感じる。大げさかもしれないが快適な新幹線乗って大阪の街を歩いて、まだ日本は大丈夫と感じた。大阪と新幹線
鶯の泣き声が聞こえる。初心者のはずだがきちんとホーホケキョと聞こえる。どこかで練習してから来たのだろうか。三月にも聞こえていた記憶があるから、きっとそうなのだろう。まだ時々冷え込むが、ずいぶん暖かくなった。桜も散り、あっという間に緑の若葉に置き換わり桜の木だった面影は消え、なんだか不思議な感じがする。そういえば今年はまだ桜餅を食べていない。柏餅に変わる前に食べておきたい。春夏秋冬と四季の味わえる日本だが、春は短い。五月は初夏で夏に入る気がする。新緑、青壮年には意欲の湧く季節なのだが、高齢者には少し重い。心が沈みがちの鬱傾向の人にも付いてゆけない感じがするようだ。多様を受け入れる柔らかい世の中がいい。鶯が鳴いている
トランプ大統領はあたふたと言うことが変わるが、実はこれも策略で裏に深い狙いを持っていると解釈する解説者が居る一方、ころころ変わるのは場当たりの表れで関税に捉われた視野の狭い愚策だと断ずる解説者も居る。当初、私もひょっとして深い戦略があるかもしれないと思わされたが、ここまで言うことがころころ変わると単なる乱心と思えてきた。誤った現状認識に基づいた愚策でパンドラの箱を開けて世界をカオスに陥らせた人物として記憶されることになるのではないか。しかしながら、決して自分の間違いを認めたり悪かったと謝罪しないから厄介だ。うまく行くと自分の手柄うまく行かないと誰か他者のせいにする。そうして岩盤支持層は繋ぎ留められ、一定の評価をする人たちは途切れないだろう。いくら何でも猫の目では
手品師ではないけれども、あまり手の内は明かさないほうが良いかもしれない。でもまあ、知って貰うのと理解が深まるかもしれない。病気というのは嫌なもので、中でも質の悪い病気は診る方も負担が大きい。有難いことに医学は進歩しており、癌と言えば死刑宣告のように響いた時代は過ぎ去り、早期のがんは治る時代に進行したがんもかなり生きながらえることができる時代になった。そうはいっても人間は心配から逃れることはできない。後医は名医と言われるように、早期に疾患を見付け適切に対処することは難しい。病気が少し進行してから診断することはさほど難しくない。市井の開業医はできる検査は限られているし、早期の疾患を診ることが多いので、簡単そうに見えるかもしれないが実は中々難しい。なんでも気軽に話せてご心配ありませんよと言ってくれる先生と思われ...手の内
見出しに本当や真相が踊る。実際に記事を読んでみると、たいてい本当や真相は書かれていない。そう思わせる状況や思惑が書かれているだけだ。人の目を引く釣り見出しなのだが、人はそれに釣られるし状況思惑でそうなのだと納得してしまう人も多い。どうも人間の遺伝子の中に話を信じてしまう思考回路が組み込まれているらしい。世に悪知恵のある人物は多く絶えることはない。どうすれば怪しい話うまい話・・に踊らされることから逃れられるだろうか。歴史と経験に学ぶことがその方策の一つなのは間違いない。万年の歴史から学ぶことは難しいかもしれないが千年の歴史からは学べる。千年の経験は不可能だが祖父母の伝聞まで広げれば百年の経験に手は届く、各々方今はその時と申し上げたい。本当と真相の語るもの
長くgooでブログを書いてきたが、gooがブログサービスを止めるという。どうしたものか。これが潮時とブログを辞めるか、あるいはどこかに移転するか。最初はブログというものがあるそうなと聞き、自分もやってみようと始めたのだが、いつの間にか習慣となり幾許かの仲間というか知己もでき、ボケ防止とストレス解消の効果もあり続けてきた。毎日三、四十分ばかり、最近は日記のように書いていた。サービス中止まで数か月あるので、一か月くらいどうするか考えたい。どうするか、思案投げ首
ユーチューブから世の中の情報を得るようになって三年ほど経つ、新聞は全国紙二紙を読んでいるが地上波テレビはほとんど見なくなった。ユーチューブの登録チャンネル数は三百くらいあり、ほぼ毎日チェックするものからニ三か月に一度チェックするものまで色々だ。三百以上はあまり増えない。というのは月にいくつか新たに登録するが同じくらい登録を外すものがあるからだ。視聴登録数がみるみる増えたチャンネルにPIVOTがある。比較的中立で経済に力点が置かれている。ゲストが適切でインタビュアーの質問も的を得ていて聞いてみたいことを聞いてくれる点が視聴者が増えている理由と思われる。竹下隆一郎氏が抜けても勢いに陰りはない様子だが、それには新しい魅力的な女性陣の力が与っているようだ。移転した竹下氏のCROSSDIGがどの程度伸びるか不明だが...PIVOTはPIVOT
友人のS氏がコーヒーに凝りだし、豆を挽いて飲むと美味しいですよと言われるので自分も豆を挽いて飲みだした。実は二十年ほど前は自分も豆を挽いて飲んでいたのだが、ちょっと億劫になり最近はインスタントを飲んでいた。まあ最初はブラジルが良いかとブラジルから始め次いでグアテマラと飲んでみた。確かに香りがよく美味しい。ちょっと手間がかかるが色々な豆を試す楽しみもある。さて次はと迷っていたら、今月お得なのはペルー産ですというのでそれを買ってきた。お得と言ってもコーヒー豆は高騰しており100g700円もした。ペルーMべロニカ、果たしてどういう味がするだろう。職場に着いたら早速飲んでみたい。ペルーMベロニカは初めて飲んだが、マイルドで苦みは少なくわずかな酸味に旨味があり飲みやすく美味しかった。単独もよいがケーキも合いそうだ。ペルーのコーヒー
左足の親指が腫れて痛く、この二三日びっこを引いている。痛風だねというのが医者の反応だろう。ところが後期高齢者の場合違うことも多いのだ。実は階段を登る時、左足が思ったほど上がっておらず躓いてしこたま親趾を打撲してしまったのだ。幸いあと二段ほどだったので、二階に倒れこみ階段から落ちるのは免れたのだが、打撲の後遺症でびっこを引いている。年を取ると僅か1cmのことだが足が思ったほど上がっていないことが起きる。以前にも軽く躓くことがあり、気を付けていたのだが今回に懲りて、今は意識して足を挙げて兵隊の行進のように階段を登っている。それと階段は真ん中は歩かず手摺のそばを昇降している。転倒は高齢者に思わぬ障害をきたすことが多い。いつも段差にはご注意と申し上げているのに、自分が怪我をしてしまった。極めて遺憾だ。左足の親指が腫れて痛い
ユーチューブで政治経済の解説を視聴している。皆さん色々なことを言われる。バランスの取れた視野の広いものよりも自分の主張が正しいというニュアンスのあるものの方が多いかもしれない。そうしたユーチューブも結構な視聴回数なので、そういうものかと思っている。何十万という視聴回数を持つものには色々なゲストに様々な視点から解説を聞くバランスの取れた公平客観的な感じのものが多い。そうしたチャンネルに登場する中で成程と感じることを言われる三人に注目している。それはエミンユルマズ、ジョゼフクラフト、モーリーロバートソンの御三方だ。日本語も日本人以上に巧みで、見方はそれぞれ違うのだけれども視野が広く鋭いことを指摘される。ロジカルでしがらみがないせいかもしれない。とても参考になる。外国名だけれども
結構涼しいというか寒いといってもいい日が多かったので桜が長持ちした。入学式の日にも満開の桜が見られた様子だ。地方によって新学期の日は異なるようだが七日八日のところが多かったのではないか。七十年前で今では記憶も薄れたが、自分が小学校に入った日にも桜が咲いていたと思う。大した風もないのに桜は散る、桜吹雪の中を出勤している。株価が乱高下し、経済学者から評論家、素人のはずなのに色々口をはさむ人まで百家争鳴で解釈予想がネットで乱舞している。私も爺のつぶやきに過ぎないが、政治経済のことを書くので人間には世の中のことを色々気にしたり考えたりして発言したい性質を持った人間が居るのだと分かる。女性も居るが男の方が多い。自分の場合、多少のストレス発散になっている気がする。百家争鳴に参加
トランプ関税発表直後、証券アナリストの多くは米株価は下がるが日本株の下げは大きくない、35000円で底だなど色々勝手なことを言っていた。ところが、株価は下げ続けて大きく下落した。一体どこが専門家なのだろう。確かに明日のことはわからないのだが、わからなさにも専門性があると思っていたがトランプが相手では考えても分からないということか。トランプの関税は単なる脅しで、米株価下落を気にするから実際には高い関税は掛けないと言われていたが、現実は株価暴落もなんのそのしばらくすれば回復する我慢しろと突っ走っている。トランプ自身は意図も予期もしていなかったと思うが、パンドラの箱を開けてしまった。アメリカには頼れないアメリカは信用できないというパラダイムシフトが起き始めている。日本の政治家も経済人もまだそこまでは考えていない...パンドラの箱を開けた
このところ外食が増えている。外食で困るのは、家内が食べきれないからと私に色々呉れることだ。食べようと思えば食べられるし残してはいけないと教えられて育ったので食べ残すのも気が進まない。ダイエットが中断されて大袈裟だが遺憾だ。この頃は無念だが断っている。日本では食べきれなかった分を持ち帰るのが難しい、言い出しにくい、嫌な顔をされる、断られる。勿論、どうぞというところもあるが。小食者用というか高齢者人口も増えたことだし高齢者用の七分目の量のメニューを作って欲しい。採算的に難しいのは分かるので値段は一二割引きで文句は言わない。ところが実際には単に量を減らしただけのメニューは出しにくいらしく、殆んどの店で見かけない。もっと客の多様性を考えてと申し上げたい。家内は写真のリンゴは毒林檎というが本当だろうか?。毒林檎の苗...できないものか?
遠い昔、寛容と忍耐と説いた首相が居られた。それに習い、異なった異なった意見にも耳を傾けるのを信条としてきた。しかし高齢者になってくるとあにはからんや円熟とは参らず、少しづつ忍耐力の衰えを感じるようになった。年を重ねると穏やかな達観の境地が訪れるというのは希望的観測のように思われる。私が残念な例外という可能性もあるが、どうもそういうわけでもなく寛容はともかく忍耐力は年と共に衰える傾向があるように感じ観測している。尤も、判断力が付いて評価に値しない意見に貴重な時間を使わなくなったと言えるかもしれない。いづれにしても、この人の言うことは聞いていられないと思う人が増えた。勿論、一二割は頷ける意見や考え方を含んでいるのだが根本のところで堪えきれない軋轢音を発生するのだ。堪え性がなくなる
限られた経験だが、四十代と思しき歯科衛生士にお目にかかったことがない。殆んどの歯科衛生士さんは二十代だった気がする。今お世話になっている歯科の衛生士さんは二十四、五、六才の気がする。歯科衛生士さんは普段はあり得ない距離でお顔を拝見できる。見まいと思っても腕や首が目の前に迫ってくる。日本人女性はと言っても外人をよく知っているわけではないが肌が細かく美しい。若いから皺がなく大袈裟かもしれないが若さで輝いている。何故歯科衛生士は若い女性ばかりなのか知らないが、アラフォーだと再雇用の口がないのかなと推測する。歯科衛生士は若い
まさかということが起きた。人類とは思えない強さの藤井八冠が伊藤匠七段に敗れ七冠になってしまった。今期に入り永瀬九段などにやや不調ではと言われていたのだが、調子を落としていたのだろうか。勝勢から逆転負けするなんて、今までの藤井には考えられないことだ。大谷も一時通訳の不祥事で調子を落としていた。やはり二人とも人間だった。伊藤が勝てるならと端から気勢を削がれていた棋士達が新たな戦略で向かってくるだろうから、藤井七冠もこれから大変だろう。しかし、タイトルの数など気にせず目の前の一局に全力を注ぐ人柄なのでこれからも名勝負を楽しませて貰えると思う。十一連敗からの奪取、師匠はありがたいね。師匠の宮田八段は伊藤が勝ちますと断言していた。藤井敗れる
五十年以上の長い記憶のある国民は、とりあえず平和そうな日本も内実はあちこちガタが来ていると思われているのではないだろうか。特に劣化しているのは政治家だが、もう一つ改革が必要なのはマスコミだ。自立しておらず金と権力におもねる姿勢が透けて見える。政治資金規正法が成立したが、形だけの改善で抜け穴だらけのザル法だ。十年後に領収書を公開するなど何の意味もない。しかも一部は黒塗りだ。それを衆議院賛成参議院反対と支離滅裂な維新の馬場代表が得々と支持している。阿保らしくて話にならない。国会中継の党首討論で岸田首相の答弁を聞いていると国民よりも自民党議員を守っているのがよく分かる。日本の政治家は選挙のことしか考えていないという米国投資家の批判は当たっている。情報が操作されては票が資金力で左右されてしまう。政治家とマスコミ
新型コロナがここにきて再びやや増加し始めたようだ。地方都市の一診療所の報告だからどこまで正確に全体像を伝えているか不明だが、今日複数の陽性者が出た。死亡率を下げて生き延びようとするウイルスの戦略は恐るべきもので、インフルエンザの向こうを張る存在になりつつある。嫌なものは早く忘れたいのが人間の心性ではあるが、厚労省はそうであってはならず科学的に粘り強く対応していただかねばならない。災害は忘れた頃にやってくるが、悪疫は忘れようとすると盛り返すから油断は禁物なのだ。新型コロナくすぶり続けている
今朝は本降りで風があり、なかなか辛い駅までの歩きだった。株式投資で大儲けするのは五十人に一人程度と言われている。ギャンブルはどうだろう。似たようなものと思われる。困ったことに?、この五十人に一人の人達があたかも二人に一人居るようにうまい話が喧伝されている。証券会社や株予想で仕事されている人は、素人が株投資すると損しますよとは言わない。儲かりますよと上がりそうな銘柄を紹介しても必ず小声で買う時は自己責任でと釘を刺している。政治家も似たようなもので、不都合なことは言わない。アべノミクスで大企業が儲かればおこぼれがあると聞いたが嘘だった。嘘だったと責めれば**が悪かったせいだと上手に責任を逃れる。まあ嘘と言えば聞こえが悪いが夢と言えば美しく響く。夢を売る仕事と言われてしまうと咎めにくくなる。夢とまでは言わず商売...五十人に一人
距離と時間は長く生きて居ると短くなる。自分を尺度にするから、短く感じるようになるわけだ。唯、距離は交通機関の発達もあるから科学技術の進歩も与っている。一年が短くなった一か月が短くなったと感じるわけだが、この頃は一時間が短くなったと感じる。一週間が早くなったとよく聞くが一時間が短くなったというのはあまり聞かない。しかし、自分はこの頃一時間が短くなったと感じる。そのうち一分が短くなったなどと言い出すかもしれない。短く早く感じる
愛飲するウイスキーがボトルにあと半分、まだ半分あるという人ともう半分しかないという人が居る。中にはちょうど半分だという散文家も居るだろう。還暦が人生の感慨深い通過点だったのは半世紀前のこと、今では赤いちゃんちゃんこを着る人は殆んどいないだろうが、六十になった時あと四分の一かと鬼が笑うようなことを思ったものだ。今ではあとどれくらいなどという、逆立ちしてもどのみち残り少ない年月を思いめぐらすことはなくなった。行けるところまでというのが、多くのご同輩の心境だと推察する。それにしてもバイデンとトランプは外れている。トランプと同い年の自分は顧問はできても社長院長大統領・・トップは難しいと断言できる。半分はどれだけ
寒い時に暖かい食べ物が美味しいように、暑い時には冷たいものが美味しい。何時からかき氷が庶民の御馳走になったか知らないが、慌てて食べると額がツーンとするかき氷では宇治金時が一番好きだ。同意される方も多かろう。これが許せんことにかなりお値段が張るのだ。子供の頃どころか成人してもしばらくは簡単には手が出なかった。せんじと言って分かる人はどれくらい居られるだろう。宇治金時に手が出ないころはもっぱらせんじを頼んでいた。ぜんざい、お汁粉は全国的に通じると思うが、大判焼きやせんじは全国版ではないのを故郷を出て初めて知った。暑い日には冷たいものが美味しい
痩せる方法は数えれば何百もあり、色々な人が本やユーチューブ動画で提案している。何百種類といっても基本的なところは似ており、数種類にまとめられる。ただ、独自性を出すためや商業的な思惑があって、少しづつ変えている変わっているだけだ。食事と運動が基本でそれに睡眠時間や仕事と自宅での生活習慣と体質が加わる。ではなぜ、それほど沢山の方法があるのに中々痩せられない人が多いかというと結局はきちんと実行できない人が多いからだ。肥満された患者さんに受診された時注意をすればできない言い訳があれこれ返ってくる。強く言えば反発する人嫌がられる人も多く、その塩梅は難しい。高脂血症や高血圧症でコレステロールの多い食品や塩辛い味付けを避けるように減らすように説明しても、中々守れない人も多い。幸い今はとても良い薬があるので、食事が厳格に...人間は思うようにできない
街中の蕎麦屋中華料理屋・・を選ぶ時は、味と値段そして雰囲気で決めてゆくわけだが、まず選び損ないというか失敗というのはないと思う。自分が気に入ればそれでよいわけで違ったということもあるかもしれないがそれは非常に稀だろう。ところが医者や歯医者選びでは時々間違いが起きる。というのは食べ物の美味しさと違い医者や歯医者の能力得意分野は素人には分かりにくいからだ。後期高齢者になって、年に二回歯の点検と歯の磨き方の指導を受けているが、もっと早く今の先生のところに来ればよかったと後悔している。そうすれば多分抜かないで済んだ歯が何本もあるのではと思う。店の選び方
今朝は比較的涼しい。季節感覚を失ってしまったように感じる、季節がはっきりしない日が時々紛れ込むようになった。今日の日付が答えられない認知症が忍び寄るお年寄りに今何月ですかとお聞きすることがある。それも答えられないと今の季節は春夏秋冬のいつですかと聞く。季節くらいは分かるだろうと思っても結構外す患者さんが居られる。挨拶など普通にできるのにと意外に感じるが、この頃は気温の上がり下がりが大きく陽気が不安定なので、間違えるのもしょうがない気もする。冷やし中華に柏餅と食べ物屋は供するもので季節を告げるが、医院では六月になってもインフルエンザBが出たりして、医者が目をこすって何度も結果を見つめている。今、何時だい
五、六年前に比べたらユーチューブを見るようになったので、少しはマスコミで話題になる人を識別できるようになった。人物と同じように時々見かけ聞きかじる知らない言葉の意味もある程度分かるようになった。知らない言葉は文脈から何となく意味が分かることもあるが、キーボードを叩いて意味を調べないと分からないことも多い。たとえばリスキリング、ディスルなど分かったような分からない言葉も解するようになった。勿論、こうした言葉は知らなくても生活できるが、世の中の流れ雰囲気を理解するには、知っておいた方が良さそうだ。しかしなぜカタカナ英語と言うか短縮語を使うのか、どこかに上滑りで済ましじっくり深く考えるのを避ける風潮があるようだ。その背景に情報過多があるのは間違いない。知らない人と知らない言葉
東京都知事選挙、蓮舫VS小池百合子の一騎打ちだったはずだが、予想通りの貶し合いというか悪口の言い合いで、それが飛び込み参戦の石丸氏に有利に働き三つ巴になりそうな気配だ。尤も石丸氏も人気が出ればどこからか否定的な情報が出てきて叩かれるだろう。ドレッシングというのはサラダの材料本来の味を引き出し引き立たせ美味しくするもののはずだが、東京都知事選では不味い苦い悪臭を放つドレッシングを掛ける連中が居て、肝心の政策の吟味が霞んでしまいそうだ。都民の方は怪しげなドレッシングを断固として断り、塩コショウ酢サラダオイルのシンプルで間違いのない自家製のドレッシングで政策と人物を確かめて投票していただきたい。これでは本来の味が分からなくなる
ユーチューブはそれこそ玉塵混淆で良質なものを見付けなければ時間の無駄になってしまう。積極的にユーチューブサーフィンをしているわけではないが、様々なチャンネルが目に飛び込んでくる。面白いもの有用なものを登録してきたが登録チャンネル数が三百近くになって限界と感じ、結局は見ないものは削除し始めている。ユーチューブを見て驚くことは、世の中にはどうしてと思う程自分の主張を発表せずにおれない人が多いことだ。まあ自分もブログを書いているので、お前もと言われそうだが人間には発信したい人が多いようだ、生存証明にもなっているらしい。多様性に寛容でありたいと思うので、さまざまな発言主張を見聞きしているが、中には強烈と言うか独善と言うか異論に攻撃的なチャンネルも結構ある。正直どうもそういうチャンネルは見ると嫌な気持ちになったり疲...ユーチューブ界隈
中華料理に粥がある。中華料理と言っても色々で一概に油を使ったこってりばかりではないが、それでも香辛料がきつかったりカロリーが多かったり胃腸に負担を掛けるものが多い。そこでそれを和らげるためにお粥が登場しているのだと思う。昔は少ない穀類で取り敢えず満腹を実現するための方策という意味もあったかもしれない。どうも外食が続くと体重が増えてしまうので、お粥というのも良い方法かなと思ったりしているが、中々実現はできていない。一番簡単な方法に一食抜くというものであるが、これは健康的にはあまりお勧めできない。自分が健康で居るのも仕事のひとつなので、どうするかと体重計を睨みながら考えている。粥の知恵
自民公明維新の政治資金改正法はザル法でザルに申し訳ない、ザルの方がもっと物を掬えますからと玉木代表も言っている。維新の代表の弁明を聞いていると十年後の領収書公表に黒塗りもあるなどと言い出し、馬脚が露呈した。余程隠したい使い道があるのだなと疑惑が深まるばかりだ。大体十年後では、黒塗りでなくとも意味はない。知恵を絞って抜け道を探る、それは悪知恵。誰のための政治?
地理と歴史を小学校から学んできた。地理は大得意、歴史はまあまあだった。要するに好きこそものの上手なれというわけで、地図帳を飽きず眺めている子供だった。勉強に何故するのかという理由など不要と思うが、今頃になって地理と歴史は世界を理解するために必須の道具となる知識だったのだと気付いた。ユーチューブで中国食品料理市場観察に嵌まっている。当たり前かも知れないが、昔親しんだ三国志西遊記水滸伝の中国は共産国となっても消えたわけではなく、実際様々な形で残っているようだ。三千年の歴史に高々七十年の薄皮を被せただけだから、それは当然かもしれない。しかしまあ、アメリカなど影も形もない三国志の時代にあんなに広い国をあちこち移動し統一しようとしていたのだから白髪三千丈の国なのだ。今頃気付いたこと
中国にラーメンはなく、日本の発明のように聞いていたが、ユーチューブを見ているとどうもラーメンはあるようだ。出汁の中に麺を浮かせたあるいは麺に出汁を掛け、色々な具を乗せた料理は中国各地にある。中で蘭州の物が有名なようで、日本でも蘭州ラーメンとして提供している店がある。どうしてラーメンが日本人の発明のような情報が飛び交っていたのだろう、中国食市場の情報が入って来なかった、あるいはまったく同じものがないためにそうした解釈が流れたのかもしれない。得意の改善工夫で日本人の口に合うように変化させたのは確かかもしれないが、どうもラーメンの源流は中国にあるようだ。どうしてこうゆう浅い情報が、出回ったのかわからないが、きっと似たようなことがあちこちで起きている。ラーメンはある