皮膚と骨 -グラデーションに沈むモノコト- Skin and Bone -About things that sink into a gradation- 2024.2.28 (wed) - 3.2 (sat) 3.6 (wed) - 3.9 (sat) 13:00-...
深層学習させたAIが、プロのイラストレーター並みのイラストを描く時代になった。それも研究レベルではなく、一般に使用解放されるレベルにおいて である。 AIによって、イラストのように、人間にしかできないと言われていた表現行為が、非人間でも可能であり、それどころかあっという間にできて...
末梢神経系のページ。 右上の頭部の図の詳細さに注目。眼球に反射した窓が描かれている。 かつて、私が解剖学を専門的に学び始めた頃、私の解剖学の恩師である教授にお勧めの教科書を聞いたところ、一冊の教科書を頂いた。それが『人体解剖学』であった。教授も学生時代はこの教科書を使っていたとの...
身体は調和で繋がっている。正しく言えば、あるべき身体の形には調和が見て取れる。もっと言えば、あるべき自然物には調和が見て取れる。これは私たち自身のうちに、調和というものを捉える能力が備わっていることを示している。調和とは世界にあるものではなく、私たちが感じ取るものだからであ...
YouTubeにいくつもの、ジャコメッティの動画が残されている。私はそれを知らなかった。それらを見ると、粘土の付け方や、湿らせておくための布の巻き方などが、映画「ファイナルポートレート」での俳優ジェフリー・ラッシュの動きとそっくりだと分かる。映画は、これらの映像を参考にした...
アトリエ内の彫刻家ジャコメッティ 整ったアトリエから良い芸術が生まれるわけではない。アトリエが整っているということは、そこを使う者の心も整っていて考えが良くまとまるから、良い仕事につながり、結果として良い作品が生まれる、という考えがあるから、「整ったアトリエは良い芸術をうむ...
世界にはそもそも境界も物体も何もなく、それらは私たちの中において合成され作り上げられている、という感覚を強めている。 世界の全てを私は認識できる。実際にはその逆なのだが。つまり、私が認識できるものだけで世界はなり立っているというのが実際のところであろう。だが、両者の区...
本当の幻覚はそれと気が付かない。幻覚と気付くのは、破綻を来していない意識があるからで、言わばまだ軽症である。本当の幻覚となれば、もはやその異常さをも受け入れられるので、何の違和感も感じない。それは正常なものとして受け入れられる。そんなことがあるかと思うかもしれないが、寝ている時の...
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皮膚と骨 -グラデーションに沈むモノコト- Skin and Bone -About things that sink into a gradation- 2024.2.28 (wed) - 3.2 (sat) 3.6 (wed) - 3.9 (sat) 13:00-...
もちろん全ての寝顔がそうであるわけではないが、見慣れている人の寝顔には魅力を感じることはある。 大人にとっての他者の寝顔は、恋人であったり配偶者であったりと、最も身近な他者として存在する。 その他者が、最大限にその身を許し預けている証が寝顔である。それを見ているということはすなわ...
構造しか言わないのなら それを彫刻と言うのだろうか 彫刻は 構造によって 詩を紡ぐ 構造はいつも背後にある
カリアティドbyロダン 抑圧の状況において、抑えられるが故に得られるよろこびというものがある。 カリアティドは動けず、責任を背負っている しかし、カリアティドは苦しみに苛(さいな)まれてはいない。 それは重量に耐えるなかで、抑圧されるがゆえに、そのよろこびを増している。
深層学習させたAIが、プロのイラストレーター並みのイラストを描く時代になった。それも研究レベルではなく、一般に使用解放されるレベルにおいて である。 AIによって、イラストのように、人間にしかできないと言われていた表現行為が、非人間でも可能であり、それどころかあっという間にできて...
末梢神経系のページ。 右上の頭部の図の詳細さに注目。眼球に反射した窓が描かれている。 かつて、私が解剖学を専門的に学び始めた頃、私の解剖学の恩師である教授にお勧めの教科書を聞いたところ、一冊の教科書を頂いた。それが『人体解剖学』であった。教授も学生時代はこの教科書を使っていたとの...
身体は調和で繋がっている。正しく言えば、あるべき身体の形には調和が見て取れる。もっと言えば、あるべき自然物には調和が見て取れる。これは私たち自身のうちに、調和というものを捉える能力が備わっていることを示している。調和とは世界にあるものではなく、私たちが感じ取るものだからであ...
YouTubeにいくつもの、ジャコメッティの動画が残されている。私はそれを知らなかった。それらを見ると、粘土の付け方や、湿らせておくための布の巻き方などが、映画「ファイナルポートレート」での俳優ジェフリー・ラッシュの動きとそっくりだと分かる。映画は、これらの映像を参考にした...
アトリエ内の彫刻家ジャコメッティ 整ったアトリエから良い芸術が生まれるわけではない。アトリエが整っているということは、そこを使う者の心も整っていて考えが良くまとまるから、良い仕事につながり、結果として良い作品が生まれる、という考えがあるから、「整ったアトリエは良い芸術をうむ...
世界にはそもそも境界も物体も何もなく、それらは私たちの中において合成され作り上げられている、という感覚を強めている。 世界の全てを私は認識できる。実際にはその逆なのだが。つまり、私が認識できるものだけで世界はなり立っているというのが実際のところであろう。だが、両者の区...
本当の幻覚はそれと気が付かない。幻覚と気付くのは、破綻を来していない意識があるからで、言わばまだ軽症である。本当の幻覚となれば、もはやその異常さをも受け入れられるので、何の違和感も感じない。それは正常なものとして受け入れられる。そんなことがあるかと思うかもしれないが、寝ている時の...
NHK「映像の世紀」で1964年の東京オリンピックを当時の映像で振り返っていた.マラソンは当時のハイライト的な競技であったらしいが、そこで走者の円谷幸吉が競技場へ帰ってくると観客も実況も興奮している.しかし、そのスタジアム内において後続の走者に抜かれ、3位でのゴールであった...
歴史において、人は人の形を規定しようと試みてきた.その外見においては、時に神の形と同一視され、現世の人と分けるために、そこに究極の調和という抽象性が当て嵌められた.完全なる人の形が想定されることで、生きている人の形は不完全であるという必然が与えられた.これは奇妙でもある.私...
物言わぬひとつの石ころに目が行くことがある。それらがこちらへ話しかけてきたわけでもない。たまたまそこを歩いていて、ふと目を落とした先にその石があっただけの事だ。もし何か急いででもいたら、同じように目を向けたとしても、それが網膜に映ったことなど気付きもしない。人生の時間と移...
深刻な悩みの原因というのは、本来個人的なものであるはずだったが、現在のいわゆる “ コロナ禍 ” では、それが共有されるものとなった。つまり季節の移ろいや一日の昼夜といった、皆が知っていて当たり前の現象の仲間入りをしたということだ。共有されるものは伝えることができる。...
スーパーマーケットの菓子棚で、ふと目に留まって手に取ったのが左のもの。商品名が碌山だ。驚いたが、中村屋という社名を見て納得すると共に、その名がこうして社会的に生きている事に奇妙な感覚を覚える。なぜかと言って、この商品を手に取る人の一体何人が、碌山という名称を気に...
人間は世界を言葉とし、言葉を信じることで繁栄を築いた。 それゆえか、人間は時に言葉を信じすぎ、目の前の真実さえ無視する。 白を目の前にして黒だと言われ続けると、それが黒にさえなってしまう。 これが意味するのは、本質的に言葉は無意味であるということだ。 無意味...
彫刻や絵画と分けることは今や本質的ではないとも言われる。それでもその言葉は別れたままであり、それは私たちに中に両者の違いが確固たるものとしてあるからに違いない。本質的ではないと口走るその反対側に、両者はあくまで異なるという叫びがある。両者が同じだという本質を探るなら、それでも両...
記述言語はほとんどが時系列を内在している。つまり、読み始めと読み終わりが存在する。わたし達は文章を読むことに慣れているので、思考もそうであるように感じる。実際、頭の中で文章を“語る”こともある。しかし、普段の思考は本当に記述言語のように文章化されているだろうか。おそらく、そうで...
ポリュクレイトスのキャノンは比例だと言う。しかし、何かを区切って計測してみればすぐに気付くことだが、比例計測には終わりがない。どこまでも細かくなって行き、その極限は結局、その無限の数によって、計測する前と同じようなものになってしまう。 神の形である完璧な人体像を作...
深層学習させたAIが、プロのイラストレーター並みのイラストを描く時代になった。それも研究レベルではなく、一般に使用解放されるレベルにおいて である。 AIによって、イラストのように、人間にしかできないと言われていた表現行為が、非人間でも可能であり、それどころかあっという間にできて...
末梢神経系のページ。 右上の頭部の図の詳細さに注目。眼球に反射した窓が描かれている。 かつて、私が解剖学を専門的に学び始めた頃、私の解剖学の恩師である教授にお勧めの教科書を聞いたところ、一冊の教科書を頂いた。それが『人体解剖学』であった。教授も学生時代はこの教科書を使っていたとの...