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  • 身体の内側

    私は、私の身体がここに存在している、と思っています。私が感じているこの存在感が存在の根拠である、と思っています。しかし、拙稿の見解によれば、その感覚は他人が私の身体を見て感じる存在感覚とそれほど違わない(拙稿41章「身体の内側を語る」)。もしそうであれば、私の身体の存在はあまりしっかりしたものではないかもしれません。拝読ブログ:体表面のバリア機能と体の内側拝読ブログ:オレがダンジョンになった件~オレの体内に「推し」や「幼馴染」が住み始めちゃったんですけど!?突然押しかけてきた三人の女の子とぼっちなオレの体内外同棲ダンジョン探索生活~身体の内側

  • 無限後退の神秘感

    アバターがメタバース内のパソコンやデバイスでアバターを作ってメタバースをしたらどうなるでしょうか?それを繰り返したらどうか?その無限後退の神秘感が身体の存在論なのかもしれません。拝読ブログ:無限後退【むげんこうたい】拝読ブログ:古典的ノイマン鎖の最初は最後と同等に特別である無限後退の神秘感

  • こちら側のこの身体

    メタバースの中でアバターを動かす。自分の身体とどう違うか?変身願望か?しかしディスプレイのこちら側のこの身体は何なのでしょうか?拝読ブログ:体張る水原通訳に容赦なし…大谷翔平が「イジリまくる」誇張モノマネは「最大の癒し」拝読ブログ:令和6年中の不審者情報等こちら側のこの身体

  • 自撮りをSNSに

    自撮りをSNSに投稿して世界に頒布する、いまや健康的と思えるようになったスマホ趣味も、昔の人からみると病的自己顕示、非性的ではあるがエクスヒビショニストと見えるでしょう。拝読ブログ:SNSアプリ「BeReal」にZ世代熱狂リアル自撮りが流行拝読ブログ:SNSですごく自分をアピールする人と全然しない人の違いは何ですか?自撮りをSNSに

  • アイデンティティーの倒錯

    自分の裸体を顕示して性的興奮を得るエクスヒビショニストたちが顔だけを隠す、アイデンティティーの倒錯を描いた小説(二〇〇八年平野啓一郎「顔のない裸体たち」)。拝読ブログ:イン前日の撮影中止から27年「箱男」ベルリンに凱旋第74回ベルリン国際映画祭拝読ブログ:リリスの戸締まりアイデンティティーの倒錯

  • 視聴者の怠惰に忖度

    ぼかしを使うテレビの顔隠し肖像権が理由といいますが、顔を見て他人の心を識別するのも面倒だ、という視聴者の怠惰に忖度している、ともいえます。拝読ブログ:過去のベーシックインカム実験で人々が怠惰になった例はない拝読ブログ:SNSで物議『ザ・ノンフィクション』婚活特集に視聴者の“イライラ”が止まらない本当のワケ視聴者の怠惰に忖度

  • 身体を見せること

    コロナはとっくに終わっているのにマスクは多い。マスク依存症と揶揄されます。イスラムの女性はなぜ顔を隠すのか?身体を見せることの安心と見せないことの安心。身体の内と外。無意識に自分の身体の存在感を意識している姿勢が見えます。拝読ブログ:ダルビッシュ有が否定する日本の根性論。「根性論のないアメリカで、なぜ優秀な人材が生まれるのか」拝読ブログ:身体の動きやカタチから「知」が生じるというロボットの設計論身体を見せること

  • モニター上の自分の身体

    テレビや動画に映る人の姿が、現代人にとっては、人間の典型でしょう。そのテレビセレブ、タレント、キャスターたちはモニター上の自分の身体に関心を集中して生きている。そのことを視聴者はよく知っています。拝読ブログ:モニター/ディスプレイ、その役割としての気づき、対話、再生拝読ブログ:~自分軸で考えよう~Z世代・ジェンダーとからだの話【国際女性デー関連イベント】モニター上の自分の身体

  • 自分の身体が置かれている

    現代日本人は目の前の風景に自分の身体が置かれていることを痛いほど知っています。拝読ブログ:「自分の人生を生きていないとき」人は病気になる拝読ブログ:毎月タトゥーを入れてます体を“改造”し続ける女性が語った「理想のカラダ」自分の身体が置かれている

  • 背後に迫る虚無

    襟裳岬の平凡な農村風景。背後に迫る虚無。それを見渡している作詞者の身体がはっきりと見えます。拝読ブログ:人生どこを目指していけばいいかわからなくなった。拝読ブログ:新装版虚無への供物(下)(講談社文庫)背後に迫る虚無

  • 襟裳の春

    さて昭和日本の最盛期、森進一が「襟裳の春は何もない春です」と歌う「襟裳岬」(一九七四年岡本おさみ作詞吉田拓郎作曲)。西行が愛でる日本の春を逆説として、当時の人々の心底を語る春の歌になっています。拝読ブログ:襟裳岬〜“何もない春です”と歌われた名曲にまつわる“色々...拝読ブログ:襟裳の春襟裳の春

  • 夏目漱石「人生」

    三陸のつなみ濃尾の地震之を称して天災といふ、天災とは人意のいかんともすべからざるもの、人間の行為は良心の制裁を受け、意思の主宰に従ふ、一挙一動皆責任あり、固り洪水飢饉と日を同じうして論ずべきにあらねど、良心は不断の主権者にあらず、四肢必ずしも吾意思の欲する所に従はず、一朝の変俄然として己霊の光輝を失して、奈落に陥落し、闇中に跳躍する事なきにあらず、このときにあたつて、わが身心には秩序なく、系統なく、思慮なく、分別なく、只一気の盲動するに任ずるのみ、若しつなみ地震を以て人意にあらずとせば、此盲動的動作亦必ず人意にあらじ、人を殺すものは死すとは天下の定法なり、されども自ら死を決して人を殺すものはすくなし、呼息せまり白刃閃く此刹那、既に身あるを知らず、いづくんぞ敵あるを知らんや、電光影裡に春風をきるものは、人意...夏目漱石「人生」

  • 漱石三〇歳の文章

    明治の文人は心身の実体を存在論的に洞察しています。明治二九年、第五高等学校教授夏目金之助、のちの漱石、三〇歳の文章。拝読ブログ:『坊っちゃん』どころじゃない、夏目漱石の生まれてからずっと損ばかりの人生拝読ブログ:硝子戸の中(新潮文庫)漱石三〇歳の文章

  • なかなか死なない

    人間は、意外と、なかなか死なないのが困ったものだ。自分の身体がいつまでも生きているのが問題だ、と兼好は書いています。拝読ブログ:「早く死にたい」とつぶやく高齢者に検査を勧める…現役医師が目撃した「高齢者専門クリニック」の悲惨な現状拝読ブログ:どこ?2024.02.1220:14なかなか死なない

  • 命長ければ辱多し

    つくづくと一年を暮すほどだにもこよなうのどけしや飽かず惜しと思はば千年を過すとも一夜の夢の心地こそせめ。住み果てぬ世にみにくき姿を待ち得て何かはせん。命長ければ辱多し。長くとも四十に足らぬほどにて死なんこそめやすかるべけれ。(一三四九年頃吉田兼好「徒然草」七段)拝読ブログ:今日も一人明日も一人拝読ブログ:日本人の生活習慣は「世界最悪」である…職業、年齢、性別を越えて共通する「座りっぱなし」という悪習慣命長ければ辱多し

  • 徒然草

    さらに時代が下ると作者の身体が中心に見えてくる記述もあります。徒然草命あるものを見るに人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。拝読ブログ:キャリア甲子園チャレンジ中!拝読ブログ:吉田兼好「高名の木登り」『徒然草』より【短め】徒然草

  • 自分の身体

    たしかに自分の死を語っていますが、実は、いま生きている自分の身体を語っています。拝読ブログ:スポーツの上達にも、不調改善にも必要な“あること”とは…?プロが語る「自分の身体を操る方法」拝読ブログ:体をなでたり、たたくと心身のつらさがやわらぐことも/心がザワつくときに試してみたいお守りレシピ④自分の身体

  • 西行

    少し下った時代の先端の歌人は、自分の身体の存在をしっかり見ることができます。ねかはくは花のしたにて春しなんそのきさらきのもちつきのころ(一一一八~一一九〇年西行)拝読ブログ:西行は待賢門院璋子と「一夜の契り」を交わしたのか――日本文学史最大の謎を追う拝読ブログ:西行花のしたにて春死なむ西行

  • 清少納言の感覚

    清少納言の感覚は研ぎ澄まされている。自然を的確にとらえています。しかしそれを感じている彼女の身体はどこにあるのか?その語りを聞く人には語る人の存在が分かるけれども、それを語る彼女自身は、自分のその身体の存在をほとんど感じていないであろう、と思われます。拝読ブログ:再婚してすぐに夫と死別し、子どもを連れて各地を転々…平安時代の天才作家・清少納言の意外な老後拝読ブログ:「女から見てダメな女をなぜ恋人にするのか」清少納言の痛烈な男性批判…平安の女性が自著を出した深いワケ清少納言の感覚

  • 枕草子

    枕草子(一一〇〇年ころ清少納言)を読んでみる。春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。拝読ブログ:【まんがで枕草子】気まずい(汗)。悲しい話にみんなが泣いている時、自分だけ1ミリも涙が出ない!拝読ブログ:大河ドラマ「光る君へ」登場人物たち、「枕草子」の清少納言が書くと……!!【随時更新】枕草子

  • 自分の身体の存在

    昔の人は自分の身体の存在を、どう思っていたのでしょうか?拝読ブログ:心、身体、そして腹落ち。拝読ブログ:『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。心理学的決定論』自分の身体の存在

  • 身体の存在論

    しかしなぜここに、自分の身体というものがあるのか?身体は存在するのか?それは、どう存在するのか?人は自分の身体が、どう存在すると思っているのか?つまり問題は、身体の存在論です。拝読ブログ:最上和子@walhallahlaw拝読ブログ:心身二元論の起源身体の存在論

  • 透明人間になれば

    透明人間になれば人に見られることもない。ついでに音もたてなければ悪いことをしても捕まりません。幽霊と同じです。拝読ブログ:透明になれなかった僕たちのために拝読ブログ:人間性までは透明にならない透明人間になれば

  • 完全に健康

    完全に健康で、身体があることを気にしなくてよければ何も問題がない、ともいえます。身体がなければよほど気が楽になるでしょう。病気になることなど気にならない。容姿を気にすることもなくなるでしょう。拝読ブログ:「肉より魚」「1日1万歩」こんなになった!60歳すぎたらNG《間違いだらけの健康法》拝読ブログ:Whatisashortsleeper?Introducingaveragesleepingtime,itsimpactonhealthandlifespan,andcelebrities完全に健康

  • なぜあるのか?

    生物の身体は複雑で驚くほど高機能。こういうものがなぜあるのか?(拙稿58章「生物学の中心教義について」、拙稿77章「いのちの美しさについて」、拙稿91章「川は生きているか?」)拝読ブログ:「生物」とは何か?「細胞を基本単位とするもの」「子どもを作るもの」でははみ出るものがある拝読ブログ:だから頭が良くても悪くても生きづらい…日本社会がうまくいかない根本原因は「平等バカ」にあるなぜあるのか?

  • 死ぬから生きる

    死ぬから生きる。生きるから死ぬ。といえます。拝読ブログ:いつか死ぬからこそ"今"が輝く拝読ブログ:死ぬのは怖いから生きる死ぬから生きる

  • 年を取ると癌になる

    年を取ると癌になるからいやだ、と気にする人は多い。これも、生物は細胞が分裂するから癌になる。しかしそもそも、細胞分裂のおかげで生物の身体は更新され維持されています。拝読ブログ:《がん最新情報》10年生存率は59.4%、4人の名医に聞いた「実は治りやすいがん」拝読ブログ:「高齢者は年金をもらいすぎだ」世代間不平等を訴える人の根本的勘違い年を取ると癌になる

  • 人工衛星

    人体など数種の大型動物は数十年を超える長寿命です。これらの動物種に近いほど長寿命の人工自律機械はありません。人工衛星はメンテナンスなしで十年以上稼働する長寿命機械ですが、自動回復はできません。拝読ブログ:月面着陸成功の「SLIM」人工衛星からの撮影に成功NASA拝読ブログ:4月/東京ビッグサイトで開催-ロケット・衛星の設計/製造など人工衛星

  • 自動的に回復

    七七年使って、あちこち壊れてきてはいるが、まだ全体の機能停止には至っていません。壊れたところも、ある程度は、自動的に回復したりする。拝読ブログ:【ポケモンSV】おまかせ回復のやり方【スカーレットバイオレット】拝読ブログ:Windowsのいろんな復旧機能、どう使い分けるの?(最近の「リカバリーディスク」の作り方)自動的に回復

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哲学はなぜ間違うのか?
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