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「脱」のホント https://deteimasu.livedoor.blog/

病気ではないと軽く見られがちな・でも生活や人生で苦しいことの多い・子宮脱を患う人間のホントのところを書きます。

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2023/01/23

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  • ある時、驚愕した事!(訃報)

    もうずいぶん前のことですが、私はある人に用事があり久しぶりにメールをしたのですがその友達だと思っていた人の夫さんが亡くなっていた!ことをその返信で聞かされ、それも1年位以上前のことだったらしく、大ショック!でした。私は友達とは思われていないと分かったから

  • 美味しいと評判だったけど・・・

    美容院とかで美味しい美味しいと聞いて買って期待して食べて美味しくなかったモノ。シャインマスカット台湾パイナップル私には美味しくなかったので、高かったし、2度と買っていません。※味覚は人それぞれ、今は何かを聞いてもすぐに買わないようにしています

  • 床にキンピラゴボウ・・・

    昨年の話ですがせっかく作ったのに、床にぶちまけてしまった「きんぴらごぼう」。その頃そういうことが多かったんです・・・。この日以降、絶対に床にぶちまけないように手順を考えるようになり、その後は一度もやっていません。広い台所ではないのでいつも気を付けます!※

  • 母のサングラス

    ある入院時に母は病室をまぶしがりました。大病院だったので院内の眼科で詳しい検査を受けて、何もないと言われました。そこで100均で買ってきたサングラス、まあまあ気に入って、ちょいちょい使っていました。ずっとではないけど・・・暗く見えるのが落ち着くそうで、多

  • 自分のモノでも・・・

    昨日の記事の続きですが私は前々から自分のモノでも本当に大事というか、必要なものは、カバンに入れたりして自分のベッドの足元に置いたりしていました。その時の母の入院でよけいに考えさせられたんですが普段持ち歩くカバンの他に、大きめのガサッと入るカバンに必要なも

  • 母のモノを預かり始めた頃のこと(介護の入り口で)

    私はもちろん自分が中年になってからいろいろと物忘れやその防止でモノの置き場所をあれこれ工夫しましたが、ある時・母が晩年になり突然入院することになり母のモノ(大切な書類・保険証等)をいろいろと預かることになって思った事は大事なものほど、目の前に置いておくべ

  • 新装開店後1年経ちました!

    以前・子宮脱の件などをアップしていたブログを昨年6月1日に内容を変えて新しくアップしてから1年経ちました!昔の話も多いけれども昔の歩みも今現在の歩みも、私の日々の歩みだからこれからも書いてゆこうと思っています。今後もどうぞ宜しくお願い致します。※生前の母

  • 夫の知人のMさんからのプレゼント

    夫は知人Mさん(かなり年長)と 1年に2回くらい会いますが、必ず護摩の辛いおせんべいをくれます。私は食べる事が出来ません。今回はブランデー入りのチョコレートもあり、半分貰いましたが私には強かったようで、胃を壊しました(笑)。

  • 朝のテレビ体操をはじめて3年半経ちました。

    3年半くらい前にちょっとあちこち痛くてホームドクターに愚痴ったら「ウチのリハビリしますか?」と言われ仰天!!!そんな年齢では・・・。そこへ医師は畳みかけました「それなら家で毎日テレビ体操をしなさい」と。実はその前段として医師に言ってしまっていたのです!「

  • あきらめるとは、ギブアップではない

    ある人の本に詳しく書いてあったのですが、その人の考えでは「あきらめる」とは、諦めではなく、「物事を明らかにして」「考え方を変える」という意味のようでした。矢沢永吉さんが昔信頼していた人に横領されて何億円も賠償した件で「自分が経理を任せていたのが原因」と、

  • 今も共に

    15年位前の旧ブログの記事です。さっき見た映画の中で、お互いに健康なんだけど、会えない母子の話があって、ドラマにもよくあるけど、離婚のいざこざで、父親に子供を取られてしまって、もう何年も会えなくて、小さいときの想い出の品物に涙したりして・・・そんなシーン

  • 班長引継ぎの日のこと

    ※この記事の件ですウチの町内会班長は4月1日午前中に慣例で引継ぎをします土日だったら夫が行ったのですが、火曜日だったのでね・・・9時過ぎに隣に行ったら出てこず居留守と思い込み行かない予定だった医院に行って帰宅してしばらくしてチラッと見たら隣の外に自転車が

  • さかご体操

    子宮脱になって最初にかかった医院ではペッサリーを外して過ごす4週間という期間があり、年数が経つにつれ、夕方の辛さが激しくなり、夕食の支度も朝にしかできなくなったりしました。ある時、先生に言うと、そういう時には「さかご体操」をすると少しは良くなると思います

  • 私の歩む2本の道

    結局、私は全然立ち直っていないんだよっていう道と、その事と違う私は、普通の中年(初老)女性として生きているという道、です。私の母親としての人生は片手落ち、あの娘の兄がどんなに太陽のもと・幸せな王道を歩んでも、どうしてもそれだけに酔えない、喜べない、もちろ

  • トラックの上の舞台

    父が有限会社を経営していた頃は、大都市の郊外のちょっと田舎っぽいところに住んでいて、けっこう広い土地に、簡単な家と会社の建物、そしてその前に広くトラックや乗用車、いろんな大工道具や機械類があちこちにいっぱい置いてありました。トラックは、そんなに大きなもの

  • 手術待機室での出来事

    母が他界する2年くらい前に骨折したときに軽い手術をしたのですが、その時の手術待機室での出来事です。私が待つより前に、待っていた女性がいました。私よりは10~20歳くらい上かなあ?しばらくは黙っていたけど、ちょっとしたことでお話しするようになって「ご主人様

  • 季節の変わり目の入れ替え

    少し前までは本当に大変だったのですが夫と二人になって、断捨離を進めた結果、完全に入れ替えしなくて良いわけではないけど夫はオンシーズンの洋服などはここに、オフシーズンはここに、私はオンシーズンの洋服などはここに、オフシーズンはここに、そういう感じでだいたい

  • 我が子同様と言っても・・・

    夫の友人が、飼い猫の死に落ち込んでいるとのこと。一昨年は夫の別の友人が、飼い犬の死にものすごく落ち込んで大変でした。どちらにも実の子供さんがいて、お元気です。・・・我が子同様というけれど、私から見たら、犬猫は我が子ではありません。どうして夫は言ってやらな

  • ある病院での二日間の話

    母が他界する1年位前の話です。ある中堅病院に入院していたので、毎日通っていました。ある日、三人部屋の母の向かい側のばあさんに悪気なく、テーブルを当ててしまい看護師に言ったら、ものすごく冷たい態度をされました。翌日、三人部屋の母の斜め側のばあさんがポータブル

  • 「他人事ではない」という言葉は・・・嘘です。

    事故等で子供さんが亡くなると、その場所に赤の他人がお参りに来て「私にも同年齢の子供が孫がいて、他人事とは思えない」という言葉、あれは、噓です。他人事だから、平気でお参りに来られるんです。自分の子供や孫に起こったことではないから、そういう言葉を言えるんです

  • 私の伯父の叙勲

    私の伯父は長年いち警察官として地域に貢献しました。それで生前叙勲授与されました。5年前に鬼籍に入りました、九十五歳でした、合掌。

  • 夫の叔父の訃報

    2~3年前のことです。夫の父親の弟(叔父)が亡くなりました。子どもがいなくて、夫婦二人暮らしでした。長年患ってもいたのですが、当時入院していたことは知らなくて、ある夜叔母から突然に『ここ数日がヤマで、ご時世で(コロナ2類の頃)全然面会できなかったけど、や

  • 日本語が通じないと、勘違いしていた事

    先日孫の初節句がありました。息子たちの家で、両家揃ってとのこと・・・しかもあちらは嫁の弟妹も一緒とのこと。私はとても暗い嫌な気持ちで出かけました。(息子の妹は他界しているから、私は惨めに思うのです)孫は可愛いけど、孫と息子にだけ会いたかった。ところが、そ

  • 約5ヶ月後の通院で

    (4回シリーズの最後です)約5ヶ月後・・・その日もそれまでと同じことをしたと思います。ただ違っていたのは「次回はペッサリーを出します」と言われたことです。ビックリして続きを聞いていると「そして4週間後に受診するまで ずっとペッサリーなしで暮らしてもらいま

  • 薬を飲んで普通に過ごしたその5ヶ月間

    (4回シリーズの3回目です)最初のひと月は尿の出方が良くなって嬉しかったのですがその後はだんだん元の状態に戻ってしまいました。急に悪くなったのではないけど目に見えて元に戻っていきとてもガッカリしました。先生がちょっと冷たかったのはきっとこうなることが分か

  • 4週間後の通院で

    (4回シリーズの2回目です)4週間後に婦人科を受診しました。私は興奮して「尿の出方が良くなって感謝している」と先生に伝えました。わりとドライに「あっそう、良かったね」って感じで受け止められあれ?ちょっと冷たい?と思ったのですがまあ、気にせず内診台へ。膣を

  • 薬を飲んで普通に過ごした最初の4週間(だけ・・・)

    自分の子宮脱の初期の話(投薬が続く・・・)の続きを書きます。(今日から4回シリーズです)最初の4週間は毎日薬を飲む以外は全く普通の生活を送り、無事に過ぎました。便秘もないし、ペッサリーが出てくることもなくそしてそれ以降のどの時期よりも私はこの最初の4週間

  • 幸せの基準

    ネットの中で子供を亡くした親御さんの話を読む時、結構多いのが「それ以前は平凡な人生だった」という記述です。もちろん、そうではない方も少しはいらっしゃいますが、 私は生まれてこの方「平凡」だった事は、ほとんどありません。今の私は、それをただ「運の悪い事」と

  • 以前のスマートフォンのケース

    私は(人さまよりはかなり遅くから)スマートフォンを使っていますが最初に買ったスマホから、汚くならないように、多くの人がするようにケースを使っていました。そのケースは表側が透明になっていて操作は出来ないけど、閉じたまま、中身を見たり読んだりできました。その

  • すごくビックリしたこと!

    随分前のことですが当時は友達だったある女性と話をしていた時に「エクセルが使えない」と言ったので、本当にビックリしました!腰が抜けそうでした!!!・・・私だって大したことは言えないけど家計簿や色々と自分なりに作った表でPCをしています。エクセルはすごく便利

  • 気に入らないCM

    これは15年位前のブログ記事の再掲です。「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ、オリンパス」というCMがあります。CMというか、HPにも載っているし、会社の方針みたいなモノなのかもしれませんね。この会社の製品は素晴らしいと思うけど、このスローガン(?)はダメ

  • 娘の他界後の大まかな変遷 ネットと私 3

    その時にアップした趣味の関係のブログですが、今現在も続けています。全然人気はないけど、大切なお友達もできました。ただ、バカな私は、最初の頃に知り合った人々に「自分がどういう人間なのか」をわざわざ最初のブログをお知らせしては伝えていたのです。同情してほしか

  • 娘の他界後の大まかな変遷 ネットと私 2

    約20年前にアップしたブログ、初めてのブログ、大切なブログ、201●年のお正月まで続けました。・・・閉鎖する前の1年くらいは更新も滞りがちでしたので、実際は5~7年間くらい運営していました。最初はリアルの友人が数名と、例の先生の信奉者のブログで仲良くなっ

  • 娘の他界後の大まかな変遷 ネットと私 1

    娘が他界してからしばらくの間は、インターネットには特に触れることもなく、ある先生の本を紹介してもらい(子供に先立たれた人なら、全員知っている、あの先生です)その人の本を1~2年くらい?必死で読み続けました。ある時、その先生が子供を亡くした人へ暴言を吐いた

  • 昔は休みじゃあなかった(笑)

    今日はたまたま日曜日ですけど・・・。昔は5月4日、飛び石で学校に行っていた、そんな小学生~高校時代を過ごして良かったなあと何となく思います。暑かったり、寒かったり、親は大変だったかもしれないけど、子供の頃は別に何も思わなかった。今から5月4日は平日に戻し

  • 夜明けのマイウエイ (作詞・作曲 荒木一郎)

    大昔の話です。この歌は、あるテレビドラマの主題歌でしたが、私はそのドラマを見ていなくて、全然知らなかったのですが、ある日、街のレコード店から流れてきて知り、涙が出ました。そうよ、乗り越えるのよ、と言い聞かせました。レコード店だなんて、大昔の話ですね・・・

  • 優先順位

    この記事は20~30年くらい前の私の考えです。今は少し変わりましたし、時代も変わったのですがどうしてもアップしたかったのでします。医療関係者は読まないでください。医師の優先順位は、一番が自分の手柄です。次は自分のプライベートな時間を守ることです。大学病院

  • 最近、迷惑メールがすごく増えた!

    私はPCでいろんなことをしているので家のメールアドレスでたくさんの登録などもしています。前々から迷惑メールは多かったけど最近、急に、滅茶苦茶増えていませんか???ニュースでチラッと聞いたら生成AIなるモノのせいで(おかげで?)今までは迷惑メールを出そうに

  • マイクロプラスチックが怖い

    真剣に、怖いです。ナノサイズのを食べた魚を食べる魚を、人間が食べると胎盤に蓄積するらしい・・・次世代はちゃんとした人間として生まれるのか???私は魚が好きだけど今後は考えて食べないとね・・・。息子たちに子供が授かっていない頃には分からなかった不安・・・。

  • 骨密度が良いのに、骨折!

    近所の方ですが、75歳くらい?骨密度が良くて自慢していたらしいです。ところが、いつの間にか骨折(圧迫骨折)して入院手術退院したらしいです。私も昨年骨密度を測ったら凄く良かったので鼻高だったんですが、その話を聞いて、ガビーン!!!ネットで調べたら(こちら詳

  • カリフォルニア米が!

    最近また一番近いスーパーのお米の棚がすっからかんに近くなりまして凄く不安を感じ、まだちょっとあるけど買おうと思い5キロは高くて買えないので2人だし、2キロを買いました。その翌日に見たんです!カリフォルニア米!ニュースで見たのと同じ品!!!たしかに安い!(

  • パンダがいなくなる!?

    昔、娘の体調が良かった時に白浜に旅行しました。義父と母も一緒に行ったので、親子4人ではなかったけど・・・。それでも旅行までできるようになって嬉しかった時期。その時に見たパンダは、今はもう24歳になっている良浜です、10頭も子供を産んだ、お母さんパンダ♪良

  • 初期の症状まとめ

    ここまで書いてきて、初期の自分の症状があれこれの記事にバラバラにありまだ書いていない事もあると気付いたのでちょっとまとめます。自覚症状の出た頃に私が体や心で感じたこと1:風呂上がりに自分で異変に気付いた2:膀胱炎かと間違えて服薬したが治らなかった3:夫に

  • 投薬が続く・・・

    がん検診は異常なしでした。電話せずにその日に聞きました。そして、また女性ホルモンをのんで、4週間後に来るように言われました。えっ? まだ薬を飲むの? 声には出なかったけど顔に出たのか先生は何か説明してくれましたが忘れました。とにかく医師に言われたら、副作

  • 2週間後・・・

    今日から3回で自分の子宮脱受診2回目等の話を書きます。こちらの記事の続きです → 投薬とうとうその日が来ました。自分の膣に医療用とはいえ何かモノを入れる・・・イヤだなあ・・・でもこのまま子宮が下がり続けても困るし・・・。気持ちは揺れたけど仕方ありませ

  • 仲間を守る

    これも初期ブログの記事です。今は私の考えも少しは変わったし、時代も変わりました。それでもどうしてもアップしたかったのです。医師は小児科に限らず、ほとんどの場合、前に診た医師を悪く言いません。自分が言われないためです。娘の病気は誤診から始まりました。しかも

  • 娘の他界後の私の心の変遷:そして、音楽・・・

    あの娘はピアノを習っていて、それこそ他界の数日前までレッスンをしてもらっていたので、病状を詳しく伝えていなかったピアノの先生のショックはものすごくて、本当に申し訳ないことをしました。先生は、その月のうちにも、あの子への歌を作曲してくださいました。そして私

  • 娘の他界後の私の心の変遷:お花を育てる事

    あの娘が生きているうちから多少は植物を飾っていましたが、知識もなく、ただ「買ってきて置いておいて枯れたら捨てる」感じでした。こころここにあらず、でした。他界してしばらくしてから、園芸店に出向いてはあれこれ買ったり、知識が欲しかったので「趣味の園芸」のテキ

  • 娘の他界後の私の心の変遷:その次は風と光

    下を向いて歩く私のほほにそっと触れる風。そしてきらきらとした木漏れ日・・・普通の太陽の光。どちらもありがたく、自然回帰ではありませんが、そういう “身体で感じる理屈抜きのもの”が、私を癒してくれました。空と風と光と・・・。※昼間の空には少し雲がある方が美

  • 娘の他界後の私の心の変遷:長い道のりの一番最初は

    空を見る事、それだけから始まりました。朝の空、昼間の空、夕空、そして夜空・・・。元々、空を見上げるのは、私の日課ではあったけど、あの子の他界後は全然意味が違ってきました。本当の初期、一番最初は、飛行機・・・そう、近くの空港に帰る飛行機、そしてそこから旅立

  • 読書の扉を開いたもの

    いつの間にか好きだった本 「銀河鉄道の夜」それは私が小学生高学年のころ・・・図書館にあったその本を(カバー装丁が素晴らしく美しかった)何回も同じ本ばかり読んでいた、そんな記憶があります。中1の夏休みに、自分のおこづかいで買った、初めての「文庫本」2冊。「

  • ダイレクト・メールなど

    昔ですが、風見しんごさんもブログに書いていたけど、他界した子供の名前で来る「ダイレクト・メール」には、本当に良くない感情がありました。ハッキリ書くよ~!!!ゼット会 と 進研ゼミ、いいかげんにしてくれ~!!!「不愉快」なんてもんじゃなあないよ~!生きてたら

  • gooブログなくなるって!

    とても、残念です!一昨日、gooブログサービスが11月に終了すると知り急いで全記事を下書きに戻しました。特に誰も読んでくれていなかったけど私にとっては大切なブログでした。全ての記事を精査して、他の場所に移す予定ですが引っ越しという形にはしません。長い間有難う

  • なりたかったもの (就きたかった職業)

    私が初めて就きたいと思った職業は2つあって、ひとつは、ピンキラの影響で「歌手」。小学2年生からでは本気というモノではありませんでした(笑)。もうひとつは、マジに本気になった「国連の職員」で、小6の頃からでした。大学でスペイン語を学んで、通訳のような仕事を

  • ♪ 恋の季節 ♪

    ♪忘れられないの~ あの人が好きよ~♪このフレーズから始まるこの歌は、今でも「そら」で、全部歌えます。私が生まれて初めて大好きになった歌謡曲です。歌っていたのは「ピンキーとキラーズ」というグループでおじさん4人の真ん中に、シルクハットの女の子、今でも歌手

  • 近所の老人ホームらしき建物

    うちの近所にワンルームマンション?があります。入った人によると、めちゃ狭いらしい。それで、別の人が言うには「あれは老人ホーム」とのこと。よくわかりませんが、若い人や私くらいの人が(介護職だと思う)朝から晩まで入れ替わり立ち替わり出入りしています。時々、デ

  • 夢の続き

    「こちらの記事」の夢、その夢の最後には娘の左手と私の右手はシッカリとつながれて、夢から覚めた時に、現実の私の肉体の右手に温もりがあったのです。そして、その夢からふた月ほど過ぎた頃になって、本当に右手がつながっているように温もりを感じたのです。毎日手をつな

  • 本当は文系

    ※この記事は20年くらい前に書いた初期ブログの記事です内容も古くなり、時代の常識も変わり、私の心情も多少変わりましたが当時の気持ちを残しておきたいのでアップしました医療関係の方は読まないでください医師になる為に入学する、大学の医学部や医科大学の入試を受け

  • 妖精の詩

    最近快晴の日には、陽射しはあたたかいけど、風が冷たく、朝の気温はわりと低く、午後には暑いようになる・・・そんな日が多いです。自然と、アグネスの歌が口をついて出ました。こうして本当に “春がカタチになってあらわれてくる時” に、毎年、この歌が、耳の奥から聞こ

  • 町内会の班長が終わりました

    ウチの町内会は役員は他薦・自薦で長い間同じ人が引き受けているようで班がいくつもあって、5~15軒でひとつの班になっていて「班長」はどの家も順番にまわってきます。ウチは昨年4月1日から今年3月31日まで令和6年度に班長をしていました。引継ぎが凄く嫌だったの

  • 往生際が悪い!

    岸和田市長選で、Tが出なかった事もあり?前市長は6~7倍差で負けました!これから先は議員の妻に、無職の夫?(私の知らない事業をしているかも?)昭和なら「仕事さえできれば政治さえちゃんとやれば女性関係なんてどうでも良い」のでしょうけど今は令和「女性との性的

  • 懐かしい、手巻きサンドイッチ

    結婚してから、主婦どうしでランチをすることがありました。外食ではなく、誰かの家に行くのです。新婚時代の社宅・団地で住んでいた時・次の社宅・子供の幼稚園の母親同士・・・それぞれの場所で、それぞれの集まりで、時々ですが、ランチをしました。そして、今の家に引っ

  • 2013年に気付いたこと

    私の事を知ると自分の子供の話ができないから、普通の人は離れてゆくのだと気付きました。*************************本当に辛く悲しい気付き。離れて行かないのは、昔からの遠くの友達と、子供がいない人だけ。※冬の温かい日の海でした

  • 呆れてモノが言えない

    近県の知事、Sの第三者委員会の結果を受けてもあの態度。呆れてモノが言えません。世界一の国?のトップ、Tのあの態度。呆れてモノが言えません。ここ数年一番呆れてモノが言えないのはR国のトップ、自分が前線に出てみろや!・・・ああ、本当につまらない。分断と簡単に

  • 娘が見せてくれた虹

    15年以上前の話ですが息子の大学の入学式には私と母がついて行きました。行きの乗り物の窓から「虹」が見えました。私は興奮してしまいました!これは娘が見せてくれているんだ!と思ってしまいました。娘からの、兄の大学入学に対するお祝い・応援の意味とともに、私がそ

  • 子供の頃に親しんだ遊び(インドア)

    私は子供時代から基本的にはインドアだったので、アニメを見たり、歌謡曲を聞くのも好きでしたがリカちゃん人形や各学年の雑誌の付録の双六等、トランプ、オセロ、人生ゲームなどのボードゲーム類、中学生になったらこっくりさんなんかが流行って友達と楽しく遊びました。リ

  • 予想だにしていなかった

    今日の記事は、1月にアップした「葬儀にまつわるある風習」の件の追加記事です。 娘の場合、その「肉体」は病気によって、医師からも言われていたけど、周りの素人から見ても「他界」は遠くない将来に避けられない事、と思われていました。でも、病状が(ここで詳しくは書

  • 「火サス」などについて

    数年前の今ごろの私はアレルギーが特に酷くて、2月下旬から5月はじめまでずっと最低限の家事しかできなかったのですがその前年までは、息子なり・親たちなり、誰かしら世話や心配をする対象がいてアレルギーの時期だからと、あまりサボれなかったのですが夫が出勤した後の

  • 昔話・・・ある看護婦さんのこと

    小児科で見た「変な看護婦(今は師)」について。信じられないかもしれないけど、どう考えても「子供が死んでゆくのを見るのを楽しんでいた」看護婦(師)がいました。ある大学病院で。最初は重篤な子供ばかり担当して、偉い人だと思っていました。でも、だんだん変だと思う

  • 何故知識がなかったのか?

    子宮脱での初診の婦人科では私に予備知識がなく「とんちんかん」な事ばかりでした。このネット時代に何であんなに変な事ばっかりだったのかと思うとやはり「ほしい情報が手に入らなかった」からだと思います。母の件で大昔の知識はある程度ありました。でもその記憶は当時よ

  • 投薬

    内診後はまた椅子に座って今後の説明。とりあえず今日から膣を柔らかくして、ペッサリーを入れやすくするために女性ホルモンを服用して2週間後に来てください、その日から医療用のペッサリーを入れます。その日にはがん検診の結果も出ていますが早く知りたいなら1週間後に

  • 内診

    婦人科そのものはもう忘れたくらい久し振りでしたが時々がん検診をしていたので、内診台に乗るのはそんなに久し振りではありませんでした。その時点で前回のがん検診から数年経っていたのでがん検診もおこない、超音波検査でその場であれこれ説明してくれました。一般的な子

  • 最近の手術についての説明

    今日から4回で自分の子宮脱初診日の話の続きを書きます。前回の記事で飛ばしましたが、手術の説明もちゃんとしてくれました。もちろん数十年前と同じはずはないと思って聞いたけどその後ネットや新聞の記事で読んだのと同じ内容でした。つまり、子宮脱で子宮を摘出すること

  • サクラの歌

    娘は(今は活動していない)「嵐」が大好きでした。まだ国民的になる前のデビュー後数年って感じ?の頃でした。よく一緒に聞いていた、ノリの良い曲「サクラ咲け」ラップの部分は当時娘が一番好きだった桜井翔君が作詞していました。それにしても、今、この詩を改めてじっく

  • オールドメディアと言われますが・・・。

    私はテレビをよく見る方だとは思いますが決まった番組を見る方だとも思います。おおむね見たいモノを録画して翌日等に見るとかです。少し前に、すごく体調の悪い時期があって、数日間は寝たきりのようなモノだったけど、だんだん起きている時間は長くなってもいつもと同じよ

  • もうひとつのマラソン

    アテネ・オリンピックで、野口選手が優勝した瞬間を、私はこの目で、その瞬間に、テレビで見ました。その頃は、巨大病院に入院している娘の元に毎日通っていたのですが、帰宅すると寂しくて心配で寝られず・・・夜中に目が覚めると、テレビをつけたりします。その時、たまた

  • 自分とは違う考え方を・・・

    昨日書いたS知事さんですが先日第三者委員会の結果が出ましたね!私は勘違いしていて、Sさんが「雇ったようなもの」の人たちだから百条委員会よりも厳しい結果が出るなんて思っていなかったのですっごく嬉しかったです。そして委員長の人が最後に優しい言葉で「知事にはよく

  • 目が似ている二人

    私が嫌いな近県のS知事さんの目は「おかしい」と、ずっと前から思っていました。昨年来チラチラと気になってはいたのですが今年に入ってはっきりと分かった、米国の副大統領氏。あの目、あの目は・・・同じだあ!!!二人の目は同じ、国籍・人種・肌の色・髪型・顔の髭・等

  • 母の他界とその後

    ≪今日で4回シリーズ終わりです≫母は子宮とは関係ないあれこれの病気の末最期は誤嚥性肺炎で他界しました。今も毎日母のことをあれこれ思うときに大昔の取る手術から、股間に挟んで生きた数十年間、そして他界までのあれこれ・・・子宮脱のことが可哀想で仕方なく思え申し

  • 母の晩年:3

    ≪4回シリーズの3回目です≫母は痴呆症にはならなかったけど、年齢相応のぼやーっとした状況があり信じられないけど、いつからか?何故か?は分からないけど、「子宮を吊り上げる手術をして、それが再び落ちてきた」のだと、固く信じていました。医師や看護師にもそう説明

  • 母の晩年:2

    ≪4回シリーズの2回目です≫私が最初の婦人科に通っていた数年間の間に起きた出来事の中で一番大きかったのは母の他界でした。私が子宮脱になり、ペッサリーを入れた初期に始まった母の整形外科等への入院・転院・退院の暮らしで、数年間が経ち、ある時の腸の軽い手術をき

  • 母の晩年:1

    ≪今日から4回シリーズです≫私が子宮脱で婦人科にかかって、最初の半年以内から始まった母のあれこれは今思えば「最晩年」の始まりだったのだと思います。それまでも決して頑健ではなく、風邪はものすごく気を付けていたのでインフルエンザも含めてほとんどかからなかった

  • 著名な医師など

    著名な医師についてネットや新聞広告などで見ることはありました。そういう医師の病院へ行ったら、何か変わるのかもしれないな?と思いながらも行くことも問い合わせすることもしませんでした。というか、やはり、できなかったんだと思います。自分が子宮脱になった事が分か

  • 昔話・・・ある看護助手さんのこと

    この記事は30年近く前に私がこの目で見た看護助手さんについて20年くらい前に書いた記事の再掲です。(時系列は30年くらい前です)看護助手さん・・・色んな人がいます。中年の人が多いけど、たまにすごく若い人もいます。看護師さんとも違うし、お掃除の人とも違うし

  • ゆずれない願い

    この記事は初期ブログの再掲です。ゆずれない願い(作詞・田村直美 作曲・田村直美と石川寛門)という歌は、アニメの主題歌だそうですが、そうとは知らず、田村直美さんの美しいボイスに惹かれてよく聞いていました。この歌を聞くと力が出てくる・・・みなぎってくるような

  • あぁ、誤解していた~!

    昔のブログ記事の再掲です。(現在形が20年くらい前の音です)「あぁ、誤解していた~!」と学んだ(心で叫んだ)件です。私は娘の他界後、未だにあまり深くは話をした事のない「ちょっと知り合い」程度の人の「目」が怖いと思っています。でも、ある人にその話をしたとこ

  • ボーイの季節とOL時代の自分

    ボーイの季節(作詞・作曲 尾崎亜美)という歌が好きでした♪松田さんではなく尾崎さんの歌う方です。独身の頃 (今は “ライブ” と言うのでしょうけど) “コンサート” に何回か行った事があります。大好きな女性シンガーが二人いて、そのうちの一人が尾崎亜美さんでし

  • 夏目さん

    夏目さん、写真撮り忘れましたが・・・。旧札のことです! それも今の前の前のお札です!!!私が昨年12月中旬にいつもは行かないATMでお金を出した時に入っていました。何これ? 若い頃に使っていたのに、もう忘れている!!!1000円札の夏目漱石さんですよ!!

  • 同学年の子供さんの親には会いたくない

    タイトルの通りですが、子供の学年のずれている人は平気です。兄の学年でも嫌ですが、本人のよりはずっとマシです。ここは住みやすくて良い街だけど、同学年の子供さんの親にすれ違う時に私を見るあの「可哀想に、という見下した視線」が嫌なんです。そう、専業主婦の負け組

  • 母の再発について:3

    母の股間は、温泉などに行くといやでも見えるので他人さまには見られないように非常に気を使っていました。・・・温泉に何回も行ったわけではないけど、他人さまの前で裸になるのはそのくらいでしたものね。子どもたちが小さいうちにはプールや海水浴場にもちょっとは ついて

  • 母の再発について:2

    母は子宮を摘出してから数年後に全然関係のない他の大きな病気をしてひと月くらい入院しました。・・・身体拭きの時にはどうしていたんだろう?その時は看護婦さんにあれこれ聞かれた覚えはありません。多分、その頃はまだ飛び出ていた程度がマシだったんでしょう。それから

  • 母の再発について:1

    今日から3回で、大昔の母の子宮脱についての記事をアップします。今現在では行われていない種類の手術をした後に再発した件です。母は数十年前に子宮摘出の手術をしたのに、あっという間に別の何かが落ちてきました。でも、もう絶対に婦人科で入院手術はしたくないからと命

  • 歩いて帰ろう

    歩いて帰ろう(作詞・作曲・斉藤和義)という歌が昔大好きでした(今も好きです)♪この歌は昔「ポンキッキーズ」という幼児向け番組で流れていた歌です。その後も斎藤和義さんは、シンガーとしてソングライターとしてご活躍です。この歌の♪歩いて帰ろう♪というフレーズが

  • 元気でいてくれれば・・・。

    この記事の中身はずっと長い間娘の兄である息子への想いでしたが 今はその子ども(孫)に対する想いでもあります。息子(孫)の事を、私は心底 「元気でいてくれれば」 それだけで嬉しいと思っています。もちろん良い学校・良い就職先・良い配偶者・・・と“全く思わない”

  • 通院には、自転車がベスト

    婦人科に通う日は、自転車がベストですね!地域的に自動車が使いにくいこともありますが公共交通機関を使うほどの距離でもなくそして一番大事なのが歩くのは、無理ということです。自転車はちょうど気になる部分をサドルにのせて家まで運んでくれるし、家に入ればこっちのも

  • 昔話・・・ある「病児の親」のこと

    昔見た「変な親」について。あれは虐待だったのだと思います。そんな親を見たのは、その時が初めてで最後、ものすごく印象に残っています。ある大学病院に緊急で入院、子供がCCUに入っているのに、両親でニヤニヤしていました。普通の親は、子供が入院するだけでもおかし

  • 娘のひな人形

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