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ブログタイトル
ふうちゃんのお城ブログ
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/fuhchan2399
ブログ紹介文
お城巡りについての記録 日本100名城、続日本百名城、その他のお城。城郭検定等について掲載しています。
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2021/12/09
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fuhchan2399さんの新着記事

1件〜100件

  • 第8回(改訂版)ふうちゃんのお城ブログ  ふうちゃんを城道(しろみち)へ誘ってくれた恩人杉渕尚さんを悼む

     ありがたいことに本ブログを読んでくださる方が増えてきました。前回は、今現在432のリアクションをいただきました。わたし(ふうちゃん)とお城とのお付き合いの原点を知って頂くために加筆・修正し再掲させて頂きます。突然の訃報Lineは2021年(令和3年)4月3日突然舞い込みました。早朝、杉渕尚さんが亡くなったというのです。杉渕さんは、わたしの城仲間の一人です。そのとき、急にフラッシュバックしたシーンがあります。それは、2015.10.30広島県にある福山城です。石段が向かってV字のように掛かっている合坂(あいざか)を前にして「どちらが上り、どちらが下り」と質問しました。「答えは左側通行なのですが、武士は刀を左側に挿しています。通行しやすいのは刀が外側にある方ですよね。」 合坂(これは福山城ではありません)この場面...第8回(改訂版)ふうちゃんのお城ブログふうちゃんを城道(しろみち)へ誘ってくれた恩人杉渕尚さんを悼む

  • 第3回(改訂版)ふうちゃんのお城ブログ スタンプ集めにこだわった遠くのお城(北海道根室チャシ)

    今から50年前の学生時代から冬の北海道へのあこがれをもっています。大学4年の2月に均一周遊券を使って北海道一周旅行の計画を立てユースホステルの予約も済ませ、出発するだけになっていました。しかし、就職関係の連絡が来ないので、中止せざるを得なくなりました。それ以来冬の北海道への憧れがあり、何回も冬の北海道に行っています。3年前(2019年)の1月に、大人の休日きっぷを利用して釧路へ。釧路から花咲線を利用して根室を向かいました。エゾシカに衝突しないように、警笛を鳴らしながら走っていることがとても印象的でした。さて、ここからは、日本百名城めぐりです。日本100名城の公式ガイドブック(日本城郭協会監修)の一番最初に紹介されているのが、根室半島チャシ跡群です。この公式ガイドブックを通してその「チャシ」なるもの存在をわたしは...第3回(改訂版)ふうちゃんのお城ブログスタンプ集めにこだわった遠くのお城(北海道根室チャシ)

  • 第9回(改訂版)ふうちゃんのお城ブログ 子どもたちと何回も行ったことのある松本城

    江戸時代またはそれ以前に造られて、今存在している現存天守は 12あります。弘前城、松本城、犬山城、丸岡城、彦根城、姫路城、備中松山城、松江城、丸亀城、高知城、宇和島城、松山城です。この中でどれが一番好きかと問われたら松本城と答えます。それは、以下のようなことのためかもしれません。小学校の教員をしていたとき、夏休みの林間学校で、6年生の子どもたちと中房温泉(https://nakabusa.com/)に宿泊し、燕(つばくろ)岳(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%87%95%E5%B2%B3)に登山をしていました。松本駅から中房温泉までの行程で、必ず松本城を見学していました。担任として、引率教員として、実地踏査要員として、合計10以上行ったことがあります。 こんな多くの回数行った城...第9回(改訂版)ふうちゃんのお城ブログ子どもたちと何回も行ったことのある松本城

  • 第40回 ふうちゃんのお城ブログ 続々小諸城

    今年初めての城廻は軽井沢から最も近い城小諸城です。本ブログでは、小諸城を2回取り上げています。第6回ふうちゃんのお城ブログ学生時代から何度も訪れた城(小諸城)-ふうちゃんのお城ブログ(goo.ne.jp)第7回ふうちゃんのお城ブログ続小諸城(少しつれづれなるままに)-ふうちゃんのお城ブログ(goo.ne.jp)今回で3回目となります。懐古園の額のあるお馴染みの三の門です。明和2年(1742)に再建された現存の櫓門です。2020.7の大雨で三の門の石垣と塀の一部が崩壊したので、災害復旧工事がおこなわれています。 年末に行われたお城に関するイベントあるで次のことが問われました。小諸城の現存の門は次の組合わせのどれでしょう。1大手門と二の門2大手門と三の門3二の門と三の門4一の門と二の丸西門答えをお知らせする前にわた...第40回ふうちゃんのお城ブログ続々小諸城

  • 第13回ふうちゃんのお城ブログ 伊達政宗公像にまつわる話(仙台城)

    わたしが愛読する内田康夫の推理小説の中で特に好きな作品の中に「杜の都殺人事件」があります。いわゆる浅見光彦シリーズではありません。主人公は美人カメラマンの池野真理。仙台城、伊達政宗公の騎馬像前で、観光客相手に、注文写真を撮って売っています。わたしが、政宗公像の前を訪れた時、店を広げ写真を扱っている女性がいました。写真を注文し、「小説のモデルはあなたですか」と尋ねたら、しばらく、無言で、写真の注文は受け付けず、わたしのカメラで写真をとってくれたのです。もちろん、無料です。それが、この写真です。 仙台城の本丸跡に立つ、伊達政宗公騎馬像(銅像)は観光スポットです。この騎馬像が初代ではないことをご存じでしょうか。 実は銅像としては二代目なのです。(石像の政宗像を入れると三代目、今大崎市岩出山城跡)昭和39年に設置されま...第13回ふうちゃんのお城ブログ伊達政宗公像にまつわる話(仙台城)

  • 第39回 ふうちゃんのお城ブログ 新春特集号ー江戸城の櫓ー

    あけましておめでとうございます。今年も日本百名城、続日本百名城をめぐっている方々城郭検定を目指している方々その他様々なお城を巡りをしている方々に情報を提供していきます。よろしくお願いします。さて、クイズです。わたしのパソコンの待ち受け画面にはお城があります。ZOOMの背景画面にも同じお城が出来てきます。このお城はどこの都道府県にあるでしょうか。  ヒント青森県愛知県福井県東京都正解は東京都です。これを聞いて意外に思われる方がいるのではないでしょうか。東京にお城なんてあるのかとお思いの方がいるかもしれません。このお城は東京都千代田区皇居(江戸城)の中にあります。江戸城富士見櫓です。明暦の大火(1657年)で江戸城の天守とともに焼失。万治2(1659)年富士見櫓は再建され、代用天守として使われてきました。 「今一番...第39回ふうちゃんのお城ブログ新春特集号ー江戸城の櫓ー

  • 第38回ふうちゃんのお城ブログ 五稜郭ー見隠塁・刎出し

    五稜郭タワーからの五稜郭です。2006年(平成18年)4月1日に新しい五稜郭タワーが完成したそうです。五稜郭タワーに上ることによって城の全体像を目にすることができます。大山古墳にもこのようなタワーがあれば全体像を見ることができるとおもってしまいます。五稜郭は五角形の星の形をした西洋式の城です。長野県佐久市には、同様な龍岡城があります。稜堡と呼ばれる星形の突角が、五角形状に突出しています。五稜郭タワーの掲示に上のような地図がありました。わたしが今回五稜郭でぜひ見たかったのは、見隠塁と呼ばれる土塁です。城郭検定の勉強の過程で知ったのですが、虎口から城の中の様子が見えないようにする土塁を設ける。一文字土居とか蔀(しとみ)とか呼ばれ五稜郭では見隠塁とよばれています。確かブラタモリでも取り上げられたことがあります。現存で...第38回ふうちゃんのお城ブログ五稜郭ー見隠塁・刎出し

  • 第37回ふうちゃんのお城ブログ 松前城2

    松前城には2回行ったことがあります。1回は函館空港からレンタカーでもう1回は木古内から路線バスで。今回は、函館からレンタカーを運転していきました。今回も木古内からの路線バスを考えたのですが、ロスタイムが多いのと戊辰戦争の舞台を思い描きたいということで急遽レンタカーにしました。戊辰戦争の舞台となったコースを通って運転したくなりました。それそれの場所でいちいち下車したわけではありませんが、箱館、七重浜、有川、富川、矢不来、茂辺地、当別、泉沢、木古内、知内、福島、松前と戦地と言われるところやその近くを通っていきました。木古内、知内、福島ではタイムを取りました。余談になりますが、前回、戊辰戦争を意識しなかったときは、新幹線停車駅(当時まだ駅の工事中)としての木古内観光地として北島三郎出身地としての知内横綱千代の山、千代...第37回ふうちゃんのお城ブログ松前城2

  • 第36回 ふうちゃんのお城ブログ 白老陣屋

    城郭検定の問題は城を見るための視点を提供してくれます。1855年(安政元年)開国を選択した幕府は、翌年奥州四藩に蝦夷地分担警備を命じた。各藩は蝦夷地に陣屋を建設したが、この時仙台藩が築いたのはどの陣屋か。第17回の1級での出題です。答えは白老陣屋です。室蘭には南部藩、増毛には秋田藩、浜益には庄内藩の陣屋がありました。白老は函館から特急で2時間40分かかります。アイヌ施設ウポポイのあるところとして最近では知られています。第18回では問題が少し進化しました。今まではどこの藩が何陣屋を築いたかを問うていたのですが、その守備範囲が問われました。安政2年(1855)年、幕府から白老~襟裳岬を経て国後・択捉等を含め蝦夷地の太平洋沿岸一帯の広大な地域の警備を命じられたのは、どの藩か。白老から襟裳岬を経て国後・択捉等を含め蝦夷...第36回ふうちゃんのお城ブログ白老陣屋

  • 第35回 ふうちゃんのお城ブログ 初めての箱館(函館)城の旅

    函館は今まで何回も行きましたが,今回は初めて訪れた所について述べてみます。土方歳三最後の地、四稜郭、北海道東照宮、函館市立博物館です。まず、土方歳三の最期の地です。函館駅の近く若松町福祉総合センター内にあります。函館駅から徒歩15分のところです。ここで銃撃戦が展開され土方が倒れたとは、今の町の様子からは信じられません。函館市街地が戦場だったことを改めて認識しました。学生時代青函連絡船で初めて着いた函館駅。ここから石川啄木の銅像がある大森浜まで徒歩で往復したのが函館での第一歩でした。それから何回も函館を訪れましたが、本当にここに来たのは初めてです。ここから四稜郭へタクシーで向かいますが、運転手さんに何回も「五稜郭ではないんですよね」と確認されました。城の勉強するまでその存在を知らなかった四稜郭です。四稜郭の解説で...第35回ふうちゃんのお城ブログ初めての箱館(函館)城の旅

  • 第34回ふうちゃんのお城ブログ 千葉県唯一の日本百名城・佐倉城へ

    佐倉城に行きました。千葉県で唯一の日本百名城です。京成佐倉駅から徒歩20分です。佐倉城と言うより「国立歴史民俗博物館」と言った方が分かりやすいしれません。佐倉城の椎木曲輪に「国立歴史民俗博物館」があるのですが。京成佐倉駅前の観光案内所でパンフレットを入手する。この城の特徴は、石垣のない土塁の城です。なんと言ってもこの城の他の城にないよさは、角馬出空濠だと思います。馬出は、城門の前にあり、固く守りながら、出撃に適した出入り口です。人馬の出入りを敵に知られないように土手があります。写真をご覧ください。この角馬出はコの字になっていています。長辺は121m(原寸通り復元)あります。短辺40m(原寸通り)濠の深さは3m(原寸5.6m)こんな大きな角馬出と濠をみたことありません。諏訪原城で大きな丸馬出と三日月濠を見たことは...第34回ふうちゃんのお城ブログ千葉県唯一の日本百名城・佐倉城へ

  • 第19回城郭検定 直後のレポート (ふうちゃんのお城ブログ 通算 33 回)

    11月14日に第19回城郭検定は終了しました。検定を受けた方お疲れ様でした。解答が公開され、自己採点をした方も多いことと思います。(https://www.kentei-uketsuke.com/shiro/)当日、2級を受けた知人から問題を見せてもらいました。何と、何とわたしがこのブログで取り上げた石火打町ふるさと村(備中松山城)南蛮たたき塀(名護屋城西の丸北)おかこい山(中津城)第19回城郭検定直前対策ふうちゃんのお城ブログ臨時号-ふうちゃんのお城ブログ(goo.ne.jp)この3問とも第19回城郭検定2級で出題されていました。わたしは予想屋をしたつもりはありませんが、驚きです。もし、このブログを読んでから検定を受けた方がいらっしゃったら嬉しい限りです。わたしも、やる気になります。もっとも来年になって6月の...第19回城郭検定直後のレポート(ふうちゃんのお城ブログ通算33回)

  • 第32回ふうちゃんのお城ブログ・群馬県の日本百名城・箕輪城をゆく 

    箕輪城(群馬県高崎市)に行きました。今回で3回目の訪問ですが、改めて堀の広さを歩いてみて実感しました。搦手口→二の丸→本丸→御前曲輪→堀へ下る→堀を歩き蔵屋敷で工事中の橋を見る→本丸に戻り橋の工事を見る→二の丸→土橋・大堀切・郭馬出西虎口門を眺める→郭馬出西→郭馬出西櫓門→搦手口と歩きました。午前曲輪から堀におります。この下を歩きます。こんな道を歩きます。人がいることで堀の広さと土塁の高さを感じる事が出来ます。堀を歩いて行くと御前曲輪と本丸の間に掛かる木橋の復元工事をしています。本丸に戻ります。本丸から見た工事中の木橋です。令和4年4月完成予定です。二の丸に戻り郭馬出方向を眺めます。土橋、大堀切、郭馬出、郭馬出西櫓門が見えます。土橋上から大堀切を見下ろします。郭馬出です。郭馬出の解説です。郭馬出西虎口門です。発...第32回ふうちゃんのお城ブログ・群馬県の日本百名城・箕輪城をゆく

  • 第31回ふうちゃんのお城ブログ 群馬県の日本百名城・金山城をゆく

    群馬県の日本百名城金山城を訪ねました。金山城案内図城廻を始めて頃、一度訪ねたことがあります。今回、関東の石垣の城としてのよさと関東平野の景色を堪能しました。太田道灌が「天下の名城」とここを訪ねて絶賛したといいます。『離合集散が激しい時代でありいつ何時、双方が敵対するとも限らない中道灌に敢えて手の内を見せ、「寄らば斬るぞ」という抑止力があったかもしれない』』という、伊東潤「歴史作家の城めぐり」の一節を思い浮かべながら、昨日の共は今日の敵の時代、相手に手の内を明かしたということは、ここを攻めても無駄だとという思いにさせたのではないか。と考えました。今私たちが見る石垣は、道灌が見た者とはちがうかもしれませんが、古い石垣が残っていました。それがこれです。解説もありました。(新田神社の裏にあります)では、いよいよわたしが...第31回ふうちゃんのお城ブログ群馬県の日本百名城・金山城をゆく

  • 第30回ふうちゃんのお城ブログ 小田原城再発見

    前回(29回)で小田原城の総構(惣構)についてふれました。今回は小田原城のお城の門についてです。その前にこれです。天守にある売店で購入しました。虎の印といわれるものです。2代目の北条氏綱から使われました。「祿壽應穩」(ろくじゅおうおん)とは「領民の祿(財産)と壽(生命)は應(まさ)に穩やかなるべし」領民の生命と財産は領主(北条氏)が守ることを意味しています。虎にはどのような意味があるのでしょう。現代では虎は百獣の王ライオンと並ぶ強い動物を表していると言えるでしょう。虎が北条氏で、強い北条氏が領民の生命と財産を守ることを表していると言えるしょう。 今回小田原城を訪問して見て新たな発見があったのは門についてです。いつも下の地図にある学橋を渡って2の丸、銅門、常磐木門、天守と行っていました。今回、正面入口は馬出門から...第30回ふうちゃんのお城ブログ小田原城再発見

  • 第10回ふうちゃんのお城ブログ 私見日本百名城(続を含む)めぐりの効用

    お馴染みの日本地図です。47都道府県が載っています。よくご覧ください。本ブログをご覧頂いている皆さんは、47都道府県をいくつ訪れたことがあるでしょうか。通過ではなく、一度でも足を踏み入れたことがある。途中下車で駅のホーム、空港の搭乗口、船の桟橋等に足を踏み入れたことがある場合は、訪れたことがあるとカウントしてよいことにします。わたしは、全て訪れたことがあります。両親を含め東京生まれ東京育ちのわたしですが、親と江ノ島(神奈川県)に海水浴に行ったり、林間学校で日光(栃木県)に行ったり都外に出ることはありました。都外に出たスタートがいつどこであったかは、はっきり記憶にありません。わたしが、意図的に意識して都外の道府県を回り始めたのは、大学3年の21歳のとき松島(宮城県)からでです。そのゴールは35歳山寺(山形県)でし...第10回ふうちゃんのお城ブログ私見日本百名城(続を含む)めぐりの効用

  • 第19回城郭検定 直前対策 ふうちゃんのお城ブログ臨時号

    第19回城郭検定(11月14日)が間近に迫ってきました。準備は着実に進んでいますか。受験票がもうお手元に届く頃ですね。今回受験される方に参考になればと思い、今、これを書いています。第18回城郭検定2級の問題(なごやちゃんねる–日本城郭検定の過去問分析に取り組んでいます!準1級・2級・3級に対応!みんなで日本城郭検定に合格するためのサイト!(nagoya-ch.com)に掲載)を解いてみました。(わたしは第18回で、2回目の1級を受験し、幸い合格しました)そのわたしが全く知らないこと(事実)が2級にも出題されています。わたしが2級を受けたのは第12回ですから、今から3年前です。この3年間で、受験者に求められる知識もバージョンアップされているのでしょう。 その一つ目が、石火矢町ふるさと村です。第2問「石火矢町ふるさ...第19回城郭検定直前対策ふうちゃんのお城ブログ臨時号

  • 第29回ふうちゃんのお城ブログ 小田原城惣構をゆく

    小田原駅の観光案内所で地図をもらいました。A小峯御鐘の台大堀切東堀を目指しました。タクシーに行き先「小峯御鐘の台大堀切」を告げると、「知らない」とのこと。早速、この地図を見せると、動き出しました。タクシーの運転手さんが現地の城を知らないことは城廻ではよく体験することです。こんな時に役立つのが地元の観光案内所の地図です。少し、不安を感じましたが、無事付近に到着することができました。惣構(総構)とは何か、この地図の初めに小田原城の総構(そうがまえ)は、小田原北条氏が豊臣秀吉との合戦に備え天正18年(1950)までに、小田原城とその城下を囲って築いた総距離9kmにも及ぶ大規模な堀と土塁による要塞の跡です。とあります。*要塞外敵等から戦略上重要な地点を守るために築かれた構築物。 この掲示板にはこのように書かれています。...第29回ふうちゃんのお城ブログ小田原城惣構をゆく

  • 第28回ふうちゃんのお城ブログ 横須賀城

    横須賀城横須賀城は、日本百名城でも続日本百名城でもありません。城郭検定ための過程で過程で知りました。その内容は次のようなものです。横須賀というと神奈川県の横須賀市(小泉純一郎さん・進次郎さんの出身地)を思い浮かべる人がほとんどだと思いいます。しかし、横須賀城は静岡県掛川市にあります。「高天神を制する者は遠州を制する」といわれるように、武田家と徳川家で高天神城をめぐって攻防戦が繰り返されていました。あの武田信玄でさえ高天神城を落とすことができなかったのです。武田家に奪われていた高天神城を取り戻すための中継地として天正6年(1578)徳川家康が大須賀康高に命じて横須賀城を築かせました。横須賀城縄張り図天守もあったようですが、この城の特徴は玉石で築かれた石垣です。近くの大井川や天竜川から玉石を運んできて積み上げたとい...第28回ふうちゃんのお城ブログ横須賀城

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