いわゆるフレンドシップ・デイ[Friendship Day]など一般開放日以外で、初めて横田基地内に入ったのは、たしか80年代中期。 _氏の古い友人の一人、_氏が一時的に帰国の時( US在住、旦那様は米兵=_氏は軍属。なんとなく理解は、いわゆる”オンリー”では? )。 友人宅の米軍ハウスに駐車( その友人はMP )、南側ゲート前、16号沿いの駐車場( 基地外 )で_氏…
基地の街を訪れたのは、主にエキゾチシズムを求めて( その独特な空気感、異国文物への憧憬 )。 たとえば日本語よりも英語表記なサインの目立つ街並みは、実家エリアの商店街とは趣が異なる。 ( 要は、基地周囲が面白い=フレンドシップでもない限り、そのものには入れないわけで ) ただ、留意は、70年代のことだ。VNM勃発特需下であり、ドルも強い=活気に満ちていた。 そして横田逍遥で際立って見えたのが…
マルティン・ベック[Martin Beck]って御存じです? スウェーデンはストックホルムを舞台とする警察小説、その主人公の名前。 全10冊からなる長編で、マイ・シューヴァル[Maj Sjöwall]とペール・ヴァールー[Per Wahlöö]御夫妻の共作( ともに物故 )。 スタート( 第一巻 )は1965年、ラスト( 第十巻 )は1975年と、10年間に及ぶ=その間のスウェーデン社会の変…
明治通りを東に進む、渋谷橋の交差点を過ぎてしばらくすると左手、通り沿いに”ニュー山王ホテル”という建物が。ホテルといっても在日米軍の施設、軍の管理下に。 何の特徴もない外観は米軍施設のわりには目立たないというか、周囲の景観に溶け込んでいる。けっこう大きな建物だが、気をつけていないと通り過ぎてしまうのではないだろうか。 一見、まるで高級マンションかのような入り口の中央部…
福生を初めて訪れたのは70年代のこと。よくいえば行動派、わるくいうと放浪癖がある子供で、暇さえあれば自転車で逍遥、その癖は未だに抜けない。 当時、福生への行き方は五日市街道をひたすら進む、それだけ( 実家から五日市街道まで約15分、東京サイクリングセンターの信号で水道道路を渡り、ママに北に )。 最近は上水沿いの道で( 上水沿いが最短距離。吉祥寺付近から自転車で約1時間、日中であれば自動車よ…
1988年10月31日、夜、22時ころだった記憶が、ダウンタウン( Downtown LA )に行こうという話に、まあ、ひまだった。 フルサイズのステーションワゴンにフル乗りすると、あえてフリーウェイを使わずにサウスベイからノルマンディ通りを北上。 ノルマンディ通りでダウンタウンまで抜けるには、後に”ロス暴動”の舞台ともなる区画を通ることに、普段は絶対的に避けるルート…
キャビン( レッドホース )でのパーティーはピークに達し、数人の女子が下着姿ママにバーカウンターの上で踊っていた、黄色い声援が飛ぶ。 まず、大型のジャグにテキラーをボトル一本、そこにアルコールを片っ端から入れて満タンするとシェイク、それを皆で回し飲みする( ラッパ飲み )。 減った分のアルコールを注ぎ足すと( 酒ならなんでもOK )、さらに回し飲み。パーティーでは定番の飲み物だが、よく急性ア…
多摩ヒルズでのパーティーは、たいていは突発的、たとえば誰かの誕生日もしくは送り出し会( 米兵は2年周期で転属 )などなど。要はサプライズ、単純にバカ騒ぎ。 基地内のクラブ・バーでウダウダしているとスポンサー・ホスト側の女の子が教えてくれる( 日時、場所などの情報が回ってくる。当時、携帯電話は一般的ではない )。 週末の午後、ゲートでチェックを受ける。ママに直進、山に向かって進み、テニスコート…
サウスベイ地区が嫌い・苦手な方も、その理由を尋ねると、「さびしいから」だそうだ( それはたとえばDowntown LAと比較して )。 朝5時ころだろうか、ウエスタン通りのダイナー( Fantastic Cafe )で一人でコーヒーを飲んでいた、外にはサウスベイ特有のガスが出ている。 目の前のバス停では、ヒスパニック系の人々がバスを待っていた。通りの向こうには見るからにローコストな住宅が広が…
多摩サービス補助施設( Tama Hills Recreation Center )
軍関連の内容は曖昧にした、観光地ではない、特殊な場所は特殊なままでよい。実は日記サイトにUPした内容のリライト、かなり以前の話に。 そこは放置していたが、気づくとサイトそのものが消失( サービスが終了 )。当時、ネット上に”多摩ヒルズ”関連の情報は皆無に等しかった。 私も具体的な呼称は伏せた( 私達の間では”多摩”で通じた、多摩ヒルズとは呼ばな…
LAで日本的な場所といえば( 一般的に )リトル東京なのだろうが、80年代のガーデナ( City of Gardena )も日本人街のような雰囲気に満ちていた。 ( 逆に、小東京のカルチャーをあまり体験していない。年上の方の話では、それまでは? 小東京に活気があり、コミュニティとして機能していたそうだ ) 知人( カルヴァー・シティに住んでいたR )の「ガーデナでは英語が必要ない」という言葉…
基地に通うような女の子は、たいていは地元の子達もしくは基地従業員( 地方公務員 )の関係者というか、いずれにしても地域との繋がりがあるようだった。 単独の女性が遊びに来る( 迷い込む? )というのは見たことがない。ただ、米兵が( どこかでナンパした子を )連れてくることはある( 案外? 多くはない。ほぼステディなんです )。 国内の米軍基地には独特の雰囲気が、男女ともに基地に合う子と合わない…
これは”サウスベイ・ブルース”のつづき、トーランス( City of Torrance )も日本に紹介されていないマイナーな場所かも。 LAの遥か南でレドンドビーチ( Redondo Beach )の隣、ガーデナよりは海に近くて海岸もある( ガーデナの下、南に位置 )。 トーランスで最も知られているのは世界最大規模の”モール”とされていたデルア…
91年に「イエローキャブ( 家田荘子著、ノンフィクション )」が出版、ちょっとしたブームに、同じテーマを扱う書籍が出版されたりも。 イエローキャブ( 日本人女性の )という言葉は家田氏による造語だそうですが、要はメディアが、いわゆる”外専”と呼ばれる子達の存在を煽った。 ( おそらく編集者と代理店の意向として”イエローキャブ”という俗称を仕掛け…
これは”Gardena( ガーデナ )”のつづき。サウスベイという地区は観光とは無縁? 普通の街( 普段の生活が垣間見れる )という点が魅力。 仕事で行き来していたのは91年ころまで、その後は94年まで個人的に( ただ、内陸側がほとんど )。再び仕事で訪れたのは2000年と2004年。 クライアント( 国内企業 )指定の宿が偶然にもサウスベイ( 2000年はトーランス…
週末の夜、基地に向かって車を走らせていると、それだけでなにかわくわくした。_橋で川を渡る( この橋そのものが架け替えで消滅 )、ゲートの灯りが目印、MPボックスに入ると簡単なリストにサイン。 MPボックスを出てゲートを通過すると、なにか、週末の夜の入り口に辿り着いたような気分になれた。ビジターパーキングに向かう、友人の車を探しながら大きく一周してから適当に駐車、クラブに向かう。 在日米軍基地…
ガーデナ( City of Gardena )とサウスベイ地区の備忘録、80年代後期から2004年前後。 おそらくガーデナ市は日本に紹介されていないマイナーな場所、LAに比べれば田舎でも、リトル東京よりも( 日系の間では )メジャーな印象。 LAの遥か南でトーランス( City of Torrance )の北側、いわゆるサウスベイの一部になるが海岸沿いの街ではない( 距離は近い )。 日本で…
東京都西部、米軍宿舎跡地を左折、突き当たりを右折、次の信号を左折すると川沿いの道に出るので山側に向かう。最初の橋を渡り踏切を越えて右折、そのまま進むと街道沿いに基地のゲートとフェンスが見えてくる。 特に夜間は照明で照らされたMPボックスが闇の中に浮かび上がるようで目立つ。俗称”_”、旧帝国陸軍の弾薬庫跡に在る米軍のレクリエーション施設、いわゆる米軍キャンプの中では都心…
日本には駐留米軍という存在が、大規模なものでは福生の横田基地や大和の厚木基地などの飛行場、横須賀や佐世保といった海軍施設、さらに座間キャンプや瀬谷の通信基地のような軍関連の施設が各地に点在、接収地も含めるとかなりの数になるだろう。 関東圏の基地はほぼ見ている。横田、厚木、座間、瀬谷と横須賀は基地内まで入った( 瀬谷は兵舎内にも入ったことが )。キャンプ・ドレイク( 朝霞 )は単に外から眺めた…
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