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2021/06/06

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  • 「教育とは、金の暴力である」ことを、授業形態の観点から解説。

    現在試行中の教育形態の1つに、反転教室というものがある。大雑把に言えば、授業と課題の役割を逆転させるというものだ。 今までは基本的に、授業内で基礎知識を習得し、その復習や一部応用を授業外の課題で行っていた。反転授業は、基礎知識の習得を授業外の課題で行い、その復習や応用を授業内で行うというのだ。また、反転授業ではオンラインで課題を提供・取り組めるように設計する、いわゆる『開かれた教室』を採用することが多い。いつでもどこでも課題に取り組むことができ、通話を通じた生徒同士の意見交換や教員への質問も可能。オンライン課題の提供形式に縛りはなく、動画を用いることもあるようだ。そして、今まで基礎知識習得のために使用していた授業内時間を、習得してきた基礎知識の復習・補填とそれを用いた応用的学習に割り振る。化学であれば実験...「教育とは、金の暴力である」ことを、授業形態の観点から解説。

  • 誰かに指示して行動させたいときに気を付けるべきこと。

    誰かに指示して行動させたいときに気を付けるべきこと。行動させたいのであれば、行動させたい理由をできる限り説明すること。説明不足は意欲減退を招くのだ。 私たちは、なんらかの理由を持つか、あるいは指示をもらうかして行動を起こしている。これらの理由や指示は俗に動機と呼び、持ち方・もらい方を基軸にいくつかの段階に区別できる。なんの理由も持てず、もらえすの場合は非意欲(アモチベーション)。誰かから指示をもらい、その指示にあまり理由を見いだせない場合は外的規制。誰かからの指示を「それをしなければいけない」と解釈した場合は内的規制。誰かからの指示を「やっておく必要がある」と理解した場合は統合的動機。誰かからの指示を「私のためにも重要な機会だ」と納得した場合は内在化。誰からの指示もなく「ワタシ、コレ、スキ」と発生した場合...誰かに指示して行動させたいときに気を付けるべきこと。

  • 「勉強を強いれば成績は上がる」のは、本当だろうか?

    ※この記事は「1つのテストで図れるほど、教育は甘くない。」の補足です。リンク先の記事の閲覧を推奨します。 かなりの問題点が挙げられるハイステークステストだが、ではなぜ米国政府はこれを良しとしたのだろうか?考えられる理由の1つに「少なくとも成績の向上が見込めるから」が挙げられるだろう。 参考文献の限り、「学校のテスト平均点を上げるために、成績が芳しくない生徒をテストに参加させない」などの不正を行わなかった学校は、ハイステークステストの導入後、テスト指定科目においてテスト平均点が向上したという。また、ハイステークステストの導入後数年間は指定科目において急激な平均点向上が観測されたというのだ。 ただ、この結果には懐疑的にならざるを得ない。平均点向上が、本当にハイステークステストによって促されたかものなのかが確定...「勉強を強いれば成績は上がる」のは、本当だろうか?

  • 意欲を無視した教育方法に、意欲が湧く道理はない。

    ※この記事は「1つのテストで図れるほど、教育は甘くない。」の補足です。リンク先の記事の閲覧を推奨します。 参考文献の限りでは、ハイステークステスト、特に2001年の落ちこぼれ防止法により制定された米国の教育策は勉強の持続を損ねる。これは、特に意欲など動機に関する観点からの提唱である。勉強の持続は学力向上に直結するため、この観点から見た場合、ハイステークステストは最悪学力低下につながるといえる。 理由を列挙する。まず、ハイステークステストは基準となるテストの点数次第で報酬or罰則が決まるものであり、勉強の持続に欠かせない対象生徒の学習意欲とその発育を担保するものではない。また、ハイステークステストという重荷は統制的動機、つまり対象生徒が持つ意欲とは無関係に与えられるため、学習意欲の維持が難しい。ハイステーク...意欲を無視した教育方法に、意欲が湧く道理はない。

  • テストの注力を強いられれば、テストのために動くようになる。必然的に。

    ※この記事は「1つのテストで図れるほど、教育は甘くない。」の補足です。リンク先の記事の閲覧を推奨します。 ハイステークステスト、特に2001年の落ちこぼれ防止法により制定された米国の教育策は、基準となるテストの点数次第で、教員の給与や在職期間、生徒の高校卒業の可否が決定されるという代物だ。その特性上、ハイステークステストは教員や生徒にとって自分の人生を揺るがしかねないほど比重の重たいものとなる。なので、学校側はカリキュラム(教育過程)の変更を、生徒側はテストへの注力を余儀なくされる。ここまでは、学力向上を狙う米国政府の思惑通りである。 が、ここで誤算が生じる。参考文献の限りでは、学校や生徒が行ったのはあくまでもハイステークステストへの対処であり、学力全体の向上を目指したものではなかったというのだ。まず、テ...テストの注力を強いられれば、テストのために動くようになる。必然的に。

  • 1つのテストで図れるほど、教育は甘くない。

    教育に限らず、多くの場面においてハイステークステストは適応されている。ハイステークステストとは、ある基準(テスト)を用いて対象を計り、一定以上の成績を収めたものには合格や報酬が、そうでないものには不合格や罰則が与えられるというもの。わかりやすいものは運転免許証等の国家資格の試験だが、今回は特に2001年の落ちこぼれ防止法により制定された米国の教育策を取り上げることとする。 これは(日本で言う)中学高校を対象としたもので、基準となるテストの成績を学校単位で集計、参加生徒の平均値が一定以上であれば教師などにボーナスが入り、一定以下であれば教師に追加講習などのペナルティを課すというものだ。また、俗にいう高卒認定試験も導入され、これに合格しなければ高校を卒業することができないものとした。諸々の提唱で生徒の成績低下...1つのテストで図れるほど、教育は甘くない。

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