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pes2040さんのプロフィール

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ブログタイトル
厭世呆世の記憶
ブログURL
http://user2039.livedoor.blog/
ブログ紹介文
現実は映画やドラマやアニメではない。
更新頻度(1年)

6回 / 13日(平均3.2回/週)

ブログ村参加:2020/07/25

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ハンドル名
pes2040さん
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厭世呆世の記憶
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厭世呆世の記憶

pes2040さんの新着記事

1件〜30件

  • 1945への回帰?

    ・戦争時末期の日本がポツダム宣言の受諾を決断せず、戦争を継続していたこと、その結末が2発の原子爆弾となったかもしれないこと。・ウイルス対策で国のトップの方々が十分な政策を打ち出しているようには感じられないこと。・戦時中何をされたかわからない外国人捕虜の方々

  • 気にかけてもらいたかったんだろう?

    自分は幼い頃に、おそらく誰にも話したことのない気持ちがあった。それは、正確には覚えていないが、もし自分が入院するほどのケガや病気になったのなら、もっと人から気にかけてもらえたのだろうか、といったものだ。幼稚園の頃、大人数(多分)で遊ぶ機会はあったのですが

  • 遺体

    蝉がたくさん鳴いている時期だ。人間もいずれ死んでしまう運命にあるのですが、果たして、アスファルトに蝉の亡骸がある時は一体誰が何が処理するのだろうか。などと考えてみても、それは人間も同じだ。誰も自分の遺体を自分で処理することはできない。処理するのは、いつも

  • 回想日記-これまでの大学生活

    高校時代の精神状態の面影を残していた自分は、実家から離れた親戚の家から通学することにしました。1人で生活するのはまったく自信がなかったため、志望校を決める時点でそうしていました。しかし、そこは大変厳しく、心がさらにすり減りました。また、過去の出来事が気がか

  • 回想日記-高校時代

    自分は、頑張って同じゲームをしている人に近づいていきましたが、一緒にゲームをしていても、どうも自分があまり話さないので、次第に距離が離れて行きました。学校は男女共学ではなかったのですが、自分は隣の席の人に声をかけるのさえ躊躇ったので、ほぼ誰とも話さない日

  • 回想日記-中学時代

    何回かにわたって、過去の話をしようと思います。なぜか、学校の女子を怖い存在だと思っていた。なので、女子と話すことはほとんど無かった。クラスの友達は少なく、なにかあだ名をつけられ、ばかにされていたときもあった。そのくらいだったから良かったのだけれど。クラス

  • 生きてなくても良かったという基本的安心感

    これは、生に対する姿勢や考え方の話です。自分は、生きる気力が高校3年の途中で無くなってしまい、今は別に生きることはしんどいとかしか思っておりません。でも、その当時は勉強への意欲も大きく無くしてしまい、なんとか得意教科だけしたりして、日々を過ごしました。それ

  • 厭世と社会

     自分は中学、高校と人間関係では、人に近づこうと頑張った。でも、話に乗れなかったり、なじめなかったりでした。まぁ、仲の良い人が0というわけではありませんが。 大学生活は遊びが多いのだと思っており、友達も欲しいと思っていました。3つの団体に入ったりして、そ

  • はじまり

     初めまして、このブログでは厭世的な自分の出来事や考えなどを記していくつもりです。はじまりがあるということは、このブログにも終わりがあります。それは自分が死んだときか、やる気がなくなり長らく更新しなくなったときか、思わず規約違反してしまったときか。どうな

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