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九十九物語(つくものがたり) https://tsukumo9951.hatenadiary.com/

怪談……というか、不思議なお話を99話集めようと思います。ここに書かれているお話は私と、私の直接の知人が体験した話です。

九十九耕一
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2020/06/21

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  • 第四十二話 ベランダの母

    第四十話「白猫天使」の話を聞かせてくれたFの娘が、まだ小学生のころの話。 学校から帰ってくるなり、娘が言った。「ママ、気づかなかったの? 手、振ったのに!」 なんのことかと、Fは思った。 Fの住まいはマンションの5階。娘は帰り道、部屋が見えてきたところで、Fがベランダにいるのを見つけた。こちらを向いているように見えたので大きく手を振ったが、ベランダの母はたたずんだまま、なんの反応もしなかったと言う。 そんなはずはなかった。Fは部屋の中にいたのだから。 結局、他のお宅と見間違えたのだろうということになった。 それからしばらくして、同じマンションの住人から、妙な噂を聞いた。「知ってる? ここ、火の…

  • なんだ、霊か

    猫の霊で、私もひとつ、自分の体験を思い出した。 高校生の時だ。学校から帰り、自分の部屋に行こうとすると、階段の下に猫がいた。グレーっぽい、トラ柄の猫が、毛づくろいをしている。 私はギョッとした。なんで猫が? 猫は好きだが、飼っているわけでもない猫が家の中にいたら驚く。それに少し前に、知り合いの家に野良猫が入ってきてしまい、出そうとしたら逃げ回って、ひどく苦労したという話を聞いていた。 どうしたらいいのかわからず、そのまま突っ立っていると、猫が私に気づいた。私を見て、ビクッと固まる。 野良猫なら、ここでサッと逃げるだろう。だがその猫は、固まった状態のまま、すーっと消えていった。「なんだ、霊か。び…

  • 第四十話 白猫天使

    犬の霊の話をしたら、「うちには猫の霊がいる」 と話してくれた知人がいる。 Fは子どものころから猫との生活を続けているのだが、彼女の家には猫の霊がずっといると言う。もっとも、姿は見えず、気配だけなのだが。 その気配は、飼い猫が息を引き取る少し前から現れる。 子どものころ、Fは北海道で暮らしていた。暖炉のある家だった。暖炉の上には家族写真が飾られ、その中にトラ猫のミヨとFが写っている写真があった。Fの父はその写真を見ながら、ずっと昔に出逢った猫のことを、よく話してくれたそうだ。 それはFの父が結婚する前の話だった。まっ白な子猫を拾ったそうだ。目が赤かったので、いわゆる白猫ではなく、アルビノであろう…

  • 第三十九話 ひとつもらおうかと……

    第三十八話のAが、25年以上前に体験した話である。 その夜Aは、アパートの自室で、壁に背中を預け本を読んでいた。向かいにテレビがあったが、消してある。 と、視界の端に動くものが入ってきた。白い、マルチーズのような小型犬だった。 玄関も閉めたはずだし、窓も開けていない。「なぜ犬が?」と思っているところに、右手に別の気配を感じた。 そちら側には押し入れがある。襖は閉めてあるが、その奥を覗うように、中年の男が立っていた。両手をポケットに入れ、上体を倒し、押し入れの下段辺りを、じっと見つめている。 Aはぎょっとした。犬だって入ってくるはずない部屋に、なぜ見知らぬ男が、気配も感じさせずに入って来られたの…

  • 第三十八話 犬の幽霊

    ある霊能者がテレビで「動物の幽霊はいない」と言っていた。この世に思いを残しているから幽霊になるのであって、人間以外の動物にはそこまでの思いはないのだという。 でも、それは本当だろうか? 第十九話「猫の死神」に書いたが、ドブ川に落ちたところを助けてやった猫は、私にとてもなついた。また第九話の「身代りの犬」では、まるで祖母の身代りになるかのように死んだ犬のことを書いた。 こうしたことからも、動物にも「思い」があることはわかるのだけれど。 つい先日の話である。 AはTSUTAYAの書籍コーナーを歩いていた。すると、棚の影に小型犬がいるのを見かけた。 Aは犬が嫌いなわけではないけれど、お店の中に、ケー…

  • 第三十七話 会釈を返した母子

    「もう20年以上前の話だけど……」と、Sは語り始めた。 当時、音響の仕事をしていたSは、地方公演のスタッフとして全国いたるところに飛び回っていた。中でも広島には何度も訪れたそうだ。 ある時、いつもの宿が取れず、数名のスタッフがホテルに泊まることになった。Sは役者Oと相部屋になった。相部屋とは言っても、その部屋は6畳間がふたつあったので、ゆったりできると、少し嬉しかったそうだ。 その夜、仕事が終わり、いったん部屋に引き上げたSは、強い眠気に襲われた。そんなに疲れたわけでもないのだが、知らず知らず疲れが溜まっていたのかもしれない。少し横になることにした。 ふと気がつくと、隣の部屋から人の気配がした…

  • 第三十六話 曾祖母の添い寝

    友人Aがまだ幼いころ、母方の曾祖母、つまりひいおばあさんが存命だった。高齢のため、多くを床で過ごしていたが、寝たきりというわけではなく、それなりに元気だったそうだ。 ひいおばあさんは娘(Aのおばあさん)には厳しかったが、初孫であるAの母、そして初曾孫であるAを、とてもかわいがっていた。Aはおばあさんの家に行った夜は、ひいおばあさんの隣の部屋で寝ていた。AとAの母、そしてAの妹と、3人で床を並べてていたのだそうだ。襖を隔てた隣の部屋から、ひいおばあさんの子守歌が聞こえてきたと言うから、愛情の深さが伺える。無論Aも、そんなひいおばあさんが大好きだった。 元気とは言っても、高齢である。Aと過ごす時間…

  • 第三十五話 地方公演

    劇団を運営しているY夫妻から聞いた話。 その日、Y夫妻は地方公演のため、劇団員と共に車で、とある劇場に向かっていた。 途中、嫌なものを見た。事故現場である。山道にさしかかっており、車通りは少なくなっていた。ついスピードを出しすぎてしまったのか、一台の乗用車が電柱に突っ込んでしまっていた。車の前部はV字に凹み、電柱を抱き込んでいるように見えた。かなりのスピードで突っ込んだのだろう。 事故が起きてから、まだそう時間はたっていないようだった。外にいる人のようすから、救急車待ちであることが、なんとなくうかがえた。 Y夫妻も劇団員も、事故車の具合から「これは亡くなってるかも……」と思ったそうだ。 劇場に…

  • 第三十四話 電話回線のドッペルゲンガー

    「ドッペルゲンガー」とは、簡単に言えば「もうひとりの自分」である。「三回見ると死ぬ」などと囁かれることもあるが、真偽のほどは定かでない。 同僚Nは、過去2回、もうひとりの自分を感じたことがあると言う。「見た」のではなく、もうひとりのNは、電話の向こう側にいるらしい。直接話したことはなく、知人が、もうひとりの自分と話したのだそうだ。 一度目は、娘がまだ幼稚園に通っていたころだそうだ。ママ友のYはある日、N宅に電話をかけ、「娘さんと遊びにいらっしゃいよ」と声をかけたそうだ。Nは「じゃあ、2時に行くね」と答えたそうだ。しかし、約束の時間を過ぎてもNは来ない。夕方にもう一度電話をかけたが、留守だった。…

  • 第三十三話 おかしなボール

    教習所へ通っていたころだから、二十歳くらいの話だ。教習所へ向かう途中に、バッティングセンターがあった。時間調整のためや、嫌な教官に当たってしまったときの憂さ晴らしに、私はときどき、ここに寄った。 ある日のこと、私はいつものように、一番左のボックスに入った。野球は遊びや体育の授業(あれはソフトボールか)でやっただけだが、剣道をやっていたこともあってか、打撃はまずまずである。毎回同じようなスピードで、まっすぐ投げられる球なら、だいたい打ち返すことはできた。バッティングセンターでは、他人のバッティングを後ろで見ている人がたまにいるが、この日もふたり、そうした人が私を見ていた。 何球目だったか。私の視…

  • 第三十二話 賽の目

    作家のT先生から聞いた話である。 ちょっとした集まりで、知り合いのFが妙なことを言い出した。「ぼくね、すごいことができるようになったんだよ」 T先生のほかにふたりの人がいて、Fの話に耳を傾ける。 Fは小さめのサイコロを4つと、湯飲みをひとつ取り出した。最初から皆に見せるつもりで用意してきたのだろう。 Fは丁半博打のようにサイコロを湯飲みに入れ、テーブルの上に伏せる。そして滑らせるように、くるくると湯飲みを回した。湯飲みを開けると、サイコロの目はすべて赤い点、1である。何度やっても、すべて1が出る。しかし、ほかの人がやってみると、当然のことながら、目はばらばらだ。 皆はFが、手品を習得したのだと…

  • 第三十一話 井戸の老婆

    友人IとFが福岡に住んでいたころの話だから、10年ほど前だろうか。 暦の上では夏は過ぎたが、まだまだ暑い日のことである。ふたりは川沿いを車で移動していた。何度も通っている道だ。 突然、運転をしていたFが悲鳴を上げた。古井戸の手前である。 Iには見えなかったが、Fには見えた。古井戸から、老婆が出てきたのである。それだけでも異常だが、老婆の顔は、明らかに大きかった。そしてなにか叫んでいるようであった。 Fは何度か、この世の者でない人を見た経験があった。「危ない! 引きずられる!」 咄嗟にそう感じたFは、老婆から視線を反らし、前だけを見ることに集中したそうだ。 お彼岸の中日には、地獄の蓋が開くと言う…

  • 第三十話 三俣のお地蔵さん

    知人Fが高校生のころの話だ。Fには兄がいるのだが、悪性リンパ腫で入院、放射線治療、手術を繰り返していた。医者から「覚悟はしておいたほうがいい」と言われたそうだ。 そんなある日、Fの夢に、亡くなった父が現れた。大きな扉があり、扉には後光が差していた。荘厳な空気の中、扉が重々しく開き、光の中から父が現れた。「線路の脇の小さな祠に、お地蔵様がいる。お地蔵様に手を合わせ、兄の回復を祈りなさい」 亡き父のお告げであった。 Fは姉にも兄にもこのことを話した。「そういうお地蔵さん、知ってる?」「それって……三俣のお地蔵さんじゃないかな?」 姉がそれらしきお地蔵様を知っていたので、兄弟で行ってみると、まさに夢…

  • 第二十九話 仏間の気配

    Nが高校生のときの話。Nは妹とふたりで、ミュージシャンを夢見ていた。当時は北海道在住で、コンテストにも何度か出場したらしい。 ある晩、姉妹はふたりで留守番をしていた。居間で、曲の練習をしていたそうだ。Nはギターを弾き、妹が歌う。 と、妹がふっと歌うのをやめた。Nもギターを弾く手を止める。「なんか、音がしない?」 妹は、隣の仏間から物音が聞こえたと言う。言われてNも気づいたが、外にいる飼い犬が、やけに吠えている。 これは、もしかしたら、泥棒が入っているのではないだろうか? Nは、小遣いを貯めてやっと買ったギターを盾に、恐る恐る襖を開けた。しかし、仏間には誰もいない。 気のせいだったとホッとして、…

  • 第二十八話 校庭の大銀杏

    Kが中学生のときの話である。 ある夜、友人と共に学校の校庭に忍び込んだ。特になにか目的があったわけではない。この年頃の男の子には、夜中に学校に入ることそのものが意義のあることなのだ。 N中学校の校庭には、大きな銀杏の木がある。Kの話を聞いて、私もN中学校の外側から銀杏を確認した。体育館の斜め前、「校庭の隅」と言うにはやや中寄りという、中途半端な位置に、大木はあった。 その根元に、Kたちは座っている人影を見つけた。青っぽい作業着を着た男。男はKたちが自分に気づくのを待っていたかのように、すうっと立ち上がった。「ヤバい! 怒られる!」 Kたちは思い、走って体育館の裏に逃げ込んだ。しかし、逃げ込んで…

  • 第二十七話 深夜にたたずむ少年

    同僚Kが話してくれた。7、8年前のお盆のことだそうだ。 当時夜勤だったKは、会社が休みでも夜更かしの習慣は抜けず、深夜1時ごろ、近所のコンビニに買い物に出かけた。帰り道、友人から電話がかかってきて、おしゃべりをしながら歩いていたと言う。 Kは住宅街の曲がり角で、何の気なしに曲がった。自宅へ最短距離で戻るには、もうひとつ先の角を曲がるべきなのに。おしゃべりに気を取られていたせいだろうか? と、少年の姿を見かけた。小学校高学年か、中学1年生くらいか。真夜中ではあるが、夏休みだし、さほど気にしなかった。けれど、近づくにつれ「おかしい」と思った。 少年は街灯と、家の塀の間に立っている。うつむいて、じっ…

  • 第二十六話 小さいおじさん

    一時期、テレビなどでも「小さいおじさん」の目撃談が流されたが、私の身の回りにもひとり、目撃者がいた。 私がパン屋さんで働いていたときだから、もう13、4年前に聞いた話である。同僚のHが話してくれた。 Hが子どものころ、法要かなにかで、親戚一同がお寺に集まったときのこと。お墓に手お合わせ、戻る途中、にわかに雨が降ってきた。慌てて本堂脇の休憩所に駆け込み、雨宿りをした。 外を見ながら、立ち話する大人たち。子どもの目線は低い。Hは大人たちの足許に、妙なものを見た。10cmに満たない小さなおじさんが、親戚の伯父さんのかかとを、一所懸命押していた。母親に「小さい人が、なにかしてる」と言ったが、大人同士の…

  • 第二十五話 風鈴草

    続けて、職場のNの体験談を。 Nはマンションの1階に住んでいた。花が好きなNはある日、軒下に風鈴草を植えようと思った。風鈴草はカンパニュラの1種で、白や薄桃、紫といった色の、ベル型の花を咲かせる。種類にもよるが、1メートル以上の背丈になることもあるらしい。 Nは紫の風鈴草を植えようと思い、ホームセンターに苗を買いに行った。ところが、白い花の苗しか売られていない。しかたなく白い花の苗を買って、植えてみた。マンションの壁も白だったので、なんだか冴えない。「でも、風鈴草だから」と自分に言い聞かせ、せっせと世話をした。 多年草らしく、翌年も白い花を咲かせた。せっせと世話をしつつも、Nはやはり不満だった…

  • 第二十四話 大きな流れ星

    職場のNが、高校生のときの話だ。 Nは当時、北海道に住んでいた。高校へは電車通学。部活が終わってから帰宅すると、けっこう遅い時間になってしまう。幸い、近所に同じ高校に通う友人がいたので、ふたりはいっしょに帰っていた。 夜7時。もう辺りはすっかり暗い。けれど友人とおしゃべりしながら歩くので、怖くはなかった。 ふと、Nの視界の端に、なにかが映った。電柱の上の方。電線をなぞるように、月ほどの大きさの明かりが、すうっと動いている。青白く光り、尾を引くように移動する明かりは、3秒ほどで消えてしまった。3秒とは、短いようで、けっこう長い。「今の見た!?」「流れ星かな!?」「大きかったよ! 隕石かもしれない…

  • 第二十三話 伏見稲荷大社の狐

    神社の話をもうひとつ。 友人Mから聞いた話である。 Mは「そうだ! 京都へ行こう!」と思い立ち、京都へのひとり旅に出かけた。 最終日、予定していた観光を済ませたが、まだ時間がある。「ついでに伏見稲荷も行っておくか」 そう思い立ち、伏見稲荷大社へ向かった。 伏見稲荷大社と言えば、千本鳥居が有名で、度々雑誌やテレビでも紹介され、観光スポットにもなっている。全国の稲荷神社の総本宮である。 Mは本殿に手を合わせ、千本鳥居へ。「途中で、奥の院の案内板を見つけ、正規のルートを外れた」とMは言っていた。私は伏見稲荷大社へはお参りしたことがないのだが、調べてみると確かに別ルートがあり、稲荷山山頂の一ノ峰への時…

  • 第二十二話 須佐神社の圧

    今でこそ私は神社に興味を持ち、旅行に行った際にはまず現地の神社をお参りするけれど、それはまだ、ここ数年のことである。それまでは神社に対し、特に敬意を払うこともなかった。 細々ではあるけれど、童話を書くことを生業にしている私は、日本の神話にも興味を抱いていた。数年前、「そうだ、出雲に行こう!」と思い立ち、にわかに古事記を読んで旅に出た。 いくつもの神社を巡る旅で、最初に行ったのが八重垣神社だった。一応の礼儀として、ぎこちなく二礼二拍手一礼はした。ここで初めて、御朱印帳をいただいたのだが、この時の私はまだ、スタンプラリー感覚であった。 旅行二日目。朝早くに起き、移動。この日はまず、須佐神社に行くこ…

  • 第二十一話 歩道に立つ男

    同僚の女性Nから聞いた、数年前の話である。 私もNも帰宅時間は遅く、Nの場合は23時が定刻だ。当時Nは職場までは徒歩だった。片道30分ほど歩くそうで、なかなかの距離である。 その夜は、傘を差そうか迷う程度の小雨が降っていた。30分も歩くので、Nは傘を差していた。 市役所脇の歩道は、わりと広いそうだ。だが、その歩道の真ん中に、Nに背を向ける形で、小太りの男が立っていた。傘は差していない。 携帯電話でも見ているんだろうか? Nはそう思ったと言う。少しうつむき加減に見えたそうだ。 だんだんと近づくNに、男はまったく気づくようすがない。Nは気味悪さを覚え、いったん車道を渡り、反対側の歩道を歩いて男を追…

  • 第二十話 幼年期の千里眼

    同じ職場で働く年上の男性Kに、なにか怪談めいた体験はないか尋ねたところ、「ない、ない!」と即答だった。「お化けなんか見たら逃げちゃうよ」と笑う。しかし、しばらくして「そういえば……」と話してくれた。 Kは小学校に上がるくらいまでの間、人の死期がわかったと言う。顔見知りの人でも、テレビに映る人でも、見たとたんに、死期の近い人はわかったそうだ。「あ、この人もうすぐ死ぬよ」 子ども故、事の重大さがわかっておらず、感じたままを口にしてしまう。初めのうちは、母親も気にも留めず「あら、どうして死んじゃうの?」などと軽い気持ちで問い返していた。「車にぶつかって、死んじゃうの」 テレビ俳優はそれから間もなく、…

  • 第十九話 猫の死神

    もう30年ほど前の話である。 我が家の辺りに、白い野良猫がいた。 ある日白猫は、近くの川に落ちてしまった。今でこそ整備され、そこそこきれいな川になったが、当時はまだドブ川に近かった。危険防止のため、フェンスが張られている。白猫はどうやら他の野良猫に追いかけられ、フェンスの上に飛び乗ったものの、足を滑らせて落ちてしまったようだ。 フェンスの上から川までは、4メートルほどの高さがある。猫なら、無傷で着地できるだろう。ただ、その後が問題だ。川の両側はコンクリートブロックで固められていた。そのため、爪を立てても登ることができないのだ。私は梯子を下ろし、ヘドロまみれになった猫を抱き、助け上げた。母がバス…

  • 第十八話 鳩の危機

    数年前のことである。小雨の降る中、傘を差し、池袋駅を目指して歩いていた。交差点で信号待ち。長めの横断歩道を渡れば、もう東口にたどり着く。 ぼうっと前方を見ていると、はらはらと落ちてくるものが視界に入った。傘をずらして見上げると、信号の上に2羽のカラスと1羽の鳩がいる。いや、鳩は「いる」のではない。左の翼を1羽のカラスに、嘴の付け根あたりをもう1羽のカラスにくわえられ、宗教画で見るのような磔の格好にされていた。私以外の人々も気づき、息を飲む。 そういう状態になるまで、どれほどいたぶられたのだろう? 鳩は力を失い、なんの抵抗もするでなく、翼を広げられていた。 はらはらと羽が落ちる。「酷い……」と、…

  • 第十七話 幻の広場

    私は生来の方向音痴で、子どものころ、何度迷子になったかわからない。そのころの話なので、はたして不思議なのかどうかもあやふやである。 小学校低学年のころの話だ。家から少し行ったところに「地獄谷」と呼ばれる場所があった。無論、正式な名称ではない。今思い返せば、ちっとも地獄ではなかった。清水が湧き、小川の流れるところだ。小川の近くに生えていたのは葦だったろうか? ともかく、背の高い植物が、わりと広い範囲に茂っていた。小川を挟んで、葦の原の向こう側は雑木林の斜面。子どもたちはこの地獄谷で、ザリガニを釣ったり、カブトムシを獲ったりして遊んでいた。 ある日、私はいつものように友達と地獄谷へ行った。長袖を着…

  • 第十六話 ムカデの気配

    友人Aは若いころ、設計事務所で働いていた。その事務所で手掛けていた、都内のオープン前のレストランでの話である。 作業も大詰めを迎え、翌日に消防のチェックを控えていた。照明など、まだ仕上がっていない部分があり、Aは友人Fに手伝いを求め、徹夜で作業をしていた。 この現場では、前々からいやな気配を感じていたとAは言う。午前2時ごろになると、厨房から、巨大なムカデのようなものが来る。姿は見えない。例えて言うならば、ムカデとか蛇とか、長い筒状のもののようだと。それもただの筒ではなく、得体のしれない細かなものが集まって群れを成し、ムカデのような形態を作り出しているかのような感じなのだそうだ。 ふたりはそれ…

  • 第十五話 ケーキと日本刀

    私はお菓子教室に通っていたことがる。小さな教室で、登録しておくと教室の日程と作るお菓子の連絡が来るので、参加したいと思えば申し込みをする。定員は各回4名で、早い者勝ちというシステムだった。なので、毎回集まる顔ぶれも違うため、簡単な自己紹介から始まるのが常だった。 ある日、教室に向かう私の頭の中は、なぜか日本刀のことでいっぱいだった。剣道の心得があるので、刀にも多少は興味がある。とは言え詳しいわけではなく、知っている銘など数えるほどだ。 そんな私が、頭を刀でいっぱいにしている。わずかしかない知識をかき集め、刀についての質問をされたらどう答えるか、シミュレーションばかりしている。「戦国時代の刀と、…

  • 第十四話 葬儀の夢

    同僚の女性Kから聞いた話である。 就職と同時に故郷を離れ、東京で暮らし、結婚し、子ども小学生になった。そんなある日、Kの父親が体調を崩し、入院。容態は思わしくなく、危篤状態になること数度。その度に子どもを連れ帰省していたが、Kの父親はなんとか危機を脱していた。 それは幸運なことであったが、度々子どもに学校を休ませ、新幹線を使っての帰省はかなりたいへんなことだ。あるとき腹をくくり「余程のことがない限り、帰省しない」と決めた。 そんなある晩、夢を見た。父の葬儀の夢だ。祭壇に飾られた花、遺影、線香の香り、うつむく家族と親戚ーー。それはリアルな夢だったと言う。 翌朝の電話で、Kは父親が息を引き取ったこ…

  • 第十三話 お礼のきのこ

    この話は、少々酷い描写もあるので、苦手な方は読まないでください。怖い話ではありませんが。 前回に続き、山小屋での話である。ある晩、マイタケの天ぷらが食卓に上った。「お礼のきのこ?」 毎年働きに来ているベテランスタッフYがおかみさんに聞くと「そうだよ」との返事。「お礼のきのこって、なんですか?」 私が尋ねると、「後で教えてやる」とのことだった。 食事が終わり、Yは、お礼のきのこについて話してくれた。 私が働いた山小屋の近辺には、他に5軒の山小屋があった。6軒で水源の掃除をしたり、なにか事があれば協力したりしている。「もう何年も前の話だけどね」と、Yは語り始めた。 6軒のうち1軒の山小屋の脇に、小…

  • 第十二話 山の上の未確認飛行物体

    専門学校を卒業してすぐのことだが、1シーズンだけ、とある山小屋でアルバイトをしたことがある。S山とH岳に挟まれた湿原地帯にある山小屋で、5月の初めにやって来たときは、まだ雪がかなり残っていた。水芭蕉の花が咲いているのはこのころで、夏が来て思い出す水芭蕉の姿は、巨大な葉っぱである。 蛍の時期を迎えるころには、スタッフはすっかり仲良くなっていた。ひとつの部屋に集まっておしゃべりをしたり、いっしょに仕事終わりの散歩をしたりするのが常となっていた。 ある晩、蛍を見ようと、4人ほどでぶらぶらと湿原に出た。蛍はよく飛んでいて、我々の目を楽しませてくれた。「あれ、蛍?」 ひとりが、S山のほうを見て言った。そ…

  • 第十一話 自分を見下ろす

    もうひとつ、友人Mの体験談を思い出した。 Mは山好きで、若いころはひとりでも登山に出掛けていた。 山岳ガイドの仕事もしたことのあるUだが、命の危険にさらされたこともあったそうだ。 とある山を、ひとりで登っていたときのこと。Mの水筒は空っぽになってしまっていた。「慌てることはない。何度も来ている山だ。もう少し行けば水場がある」 そう思っていたUだったが、山肌が崩れたのだろう、目当ての水場は潰れていた。「これはマズいな……」 喉はかなり渇いている。早急に水を確保しなければならない。山男の感で、水場があるであろう方向に向かう。登山道ではない。藪漕ぎだ。どこまでも続く茂みを、ガサガサとかき分けて進む。…

  • 第十話 父の間取り図

    友人Mが、家を建て直すときのことである。 Mは学生のころ、父親を突然に亡くした。彼の父は小さな会社の社長だったので、Mはわかないながらも一所懸命調べたり勉強したりして、会社を畳んだそうだ。 もともと商才のあったMは、父親とは全く別の道でだが、順調に商売を軌道に乗せた。古くなった家を建て直すことにしたのは40前だったか。 生まれ育った家を壊すのは、なかなかに思うところ、感じ入るところがあるそうだ。 新しい家の間取りも決まり、取り壊す日も決まり、家の整理をしていたときのことだ。亡き父の遺品から、家の間取り図が出てきたそうだ。 遺品を整理することは、これまでにもあった。けれども、このタイミングで出て…

  • 第九話 身代りの犬

    祖母の話。 祖母は心臓が悪かったそうだ。私が物心つくころには、すっかり元気なイメージしかないが、頭髪は真っ白であった。ということは、40代前半にはすでに白かったのだろう。病気の影響かもしれない。 祖母は「エコ」という名の犬を飼っていた。私もうっすらと記憶にある。茶色と黒の斑の雑種だったか。性別は覚えていないが、シュッとした顔立ちだった気がする。 犬の躾にはうるさい人で、我が家ではエコの後も犬を飼ったが、家に上げることをひどく嫌った。強風や雷に怯えようとも、家に入れることを嫌い、なんとか外の小屋に戻そうとするので、他の家族と何度も衝突したほどである。本当は犬が嫌いなのではないかと思うほどだが、た…

  • 第八話 煙

    当時、できて間もないプラネタリウムに就職した友人Oから聞いた話。スタッフの間では「なにかいる」という実しやかに囁かれていた。そういった話はどこにでもあるもので、多くは噂話の域を出ないが、頭のどこかに残っていれば、あれもこれも霊の仕業に思えてしまうもの。 だが、Oの話は、そう言って片付けてしまえるのだろうか? プラネタリウム上映中は、当然、灯りを消す。上映中、トイレに立ったり、気分が悪くなったりする人がいないか目を配るのも、スタッフの仕事だ。 と、ある座席の上に煙が漂っている。 タバコだ。 そう思ったOは、注意しにその座席に近づいた。けれど、そこには誰もいない。 プラネタリウム番組にはクイズも組…

  • 第七話 どこから来た?

    ユリ・ゲラーという人がいる。スプーン曲げや、止まってしまった時計を動かして、一躍「超能力者」として一世を風靡した人である。彼が日本で人気絶頂だったころの話。 私の友人Aの話である。彼女は当時、短大に入り、ひとり暮らしを始めたばかりだった。ユリ・ゲラーの特番が、頻繁に放映されているころで、その夜も彼はテレビに映っていた。「では、テレビの前の皆さんも、スプーンや、動かなくなった時計を用意してください」 番組終盤の恒例である。ユリ・ゲラーがパワーを送るので、スプーンを手にした人は「曲がれ!」と念じ、時計を用意した人は「動け!」と念じる。このコーナーが始まると、テレビ局にはじゃんじゃん電話がかかってき…

  • 第六話 階段の足音

    私の実家は、パッチワークみたいな家だった。それは父の努力の成果である。増築を繰り返し、父が、だんだんと大きくした家だ。 あれは高校1年生のときだったか。3階を増築することになり、そこにはふた部屋ーー私と弟の部屋ができた。 ある日のこと、階段からカタカタと音がする。弟もいないのに、階段から音がするのはどういうことか? そっとドアを開け見てみると、なんのことはない、祖母がホコリ取りで階段の掃除をしているだけだった。 そんなことがあり、階段で音がしても気にしなくなっていた。けれど、ある晩、掃除とは明らかに違う音がした。夜8時を過ぎていて、いくら祖母でも掃除をするような時間でもない。 トントントントン…

  • 第五話 入ってきた気配

    私は怖い霊体験をほとんどしたことがないが、これは一番怖かった体験である。 私が浪人生だったころの話。ちょうどバブル期で、父が経営する工場も景気が良かった。隣の家が空き家になったので、行く行くは工場を広げるつもりで、父はその家を買った。浪人生の私が勉強部屋として使うにはちょうどいい環境だったので、1階の部屋に机を運び込んだ。 夜中に勉強をしていると、毎晩0時に「バンッ!」という音がする。 机の向かいはすりガラスの窓があり、その向こうには業務用の冷凍庫が置かれていた。その冷凍庫を、平手で叩くような音だ。 当時、犬を飼っていた。冷凍庫を叩くには、犬小屋の前を通らなければならない。人懐っこい犬ではなか…

  • 第四話 予知夢

    亡くなった母は、たまに予知夢を見た。と言っても「本人曰く」という前置きつきである。母の話を聞くと「夢に見た通り」というわけではなく、現実に近い夢を見るようだった。 弟が腕を骨折した日の明け方、母は弟の友達が怪我をする夢を見たと。「だから、よくないことが起こる気がしてたのよ」と言う。これを予知夢と言っていいものかわからないが、母は「自分の夢はときどき当たる」と思っていた。 予知夢が遺伝するものか知らないが、じつは私もたまに予知夢を見る。ただ残念なことに、事故の予知夢を見て回避できたとか、テストの問題を夢に見ていい点が取れたとか、そういうことは、まったくない。どうでもいい夢が現実でも起こる。「あっ…

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