第三十九話 ひとつもらおうかと……
第三十八話のAが、25年以上前に体験した話である。 その夜Aは、アパートの自室で、壁に背中を預け本を読んでいた。向かいにテレビがあったが、消してある。 と、視界の端に動くものが入ってきた。白い、マルチーズのような小型犬だった。 玄関も閉めたはずだし、窓も開けていない。「なぜ犬が?」と思っているところに、右手に別の気配を感じた。 そちら側には押し入れがある。襖は閉めてあるが、その奥を覗うように、中年の男が立っていた。両手をポケットに入れ、上体を倒し、押し入れの下段辺りを、じっと見つめている。 Aはぎょっとした。犬だって入ってくるはずない部屋に、なぜ見知らぬ男が、気配も感じさせずに入って来られたの…
2021/02/27 14:15