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陸海軍けんか列伝 https://blog.goo.ne.jp/oceandou

オーシャン堂店主・青井渚が探索する日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。その軍人の宿命を探って逆光の中を彷徨する。 <br>

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歴史ブログ / 太平洋戦争/大東亜戦争

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2020/04/05

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  • 731.野村吉三郎海軍大将(31)初めから敵の十に対して我が方が七か六では、漸滅作戦は成り立たない

    在アメリカ大使館附武官・永野修身(ながの・おさみ)海軍大佐(高知・海兵二八期・次席・海大八期・人事局局員<第一課>・大佐・人事局第一課長・巡洋艦「平戸」艦長・在米国大使館附武官・ワシントン会議全権随員・少将・軍令部第三班長・第三戦隊司令官・第一遣外艦隊司令官・練習艦隊司令官・中将・海軍兵学校校長・軍令部次長・ジュネーヴ会議全権・横須賀鎮守府司令長官・大将・ロンドン会議全権・連合艦隊司令長官・議定官・高等技術会議議長・軍令部総長・元帥・終戦・A級戦犯・昭和二十二年一月五日急性肺炎で死去・享年六十六歳・従二位・勲一等旭日大綬章)。軍令部作戦課長・末次信正(すえつぐ・のぶまさ)大佐(山口・海兵二七期・五〇番・海大七期・恩賜・第一艦隊参謀・大佐・巡洋艦「筑摩」艦長・軍令部第一班第一課長・ワシントン会議随員・軍令部第一班...731.野村吉三郎海軍大将(31)初めから敵の十に対して我が方が七か六では、漸滅作戦は成り立たない

  • 730.野村吉三郎海軍大将(30)アメリカ政府は海軍軍縮と太平洋・極東問題についての会議開催を日本に申し入れてきた

    そういう状況から大正十年七月、アメリカ政府は海軍軍縮と太平洋・極東問題についての会議開催を日本に申し入れてきた。参加国は、日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアとその関係諸国だった。日本は、他の諸問題は別として、海軍軍縮に関する限りは内心考慮しつつあった矢先だから、直ちに参加を受諾した。大正十年十一月十二日から大正十一年二月六日まで、アメリカのワシントンD.C.で国際軍縮会議が開催された。ワシントン会議である。参加国は、日本、イギリス、アメリカ、フランス、イタリア、中華民国、オランダ、ベルギー、ポルトガルの九か国だった。当時のアメリカ大統領は、ウォレン・ハーディング(オハイオ州コルシカ<父は博士で教師のち新聞社経営・母は医師>オハイオセントラル大学卒・新聞「マリオン・デイリー・スター」経営・オハイオ州議会...730.野村吉三郎海軍大将(30)アメリカ政府は海軍軍縮と太平洋・極東問題についての会議開催を日本に申し入れてきた

  • 729.野村吉三郎海軍大将(29)世界一、二位を争う造艦技術を体得した日本海軍は、果てしもなく建艦競争に邁進していった

    野村吉三郎大佐が帰朝した翌日、大正八年八月十一日付けの朝日新聞に掲載された野村吉三郎大佐に関する記事は次の通り(抜粋・原文のまま)。「講和会議から」――野村大佐、昨朝ペルシャ丸で帰る――三月二十四日桑港を出版せし東洋汽船ペルシャ丸は昨日早朝横浜に帰港せり、先客中には講和会議委員として牧野特使に随行せる海軍大佐野村吉三郎氏あり、其談に曰く「講和会議に於ける日本委員の行動に関し内地では兎角の説をなす者があるが大体に於いて其目的を達した」「自分は講和会議中、海軍に関係しただけで単に会議の一半を知るのみであるから全般に関する話は出来ぬが、海軍会議に於いては独逸に於ける海軍力に制限を付し、単に偵察用として軍艦を在置するのみとなったから今後の同国の海軍は手も足も出す事は出来ない」「又残存せる独逸艦隊の処分に関しては仏国は分...729.野村吉三郎海軍大将(29)世界一、二位を争う造艦技術を体得した日本海軍は、果てしもなく建艦競争に邁進していった

  • 728.野村吉三郎海軍大将(28)「野村はイギリスの急行列車を止めた」と妙なことで感心された

    今度(一九六〇年七月)アメリカ民主党の大統領候補に選ばれた四十三歳のケネディー氏は、受諾の大会演説において「現下の国際環境でアメリカは新しい国境精神、即ちアメリカ開拓当時の勇気ある精神にフレッシュさを加えたものが必要である」と説き、また「今日アメリカ国民は倫安をむさぼって明日の衰亡を撰ぶか、或いは真情勢に対応する新国境精神(newfrontierspirit)により明日一層の繁栄発展の道を撰ぶか、これを大統領選挙で国民に問う」といって居るが、私はこれに関連して所感の一書を送っておいた。明治・大正期の日本には伊藤公、原敬氏のような傑出した信念の政治家が在ったが、鈴木貫太郎氏もまた閣僚中に二人の自決者を出しながらも、よく踏み切って終戦の大事を果たした。あの際、僅かの時機を失したならば少なくとも今日、北海道は北方より...728.野村吉三郎海軍大将(28)「野村はイギリスの急行列車を止めた」と妙なことで感心された

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