透明なガラスの向こうに誰かが誰かのために泣いている。 翼のはえた人が何者かを抱え込んでいる。 「なぜこんなことになってしまったの」 腕のなかに抱かれた人は、刻々と身体が硬直していくなかで、悲しむ人を見上げて言った。 「この世界で生きていくためには、感情を殺さなければならない。私には、合ってなかった。それだけなんだ。」 ガラスの向こうで一部始終をみていた男の子は、いてもたってもいられなくなって、透明なその壁を叩いて叫びだした。 「ねえ!感情を殺さないで!純粋なままでいて!僕たちで別の世界を作ろうよ!ねえったら!!」 向こうの人たちには一向に気づいてもらえない。 「このガラスを割ればいい」 男の子…
泥のなかから出てきたたまご 夢をみすぎたかな 夢の中と全くちがう 人の皮を被った猿ども いいえ私は岩の割れ目から生まれてきたに違いない だからこんなにねじまがっているの 悲しくなるお話が好きよ 私もあなたも皆同じ だから他人なの 狂気を自覚して 泥中の蓮になれるかしら
雨が降っている。 雨は心地よい。 私の身体の内側には青い炎が燻っていて それをどうしたらいいのか、ずいぶん長いこともて余していたら 手も骨も黒焦げになってしまった。 雨はつかの間の癒しを与えてくれる。 燃えている身体に染み渡るみたい。 私は寝転んだまま、傍らにある弓と矢を取り上げ 天にむかって構えた 青い炎が矢に乗り移り 弓全体が青に閃く 弧を引き絞る間に雨粒が炎を潰していく 私は弓を放り出し、目を閉じた。 雨が私をどこかへ運ぶことを願っているかのように。
舞台は万全に整った。 あとは幕が上がるだけだ。 しかしいくら待っても上がらない。 私は劇が始まることをずっと待っている。 なにかハプニングが起きたのだろうか? 不安が過ったが、いつはじまるか分からない。 幕が上がったときに妙なポーズをとっていては観客に笑われる。 私は待ち続ける 始まるはずの物語を。 だがしかし物語は一向にはじまらない。 静止画のようにすべては固まってしまった。 時が間延びしていくうち 天井から天女が投げ掛けてきたに違いない。 上から紐のようなものが私の方へ降りてきて、私は反射的にそれを引っ張った。 紐に触れたとたんに私のいた舞台は後ろへ遠ざかり、代わりに深い海がみえた。 私は…
あれは私が幼稚園に入る前のことでした。 朝早く、家族の誰よりもいちばんに起きた私は、リビングのカーテンを開け、まだ薄暗いさめた水色をした空気の中、ちゃぶ台の周りに座布団を敷くと、しばらく座って窓をみていました。 しかしふと、何故そうしたのか、後ろを振り向くと、そのとき不思議なことが起きたのです。 私が壁をじっと見つめていると、やがて平面に凸凹が生じ、人の顔に似たものが浮かび上がってきました。 人の顔に似ているとは言っても、それはどこかまともではなく、鼻か口か何かが欠けていたように思われます。 私は恐怖のあまりそこから逃げました。 幼いながらに、死の国へ連れていかれると察したのです。 月日が経つ…
「人類最後の生き残りはどんなだろうね」 「たぶん魚だと思うな。小さな小さな魚が「オレはなんで生まれてきたんだ」って言って死ぬんだ 」 「なんとも言えないね」 「私は鉱物かななんて思うけど」 「物と心の融合だね」 「少し乱暴かな」 「来ている服はどんなかな」 「パジャマの制服化なんてどう」 「いいね」 「笑っちゃう」
猫はいいなあ。 ほら今日も キジトラが尻尾を堂々と揺らして塀を伝って歩いている。 細いつり目は笑っているようだ。 彼の行き先は、塀に囲まれた猫たちの秘密基地だ。 集会に集められた猫たちは 日陰で好きにのびている。 さて我らのキジトラが基地へ入ってきたとき、 「空をみろ!」 と誰かが鳴いた。 見上げれば、空に魚が浮かんでいるではないか。 猫たちは一斉に空の魚に集中した。 キジトラが代表して魚に挨拶をしたが、 魚はさも馬鹿にしたようにおならをぷうとひとつすると、逃げてしまった。
夜道を運転していると、ときどき全く違う次元に、知らず知らず飛ばされているのではないかと思うときがある。 疲れていたり、悩んでたりしているときなんかは特に。 今思えば、あの頃の私は感情の触れ幅が激しく、ゴキゲンかと思えば次の瞬間には怒りに煮えたぎり、天使かと思えば悪魔であった。 そして気づいたとき、朝日は永遠に昇らなくなっていた。 家にも帰れない。 異常だ。 ラジオは、どの局もとぎれとぎれで、雑音のなかでようやく「繋ぐ」という言葉が聞き取れるくらいだった。 「断絶」とか「愛して」とかそんな言葉もあったと思う。 愛ってなんだろう。何を愛していけばいい? 私は盲目に車を飛ばし、 暗く果てしなく続くト…
ドラム缶のなかでネズミは夢をみる。 声がぐわんぐわんと響いても ネズミは眠る 「あなたの物語を聞かせてほしい」 何億光年も離れた 宇宙の彼方から響いてくるみたいに
夢をみた。 私はエレベーターに乗っている。乗客は私と妹と、母親の3人だ。 しかしここにもう一人、見知らぬ女性が慌てた様子で入り込んできた。 エレベーターは動く気配がない。 するとまた小さな老婆が入ってきて「人数を減らせ」と我々に指図した。 母親と見知らぬ女性は身じろぎもしない。 妹は諦めた様子で降りていった。 私は急いで妹の後を追う。 妹は螺旋階段を降りていく途中だった。私はそこで驚いた。何故なら今の今まで私は上へ上っていくものだと思い込んでいたからだ。
箱から出てきた男は不愉快そうに言った。 「やあ一体誰だね私をこんな悪夢に呼び出した奴は?」 すぐ側に大勢の人間がきりなく連なっている。 箱男は目を凝らして列の始まりと終わりを見極めようとしたが、定かでない。 だが男が箱から出て来て間もないのだから、とりあえず容疑者はまだその辺に彷徨いているだろう。 箱男がさっと走らせた目の端に、なんの変哲もない女が映り込んだ。 「お前か?」 「いいえ。これは私の意思ではございません。あちらにいる方が私にご命令なさったのです。」 女が指す方向を振り向くと、どうでもよさそうに突っ立っている男がいる。 「お前があの女に命令したんだな。」 しかし聞かれた男が首をふって…
もうもうと辺りに煙が立ち込める。 さっきまで何かがあったはずだが、私が扉を開けてこちらへ来たと同時に目の前にあったものが音をたてて崩れはじめた。 砕けた欠片は砂のように粉々になり、最後には見えなくなった。 引いていく粉煙の中に、子どもが膝を抱えて座り込んでいる。 白い平野を、私は彼の近くまで歩いていった。 相手は私に気づいたのか、すっくと立ち上がり、落ち着いた調子で言った。 「城を崩したのは貴方ですね。」 そうだっただろうか、そうかもしれない…私は記憶を遡ろうと目を閉じてみる。 そうだ。確かについさっきまでここには城があった。だがその城の構造は、今思い出すとアマチュアが設計したような、酷い建築…
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