ボーダーの恋人・心子との波瀾万丈の日々を綴ったノンフィクション「境界に生きた心子」を上梓しました。
境界性パーソナリティ障害の恋人・心子(しんこ)。 心子と共に過ごした波瀾万丈の日々をつづった、ノンフィクションの本を上梓しました。 ●Amazon 「境界に生きた心子」(星和書店) http://www.amazon.co.jp/gp/product/4791106938/sr=1-3/qid
川越街道と山手通りの交差点(熊野町交差点)、高速道路のたもとにこんな所があります。昭和レトロの骨董品などがジャングルのように寄せ集められています。これが全て個人のコレクションの展示だというのです。2023年の末、趣味のホーロー看板を設置したのが始まりだとのこと。この交差点は交通事故多発ワースト1だったそうなのですが、安全祈願のために釈迦像を置いたということです。その後コレクションがどんどん増えていってしまったのだとか。とにかく色んなものがあります。これは売り物の大砲(木砲)。黒船来航、戊辰戦争、日露戦争で使われた世界唯一の超貴重品だと。夜になるとライトが点いてました。怪しげな骸骨や人形も。自動車に乗った般若。夜にこんな運転手は何とも不気味です。今後もコレクションは増やしていくそうですが、期間の目途はあると...交差点に昭和レトロの骨董品
光が丘公園と「ふれあいの径」で繋がる「夏の雲公園」にも寄りました。広場の中央で威風を誇る「スダジイ」の木。スダジイは神宮外苑の昭和記念館や国立競技場にも移植されていることで知られています。枝ぶりも見事ですね。スダジイの花。「穂状(すいじょう)花序」というそうです。屹立する「ヒマラヤ杉」。神宮外苑では伐採されたことで問題になりました。花壇にはかわいい花も植えられていました。光が丘公園へと続く銀杏並木です。黄葉の季節になったら、光が丘公園の銀杏並木と一緒に観にきたいと思いました。夏の雲公園
バードウォッチングができる「バードサンクチュアリ」もありました。こんな所があるのを知りませんでした。ただ鳥はほとんど見えませんでしたが。(^^;)「芝生広場」の巨木たち。神宮外苑でも話題になるスダジイでしょうか。立派なヒマラヤ杉ですね。「芝生広場」は憩いの場でしょう。広場でシャボン玉を飛ばす女の子たちがいました。灯台下暗しで、新たに色々発見した光が丘公園でした。光が丘公園(2)
行き当たりばったりで「光が丘公園」へも行ってきました。光が丘公園は以前の職場の近くでもあり、何回か行っているのでよく知っていると思っていましたが、全く全体像が分かっていませんでした。光が丘駅の方向から「ふたご橋」を渡って公園に入ると、目の前にそびえるのが「光のアーチ」のオブジェです。「光のアーチ」の前の「けやき広場」。真っ直ぐ進むと銀杏並木。今度は秋の銀杏の季節に来てみようかと思いました。林の向こうに広場が垣間見えます。これが「芝生広場」。一方、鬱蒼とした樹林も。かなり広い樹林で、森林浴ができますね。僕は好きですが、夜は暗闇で恐い感じがする所です。(続く)光が丘公園(1)
495383190_24129390143330833_4126967176065206079_n5月10日、外苑ゴミ拾い8回目に行ってきました。雨上がりで落ち葉などが濡れていて、ゴミ袋も少し汚れました。この日はペットボトルやプラスチックのカップ類が多かったですね。σ(^^;)いつも他の人よりゴミを拾う(見つける)量が多いです。今後外苑再開発見直し活動としては、外苑の区道跡地を新宿区が三井不動産に“只貸し”していることに対して、3回目の住民監査請求を起こすそうです。参加者をより多く集めるため、説明会を開いたりスーバーでチラシを配ったりする予定です。また5月31日に外苑絵画館前で行われる葉加瀬太郎の音楽祭に合わせて、通行人にチラシ配りをするということです。https://hakasetaroongakusa...外苑ゴミ拾い8回目
「涵徳亭(かんとくてい)」。玻璃(ハリガラス)障子紙を用い、「ガラスノ茶屋」「びいどろ茶屋」と呼ばれていました。現在は集会施設として貸し出されており、軽食なども取れるそうです。周りに僕好みの面白い形の木々が色々ありました。最後に、「大泉水」のパノラマです。小石川後楽園(7)
「円月橋」。水面に映る形が満月のように見えることから名付けられました。大泉水のほうへ降りていくと、「白糸の滝」と「沢渡り」があります。遠足の女子中学生たちが沢渡りを渡っています。鴨が羽ばたきました。大泉水のほとりの「一つ松」です。見事な枝ぶりだと思います。同じく「枝垂桜」。葉の季節だとこんなになるんですね。大泉水のパノラマです。(続く)小石川後楽園(5)
京都・嵐山を想起した「大堰川(おおいがわ)」。そこに架けられた「渡月橋(とげつきょう)」に見立てた土橋です。大堰川の反対側は「西湖の堤(さいこのつつみ)」。中国の西湖の堤に見立てています。屏風のように屹立した「屏風岩」。大堰川の奥にも「沢渡り」があります。そこを上がると「音羽の滝跡」と「通天橋(つうてんきょう)」に続きます。通天橋の先にある「得仁堂(とくじんどう)」。光圀が史記に感銘して伯夷(はくい)木像を安置したそうです。(続く)小石川後楽園(6)
庭園の東のほうにある梅林。2月上旬には30種ほどの梅の花が楽しめるようです。カキツバタが植えられた中に「八つ橋」が架けらています。「八つ橋」は伊勢物語の八つ橋にちなんだといいます。カキツバタと花菖蒲とアヤメは別だということを知りました。σ(^^;)カキツバタと「藤棚」と「神田上水跡」。花菖蒲の手入れをする人たちと、「九八屋(くはちや)」という酒屋。「九八屋」の名の由来は、「酒を飲むには昼は九分、夜は八分にすべし」という戒めだそうです。京都愛宕山の坂にならって作られた「愛宕坂(あたござか)」。急なほうを「男坂」、ゆるいほうを「女坂」と称しています。愛宕坂からの眺め。女子中学生が遠足に来ていました。(続く)小石川後楽園(4)
内庭から再び、庭園中央の大泉水に戻ってきました。大泉水は琵琶湖を模していて、右手前の石は「竹生島(ちくぶじま)」を表しているそうです。西門の反対側から見た「徳大寺石」。同じく「蓬莱島」。手前の入江は「船着」のようです。その先に進むと「松原」が広がります。往時は数百本の松が生い茂り、吉宗が絶賛したとか。松原を超すと「稲田(いなだ)」がありました。光圀が農民の苦労を伝えるために作ったそうです。稲田の向こうは「花菖蒲田」と「藤棚」が広がります。稲田の奥に「不老水」と呼ばれる井戸がありました。干ばつでも枯れず、洪水でも水が溢れなかったといいます。「神田上水跡」だとのことです。(続く)小石川後楽園(3)
「延段(のべだん)」を歩いて見えてきた「唐門(からもん)」で、その向こうにある「内庭(うちにわ)」と仕切られています。唐門の前で見つけたトカゲ。都会では見られなくなりましたね。「内庭」に入ると、池は睡蓮の葉で覆われていました。「中の島」の松と橋。見事な老松ですね。内庭のパノラマです。(続く)小石川後楽園(2)
趣味の自転車での公園巡り、GWに小石川後楽園へ行ってきました。小石川後楽園は、徳川頼房(よりふさ)と光圀によって造られ、現存する最古の江戸大名庭園だそうです。後楽園の名称は、「天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から名付けられたということです。西門から入っていくと、目の前に広がるのが「大泉水」。庭園はこの池を中心にした「回遊式築山泉水庭園」です。池の中央に浮かぶ「蓬莱島(ほうらいじま)」。手前に「徳大寺石」が配されています。池の周囲を右回りに進むと、奈良の竜田川にちなんだ「竜田川」。その先の「延段(のべだん)」という石畳の小径を歩きます。鬱蒼とした林の中の「寝覚滝(ねざめのたき)」は、木曽路の「寝覚めの床」にちなむといいます。(続く)小石川後楽園(1)
国立競技場から向かいの明治公園へ行く歩道も封鎖されており、とても不便になっています。新宿区道路課はここの状況を把握しておらず、三井不動産に丸投げしています。この区道が封鎖されたときも新宿区の職員は一人も来ませんでした。新宿区民の財産である場なのに、全く管理がなされていません。令和8年7月までこの状況が続きます。三井不動産の好き放題に道路が変形・破壊されているのを、新宿区が黙認している状態です。大澤さんが説明会を求めましたが、新宿区は拒否しました。神宮球場の敷地に入る所に、工事車両の搬入口が造られています。区道を廃止したため、トラックなどがここを通ることになりました。搬入口を造るために伐採された木です。以上、再開発工事の様々な問題点を目の当たりにした視察会でした。小池百合子・新宿区(住吉健一区長)・事業者の...外苑再開発の工事視察会(5)
外苑には「ヒトツバタゴ」(通称「ナンジャモンジャ」の木)という、とても珍しい貴重な樹が何本かあります。明治神宮も非常に大事にしているものです。神宮球場にも植えられており、そこには説明の看板もあります。ちょうど今の季節に一時的に白い花を咲かせ、満開時には雪で覆われたような美しい姿が見られます。ナンジャモンジャも移植される予定ですが、最終的な移植場所は決まっておらず、行き当たりばったりの感がぬぐえません。下の写真は、国立競技場が建てられたときに移植された「スダジイ」で、新宿区の天然記念物です。これは時間と費用をかけて移植されたもので、しっかりと根付いています。しかしそうされていない国立競技場の移植樹は、多くが枯れてしまったりしています。今回の移植はそれ以上に適当にされており、さらに失敗が予想されます。その状況...外苑再開発の工事視察会(4)
すでに解体された神宮第二球場と区道の跡地に、新しいラグビー場が建てられます。今の秩父宮ラグビー場は老朽化のため建て替えるとしていますが、専門家は改修すればまだ使用できると言っています。事業者は秩父宮ラグビー場が築76年と言いましたが、実はグラウンドができたのが約70年前で、客席などは築40~50年なのだそうです。世論をミスリードするための虚偽です。そして新ラグビー場は実は“ラグビー場もどき”で、国際的なラグビー場の条件を満たしていません。イベントなどを行なうことが真の目的です。そのために区道が潰され、多くの貴重な樹木が伐採されつつあります。新ラグビー場は高さ46mで、近辺の樹木は日陰になり生育が心配されます。なお、神宮第二球場の跡地は現在明治神宮の所有ですが、新ラグビー場は日本スポーツ振興センター(JSC...外苑再開発の工事視察会(3)
三井不動産は、区道の跡地を7月まで無償で使用できるという協定を、今年2月27日に新宿区と結び、28日の深夜0時に区道を封鎖しました。新宿区民の財産である区道が、三井不動産にタダで工事現場として使われてしまっています。工事現場には下水道工事のためという看板が立てられていましたが、視察会主催者の大澤さんが追及したところ、とうとう廃道の工事だと認めたそうです。そして反対派の人たちが工事の様子を撮影したりすると,作業員は何故か悪いことでもしているかのように工事の手を止めるといいます。(上からの指示か?)7月以降は、廃止された区道の場所に関して、三井不動産は新宿区に補償金を支払うことになります。しかし何故7月までは無料で三井不動産が使えるのか不明のままです。そしてその補償金は18億円とされますが、これは妥当な地価よ...外苑再開発の工事視察会(2)
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