gooブログ終了にともないアメーバブログで新たに立ち上げました。とりあえずゼロからの再出発となります。新たな記事に併せて今までこちらで公開していた記事も再編集して載せていく予定です。【死後の世界を信じたい普通の人のブログ】↓↓https://ameblo.jp/ukimizu-miiko/興味を持たれた方はまたよろしくお願いいたします(*^-^*)。新ブログ立ち上げました
神秘的な考え方を日常に取り入れることで 生き方が楽になっていくのを実感しています。スピ系苦手な人にも 抵抗なく読んでもらえる内容を心がけています。
私自身についていえば、過去の自分の気持ちを一瞬にして呼び起こすことができる、という自覚があります。たぶんこれは、特殊能力でもなんでもなく、多くの人が普通にできることだと思っていました。たとえば、子供時代に家族で出かけた写真などを見ていると、その時の思い出とともに、あの頃の自分に一瞬戻ったかのような感情が呼び起こされます。また、10代や20代の頃にかなり入れ込んで聴いていたアーティストの音楽や作品を今また見聞きすると、その年代に戻ったかのような熱い感情が呼び覚まされてくるわけです。懐かしい物や音楽などに触れることは、脳の活性化や情緒の安定化につながるとされ、高齢者の認知症予防などにも活用されていることも知っていました。なので、過去の自分の気持ちが呼び起こせない人もいる、という考えは、私の中にはありませんでし...感情の記憶を呼び起こせない人もいることを知った
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gooブログ終了にともないアメーバブログで新たに立ち上げました。とりあえずゼロからの再出発となります。新たな記事に併せて今までこちらで公開していた記事も再編集して載せていく予定です。【死後の世界を信じたい普通の人のブログ】↓↓https://ameblo.jp/ukimizu-miiko/興味を持たれた方はまたよろしくお願いいたします(*^-^*)。新ブログ立ち上げました
gooブログも今年の秋でついに終了ですね。私のブログで今現在一番古く残っているのが、2005年5月の記事なので、ほぼgooブログ開始の頃からお世話になっていたようです。これまでにも古い記事はけっこう消したり、書き直して投稿したりしてきたので、もしかしたらもっと古い記事もあったような気もする。いずれにしても、20年以上の時が流れ私自身の状況も考え方もかなり変わってきています。この辺りでまた新たな場所で、今の自分からスタートさせたい気持ちもあったので、ちょうどいい潮時のような気もする。終了まではかなり時間があるのでデータの引っ越しはゆっくりやろうと思います。しばらくは残す必要ないと思える記事はどんどん整理していこう。このままの形で再スタートを切ることはないと思うので、またいつかどかこでお目に止まれば幸いです。...これが最後の記事になるかな
今の若い人達は、ネット社会が中心となり、バーチャルな世界に意識を向けている時間がとても多いですよね。今いる場所から一歩も動かなくても、人との交流はできるし、仕事もできるし、アニメやゲームなどの娯楽を楽しむこともできる。仮想空間上で自分の分身となるアバターを作れば、生身の自分はほぼ脳だけ使っていればいいことにもなる。だからといって、今の若い人達はリアルな自分の身なりを気にしないなんて人は少ない。というよりむしろ、男女ともにリアルな自分の見た目を二次元世界でも通用するような雰囲気に寄せている人も多いように感じられる。自分の画像を加工して、目を異常に大きく見せようとしているのは、私からするとすごく不自然に見えて変だな、と思えるけれど。若い世代の感覚で見ると、その方が良くみえるんだろうな。今の若い人達は、大金持ち...今の若い世代や時代の流れに対して昭和世代の私が感じるもの
10歳から日記を書き続けている私は、今また改めて過去の日記を読み返しています。過去の日記というものは、何度読み返してみても新たな気づきが得られます。以前の記事で、過去の自分はもはや前世のようなもの、という感想を記したことがあります。👇過去の自分はすでに前世みたいなものじゃないですか-なんとなくスピリチュアルブログ10歳の時から日記を書き続けている私は、過去に自分がなにを考え、どのように行動してきたかを、その当時の日記を見ることで、ある程度は正確に確認することができます。昔...gooblog 今回もそれに似ているといえば似ていますが。今回は、昔の自分はもうこの世界には存在していないんだなあ、ということを改めて実感しました。今この瞬間の自分は、過去から続いているひとりの同一自分物という意識で生きてきましたが...過去の自分はもうこの世界にはいない
今までの自分を見つめ直していくうちに、最近ふと気づいたことがある。それは、今までの人生で私自身は人からあれこれ言われたことはなかったなぁ。。 ということ。それは、私が人からなにか言われるような問題がない優秀な人間だった、というわけでは決してないわけで。特に若い時期には今思い返すと、年長者の前でも平気で常識知らずなことを堂々とやってのけていた。それにも関わらず、叱られるようなことはなかった気がする。あれこれ言われない理由として最も考えられたのは、私は気が強かったからだろう、と思っていたけれど、それだけが理由でもなさそうな気もしてきた。じっくり観察していると世の中には、人からとやかく言われる人と、人にとやかく言ってしまう人というのが存在しているように感じる。人からとやかく言われがちな人は、人にはとやかく言わな...ついつい人に余計なことを言ってしまう性格
私は生まれた時からずっと、精神世界の方に軸を置いて生きてきた感じがします。物質的な豊かさより、心の豊かさに価値を置く生き方だった。ただし、若い時代には欲しい物はたくさんあったし、買い物もそれなりにたくさんしました。でも、お金を得るために無理してやりたくない仕事まですることはできなかった。やりたくないことはできなかった。心のままに。やりたいことだけやって生きる。とりあえずそれが許される人生だった。このような人はたぶん珍しいんじゃないかな、と思う。これは単に運が良かったということなんだろうか❔ただし、好きなように生きられた分、多くの人が持っているものを持っていなかったり、不足している部分はたくさんある気がする。若い頃の方が、私は今よりもっと物欲はそれなりにあったし、それなりにやりたくないことをイヤイヤながらす...精神世界寄りで生きる心地よさ
父は2019年に95歳で亡くなり今月11月で5年が経ちます。父は88歳の時に、腹部大動脈瘤の大きな手術をしました。それまではこれといった病気をしたこともなかった人なので、術後しばらくは多少体調が不安定ながらも、比較的元気に暮らしていられました。ただ、93歳を過ぎてからは、肺炎や心不全といった症状に見舞われることが出はじめ、次第に入退院を繰り返すようにもなり、最期は病院で旅立ちました。その後、母は2022年に96歳で亡くなりました。母親は入院するようなことはなかったものの、85歳を過ぎる頃から認知症が進行していき、在宅で約8年介護し、最期は介護施設で。認知症状が進んでいく母のことは、要介護4になってからもずっと兄とふたりで在宅介護をしていました。その後、父が具合が悪くなってからの約2年間は、まともに睡眠も取...いつかこの世から旅立つときは11月がいいなと思っている
私自身についていえば、過去の自分の気持ちを一瞬にして呼び起こすことができる、という自覚があります。たぶんこれは、特殊能力でもなんでもなく、多くの人が普通にできることだと思っていました。たとえば、子供時代に家族で出かけた写真などを見ていると、その時の思い出とともに、あの頃の自分に一瞬戻ったかのような感情が呼び起こされます。また、10代や20代の頃にかなり入れ込んで聴いていたアーティストの音楽や作品を今また見聞きすると、その年代に戻ったかのような熱い感情が呼び覚まされてくるわけです。懐かしい物や音楽などに触れることは、脳の活性化や情緒の安定化につながるとされ、高齢者の認知症予防などにも活用されていることも知っていました。なので、過去の自分の気持ちが呼び起こせない人もいる、という考えは、私の中にはありませんでし...感情の記憶を呼び起こせない人もいることを知った
やらなければならないことが山積みで、忙しさにおしつぶされそうになるってこと、私にはよくあることだった。不安なこと、心配事が頭に浮かんできたら、もうそのことで頭がいっぱいになって、消し去ることができなくなることも、私にはわりとよくあることだった。ところが、つい最近ある考え方がふと浮かんだら、気が楽になってだいぶ解消されてきた気がするので記録しておこうと思う。このような考え方はすでに別の形できちんとあるのかもしれないけれど、私は何かの本や情報を見て気づいたわけではないので、私の言葉と私特有のイメージになってしまうけど。まず、今この瞬間この世に存在しているのは、私が五感ではっきり認識しているものと、頭の中で考えていることのみ!だと思ってみた。目の前にあってもその物質の存在に気づかないものは存在していないし、逆に...自覚できないものは存在しないと考えたら、気が楽になった
自分のことは自分が一番わかっているつもりだったけれど、実は自分こそが自分のことは一番見えていないことを、歳を重ねるごとに実感してきています。自分のことだけしか見てなくて、自分のことしか考えてなかったら、自分という人間を知ることはできないものだな、と思った。また、自分と価値観の近い人だけ見ていても、なかなか自分の全貌は見えてこないものだと思った。今の私にとって自分の中にあるいい意味でも悪い意味でも、知られざる自分をハッキリ映し出してくれるのは、自分と価値観の違う人。自分とはかなり違う育成環境で育ってきた人や、違う人生を送ってきた人。これに関しても、ほとんどの人が該当するといえば、該当するわけだけれど。とにかく、なぜこの人達はこうなんだろう❔と思わせてくれる疑問が、自分を深く知るカギになることに気づいた。私自...他人に対する疑問が本当の自分を知る手掛かりになっている
私は、梅雨時と夏の暑さや湿度の高さがなにより苦手です。。たぶんこの点においては、人一倍我慢強さに欠けている気がする。湿度の高い高温の環境に身を置くと、すぐに息苦しくなったり片頭痛がしてきたり、顔汗をひどくかいてしまったりする。どちらかと言えば私は、我慢強いほうではないかと自分では思っている。身体のどこかに痛みが生じても、鎮痛剤などの薬に頼ることはまずない。冬の寒さに関してもわりと薄着で、辛さを感じるほどのこともなく過ごしていける。むしろ、ちょっと寒いくらいの方が調子がいい。なのになぜ、私は湿度の高い暑さに対しては、こんなにも弱いのだろう❔逆に、寒さに関してはかなり我慢できるのはなぜなんだろう❔と考えてみたところ、私が我慢力を発動するためには、どうやら「気力」といったような精神的なパワーが必要な気がする。そ...我慢の限界点を伸ばすメリット
自分の欲求に素直に従って生活していたら、できる限り健康を害する危険性の低いもの、地球環境破壊にはつながりにくいものを選択している自分に改めて気づいた。でもま。いきなりこんなことを書いてしまうと、健康意識や環境意識の高いことアピールの押しつけがましい、自己顕示欲強めブロガーみたいな印象が(我ながら)してしまう。。ような気もしますが。いやいや。そんなことはなくてですね。私にも健康面での問題はそれなりにあるし、環境への取り組みもやろうと思えばもっとできるところで止まってはいるわけです。要は、全然中途半端ではあるんですが、それを許している地点で楽しめているから継続していけるのかな、とも思えます。私にとっては、次のような発言する人が自分とは違う宇宙人に感じます。「食べたいものを我慢してまで長生きしなくてもいい」なる...自分のからだと地球環境に悪そうなことはしたくない
世の中には死を怖いと思わない人が、思ったよりたくさんいることに気づいたのはつい最近。ちなみに私は死は怖い。あと一年しか生きられないといったような余命宣告を受けたなら、激しく動揺してしまうに違いない。命ある限り、一日でも長く生きていたい。とにもかくにも、死ぬのはいやだ!大半の人が自分と同じように考えているのかと思っていたけれど、そうではないのかもしれない、という目で世の中を見たら、今まで考えも及ばなかったことが見えてきた気がする。これはあくまでも私の推測であって、とても不謹慎な表現になってしまうことを最初にお詫びしておきますが。もしかしたら、自死という選択をしてしまう人の中には、死を怖いものと捉えない人も数多く含まれているのではないかということ。命を落とすリスクを知りながらも戦地へと徴兵されていく人の中には...死を怖いと思わない人は意外と多いのかもしれない
私は10歳の頃から日記を書いています。内容の薄い記録程度にしか書いていない時期もありますが、ずっと書き続けてはいるのです。大量に残してある日記帳を、これからはきちんと整理していこうと思い、今また改めて少しずつ読み返しています。過去の日記を読み返す、ということは、今まで何度もやってきました。過去十年分くらいの日記なら、比較的すぐに取り出せる所に置いてあるので、去年の今頃はなにがあったかな、とか、5年前の今頃はなにしてたかな❔とか。そんな感じでわりと近い過去の日記は見ていました。せいぜい10年以内くらい前までの日記からは、今の自分とそんなに大きな違和感は感じられないものの、20年前、30年前と大きくさかのぼるにつれ、かなり気恥ずかしくなるような違和感を覚えはじめます。気恥ずかしくなる違和感とは、ズバリ!その頃...過去の自分を今の年齢から見てみると。。
朝起きて夜寝るまでの間には、毎日毎日、同じようなルーティンを無数に繰り返していることに、改めて意識が向きました。朝起きて身支度をするにしても、食後に歯を磨いたりするにしても、その日によって変化を付けるなんてことはしないで、いつものパターンを無意識に繰り返しているだけ、といった感覚。特に近頃では、昨日と今日はまるで完コピと言えるほど、違いのないような日もあったりするのです。毎日同じことを繰り返すだけの日々で、生きている意味なんてあるのだろうか❔といった疑問を持つ人もいるという話を耳にしたことがあります。特に退職して、家族のお世話をすることもなくなった高齢の方の中には、そんな疑問を持たれる方はいるような気がします。今のところ私は、そんな気持ちになったことはありませんが、朝起きたと思ったらもう寝る時間がきて、寝...毎日が同じことの繰り返しのように思えるけれど違う
「幸せホルモン」に関して気になるようになってきました。これはもちろん、ホルモンの正式名称ではないですが、幸福感を感じさせてくれる神経伝達物質の働きを持つ脳内ホルモンを、まとめてこう呼ぶようです。具体的には、セロトニン、オキシトシン、ドーパミン、エンドルフィン、などがあげられます。セロトニンは、神経を安定させる効果が高く、良質な睡眠をとるためにはとても大切なホルモンですね。日中にはきちんと日の光を浴びることや、規則正しい生活などを心がけることが分泌量を増やすためには必要です。オキシトシンは別名愛情ホルモンとも呼ばれ、大切に想う人や動物とのスキンシップや愛する想いによって分泌量が増えるようです。ドーパミンは、人に褒められたり成功体験をすることで分泌されるホルモンです。成功したり褒められた時の喜びの快感をまた得...健康のカギは幸せホルモンが握っている気がする
苦しみはなくならないよ。苦しみでなくなるのだよ。この言葉をみるたび、私はその時々でいろいろな気づきが得られています。自分にとって辛い苦しみであったことが、あるきっかけにより受け止め方が変わることはあります。ある人物との出会いによって、とか、ある本で読んだ言葉をきっかけに、とか。きっかけは様々でした。また、特にきっかけなどなくても、ある日ふと、苦しみであったはずのものが、苦しみとはいえないものに変化していることもありました。私は15年ほど前から、ある脚の障害が出はじめ、痛みで思うように歩行がままならない時期もありました。その頃の私にとっての脚の障害は、完全に「苦しみ」そのものでした。今は、といえば、治っているわけではなく、痛みもあり以前のように歩けるわけではないですが、「苦しみ」ではなくなっています。なぜそ...苦しみはなくならないよ。苦しみでなくなるのだよ。
まだ私は体験たことはないのですが、VRゴーグルを装着し、現実ではない仮想空間を感じることはできますよね。空を飛んだり宇宙を旅してみたり、現実にはできないことも自由自在に体験できるので面白そうだな~とは思います。ただ私は、高所恐怖症なので、絶対に落ちたりしないと解っていても、高い所を歩いたり飛んでみたりすることは絶対に無理!無理!!そこでふと疑問に思ったのが、なぜ安全だと解っているのにできないんだろう私❔……って、ことを。試しに、地上に置かれた30㎝幅の板の上を、踏み外さずに歩くという課題があれば、難なくできると思う。でも、その板と同じ幅の板が、地上から何十メーターも上に掛かっていて、それを渡るとなると、足がすくんで一歩も前に進めないはず。無風で板の揺れなど一切なかったとしても、私なら歩けない。余計な思いや...気持ちひとつで身体は動けなくなる
日々流れてくるニュースというのは、どうしても不安になるようなネガティブなものが中心になっていますよね。ネガティブな感情に巻き込まれたくないので、ニュースは見ない、という人がいることも知っています。感受性の強い人は、戦争や災害のニュース映像を見ることによって、自分自身が精神的ダメージを受けてしまうこともあるみたい。そういえば。ネガティブな念を受けやすい、と言ってる霊感のあるらしき人からは、よくそういったことを聞きましたね。私には霊感なんてものはたぶんないし、ネガティブな念に巻き込まれたこともないので、よくわからない感覚ですが。見たくない現実は見ない。知りたくない現実は知らなくていい。たしかに、現実を知ることが必ずしもいいことだとは限らないので、自分にとって心地よいもの、美しいものだけを見て生きていたいという...ネガティブな現実も私は知りたい
私は暑さがとても苦手。たとえるなら、私はバター人間といってもいいでしょう。春夏の暑い時期や暑い環境に身を置くと、まるで溶けてしまったかのように、思うように頭は働かなくなり動けなくなってしまう。一方、秋冬になると人が変わったかのように元気になり、思考はクリアになり身体も動くのです。夏が終わり、ようやく涼しくなってくると、ようやく固体に戻れたような気がするバター人間😁 しかし、このような私とは逆に寒さには弱く、暑さには強いという人が身近にはけっこう存在している。たとえるならその人は、サボテン人間といってもいいかも。バター人間とサボテン人間は、気温や湿度や気圧などが全く同じ空間に身を置いていていても、感じ方はまるで違う。お土産にグレープフルーツをもらって、「美味しそう」と思って喜ぶ人もいれば、「うわぁ。グレープ...自分以外の人はみな異星人だと思って理解に努める
私は、梅雨時と夏の暑さや湿度の高さがなにより苦手です。。たぶんこの点においては、人一倍我慢強さに欠けている気がする。湿度の高い高温の環境に身を置くと、すぐに息苦しくなったり片頭痛がしてきたり、顔汗をひどくかいてしまったりする。どちらかと言えば私は、我慢強いほうではないかと自分では思っている。身体のどこかに痛みが生じても、鎮痛剤などの薬に頼ることはまずない。冬の寒さに関してもわりと薄着で、辛さを感じるほどのこともなく過ごしていける。むしろ、ちょっと寒いくらいの方が調子がいい。なのになぜ、私は湿度の高い暑さに対しては、こんなにも弱いのだろう❔逆に、寒さに関してはかなり我慢できるのはなぜなんだろう❔と考えてみたところ、私が我慢力を発動するためには、どうやら「気力」といったような精神的なパワーが必要な気がする。そ...我慢の限界点を伸ばすメリット
自分の欲求に素直に従って生活していたら、できる限り健康を害する危険性の低いもの、地球環境破壊にはつながりにくいものを選択している自分に改めて気づいた。でもま。いきなりこんなことを書いてしまうと、健康意識や環境意識の高いことアピールの押しつけがましい、自己顕示欲強めブロガーみたいな印象が(我ながら)してしまう。。ような気もしますが。いやいや。そんなことはなくてですね。私にも健康面での問題はそれなりにあるし、環境への取り組みもやろうと思えばもっとできるところで止まってはいるわけです。要は、全然中途半端ではあるんですが、それを許している地点で楽しめているから継続していけるのかな、とも思えます。私にとっては、次のような発言する人が自分とは違う宇宙人に感じます。「食べたいものを我慢してまで長生きしなくてもいい」なる...自分のからだと地球環境に悪そうなことはしたくない
世の中には死を怖いと思わない人が、思ったよりたくさんいることに気づいたのはつい最近。ちなみに私は死は怖い。あと一年しか生きられないといったような余命宣告を受けたなら、激しく動揺してしまうに違いない。命ある限り、一日でも長く生きていたい。とにもかくにも、死ぬのはいやだ!大半の人が自分と同じように考えているのかと思っていたけれど、そうではないのかもしれない、という目で世の中を見たら、今まで考えも及ばなかったことが見えてきた気がする。これはあくまでも私の推測であって、とても不謹慎な表現になってしまうことを最初にお詫びしておきますが。もしかしたら、自死という選択をしてしまう人の中には、死を怖いものと捉えない人も数多く含まれているのではないかということ。命を落とすリスクを知りながらも戦地へと徴兵されていく人の中には...死を怖いと思わない人は意外と多いのかもしれない
私は10歳の頃から日記を書いています。内容の薄い記録程度にしか書いていない時期もありますが、ずっと書き続けてはいるのです。大量に残してある日記帳を、これからはきちんと整理していこうと思い、今また改めて少しずつ読み返しています。過去の日記を読み返す、ということは、今まで何度もやってきました。過去十年分くらいの日記なら、比較的すぐに取り出せる所に置いてあるので、去年の今頃はなにがあったかな、とか、5年前の今頃はなにしてたかな❔とか。そんな感じでわりと近い過去の日記は見ていました。せいぜい10年以内くらい前までの日記からは、今の自分とそんなに大きな違和感は感じられないものの、20年前、30年前と大きくさかのぼるにつれ、かなり気恥ずかしくなるような違和感を覚えはじめます。気恥ずかしくなる違和感とは、ズバリ!その頃...過去の自分を今の年齢から見てみると。。
朝起きて夜寝るまでの間には、毎日毎日、同じようなルーティンを無数に繰り返していることに、改めて意識が向きました。朝起きて身支度をするにしても、食後に歯を磨いたりするにしても、その日によって変化を付けるなんてことはしないで、いつものパターンを無意識に繰り返しているだけ、といった感覚。特に近頃では、昨日と今日はまるで完コピと言えるほど、違いのないような日もあったりするのです。毎日同じことを繰り返すだけの日々で、生きている意味なんてあるのだろうか❔といった疑問を持つ人もいるという話を耳にしたことがあります。特に退職して、家族のお世話をすることもなくなった高齢の方の中には、そんな疑問を持たれる方はいるような気がします。今のところ私は、そんな気持ちになったことはありませんが、朝起きたと思ったらもう寝る時間がきて、寝...毎日が同じことの繰り返しのように思えるけれど違う
「幸せホルモン」に関して気になるようになってきました。これはもちろん、ホルモンの正式名称ではないですが、幸福感を感じさせてくれる神経伝達物質の働きを持つ脳内ホルモンを、まとめてこう呼ぶようです。具体的には、セロトニン、オキシトシン、ドーパミン、エンドルフィン、などがあげられます。セロトニンは、神経を安定させる効果が高く、良質な睡眠をとるためにはとても大切なホルモンですね。日中にはきちんと日の光を浴びることや、規則正しい生活などを心がけることが分泌量を増やすためには必要です。オキシトシンは別名愛情ホルモンとも呼ばれ、大切に想う人や動物とのスキンシップや愛する想いによって分泌量が増えるようです。ドーパミンは、人に褒められたり成功体験をすることで分泌されるホルモンです。成功したり褒められた時の喜びの快感をまた得...健康のカギは幸せホルモンが握っている気がする