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アズ動物病院の雑学メモ http://azvet2.blog.fc2.com/

海外14国を放浪し、海外の動物園、水族館で研修後、日本の動物園、水族館に約10年勤務し、イルカ、サメ、ゾウに麻酔したり、治療していました。沖縄、東北の動物病院で勤務後、大阪出身ですが、現在、秋田市で動物病院を開院。色々な情報を書いています。

スナフキン
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秋田市
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高槻市
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2019/11/22

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  • 人と動物の良い関係(16)-ロシアの毛並が良い1万8千年前の【Dogor(友人)】

    ロシアの砂金や金鉱などが多い、インディギルカ川近郊の永久凍土の中から、約1万8千年の生後2カ月未満の、保存状態が、非常に良好な、イヌ科動物のオスの遺体が、発見されました。ヨーロッパで最大級の「犬のDNAバンク」を有している、スウェーデン古遺伝学センター(CPG)では、「DNA鑑定すれば、通常ならば、犬かオオカミかは、すぐにわかります。しかし、今回、この個体のDNA鑑定を検査した結果、犬かオオカミかは、特定でき...

  • 人と動物の良い関係(15)-スウェーデンで約8400年前から眠っている犬

    約8400年前に人と犬が一緒に埋葬されたのが、スウェーデンで、発見されました。墓は、新石器時代の集落の真ん中にあったそうで、副葬品も見つかったそうです。調査の結果、該当する犬種は、いませんでしたが、スウェーディッシュ・エルクハウンド、グレイハウンドに似ているそうです。ブレーキンゲ博物館の解剖学者『Ola Magnell』は、「犬は保存状態が良く、石器時代の集落の真ん中に、埋葬されているという事実は、興味深い...

  • 人と動物の良い関係(14)-百年以上前から、木の棒で遊ぶ犬

    ニューヨーク市ブルックリンにあるグリーンウッド墓地は、1838年にできた公園墓地で、著名な指揮者『レナード・バーンスタイン』ら、57万人以上の人の墓があるそうです。そんなグリーンウッド墓地の一角に、犬の彫像が、あります。犬の名前は、『Rex』で、1884年に死亡した、果物商『John E. Stow』の飼い犬だそうです。『Rex』は、木の棒で遊ぶのが、大好きだったので、『Rex』の墓には、現在も多くの人が訪れています...

  • 人と動物の良い関係(13)-アルゼンチン-飼い主の墓と愛犬『Capitan』

    2005年、アルゼンチンに住んでいた『Miguel Guzman』さんは、息子『Damián Guzman』さんの13歳の誕生日に、シェパードを、プレゼントしたそうです。そのシェパードに、息子『Damián Guzman』さんは、『Capitan』と名付けたそうです。しかし、『Miguel Guzman』さんは、息子の『Damián Guzman』さんより、『Capitan』を、家族の中で一番可愛がり、いつも一緒にいたそうです。しかし、『Miguel Guzman』さんは、病気になり、入...

  • 人と動物の良い関係(11)-古代ギリシャ、古代ローマ時代の犬の墓標-犬との思い出

    古代ギリシャや古代ローマ人は、とても犬を可愛がっていて、愛犬の死を悼んで、墓碑を建てることがあったそうです。古代ギリシャ、古代ローマ時代の墓標を読むと、犬との関係が、現在と同じという事が、分かります。【愛犬で、猟犬『リカス』よ…。私は、『リカス』が、世界一勇敢で、一番誇り高い犬だった事を忘れない。】、【 ここにあるは、今は亡き『ステファノス』なる犬のものなり。私は、涙を流し、人のごとく埋葬し、『ステ...

  • 人と動物の良い関係(10)-古代ローマ時代の短頭種

    トルコのイスタンブール大学と、アタチュルク大学(Atatürk University)らの研究チームにより、トルコのEfeler(元古代都市Tralleis)で、古代ローマ時代のトルコ遺跡から、約2千年前の成人と短頭種のイヌが、頭が東を向くように、一緒に、埋葬された墓を、発見したそうです。ちなみに、飼い主と一緒に埋葬するために、可愛がっていた犬は、殺された可能性が、あるそうです。調査した結果、イヌは、現代のペキニーズくらいの大き...

  • 人と動物の良い関係(7)-ポンペイの番犬

    古代ローマ人は、家庭犬の事を、里子と呼ぶ事があり、当時も、家族の一員と考えられていたようです。ちなみに、犬は、番犬にもなります。79年8月24日の昼過ぎ、ヴェスヴィオ火山噴火の火砕流で、地中に埋もれていたポンペイの遺跡には、床に、「cave canem(犬に注意)」と、書かれたものがあります。ちなみに、番犬と言えば、アズ動物病院には、フラットコーテッドレトリバーの警備隊長『チョリソウ』がいます。(続く)...

  • 人と動物の良い関係(2)-ポンペイの番犬

    古代ローマ人は、家庭犬の事を、里子と呼ぶ事があり、当時も、家族の一員と考えられていたようです。ちなみに、犬は、番犬にもなります。79年8月24日の昼過ぎ、ヴェスヴィオ火山噴火の火砕流で、地中に埋もれていたポンペイの遺跡には、床に、「cave canem(犬に注意)」と、書かれたものがあります。大昔から一緒に暮らしてきた犬とは、いい関係が続いているようです。ちなみに、番犬と言えば、アズ動物病院には、フラットコ...

  • 笛の話(9)-約3万5千年以上前の世界最古の楽器

    2008年、ドイツのテュービンゲン大学の考古学者『Nicholas J. Conard』らにより、オーリニャック文化時代の、ドイツの【Hohle Fels】洞窟遺跡で、シロエリハゲワシの骨で作製されたフルートが、発見されました。ネアンデルタール人の絶滅と現生人類のヨーロッパへの到着を、放射性炭素年代測定により、年代測定した業績で有名な、オックスフォード大学の『Thomas F. G. Higham』教授は、「発見されたフルートを、放射性炭素年...

  • 【天正遣欧少年使節】『中浦ジュリアン(小佐々甚吾)』と【キリシタン禁教令】(4)-【穴吊るしの刑】(2)-日本初の転びバテレン

    日本管区の管区長代理ポルトガル人の『クリストヴァン・フェレイラ』は、『中浦ジュリアン(小佐々甚吾)』司祭と一緒に、【穴吊るしの刑】にされました。キリスト教徒が、棄教することを、【転ぶ】と言うそうですが、1633年10月18日、イエズス会の日本管区の管区長代理『クリストヴァン・フェレイラ』は、【穴吊るしの刑】に耐えられず、約5時間で、キリスト教を棄教し、日本初の【転びバテレン(転伴天連)】となったそ...

  • 【天正遣欧少年使節】『中浦ジュリアン(小佐々甚吾)』と【キリシタン禁教令】(3)-【穴吊るしの刑】(1)

    『イエス・キリスト』は、布教活動をしようとして、最初に声をかけたのが、イスラエルの【ガリラヤ湖】で、漁をしていた、漁師『Petrus(ペトロ)(シモン・ペトロ)』だそうです。ちなみに、『イエス・キリスト』は、中東に住んでいたユダヤ人なので、『イエス・キリスト』の顔は、実は、現在、日本で普及している、欧米人的な顔では、ないそうです。その話は、後日…。そして、漁師『Petrus(ペトロ)(シモン・ペトロ)』は、最...

  • 【天正遣欧少年使節】『中浦ジュリアン(小佐々甚吾)』と【キリシタン禁教令】(2)

    『中浦ジュリアン(小佐々甚吾)』は、マラリアなどの体調不良が続き、十分な訪問活動が、出来ませんでしたが、その都度、多くのキリスト教徒の人々の厚意に助けられたので、キリスト教徒に対して、崇敬の念を抱いて、ローマ教皇『グレゴリウス13世』を、一生の心の師と思ったそうです。そして、1590年7月21日、長崎に帰国し、1591年3月3日には、【天正遣欧少年使節】の4人は、聚楽第で、関白『豊臣秀吉』に拝謁し...

  • 【天正遣欧少年使節】『中浦ジュリアン(小佐々甚吾)』と【キリシタン禁教令】(1)-『グレゴリウス13世』(1)

    『小佐々市衛門前親』の一族の、『中浦ジュリアン(小佐々甚吾)』は、1568年に、長崎で、生まれたそうです。そして、イエズス会東インド管区の司祭『アレッサンドロ・ヴァリニャーノ』が、キリシタン大名の『大友義鎮(宗麟)』、『大村純忠』、『有馬晴信』らに、キリスト教をより深く学ぶため使節団を、ローマに送る事を提案しました。そして、『大友義鎮(宗麟)』の親戚の『伊東マンショ(本名:伊東祐益)』は、主席正使...

  • 愛犬の墓と墓碑(1)-小佐々市衛門前親と『義犬華丸』くん

    15歳だった『小佐々市右衛門前親』は、大村藩(現在の長崎)3代藩主『大村純信』が、3歳の時、守役として抜擢され、文武両道に渡って指導し、面倒を見てきたそうです。そして、『小佐々市右衛門前親』は、23歳で家老になり、『大村純信』を補佐し、藩政を支えてきたそうです。ところが、1650年6月24日(慶安3年5月26日)、大村藩3代藩主『大村純信』が、32歳の若さで急逝した時、家老『小佐々市右衛門前親』は...

  • 日本で、 合戦で犬を用いた最初の武将『畑時能』と愛犬『犬獅子』の活躍(8)-最後

    しかし、『畑時能』たち16人の内、激戦の最中に5人は戦死し、9人が重傷を負っていました。『快舜』も7カ所以上の傷を受け、瀕死の状態で、その日の夜、死亡しました。『畑時能』は全身傷だらけで、肩には、1本の白羽の矢が深く刺さっていました。何とかして矢を抜こうとしましたが、矢の先端が抜けず、3日の間、痛みに苦しんだ後、敗血症により、1341年12月4日(暦応4年10月25日)に、死亡しました。その後、『...

  • 日本で、 合戦で犬を用いた最初の武将『畑時能』と愛犬『犬獅子』の活躍(7)-愛馬『塩津黒』

    『畑時能』と愛馬『塩津黒』が、敵の兵士を、蹴り倒したり、踏み倒したり、また、進んだかと思えば、取って返して敵陣を蹂躙したそうです。1318年ー1368年の日本での出来事が書かれた、【太平記】には、1341年10月頃の『畑時能』の愛馬『塩津黒』との活躍が、記載されています。「畑が乗ったる馬は、項羽が騅にも劣らざる程の俊足なりしかば、鐙の鼻に当て落され、蹄の下にころぶをば、首を取っては馳せ通り、取って...

  • 日本で、 合戦で犬を用いた最初の武将『畑時能』と愛犬『犬獅子』の活躍(6)

    『足利高経』は、鉄壁の包囲網と考えていたので、背後に『畑時能』が、いるとは思わず、現在は、北朝に味方している平泉寺衆徒(僧侶)だが、以前、南朝だったので、平泉寺衆徒(僧侶)が、南朝に寝返り、背後に、来たと考え、このままだと、『畑時能』と後背の平泉寺衆徒(僧侶)に挟み撃ちされ、大被害を受けるのでは?と、驚愕したそうです。そのため、『足利高経』は、兵士7千人のうち3千人を、鷲ヶ岳へと向かわせたそうです...

  • 日本で、 合戦で犬を用いた最初の武将『畑時能』と愛犬『犬獅子』の活躍(5)

    『上木九郎家光』は、 疑いを晴らすためには、ゆっくりとは、していられませんでした。そのため、一族郎党の約200人を率いて、さらに城に近づいていきました。 すると、大きな声をあげながら5人の男と犬が、突如として現れたそうです。それは、『畑時能』、『快舜』、『悪八郎』他2名と、『畑時能』の愛犬『犬獅子』でした。【鷹巣城】の近くにいた『上木九郎家光』の兵士たちが、驚いて右往左往しているところ...

  • 日本で、 合戦で犬を用いた最初の武将『畑時能』と愛犬『犬獅子』の活躍(4)

    北朝の足利軍に、『上木九郎家光』という武将がいました。『上木九郎家光』は、以前、敵方の南朝『新田義貞』に仕えていました。そのため、なかなか【鷹巣城】の攻城戦で成果が出てこないのは、『上木九郎家光』が、敵と内通しているのでは?と疑う者が出てきました。そして、ある時、足利軍の『足利高経』の陣に、「畑を討たんと思わば、まづ上木を切れ(意訳:畑を耕したいと思うのなら、まず畑の上に生えている木を切る事)」と...

  • 日本で、 合戦で犬を用いた最初の武将『畑時能』と愛犬『犬獅子』の活躍(3)

    『畑六郎左衛門時能(畑時能)』は、徹底抗戦する事を決め、周囲にできた砦を、一つづつ攻略する事にしたそうです。そして、砦を攻略する時、犬用に作製した兜を被った愛犬『犬獅子』を、放ったそうです。当時、日本では、犬を戦いに使うという概念が、全くなかったので、『犬獅子』は、まったく警戒されていませんでした。そのため、夜の暗闇に紛れた『犬獅子』は、たやすく敵の砦に、忍び込む事が出来たそうです。そして、敵の警...

  • 日本で、 合戦で犬を用いた最初の武将『畑時能』と愛犬『犬獅子』の活躍(2)

    『畑時能(畑六郎左衛門時能)(畑六郎左衛門)』は、南朝の『新田義貞』に仕え、新田四天王の一人と言われていたそうです。『畑時能』は、筋骨隆々で武力に優れ、相撲が好きで、一度も負けた事がなかったそうです。浮世絵師『歌川国芳』が描いた『畑時能』と愛犬『犬獅子』その上、知謀にも優れ、人心を掌握すること実に巧みで、音楽が好きで、笛を吹いていたそうで、その笛も、残っています。そして、日本では、合戦で犬を用いた...

  • 笛の話(8)-南朝の『畑時能』と愛犬『犬獅子』の活躍(1)-鉄笛

    『後醍醐天皇』による、建武の新政樹立の立役者『新田義貞』の部下で、四天王の一人『畑時能(畑六郎左衛門時能)(畑六郎左衛門)』の遺品とされる鉄笛が、福井県あわら市の「応蓮寺」に、保管されています。鉄笛は長さ48・5cm、直径約1・5cmで、「楠公之鉄笛 嘉暦三(1328)年九月日」と書かれた漆塗りの箱に入っています。笛は、『楠木正成』から『新田義貞(源義貞)』、そして、『新田義貞』の弟『脇屋義助』を...

  • 笛の話(7)ー『堀河天皇』と音楽(6)-豊原時元、松井和、和楽器バンド、KATSU

    音楽をこよなく愛し、鬼の笛【葉二】を、最後に吹いた『堀河天皇』から、【御遊(協演)(セッション)】の時、風流な事を言った、雅楽の管楽器の笙の名人『豊原時元』は、7月下旬の猛暑日、急いで来る様に、言われたそうです。雅楽家『豊原時元』は、急いで内裏に駆けつけたそうです。すると、『堀河天皇』は、「今日は、人工の泉の側にいても、ものすごく暑い!昔から、心静かなれば、身も静かであると言います。涼しくなりそう...

  • 笛の話(6)ー『堀河天皇』と音楽(5)-明暹

    音楽をこよなく愛し、鬼の笛【葉二】を、最後に吹いた『堀河天皇』が、僧たちを招いて、大般若の御読経を行った事が、鎌倉時代の雅楽書【続教訓鈔】に、書かれています。『堀河天皇』は、色々と調子を変えながら、自由に笛を、吹いていたそうです。すると、興福寺の僧『明暹』が、その笛に合わせて、経を読んだので、『堀河天皇』は、不審に思って、「そなたは、何者じゃ?笛を吹くのか?」と、聞いた所、『明暹』は、「大学頭『藤...

  • 笛の話(5)ー『堀河天皇』と音楽(4)-天皇陛下のご先祖様の一言-ついでに、ナマズの話

    音楽をこよなく愛し、鬼の笛【葉二】を、最後に吹いた『堀河天皇』が、管楽器と弦楽器、打楽器などの、楽器の名人を集め、聴衆にきかせるのではなく、合奏に参加している者同士が、自由にお互いに楽しむことを目的とした、【御遊(協演)(セッション)】を、主催する事になりました。そして、【御遊(協演)(セッション)】は、午前中の早い時間から、集中するために、妻戸を閉めた御所の中で、始まったのですが、『堀河天皇』が...

  • 笛の話(5)ー『堀河天皇』と音楽(4)-天皇陛下のご先祖様の一言-ついでに、ナマズの話

    音楽をこよなく愛し、鬼の笛【葉二】を、最後に吹いた『堀河天皇』が、管楽器と弦楽器、打楽器などの、楽器の名人を集め、聴衆にきかせるのではなく、合奏に参加している者同士が、自由にお互いに楽しむことを目的とした、【御遊(協演)(セッション)】を、主催する事になりました。そして、【御遊(協演)(セッション)】は、午前中の早い時間から、集中するために、妻戸を閉めた御所の中で、始まったのですが、『堀河天皇』が...

  • 笛の話(4)ー『堀河天皇』と音楽(3)-物の怪、取り憑いた?

    音楽をこよなく愛し、鬼の笛【葉二】を、最後に吹いた『堀河天皇』は、壁に笛の楽譜を貼って、夜から明け方まで、吹くほどの笛の愛好家でした。鎌倉時代に書かれた【続古事談】には、『堀河天皇』の笛に対する愛の深さに関しての、エピソードが、書かれています。 公卿『藤原為隆』が、伊勢神宮からの伝言を伝えるため、『堀河天皇』を訪ねましたが、『堀河天皇』は、長時間、笛を吹き続けて、何時間も待たせて、何の返事もしなか...

  • 笛の話(3)ー『堀河天皇』と音楽(2)-勘解由次官『明宗』は、極度のあがり症

    官僚の勘解由の次官『明宗(顕宗)』は、笛名人と呼ばれ、評判があったのですが、極度のあがり症だったそうです。音楽をこよなく愛する『堀河天皇』は、『明宗(顕宗)』の評判を聞いて、「ぜひ、笛の音を、聞かせてほしい。」と、言ったそうです。しかし、『明宗(顕宗)』は、緊張して、ふるえて、うまく吹けなかったそうです。そのため、『堀河天皇』は、『明宗(顕宗)』と親しい女官に、「『明宗(顕宗)』は、緊張していると...

  • 笛の話(2)ー『源博雅』と鬼の笛【葉二】-『堀河天皇』と音楽(1)

    笛と言えば、鎌倉時代に書かれた【十訓抄】に、【博雅の三位と鬼の笛】と言う話が、あります。平安の中期、月の明るい夜、醍醐天皇の孫で、笛の達人で、【長慶子】の作曲者の、従三位『源博雅』が、大内裏の南にあった正門で、異界に通じる「朱雀門」の前で、笛を吹きながら散歩していると、この世のものとは思えない、笛の素晴らしい音色が、聞こえて来ました。ちなみに、【朱雀門】は、平城京や平安京の外郭十二門のうち、最も重...

  • 中東の【ナトゥーフ文化】(2)ー約1万2千年前のフルート

    中東のナトゥーフ文化のイスラエルのアイン・マラッハ遺跡では、鳥のコガモとオオバンの骨で作製された、約1万2千年前の【フルート】が、発見されたそうです。発見された【フルート】は、音を変えられる様に、複数個の穴が開いていたそうです。you tubeで聞けます。笛の音は、猛禽類の鳴き声に似ているので、笛を鳴らして、小鳥などをパニックに陥れ、捕獲していたと推測しているそうです。概要は、you tubeで、日本語の...

  • 犬の歴史(4)-縄文時代

    日本では、縄文時代早期から、狩猟犬の縄文犬と共に、イノシシなどの大型の動物の狩猟を行っていたので、犬は、大切に飼われていたそうです。縄文時代の集落遺跡などから、丁重に埋葬された犬が、発見されているそうです。日本最古の犬の骨は、神奈川県横須賀市の8千5百年前の夏島貝塚遺跡で、右下顎の一部と歯が、見つかっています。ただし、埋葬された形跡は、ないそうです。犬が埋葬された状態での日本最古の発見は、1962...

  • 犬の歴史(3)-約1万2千年前の愛犬と一緒に眠る女性

    1989年、イスラエルの【Ohalo II】遺跡で、約2万3千年前に植物の試験栽培が始まった遺跡が、発見されたそうです。穀物を収穫するための道具も、発見されているそうです。この時期は、最終氷期が終わり、温暖化に向かっていた気候が、再び急激な寒冷化を迎えた寒冷期の始まりで、環境の変化に適応できず、多くの動植物が死滅し、植生が変わり、獲物となる動物が激減したので、狩猟採集から、食糧確保のために、農耕を始めたと...

  • 犬の歴史(2)-人類が、生存競争に勝った一因は、 犬!

    犬が、人間に家畜化されたのは、約2万ー4万年前と考えられています。アメリカのペンシルヴァニア州立大学名誉教授、古人類学者『Pat Shipman』によると、「人類が、生存競争に勝った一因は、犬が、いたからだ!」と言っています。更新世末期のヨーロッパでは、人類は、色々な動物と獲物を奪い合っていたそうです。人類は、劣勢でしたが、順化したオオカミ(犬の祖先)と連携して狩猟に当たった結果、獲物の捕獲精度を高め、生存...

  • 動物美術の歴史(3)-最古の宗教的指導者の存在と最古の神殿

    トルコの【ギョベクリ・テペ(トルコ語で、太鼓腹の丘)】では、見つかっていなかった遺跡が、次々に、発見されています。ちなみに、自分が、トルコに行った時、ブルーモスク、カッパドキアを、見学しましたが、【ギョベクリ・テペ】には、行きませんでした。ちなみに、カッパドキアに行く途中のバスで、雨が降りはじめました。カッパドキアは、乾燥地帯で、ほとんど雨が降らないので、周囲の人は、珍しいと、言って喜んでいました...

  • 古い動物の絵

    約3万5千年前に絶滅した、オーストラリア に生息していた、巨大な鳥のゲニオルニス(学名:Genyornis)を描いた、ゲニオルニス(学名:Genyornis)アボリジニの壁画が、オーストラリアのアーネムランドで、見つかったという事で、約2万年前に描かれた、有名なフランスのラスコー洞窟の壁画より、古い動物の絵が発見されたと、話題になりました。確かに、同じだ!と、驚いて関心を持っていました。しかし、2011年、詳しく調...

  • マンモスの牙から出来た世界最古の動物の像

    更新世の最後の氷期の第4氷期の第2亜間氷期の、4万3千ー3万5千年前の旧石器時代後期、ベルギーからスペイン、イタリアまで広がる、オーリニャック文化では、色々な動物の彫像が、作製されていたそうです。オーリニャック文化圏のドイツのホーレンシュタイン山のシュターデル洞窟から出土した、マンモスの牙からつくられた、【獅子頭の小立像(Löwenmensch)(Lion-man)(ライオンレディー)】は、1939年8月25日に、...

  • プシェドモスティ遺跡-2万8千5百年前の犬?

    全ての犬は、ユーラシアハイイロオオカミ の子孫と、言われています。オオカミと初期の犬を区別するのは、驚くほど難しいそうです。チェコの2万8千5百年前のプシェドモスティ遺跡で、オオカミである可能性もあるそうですが、初期の犬の家畜化と考えられる化石が、見つかったそうです。プシェドモスティ遺跡は、マンモス猟の中心地で、600頭以上のマンモスの骨が、見つかっているそうです。マンモスの肉と言えば、はじめ人間...

  • 獣医の歴史(4)ー実在した一番古い獣医の大先輩『Urlugaledinna』

    記録に残っている一番古い、実在した獣医師の大先輩は、紀元前2200年頃(資料により紀元前3000年頃)に、メソポタミアに住んでいた、シュメール人の外科医でもある、【獣医学の父】『Urlugaledinna(Ur-Lugal-Edina)』です。ルーブル美術館に保管されている『Urlugaledinna』の紋章紀元前1930年頃の古代メソポタミアの、【エシュヌンナ法典】には、狂犬病とその影響を特定し、誰かを噛んだ狂犬病の犬が、誰かを咬んだ...

  • 獣医の歴史(4)ー計都留(3)

    『シーボルト』のオランダ語の翻訳家だった、『今村英生(市兵衛)』、『吉雄忠次郎』が、『Hans Jurgen Keiserling(計都留)』の言う事を訳して、1725年、【和蘭陀馬養書】を書いたそうです。そして、通訳『今村英生(市兵衛)』は、医学的な知識もあったので、幕府の馬の飼育責任者との間での、馬術習得、馬療法や飼育法の質疑応答などに、通訳として携わったので、『Hans Jurgen Keiserling(計都留)』から、学んだことも...

  • ビールの歴史(2)-中東のナトゥーフ文化と中国の上山文化

    最も古い【ビール】の遺跡は、アメリカのスタンフォード大学と、イスラエルの考古学者のチームの調査によると、最初の農耕が始まった場所の中東のレバントのナトゥーフ文化のイスラエルのラケフェト洞窟に、約1万年3千年前のビールの製造跡が、残っているそうです。ラケフェト洞窟と発見者たちちなみに、ナトゥーフ文化の遺跡からは、後日、気が向けば、書きますが、犬の墓や、フルートも見つかっています。そして、紀元前300...

  • 獣医の歴史(3)ー計都留(2)-ビールの歴史(1)

    『徳川吉宗』の関心は、馬だけではなく、ヨーロッパの動植物、天文、暦法、法律、医学、薬学、武器、地勢、雑学など、『Hans Juergen Keyser(計都留)』に、聞きたいことが、山ほどあったので、ポルトガル語、オランダ語、ラテン語を、翻訳する事が出来た、通訳『今村英生(市兵衛)』は、『Hans Juergen Keyser(計都留)』に、常に付き添って、通訳をしていたそうです。ちなみに、『今村英生(市兵衛)』の祖父『今村四郎兵衛道...

  • 獣医の歴史(3)ー計都留(1)

    インカ帝国が、欧米のスペインにより、征服された様に、欧米のキリスト教徒は、非キリスト国を、征服していきました。そして、スペインやポルトガルが、キリスト教の宣教師たちを使って、徐々に、日本にキリスト教を浸透させ、日本人を奴隷として、インドへ輸出したり、感化された長崎の『大村純忠』は、自分の領土を、キリスト教徒に寄進したり、キリスト教徒が、神社仏閣を破壊し、僧侶を迫害し始めたそうです。そのため、158...

  • 獣医の歴史(2)ー怪しい先輩『今川平助』

    701年、大宝律令官位令で、馬の医者4人が、任命され、馬の治療や死体処分を、していたそうです。第50代『桓武』天皇の時、804年、熊本の『平仲国』が、中国に留学して、馬の治療の勉強をして、日本に伝えたそうです。1680年ー1709年、【生類憐みの令】で有名な将軍『徳川綱吉』が、治めていた時、江戸に、大型の犬舎をつったり馬に治療施設を建設したりして、莫大な費用をかけて、運営していたそうです。【生類憐...

  • 獣医の歴史(1)ー大先輩『大国主命』-道後温泉

    日本の獣医の大先輩は、【鰐(サメ)】に皮をはがれた【因幡の白兎】の治療した、『大国主命』です。そして、『大国主命』は、小さな神様『少彦名命』と一緒に、人と家畜の病気の治療法と、鳥獣と昆虫からの災いを、払うためのまじないを、研究しながら、日本全国を、自由旅をしたそうです。そして、愛媛県【道後温泉】付近を、旅していた時、『少彦名命』が、急病で倒れたそうです。そのため、『大国主命』は、愛媛県【道後温泉】...

  • ドッグトレーナーの歴史

    日本のドックトレーナーの歴史は、『仁徳天皇』の治世の時、百済から来日したドッグトレーナーが、黒ブチの鷹狩専門の使役犬『とまほこ』を、連れてきた事から始まり、次第に、専門職となり、朝廷に仕える鷹犬の飼育を担当する、【犬飼(犬養)】という専門職が出来て、江戸時代には、【犬牽(いぬひき)】と、呼ばれるようになったそうです。1789年ー1801年に活躍した【犬牽】『水野伝十郎』の、鷹犬飼育指南書【鷹犬見立仕...

  • Barbourula kalimantanensisー肺が無いので有名なカエル?-それ本当?

    【Bornean Flat-headed Frog(Kalimantan Jungle Toad)学名:Barbourula kalimantanensis】は、インドネシアのカリマンタン(ボルネオ)島の川の急流で、1978年、インドネシア出身の科学者『Djoko Tjahjono Iskandar』によって、1匹の雄が発見され、1995年、『Djoko Tjahjono Iskandar』によって、同じ場所で、1匹の雄が、採集されました。そして、2008年、シンガポール国立大学の『David Bickford』らが、別の場所...

  • シャチのオールド・トムの話

    10月18日の今日、オーストラリアで、クジラ祭りが開催されます!オーストラリアの南東の海岸沿いにある町のEdenでは、毎年10月頃になるとクジラ祭り(Whale Festival)があり、パレードや屋台が出て賑います。その祭りの主役のクジラは、シャチだそうです。今年は、10月18日から20日まで、開催するそうです。Edenは、「くじらの町」で、ザトウクジラが南氷洋から北上してくる通り道だったので、1930年頃まで、シャチが...

  • ウッカリカサゴ-灯台下暗し

    カサゴ(Sebastiscus marmoratus)は、日本各地沿岸に広く分布し、水深の浅い岩礁域や消波ブロックの陰などに生息しています。そして、日本の沖合の水深100m位に、生息するカサゴがいたのですが、日本の魚類学者からは、注目される事もなく、同種と考えられていました。しかし、1978年、長崎で調査していた、ソビエト連邦(現在:ロシア)の魚類学者『V.V.Barsukov』と『Lo-chai Chen』が、水深の浅い所に生息するカサゴと...

  • 1卵性2千生児のキンウワバトビコバチ(3)-クローン…それぞれの役目

    多胚生殖とは人の一卵性双生児の様に、1つの卵が、2つに分かれる、あるいは、分かれた胚が、更に2つ以上に分かれ、それぞれが、別々の個体として、成長する生殖方法だそうです。多胚性寄生蜂のキンウワバトビコバチ(Copidosoma floridanum) は、1つの卵から、遺伝的に【完全同一(クローン}】の、1卵性2千生児となるそうです。キンウワバトビコバチ(Copidosoma floridanum) は、寄生宿主内に、受精卵と未受精卵を、同時に産...

  • 1卵性2千生児のキンウワバトビコバチ(2)-宿主の免疫をだます分子擬態

    多胚性寄生蜂のキンウワバトビコバチ(Copidosoma floridanum) は、中型の蛾のイラクサギンウワバ(Trichoplusia ni)、ミツモンキンウワバ(Ctenoplusia agnata)、ガンマキンウワバ(Autographa gamma)の卵に寄生し、寄生された蛾の卵が、孵化した後、キンウワバトビコバチは、寄主幼虫(宿主)体内で、成長するそうです。しかし、寄生された蛾の卵にも、免疫機能があって、普通は、外から入ってきた異物は、排除されるのですが、キン...

  • 1卵性2千生児のキンウワバトビコバチ(1)

    自分が勤務していた大森山動物園で飼育していた、コモンマーモセット(Callithrix jacchus)は、毎回、双子を産んでいたので、どんどん増えていって、嬉しいと喜んでいましたが、コモンマーモセット(Callithrix jacchus)は、2卵性双生児を生むのが、普通だそうです。ちなみに、哺乳類のココノオビアルマジロ(Dasypus novemcinctus)は、常に、1卵性4つ子を、産むそうです。偶発的でなく、確実に1つの受精卵が、2つ以上に、...

  • 日本政府がやらかした失敗(2)-日本を世界最高水準に-大学改革(3)-ディオバン事件

    元東大総長『有馬朗人』文部大臣による【大学改革】以降、日本の大学では、数多くの不正が起きるようになりました。2007年より噂があり、2013年人為的なデータ操作が判明した、【ディオバン事件】があります。血圧降下剤としての効果が確認されていて、多くの国で、現在も使用されている、高血圧の治療薬の降圧剤【ディオバン(バルサルタン)】は、日本では、2000年より、販売を決定し、有効性を検証するため、製薬会...

  • 自分の名前の由来は、東京大学!

    自分の名前『釜瀬』は、あまり聞いた事が無いと思います。それもそのはず、全国に71家族(300人位)しかいない、珍しい名前だからです。でも、『釜瀬』という名前は、400年以上前から続いています。自分の先祖が、福岡県八女市にある猫尾城の城主『黒木』家から、分家する時に、名前を、色々考えた結果、信心深かった先祖は、治めていた地域にあった、『釜屋神社』を信仰していたので、以前の神社の名前『中瀬神社』の、文...

  • 日本政府がやらかした失敗(2)-日本を世界最高水準に-大学改革(2)-触れてはいけない東京大学(5)-常識にとらわれるな(2)-新しい治療法への野心(2)

    死亡した男性調理師の手術を担当した、東京大学の『金子英弘』先進循環器病学講座特任講師は、経皮的僧帽弁接合不全修復術(マイトラクリップ®)に関する【急速展開する僧帽弁閉鎖不全症治療のカッティングエッジ─MitraClipと新たなカテーテル治療が切り開く未来像】を出版し、経皮的僧帽弁接合不全修復術(マイトラクリップ®)を、日本に広めようとして、活躍しています。そして、2018年11月22日、西日本医師の学会で、循...

  • 日本政府がやらかした失敗(2)-日本を世界最高水準に-大学改革(2)-触れてはいけない東京大学(5)-常識にとらわれるな(2)-新しい治療法への野心(1)

    元東大総長『有馬朗人』文部大臣による【大学改革】以降、日本の大学では、数多くの不正が起きるようになりました。心臓病の僧帽弁閉鎖不全症に対する治療として、2018年4月に保険適用が、新しく始まった、経皮的僧帽弁接合不全修復術(マイトラクリップ®)は、全身麻酔下で、足の静脈からカテーテルを用いて、心臓の弁を、引き合わせることにより、逆流する血流量を減らす治療で、胸を大きく切開する必要がなく、人工心肺が...

  • 日本政府がやらかした失敗(2)-日本を世界最高水準に-大学改革(2)-触れてはいけない東京大学(4)-常識にとらわれるな(1)

    東京大学医学部附属病院は、権威と自信があるので、医学的常識を無視して、問題が起きた事が、あるそうです。それは、東大病院ルンバール事件です。東京大学医学部附属病院に、化膿性髄膜炎で入院していた3歳患児は、腰椎穿刺による髄液採取と抗生剤のペニシリンの髄腔内注入(ルンバール施術)を、連日行った所、症状は、次第に軽快していたそうです。ちなみに、ルンバール施術は、嘔吐や他の色々な症状が、起きる事があるので、...

  • 日本政府がやらかした失敗(2)-日本を世界最高水準に-大学改革(2)-触れてはいけない東京大学(3)-大丈夫?

    元東大総長『有馬朗人』文部大臣による【大学改革】以降、日本の大学では、数多くの不正が起きるようになりました。2015年、東京大学病院で、多臓器障害のため重篤だった就学前の男児に対し、看護師が、内服薬を準備していた時、電話対応のため、作業を中断し、その後、内服薬の準備を、再開した時、よく見ないで、近くにあった別の患者の13種類の薬剤を、間違って、投与したそうです。すると、就学前の男児は、十数分後に容...

  • 日本政府がやらかした失敗(2)-日本を世界最高水準に-大学改革(2)-触れてはいけない東京大学(2)

    元東大総長『有馬朗人』文部大臣による【大学改革】以降、日本の大学では、数多くの不正が起きるようになりました。論文大量不正疑義事件では、『匿名A』が、日本の大学や研究所の不正論文を明らかにし、日本の科学レベル低下を指摘していましたが、影響が大きかったので、各大学や研究所などからの働き掛けにより、『匿名A』による論文大量不正疑義事件は、終息しました。そのため、日本では、不正論文の体質が、残る事になりまし...

  • 日本政府がやらかした失敗(2)-日本を世界最高水準に-大学改革(2)-触れてはいけない東京大学(1)

    元東大総長『有馬朗人』文部大臣による【大学改革】以降、日本の大学では、数多くの不正が起きるようになりました。『匿名A』の指摘により、2015年、金沢大学は、1本の論文を撤回し、2017年までに、14の論文について、修正しました。しかし、『匿名A』は、触れてはいけない日本人のノーベル医学生理学賞受賞者3人、そして、東京大学についても、捏造を指摘し、一線を超えてしまいました。東京大学は、『匿名A』に指摘...

  • 日本政府がやらかした失敗(2)-日本を世界最高水準に-大学改革(1)-大阪大学医学部論文不正事件

    元東大総長『有馬朗人』文部大臣による【大学改革】以降、日本の大学では、数多くの不正が起きるようになりました。2005年、【大阪大学医学部論文不正事件】が、起きました。大阪大学医学部『下村伊一郎』教授、『竹田潤二』教授が指導した大学院生による、実験データの改ざんを認め、論文を撤回し、両教授は、停職14日、1ヶ月の懲戒処分となりました。取り調べの中、関係していた助手は、自殺したそうです。しかし、大阪大...

  • 日本政府がやらかした失敗(2)-日本を世界最高水準に-大学改革(1)-発起人:東大総長『有馬朗人』文部大臣

    1998年、元東大総長で、物理学者の『有馬朗人』が、文部大臣に、就任しました。2004年、『有馬朗人』文部大臣は、世界最高水準の大学を育成するため、ものすごい意欲に燃えて、以前から構想していた【大学改革】を、行いました。【大学改革】では、日本の大学、大学院のあり方を見直すため、各大学、短期大学が、独自の教育理念、目的に基づきカリキュラムを、自由に編成できるようになり、一般教育科目、専門教育科目など...

  • 日本政府がやらかした失敗(1)-集団予防接種

    昔の日本では、感染症予防のため、1948年から、小学校などで、集団予防接種が、行われていました。そのおかげで、感染症患者数は、大幅に減り、集団接種の効果が、見られました。しかし、ワクチン接種後に起こる、高熱や発疹、そして、呼吸困難など重篤な副作用が、多くはないが、起きる事があり、国に損害賠償を求める訴訟が、起きたことがあったので、現在、小学校などでは、体質や持病などを考慮し、個々の判断で、ワクチン...

  • 昆虫の新種発見

    普段見かけている昆虫でも、遺伝子の解析が進み、今まで同じ種と考えられていたのが、別種という事が、判明したりして、新種発見と言うことが、多くなりました。ちなみに、2022年に、鹿児島女子短期大学の『幾留秀一』名誉教授により、オウカンヒゲナガハナバチ(Eucera yoshihiroi)が、新種記載されました。オウカンヒゲナガハナバチは、京都、福岡、熊本、宮崎、種子島などの限られた地域で記録されています。新種発見は、と...

  • 古代から利用されて来たハチミツ(3)-毒の耐性(3)-ミトリダテス6世(6)-底野迦

    【ポントス王国】の国王『ミトリダテス6世』が持っていた、解毒薬の製法、および薬草の研究書、少量の毒を、繰り返し摂取して、耐性を得る【ミトリダート法】、そして、、極秘の扱いされていた、【ポントス王国】の世界初の解毒薬【ミトリダティウム】は、第三次ミトリダテス戦争で、ローマ軍が勝利した後、ローマへ伝わり、ローマ皇帝『ネロ』の侍医『ダモクラテス』と侍医『アンドロマコス』が、毒蛇の肉を加えて改良し、万病薬...

  • 古代から利用されて来たハチミツ(3)-毒の耐性(3)-ミトリダテス6世(5)-最後の時

    【ポントス王国】の国王『ミトリダテス6世』は、ローマ軍との戦いで、敗北した後、クリミア半島東部にある、【ボスポロス王国】の総督が、『ミトリダテス6世』の息子『Machares』だったので、頼りましたが、既に、『Machares』は、ローマ軍によって、懐柔されていたし、元々、親子関係も良くなかったので、拒否されました。そのため、『ミトリダテス6世』は、不貞の妻で妹の『ラオディケ』に似ていた、息子『Manchares』を殺害...

  • 古代から利用されて来たハチミツ(3)-毒の耐性(3)-ミトリダテス6世(4)-マッドハニー(2)

    蜂蜜【マッドハニー】には、【グラヤノトキシン】と呼ばれる神経毒が、高濃度に含まれているそうです。 【グラヤノトキシン】は、シャクナゲ、レンゲツツジ、アセビなどのツツジ科の植物に、含まれていて、細胞膜に反応して、カルシウムイオンを、細胞内に、流入させて、骨格筋や心筋の収縮を強め、不整脈を起こし、迷走神経を刺激し、幻覚、嘔吐、発作、麻痺などを、起こす事があるそうです。ちなみに、日本での人でのツツジ科の...

  • 古代から利用されて来たハチミツ(3)-マッドハニー(2)-毒の耐性(3)-ミトリダテス6世(3)-不貞

    【ボスポロス王国】の『パイリサデス5世』は、【スキタイ】に殺害されましたが、『ミトリダテス6世』が、【スキタイ】を破ったので、【ボスポロス王国】と【スキタイ】は、『ミトリダテス6世』の【ポントス王国】の傘下に入りました。しかし、『ミトリダテス6世』が、遠征している時、妻『ラオディケ』は、愛人を作り、愛人の子を妊娠し、秘かに男の子を出産しました。すると、『ミトリダテス6世』が、突然、予告なしで帰宅し...

  • 古代から利用されて来たハチミツ(3)-マッドハニー(2)-毒の耐性(3)-ミトリダテス6世(2)

    【ポントス王国】で、権力争いが起き、『ミトリダテス6世』は、母や弟たちによって、監禁され、命を狙われましたが、何とか逃げる事に成功し、その後、身を隠しながら、放浪した後、仲間、支援者を、徐々に集めて、クーデターを起こし、成功しました。そして、紀元前116年から113年頃に、『ミトリダテス6世』は、母『ラオディケ6世』と弟『ミトリダテス・クレストゥス』を、王座から退かせ、【ポントス国王】に、復位しま...

  • 古代から利用されて来たハチミツ(3)-毒の耐性(3)-ミトリダテス6世(1)

    紀元前120年頃に、ペルシア(トルコ)の属国【ポントス王国】の国王『ミトリダテス5世』が、毒により暗殺されました。そのため、紀元前132年生まれの、長男『ミトリダテス6世エウパトル』が、王位を継ぎました。ちなみに、『ミトリダテス6世』は、抜群の記憶力の持ち主で、後日、支配下に置いた国で、使用されていた22の言語全てを、通訳無しで、会話することが、出来たそうです。しかし、『ミトリダテス6世』が、12...

  • 古代から利用されて来たハチミツ(2)

    アメリカの代替医療の第一人者『Joseph Mercola 』は、 ニュージーランドに自生する、フトモモ科の低木の「ギョリュウバイ(マヌカ)」から、採取されるハチミツの【マヌカハニー】には、強い殺菌・抗菌・抗炎症作用を持つと言っています。ちなみに、「マヌカ」とは、マオリ語で、「復活の木、癒しの木」という意味で、鼻風邪、肩こり、リウマチ関節、胃腸炎、皮膚炎、眼の洗浄、うがい薬として、使っていたそうです。ちなみに、【...

  • 古代から利用されて来たハチミツ(1)

    8月3日は、ハチミツの日だそうです。大昔から、ハチミツは、有効利用されてきたそうです。1862年に、エジプトのルクソールで、ディーラー『Mustapha Aga』から、考古物貿易商『エドウィン・スミス』が、古代エジプトのパピルスを購入しました。ちなみに、自分が、エジプトに行った時、パピルスに、古代エジプト文字で、自分の名前を書いてもらうという店があったので、書いてもらいましたが、書いてもらって、満足してしまい...

  • カビの野望

    虫が、他の虫や人を支配する事は、以前書いたことがありますが、カビも、虫を支配する事があります。2024年、アメリカでは、221年ぶりに、周期ゼミ「13年ゼミ」と「17年ゼミ」の発生が、重なったので、「セックスゾンビ菌」に感染したセミが、大発生したそうです。「マッソスポラ菌(Massospora cicadina)」は、ハエカビ目ハエカビ科に属する、特定の種類のセミ(周期ゼミ)に感染する真菌で、「セックスゾンビ菌」と...

  • これは?(40)-カメ?カエル?(14)

    これは、何?カメの子供?正面から見るとはやりカメ?持ちやすい?よく見ると、カメではない?実は、西オーストラリアに生息している、夜行性の、【カメガエル(Turtle frog)(学名:Myobatrachus gouldii)】です。ちなみに、カエルと言えば、後足を使ったジャンプのイメージがありますが、後足が弱いので、ジャンプすることが出来ません。普通のカエルは、後足で、地面を掘りますが、カメガエルは、後足が弱いので、前足で掘る...

  • 常識外れの硬い虫

    普通、虫は、手や足でつぶす事が、出来ると考えますが、とても硬くて、つぶせない虫もいます。北アメリカの西海岸のナラの木に生息する、コブゴミムシダマシ(Phloeodes diabolicus)は、英語で、「diabolical ironclad beetle(鋼鉄で武装した甲虫)」と言う様に、外敵から身を守るために進化して、外骨格(皮膚骨格)は、ものすごく強度が高く、車にひかれても潰れないので、標本をつくる時に刺す鋼鉄製のピンが、刺さらないそう...

  • これは?(39)-魔王?-mantis(13)

    これは、何?インド、ミャンマー、ベトナム、中国南部などに生息する、マオウカレハカマキリ(Parablepharis kuhlii)です。真正面から見ると、魔王の様と言いう事で、マオウと言う名前だそうです。生息地でもめったに見ることができない、非常に珍しい種類のカマキリだそうです。YOU TUBEで、動いているマオウカレハカマキリが、見れます。(続く)...

  • 武田信玄の苦手な物

    数日前、TV番組【ぽかぽか】で、歌手、レーサーの『近藤真彦』が、「この世で、鳥肌が、立つほど苦手な物は、芋虫(毛虫)。」と、言っていました。その事を聞いて、ある事を思い出しました。戦国大名『織田信長』や『徳川家康』は、『武田信玄』の事を、一番恐れていたと言われています。そして、戦国最強の『武田信玄』が、ものすごく怖いものが、あったそうです。それは、『上杉謙信』ではなく、芋虫(毛虫)。見るのも触るのも...

  • 女王蜂(3)-悲しい宿命(2)-避けられない運命の鳴き声:クワッキング、トゥーティング

    【queen piping(女王蜂の鳴き声)】は、【クワッキング(quacking)】、【トゥーティング (tooting)】、【シュリーキング (shrieking)】の3種類の鳴き方が、あるそうです。【王台】の中の数匹いる女王蜂候補幼虫の中で、最初に羽化した新女王蜂は、巣の中を歩き回りながら、時々、立ち止まって、巣に、胸部を押し付けて、胸部の筋を収縮させ、胸部で共鳴させることにより、「トゥー、トゥー、トゥ ー」と聞こえる、【トゥーティ...

  • 女王蜂(2)-悲しい宿命(1)

    ミツバチは、個体数が多くなると、【分蜂(巣分かれ)】と言って、一定数の個体が巣を出て、他の場所に巣をつくるそうです。そのため、【分蜂(巣分かれ)】の準備段階として、新しい女王蜂の誕生させるため、巣の中に、複数の【王台】と呼ばれる、特別な部屋が作られます。盛り上がっているのが王台ちなみに、卵を産むのは、女王蜂だけで、数多く産み落とされる卵のうち、女王蜂になれるのは、【王台】に生みつけられた卵のみです...

  • ハチミツの収穫方法(2)-日本の養蜂の歴史(4)-女王蜂(1)

    古代ギリシャの哲学者『アリストテレス』は、女王蜂のことを、雄と考えていたそうです。ちなみに、1586年、スペイン人の『Luis Mendez de Torres』は、女王蜂が、雌という事に気づき、発表しましたが、確実な証拠が得られませんでした。そして、顕微鏡を解剖に使用した最初の人物の、オランダの生物学者『Jan Swammerdam』により、顕微鏡解剖によって、女王蜂が、雌という事が確認され、『Jan Swammerdam』の女王蜂の解剖スケ...

  • ハチミツの収穫方法(2)-日本の養蜂の歴史(3)-ニホンミツバチとセイヨウミツバチの違い

    日本では、蜂蜜の採取には、古来よりニホンミツバチを、利用していましたが、1877年より、より多くの蜜を採集する、セイヨウミツバチを、ヨーロッパから導入しました。ちなみに、ニホンミツバチとセイヨウミツバチとの見分け方法は、働き蜂の腹部の色を比較すると、ニホンミツバチは、全体が黒い色をして、白い縞模様が目立ち、尾が、白と黒の縞模様で、セイヨウミツバチと比べると、小柄で、群れの数は、約数千ー2万匹で、1...

  • ハチミツの収穫方法(2)-日本の養蜂の歴史(2)-藤原宗輔と貞市親子の活躍

    奈良時代には、中国、韓国などから、貴重品として、ハチミツが輸入されていました。平安時代の【今鏡】、【今昔物語】、【十訓抄】、【古事談】などには、ハチが飼われている記述があり、当時は非常に高価で貴重なハチミツやハチの巣が、宮中へ献上されていたそうです。【十訓抄】、【古事談】によると、太政大臣『藤原宗輔』の趣味は、自然と音楽だったそうです。特に、ハチが好きで、多数の個体を飼育していて、特徴ある個体には...

  • ハチミツの収穫方法(2)-日本の養蜂の歴史(1)

    日本で、初めて、【蜜蜂(ミツバチ)】のことが、書かれたのは、神代から持統天皇代までに、起こった出来事を年代順に書かれた、日本の現存最古の歴史書の【日本書紀】で、627年の項目に、「夏五月、【蝿(はえ)】有り、聚集れり、その凝り累なること十丈ばかり、虚に浮かびて以て信濃坂を越ゆ。鳴く音雷の如し。すなわち東のかた上野国に至て散りぬ。」と、記載されています。ちなみに、当時、【蜜蜂(ミツバチ)】という言葉...

  • ハチミツの収穫方法(1)

    ギリシア神話によると、『アポロ』と『キューレーネー』の息子『アリスタイオス(最善の者)』は、ミツバチの巣箱を作って養蜂の技術を発明し、チーズの製法やオリーブの栽培、圧搾の技術などを、人に教えたそうです。『アリスタイオス』ちなみに、古代ギリシアの哲学者『アリストテレス』は、【動物誌】で、ミツバチが集める蜜は、花の分泌物ではなく、花の中にたまった露であると、記載しています。古代ギリシアでは、野生の蜂の...

  • ミツバチの大量死-日本への殺人蜂導入の危機

    ユダヤ人物理学者『アルベルト・アインシュタイン』は、「もしも、地球上からミツバチが消えたなら、人類は、4年で滅亡するだろう。」と、言っていたそうです。ちなみに、人類を、4年以内に滅亡させる事が出来る原爆などに関して、『アルベルト・アインシュタイン』の話がありますが、もの凄く長くなるので、後日…。実際に、人間の利用する全農作物の約75%は、ミツバチなどによる昆虫類が、農作物の花粉の授受を行っていて、...

  • ミツバチとハチミツ(6)-最古の養蜂(2)

    ヘブライ大学考古学研究所『Amihai Mazar』教授が、イスラエル北部の古代都市テル・レホブの発掘で、3千年前のミツバチの巣箱を、発見しました。発見された円筒形の蜜蜂の巣箱は、3列に並んだもので、焼いていない粘土と藁で作られていて、現存する最古の蜜蜂の巣箱と考えられているそうです。多くが壊れていましたが、合計100個以上あったと考えられています。各巣箱の一方の端には、蜂の巣を取り出すことができるプラグがあ...

  • ナポレオン(2)-ミツバチとハチミツ(5)

    フランスの法律家、政治家で、ナポレオン法典の起草者の『ジャン=ジャック・レジ・ド・カンバセレス』は、『ナポレオン・ボナパルト』の独裁政治を、快く思っていなかったので、「ミツバチは、ナポレオン政権と同じだ。何故なら、ナポレオンを先頭とする、巨大な巣箱だから。」と、皮肉を言ったそうです。しかし、『ナポレオン・ボナパルト』は、ミツバチは、勤勉さ、秩序、警戒心と熱意を象徴していると言って、『ジャン=ジャッ...

  • ミイラ(5)-最古のミイラ(4)-8百万年以上前のチスリ姫-エイリアンのミイラ?

    最も最古のミイラは、怪しいのもを入れれば、本当なのか、タイムマシンを使ったのか、エイリアンなのかもしれませんが、1969年に、ロシアのケメロヴォ州のTisulで発見された、女性のミイラ【チスリ姫(Princess Tisul)】が、8百万年以上前のミイラとして有名です。1969年9月、ロシアの石炭産業で、有名なケメロヴォ州のTisulで、炭鉱での石炭の露天掘りの最中に、70mの深さの所で、炭鉱夫が大理石様の棺を発見しまし...

  • ミイラ(4)-最古のミイラ(3)-8千前のポルトガルの人為的ミイラ、1万年前のアメリカの自然発生ミイラ

    ポルトガルのサド渓谷で、チンチョーロ人のミイラと同じかそれより古いミイラが、発見されたという事です。ポルトガルのサド渓谷で、1960年、ポサス・デ・サン・ベント遺跡、1962年、アラポウコ遺跡で、ポルトガルの考古学者『Manuel Farinha dos Santos』が、約8千何前の人為的にミイラ化した、100体以上の遺体を発見したそうです。これに関しては、スウェーデンのウプサラ大学のHPに、書かれています。そして、ケン...

  • 毒の耐性(2)-ヘビ毒(2)

    イギリスのパンクミュージシャンの『Steve Ludwin』は、9歳の時に訪れた、アメリカのフロリダ州マイアミで、ヘビの博物館【マイアミ・サーペンタリウム】を見学し、『Bill Haast』が、ヘビ毒を自分に注射し、毒ヘビの抗毒素をつくっている事を知り、衝撃を受け、憧れに近い感情を抱き、かなり影響をうけたそうです。ちなみに、『Bill Haast』は、パンアメリカン航空のフライトエンジニアでしたが、『Steve Ludwin』の父親は、パン...

  • 毒の耐性(2)-ヘビ毒(1)

    日本の忍者が、子供の頃から微量の毒を飲み続け、毒の耐性をつけるという都市伝説を、そんなことは、絶対にあり得ないと、否定する人もいますが、アタカメニョ族が、遺伝子の変化が起きて、毒物のヒ素に平気になったり、『ミトリダテス6世』が、服毒や生物毒などによる暗殺を防ぐため実践した、少量の毒を計画的に繰り返し摂取することで、耐性を獲得するというミトリダート法など、実際には、否定できない話があります。『ミトリ...

  • ヒ素中毒(4)-毒の耐性(1)-ヒ素が平気な遺伝子を持つアタカメニョ族

    ハンガリーでは、地下水のヒ素汚染があり、皮膚障害、肝障害、胎児性砒素中毒などが、報告されていましたが、汚染された井戸はすべて封鎖し、安全な井戸だけを使用することで、対策をとりました。2003年の調査によると、ドナウ川などで、ヒ素汚染があり、ドナウ川の流れるユーゴスラビア、ルーマニアのトランシルバニアでも、ヒ素汚染が見つかったので、農業にも、地下水を使うことはなく、すべて上水道を使うそうです。200...

  • ヒ素中毒(3)-ナポレオン(1)

    1778年、スウェーデンの化学者『カール・ヴィルヘルム・シェーレ』が、黄緑色の色素【シェーレグリーン】を、合成しました。【シェーレグリーン】は、酸性亜ヒ酸銅という、ヒ素の一種で、毒性は極めて高いのですが、その毒性については、1822年まで、知られていなかったので、安価で生成が容易であったので、黄緑の染料として人気を博し、18世紀から19世紀初頭まで、壁紙、調度品、服、絵画に至るまで、幅広く使われた...

  • ヒ素中毒(2)-遺体の防腐処理

    日本で起きたヒ素中毒事件のヒ素は、世界初の人為的なミイラを作製した、チンチョーロ人の死因にもなったし、多くの人々を苦しめましたが、昔は、ヒ素の毒性が知られていなかったので、死体の保存に、使われていたそうです。【プラスティネーション】は、ドイツ・ハイデルベルク大学の解剖学者で、『死の医師』の異名を持つ、『グンター・フォン・ハーゲンス』により、1978年に開発された、動物や人間を、標本にする技術ですが...

  • 七縦七擒-限界とあきらめ-ノミのサーカス

    【ノミのサーカス】という言葉は、教育の分野で、「何かしようとする子供を抑圧して、心身の健全な生育を、妨げてはならない。」という意味で、使われているそうです。【ノミのサーカス】の発祥は、フランスのパリで、17世紀頃、街頭で盛んにおこなわれ、『ルイ14世』も、ヴェルサイユ宮殿で、見物したそうです。【ノミのサーカス】では、ノミの訓練の最初の段階で、背の低い透明なガラスの箱に入れて、飼育するそうです。ノミ...

  • 内部告発(9)-警察(3)-裏金(2)

    愛媛県警察の『仙波敏郎』は、同期で最速で巡査部長昇任試験に合格し、1974年に、巡査部長に昇任しました。1973年と1974年に、『仙波敏郎』は、裏金作りに必要な架空の領収書作成を、上司から依頼されましたが、拒否しました。すると、突然、駐在所へ異動させられ、拳銃が、貸与されませんでした。1975年、管区校の教官から、公安警察に入るよう誘われましたが、「裏金の領収書は書かない。」と言うと、話が立ち消...

  • 内部告発(9)-警察(2)-裏金(1)

    釧路方面本部長、警視長などを歴任し、1995年2月に、北海道警察を退職した、元北海道警察ナンバー3の元北海道警察警視長『原田宏二』が、北海道警察裏金の裏金問題について、記者会見を開くことになりました。すると、記者会見の前、北海道警察から指示を受けた、数人の新聞記者やジャーナリストから、「会見は中止したほうが、良い。今からでも遅くはない、やめた方が良い。」と、説得してきたそうです。しかし、元北海道警...

  • イギリスのポストオフィスと富士通のホライゾン-冤罪(2)

    冤罪事件では、日本で数々の冤罪をつくり出してきた、【昭和の拷問王】の警部補『紅林麻雄』も怖いのですが、2000年から2015年までの間に、700人以上が横領の罪で起訴された、イギリスのポストオフィスの最大規模の冤罪事件が、ものすごく有名です。実は、これには、日本も関係しています。事件は、2000年に始まり、最近まで、問題視されなかったのですが、2024年1月、イギリスで、テレビドラマ【Mr Bates vs ...

  • 内部告発(8)-警察(1)-拷問王『紅林麻雄』と冤罪(3)-小島事件から続く冤罪、袴田事件へ

    1950年5月10日、静岡県庵原郡小島村(現:静岡市)で、飴製造業者の妻F32歳が斧で撲殺される、小島事件と呼ばれる、強盗殺人事件が、発生しました。現場のタンスや金庫には、物色された跡があり、お金も盗まれていました。当時、妻Fの夫Gは、引越し準備のため不在でしたが、23時頃、夫妻の子供が、家から、坊主頭でカーキ色の服を着た男が、逃げてゆくのを目撃していました。被害者一家には、家業で儲けているとの噂も...

  • 内部告発(8)-警察(1)-拷問王『紅林麻雄』と冤罪(2)-幸浦事件

    1948年11月、静岡県磐田郡幸浦村(現:袋井市)で、一家4人が失踪し、その後、殺害された遺体が見つかった、後日、幸浦事件と呼ばれる、強盗殺人事件が起きました。1949年2月12日、当時23歳の男性Bと、当時19歳の男性C、当時45歳男性Dが、逮捕され、被害者宅からの盗品を買い受けた罪で、当時38歳の男性Eが逮捕され、【名刑事(昭和の拷問王)】の警部補『紅林麻雄』が、取り調べを行い、4人の手や耳に、焼...

  • 内部告発(8)-警察(1)-拷問王『紅林麻雄』(1)-冤罪(1)-二俣事件-告発者『山崎兵八』刑事その後

    自分は、大阪に住んでいた学生時代、正義のヒーローになりたくて、いじめ、カツアゲ撲滅運動をしていました。自分は、警察官は、正義のヒーローだと思っていますが、正義に味方の警察も、内部告発者には、厳しいです。1950年、1月6日、静岡県磐田郡二俣町(現在の浜松市天竜区二俣町)で、一家4人が殺害されました。殺害現場には、23時2分を指した状態で、破損している柱時計があったので、当初は、犯行は23時頃に行わ...

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