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プロフィール PROFILE
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アズ動物病院の雑学メモ
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http://azvet2.blog.fc2.com/
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動物園、水族館で、獣医として勤務し、大阪出身ですが、現在、秋田市で動物病院を開院。獣医学や生き物だけではなく、色々な情報を書いています。
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66回 / 81日(平均5.7回/週)

ブログ村参加:2019/11/22

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ムーミンさんの新着記事

1件〜30件

  • 朝鮮半島情勢(20)-韓国(10)-『文世光』(1)

    共産主義社会は、支配層、独裁者を否定し、資本家と労働者の階級対立を解消し、各人の自由な発展が、万人の自由な発展の条件となるような、民衆のための協同社会を形成するのを、目指すという理想的なものですが、共産主義社会のソ連や中国を見ても分かる通り、独裁者がいて、異を唱えると、普通に鎮圧し、平気で、民衆をたくさん殺害するので、現在の共産主義は、自由な発展とは反対側にあるので、共産主義は、人間が進化したら別...

  • 朝鮮半島情勢(19)-韓国(9)-日本情報操作

    『アドルフ・ヒトラー』は、演説や宣伝の達人で、民衆を思うように操作し、ナチス・ドイツをつくり上げましたが、情報を操作し、民衆を、思うように導く事は、よくあります。元極真会館最高相談役で、「殺しの柳川」、「マテンの黒シャツ」と異名を持つ、在日韓国人の山口組系柳川組組長『梁元錫(日本名:柳川次郎)』や朝鮮総連(在日本朝鮮人総聯合会)が、日本の報道機関に対して、資金提供などして、韓国、北朝鮮に有意になる...

  • 朝鮮半島情勢(18)-韓国(8)-『朴正煕』(7)-『金炯旭』

    以前、『金日成』の暗殺部隊の「684部隊」の司令塔だった中央情報部長『金炯旭』は、『朴正煕』の猜疑心の塊に嫌気がさし、次第に意見が合わなくなっていきました。そのため、『金炯旭』は、中央情報部長を解任されました。『金炯旭』は、『朴正煕』の裏の仕事をしていたので、今までの経緯からすると、『朴正煕』に殺されると考え、アメリカに亡命しました。そして、1977年、アメリカ下院公聴会で、証言しました。そこで、...

  • 朝鮮半島情勢(17)-韓国(7)-『朴正煕』(6)-『金大中』拉致(2)

    1973年、7月、韓国中央情報部『李厚洛』は、『金大中』が、講演するため東京にいるという事を聞き、かねてから考えていた計画を、実行する事にしました。『金大中』は、東京の知人より、在日韓国人のヤクザが、韓国中央情報部の依頼により、狙っていると忠告を受けたので、日本人の偽名を使い、2日ごとに宿泊するホテルを変えたそうです。8月8日、『金大中』は、東京の九段下のホテルグランドパレスで、韓国民衆のための新...

  • 朝鮮半島情勢(16)-韓国(6)-『朴正煕』(5)-『金大中』拉致(1)

    1971年に行われた大統領選で、『朴正煕』の634万票に対して、民主化運動に取り組んでいた『金大中』が、537万票を取りました。完全勝利を信じていた『朴正煕』は、危機感を募らせました。そのため、韓国中央情報部は、『金大中』の乗る車に、大型トラックが突っ込ませました。その結果、車に乗っていた3人が死亡しましたが、『金大中』は、腰と股関節の後遺症が残りましたが、命は助かりました。その後の調査では、韓国...

  • 朝鮮半島情勢(15)-韓国(5)-『朴正煕』(4)-「684部隊」

    『金日成』の暗殺部隊の「684部隊」は、秘密裏に、無人島の実尾島で、過酷な訓練が行われました。1970年、アメリカ大統領『リチャード・ニクソン』は、今までの方針を変え、在韓米軍の削減を発表しました。そのため、韓国が、先行きに不安を感じました。それを、感じた北朝鮮が、1971年4月に、「同じ韓国人なので、仲良くやりましょう。」と言って、韓国に、南北融和や統一を目的とした、会談を提案してきました。そし...

  • 朝鮮半島情勢(14)-韓国(4)-『朴正煕』(3)

    1968年1月、北朝鮮の工作員、朝鮮人民軍第124部隊31人が、『朴正煕』を暗殺しようとして、大統領官邸に向かって、秘かに裏道を進んでいました。その時、偶然に、韓国市民に遭遇しました。北朝鮮の工作員は、韓国市民の身分証を見て、「通報すれば一族もろとも消す。」と脅してから、解放しました。しかし、韓国市民は、解放された後に、警察に通報したので、大統領官邸の警備が、ものすごく強化されました。そして、北朝...

  • 朝鮮半島情勢(13)-韓国(3)-『朴正煕』(2)

    1961年、『朴正煕』が、大統領になった当時、韓国は、朝鮮戦争により、国内は、壊滅的打撃を受けていたので、国民所得は、世界最貧国でした。『朴正煕』は、それを改善しようと考え、ベトナム戦争参戦によって得られたドル資金と、国民団結のために、反日教育を強化していたことを隠して、反日ではなく日本を利用する、用日と言って、日本側と接触する時には、親日だと錯覚させる言動をして、印象を良くしていました。日本側と...

  • 朝鮮半島情勢(12)-韓国(2)-『李晩承』(2)-『朴正煕』(1)

    1954年、韓国の憲法では、大統領の任期は、2期までで、3選は出来ない事になっていました。『李晩承』は、北朝鮮の様に独裁者を目指していたので、3選禁止規定を撤廃するという改憲案を提出したそうです。そして、国会投票した結果、議員203人中、賛成135票、反対60票、棄権7票、無効票1票だったそうです。可決には、議会の3/2の136票が必要だったので、当然、改憲案は否決されるでしたが、『李晩承』は、四...

  • 朝鮮半島情勢(11)-韓国(1)-『李晩承』(1)

    反日に荒れる韓国は、朝鮮戦争などで国内が荒れていたので、1960年代まで世界最貧国だったそうです。しかし、ベトナム戦争参戦で獲得したドル資金と、日本からの1960年から1990年までの約25年に渡る資金援助、技術指導、技術援助により、輸出産業が育ち経済発展を遂げ、漢江の奇跡と呼ばれ、国内総生産で、世界上位にまで成長し、経済大国となりました。しかし、韓国では、日本の援助や漢江の奇跡の事を学ばず、日本...

  • 朝鮮半島情勢(10)-北朝鮮(6)

    そして、『張成沢』により、『金正恩(キム・ジョンウン)』が、党中央軍事委員会副委員長に推挙され、後継者としての地位が、確定したそうです。『金正恩(キム・ジョンウン)』の側近『崔竜海』、『趙延俊』、『黄炳瑞』は、『張成沢』と仲が悪かったそうです。そして、『金正恩(キム・ジョンウン)』は、『張成沢』は恩人ではありますが、『張成沢』の方が、カリスマ性があり、部下たちに食事や酒を振るまうなど気配りもし、人...

  • 朝鮮半島情勢(9)-北朝鮮(5)

    『金正日(キム・ジョンイル)』総書記が、2代目指導者になった時、1代目指導者『金日成(金成柱)(キム・イルソン)』主席時代からの、古参幹部の取り扱いに困り、『金正日(キム・ジョンイル)』総書記に対する忠誠心を、調べるため、思想調査を深く行う、秘密警察組織「深化組」を創設したそうです。そして、『金正日(キム・ジョンイル)』総書記の側近『張成沢』が、「深化組」を指揮し、1995ー1998年にかけて、大...

  • 朝鮮半島情勢(8)-朝鮮戦争(5)-北朝鮮(4)

    朝鮮戦争で、死亡したのは、軍人では、アメリカ軍約4万5千人、韓国軍約6万5千人、その他の国連軍約3千人、中国軍は、約50万人、北朝鮮軍約40万人、そして、日本人、約57人。民間人では、韓国で約133万人、北朝鮮で約250万人だそうです。朝鮮戦争の時、どさくさに紛れて、独裁者を目指していた韓国大統領『李晩承』は、邪魔だった多くの人々を虐殺したそうです。韓国大統領『李晩承』の話は、後日…。1953年3...

  • 朝鮮半島情勢(7)-朝鮮戦争(4)

    そのため、アメリカは、無差別の空爆を行いました。当時のアメリカ空軍パイロットの『ロバート・ヴィージー』は、「民間人の犠牲は、常に頭の片隅にありました。しかし、これが正しいことだと信じていたのです。我々は韓国、そして、世界の民主主義を守っているのだ。」と、自分に言い聞かせ、72回の出撃で数百発の爆弾を、投下したそうです。ちなみに、朝鮮戦争では、太平洋戦争で日本に投下された爆弾の約4倍の、約67万トン...

  • 朝鮮半島情勢(6)-朝鮮戦争(3)

    1950年10月、快進撃を続けていたアメリカ軍は、中国と朝鮮の国境に流れる鴨緑江に、約26万以上の中国兵が、集結しているのを見ました。その数に、アメリカ連合軍は、圧倒されました。当時のアメリカ兵は、「鳥の群れのような大軍が、押し寄せて来ました。最初に向かってくるのが、ラッパを吹いて攻撃開始の合図をする部隊、次に工具を使って、鉄条網を破壊する部隊が続き、さらに酒を飲んで勢い付いた部隊が、手榴弾を投げ...

  • 朝鮮半島情勢(5)-朝鮮戦争(2)

    北朝鮮はどんどん退却し、中国との国境付近まで追い詰められて行ったそうです。反撃を受けた『金日成(金成柱)(キム・イルソン)』は、『ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン』に、援軍を求めました。しかし、『ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン』は、矢面に立つことを避け、「勝利には、少しばかりの挫折や敗北は伴うものだ。北朝鮮は、アジアにおける帝国主義に対抗する解放運動の旗手だ。忘れないで欲しい。あ...

  • 朝鮮半島情勢(4)-朝鮮戦争(1)

    1950年9月15日、日本に駐留していた約7万のアメリカ軍、日本の海上保安庁の特別掃海隊の約8千人などの連合軍が、韓国に上陸しました。ただし、反日感情が高い韓国人を刺激しないため、日本の参加は、秘密にされていました。1951年4月、日本が嫌いな韓国の大統領『李承晩』は、「朝鮮戦争の国連軍の中に、日本兵が入っているとの噂があるが、韓国を助けるという理由でも、日本兵がいるとしたら、我々韓国は、北朝鮮や...

  • 朝鮮半島情勢(3)-北朝鮮(3)

    核開発に成功して自信を持った『ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン』は、『金日成(金成柱)(キム・イルソン)』の援軍要請に対して、「このような大事業には、大がかりな準備が必要だ。助ける用意はできている。」と言い始め、ソ連は、北朝鮮に大量の兵器を、秘密裏に提供し始めたそうです。第二次世界大戦直後から、ソ連は、中国東北部の旅順港を、日本に代わって支配していました。しかし、第二次世界大戦後、世界情勢...

  • 朝鮮半島情勢(2)-北朝鮮(2)

    北朝鮮の『金日成(金成柱)(キム・イルソン)』は、朝鮮を統一したかったのですが、自力では無理と考え、韓国への侵攻時の援助を求めて、ソ連の『ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン』を、訪れました。しかし、『ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン』は、当時、唯一の核保有国だったアメリカとの全面戦争を恐れ、『金日成(金成柱)(キム・イルソン)』を、落ち着かせました。しかし、諦めきれない『金日成(金成...

  • 朝鮮半島情勢(1)-北朝鮮(1)

    日本が、朝鮮半島を、統治していた時代、現在の北朝鮮の建国の父『金日成(金成柱)(キム・イルソン)』は、中国共産党指導下の抗日パルチザン組織の東北抗日聯軍に、身を投じました。1937年6月4日、東北抗日聯軍の第1路軍第2軍第6師・師長で、『金日成(キム・イルソン)』率いる部隊が、普天堡にあった駐在所、事務所、消防署に夜襲をかけ、日本人を殺害したりして、現在の価格で、約2億4千万円の損害を与えたそうで...

  • 『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(19)

    ロサンゼルスオリンピックの時、各国の馬術選手は、リヴィエラ・カントリー・クラブで練習したのですが、その時、『西竹一(バロン西)』男爵に、非常に可愛がられた、『サイ・バートレット』という19歳のアメリカ人がいました。その後、第二次世界大戦中、空軍大佐となっていた『サイ・バートレット』は、日本爆撃の命令を受けました。その時、『西竹一(バロン西)』男爵の祖国の日本を、爆撃することに対して、非常に悲しみま...

  • 硫黄島最後の二人-『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(18)

    ちなみに、1945年8月15日に、終戦していましたが、硫黄島では、日本が敗戦した事を知らず、元海軍所属の日本兵の24歳の『山蔭光福』兵長と、年上ですが、階級は下になる、34歳の『松戸利喜夫』上等水兵の2人は、洞穴などに隠れて、暮らしてきたそうです。ある時、島に駐在しているアメリカ兵が捨てた、雑誌『ライフ』を拾ったところ、日本各地や東京の不忍池などで、アメリカ兵と日本人女性が、一緒にボートを漕いでい...

  • 『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(17)

    その後、硫黄島では、生き残った日本兵が地下陣地に潜伏していたので、アメリカ軍は、硫黄島の戦いは終わったと言って、投降を促したそうです。投降する日本兵も、いましたが、投降を拒否する日本兵も、沢山いたそうです。そのため、アメリカ軍は、日本兵が潜伏していると思われる壕の入り口を埋めたり、ガソリンを流し込んで、火を放ったりして、一つ一つ潰していったそうです。 そして、アメリカ軍は、ロス五輪金メダリストだっ...

  • 日本本土空襲-『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(16)

    そして、1944年11月29日より、B29爆撃機が、頻繁に東京に襲来し、106回の空襲が行われましたが、最初は、小規模で行われていたのですが、硫黄島の戦いが、終盤になり、硫黄島の空港が、アメリカに占領されてから、日本が心配していた通り、硫黄島の空港から、沢山の爆撃機や護衛機が飛び立ち、空爆は、大規模になって、特に、1945年3月10日、4月13日、4月15日、5月24日、5月25日-26日は、超大規...

  • 硫黄島の戦い-『栗林忠道』(4)-『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(15)

    そして、『栗林忠道』の要請により、硫黄島に来た、『千田貞季』の混成第2旅団が担当した玉名山は、アメリカ軍の硫黄島上陸部隊の矢面にたちました。ちなみに、硫黄島の戦いの中で、玉名山攻略戦が、一番の激戦だったと言われています。玉名山攻略戦では、『クリフトン・ケーツ』海兵少将が率いる、米海兵隊第4海兵師団(師団長)に、8日間で、約2880人余りの死者が出たそうです。しかし、アメリカ海兵隊が、次から次に来る...

  • 硫黄島の戦い-『栗林忠道』(3)-『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(16)

    硫黄島の最高指揮官『栗林忠道』は、優れた軍人でしたが、同時に良き家庭人でした。硫黄島に行く前、次女の『栗林たか子』9歳が、大泣きしていたそうです。そのため、『栗林忠道』は、硫黄島着任後に送った手紙には、「お父さんは、お家に帰って、お母さん(妻『栗林義井』)とたこちゃん(『栗林たか子』)を連れて、町を歩いている夢などを時々見ますが、それは、出来ない事です。お父さんは、たこちゃんが大きくなって、お母さ...

  • 硫黄島の戦い-『栗林忠道』(2)-『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(15)

    1945年2月16日、計画していた地下トンネルの4割まで作ったところで、海上に、アメリカ軍艦が姿を現したそうです。そして、6隻の戦艦、5隻の巡洋艦による艦砲射撃、多数のロケット弾が撃ち込まれ、その上、航空機攻撃による爆撃が、3日間、24時間絶え間なく、続けられました。そして、アメリカ海兵隊は、日本軍の抵抗を受ける事なく、1945年2月19日に、アメリカ海兵隊は、上陸しました。そして、静かな海岸で、...

  • 硫黄島の戦い-『栗林忠道』(1)-『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(14)

    硫黄島のアメリカ軍の上陸部隊、第56任務部隊を指揮し、上陸作戦のエキスパートとして、「水陸両用戦の父」と呼ばれ、そして、荒っぽい性格で、すぐに怒鳴ることから、「マッド(狂人)・スミス」、「ハウリン・マッド(わめき散らす狂人」との異名を持つ、『ホーランド・マクテイラー・スミス』は、硫黄島の攻略前に、「硫黄島の占領は、5日で終わる。死傷は、1万5千人を覚悟している。」と、豪語していましたが、実際の戦い...

  • 『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(13)

    『西竹一(バロン西)』男爵は、戦地の硫黄島に行く前に、馬事公苑にいた年老いた『ウラヌス』に、会いに行きました。『ウラヌス』は、『西竹一(バロン西)』男爵の足音を聞くと、脚を踏みならして、喜びを表現し、首や鼻面をこすりつけて、愛咬してきたそうです。ちなみに、自分が動物園勤務の時、チンパンジーは、麻袋の毛布で寝ていたので、チンパンジーの『ボンタ』や『ノリコ』が、寝る時に、麻袋を渡したりしたり、起きる時...

  • 『西竹一(バロン西)』男爵と愛馬『ウラヌス』(12)

    1944年6月20日、『西竹一(バロン西)』男爵率いる、陸軍戦車第26連隊が、転進部隊として、釜山港に到着したそうです。そして、行き先を知らされないまま、輸送船「日州丸」に乗り、船上で、『西竹一(バロン西)』男爵は、硫黄島行きの命令書を、受け取りました。そして、輸送船「日州丸」は、硫黄島に向かいました。しかし、1944年7月17日、父島沖で、アメリカの潜水艦「コビア」の攻撃を受け、輸送船「日州丸」...

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