引っ越し先はてなブログに掲載中おこしやす京の一枚京都貴船神社・七夕笹飾りライトアップ1日https://ta221961.hatenablog.com/引っ越し先
北野天満宮は、京都市上京区にある神社です。学問の神様・菅原道真が祀られています。北野天満宮と言えば、京都でも有名な梅の名所です。その梅に関する行事が、12月に北野天満宮で行われます。村上天皇の天暦5(951)年に疫病が流行し、かかってしまった天皇御脳が、カラカラに干し上げた梅の実を白湯にいれたお茶を飲んで平癒したことから、王服(おおふく)と称して毎年元旦の朝に茶の中に入れて飲むと無病息災があるといわれています。干した梅の実を裏白(ウラジロ科のシダ植物)とともに奉書に包んで授与されます。長蛇の列ができる程の縁起物で、事始めから終い天神の頃まで授与されます(なくなり次第終了)。「大福」の字は「王服」より転訛したもので、吉祥の意味をこめ吉字をあてたものであります。・大福梅1袋(約6粒)700円・守護縄1縄500...京都北野天満宮・大福梅の授与13日~25日
京都の中でも有名な観光スポットである祇園。その祇園と呼ばれる地域には有名な寺社仏閣が多くあるのですが、安井金比羅宮はそのご利益故に多くの人が集まる神社。京都にある安井金比羅宮は、縁切りで有名な神社です。安井金比羅宮で一番人が集まっている碑の前を一度素通りし、まずは御本殿へお詣り(北の鳥居から参拝を始めると、本殿に先にたどり着きます)。拝殿のお賽銭箱の所には「鈴を鳴らしたい人は並び、鳴らす必要がないという人はその横からお詣りをするように」という趣旨の説明がありました。怨霊と恐れられた崇徳天皇をお祀りし、その効果は絶大と言われています。ただ、祈願を成就させるには、あるコツがあるようです。今回は、安井金比羅宮で悪しき縁を切り、より良いご縁をいただくコツをご紹介します。安井金比羅宮で一番目を惹き、人が集まっている...京都安井金比羅宮・しまい金比羅10日
京都 了徳寺・鳴滝の大根だき 9日・10日(※2024年度は中止)
鎌倉時代の建長4年(1252年)、浄土真宗の開祖である親鸞聖人が愛宕山中の月輪寺に師である法然上人の遺跡を訪ねた帰りに了徳寺を訪れ、村人たちに教えを説きました。その教えに感銘を受けた村人たちがお礼に塩炊きの大根を馳走しました。親鸞聖人はそのもてなしに応え、すすきの穂の束を筆代わりとして、鍋の残り煤で「帰命尽十方無碍光如来(きみょうじんじっぽうむげこうにょらい)」という十字の名号を書いてそのお礼として残されました。この故事に因んで行われる報恩講の通称が「大根焚」になります。毎年、12月9日と10日に行う報恩講「大根焚」では3,000本の青くび大根を炊き、多くの参拝者が訪れ、京都の冬の風物詩のひとつとされています。■場所:了徳寺■期間:12月9日・/10日(※毎年同じ日程です)(※2024年度は中止)■時間:...京都了徳寺・鳴滝の大根だき9日・10日(※2024年度は中止)
今回は紅葉を楽しみながらの散策、嵐山の渡月橋から西を見ると山の中腹に多宝塔が見えますが、十三参りで有名な虚空蔵法輪寺です。針供養日程12月8日午前11時~午後1時当山本尊である虚空蔵大菩薩は、技芸などの法輪寺針供養は、皇室で使用された針をご供養せよとの天皇の命により始まったといわれています。現在でも毎年12月の針供養の際には皇室からお預かりしました針のご供養をしております。針供養当日の法要の際、ご供養にこられた方には蒟蒻に大針をお刺し頂いております。これは、これまで一所懸命働いてくれた針を蒟蒻にさして休んでもらおうということであります。虚空蔵法輪寺は京都西山・名勝嵐山の中腹にあり、『十三まいり』のお寺として知られています。本尊虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)は嵯峨の虚空蔵さんとして古くから親しまれており、今...京都針供養(虚空蔵法輪寺)8日
おかめコレクションがユニークな千本釈迦堂。釈尊が悟りを開いたという日を記念して、大報恩寺の第三世慈禅上人(じぜんしょうにん)によって創められた「成道会」は、お釈迦さまの「さとりの日」を慶讃して毎年12月7日と8日に盛大、かつ荘厳に行われていました。「成道会」は、お釈迦様が修行中に悪魔の誘惑に負けず、12月8日の夜明け前に明星出現と同時に「さとり」を開かれた事にあやかって、それから後、法要の度に、4本の大根を縦半分に切って8本とし、切り口に釈迦の種子(梵字)を書いて供え、参詣者への「悪魔除け」とされました。その後「悪魔除けの大根」は、他の大根と一緒に炊き上げて、参詣者に振る舞われたのが「大根炊き」のはじめと言われています。今に伝わる「大根炊き」には、「諸悪病」を取り除き、健康増進を願う信徒の皆さんによって継...京都千本釈迦堂・成道会法要と大根だき7日・8日
厄除けをかねた京の師走の風物詩昔からこの大根を食べると中風にかからないと言われています。近年、ますます高齢化時代にあって、中風封じ・健康増進により幸せな日々を過ごす事を願う人が多いようです。千本釈迦堂(大報恩寺)寒さも病も湯気に消え釈迦が菩提樹(ぼだいじゅ)の下で悟りを開いた日(12/8日)にちなむ恒例行事。鎌倉時代に同寺の三世慈禅上人が大根の切り口に梵字(ぼんじ)を書いて魔よけにしたのが起源とされています。材料となる聖護院大根のまるまると白く太った大根一個一個の肌に、カラメルで梵字を書くのは、お釈迦さまを偲んだものです。従来は丸い聖護院大根を使っていましたが、年々参拝者が多くなったことや、お祓いをして清めた畑に新幹線が通ったり、とても大根の数が間に合わなくなりました。現在は、長い大根を使っているそうです...京都厄除けをかねた京の師走の風物詩大根焚き
社殿修復工事のため8月19日より閉門とさせて頂きます(工期約3年)。何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。縁結びの神様として人気のある地主神社。この日は恋の縁結びだけではなく、清水寺の鎮守として大国主命を祀るために結縁祈願も行います。宮司の祝詞奏上の後に、新年のしめ縄お祓い神事や、恋占いの石と恋の願掛け絵馬のお祓いなが行われます。一年の無病息災を願い、新年の干支の絵馬が授与されます。地主神社(じしゅじんじゃ)は、京都・清水寺の近くにある大変古い歴史を持った神社。神社の由緒によれば、記録に残っているもので1200年程前、社伝によれば神代の創建と言われているらしい。しかし、地主神社は清水寺参拝の観光客、特に修学旅行生などが訪れる縁結びの神社として知られており、小さな境内は縁結びを願う国内外の参拝客で大変賑...京都地主神社・しまい大国祭5日
秀吉が天正15年に開いた北野大茶湯(おおちゃのゆ)にちなんだ行事です。現在11月26日に木幡(こはた)・宇治・菟道(とどう)・伏見桃山・小倉・八幡・京都・山城等の各茶師が春に製造した抹茶の原料・碾茶(てんちゃ)を茶壷に詰め奉納し、その口切式の神事を行ったものを濃茶、薄茶用にひいて用います。祭典、献茶の儀を経て、茶席が設けられます。献茶式は、在洛の4家元2宗匠(薮内・表千家・裏千家・武者小路千家・堀内・久田)が輪番で6年目毎に奉仕しています。当日は境内の明月舎・松向軒の茶室、社務所等をはじめ、上七軒の歌舞練場・西方寺で副席が設けられる予定です。■場所:北野天満宮■期間:12月1日(※毎年同じ日程です)■時間:祭典:10~11時頃本席:祭典終了後~15時副席:9~15時■料金:拝服茶券5000円■アクセス:市...京都北野天満宮・献茶祭1日
■東福寺「紅葉を観に来ているのか、人を見に来ているのか分からないくらいに混むので、地元人はかえって近づかない(笑)。それでも見る価値は十分にあります。」「IR伏見駅から山門をくぐり、本殿を左にとって階段を上がります。そこを右に行くと千本鳥居。山の上まで上がらすに千本鳥居の反対をぬけて、階段を反対方に行きますと、池があり、おさんばさんをへて、左寄りに歩くと大橋亭。そこから進んで右に行くと東福寺までの指示看板が出ています。この道を行くと、細い路地裏をぬけるのですが、由緒あるお寺や京都の景色を眺めながら東福寺の南門に出ます。又、稲荷の参道をぬけて、本町街道(北行き一方通行)を北に歩くと2㎞ぐらいで月輪小学校の手前の三の橋から右に取ると東福寺です。東福寺は有料の所も綺麗ですが、山門の手前を左に行って月輪小学校の裏...京都紅葉100シリーズただいま見頃紅葉の名所
深草少将と小野小町の百夜通い伝説の地百夜通い伝説とは深草少将が思いを寄せる小野小町に百日通ってくれたらあなたの思いを受け入れますといわれ毎夜毎夜通ったものの、最後の一日を残して雪の夜に亡くなってしまったという悲恋のお話でかつてこの地に深草少将の屋敷があり、ここから山科の小町の元へ通ったと言われています。境内の中央には小町が美しい姿を映したという「小町姿見の池」があり、その東側にある竹の下道は「少将の通い道」と呼ばれ、訴訟のある人がこの道を通ると願いがかなわないといわれています。池のほとりには小町と少将の供養塚が仲良く並び、「墨染の井戸」は少将の涙のように涸れることがない「涙の水」と呼ばれ今でも現役の井戸として使われています。そして本堂には少将が小町に送った手紙を焼いた灰で作ったという「深草少将張文像」もあ...京都・伏見の大仏さま欣浄寺(ごんじょうじ)
天正15年10月1日豊臣秀吉公が北野天満官御神前にて自ら点茶し奉献、千利休らをして北野松原にて催した「北野大茶湯」の縁により毎年12月1日に献茶祭が斎行されます。そのお祭りに使われるお茶が毎年木幡(こはた)・宇治・菟道(とどう)・伏見桃山・小倉・八幡・京都・山城等の各茶師より茶壷に入れられ奉献されます。当日、午前11時一の烏居内西側の松向軒前を発した御茶壷行列が本殿到着後、御茶壷奉献祭を斎行し、続いて古式ゆかしく茶壷の口切式が神前にて行われます。奉献に使用される御茶壷は各々由緒ある物ばかりで、唐櫃に入れられて御神前まで運ばれます。この日の御茶壷奉献祭・口切式に始まり12月1日の献茶祭と続く一連の行事が「北野大茶湯」の縁による独特のもので400年余りの歴史があります。■場所:北野天満宮■期間:11月26日(...京都御茶壺奉献祭北野天満宮26日
トロッコ列車運行15周年を記念した年に始まりました。嵐山~亀岡間の7.3キロをライトアップします。京都の秋の風物詩の一つである保津峡の紅葉。それをゆったりと楽しむことができるのが嵯峨野トロッコ列車です。片道7.3km、約25分の道のりでは保津峡の渓谷美を堪能できます。ビュースポット近くでは速度を落とした運行も。今しか見られない景色をおさめましょう。DE10型ディーゼル機関車の赤・黄・黒のコントラストがかわいい嵯峨野トロッコ列車。旧JR山陰本線の一部を利用して1991年に開業しました。春の山桜、初夏の新緑に可憐なイワツツジ、秋の紅葉など、四季折々のパノラマが出迎えてくれます。嵯峨野観光鉄道線は、その昔、京都政財界の大御所といわれた田中源太郎が敷設に情熱を傾けた京都鉄道(旧山陰本線)の一部。その中でも、この...京都嵯峨野トロッコ列車・秋のライトアップ
甘党の方におすすめのおいしいお祭り!平安神宮があるのは、左京区の岡崎界隈。三条通から神宮通を北へ進むと、正面に朱色の大鳥居と應天門が見えてきます。北海道から九州まで、全国の銘菓が三方に盛られ、応天門から本殿まで運ばれます。(関係者以外は参列不可)。献菓式自体は、実際にはとても荘厳な雰囲気の中で行われます。とはいえ、献茶式でもいつも思うのですが、神様が私たちと同じようにお茶やお菓子を召し上がるというこうした式典、どこか神様を身近に感じることが出来る気がします。境内額殿では献菓展が行われ、お菓子の展示や即売が行われます。珍しい菓子、おなじみの菓子・・・勢揃い。■場所:平安神宮■期間:11月23日~25日(※毎年同じ日程です■時間:午前9時より午後4時頃迄献菓展■アクセス:市バス5「京都会館美術館前」または地下...京都平安神宮献菓展23日~25日
江戸時代の筆塚などが残る「筆の寺」で、古くなった筆記具に感謝し供養する行事です。ワープロやパソコンの普及で鉛筆や筆を使うことが少なくなった昨今ですが、たまにはそうした温もりを思い出すのもいいですね。正覚庵は稚児や山伏によるお練り行列が行われたあと、筆塚の前で大護摩が焚かれます。参拝者から奉納された筆や鉛筆を焚き、学徳成就や文運隆昌を祈願します。そば席、お茶席の接待もあります。この行事の後は、ふと「絵手紙」など誰かに出してみたくなるかも?■場所:東福寺山内正覚庵■期間:11月23日(※毎年同じ日程です)■時間:筆受付:10時~、筆神輿山内巡行:13~14時、供養:14~15時■アクセス:JR奈良線、京阪電車「東福寺」駅■お問合せ:075-561-8095■詳細ページ:http://shogakuan.web...京都東福寺山内正覚庵筆供養23日
11月23日の塩竃祭にはこの紅葉が天麩羅にして振舞われます。神輿型の屋根の本堂を右手に見ながら参道を上ると、天高くそびえる竹の子の後ろに小さな宝篋院塔があった。これが業平の墓。見逃してしまいそうな小さな墓。平安のプレーボーイ・業平の墓かと思うと意外な感じがする。現在では恋愛成就のご利益があるとされ、女性の参詣者が多いそうだ。大原や小塩の山もけふこそは神世のことも思出づらめ在原業平が、かつての恋人・藤原高子(二条の后)の大原野神社行幸に供奉した際に詠んだ歌である。表面上后の行幸を祝賀する歌のように聞こえるが、その裏には高子に対する深い思慕の念が込められているように感じる。絶世の美男と言われ、数多くの女性との恋の遍歴を重ねた在原業平。『伊勢物語』の主人公のモデルとも目される。桓武・平城天皇の孫ながら臣籍に降下...京都塩竈祭十輪寺23日
地主神社は、京都市東山区にあります。清水寺に隣接しているので、訪れた人も多いのではないでしょうか。京都の中でも、恋愛にご利益がある神社として有名です。地主神社の狭い境内は、恋愛にご利益があるもので溢れています。地主神社の創建年代は、神代(かみよ)つまり日本の建国以前とされ、あまりの古さにその歴史は明らかではありませんでした。しかし近年、アメリカの原子物理学者・ボースト博士の研究により、本殿前の「恋占いの石」が縄文時代の遺物であることが証明されました。また地主神社の鎮座する辺りは、古来「名勝蓬莱山(宝来山)」と呼ばれ、不老長寿の霊山として信仰を集めてきました。京都盆地が湖であった古代から、この蓬莱山は陸地であり、信仰の場となっていたのです。恋占いの石地主神社の創建年代は神代(かみよ:日本の建国以前)とされ、...京都地主神社もみじ祭り23日
京都最古のお寺が「広隆寺(こうりゅうじ)」だってご存知でしたか?広隆寺は、聖徳太子に感謝と慰霊の念をささげるお寺として発展してきました。京都では11月になると神社などで御火焚きの神事が行われます。年に1度、本堂の『聖徳太子像』が開帳される日に合わせて参拝者から寄せられる願いの書かれた護摩木を山伏(やまぶし)が焚き上げます。(13:00に行われます)本堂での法要が終わると、境内で護摩供養が13:40頃に行われます。最初に刀・弓・オノなどの儀式を行い松明の火を護摩壇に点けます。松明の火を護摩壇に点けます。火床に火がつくと山伏さんらが、護摩木を祈願しながら入れていきます。聖徳太子の命日、本堂に安置されている本尊の秘仏聖徳太子像と、宝物館の秘仏薬師如来像が開扉されます。お火焚祭は、聖徳太子を祖神と仰ぐ建築・建具・...京都広隆寺聖徳太子御火焚祭22日
浄土真宗の開祖・親鸞の遺徳をしのぶ、秋の法要です。真宗大谷派本山の東本願寺(京都市下京区)で21日、宗祖親鸞をしのぶ法要「報恩講」が始まった。世界最大級の木造建築、御影(ごえい)堂には、全国から約2500人の参拝者が詰めかけ、堂内には「南無阿弥陀仏」の声がこだました。この日は音楽法要と初逮夜法要が営まれた。親鸞の木像が置かれた御影堂では、大谷暢顕(ちょうけん)門首(87)や多くの僧侶にあわせて、門信徒たちが念仏を唱え、合掌した。きょうはお逮夜法要(おたいやほうよう)。連日三座の法要があります。法要の行われる御影堂は3900平方メートル、世界最大の木造建築で全国から門信徒が集います。当寺において年間最大の行事で、親鸞の生涯を描いた「御伝釥」の(25日)、上半身を激しく揺さぶり念仏を唱える「板東曲」(28日)...京都東本願寺報恩講21日~28日
梅と椿の名所としても名高い、京都の城南宮では毎年11月20日にお火焚祭りが開催されます。お火焚祭とは昼の時間が短くなる時期に勢いよく火を焚き、赤飯やみかんなどの赤いものを供えて太陽の力の回復を願うという信仰にもとづいたお祭りです。大祓が詞を唱える中、崇敬者の祈願が込められた数千本もの火焚串を忌火で天高く焚き上げ、その成就を祈願します。大祓の詞が唱和される中、数千本もの火焚串が天高く焚き上げられます。巫女による浦安の舞が奉納されます。雨天中止です。■場所:城南宮■期間:11月20日(※毎年同じ日程です)■時間:15時~■アクセス:京都らくなんエクスプレス(R’EX)「城南宮前」または地下鉄「竹田」駅より徒歩約15分■お問合せ:075-623-0846■詳細ページ:http://www.jonangu.com...京都城南宮・火焚祭20日
京都 東福寺~泉涌寺・窯元もみじ祭(大陶器市) 16/17/23/24日
美しい紅葉のころの「窯元もみじまつり」。会場となる東福寺・泉涌寺周辺は紅葉の名所として知られ古くから清水焼の窯元が集まる地区でもあります。そんな歴史ある街並みで開かれるにぎやかな陶器のお祭り。東大路通りから泉涌寺・東福寺へ続く道を行くと、もみじ祭りの看板とのぼり、そして陶器がずらっと並んだ窯元が出すお店が見えてきます。どの窯元も伝統や技術だけでなく個性あふれる作品を大特価で販売されているので驚きです。窯元でスタンプラリーのハンコを押して、すべて埋まれば京焼・清水焼が抽選(ハズレなし)でもらえるとあって、子供から大人まで窯元を順番に巡りながら、宝探しをするような感覚で楽しく見て回れるイベントになっています。各所に飲食・休憩できるコーナーや、お好みの京焼・清水焼を選んで京都伏見の利き酒ができるコーナー、無料で...京都東福寺~泉涌寺・窯元もみじ祭(大陶器市)16/17/23/24日
御香宮神社の創建年については不詳であり、当初は「御諸神社(みもろじんじゃ)」と称したといいます。焚祭(ひたきさい)は、火の神に無事を祈ります。参拝者さんが奉納された護摩木を、火床に入れ焚き上げます。秋の収穫/五穀豊穣/厄除け/地域の安全などを願いつつ、護摩木(火焚串)に書かれた諸々の願いを祈願する行事です。火焚祭は、京都で多く行われていて、年配の方は「おしたき」「おしたけ」とも呼ばれます。平安初期の862年(貞観4年)に社殿を修造した記録があり、伝承によるとこの年の9月9日、境内から「香」の良い水が涌き出し、その水を飲むと病が治ったという奇譚により、清和天皇から「御香宮」の名を賜ったといいます。そして湧き出た水は「石井の御香水」として伏見の七名水の一つに数えられ、1985年(昭和60年)には環境省の「名水...京都御香宮神社お火焚祭15日
花は風媒花で花びらが目立たない小さな花です。果実は二つの種子が密着した姿で、それぞれから翼の様な羽が伸びる翼果で、落ちる時は風に乗って回りながら落ちます。『モミジ』は広く人々に親しまれている名前ではありますが、秋に葉が赤や黄に変色する現象を指す『紅葉(もみ)づ』に由来していて、植物分類上『モミジ』という言葉はありません。『カエデ』の語源は葉の形が両生類の蛙の手に似ている事が由来とされています。また万葉集では『かえるで』という表現があった事からもこの説が有力とされています。『カエデ』と『モミジ』を区別する言葉は特にありませんが、盆栽関係では葉の深い切れ込みが五つ以上のカエデ属だけを『モミジ』と呼び、それ以外のカエデ属を『カエデ』と呼んでいます。最後に源氏物語のお話です。第7帖「紅葉賀」光源氏との不義の子を懐...京都紅葉シリーズモミジ(紅葉)
京都 東福寺塔頭 勝林寺 秋の特別拝観 11月16日(土)〜12月1日(日)
東福寺勝林寺は、東福寺の鬼門に位置することから「東福寺の毘沙門天(びしゃもんてん)」と呼ばれる塔頭寺院で、1550年の創建。毘沙門堂に安置されている毘沙門天立像は平安時代の作で、東福寺仏殿の天井内にひそかに安置されていた。東福寺の仏殿に密かに安置されていた秘仏の毘沙門天立像(伝定朝作)・吉祥天像(清水隆慶作)・善膩師童子像(清水隆慶作)を特別御開帳。毘沙門天曼荼羅田村月樵(宗立)作も同時展観される。境内には無数の虎が月に吠える様子を表現した「嘯月庭」を初め無数の楓があり、特に「吉祥紅葉」が有名である。その美しさから吉祥天が宿る紅葉される。「吉祥紅葉」の紅葉は圧巻。現在、本堂西の間からの紅葉が見頃になっております。皆様の御参拝お待ちしております。※タクシーでご来寺の方は必ず東門で乗降してください。正門(南門...京都東福寺塔頭勝林寺秋の特別拝観11月16日(土)〜12月1日(日)
あの忠臣蔵の大石良雄も仇討ち成就の祈願を行ったという法住寺。平安時代中期に藤原為光によって創設され、その後院政期にはこの寺を中心に後白河上皇の宮廷「法住寺殿」がいとなまれました。法住寺殿が木曾義仲によって焼き討ちされ、数年を経て後白河上皇もなくなると、法住寺は後白河上皇の御陵をまもる寺として江戸時代末期まで存続、明治期に御陵と寺が分離され現在にいたります。寺内の「身代不動明王(みがわりふどうみょうおう)」像は、平安期の作風とされています。この不動像は寺伝では慈覚大師が造立したといわれ、後白河上皇の信仰も篤かったそうです。義仲の放火のさいに、上皇の身代わりとなったと伝えられており、現在も毎年11月15日には不動会(ふどうえ)がいとなまれています。稚児行列・鬼法楽と続き、天狗を先頭に赤、青、黒の鬼が拍子を合わ...京都法住寺・大護摩供15日
霊山に眠る坂本龍馬、中岡慎太郎、藤吉の墓前で、15時30分頃より「龍馬祭」が斎行されます。慶応3年11月15日京都河原町近江屋にて刺客の凶刃に斃れた海援隊々長・坂本龍馬。同日、遭難し、翌16日に亡くなった下僕・藤吉、17日に亡くなった。陸援隊々長・中岡慎太郎。彼らが鎮まる霊山の墓前にて午後3時より龍馬祭を斎行しております。坂本龍馬齢33歳、中岡慎太郎齢30歳、藤吉齢25歳、新しい時代の礎を築きながらも、その大成を見ることなく、志半ばにしてこの世を去った彼らの遺徳を偲び、関係諸団体並びに崇敬者各位のご参列を多数頂戴しております。また、境内では、中岡慎太郎の郷里、高知県安芸郡北川村より軍鶏肉の寄進を受け、両援会、京都高知県人会により、ご参詣の皆さまへ軍鶏鍋が振舞われております。この軍鶏鍋は、坂本龍馬、中岡慎太...京都龍馬祭京都霊山護国神社15日
今回ご紹介するのは、じっくりと紅葉を楽しめる京都の極秘スポット、その名は「白龍園」。恐らくご存じない方も多いと思います。京都市内から洛北・鞍馬へと通じる鞍馬街道沿いにある「白龍園」は、京都市内に本社を置く子供服メーカーの青野株式会社が所有する庭園なのです。創業者である青野正一氏によって約50年前に開かれた後、山の整地、石組み、あずまやの建設など、全て社員家族の手により施工され、現在のような素晴らしい日本庭園となりました。「白龍園」は長らく一般には公開されてきませんでしたが、2012年秋に1日100人の限定条件付で、初めて一般公開されました。白龍園の素晴らしさと人数制限の秘密、それはずばり苔にあります。通常、ここまで苔が広範囲に渡って生えることは珍しく、隙間なく辺り一面を覆っているという状態はなかなかありま...京都紅葉100シリーズ寺社白龍園NO.104
平安時代末期から宮中の御産祈願に行われたという里神楽や湯立て神楽などが奉納されます。金物の神と知られる古社では、平安中期刀匠三条小鍛冶六郎宗近がこの地に「ふいご」を築き、祭神の神力を受けた3人の童の助けで名剣「小狐丸」(こぎつねまる)を鍛えたとの故事にちなみ、火焚串を美しい「ふいご」の形に積み上げ、火の勢いが衰えた頃ミカンを投げ入れます。焚かれたミカンは中風封じや風邪薬の効能があるとか。農耕に鉄器が不可欠であったことから稲荷の神を勧請し、五穀豊穣を祈るお祭です。火焚串奉納者には「おひたき(ミカン、まんじゅう、おこし)」がお下がりとしていただけます。遠方からの参詣も多く、大変にぎわう一日。雨天決行。■場所:新日吉神宮■期間:11月14日(※毎年同じ日程です)■時間:14時~■アクセス:市バス206・208「...京都新日吉神宮・火焚祭14日
京都市中京区に光勝寺極楽院というお寺が建っています。天台宗開祖・空也上人を偲んで法要が営まれ、歓喜踊躍念仏と重要無形民俗文化財の芸能六斎念仏が奉納されます。阿弥陀聖とも呼ばれた空也は平安中期、西光寺(後の六波羅蜜寺)で972年9月11日に没しましたが、晩年修行のため空也堂から東国へ発つ際に、出寺の11月13日を忌日とするよう言い遺したと言われます。午前中空也が悪疫退散に供した皇福茶(大福茶)の献茶式、午後から本堂で歓喜踊躍念仏(かんきゆやくねんぶつ)と六斎念仏焼香式が行われます。ゆかりの品々も床の間に展示されます。毎年11月の第2日曜日に、空也上人を偲んで開山忌(空也忌)の法要が営まれます。王服(おうぶく)茶の献茶式の後、空也僧による歓喜踊躍(かんぎゆやく)念仏と重要無形民俗文化財の六斎(ろくさい)念仏焼...京都光勝寺極楽院空也開山忌10日
高野川に沿って鯖街道と呼ばれた若狭街道が走っています。京都市中から北へおよそ12キロ。比叡山への入口である八瀬を通り抜け、山に挟まれた谷間の道を走ると、やがて比叡山麓の小さな盆地に辿り着きます。のどかな田園風景が広がる大原です。どこからか頭に柴をのせ、都まで行商に出かける大原女と出会いそうな錯覚にとらわれます。春には野道に石楠花が咲き、霧島躑躅(きりしまつつじ)が鮮やかな花をつけ、夏には青田に挟まれて紫色の紫蘇畑が大原の里に彩りを添えます。大原バス停から三千院への参道を呂川に沿って上っていくとしば漬け屋や雑貨の店が軒を連ねています。秋になると参道の木々は紅葉に染まり、落葉を踏みしめて隠れ里を訪れた往時の人々への郷愁を誘います。参道が尽きる辺りに魚山橋があります。左に曲がると、そこが桜の馬場と呼ばれる三千院...京都紅葉100シリーズ大原散策NO.104
京都の嵯峨で生まれたと伝わる夕霧太夫は大坂の新町で人気となり、その美貌と技芸から島原の吉野太夫、吉原の高尾太夫と並んで寛永三名妓と呼ばれた。同祭は、和菓子「夕霧」を販売する井筒八ッ橋本舗(右京区)が、夕霧太夫の墓がある同寺で行っております。音曲、舞踊、茶、花、和歌などあらゆる技芸に通じ、さらにその美貌で江戸の高尾、京の吉野と並び人気を集めた大阪の名妓・夕霧太夫。近松門左衛門の「夕霧七年忌」のモデルにもなったほどの名妓です。今日は島原の太夫を招いて本堂で法要を行い、その後太夫は禿(かむろ)を従え、墓地まで道中し、花を供えてお参りをします。また、霊宝館の秋季特別公開も開催されており、国宝の本尊釈迦如来像胎内納品や阿弥陀三尊像などを見ることができます。夕霧とは夕霧太夫の本名は「照」、江戸初期の延宝6年(1678...京都太夫、優雅に舞う夕霧祭清凉寺9日
東福寺は東山月輪山の山麓にあり、臨済宗東福寺派の本山。東福寺の主要伽藍の東北、本坊庫裏の背後から偃月橋(えんげつきょう)を渡った正面に位置する。東福寺第三世住持、無関普門(大明国師)の住居跡で、東福寺塔頭の第一位に置かれている。毎年11月に一般公開。元々この地には藤原氏氏寺の法性寺があった。平安中期の延長年間(923-31)に左大臣藤原忠平によって創建された。鎌倉中期の1236(嘉禎2)年に九条兼実の孫の摂政関白九条道家も先例にならって、法性寺の境内に釈迦堂を建立しようとしたが、それが発展して東福寺の創建となり、法性寺はその中に吸収された。1243(寛元元)年には円爾弁円を開山として境内に普門寺(現普門院)を建立し、円爾の常在所とした。東福寺龍吟庵は東福寺の塔頭で、1291(正応4)年に東福寺第三世住持の...京都紅葉100シリーズ東福寺(龍吟庵)NO.102
火焚祭とは今年一年間の収穫に感謝する行事で、伏見稲荷大社のものは全国一のスケール。立ち上る炎に圧倒されます。本殿の儀のあと、火焚きの儀が行わます。本殿裏手の斎場に3基の火床を設け、神田でとれた稲のわらを燃やし、恵みをもたらしてくれた神を山に送ります。その際、全国から寄せられた約10万本の願い事が書かれた火焚き串を焚き、神楽女の神楽舞が行われます。特に後半が見所。雨天決行。御神楽は古の鎮魂祭に基づく神事。孝明天皇の時代に、禁裏御所の特別の思召しで再興されました。薄暗い境内の庭燎(にわび)の中で、本歌・末歌・和琴・笛・ひちりきが奏でられ、早韓神が歌われるなか「人長舞」が舞われます。■場所:伏見稲荷大社(伏見区深草)■期間:11月8日(※毎年同じ日程です)■時間:本殿の儀:13時~、火焚神事:14時~■御神楽(...京都お火焚祭伏見稲荷大社8日
京都 紅葉100シリーズ 天授庵(南禅寺の塔頭) NO.101
紅葉カエデに映る池泉回遊式庭園臨済宗南禅寺派大本山・南禅寺の塔頭である。暦応2年(1339年)に虎関師錬(こかんしれん)が南禅寺を開山した無関普門の塔所(墓所)として建立。戦国時代には衰退したが,慶長7年(1602年)に武将だが歌人としても知られる細川幽斎により再興された。細川幽斎により再興された柿皮葺屋根の建物で、内部は長谷川等伯筆の障壁画で飾られている。障壁画(長谷川等伯筆)(重要文化財)禅宗祖師図-禅の教えを表現した禅機図を等伯晩年の簡略化された筆遣いで描いたもので、等伯独特の人物表現がみられる。商山四皓図(しょうざんしこうず)-中国秦末の国難を避けて商山の山中に隠棲した4人の高士が従者を伴い,ロバに乗る姿を描いたもので、大徳寺・真珠庵にも同じ画題の障壁画を描いている。庭園方丈前庭(東庭)白砂の庭を...京都紅葉100シリーズ天授庵(南禅寺の塔頭)NO.101
京の奥座敷」として親しまれている貴船は、市内よりも気温が低いため、一足早く紅葉が見られる。貴船神社は鴨川の源流、貴船川沿いに参道が続く古社で、11月上旬には参道の階段や本殿周辺が紅葉に包まれ、多くの参拝客の目を楽しませる。この時季、京都では多くの神社仏閣で御火焚神事がおこなわれる。水や火の恵みに感謝し、火の霊力によって罪穢れを祓い清めて、神様の蘇りと皆様の氣力再生を祈願します。まず本殿で、ロクロヒキリと呼ばれる古来からの火をおこす道具で神聖な火をおこし、境内斎場の約1万本の火焚き串を円柱に汲み上げた護摩壇が築かれ、神官の祝詞が奉上された後、点火されます。御火焚竈貴船神社の「御火焚竈」は、他の社寺では見られない特殊な形をしている。直径約2メートル、高さ約1.5メートル。中心部は空洞になっており、上方に丸みを...京都貴船神社・御火焚祭・もみじ祭り7日
古来より、卯の字は甘酒、酉の字は酒壺を意味していると言われ、酒造りは「卯の日」にはじめ、「酉の日」に完了する慣わしがあり、お酒造りにかかわる祭りの日取りもこうした昔からの慣習によるものであるとされています。稲刈りが終わり新米ができる秋、つまりお酒造りの始まる季節、毎年11月上の卯の日に執り行われる醸造安全祈願のお祭りが『上卯祭』で、このお祭りでは全国の和洋酒、味噌、醤油、酢等の醸造業はもとより、卸小売の人々も参集し、盛大に醸造安全を祈願し、守札としての大木札(だいもくさつ)を受けて持ち帰り、各々の蔵に奉斎し、お酒造りをはじめる慣わしとなっております。また年明けて、春を迎え、4月の中の「酉の日」には、醸造完了を感謝する『中酉祭』(ちゅうゆうさい)が執り行われます。また当社では、千歳講という明治時代からの講が...京都松尾大社上卯祭11日
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引っ越し先はてなブログに掲載中おこしやす京の一枚京都貴船神社・七夕笹飾りライトアップ1日https://ta221961.hatenablog.com/引っ越し先
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何時も閲覧しておおきにどす(^ω^)・・・✌此方に移動しましたので宜しくお願いします。京の一枚京都華厳寺(鈴虫寺)https://ta221961.hatenablog.com/entry/2025/06/20/044946京都華厳寺(鈴虫寺)
梅雨の晴れ間を利用して京都ぶらりと訪れては如何ですか。嵐山の観光スポットといえば見どころ満載です、嵐山の中心ともいえる渡月橋。この橋を挟んで南のエリアと北のエリアにわかれますが北のエリアの中でもオススメのスポットがこちらです嵯峨野。竹林の道(ちくりんのみち)は、大河内山荘から野宮神社の間を約200メートルにわたって続く風情のある小道です。周辺には嵐山や世界遺産の天龍寺などがあります。竹林の道は京都嵐山の代表的な観光名所のひとつで、嵐山を訪れた際には是非立ち寄って頂きたい観光スポットです。竹林は野宮神社から大河内山荘の間で特に大河内山荘前からみた竹林が画になります。嵯峨野巡りといえば、紫式部の「源氏物語」ゆかりの野宮(ののみや)神社から紅葉の名所の常寂光寺、去来の「嵯峨日記」で知られる落柿舎から、嵯峨天皇の...京都嵯峨野竹林の道
今年は例年に無く2週間も早く京都蛍乱舞中です。夕涼みにはちょっと早いも知れませんがあしを運ぶのも良いものです。種類と名前の由来日本には約45種のホタルが生息しています。「源氏螢」、「平家螢」と呼んだりしますが、源平戦に勝った「源氏」の方が体が大きめ。名前の由来には諸説ありますが、平安末期に源平争乱に敗れた平家一門の亡骸の上を、慌しく点滅する小さな螢とゆっくり点滅する大きな螢が宙を舞っていたという言い伝えがあるとか...。見える時間帯と時期だいたい20時頃から。食事は早めに済ませましょう。場所にもよりますが、5月上旬~7月中旬。梅雨が明けるまでがベストチャンスです。たくさん見るための条件こればかりは、運次第ですが、夕立が降った日は、螢がたくさん飛ぶそうです。そのため、雨が降らない日は、近所の飲食店が川の周り...京都ホタルの名所
五花街(祇園東・上七軒・先斗町・祇園甲部・宮川町)に伝わる伝統芸能の合同公演で、長唄や常盤津等の舞台が華やかに上演されます。五花街の舞妓が勢揃いする合同演目「舞妓の賑い」は、この公演でしか見る事の出来ない艶やかな演目の一つです。雨天決行。「五花街の夕べ」では、18時半より市内各老舗料亭(岡崎つる家、菊乃井、炭屋、飄亭、柊家、ウェスティン都ホテル京都)にて、舞妓・芸妓さんが接待します。平成6年、平安建都1200年記念催事として幕を開けた京都五花街合同公演「都の賑い」。祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東の芸妓舞妓、総勢約80名の伎芸を一度にご覧いただけるのは「都の賑い」だけで、それはまさに夢の舞台。毎年恒例の6月の公演では、花街ごとの演目とともに五花街の舞妓の共演による「舞妓の賑い」が披露され、初夏の古...京都五花街合同伝統芸能特別公演28日(土)・29日(日)
京都に堪らぬ猛暑が来る前に京都旅行をお勧めします。今回は夏越祓(なごしのはらい)を紹介します。半年間の罪や穢れを払い(リセット)、残り半年を無事に過ごせるようにと祈る行事です。6月30日は一年間の折り返しにあたる日。この日、京都の主な神社では大きな「茅の輪」を社頭に飾り、その茅の輪をくぐると無病息災・悪厄退散になると伝えられています。またこの日、関西ではまじないとして「水無月」という和菓子を食べる習慣があります。このお菓子は、むかし貴重であった「氷」のかたちをなぞった物といわれています。夏越祓で7月1日~12月31日を折り返そう京都は盆地という土地柄、夏の暑さは日本でも有数の厳しさを誇ります。それゆえに「夏越祓」は重要な儀式だったのかもしれません。そんな夏を乗り越え、1年の後半を元気に過ごすための儀式とし...京都市内各神社・夏越祓(なごしのはらい)6月25日~30日
今年も半年をが過ぎ様としています、はやいですねリッセットしてみませんか、半年の穢れが祓われ・・・。茅の輪をくぐった後、紙の人形に名前、数え年、願い事等を書いて神苑の春の山に進み人形(ひとがた)を禊(みそぎ)の小川に流します。半年間の穢れを払い、残り半分無病息災を祈願しましょう。夏越祓:6/3015時~、車で通り抜けジャンボ茅の輪:7/1~/7、茅の輪をくぐった後、紙の人形に名前、数え年、願い事等を書いて神苑の春の山に進み人形(ひとがた)を禊(みそぎ)の小川に流します。半年間の穢れを払い、残り半分無病息災を祈願しましょう。■場所:城南宮■期間:6月25日~30日(※毎年同じ日程)夏越祓:6月30日車で通り抜けジャンボ茅の輪:7/1~/7■時間:茅の輪くぐり・人形流し・愛車の茅の輪くぐり:9~16時(期間中)...京都城南宮茅の輪くぐり人形(ひとがた)流し(6/25~/30)
チガヤで作った輪。束ねたカヤの大きな輪をくぐる茅の輪くぐり神事は全国の神社でおこなわれている。茅の輪が疫病など夏季の災厄を除くとか、身体についた穢が祓われるという呪術的な力を有しているという信仰と「大祓」が強く結びついている。茅の輪をくぐることは、ある世からの脱皮再生を図るという意味があると考えられ、6月晦日が重要な折り目であると捉えられていたことがわかる。青々とした植物は再生を促す力を宿すと考えられていたことからも、青い茅が特に重視されたのかもしれない。茅の輪くぐり神事は、独特の作法がある。まず、茅の輪を正面から入って左へまわり、また正面からくぐって右へまわり、もう一度正面から左にまわってくぐる。要するに、横8の字に3度くぐる。これは夏に流行しがちな悪疫(あくえき)を除けるための呪的な儀礼である。昔から...京都貴船神社・茅の輪くぐり6月25日~30日
桔梗の開花に合わせて、特別拝観を行っています。桃山時代に作庭の枯山水庭園一面を覆う苔と凛と咲く桔梗の花の青や白とのコントラストを愛でていただきます。紫や白の桔梗と緑鮮やかな苔のじゅうたんに雨の雫が光り、大変美しいこの時期・・・。又塀の外側には二度咲きの萩と紫陽花、昼顔が季節のハーモニーを奏でています。天得院は知る人ぞ知る花の名所。二汁五菜の「桔梗膳」も味わえます。杉苔に覆われた枯山水の庭に、春は黄緑色の桜・御衣黄桜、霧島つつじ、さつき、夏は萩、あじさい、桔梗、秋は二度咲きの萩、白彼岸花、紅葉、つわぶき、藤袴、冬は山茶花、椿と、四季折々の花が咲きほこります。6〜7月の桔梗と、11月の紅葉のシーズンは一般公開をしています。小さい庭ではありますが、心静かに庭を眺めていただき、のんびり、ゆっくりとお過ごしください...京都東福寺天得院・桔梗を愛でる特別公開28日~7月17日
菅原道真公の誕生日6月25日、命日2月25に因み毎月25日は御縁日(天神さん)として、境内周辺は露天が出店したり、多くの参拝者で賑わっています。一度訪れた方はご存じだとは思いますが、茅の輪くぐりには、決まったくぐり方があります。八の字を描く様にくぐります。また、茅輪をくぐるときの唱え言葉があり、説明には以下のように書いてありました。「一、みな月のなごしの祓い(はらい)する人は千歳(ちとせ)の命のぶるといふなり」「二、思ふ事みなつきねとて麻の葉をきりにきりても祓ひつるかな」「三、蘇民将来(そみんしょうらい)。蘇民将来。(繰り返して唱ふ)」翌日の大茅輸くぐりに使用される「大茅の輪」の取り付けも、見ごたえがあるとのことです。但し、いくら目の前に立派に取り付けられてもこの輪をくぐるのは、明日(25日)までお預けで...京都北野天満宮・大茅の輪の取り付け25日
叡山電車の始発駅出町柳から鞍馬駅下車鞍馬寺仁王門まで徒歩5分ぐらいかなぁ。入口で鞍馬山の入山料200円を払い私はケーブカーに乗らず未舗装の参道を267m登って行くと由岐神社があります。階段を登って神社から更に歩いて行くと義経公供養塔がありました。ここまで来たら汗がじわっと出て吹く風が心地よいさて本殿まで791mの九十九折り(つづらおり)参道を歩いて行きます。京都の夏のはじまりをつげる祭事といえば鞍馬寺の竹伐り会式。「竹伐り会式」とは、黒い法衣に白袈裟を弁慶かぶりにした僧兵が二手にわかれ、大蛇にみたてた大竹を山刀で伐るという豪壮な会式です。日に日に緑が濃くなっていく鞍馬山中腹に建つ鞍馬寺で、この日「竹伐り会式」が行なわれます。もともとは、蓮の花が咲く旧暦七月に行なわれていたので、「蓮華会」とも呼ばれています...京都鞍馬寺・竹伐り会式20日
梅雨の晴れ間小塩山の通称「なりひら寺」へ足を運んで癒されて見ては如何ですか、帰りには紫陽花の善峰寺へ。小塩山・十輪寺は、善峰寺の2キロほど手前に位置し天台宗の古刹です。寺は、嘉祥3年(850)文徳天皇のお后、染殿(そめどの)皇后(藤原明子:ふじはらあきらけいこ)の世継ぎ誕生を祈願のため、伝教大師作の延命地蔵菩薩を安置したのが始まりです。毎年6月第3日曜日午後1時より「声明と三弦を聞く会」8月23日本尊地蔵尊秘仏ご開帳午前10時から、11月23日午後1時より「塩がま清めの祀り」が行われます。十輪寺在原業平のゆかりの地平安時代を代表する歌人在原業平。50歳を過ぎた頃から十輪寺で生活していたため、現在でもここにはゆかりのある史跡と桜が残っています。平安時代の貴族には、「塩焼」と呼ばれる塩を焼いてその煙を楽しむ風...京都十輪寺・声明と三弦を聞く会15日
平安の風情を現在に伝える黒木の鳥居に茅の輪が設けれら、他の神社よりも少し早めにくぐることができます。修学旅行生が団体になって、茅の輪をくぐる姿をよく見かけます。野宮神社は平安時代以前、斎王(さいおう)が天皇の代理で伊勢神宮にお仕えする前に身を清めた神聖な場所です。斎王とは「いつきのひめみこ」ともよばれ、伊勢神宮に遣わされた未婚の天皇の娘(皇女)たちのことです。斎王となる皇女は、まず皇居内で1年あまり心身を清め、野宮神社で3年間のみそぎの後、伊勢神宮に向かいます。みそぎの場所は天皇の即位の度に決められ、この嵯峨野の野宮神社は、平安時代に嵯峨天皇の皇女・仁子内親王(よしこないしんのう)の代より、使用されるようになりました。黒木鳥居と小柴垣当社は、過去に行なわれた斎王制度の面影が残る唯一の神社で、クヌギの木を...京都野宮神社・茅の輪くぐり1日(日)~7月31日(木)
八坂神社は、祭事が多い神社ではないでしょうか。その祭事の中で、最も有名なのが祇園祭です。八坂神社例祭は、そんな祇園祭の前の月に行われます。御祭神ゆかりの日を選んで決められた大祭です。八坂神社の御祭神ゆかりの日を選んで決められた例祭で、神事にひき続き神楽舞「東遊び」の舞が披露されます。15時より綾小路流朗詠による向陽会員等の和歌の献詠披講式が行われます。■場所:八坂神社■期間:6月15日(※毎年同じ日程です)■時間:10時~■アクセス:市バス206・208「祇園」または京阪「祇園四条」駅より徒歩約5分■お問合せ:075-561-6155■詳細ページ:http://www.yasaka-jinja.or.jp/※写真は全て過去のものです。京都八坂神社・例祭15日
毎年6月15日に京都市東山区の智積院(ちしゃくいん)で、青葉まつりが行われます。弘法大師空海と高野山中興の祖として知られる興教大師の誕生会法要で、青葉の美しい時期に催されることから「青葉まつり」と呼ばれています。福引(祈祷者対象で無料)や、大書院には茶席が設けられ(500円)、華道展も開かれます。皐月やツツジが見事な桃山時代の名勝庭園、及び収蔵庫の障壁画の無料公開もあります。智積院はアジサイの隠れた名所。運が良ければハート形のアジサイも見つけられるかも。智積院鎌倉時代の中期、頼瑜(らいゆ)僧正が高野山の大伝法院を根来山に移したことに始まる。智積院はその塔頭の一つで学頭寺院だった。1598年(天正13)、豊臣秀吉の根来征伐によってほとんどの堂宇伽藍が焼亡。当時の智積院住職の玄宥(げんゆう)僧正は、京都に逃れ...京都智積院・青葉まつり15日
今回は梅雨前の気の向くままに京都ぶらり女の1旅宇治散策。欲張らずにのんびりと歩いてみました。写真は十円玉に描かれていることで有名な平等院鳳凰堂です。平安時代の貴族達の別荘地として嵐山と共に評判だったという宇治。大勢の観光客が押し寄せる嵐山に比べて、宇治は幾分のんびりと落ち着いた風情が魅力です。「わが庵は都のたつみ(巽)しかぞすむよを宇治山とひとはいうなり」喜撰法師都から巽(東南)の方角に位置し、世俗から離れて宗教的な空間に身を置く事ができる場所でもあり、この地に墓を建てる事が、王朝時代の政治を牽引していた藤原氏にとっての憧れだったといいます。宇治の中心的存在とも言える平等院鳳凰堂は、まさに極楽浄土の地の象徴。紫式部は、源氏物語の終焉の地として宇治の地を選びました。宇治川を挟んで、宇治上神社等が建つ東岸を此...京都宇治散策
ゑんま法王のライトアップや本尊開扉、香を楽しむ会や梶の葉祈願をします。「風祭り」は毎年、7月1日から千本ゑんま堂で行われる夏の行事。本尊の閻魔法王(えんまほうおう)像がライトアップされ、境内に飾られた風鈴が、心地よい夏の夜風を知らせてくれます。また、「風祭り」では、梶の葉に願い事を書く「梶の葉祈願」も行われます。千本ゑんま堂の「風祭り」は、百人一首の歌人として知られる小野篁卿が、この世とあの世を行き来する神通力を持ち、昼は宮中、夜は閻魔之廰に仕えたという伝説に由来します。「風祭り」の期間中は、本尊の閻魔法王像がライトアップされ、境内の風鈴が心地よい音色を奏でます。また、梶の葉に願い事を書き、法要後の閻魔法王へのご焼香の際に煙を梶の葉に当てる「梶の葉祈願」も行われます。梶の木は古代から神に捧げる神木とされ、...京都千本ゑんま堂・風祭り7月1日~15日
貴船駅から始まるロマンチックな夏デートに織姫と彦星の伝説が伝わる七夕は、日本の節供のなかでもっともロマンチックな由来を持っている日。初夏の貴船は緑が美しく、涼やかな貴船川の清流を眺めて川床料理も楽しめる絶好のシーズン。川沿いには食事処も数多くあり、この季節ならではの鮎料理をいただくのもオススメです。青竹の筒に入れられたろうそくの光が、優しく足元を照らします。雨天決行です。8日には「貴船の水まつり」があり、境内でライブが行われる日もあります。鴨川の水源地にあたる貴船神社は、平安の昔から水の神様として知られ、境内の霊泉に浮かべると文字が浮かび上がる「水占みくじ」が有名です。その一方で、縁結びの神様として知られ、今から1000年前に、女流歌人・和泉式部が貴船神社に参拝して、恋の歌を捧げて祈り、その願いが叶ったと...京都貴船神社・七夕笹飾りライトアップ1日
天平勝宝(750年)に天皇より御戸代田一町が寄進された際に、田楽、猿楽が舞われ、これが日本能楽の先駆となったとされています。田植えが終了し虫害を未然に防ぐための祈願のお祭りです。「神歌」を奉納し、烏扇草(ひおうぎそう)や滋賀県安曇川産の鮎を供えます。■場所:上賀茂神社■期間:7/1(※毎年同じ日程です)■時間:神事:10時~能(有料):18時~■アクセス:市バス9「上賀茂御薗橋」または地下鉄「北山」駅より徒歩約15分■お問合せ:075-781-0011■詳細ページ:http://www.kamigamojinja.jp/※主催者の都合により、予定・内容が変更される場合がありますので事前にご確認お願いいたします。※写真は全て過去のものです。京都上賀茂神社・御戸代能7月1日
「小野小町」花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に一千有余年の時を経て人々を魅了し続ける謎の美女小野小町西に東山丘陵、東に醍醐山などの山並みを望む山科盆地。平安時代には貴族たちの遊猟場でした。その南部に位置する随心院。平安時代初期、当代一流の歌人で絶世の美女と謳われた小野小町が、晩年を過ごしたと伝わるお寺です。創建は正暦2(991)年。仁海(にんがい)僧正を開基とする、真言宗善通寺派の大本山です。往時には壮麗な七堂伽藍を構えましたが、承久の乱や応仁の乱など度重なる戦火により諸堂は焼失。現在の本堂は慶長4(1599)年の再建で、薬医門や玄関、書院などは江戸時代初期から中期に建立されました。奥書院を飾る狩野派の襖絵をはじめ、随所に施された絵図が見事。また、苔に覆われた坪庭や白壁が清々しく、...京都小野小町の随心院
景勝地の夏絵巻:大堰川鵜飼開き鵜飼は、風折烏帽子(かざおれえぼし)に腰みのの<昔ながらの装いで手綱を引き、約10羽程の海鵜を飼いならして鮎などの川魚をとる伝統的な漁法で、その歴史は古く嵐山の鵜飼は千年の昔から行われていました。かがり火が川面に揺れる幽玄の世界を楽しんでみてはいかがですか?川岸で鵜飼を見物する浴衣姿の女性が「涼」を誘います。渡月橋の上からよりもやはり川面から見る方が独特の風情があってお奨めです。鵜匠の手につながれた6羽の鵜は、船子(かじこ)のかいの音に反応して身を翻し水面の上と下を行ったり来たり。白く光るアユを次々と鵜匠の手に戻します。今も昔も変わらぬ鵜匠の装束は、いにしえの貴族の風雅な趣そのもので、景勝地ならではの醍醐味です。鵜飼いの歴史在原業平の詠んだ「大堰川うかべる舟のかがり火にをぐら...京都鵜飼景勝地の夏絵巻:大堰川鵜飼開き(7/1~9/23(※毎年同じ日程です)
今回私が散歩する修学院には、修学院離宮、詩仙堂などの名刹を始め、多くの寺社が点在しています。出町柳駅から叡山電鉄にゆられ、修学院で降りて気ままに散歩してみました。まず散歩の前に腹ごしらえ、と蕎麦を食べに評判の塩釜に向かいます。修学院の駅から東大路に出て少し下がると七人ほどの行列が見えました。店内は照明も柔らかく落ち着いた雰囲気。私はテーブル席に座り、生粉打ちせいろ900円を頼みました。一口すすると蕎麦のほのかな甘味と香りが広がります。食べ終わると見計らったように蕎麦湯が出され、つゆを割って飲み干しました。北山通りを東へ白川通りを北へ行くと音羽川が流れています。案内板を頼りに川に沿って遊歩道を歩いているとじっとりと汗が出てきました。昨日までの寒さが嘘のようです。秋の訪れを身体で感じながら先へ進むと塀に突き当...京都修学院離宮
梅雨の晴れ間を利用して京都ぶらりと訪れては如何ですか。嵐山の観光スポットといえば見どころ満載です、嵐山の中心ともいえる渡月橋。この橋を挟んで南のエリアと北のエリアにわかれますが北のエリアの中でもオススメのスポットがこちらです嵯峨野。竹林の道(ちくりんのみち)は、大河内山荘から野宮神社の間を約200メートルにわたって続く風情のある小道です。周辺には嵐山や世界遺産の天龍寺などがあります。竹林の道は京都嵐山の代表的な観光名所のひとつで、嵐山を訪れた際には是非立ち寄って頂きたい観光スポットです。竹林は野宮神社から大河内山荘の間で特に大河内山荘前からみた竹林が画になります。嵯峨野巡りといえば、紫式部の「源氏物語」ゆかりの野宮(ののみや)神社から紅葉の名所の常寂光寺、去来の「嵯峨日記」で知られる落柿舎から、嵯峨天皇の...京都嵯峨野竹林の道
聖徳太子創建のお寺聖徳太子が幼い頃、淡路島の岩屋に小さな唐櫃が流れ着き、太子が蓋を開けると中から黄金でできた一寸八分の如意輪観音の像が出てきました。そこで太子は、自分の持仏として大切にしました。そのころ太子は物部守屋と争っていたので、如意輪観音に勝利を祈り、「勝たせていただければ、四天王寺を建立いたします」と誓いを立てました。勝利をおさめた太子は、用明天皇2年(587年)、大阪四天王寺建立のための用材を求めてこの地に来られました。ある日、泉のかたわらにある多良の木の枝に護持仏をかけて沐浴をされ、終わって仏を手に戻そうとされたが、どういうわけか、枝から離れません。その夜、「お前の守り本尊となってから、すでに7世が過ぎた。これからは、この場所にとどまって衆生の救済に当たりたい」、という仏のお告げを夢で見られま...京都六角堂(いけばな発祥の地)
夕涼みにはちょっと早いも知れませんがあしを運ぶのも良いものです。種類と名前の由来日本には約45種のホタルが生息しています。「源氏螢」、「平家螢」と呼んだりしますが、源平戦に勝った「源氏」の方が体が大きめ。名前の由来には諸説ありますが、平安末期に源平争乱に敗れた平家一門の亡骸の上を、慌しく点滅する小さな螢とゆっくり点滅する大きな螢が宙を舞っていたという言い伝えがあるとか...。見える時間帯と時期だいたい20時頃から。食事は早めに済ませましょう。場所にもよりますが、5月上旬~7月中旬。梅雨が明けるまでがベストチャンスです。たくさん見るための条件こればかりは、運次第ですが、夕立が降った日は、螢がたくさん飛ぶそうです。そのため、雨が降らない日は、近所の飲食店が川の周りに水をまくとか...(笑)。煙草の、点いたり消...京都ホタルの名所
五花街(祇園東・上七軒・先斗町・祇園甲部・宮川町)に伝わる伝統芸能の合同公演で、長唄や常盤津等の舞台が華やかに上演されます。五花街の舞妓が勢揃いする合同演目「舞妓の賑い」は、この公演でしか見る事の出来ない艶やかな演目の一つです。雨天決行。「五花街の夕べ」では、18時半より市内各老舗料亭(岡崎つる家、菊乃井、炭屋、飄亭、柊家、ウェスティン都ホテル京都)にて、舞妓・芸妓さんが接待します。平成6年、平安建都1200年記念催事として幕を開けた京都五花街合同公演「都の賑い」。祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東の芸妓舞妓、総勢約80名の伎芸を一度にご覧いただけるのは「都の賑い」だけで、それはまさに夢の舞台。毎年恒例の6月の公演では、花街ごとの演目とともに五花街の舞妓の共演による「舞妓の賑い」が披露され、初夏の古...京都五花街合同伝統芸能特別公演29日(土)・30日(日)
京都に堪らぬ猛暑が来る前に京都旅行をお勧めします。今回は夏越祓(なごしのはらい)を紹介します。半年間の罪や穢れを払い(リセット)、残り半年を無事に過ごせるようにと祈る行事です。6月30日は一年間の折り返しにあたる日。この日、京都の主な神社では大きな「茅の輪」を社頭に飾り、その茅の輪をくぐると無病息災・悪厄退散になると伝えられています。またこの日、関西ではまじないとして「水無月」という和菓子を食べる習慣があります。このお菓子は、むかし貴重であった「氷」のかたちをなぞった物といわれています。夏越祓で7月1日~12月31日を折り返そう京都は盆地という土地柄、夏の暑さは日本でも有数の厳しさを誇ります。それゆえに「夏越祓」は重要な儀式だったのかもしれません。そんな夏を乗り越え、1年の後半を元気に過ごすための儀式とし...京都市内各神社・夏越祓(なごしのはらい)6月25日~30日
今年も半年をが過ぎ様としています、はやいですねリッセットしてみませんか、半年の穢れが祓われ・・・。茅の輪をくぐった後、紙の人形に名前、数え年、願い事等を書いて神苑の春の山に進み人形(ひとがた)を禊(みそぎ)の小川に流します。半年間の穢れを払い、残り半分無病息災を祈願しましょう。夏越祓:6/3015時~、車で通り抜けジャンボ茅の輪:7/1~/7、茅の輪をくぐった後、紙の人形に名前、数え年、願い事等を書いて神苑の春の山に進み人形(ひとがた)を禊(みそぎ)の小川に流します。半年間の穢れを払い、残り半分無病息災を祈願しましょう。■場所:城南宮■期間:6月25日~30日(※毎年同じ日程)夏越祓:6月30日車で通り抜けジャンボ茅の輪:7/1~/7■時間:茅の輪くぐり・人形流し・愛車の茅の輪くぐり:9~16時(期間中)...京都城南宮茅の輪くぐり人形(ひとがた)流し(6/25~/30)
チガヤで作った輪。束ねたカヤの大きな輪をくぐる茅の輪くぐり神事は全国の神社でおこなわれている。茅の輪が疫病など夏季の災厄を除くとか、身体についた穢が祓われるという呪術的な力を有しているという信仰と「大祓」が強く結びついている。茅の輪をくぐることは、ある世からの脱皮再生を図るという意味があると考えられ、6月晦日が重要な折り目であると捉えられていたことがわかる。青々とした植物は再生を促す力を宿すと考えられていたことからも、青い茅が特に重視されたのかもしれない。茅の輪くぐり神事は、独特の作法がある。まず、茅の輪を正面から入って左へまわり、また正面からくぐって右へまわり、もう一度正面から左にまわってくぐる。要するに、横8の字に3度くぐる。これは夏に流行しがちな悪疫(あくえき)を除けるための呪的な儀礼である。昔から...京都貴船神社・茅の輪くぐり6月25日~30日
桔梗の開花に合わせて、特別拝観を行っています。桃山時代に作庭の枯山水庭園一面を覆う苔と凛と咲く桔梗の花の青や白とのコントラストを愛でていただきます。紫や白の桔梗と緑鮮やかな苔のじゅうたんに雨の雫が光り、大変美しいこの時期・・・。又塀の外側には二度咲きの萩と紫陽花、昼顔が季節のハーモニーを奏でています。天得院は知る人ぞ知る花の名所。二汁五菜の「桔梗膳」も味わえます。杉苔に覆われた枯山水の庭に、春は黄緑色の桜・御衣黄桜、霧島つつじ、さつき、夏は萩、あじさい、桔梗、秋は二度咲きの萩、白彼岸花、紅葉、つわぶき、藤袴、冬は山茶花、椿と、四季折々の花が咲きほこります。6〜7月の桔梗と、11月の紅葉のシーズンは一般公開をしています。小さい庭ではありますが、心静かに庭を眺めていただき、のんびり、ゆっくりとお過ごしください...京都東福寺天得院・桔梗を愛でる特別公開6月8日(金)~7月17日(水)
京都府京都市西京区にある徳川綱吉の生母「桂昌院」にゆかりのあるお寺です。善峰寺は西国33所の20番札所。善峯寺は京都の桜や紅葉の名所として有名ですが、夏は山肌を埋め尽くす「紫陽花」が鑑賞でき、あじさい越しに望める京都市街の風景は癒されます。「白山桜あじさい苑」のエリアは、善峯寺を開いた源算上人が写経のための墨をすったとされる湧き水「白山名水」のあった場所でした。元々眺望が素晴らしい場所でしたが、昭和初期に植えられた杉の木により、眺めが悪くなったため、杉を伐採して桜と紫陽花を植え、花と眺望を味わってもらおうと、今の姿になったそうです。善峯寺は回遊式庭園になっていて、10番目に「白山桜あじさい苑」があります。善峯寺の白山あじさい苑は、高台にあり京都の街が一望できます。京都市街と紫陽花を同時に満喫できるので、撮...京都1万株の紫陽花善峯寺
菅原道真公の誕生日6月25日、命日2月25に因み毎月25日は御縁日(天神さん)として、境内周辺は露天が出店したり、多くの参拝者で賑わっています。一度訪れた方はご存じだとは思いますが、茅の輪くぐりには、決まったくぐり方があります。八の字を描く様にくぐります。また、茅輪をくぐるときの唱え言葉があり、説明には以下のように書いてありました。「一、みな月のなごしの祓い(はらい)する人は千歳(ちとせ)の命のぶるといふなり」「二、思ふ事みなつきねとて麻の葉をきりにきりても祓ひつるかな」「三、蘇民将来(そみんしょうらい)。蘇民将来。(繰り返して唱ふ)」翌日の大茅輸くぐりに使用される「大茅の輪」の取り付けも、見ごたえがあるとのことです。但し、いくら目の前に立派に取り付けられてもこの輪をくぐるのは、明日(25日)までお預けで...京都北野天満宮・大茅の輪の取り付け25日
叡山電車の始発駅出町柳から鞍馬駅下車鞍馬寺仁王門まで徒歩5分ぐらいかなぁ。入口で鞍馬山の入山料200円を払い私はケーブカーに乗らず未舗装の参道を267m登って行くと由岐神社があります。階段を登って神社から更に歩いて行くと義経公供養塔がありました。ここまで来たら汗がじわっと出て吹く風が心地よいさて本殿まで791mの九十九折り(つづらおり)参道を歩いて行きます。京都の夏のはじまりをつげる祭事といえば鞍馬寺の竹伐り会式。「竹伐り会式」とは、黒い法衣に白袈裟を弁慶かぶりにした僧兵が二手にわかれ、大蛇にみたてた大竹を山刀で伐るという豪壮な会式です。日に日に緑が濃くなっていく鞍馬山中腹に建つ鞍馬寺で、この日「竹伐り会式」が行なわれます。もともとは、蓮の花が咲く旧暦七月に行なわれていたので、「蓮華会」とも呼ばれています...京都鞍馬寺・竹伐り会式20日
梅宮大社は京都市の西部を流れる桂川にほど近い所にある。それほど大きな神社ではないが境内の庭園はなかなかの趣がある。茅葺の家を取囲むように池があり、その池の周辺に花菖蒲が咲き乱れている。梅宮大社のある梅津地域は古来から湿地が多く、杜若などが自生していたそうです。4月上旬から5月中旬にかけては杜若、あやめが見ごろとなります。そして東神苑の咲耶池、北神苑にある勾玉池には5月下旬ごろからハナショウブが咲き始めます。ハナショウブがまた、見事!種類も多彩で江戸系、伊勢系、肥後系と色とりどりに庭園を美しく染めます。群生しているポイントもいくつかありますので、ぜひじっくりと初夏の花を楽しんでください。これだけの規模で咲くハナショウブを見られるスポットは京都でもそうそう多くありません。■アクセス京都市バス【3】・【28】・...京都梅宮大社の花菖蒲
平安の風情を現在に伝える黒木の鳥居に茅の輪が設けれら、他の神社よりも少し早めにくぐることができます。修学旅行生が団体になって、茅の輪をくぐる姿をよく見かけます。野宮神社は平安時代以前、斎王(さいおう)が天皇の代理で伊勢神宮にお仕えする前に身を清めた神聖な場所です。斎王とは「いつきのひめみこ」ともよばれ、伊勢神宮に遣わされた未婚の天皇の娘(皇女)たちのことです。斎王となる皇女は、まず皇居内で1年あまり心身を清め、野宮神社で3年間のみそぎの後、伊勢神宮に向かいます。みそぎの場所は天皇の即位の度に決められ、この嵯峨野の野宮神社は、平安時代に嵯峨天皇の皇女・仁子内親王(よしこないしんのう)の代より、使用されるようになりました。黒木鳥居と小柴垣当社は、過去に行なわれた斎王制度の面影が残る唯一の神社で、クヌギの木を...京都野宮神社・茅の輪くぐり