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京都ぶらり女の1人旅さんのプロフィール

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豊橋市

京都四季折々・祭り他

ブログタイトル
京都ぶらり女の1人旅
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/ta0725
ブログ紹介文
京都四季折々・祭り その他
更新頻度(1年)

670回 / 365日(平均12.8回/週)

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京都ぶらり女の1人旅
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京都ぶらり女の1人旅

京都ぶらり女の1人旅さんの新着記事

1件〜30件

  • 京都 紅葉100シリーズ 隠れ紅葉の名所妙覚寺 NO.78

    織田信長の洛上時の宿で、隠れ紅葉の名所「妙覚寺」妙覚寺は、北朝の永和4年(1378)、妙顕寺の跡継ぎをめぐる意見の対立から妙顕寺を離れた日実(にちじつ)上人が、信徒で富商の小野妙覚(おのみょうかく)の外護を受けて四条大宮の妙覚の邸宅に日像上人を開山に仰ぎ創建されている。日蓮宗京都十六本山の一つで、妙顕寺(上京区寺之内通堀川東入る)、立本寺(上京区七本松通仁和寺街道上る)と並ぶ具足山の一つ。本尊は十界大曼荼羅。この妙覚寺の建つ寺之内界隈には、多くの寺院が並んでいる。寺之内通は、烏丸通から紙屋川にいたる東西の道。秀吉による都市改造政策により寺町と同様多くの寺院が移転させられた寺院街。特にこの堀川通寺之内界隈は妙覚寺をはじめ妙顕寺、本法寺、妙蓮寺などの日蓮宗寺院が密集している。妙覚寺表門は寺院には珍しい武家風の大型の...京都紅葉100シリーズ隠れ紅葉の名所妙覚寺NO.78

  • 京都 城南宮・曲水の宴

    京都市南部にある城南宮では例年春と秋の2回(4月29日の昭和の日と11月3日の文化の日)、平安王朝の文化を伝える「曲水の宴」が開催されます。平安朝の優美なお遊びで。秋は紅葉をバックに繰り広げられます。木漏れ日もやわらかな平安の庭を、ゆるやかに曲がりながら流れる一筋の遣水(やりみず、小川)の辺(ほとり)で、雅やかな曲水の宴を行っています。京都を代表する年中行事に数えられ、次のような次第で行われます。色とりどりの平安時代の装束を身につけた7名の歌人(男性5名は狩衣[かりぎぬ]、女性2名は小袿[こうちき]を着用)が席に着くと、1人ずつ歌題を確認します。そして歌人が遣水の傍らの座に着くと、中央の舞台で白拍子の舞がしずしずと披露されます。琴の音が響く中、歌人は歌題にちなんだ和歌を詠み、それぞれ短冊にしたためます。そして、...京都城南宮・曲水の宴

  • 京都 広隆寺 弥勒菩薩

    ”弥勒菩薩半跏思惟像”(戦後国宝第一号に指定)で特に有名な寺院です。京福電鉄・嵐山線「太秦広隆寺」すぐ近く、電車は広隆寺の前の路面を走っています。広隆寺真言宗別格本山。別称太秦寺・蜂岡寺。『広隆寺由来記』には,広隆は秦河勝の実名とされますが、寺名の成立時期は不詳。秦河勝が、推古11年(603)聖徳太子から仏像を拝受し蜂岡寺を造営し、推古31年(623)に新羅から送られた仏像を葛野秦寺に安置したと記されます。広隆寺という寺名が文献に現れるのは、承和5年(838)ですが、飛鳥時代にさかのぼる仏像が伝わることや、出土瓦からその起源が飛鳥時代にあることをうかがわせます。太秦の地は、秦氏が葛野郡に拠点を築いた五世紀以降特別な地として重要視されたものと思われます。度々火災にあい、現在の建物は平安時代末期以後のものです。新霊...京都広隆寺弥勒菩薩

  • 京都 紅葉100シリーズ 平安神宮 NO.77

    平安神宮は平安遷都1100年を記念して、明治28年に遷都のおや神様である第50代桓武天皇をご祭神として創建されました。当時、京都の衰退ぶりは目を覆うものがありました。幕末の戦乱で市街地は荒廃し、明治維新によって事実上首都が東京へ遷ったことは人々の心に大きな打撃を与えました。その状況下で京都を救ったのは、京都復興への市民の「情熱」と全国の人々の京都に対する「思い入れ」でした。数々の復興事業を展開し、教育、文化、産業、生活などすべての面において新しい京都が模索され、同時に古き良き京都の維持継承に力が注がれたのです。これらの熱意と一連の町おこし事業が見事に結実して、平安神宮が創建されました。千年以上も栄え続けた雅やかな京都を後世に伝えるために、京都復興にかけた多くの人々の遺志を後世に伝えるために、四海平安の祈りを込め...京都紅葉100シリーズ平安神宮NO.77

  • 京都 亥子祭 護王神社

    護王神社は、京都市上京区にあります。亥子祭が、秋に行われる神社です。「イノシシの神社」として有名です。狛猪をはじめ、全国から奉納された多数のイノシシの土鈴や置物、色紙、剥製などが置かれています。護王神社は京都御所の西側、烏丸通に沿いに鎮座する神社で、平安京の建都に貢献された和気清麻呂公(わけのきよまろこう)をお祀りしています。確かな創建年は伝えられていませんが、もとは洛西の高雄山神護寺の境内に清麻呂公の霊社として祀られ、古くから「護法善神」と称されていました。江戸時代末の嘉永4年(1851)、孝明天皇は清麻呂公の歴史的功績を讃えて正一位護王大明神の神階神号を授けられ、明治7年(1874)には「護王神社」と改称して別格官幣社に列せられました。明治19年(1866)、明治天皇の勅命により、華族中院家邸宅跡地であった...京都亥子祭護王神社

  • 京都 源光庵・ススキ<薄>

    春は常照寺の桜と光悦寺の菜の花、秋は源光庵のすすきが美しい洛北・鷹ヶ峰です。すっかり涼しくなった秋風がさらさらとすすきの穂を巻き上げていきます。芸術家、本阿弥光悦が創作活動の拠点を置いたという鷹ヶ峰。源光庵には「悟りの窓」、「迷いの窓」があり、それぞれからお庭を眺めることができます。物思いにふける事もままならない程の灼熱の夏もいつしか過ぎ去り、ゆっくりとわが道を振り返られる季節になりました。これらの窓からあなたは何を見ますか?■場所:源光庵、常照寺、光悦寺■アクセス:地下鉄「北大路」駅より市バス北1「鷹峯源光庵前」■お問合せ:常照寺:075-492-6775光悦寺:075-491-1399源光庵:075-492-1858京都の古都ならhttp://www.e-kyoto.net/京都源光庵・ススキ<薄>

  • 京都 紅葉100シリーズ寺社 南禅寺周辺の南禅寺水路閣・琵琶湖疏水 NO.76

    今日は南禅寺周辺の南禅寺水路閣・琵琶湖疏水へ見ごろの紅葉とライトアップも始まりました。京都でも屈指の紅葉の名所東山地区にある南禅寺は、1291年に亀山法皇が開基し、大名国師が開山しました。室町時代には禅寺の中でも最高の位(五山の上)が与えられ栄華を極めたお寺です。南禅寺の境内自体は拝観料が無料なため自由に出入りができます。早速、入り口から入っていくと、すぐに一面紅葉の世界が!参道脇や頭上に黄色と赤の紅葉シャワーが降り注ぎます。南禅寺付近には、古代ローマの水道橋を思わせるような水路閣や、琵琶湖疏水の一環として造られたインクライン(急傾斜鉄道)など、中世から近代へと歴史の移り変わりが感じられる見どころがいっぱい。田辺朔郎の銅像南禅寺水路閣の設計・デザインを手がけたのは、21歳という若さの田辺朔郎(たなべさくろう)東...京都紅葉100シリーズ寺社南禅寺周辺の南禅寺水路閣・琵琶湖疏水NO.76

  • 京都 神泉苑(しんせんえん)・大念仏狂言 

    神泉苑は、京都市中京区にある山寺です。神泉苑大念仏狂言が行われます。神泉苑大念仏狂言は、壬生狂言の流れを汲む狂言です。念仏の妙理や世の道理を伝えるため、始められました。壬生狂言の流れをくむ京都市無形民俗文化財。鉦や太鼓・笛に合わせて演じる仮面舞踏劇です。ここは古くから歴代天皇の御遊地。869年、疫病退散の神事・御霊会(祇園祭の起源)が行われた修法場としても有名です。屋根付きの椅子席で気軽に鑑賞できます。■場所:神泉苑■期間:※新型コロナウイルス対応のため2020年度は中止■時間:昼の部:13時~17時半、夜の部:18時半~21時半※初日は夜の部のみ。■料金:志納■アクセス:市バス9・50「堀川御池」またはJR「二条」駅より徒歩10分■お問合せ:075-861-1769■詳細ページ:http://www.shin...京都神泉苑(しんせんえん)・大念仏狂言

  • 京都 紅葉100シリーズ 隠れ紅葉日向大神宮 NO.75

    日向大神宮日向大神宮は、清和天皇の勅願によって天照大神を粟田山に勧請したことに始まり、その後応仁の乱で焼亡したが、寛永年間(1624-44)に伊勢人野呂左衛門尉源宗光が再興したと伝える。境内の再奥に南面して建つ内宮本殿は桁行正面1間、背面2間、梁行2間の神明造の建物である。両脇に棟持柱を建て、屋根の棟には内削ぎの千木(ちぎ)堅魚木(かつおぎ)8本をのせている。本殿の前方に四脚門の御門の屋根にも内削ぎの千木と堅魚木6本がのり、両脇に板垣がとりついて内宮の敷地を区切っている。内宮の前方一段下がったところに建つ外宮は、本殿・御門ともに内宮とほぼ同じ規模・形式をもつが、屋根の千木が外削ぎで堅魚木がそれぞれ1本少なくなる。内宮は外宮とともに京都市登録有形文化財です。日向大神宮は京都の隠れ紅葉の名所です。南禅寺や永観堂は確...京都紅葉100シリーズ隠れ紅葉日向大神宮NO.75

  • 京都 紅葉100シリーズ  みごとな紅葉蓮華寺 NO.74

    若狭街道から細い参道へ。大きな寺院ではなく、住宅街の中にひっそりと佇んでいますが知る人ぞ知る紅葉の名所ですよ。山門をくぐると、もうみごとな紅葉。とくに石川丈山作の池泉回遊式の庭は見ものです。極楽浄土を意匠として造られていて、舟石と呼ばれる船に見立てた石も配置されていたりと面白い造りになっています。高野川の水を引き込んだ池にも木々の色が映え、庭一面が秋の色に染まっています。高野川の清流から成った池に映る紅葉が見事。雪月花三名園の一つに数えられる、比叡山を借景とする墨絵のような庭園。比叡の峰に積もった雪と、枯山水の庭覆い尽くした雪景色との融合はひときわ美しい。応仁の乱で荒廃した寺を、加賀藩家老の今枝近義が祖父重直の菩提のため、寛文2[1662]年にこの地に再興した。仁和寺の境内の横に隣接してある。真言宗御室派の別格...京都紅葉100シリーズみごとな紅葉蓮華寺NO.74

  • 京都 祇園をどり

    祇園をどりがスタートです。祇園をどりは京都五花街の一つ、祇園東が毎年秋に行う舞妓・芸妓による舞踏公演で、1952年に初めての公演が行われて以降、毎年11月に開催されており、今年で60回の節目を迎えます。京都の祇園には、祇園東の他に祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒と5つの花街があり、それぞれ”をどり”が行われていますが、祇園をどりは毎年テーマを変えて公演を行なっており、翌年には全く新しい舞踏が見られるのが魅力の一つ。2016年は『「歓無極園賑」?祇園祭ねり物をふたたび?』という名称のとおり、ねり物が一つのテーマでした。※ねり物とは、祇園祭の神輿洗いの日に芸妓が仮装して町を練り歩いた行事で、1960年を最後に途絶えています。京都らしい上品な舞台ですが、内容は決して取っつきにくいものではなく、源義経と武蔵坊弁慶が出会...京都祇園をどり

  • 京都ぶらり女の1人旅

    京都魚山大原寺寂源上人勝林院梵唄声明(ぼんばいしょうみょう)のふるさと・洛北大原にある魚山勝林院。梵唄声明とは、経典などに旋律を付けて独特の節回しで唱える宗教音楽のこと。この記念法要では、仏教を通して日本文化の素晴らしさを発信すべく、天台宗以外の多くの宗派も出仕して法要を執り行い、勝林院本堂を中心に繰り広げます。梵唄声明とは、経典などに旋律を付けて独特の節回しで唱える宗教音楽です。その起源は古代インドに求められ、中央アジアを経て中国に伝えられ、そして仏教伝来とともに日本へも伝えられました。平安時代初め、第三代天台座主・慈覚大師円仁は唐へ留学した折、多くの声明曲を日本へ持ち帰りました。それが今日天台宗に伝えられる魚山流声明です。魚山流の声明は鎌倉時代以降、日本仏教の各宗派に伝えられました。そして日本の伝統音楽にも...京都ぶらり女の1人旅

  • 京都 紅葉100シリーズ 紅葉の参道 曼殊院門跡 NO.73

    今回は、比叡山の南西麓に佇む曼殊院門跡へてくてくと・・・。参道のグラデーションが美しい紅葉のトンネルが曼殊院へのプロローグとなり、参道の地面までが散紅葉で真っ赤に染まった様は圧巻ともいえます。曼殊院門跡の紅葉は、枯山水庭園で色づきます。京都の紅葉の名勝だけあって、色が濃く美しいですよ。また、紅葉の見ごろの時期には、夜間拝観も開催。ライトアップされた紅葉は、昼間と違った雰囲気を醸し出します。曼殊院は伝教大師・最澄(さいちょう)が開いた天台宗の寺である。最澄が円暦年間(782~806年)に、比叡山に建てた小堂が歴史のはじまり。当時は比叡山の西塔(さいとう)北谷にあり、東尾坊(とうびほう)と呼ばれていた。その後、天仁年間(1108~1110年)になり、曼殊院という現在の呼称に改められた。江戸時代の初期には京都御所の近...京都紅葉100シリーズ紅葉の参道曼殊院門跡NO.73

  • 京都 秋の古本まつり  知恩寺

    毎年恒例になった知恩寺の「古本まつり」に行ってきました。京都古書研究会主催が守勢されているイベントで、2020年10/30(金)~11/3(火・休)までの間、京都市左京区百万遍の知恩寺で開催されます。陳列される古書は約20万冊で、屋外での古書即売会としては西日本で最古、最大の規模だそうです。午前10:00から午後5:00まで開催しています。書物に感謝する、全国唯一の古本供養。児童書コーナーや百円均一コーナーも設けられます。京都古書研究会が開催しており、本の数は約20万冊にも。宅配も有料でできるので、たっぷりお得本を手に入れて読書の秋を堪能するとしましょうか。小雨決行です。■場所:知恩寺■期間:2020年10/30(金)~11/3(火・休)※初日には古本供養があります■時間:古本供養:9時半~10~17時■アクセ...京都秋の古本まつり知恩寺

  • 京都 紅葉100シリーズ 紫式部邸址の蘆山寺 NO.72

    廬山天台講寺圓浄宗の本山。本尊は阿弥陀如来。廬山寺は天台圓浄宗大本山で、正しくは廬山天台講寺といいます。比叡山天台18世座主・元三大師良源(慈恵大師)によって、天慶年中(938年~947年)に船岡山の南に創建されました。室町時代に応仁の乱で焼失後、元亀3年(1571)、織田信長の比叡山焼き討ちは正親町天皇の女房奉書により免れたが、豊臣秀吉の寺町建設によって天正年間(1573~1593)に現在地・紫式部邸宅跡に移りました。紫式部の邸宅跡として知られる。紫式部歌碑有馬山いなのささ原風吹けばいでそよ人を忘れやはする大弍三位めぐりきてみしやそれともわかぬまに雲隠れにし夜半の月かな境内には紫式部の詠んだ歌の歌碑が建てられています。「めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半(よは)の月かな」紫式部当地は紫式部の...京都紅葉100シリーズ紫式部邸址の蘆山寺NO.72

  • 京都 紅葉100シリーズ 燃えるような真紅紅葉 圓光寺 NO.71

    一乗寺にある臨済宗の寺院。山号は瑞巌山(ずいがんさん)、開山は三要元佶(閑室)、開基(創立者)は徳川家康。十牛の庭と呼ばれる庭園には洛北で最も古いと言われる栖龍池(せいりゅうち)と水琴窟がある。秋は紅葉の名所となり、夜間ライトアップも行われる。書院の「十牛の庭」の紅葉は燃えるような真紅幻影的な美しさが広がる瑞巌山円光寺と刻まれた石柱を見て山文を入る。円光寺は慶長6「1601」年徳川家康が足利学校の京分校を伏見に創建した事に始まる。円光寺学校では僧以外の入学も許可し、「孔子家語」(こうしけご)「貞観政要」(じょうかんせいよう、貞観参照)などの多数の書物を刊行した。これらの書物は伏見版、あるいは円光寺版と呼ばれ、そのとき使用された木製の活字が保存されている。その数は約5万個にのぼり日本最古の活字であり重要文化財とな...京都紅葉100シリーズ燃えるような真紅紅葉圓光寺NO.71

  • 京都 西本願寺の献菊展 10月上旬~11/23(予定)

    西本願寺は、京都市下京区にあります。御影堂や飛雲閣など、国宝が多いお寺です。そんな西本願寺で、秋に恒例の行事が行われます。本願寺献菊展です。菊の頃、西本願寺本堂の前庭に400鉢が展示され早朝から自由に鑑賞することができます。「お西さん」と呼ばれ親しまれている西本願寺。本願寺自体は、世界文化遺産に指定されています。丹誠込めて育てられた美しいさまざまな菊に秋を感じて・・・。本願寺献菊展は、「全国門徒総追悼法要(秋の法要)」に献花(阿弥陀如来さまへのお花のお供え)される菊花をもって開催いたします。1954(昭和29)年より本願寺第23代ご門主勝如上人のお誕生日にあわせ開催されて以来、第65回目の節目にあたります。今回はこの伝統ある献菊展をより多くの方々に親しんでいただけるよう、菊花の種類を増やし、境内各所にて展示いた...京都西本願寺の献菊展10月上旬~11/23(予定)

  • 京都 紅葉100シリーズ 禅の美 妙心寺 NO.70

    妙心寺臨済禅の美しい伽藍の美しい宏壮とした山内広大な境内には、特微のある見どころが多く何よりゆったりした雰囲気が最高。南北朝時代、花園上皇の離宮を禅寺に改め、「花園と言う地名は清原夏野の山荘に草花が咲き[花園]とよばれる」妙心寺の伽藍が並び立つ「花園」池は三つの丘が連なる双ガ丘の東に位置する「双ガ丘」は徒然草の作者吉田兼好が居を構えた所でもある。臨済宗妙心寺派大法山の始まりは、1337年とされる。近世にはいて武将の帰依を受け、多くの敷地が寄進され、塔頭子院は90余宇を数えた。明冶以降も寺運は隆盛し、末寺は全国3.500寺を有している。約16万㎡の寺地に七堂伽藍は南から来たに向かって整然と置かれている。その中央には勅使門・三門・仏殿・法堂・寝堂・玄関・大方丈・小方丈・庫裏・が並び、東側には浴室・鐘楼・経蔵が配置さ...京都紅葉100シリーズ禅の美妙心寺NO.70

  • 京都 北野天満宮 余香祭

    御祭神菅原道真公が右大臣のとき、清涼殿の重陽の宴に召され詩を詠まれ、御衣を賜ったことを、一年後大宰府で追想して詩を作られた旧儀による。菅原道真公は、右大臣の位にあった昌泰3年(900年)9月醍醐天皇より清涼殿に於ける「重陽の宴」に召され詩を詠まれた。帝は菅公の詩にいたく感銘され、着衣を授けられた。一年後配流地の大宰府でその栄華を追想され、有名な「去年の今夜」にはじまる[重陽後一日]の詩篇を作られたのに因み、大正8年10月29日(往時の9月9日を新暦に換算)に、久しく絶えていた旧儀を余香祭と名付け再興し、以後毎年10月29日に行うようになる。毎年兼題を決めて全国より集まる数百首の献詠を濱崎加奈子氏の選により、京都在住の旧堂上方現在は「向陽会」の人々によって綾小路流にて献詠歌披講式を行う。当日のお供えものには黄菊・...京都北野天満宮余香祭

  • 京都 紅葉100シリーズ京都五山 南禅寺 紅葉の何禅  絶景かな・・・NO.69

    京都五山別格の三門と絶景かな・・・臨済宗南禅寺派の本山1291年亀山上皇の離宮を賜り、無関普門が創建した。南禅寺の正称は瑞龍山太平興国南禅禅寺という。臨済宗の格付けを表す、「京都五山」では「五山之上」とされ寺格は別格に位する。三門「重文」江戸時代の大阪夏の陣戦没者供養の為に藤堂高虎が再建した。門前の石燈籠は日本一の大きさを誇る。一般に山門のことを三門という場合、空・無相・無作門の三解脱門を意味し、本堂を涅槃に見立て、そこへ至るまでの門と見なされている。三門と石川五右衛門盗賊五右衛門が桜上でね大見得をきる「絶景かな、絶景かな、春の眺めは値千金とは小さなたとえ、この五右衛門の目の前らは万両も西傾き・・・・・」で有名になった。今も観光客がここに登って「絶景かな」と口走っているのが可笑しい。五右衛門は実在したとされる1...京都紅葉100シリーズ京都五山南禅寺紅葉の何禅絶景かな・・・NO.69

  • 京都 先斗町「水明会」

    先斗町歌舞練場は大正14年(1925年)に着工し、昭和2年(1927年)に完成しました。設計は大阪松竹座(大正12年)東京劇場(昭和2年)などを手がけて劇場建築の名手といわれた大林組の技師、木村得三郎氏です。鉄筋コンクリート造り、地上四階、地下一階で、当時「東洋趣味を加味した近代建築」と賞賛されました。もともとは芸妓さん、舞妓さん達の日頃の稽古のおさらいの会だったとはいえ、その粋なあでやかさは見物です。明治28年(1895)に京都が平安京遷都千百年記念祭を開催するにあたり、先斗町あげての復興事業策として現在の歌舞練場の用地を取得し、「翠紅館」(すいこうかん)と名付けられた歌舞練場が建てられました。現在の歌舞練場は、昭和2年(1927)に新築改装されたものです。鴨川をどり(5月開催)や水明会(10月開催)など先斗...京都先斗町「水明会」

  • 京都 紅葉100シリーズ 神秘霊峯 隠れ紅葉の志明院 [ 洛北雲ヶ畑、岩尾山] NO.68

    当山は650年(白雉元年)役の行者が草創。829年(天長6年)弘法大師が、淳和天皇の叡願により再興、本尊不動明王は淳和天皇の勅願に依り弘法大師の直作と伝えられ、根本中院本尊眼力不動明王は宇多天皇の勅願により菅原道真公一刀三礼の彫刻で以来皇室勅願所として崇敬深く、秘仏として即位に際し勅使を迎え開扉され、宝祚延長、万民安穩の祈願を籠めた。日本最古不動明王顕現の神秘霊峯である。皇室の崇敬の一因には鴨川の水源地である洞窟の湧水を重視、水神を祀り、清浄な鴨川の用水を祈願したと伝えられている。水の伝説として有名な歌舞伎十八番「鳴神」がある。1831年(天保2年)失火により山門を除く殆んどが焼失の悲運にあったが幸い本尊不動明王はその災厄を免れた。後、数多くの熱心な信者により次第に復興された。市の天然記念物に指定されている境内...京都紅葉100シリーズ神秘霊峯隠れ紅葉の志明院[洛北雲ヶ畑、岩尾山]NO.68

  • 京都 青蓮院・秋期大法要 熾盛光法(しじょうこうぼう)

    青蓮院・秋期大法要熾盛光法(しじょうこうぼう)青蓮院は天台密教の嫡流の一つとして、本尊にこの熾盛光如来を祭り、折々に天変地異の息災と皇室の安寧を祈願する役割を担ってきました。その勤めの修法が平成17年のご開帳を勝縁として、平成18年より一般に公開されました。熾盛光如来曼荼羅」をおまつりして行われる正式な修法を「熾盛光法大法」と申します。この大法は、慈覚大師円仁が鎮護国家を目的に、嘉祥3年(850年)初めて厳修したもので、天台宗における最も重要な修法の一つです。その祈願するところは、以下の三つです。青蓮院は天台密教の嫡流の一つとして、本尊にこの熾盛光如来を頂き、特に平安時代から鎌倉時代にかけては、宮中から中心的に勅命を受け、折々に天変地異の息災と皇室の安寧を祈願する役割を担いました。爾来、途中中断の時代もありまし...京都青蓮院・秋期大法要熾盛光法(しじょうこうぼう)

  • 京都紅葉100シリーズ 隠れ名刹紅葉厭離庵(えんりあん)

    小倉山しくれの頃の朝な朝な昨日はうすき四方の紅葉葉(藤原貞家)嵯峨釈迦堂西門から愛宕道を少し歩いて住宅街の間の細い道を行くと厭離庵の表門が見える。普段は拝観拒否の札が下がっているが、秋には「特別一般拝観」が実施されている。「欣求浄土・厭離穢土」(ごんぐじょうど・えんりえど)けがれたこの世を厭(イト)い離れ、浄土を喜び求める、小倉山の麓にある厭離庵は、正にそのような所です。清涼寺から祇王寺への道、よほど注意せねば見落としてしまう石碑を見て竹垣の路地を入って行くと小さな山門に辿りつきます。ここは中納言藤原定家の山荘の跡、荒廃していましたが、縁のある冷泉家が修復し、霊元法皇より「厭離庵」の寺号を賜り、安永(1772年)臨済宗の寺院となり、明治43年、山岡鉄舟の娘、素心尼が住職に就き、それ以後尼寺となりました。藤原定家...京都紅葉100シリーズ隠れ名刹紅葉厭離庵(えんりあん)

  • 京都 紅葉100シリーズ 寂びの滝口寺 NO.67

    今日はかなわぬ恋愛物語の滝口寺へ。竹柵の急な坂道をものの5分も登ると滝口寺。細い坂道を登ると一寸した広さの庭と庭に面して本堂だ。縁側に座って紅葉を眺めた時、感動が胸を打つ、しかし心が和らぐ・・・。侘び、寂びの滝口寺横笛の悲恋物語旧寺名:三宝寺(往生院(現在の祗王寺)の子院)「山深み思い入りぬる柴の戸のまことの道に我を導け」平家物語ゆかりの寺である。「平家物語」の「維盛高野の巻」で語られている滝口入道と横笛のかなわぬ恋愛物語。滝口入道は、宮中警護を務める滝口(清涼殿の東北の詰所)の武士だった斉藤時頼(さいとうときより)内大臣平重盛(たいらのしげもり)に仕えていた。横笛は、建礼門院に仕えた女性滝口入道は、権力者平清盛(平重盛の父)が西八条殿で催した花見の宴で、建礼門院(平重盛の妹)に仕えていた横笛の舞を見て一目惚れ...京都紅葉100シリーズ寂びの滝口寺NO.67

  • 京都 伏見稲荷大社・抜穂祭 10月25日

    伏見稲荷大社は、全国約3万社ある稲荷神社の総本山。朱塗りの鳥居が連なる「千本鳥居」や、稲荷大神の降臨地である稲荷山を巡る「お山巡り」などが人気で、多くの参拝者が訪れています。4月の水口播種祭、6月の田植祭田に実った稲穂を刈り取り収穫する祭です。本殿祭が行われた後は抜穂の儀です。雅楽に合わせて、鮮やかな緋袴姿の神楽女が鎌と稲穂を手に古式ゆかしく「抜穂舞」を舞います。その中を、手甲脚絆・管笠姿の管笠女が、神田の稲を刈り取ります。美しく、そしてのどかな祭。刈り取られた稲は11月23日の新嘗祭に大神にお供えされ、稲藁は火焚祭にて焚き上げられます。雨天決行。■場所:伏見稲荷大社■期間:10/25(毎年同じ日程です)■時間:11時~■アクセス:JR奈良線「稲荷」駅、京阪電車「伏見稲荷」駅■お問合せ:075-641-7331...京都伏見稲荷大社・抜穂祭10月25日

  • 京都 紅葉100シリーズ 隠れ紅葉の赤山禅院 NO.66

    紅葉もピークを迎えそろそろ終盤にさしかかった季節に・・・。今回はバスで行き修学院離宮道下車して、約25分ほど歩きますと赤山禅院に着きます門をくぐると、境内へと参道が続きます。比叡山の西麓(にしふもと)にある赤山禅院。「赤山さん」の愛称で親しまれる赤山禅院は、京都の北東の表鬼門に位置し、その拝殿の屋根上にはなんと「猿」が鎮座しています。でもこの猿網の中に檻の中?。この猿には、深い意味があります。この猿は比叡山を護っている日吉神社(滋賀県)の神猿といわれ、この場所が都の北東にあたり、表鬼門に位置するため、守護として鎮座しています。赤山禅院赤山禅院(せきざんぜんいん)は、平安時代の仁和4年(888年)に、第三世天台座主円仁の遺命によって創建された、天台宗総本山延暦寺の塔頭のひとつです。慈覚大師円仁(794年~864年...京都紅葉100シリーズ隠れ紅葉の赤山禅院NO.66

  • 京都 鞍馬・石座の 火祭

    鞍馬の火祭:22日(※毎年同じ日程です)18時~雨天決行石座(いわくら)の火祭:(10月23日に近い土曜日)◆鞍馬の火祭(由岐神社)●天狗のお里が火の海に勇壮でダイナミック。一度見たら来年も絶対!!と思わせる火祭りです。鞍馬は、京の都と丹波とを結ぶ街道筋で、家々でたかれるかがり火と無数の松明(たいまつ)の炎で里中が燃えます。■由岐神社:京都市左京区鞍馬本町■日時:※新型コロナウイルス対応のため2020年度は鞍馬の火祭並びに神輿渡御を中止。本殿例祭のみ。詳細は公式サイトをご確認ください。10/22(※毎年同じ日程です)10/22雨天決行18時~24時半■アクセス:出町柳より叡山電鉄鞍馬線「鞍馬駅」■お問合せ:075-741-1670(鞍馬の火祭テレフォンサービス9/1~10月末)動画:https://www.yo...京都鞍馬・石座の火祭

  • 京都 紅葉100シリーズ 「血天井」の正伝寺

    正伝寺(しょうでんじ)臨済宗南禅寺派の諸山の格式を持つ寺である。山号は吉祥山。寺号は詳しくは正伝護国禅寺という。本尊は釈迦如来。文永5年(1268年)、東巌慧安(とうがんえあん)が師の兀庵普寧(ごったんふねい)を開山として烏丸今出川に創建したのがこの寺の始まりとされる。兀庵は中国(南宋)からの渡来僧で、文永2年(1265年)に帰国しているが、東巖は師の兀庵を開山に勧請したものである。寺は比叡山延暦寺の衆徒によって破却され、東巖は鎌倉の聖海寺(現存せず)に移り、同地で建治3年(1277年)に没した。寺が再興されたのは弘安5年(1282年)のことである。同年、賀茂社の社家・森経久の援助により寺は西賀茂の現在地に移り寺運は興隆した。室町時代には天皇家、将軍家の帰依を受けたが、応仁の乱(1467年-1477年)の兵火に...京都紅葉100シリーズ「血天井」の正伝寺

  • 京都「時代祭の後は鞍馬で火祭!はしご案内」10月22日

    どちらも同じ日にあるので、時代祭行列を見た後に、鞍馬の火祭に向かわれる方も多くおられます。そんなアナタにアドバイス!●移動時間に注意!行列を見たら、早めに移動するべし!行き帰りで道が込み合います。渋滞に巻き込まれないためには出来るだけ早く出町柳駅に到着しましょう。<時代祭の見学スポットからのおすすめアクセス>京都御苑堺町御門(丸太町通り沿い)付近→京阪電車「丸太町」駅→「出町柳」駅→乗換→叡山電鉄「鞍馬」駅三条通り→京阪電車「三条」駅→「出町柳」駅→乗換→叡山電鉄「鞍馬」駅●もちろん、混みます!切符売り場は混雑します!券売機に並ばずに改札を通るには、京都市バスや市営地下鉄、京阪電車、叡山電車等で使用できる「スルっとKANSAI」カードを前もって用意しておくのがオススメ。これで行き&帰りも切符買いの行列をスルーで...京都「時代祭の後は鞍馬で火祭!はしご案内」10月22日

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