愛車のミニは67年式、そういう私は63年式!<br>大好きなミニとプラモデル…趣味の話だけのブログで失礼します。
プラモデル中心に毎日の生活を綴ってみたり。 昭和の頃のプラモに纏わる思い出話やら。 寄ってみて下さいな。
さてさて、リーガル号は完成間近ですね。ボディは、前から狙ってたデカールを貼りまして。それから細部の塗装、ウレタンクリアー吹き。1500と2000番で磨いたら、艶出しして終了です。リーガル号にしては賑やかなカラーリングかなって。ボンドにエポキシを使って組み立て、基本完成品をバラシタわけで、組み立ても楽に終わりましたね。出来上がったリーガル号は、3輪だからかな物足りない印象だったりして。草むらヒーローから、取り合えずは脱出できたわけです。ミニカーリペイント・リーガル号④
先日はカッター(正確にはホルダー」の話をしたんだけど、工具を見ますと、カッターじゃないけど、カッターのホルダーを使ってる工具がありました。デザインナイフの柄ですね。写真上はセラミックの刃が着いてます。プラカンナですね、プラの表面を削るのに便利な道具です。数年前に購入したら、これがまたバンバン使えまして。プラカンナって、他の道具では出来ない作業ができるんです。2本あるのは、カッターと同じでして、1本を使い続けるよりは、長持ちするから。その下のは、プラカンナの本格的なのが欲しくてボー〇スにて入手。ぶっちゃけ値段以上の価値がある一本ですね。その下は、ピラニア鋸です。下関にあったのを持ち帰ってきたのだ(どうやら、親父さんが気に入ってたみたい)ピラニアって、その昔に流行ったような、プラでもアルミでもダイキャストでもカット...カッターじゃない物も紹介します。
ビートルの工作でも、シャーシの仕上げとかボディの下地に活躍してる「溶きパテ」ですが、僕の気に入ってるのは「筆で塗るパテ」じゃなくて「筆で盛れるパテ」だっりするわけです。パテって、削ったりしてるとポロポロって取れたりって話は聞きますが、これなら大丈夫。作り方は、空き瓶にタミ〇パテ(僕は、これしか使わない)を大量に絞りまして、その半分程度のクレオス溶媒液を入れる。それを掻き混ぜて、1週間ほど放置すると、写真みたいな状態になるんです。使い方は、筆で塗り付けたり、盛り付けたり、もちろん厚塗りはできませんから。そのあとで筆や歯ブラシで叩いたりします。塗り付けるためのパテペーストです。
今日は、久しぶりに雨。じとじと降ってるから、花粉の勢いもなくて、換気の勢い旺盛の僕の部屋も平穏なわけ。またまた、フィギュアの塗装仕事が来ましてと、とりあえずは必要な色を調色しています。客先から届いた、色指定に近い色をカラーガイドで見つけましてと、大体の色の割合を掴んだら、後はラッカー塗料を用意して混ぜ合わせるのです。塗料皿の上で極少量の塗料を混ぜて、イメージを掴んだら塗料ビンの中で再現するって感じです、無駄に多くの色を使わないように。できた塗料は2倍に薄めて完了です。艶消し塗料の場合は、調色した塗料を紙に塗り付けると、艶消しのイメージが掴めます。調色するわけです。
僕の前職は玩具の開発だったりするんだけど、食玩の開発に始まり、男児物、女児物、大人(マニア向け)の玩具まで、いろんな経験をさせてもらえたし、今でも忘れられないエピソードなんて山ほどある。で、最後の最後にかかわったのが、これまたプラモデルの仕事だったりして、静岡の方と仕事できたのは、良い思い出ですね。まぁ、キャクターに疎い僕ですから「アーバレ〇ト何だろ、イング〇ムに似てるかな」なんて調子で静岡の方と話したり。ガン〇ラ(正確には違うけど)の開発過程を見ることが出来たわけですよ。箱を開けると気か付くだろうけど、特異なランナー構成は、このキット開発の最大の特徴になるわけだけど。果たしてアーバ〇ストは売れたのか?それは、運だし、勢いだし。僕にとっては「いつかは作りたいキット」の一つだから。アーバレストのプラモデルの事
前回と同じようなボディですが、シャーシを組み付けたりして、ほぼ塗装前の組み立ては完了したのです。青ビーはプラモ的に考えたら、40年近く経過した金型なわけですし、ボディとシャーシの組み付けは、要注意。サイドステップの合わせ部分などは、かなり削りましたよ。シャーシ裏です。モーターライズ時代の名残がありました。電池ブタは接着後に隙間をすべて埋めましてと。リアタイヤ付近は、左右対称になるようにプラ板を貼ってみました。この辺は、完成後は見えないって事で目をつぶるか、自分のように、キットのモールドを参考に適度に工作するかって事ですね。キット所有の方、ぜひ見比べてください。シャーシはプラ板で肉付けしたら、パテを叩くように塗り付けましてと、さらに歯ブラシで叩いてます。一晩乾燥させたら、ウレタンペーパーで擦って仕上げ。ビートルの...アオシマの1/24ビートルの③
ミニのパーツ交換の記憶なんて綴っていたら、さすがに20数年はミニ乗りしてるんで、パーツもゴロゴロ。捨てるようなパーツまで後生大事にしまってたりする。最近は、溜まるのが嫌でポイポイと捨ててるわけですが。で、コレが出てきた。うーんミニのライトですね。シールドビームって奴でして、ライトまんまが電球になってます。当然ライトは消耗品だから、今でも入手可能だから安心だけど(日本のデン〇ー製もある)このライトは真ん中にLUCASの文字あり!当然、現在入手可能なものは文字はない(らしい)そういえば、このウィンカーのレンズにも。うーん、これはこれで当時物と言うのかな。古い物って言うのが正しいのかも。どちらにしても、部屋の下駄箱の上に、人知れず眠っているのだ。たとえ20年前でも、当時は当時の当時物。
プラモ旁に欠かせない道具と言えば、ニッパーにカッターってなるわけだけど、今まで使ってた緑のカッターもついに寿命が来た。まぁ、買ってから10数年使い続けたんだから(途中何度も補修したり)そろそろ新しいのを用意することに。カッターの類って、種類も多いけど、僕の場合は刃は1種類だけだし、デザインナイフとかも使ったことないしで。ただ、カッターのグリップには拘っちゃうほうで、単純なのが好きでして、今度買ってきたのは黄色いやつ。よくよく見たら白いのと同じじゃん。これ以外や長持ちしてますヨ、数年間は使いぱなしだし。これ百均のセリ〇の物、グリップが細いのと、刃の保持が良さそう(自分で曲げて調整可能)なので、良いですね。どうせ刃は別のにするし。ちなみに、上の2本は紙とデカール用でして、工作用とは分けてます。紺色のも百均で買えるよ...カッターを買ってくる
ビートルの工作は続くのです。まずはワイパーからですが、キット指定の穴位置だと、実車と違っちゃうので、穴位置を変更してと(この辺は実車を参考に)この辺の設計って、今でも変わんないよねぇ。で、穴位置も変えたのでワイパーも作り替えました。材質は真鍮とか、まぁ単純な形状なんですよ。真鍮にしたのは銀色にしなくて良いからでして、実車は黒みたい。ボディの方も大体の工作が終わりました。灰色の部分はパテです。ヒケとか少ないみたいで、やるなアオシ〇って(それを言うならイマ〇か!)①で説明した雨どい部分も「大して目立たないじゃん」って思った方、それがテクですよ。こういうのはバランスですから。ちょうど良いからウィンカーの位置決めもしちゃいます、タミ〇の1ミリ棒を使うんだけど、ドリルは1.2ミリじゃないと棒が通らないってねぇ、「それじゃ...アオシマ1/24ビートルの②
リーガル号の続きです。次は「赤」の塗装になるわけですが、あまりの塗料で良いかなって事で、直ぐに塗装に入るわけです。マスキングしてます。リーガル号は、直線のラインが多くてマスキングも簡単に決まります。マスキングテープは、一度手の甲に貼って、粘着を下げてから貼り付けていくのが良いですね。下地のピンクを塗りまして、赤塗装しました。明るめの赤ですね。イメージ通り。リーガル号にしては洒落てるかなって。次は、少しだけ細部の塗装もしたいので、全体にクリアーを吹き付けて終了です。ミニカーリペイント・リーガル号③
先にお断りしますと、僕の場合はカーモデルってメインで作るのは1/32でして、1/24は他スケールって仕分けしてます。で、先日に引き続きの青ビーをの製作を開始するのです。いや、楽しい。VWビートルは好きな車だし、時々は作るから資料とかあると思いましたが、ほとんど処分しちゃったみたいで、この本だけしかない。けどまぁ、この本で十分かなって。そんなに気合い入れてつく手もねぇ。で、今回の製作テーマは壮大ですぞ!「高校生の頃の自分には出来なかった道具にテクを使ってビートルを作る」です。先にも書きましたが、今井のビートルは高校生の頃に数台作りましたが、その時は缶スプレー丸吹きして、スミ入れした程度ですから、そんな当時の僕では、想像できないような作り方をしようと思いまして(大人のプラモ制作って事)当時は面相筆も持ってないと思う...アオシマ1/24ビートルの①
さてと、リーガル号は塗装に入ってます。サフを吹いた後、軽くウレタンスポンジで磨きまして。軽く磨かないと、角とか下地出ますから注意して。塗装については、気に入った色がありまして、一昨年前に作ったチンクと同じ色にしようかと。で、まずはライトグレーからで、クレオスの白とグレーを調色してと、そのまま吹き付けてます。グレー塗装の後で色止めかねてのクリアーを軽く吹き付けて終了です。この時期ですから、吹き付ける前から乾燥機に入れて、温めておくと塗料の乾きも早くなりますよ。で、次回に続くのです。ミニカーリペイント・リーガル号②
さてと、せっかくブログもリニューアル(タイトルしか変わってないけど)したし、そろそろ新しいプラモ作ろうかなって。お題は、アオシ〇のビートルですね。これ、元々はイマ〇のキットですね。記憶を辿れば僕が高校入ったころかな、このキットが発売してて。もちろんモーターライズで走ったし、電池3本積みで早かったし。壊しては作ってみたいな調子で。何個か作ったわけです。で、懐かしさもあって、イ〇イのビートルが欲しくなって、ヤフ〇〇で落札してと、これが限定物過ぎまして、どうも制作意欲が湧かないしで。で、地元の模型屋で旧〇マイのビートルでもあるアオ〇マのビートルを買ってきたわけですよ。イ〇〇とアオ〇〇のビートルを並べましてと。箱サイズとか違うのは当然だけど。まぁ、中身は同じわけですよ。〇〇シマには電池接点は入ってないけどね。ただ、ア〇...青ビーよ!お前はカッコイイのか?
さて、「草むらヒーロー」のリーガル号ミニカーですが、前回分解した後からの話ですが。ようやく、工作再開しましたよ。早速の作業ですが、変な形状してたワイパーのモールドを削りました。いや、ダイキャストだから柔らかいものでして、ヤスリでゴリゴリと削ってく感じ。さっぱりしたら、塗装前の下地になるわけですが、これもう入念に洗いましてと、それでも塗料の食いつきが心配でして、プライマーを吹き付けて、十分に乾燥させてから、サフを厚く吹き付けました。乾燥させたら、塗装ですね。ミニカーリペイント・リーガル号①
また観ちゃいましたよ、子供の頃だったら夢みたいな話ですが。ゴジ〇対ヘ〇ラだけど…これ、時々見たくなるんですよ、で秋葉の〇泉でDVDの雑誌みたいの買ってきたんですよ。この映画の〇ジラって、ヒーローって印象が強くて、ボクシング的な動きもするし、コミカルだし。怪獣の造形的にも、取り立てて評価されそうな所はないのですが…何しろ、映画の話が面白くて濃い。何しろ敵はも地球外の生命体が恐ろしいへド〇を武装して、延々と成長を繰り返してゴ〇〇の倍のサイズですよ。こんなと戦った〇〇ラなんて、後にも先にも、この映画だけでしょね。地球最強の生物ゴ〇ラが、地球外からの外敵から地球を守る、その戦いぶりは、子供映画の領域を超えてますから。昭和の怪獣映画って、下手したらR12とか付くのかなぁ暴力的だし。いや、つまんない時代になりましたねぇ。昭和怪獣映画の頂点か?
いよいよ始まります「昭和38年男のプラモ奮戦記」略して「プラモ奮戦記」って短くないかな。このブログの管理人のカズです。カズは令和の「和」です。今までの「ミニクーパー…」だと、だんだんとテーマが違ってきたので、わかりやすく変更しました。僕が初めてプラモデルを知ったのは半世紀も前の事、それから今まで、気が付けばプラモデルを作ってたわけです。幼少の頃は「プラモデル作ってると〇カになるぞ」なんて言われたものですが、今時は「趣味でプラモを少々…」なんて言いますと「ほほう…」なんて感心されたり。いやはや、良い時代になったものです。では、始まりを。まずは、当ブログに関連したキーワードを並べてみました。プラモ奮戦記よろしくお願いします。
このブログの主役になる、自身の事を少しだけ書いておきます。昭和38年4月下関生まれ。奥さんと3人の娘さん(全員成人)の父親。小4から中3までを東京杉並にて育つ、プラも趣味の目覚めは中学からか。福岡香椎にて大学生活、そのころに模型店を通じて模型趣味を深めていく。静岡の模型メーカーに入社、のちに玩具の会社に入り企画開発の仕事を30年経験のちに早期定年退社。退社後の生活ぶりはブログにてご確認ください。延々と続くプラモ趣味、再開したのは40歳手前の出戻り組である。好きなプラモジャンルはカーモデル、旧車系で1/32中心。実車に触れてから工作に入ることが多い。飛行機は1/48で大戦機を作ることもある。プラモデルを作る時は、すべての段取りを考えてから始める事が殆ど。プラモテルのコレクションは、70~80年代の走行ギミックを持...本人の事
僕の愛車は1967年式のAUSTINCOOPER998俗に言われるミニクーパーでして、僕が乗り始めたのは10数年も前の事。英国にて基本的なレストア(ボディ周りの修復)が行われた後に、栃木の3ブランチにて、機関周りの調整を受ける。ミニの歴史で言うと1967年はMk-1最後の年、同じ年にMk-2に移行している。車体のアチコチにMk-2の名残があるのも微笑ましい所。僕が今まで、この車に乗り続けられたのは偏に車が魅力的だったからで、未だに車に対しての憧れは尽きないでいる。10数年乗り続けてきて、今でも性能を維持し、機能を維持しているのは驚異的と思うのだが。現在でも主治医は変わらず3ブランチM本さんにお任せしている、プロ意識の塊のような人です。だから安心、だから長持ちしている。愛車の事
家庭を持つ男が、好きな趣味生活を続けていくには、良き理解者が必要である。多分、僕一人では3日と今の生活を維持できないだろうから(3日も無理かも)奥さんの事を少しだけ書きますと、同じ年齢、同じ年同じ月生まれ、同じ大学の出身。24歳で結婚。学生自体の僕の事を知っているだけに、模型趣味については、理解している(と思うけど)3人の子育ても終わり、ミニバン生活から解放されて、現在の愛車はコペンRoveだったりする。僕としては、何事につけアドバイスを頂ける尊敬する存在でもあります。奥さんの事
モデラーなら誰でも「模型製作に没頭できる部屋」が欲しいって思うでしょ。僕の場合を考えたら、20年前に家を建てた時に、自分の部屋を頂いた。「フローリングに、クロス布地の壁紙に、埋め込みの換気扇」大工さんをして「特大のクローゼット」と勘違いした部屋。脱サラして、さらに模型製作に特化した部屋にしたわけだ。最初に行ったのは明るい部屋にする事でして、蛍光灯からLEDの照明に変更してと、子供の勉強机を二つ並べて、工作できる環境、乾燥機のスペース、塗装ブースのあるスペースで構成されている。工作台は、大きめのパイン材を敷いてある。その右手には乾燥機、乾燥機はデカールの軟化作業、塗料剥離の作業効率もあげてくれる便利なもの。下関にいる頃に導入したネロブースは栃木でも現役バリバリ(死後)でして、模型の部屋にありがちな、埃っぽさやシン...理想の模型部屋の事
昨年(20年)栃木に帰ってきて、散々となっていたプラモを一か所に集め、ラックに収納した。その迫力から「プラモの壁」と命名した。プラモの壁は、その後もプラモを増やし続け、現在も進化の途中でもある。収納されているプラモとしては、昭和時代のプロターバイクや24カーモデル。キャラ物。平成以降のカーモデルにミリタリー、チープ系のプラモと方向性も趣向もバラバラ。ちなみに、プラモの壁のキット達は、僕の部屋に収容できなかったプラモで、僕の部屋にはコレクション含めて、同数以上のプラモが保管されていたりする。恐ろしいことです。プラモの壁の事
脱サラして始めたのがミニカーワークスだったけど、現在は僕の趣味の範囲で続いてる「趣味で稼いで趣味で使う」無茶苦茶なような、理に適ってるような。内容としては「ミニカーのリペイント」に「プラモデルの製作」って感じ。続けて初めて分かるのは、すごく勉強になる事だったりする。気になった方、注文は随時受付中です!MinicarWorksの事
私的な記憶を辿りつつ、出会った懐かしいプラモについて解説を加えていくのが「プラモ考古学」なわけです。もちろん、個人の記憶なわけでして、それが事実とは異なる場合もありますし「だから、面白い」となるわけですよ。事の始まりは20年も前の事、プラモ趣味を再開した時に、模型店で「あれ、タミ〇の走る戦車が無いぞ」と思った事から始まるわけです。研究資料が入手次第の論文発表となります。皆様もご協力をお願いします。プラモ考古学の事
これ、元々はプラ友(造語)とする飲み会の事でして、プラモの事を中心にして語り合う会の事でして、始まりは栃木にて正太郎さんとした飲み会だったかな。下関では、キヨさんと天神や小倉で行った会であります。いやはや、プラモの話だけで酒は進むのか?それは、参加者のみぞ知るわけです。キヨさんとは「語れ会掲示板」を通じて、完成品の発表も行っております。こちらは、当然の参加者募集中であります。その名も「語れ会」の事
ブログの改装中です。お知らせ、改装中です。
僕のミニは、英国でレストアされ。日本にやってきたわけだけど。僕が乗り始めてからでも、直ぐにパーツ交換したりとか色々とあったわけです。まぁ、古い車(道具)だから、維持するためには。それなりの交換も必要なわけです。レストアって言葉は、日本では魔法のように使われるけど、決して古いものが新品に戻ることはないわけ。僕の親父はゴルフに20数年乗ってたけど、手放した後に聞いたのは、乗ってる間は、随分とパーツ交換していた話でラジエーターは3回交換したとか、パーツ交換はミニだけじゃないんだって、妙に納得したのを覚えている。まぁ、僕の記憶だけでの話だから、実際には、もっと多いかもしれませんが。交換した回数です。参考までに・オイル交換半年か一年に1回(20W60)?オイルフィルターは2回に1回・プラグ(NGK)5回・グリスアップ(自...ミニのパーツ交換記録でも、旧車乗りになりたい方の参考までに
さて、ミニクーパー奮戦記らしいネタを!オーナーたるもの、いつ何時、自分のミニのプラモが作りたくなるか分からないわけだから。備えておくのだ!タミ〇の1/24オースチンクーパーは傑作なんだから!3個で足りるのかって?うーん、作らなければ減らないから!拝むのだ!備えておくのだ!その日は必ず来るのだから!
さてさて、取り出したのは2台の車のカタログでして、ミニの方は、僕が初めてミニに乗った時に入手したもの、インジェクションミニって奴ですね。で、ゴルフ2の方は、親父さんので、ある意味で形見になってしまった。しかしまぁ、親子してマイカーのカタログを後生大事にしまっていたわけです。やれやれ。いや待てよ、もしかしたらオデ様のもありそうだなと。ミニとゴルフのカタログあります。結局は親子ですから。
さてさて、ミニカーワークスの方からは、お題はタイプ2ですが、これが曲者と言いますか、真新しいキットかと思いきや、10年物だったのですデカール薄くて、えらいこっちゃです。こうなったら、一曲歌うしかないですね。「TYPE2JANKA」STス〇〇ダースの〇〇JUNKの曲で組み立てろ!仮組忘れるな!貼り付けろ、ペラペラデカールバラバラ…バラバラ…バラバラ…それでも破片集めて、形にするのさ…TYPE2JUNK!TYPE2JUNK!TYPE2JUNK!と言うことで、忌野さん如何でしょ?TYPE2です。
僕が今のミニに乗り始めてから20年近くになる。当然だけど当時の僕は30代後半だったわけだ。まぁ、僕のミニの場合は乗り始めた頃には、30数年落ちの車だったわけだ。英国でレストアされて、輸入され栃木で登録を受けた車体だったりします。当然ながら、乗り始めると直ぐにアチコチと不具合も出始めまして、落ち着くまでには数年はかかったわけだ。そんな僕の経験から「旧車生活を始めるなら何歳までに?」なんて質問に答えるとしたら、これはズバリ僕と同じくらいの年齢までには、乗り始めている必要があると思うのだ。つまり30代後半では、すでに遅いかもしれないのだ。幸い僕は、今のミニに乗り始める前に、5年近く新しめのミニに乗っていたので、乗り換えはスムーズだったけど。30代って経済的にも厳しい時期かもしれないけど、そこは家族の理解を得るか、稼ぐ...これから旧車生活でも、なんて方に辛口ですが、
このブログは、僕が今のクーパーに乗り始めた頃に始めたんだから、すでに10数年以上経過してるし、すでに第3部に突入している。ブログ始めた頃はミニに乗るだけで楽しくて(それは今でも変わらないけど)ミニの事を何でも書いてたけど。最近は、少しばかり違う趣味の話が多くなってるし。ここは一つ、気持ち切り替えて、新しいタイトルにしようと思います。後、少しだけ「ミニクーパー奮戦記」でと。ミニクーパー奮戦記の終了と言いますか…
この丸い物体は、実はフィギュアの髪の毛なのです。これ、久しぶりの仕事なんですが、フィギュアのパーツのリペイントなのです。意外と大きいパーツなので、持ち手の付け方は企業秘密になんですが(ウソ)こういうパーツの調色は意外難しいし面倒ですが、良い勉強になりますね。この仕事は、リペイント仕事の基本のようなもの、今でも初心に戻れるような仕事でもあります。毛玉でないのです。
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