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綾瀬心原さんのプロフィール

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ブログタイトル
音像と薫る粒たち
ブログURL
https://audio-fragrance-operand.jimdofree.com/
ブログ紹介文
スローなライフでオーディオを通して音楽を楽しんでいるホームページに、日々のできごとをエッセイ風に記録しています。過去の思い出と現在がクロスオーバーしながら、本を読んだり美味しいものを食べたり旨いお酒を呑んだりしながら、ほんわかしてます。
更新頻度(1年)

89回 / 365日(平均1.7回/週)

ブログ村参加:2019/04/10

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ハンドル名
綾瀬心原さん
ブログタイトル
音像と薫る粒たち
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音像と薫る粒たち

綾瀬心原さんの新着記事

1件〜30件

  • かくしてモスクワの夜はつくられれ、ジャズはトルコにもたされた   ウラジミール・アレクサンドロフ  竹田円訳

    表題のジャズに釣られて読んでしまった。ジャズそのものへの言及はないので、いささか拍子抜けではるけれど時代の大きなうねりを肌に感じられる歴史書だと思う。主人公であるフレデリック・トーマスは実在の人のようで史実にもとづいてあるようだけど、フィクションだったらこれまた凄いものだと思う。文章は優れた報告書を読んでいる文体なので読む易いと思う。文学的な香りを求める方には物足りないけど、生活の中から観た20世紀初頭の国の変わりようを歴史書として観れば優れた本だと思う。 フレデリックは米国生まれの黒人でヨーロッパを彷徨い、モスクワで一旗揚げるがロシア帝国の泡沫に飲み込まれそうになり、イスタンブールでやり直す。ほとんど一文無しから豪奢なナイトクラブを二度経営するのだから破天荒な人生である。米国は黒人奴隷解放となるものの人種差別に苦しめるのに、欧州では黒人に対する偏見は無く、特にロシアでは珍しがられることに世の中の広さを感じる。でも姿を変えて差別はどの世にも存在し、階級もしかることながらロシアでの人種差別はユダヤ人への偏見であることに気づく。 時代の荒々しさの中で人の普遍的な部分を嗅ぎ取って生き抜くさまは痛快でもあるけれど、ジャズには感嘆しなかったように思える。

  • 韮の花が意外と綺麗

    韮は食べるもので花なんぞとは縁遠いものだと思っていたけど、ふとしたことで韮の花を見つけた。これが、小さくて白くて寄り集まって意外と綺麗なんで妙に感心してしまった。身近な食材なのでいろいろとお世話になっているにも関わらず、実際の姿を知らないものは多くあり、韮もそのひとつだった。なにせ、同じネギ属の長ネギや玉ねぎなども一体のものだと思っていたら別物だったし、幼いころおふくろにあれは何かと問われてネギ坊主を答えられなかった。 韮はパッと見ると雑草に見え、他にも似たような草があるのだけど食用で栄養分も高いときている。人の文化というものは食の中にあるように思え、長年の積み重ねのなかに知恵が働くようである。

  • FLACをALACへMacで変換(To M4A Converter Lite)

    Macで音楽を聴くときにiTuneを使うことが多いと思いますが、音楽フォーマットのFLACに対応していないのがちょっと面倒だったりします。そこでALACに変換するサービスを探すのですが、Onlineどころかアプリでも都合のよいものが見つかりにくいです。検索するとXLDやFLAC2iTuneなどが出てきますが、アップルストアへの登録がないせいか、インストール時にMacから開発者が不明との警告が出るし、FLA2iTuneなどは製作日が古いようなので躊躇します。

  • トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す トーマス・マン著

    詩人と小説家の旅を題材にして短編2編で、美しい人にとらわれた心の移り変わりを哀愁あるタッチで描いた秀作。高橋義孝さんの翻訳が絶妙で日本語のこまやかな語彙が新鮮に映る。 トニオ・クレーゲル 幼いころに惹かれた男の子と女の子はともにブロンドに青い目をしていて、詩を密かに作るトニオは悠然とした振る舞いのできる二人に憧れる。少年から青年へ移り変わる心の揺らぎの描写はトニオの性格をよく著わしていて、文章を読むのが楽しい。描写の綴りが多いのだけど、翻訳者の溢れんばかりの語彙に助けられ苦にならず、トニオ・クレーゲルが詩人である感性のありようが映る。 中年になるころには詩人として名を馳せているのだけど、故郷の近くの海浜のホテルで懐かしいひと時が蘇る。少年時代の風景と心理が重なり、人の芯なる部分はそれほどに変わらないことを思い起こさせる構成がすばらしい。風景と心理描写だけで読める小説は少なく、ふとダブリン市民を想いだした。そんな情景をつらつらと読み耽ってゆくとベートーヴェンの九つの交響曲が顕われるのだけど、トスカニーニの第九が部屋中に響いてシンクロしている。本を読んでいると稀に文体と実態が同期することがあり、なぜこの本を手に取ったのかを一人合点する。 ヴェニスに死す アッシェンバッハなる年老いた小説家が南国へ旅に出てヴェニスに落ち着き、蜂蜜色をした髪の美少年に惚れてしまう。だからと言って会話をすることもなく眺めるだけなのだが、それだけで文庫本50ページに及ぶのだから大したものである。アッシェンバッハはいろいろな思い付きや考えを述べるのだけど哲学や芸術論などが挿入されて作家の思想がはみ出ることはなく、ただひたすら日常と少年の美しさが展開される。街の中を家族に連れられ物見遊山する少年を密かに追うシーンは今だとストーカーになりそう。でもドキドキする描写はよく描かれている。 芸術作品なる小説を執筆してきて威風のある老人が少年に惚れるアンバランスな点が滑稽であるがゆえに美文になるのかもしれない。翻訳がすばらしい。

  • カルロス・クライバーを聴く

    演奏家または作曲家の名を題名にすることが多いのだけど、珍しく指揮者に惹かれて音楽ソースを集めてしまった。有名な指揮者の音楽はどれを聴いても素晴らしく、指揮者の違いは気にならない。でも、カルロス・クライバーはちょっと違う。音のテンポがとか表現の仕方とか音楽構成のことではなく、アンサンブルの音そのものが精緻で特級品の粒たちで明滅する。弦のフレーズで余韻が残るようなときに高い音から徐々に低い音へ重なりながら4弦が響くように聴こえる。こんなことは経験したことがなかった。クライバーは練習が厳しくて長いことで有名だけどそれが現れているのだと思える。 魔弾の射手 ウェーバー作曲 カルロス・クライバー最初の録音で音質も優れている。序曲がわりと長くて優雅でメロディアスな旋律が綺麗で心やすらかに聴ける。ヴォーカルは前に出て少し奥まったところに伴奏が響き、アガーテのソプラノは艶やかで響きがあり線も細くなくすがすがしく聴こえ、カスパールのバスは朗々と唄われ、伴奏と融和して実に雄大である。なのでほんわかしている内に1枚目が終ってしまう。 続いて2枚目は第2幕の魔弾を造るシーンで暗くて重く不気味な雰囲気が漂ってきます。そして第3幕のクライマックスへ向けてスリリングな展開の音楽が気持ちよく聴けますし、アガーテの歌声もより緊張感が盛り上がっていいです。アガーテ役はグンドゥラ・ヤノヴィッツで魔笛ではパパゲーノを演じるなど数多くの録音があるのですが、カルロス・クライバーでの録音はこれだけなのがちょっと残念です。 セリフの多いとか曲のメロディがとか構成とかではなく、またこの音がこの音楽が聴きたくなってしまう。結局のところ魔弾を放ったのはカルロス・クライバーなのではないかと思う。

  • ザ・バンドを聴く

    ザ・バンドと言えばボブ・ディランのバックバンドだったことは有名で、結成後も共演していた。曲調はカントリーロックでほがらかで哀愁のある曲が多い。シングルとしてはザ・ウェイトが有名だけどそれは1枚目で同じ1969年に発表された2枚目のザ・バンドにはない。アルバムとしてはこのザ・バンドが最も売れていて、まさにザ・バンドそのものの音で心地良い、穏やかな気持ちにさせてくれる。 A面2曲目のRag Mama Rag がシングルカットされているけど、3曲目のThe Night They Drove Old Dixie Downの方がザ・バンドらしく感じる。演奏を聴いていると上手いなぁとは思わないのだけど、音と音の間に適度な隙間があってそれがうねるところにノリがでるところがいいんだと思う。

  • ファウスト(Ⅱ)ゲーテ著  高橋義孝 訳

    第Ⅱ部では第Ⅰ部で恋をして捨て去り不幸にしたグレートヒェンを憐れむのだけど、すぐに忘れてギリシャ神話に出てくるトロイアの美女ヘレネーを追いかける有様で、賢者とよばれたファウスト博士はどこにもありません。それに、冒頭で底の底にある母の国へ出かける際にメフィストフェレスから鍵を渡され、それがあれば無事にもどれるだろう。なんて言われるのだけど、次のページでは何事もなかったように戻り、昔の博士の部屋になってしまう。何十年もかけて書いているので構成が飛んでしまうのだろうけど文豪なんですよね。 弟子のワーグナーが造ったホムンクルス(人造人間)に導かれて、ギリシャ神話の古へ行くのだけど、通り道が魔界で悪魔のメフィストフェレスが戸惑っていると、北の悪魔だからしかたないと南の魔女に諭されるところが笑える。メフィストフェレスは一説によると堕天使の長であるルシファーと同格なんて言われるが、とてもそうは思えないし、これが悪魔なら禍を起こすのは人間なんだと思える。 ヘレネーを誘惑して引き連れてくるところはトロイの神話通りで、戦争に負けそうな皇帝を妖術で助けて海辺の領土を収め宮殿を建てるのだけど、目障りな教会と宿舎を追い払おうとして焼き殺してしまう。人を助け、勉学に励んできた晩成がこの体たらくである。どんなに賢人でも一皮むけば金と女ということなんだろうか、そうとも思えないのでこの話はおとぎ話なのだと思う。それにしてもエンディングはあほらしい。

  • ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースを聴く

    ヒューイ・ルイスと言えば、バック・トゥ・ザフューチャーに使われたパワー・オブ・ラヴが大ヒットして聴いたことがる人が多いと思う。このレコードは1983年にリリースされたサードアルバム『スポーツ』で、ここからシングルカットされた曲が売れて、このアルバムも大セールを記録した。曲調はこのころからパワーオブラヴとおんなじでパワフル&シンプルでR&B色がかかっている。とにかくノリがよくってサックスのフィーチャーがカッコイイ。出た当時に買って、聴きっぱなしだった覚えがある。 前身の母体になるバンドがエルビス・コステロのファーストアルバムのバックバンドをしたらしいけど、演奏がシンプル過ぎてバックバンドをしたというのが不思議なように思える。音に隙間が多い造りでリズムセクションとルイスのヴォーカルで引っ張られる。でもなぜか飽きないリズムでいつ聴いても楽しい、これはナックのマイシャローナとおんなんじだと思う。

  • ジョージ・ウィンストンを聴く

    とても高音質なCDでピアノが眼前にあるかのように聴こえる。高音質なCDは音圧が高い傾向にあるようで、これも通常の音量で聴くにはヴォリュームの位置が下がる。オーディ好きとしては音楽を聴いているより音を聴いているようになるのは、ピアノをホールで聴くと言うよりはグランドピアノの中に顔を入れているかのように聴こえるからである。半分も聴くとちょっと疲れてしまい、もう少し退いて聴きたいと思えてくる。音楽としてはクラシックでもなくジャズでもないけど、ジャズよりという感じの曲なので馴染みがなく、曲の紹介を読むとJazz Classic と書いてある。英語版なので詳しいことはよく判らない。 再生装置の傾向を掴むには具合がいいようで、低い音から高い音まで使われているピアノも楽曲で違うように聴こえる。それに多重録音で連弾しているように聴こえる曲もあり、低中高の音が混ざり合って複雑だし、音によって定位する位置も違う。特に低音の伴奏音はペダルを踏みっぱなしに聴こえ、弦の音が交じり合っているくせに、高音は響きが綴りあわない。拙宅では、この低音がもやっとしてしまう。そういう音なのかもうちょっと響きが分離するのか気になる。小生のような貧乏人には無理だけど、天井が高くて広いフロアでJBL4350をでかいマークレビンソンで聴いてみたいものです。

  • マイルス・デイビスを聴く

    ラウンド アバウト ミッドナイト 写真のネガを見ているかのようなジャケットが印象的で、コロンビアと契約した最初のアルバムです。これを録るにあたってプレスティッジと残っていたアルバム4枚を同時期に録音している。俗にいうマラソンセッションと呼ばれていて、クッキンなどが有名である。このアルバムも同じ匂いのするジャズで、このころの音は何も考えずに音に乗れて好きである。 メンバーは、ジョン・コルトレーン、レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズという豪華スターである。チェンバースとジョーンズのベースとドラムのコンビはアートペッパーのリズムセクションなど他の有名なアルバムにも参加していて、どれもマイルスの香りがする。このアルバムからマイルスは有名になっていくのだけど、恩師であるチャーリー・パーカーが若くして亡くなって引き継いだようにも思える。 マイルスの凄い所はジャズの枠組みを変えてしまうところで、恩師のチャーリーが作ったビバップからクール、モードへと変化し、そしてフュージョンへと切り開く才能は桁違いだと思う。

  • タンノイと300Bとミャンマーのコーヒー

    ちょっと気になる音を探して脚を伸ばしています。300Bという名の真空管の音が気になって片田舎の喫茶店に来ました。こじんまりとしたお店ですが、マスターが一人で切り盛りしていて目の行き届いた心地よい空間です。淡い赤色の柔らかい紅い紙でカバーされたメニューをみるとマナーの注意書きが書いてある。お子様のマナーが悪く他のお客様からクレームが出た場合は即刻お引き取り願い、高級なオーディオもあり機材を破損された場合は修理請求します。これでお店を守ってきました。とあるのを見て、芯の通ったマスターやなと思いながらマスターをみるととても優しそうな方で、なんとなく注記されたのが解かる。 さてと、オーダーをするにあたり今日のおすすめのコーヒーが珍しいミャンマーの豆だったので頼んでみた。ちょっとお高い値段ですが、8割ほどの席は埋まっていて人気があるようです。オーダーしてから豆を挽いてドリップしてくれるので挽きたての香りが漂っていて香しく午後のけだるい時間を浮かせてくれます。とても上品な味わいで濃い目が好きな拙者には物足りなさが残るけど、ローストされたナッツが旨い。このコーヒーは飲み終わってしばらくするとかろやかな酸味がふわっと戻ってきて、それが柑橘系の味わいに似ているのが特徴だと思う。

  • ヒラリー・ハーンを聴く

    Youtubeで良く聴いていたのでCDを買ってみました。2002年の録音で、メンデルスゾーンop64、ショスタコーヴィチop77のヴァイオリン協奏曲です。11歳でデビューですから、この録音時ですでにキャリアは12年となりちょっと驚きです。でも、五嶋みどりも11歳でニューヨークフィルと上演してますから、珍しくもないと言えばそうなのかもと思える。 メンデルスゾーンよりショスタコーヴィチの方がグッとくる感じで、エネルギッシュに弾きまくる音に弾きこまれれるのだけど、オーケストラの音がもやっとしていて、アンバランスなのが気になって仕方がない。情緒的な音を求める方にはメンデルスゾーンop64は不向きだと思えるのでしょうが、テンションの高い音の連なりはエレキギターの早弾きで育った人種には心地良いです。そのあたりでは五嶋みどりさんも似た傾向だと思えます。幼くしてデビューする人は既に技術ができているわけで、子どもの頃の方がよりアップテンポに指が動くだろうから似てくるのでしょうかね。 ショスタコーヴィチの音楽は交響曲などを聴いても近代的だなと思える。音の飛び方を聴いているとインプロビゼーションでディストーションするところがチラッと垣間見える。そんな意味でもハーンの弾き方はショスタコービッチの音楽とマッチしているのでしょう。でも、何故かサンプル録音はメンデルスゾーンである。

  • ファウスト(Ⅰ) ゲーテ著

    ファウストを30年ぶりぐらいで読み返しています。なにせメフィストフェレスの名前ぐらいしか覚えがない本で読み返すというには少々語弊があるようですが、とりあえず第一幕を読み終えました。 悪魔の名前ぐらいしか覚えていないのが判りそうな内容で、名作と云われる所以が行方不明になりました。いくら伝説を基にしているとは言え、骨格に創作部分がないように思える。第一部は1803年の発表といわれるのを考えると神の無について率直に応えている点が時代としては凄いのかも知れない。悪魔と契約しているのだから表面的には神が存在していることを前提としてるけど、若い女性のグレートヒェンに信仰を問い詰められてはぐらかしているのが面白い。 それにしても偉大な賢人が悪魔と取引して世の中の森羅万象を極める旅が恋の道なのは得てして妥当なのかもしれない。若いころから勉学に励み振り向いてみたら多感な時代を過ぎ去ってしまい、最も愛に純情で昂揚的な青春に引き込まれたわけだ。確かに戻っては見たいものの過去の記憶は消して欲しくなるように思える。そして誑かされたグレートヒェンは恋のために罪を犯し、悲しいい末路をたどるのだけど、神の思し召しがあるのは皮肉なのだろうか。いずれにしても賢人も人殺しになってしまうのだから、一寸先は闇なのでしょう。気を付けなくては。

  • キング・クリムゾンを聴く

    キング・クリムゾンをロックとして聴くならやっぱりデビュー作のクリムゾンキングの宮殿である。のっけから21世紀の精神異常者のノイジィーなギター音にディストーションされたハスキーで透けるような高いヴォーカルが覆いかぶさる。1969年に発売されたけど、この音を聴いた人はぶっ飛んだと思う。それでも英国のチャートで5位に入るのだから、ある意味英国は病んでいたのだと思う。実際に長期低迷の最中でイギリス病と言われた時代であり、モッズと呼ばれる若者のムーブメントがあった。1979年にさらば青春の光という映画も作られ、観に行った覚えがある。何十年経って年老いた今聴いても、力が湧いてきて知らず知らず拳を握りしてしまう。 A面の最後にエピタフ(墓碑銘)という名曲が入っている。タイトルの名の通り静かな曲なのだけど、グレグ・レイクのヴォーカルに引きずり込まれる。ちなみに1曲目もグレグの声なのだけど、エフェクタがかかっている。そのままの声は魅力的で、これを聴いたものだからクリムゾンを脱退して参加したELPのアルバムを買うことになる。 1枚目のアルバム後、メンバーが入れ代わり立ち代わり変わってしまい、リーダーのロバート・フリップのバンドとなり、重くて暗いイメージが付きまとう。近代音楽風になってしまい、針を落とす回数は少なかった。やはり1枚目はロックであり、メロディーラインも美しい。

  • アル・ディ・メオラを聴く

    CASINO 1978年3枚目のアルバムで早いビートのギターが炸裂している。とにかく早くてチャタリングしているかのような弾き方だから、音のビートの塊がメロディをなぞるように思え、フラクタルを思い出してしまう、そんな演奏なんです。しかも、スティーブ・ガッドのクールなドラミングがカッコよい。 アコースティックギターを聴いても凄さがわかるけど、やっぱりエレキギターのアル・ディ・メオラを聴くのだったら、このサウンドは見逃させないし、若いエネルギーが漲っている。もうギター音だけで頭の中が埋め尽くされる。

  • パブロ・カザルスを聴く

    パブロ・カザルスは1876年にスペインのカタルーニャで生まれる。パブロと言えばピカソを思い出すのだけど、やっぱりカタルーニャ生まれだから、この地方では多い名前だったんでしょうか。カザルスはチェロ弾きとして夙に有名な方で聴いているレコードはバッハの無伴奏チェロ組曲です。これをSonus Faber Minima FM2なるスピーカーで弦の擦れる音がなんとも美しい。小さなスピーカーなので低音部の空気が揺れるような豊かさはでないけど、11cmのコーンから出る音は情緒に溢れている。ツイーターの奏でる高音部は絶品でチェロの音は低めだけど麗しいメロディが流れてくる。 無伴奏チェロ組曲のレコードは3枚セットなので、一回に聴くのは1枚にしている。3枚も聴こうとすると疲れてしまうのだ。なにせBGMで聴くよう類ではなく、演奏者の力がぶつかってくるのでどうしても正面を向いて聴いてしまう。それにしてもチェロの最も低い音は唸りのようになり、思いのほか低い音がでるので驚く。ヨーヨーマの音は心地よく洒落たように聴こえ、唸るような音を感じていない。もっとも同じ曲を聴けば違うのかも知れないが、カザルスの音はガシッとしていて一音一音が塊のようでいてこれがバロックだと思い知らせてくれる。

  • 壁紙を貼ってみた

    押入れの板壁がべニアのままなので、壁紙を貼ってクローゼットらしくしようと言うことらしい。まぁ言われるがままに行わないと怒りの鉄槌が下されるので触らぬ神に祟りなしである。それでも、手違いは起こるものである程度のキズは覚悟せねばなるまい。 サンゲツのような壁紙が良いのだけど、個人に売っている店はないし安くはない。そこで、アマゾンにて買うことにしたのだけど、なかなか気に入る柄がないようだ。なにせ、はがせる壁紙45cm*10Mの長さで\2,200なのだから仕方ない。まずは、一本購入してテストだ。 壁に向かって縦の柱に沿って貼るのだけど、押入れが微妙に歪んでいるので上下部に余裕を残して貼り、カッターナイフで切り取った。貼り直しも出来て歪みも矯正しやすくて助かる。問題なのは図柄を合わせて貼れない点であるが、安価だし幅が45cmなので致し方ない。あと、重ねた部分を切って繫ごうとすると、下側に潜り込んだ部分を取るために剥がすのだが結構面倒くさい。なので、5mmほど重なったままにした。1間の間口で奥行きが90cmほどの空間を貼るのに2日間かかった。天袋もあったので結局2本目を追加購入した。 きちんと刷毛で貼りながら伸ばせば皺はよりにくいので、見た目はまずまずの出来で、不幸な出来事もなくめでたしめでたしである。よくできた壁紙だけど、部屋の中はサンゲツから選んで、プロに貼ってもらった方が良いようだ。価格が違いすぎるので、当たり前と言えば当り前の話である。

  • バカルディをモヒートにできんかった

    日本はいつの間にか熱低地域になってしまった。台湾も暑かったけど37度を超す様なことはなかったように思う。まさに熱いのである。そういう時に飲むものは何かと言えば、モヒートである。キューバの方はみんな飲むと聞いておる飲み物だ。必要なものは炭酸水、ラム酒、そしてミント。 炭酸水と言えばウィルキンソン、ちょっと固めな感じのするお決まりのブランド、しかも安い。次はラム酒、海賊の最も好きな飲み物とされている。ラム酒は色によってカテゴリーが判れていて、ウィスキーのような褐色したダークラム、有名なのはマイヤーズだけどこれはジャマイカ産、薄く金色のような風合いがゴールドラム、好きなのはハバナクラブのゴールド、そして透明なのがホワイトラム、まぁ言わずもがなでバカルディでしょう。そして肝心なミントは家の裏に生えているはず。だったのだけど、綺麗さっぱりにない。なんとカミさんが鬱陶しいと言って引っこ抜いたらしい。もう、ガックリです。 ラム酒はサトウキビからできているとはいえ甘くなく、アルコール度数も40度以上あるのでロックで飲むと喉が灼ける。夏なので大きめのグラスに氷をたっぷりと入れる。クラッシュした方が雰囲気がでるけど、面倒なのでそのまんま。バカルディをグラスの1/4まで注ぎ、炭酸水をたっぷりと入れる。ミントがなかったので、生姜をすって天然のラムバック、これは苦味がいいのだけど生姜が火照る。2杯目はスダチを切って絞る、柑橘系のサッパリとした風味が夏にあう。そして3杯目、冷蔵庫にあったレモン汁をチャッチャと振りかけて、ちょっと甘酸っぱい人生を飲み干す。最後は何も入れずにハイボール、ウィルキンソンの固い泡がスッキリと喉を洗ってくれた。

  • ウィーン室内合奏団(ゲルハルト・ヘッツェル)を聴く

    室内楽曲の音は楽器数が少ないのでなんとか聴き分けられることができ、オーディオの調子を診るにも良いし、織りなす調べにゆったりと身を任せる時間も心地良い。ベートーベン7重奏はベートーベンの初期の頃の作品だそうで、交響曲第1番のころだと言うからかなり初期の作品らしい、なんとも朗らかな旋律でいかにも午後の室内楽曲を愉しむ風情があり、ベートーベンの理屈っぽい重苦しさが無くて気楽に聴ける。楽器構成は、クラリネット、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスです。 ウィーン室内合奏団を創設したゲルハルト・ヘッツェルは1971年にウィーンフィルハーモニーの第1コンサートマスターになった人で、1992年に山岳事故で亡くなっています。享年52歳と演奏者として充実した時期に惜しまれる事故です。そしてこの楽曲はその亡くなる1ヵ月前の録音なのです。ウィーンフィルのそうそうたる方たちですから、演奏は優雅そのもので旋律が美しく浮かび上がります。小春日和の午後に丸みを帯びた深みのあるティーカップにダージリンを濃い目に煎れて、クッキーを齧りながらしらべが流れてゆきます。

  • 庄司紗矢香を聴く

    1999年にパガニーニ国際ヴァイオリンコンクールで優勝したのですが、当時16歳という史上最年少。その翌年の2000年にこのCDをリリースしているので17歳の少女が弾いているのだけど説明がなければそんなに若いなんて思わないほど安定感のある綺麗なヴァイオリンを奏でている。パガニーニと言えば天才ヴァイオリニストでやたら難しいテクニックをいとも簡単に弾くことで有名でそれを披露するために作曲したようなものだから、高度なテクニックを要求されるのだろうけど、すんなりと滑らかに乱れるような欠片もなく精錬されたうちに終わり、なんだか清らかになった気分である。 指揮者はズービン・メータでこれまた綺麗な音で録音状態も良く、ヴァイオリン・ソロの音色が鮮やかに浮かび上がるような演奏で、イスラエルフィルとのコンビは一心同体のように思え、可憐さが残る彼女をそっと抱きかかえるかのように端正な音色である。

  • サンタナを聴く

    アミーゴ 哀愁のヨーロッパ カルロス・サンタナはラテンロックとして有名だけど、拙者の好きな曲はちっともラテンっぽくない曲ばかり、最初にブラックマジックウーマンを聞いた時はブッタマゲタ。この曲はサンタナのオリジナルではなくピーター・グリーンという英国のギタリストの作曲で、この方はあのフリードウッドマックの創設者なのだが、スティービー・ニックスが参加してからのウッドマックしか知らない。 さて、このアミーゴというアルバムは7作目にあたり、1976年にリリースされ、レコードカバーの絵を横尾忠則さんが描いて話題になった。ちなみに横尾忠則さんは日本が産んだスーパーイラストレーターだ。このアルバムを今でもたまに聴くのは哀愁のヨーロッパというギターがフューチャーされたインストルメント曲があるからだ。官能的でスローに響くギター音は透き通るように伸びあがりながらもどこか唸りが混ざりあい何とも言えない心地よさで、これはやっぱりメサブギーのアンプで真空管が揺れるせいなんだろうか、いずれにしてもテキーラをあおりながら聴きたいもんだ。

  • 梅雨空に向かって咲く赤い中木の花

    実に花の種類は多くて見る花見る花どれも名前がわからなくて困る。携帯のカメラをかざしたら花の名がわかるアプリがあるといいなぁ。グーグルの画像検索をすると出てきたのはオランダシャクヤクなんですが、花の形が違うように見える。花だけを見ると夏つばきなのかしらとおもうのだけれど、葉っぱが明らかに違うのだから困ってしまう。 他の木と群生しているから、どれが該当する花なのかもわかりにくいですね。でも、どんよりした空に向かってすぅーっと伸びて気高く赤く咲く花をみると、ちょっとがんばろうかなと思えるところが実にいいです。梅雨時はアジサイの花ばかりが目立つけど、赤い花の重さで枝がしなる姿もあるんですね。

  • ミルシティンの弾くヴァイオリン・ソロを聴く

    J.S.Bachの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータのCDを購入した。これはヴァイオリンの奏でる音色を聴くためにSonus Faber FM2なる旧いスピーカーを買ってしまった連鎖からである。なにせ国から使うための給付金を頂いたのでありがたく使ってしまった。ヴァイオリンの音源はあるのだけど、協奏曲ばかりなのでソロの音楽をと思い、買って聴いてみてビックリ。知らないとは恐ろしいもので、どう聴いても二人いるとしか思えない。やたらに重奏音が多くてしまいには通奏低音のような伴奏にメロディラインが流れてくる。2弦は同時に弓に当たるのだろうけど、こんな風に弾けるのが不思議でならない。ミルシティンが有名だったので買ったけど、なるほど名盤である。 ソナタとパルティータの違いがそもそも判らないけど、パルティータは変奏曲の意味合いが強いもののようだ。でも、ソナタが3曲、パルティータが3曲あって交互に出てくる。だから全曲聴こうと思うと100分ほどかかるので、2枚組のCDになっていて、大抵は1枚聴いたところで十二分に堪能できる。Sonus Faber FM2が奏でるヴァイオリンは見事であり、弓と弦の擦り方がうねりになって届き、ああーヴァイオリンってこんな音がするんだと更に驚いて聴いてしまう。ミルシティンはこの曲を2回録音しているようで、これは2回目の1973年69歳の時の録音だそうで、とても69歳には思えない。重厚でしっかりとした技術に裏付けられ、研鑽してきた者のみが放つ芸術の香りが部屋に漂う。

  • ドゥービー・ブラザーズを聴く

    ドゥービー天国 ドゥービー・ブラザーズはメンバーの入れ替わりが結構あって、変遷の多いバンドですが、大きく分けるとマイケル・マクドナルドの入る前と入った後で音楽スタイルがかなり変わっています。後期のマイケル・マクドナルドのいた方がポップでヒット曲が多いのですが、持っているLPは前期のツイン・ドラムスの2枚です。前期の方が南部のアメリカンな泥臭さがあって好みです。 セカンドアルバムのListen to the musicでヒット曲を飛ばした後、この4枚目のドゥービー天国からBlack waterが初の全米1位となり、有名なバンドになりました。このころはファンキーなサウンドあり、アコースティックありとバラエティに富みながらリズムが跳ねる楽しい楽曲が多いように思え、ライブは楽しかっただろうなと思ってしまう。

  • 城 フランツ・カフカ著

    随分と旧い本を読み返しているけれど、その隙間が30年という空間であり、思い気づくものはその間に蓄積された自身の人生だったかも知れないのだけれど、受ける全体の印象に変わりはない。何ゆえにこれほどに漫然としているのだろうか。変身や審判にあったような風変わりな不安は感じないけれど、どこまでも変化する砂を想い起してしまう。砂で覚えがあるのはカミュと阿部公房であるけれど、同じ酒の薫りがする。 城は観えるようで届くことができない管理の場所のようだから、権力の中枢なのだろうかと思える。そうであればもっとサスペンスのように描いてくれたら読むスピードも速くなるだろうにと思うのだけど、組織の中心は空であり、ドラマチックな展開の中にあるのではなく傍らあることを画いてあるのだろうけど、機械に針がついていて圧死させる『流刑地にて』のようにスリルが備わっていた方がやっぱり読む易く思う。でも、読む易くしては城の本題から離れるのだろう。 書かれた順番から診れば、審判の続編にあたるのだろう。不思議なのは、Kはいつでもモテるのだ。そこだけが奇妙に懸け離れた話に見えてくるし、論理的な考え方においても事実認識が違うかのように感じる点がままある。どのような話にも空想のようなおとぎ話なような部分はあるけれど、人の考えとして長々と描写されている点は特別だ。グローバルな世界になり、文化の違いを感じられる時代であるほど、育まれた環境や文化が物事を捉える構成力を持っているかに気づかされるけど、城の世界は奇異ではあるが身近でもある。この特異点が漫然とさせるように思える。だから、生きていればそれで良いのだと思うのだけれど、人はパンのみにて生きるにあらずという言葉もある。しかし、城には神はおらずひたすらに生きるのみである。

  • LED ZEPPELINを聴く

    ビートルズのアビーロードを抜いて全英ヒットチャートアルバム1位になったのがセカンドアルバムLED ZEPPELINⅡである。ロック史上燦然と輝くアルバム『アビーロード』にとって代わるのだが、これもまた名盤の中の名盤であると思う。メロディラインの綺麗なビートルズからハードロックと呼ばれる時代への変節点であり、大音量とともにエネルギーが溢れかえっていた中に若者として拙者も宝物のようにロックを聴いていた時代である。 メンバーは4人で誰もが稀有な存在だったため、ドラマーのジョン・ボーナムが急逝したため解散してしまった。未だに続きを聴きたかったのは拙者だけではないだろう。ベースのジョン・ポール・ジョーンズと創り出すグルーヴ感はとても心地良いし、ジミー・ペイジの弾くギターラインに合わせてリズムをうねらす一体となったサウンドは他ではマネができない。ロック・ドラマーとして最高の呼び名が高いもう一人のドラマーであるキース・ムーンとは親友であり、当初のドラマー候補だったことは面白い。ドラマーで好きなのは、ジョン・ボーナム、ジェフ・ポーカロ、スティーブ・ガッド、トニー・ウィリアムス、チャーリー・ワッツかなと思う。 ファーストアルバムの1曲目Good Times Bad Timesを聴いた瞬間に虜になり、ロバート・プラントの高い歌声が脳天をぶち抜かれたことが蘇る。そしてこの2枚目はよりハードな音の展開でエネルギッシュなまま1枚があっというまに終わってしまう。作曲的には他者の歌詞やメロディラインを意図的に嵌め込んであるため、いろいろと物議をかもしたようだが、名盤であることは疑いようのないことだと思う。

  • 道端で出会った5月中旬に咲く綺麗な花

    歩道と車道の間に設けられた緩衝区域に綺麗な花が咲きほこっています。白、ピンク、紅と様々な色が鮮やかに5月の耀く日差しの中で乾燥したアスファルトに彩を添えているのです。一見するとペニチュアのように見えますが、道端に自然に生えている感じなのでどうなんでしょう。 グーグルの画像検索にかけてみると、第一候補はフロリバンダが出てきましたが、これがバラのように花びらが幾重にもなっているので違うようです。画像の一部を切り取って再検索するとペニチュアが出てきました。たしかに花びらの形状は似ているのですが、葉っぱが違うようです。再度、画像の違う部分を切り取って検索してみるとcommon peony:オランダシャクヤクが出てきましたが、これも違うようです。どうもグーグルの画像検索は花の色の組合せが入ると、それが優先されるようです。本当に花の名を探すのは難しいですね、何か良い手はないものでしょうか。

  • カラマーゾフの兄弟(下)ドストエフスキー著 江川卓訳

    下巻は主に長兄ドミートリーの裁判状況が占めていて二転三転する内容は、推理小説を凌ぐ内容だと思う。圧巻なのは検事と弁護士の心理分析描写であり、字数が多いのに冗長にならないところが作家としての凄さだと思う。でも、それだけに不思議に思う点がある。それはイワンがそそのかした描写は中巻のどこにもなく、譫妄症になってしまうところである。長兄は感情、中兄は理性、末弟は道徳だと思うのだが、理性だけが根負けしてしまうかのようだ。そうまるでキルケゴールのように思えて仕方がない。『絶望とは死に至る病である。』と遺したキルケゴールの言葉とイワンの苦悩はにているように思えるが、なぜ絶望なのか?理性が絶望に追い込まれて道徳だけで生きるものでもないように思えるのだが、なぜゆえに作家は死に至りそうな描き方をしたのだろうか。 作家の思想は弁護士の最終弁論に表れており、裁判を通して人の生き方について長年の考えをまとめてあるように思える。長兄は赦しを得たように見えるが、中兄は赦しをこうことを拒んだように思えるけど、ここに神に対する人ではなく実存する人として描きたかったのではないか。日本人の拙者にはとても理解できそうにない部分である。いずれにしても上巻の大審問官の回答が最終弁論であろうと思われる。思想的文学としても推理小説としてもサスペンスとしても同じ人のなかで起こることなのだから、同時に進む展開は当然であるものの、人の奇怪さや複雑さを感じさせられ、夥しい比喩と修飾語の一つ一つがまさにその通りである。実に稀有な本だと思う。 カラマーゾフの兄弟(上)ドストエフスキー著 江川卓訳 カラマーゾフの兄弟(中)ドストエフスキー著 江川卓訳

  • ロイ・ブキャナンを聴く

    アルバム『LOADING ZONE』は、スタジオ録音の6枚目にあたり、参加しているミュージシャンがヤンハマー、スタンリークラークと豪華で1977年にリリースされている。ジェフ・ベックがブローバイブローでロイ・ブキャナンに捧げるとクレジットしてゆうめいになったけど、ギター仲間ではつとに有名だったようだ。泣きのギターといわれているが、1年前にジェフ・ベックのワイヤードがリリースされ、シンセサイザーのヤンハマーとの掛け合いがロックよりだったけど、このアルバムではフュージョン系の音になっていて新しいギターサウンドが展開されていて本領が発揮されていると思える。これはスタンリー・クラークがチックコリアのリターン・トゥ・フォーエバーに参加していた影響をうけているようにも思える。 テレキャスターのギターサウンドが兎に角気持ちよく、どこまで弾くのだろうと吸い込まれてゆくのが痛快である。このサウンドの流れに続くと思われるのがアル・ディ・メオラの初期の作品である。ここにもヤン・ハマーが参加しているし、アルはリターン・トゥ・フォーエバーのメンバーでもあったことを考えるとあながち間違ってもいないように思う。ロックギタリストのインストルメンタル・アルバムとしてワイヤードと双璧ではないか、いずれにしてもエレキギターが好きならば聴いてみることだと思う。

  • オールマン・ブラザース・バンドを聴く

    『フィルモア・イースト・ライブ』 スライドギターの名手デュアン・オールマンの形見とも言えるライブ盤である。このレコードが出て間もなくオートバイ事故で24歳という若い人生が閉じてしまった。デュアン・オールマンはセッションギタリストとして活躍しており、その中でも有名なアルバムはエリック・クラプトンのいとしのレイラだと思う。なにせ、クラプトンのギターよりデュアンのギターの方が耳に残ってしまうのだから大したものである。 そのデュアンが弟のグレッグに誘われて活動を始めたバンドがオールマン・ブラザース・バンドであり、一躍名を馳せたアルバムがフィルモア・イースト・ライブである。長い曲が何曲かあり、インプロヴィゼーションによる展開がライブ感を出している。今時こんな長い曲を演奏するようなことはないように思え、時代の変遷を感じる。オリジナルは7曲だったけど、後にマスターテープが発見されてリマスターされたヴァージョンでは曲数が増えているようだ。 1曲目からスライドギターの唸る痛快なサウンドが心を捉える。音的にはブルースにサザンロックの泥臭さとカントリーの風合いが混じったように聴こえ、アメリカンロックの根のように思える。当時のライブ感がもろに出ていて、今のようなエンタテイナメント性はなく、ひたすら音楽に酔って観客とミュージシャンが相互作用を起こしているのが録音から伝わってくる。

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