住所
出身
ハンドル名
samanthahonamiさん
ブログタイトル
黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/samanthahonami
ブログ紹介文
葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。
自由文
-
更新頻度(1年)

44回 / 55日(平均5.6回/週)

ブログ村参加:2019/03/30

samanthahonamiさんの人気ランキング

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samanthahonamiさんのブログ記事

  • ひめちゃんの山上城散歩2

    今朝もひめちゃんは獅子丸家とお散歩です。堀之内を西に出て、諏訪神社を左折、山上城方面に向かいます。草の状態を見て、まだ通れそうなので、山上城の山中に入ります。縄張り図(『群馬県の中世城館跡』1988)ピンクのルートが今朝のコースです。朝の木漏れ日がいい雰囲気です時期によっては草が生い茂って歩きにくく、ノミ・ダニの心配もありますけど、まだ大丈夫そうです。堀切の跡ということでしょうけど、横からたやすく攻め登り可能です地図のA地点から紫陽花の小径に入ります。紫陽花の小径は、先月とまったく同じような状態で、まだ準備ができていないようです紫陽花の名所のはずですけど正面の二の丸跡には、城山幼稚園(休園中)の子供達用の古い遊具があります。何年か前まで、子供達が毎朝走っていました。朝早いし、ひめちゃんも獅子丸も、お土産を置いて...ひめちゃんの山上城散歩2

  • 竜骨ビジネスの伝授?(田中藤左衛門證書考・その2)

    最近ひめちゃんは、朝は蕨沢川(わらびさわがわ)の上流に行くことが多いです。蕨沢川は常廣寺の脇を流れ、諏訪神社の脇も流れ、さらに遡ってます。そのうちに、蕨沢川物語も整理するつもりですけど久留美田橋を渡ってUーターンすると、赤柴ラッキーくんちを通ります。ラッキーくんがちょうどお散歩から帰ってきました。ひめちゃん&獅子丸は、初対面ですラッキーくんとても穏やかに対応しています。そのうちに獅子丸が「ウーワンワン、僕の方が強いんだぞ」と吠え始めました。ひめちゃんは、もっと挨拶していたかったけど、獅子丸が止まりません最初は情報収集していたけれど、どうもライバルだと思ったのでしょう。「バイバイ、またね」巧橋の所には、サクランボが鈴なりです。このサクランボはどうなるのかな?もう少し下ると、見たことある人影と犬影が見えました。田中...竜骨ビジネスの伝授?(田中藤左衛門證書考・その2)

  • ひめちゃんちのアイリスコレクション

    雨ですねでも、ひめちゃんはレインコートを着て、獅子丸と元気にお散歩してきました。さすがに、どの子にも逢いませんでした。夕方には止むといいんですけどひめちゃんちの、小字は堀之内です。そして、畑が1ヶ所だけ、小字塚越(つかごし)にあります。塚越の地名の由来は、塚つまり古墳の向こうということだと思います。桐生市のHPでは、ここにある古墳は「塚越にある塚越古墳」とされています。地元では、庚申塚古墳と呼んでいます。庚申塔がいくつもあるからです。合併によって、不思議な呼称も出現していますひめちゃんは、獅子丸家からの帰りに、よくここの畑に寄ります。いつのまにか名札もなくなって、お名前知れずになってしまった花々が多いですけど、きれいに咲いてくれたジャーマンアイリス達です絞りの花にこだわった時期がありましたたくましく咲いてくれま...ひめちゃんちのアイリスコレクション

  • 田中藤左衛門も渡った元町橋(藤左衛門證書考・その1)

    ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を西に出て諏訪神社の方に行こうとしていました。ひめちゃんが突然、「ウーワンワン、ウーワンワン」と吠え出しました。獅子丸も合唱します耳がピンと立って、警戒態勢です。何が居るのでしょう?人間の視界には不審者は見えません。2名で警戒警報を出し続けています。あ、いましたずーと向こうの豚舎の影に、白い見慣れない離れ犬がいます。白柴のタバサねーちゃんは、まだおうちのサークルにいたはずです。離れ犬です人間と一緒でない、一人で勝手にお散歩している子には、「不審犬じゃ、注意せよ」と、警戒するのです。彼(?)が去った後、ひめちゃんたちは諏訪神社の前で左折して、山上城の西側の田んぼ道を下ります。途中、2度犬に逢いましたけど、静かにすれ違いました。城跡公園(三の丸)の南側の通路を通って、公園入り口に出ます。...田中藤左衛門も渡った元町橋(藤左衛門證書考・その1)

  • 田中藤左衛門の證書寫(しょうしょうつし)

    昨日の夕方、ひめちゃんは、小次郎パパ&タバサねーちゃんと獅子丸家に向かいました。タバサねーちゃん、このあいだシャンプーやさんに行ってきたので、白柴満開ですおや、向こうからソルくんがやって来ます。ひめちゃんはちょっと知らんぷり向きを変えて、襲っちゃうぞ何おーソルくんは、異性というより、遊び友達のようです。パパは静かに見守っています。獅子丸に対しても、以前のように威嚇したりしなくなりました。パパは、もうじき13歳になります常廣寺に納められた竜骨には、「證書寫」というものが添えられていました。いわば、鑑定書というか、保証書というか?もちろん、毛呂権蔵の『上野国志』や鶏足寺文書に記録されていました。(理解しやすく、句読点を付けます。)一(ひとつ)此の龍骨の儀先祖木食屡睡より我等に相傳せり。何の異地義納め申すべからず。候...田中藤左衛門の證書寫(しょうしょうつし)

  • 近郷近在に聞こえた名所・山上愛宕塚古墳

    ひめちゃんは、獅子丸と朝散歩をしてきました。獅子丸を送って、ひめちゃんちの畑に寄ります。ジャーマンアイリスが、だいぶ咲きそろってきました。おかあさんは、あの花この花、一生懸命に写真を撮っています。待ちくたびれたひめちゃんは、「早く帰って、ご飯にしようよ」元町橋は、今は消滅してしまった愛宕塚古墳の石を使用したと桐生市のHPにあります。実は、この愛宕塚古墳について書いた記事が「黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅡ(yahooブログ)」にあります。地元の人もほとんど知らないことなので、消滅前に再編集して投稿しておきたいと思います消滅してしまった愛宕塚古墳の話を、消滅前にもう一度確認です桐生市HPによると、元町橋の「石材はここから東南へ500メートル地点にある愛宕塚古墳の石室に求めたと伝えられています」とあります。ここから東...近郷近在に聞こえた名所・山上愛宕塚古墳

  • ひめちゃんの山上城散歩

    ひめちゃんは、朝6時頃ケンくんちに寄りました。獅子丸が一緒だと挨拶ができないので、獅子丸家に行く前に寄ったのです。残念、ケンくんはいませんでしたケンくんの朝散歩は早いんだひめちゃんは気を取り直して、獅子丸と山上城の南の方に行きました。蕨沢川を渡ると、元町橋の供養塔があります。地図では天神川とありますが、地元では蕨沢川と言ってます。人々が洪水に飲まれてしまう川には見えません。「石橋」の文字が見えます。もしかしたら、橋供養(はしくよう)?桐生市のHPで確認すると、蕨沢川は、赤城南麓の標高500メートル付近に源をもち、傾斜角度がきついことから、一雨降ると濁流となって山麓を一気に流れます。そのため、昔から大雨の旅に水害が繰り返され、周辺の人々は難儀をしてきたのです。そこで、当時の永久橋ともいえる石橋をかけることに成功し...ひめちゃんの山上城散歩

  • 竜骨伝記の真実・その3(必要としている者に納めよ!)

    昨日の夕方、ひめちゃんはタバサねーちゃん&獅子丸と、堀之内の南の無量寺界隈をお散歩しました。獅子丸家のおとうさんの話だと、このあたりは昔は宿(しゅく)といって、町中の道路の両端に水路が流れていたそうです。あずま道の六道の辻から伸びた山上道との関連がありそうな地名ですむこうから赤柴のケンくんがやって来ました。「あ、ひめちゃんだ」「ケンくーん」ひめちゃんはケンくんが大好きなのです。最近は朝夕獅子丸と一緒なので、ケンくんちに寄れないのです歩み寄ってご挨拶しようとしたとき、「ワンワン、俺の妹に手を出すな」獅子丸が邪魔をしました獅子丸はケンくんをライバルだと思っているようです。「そのうち、ひめちゃんだけでよるからね」復元竜骨伝記・現代語訳、後半です。今、このように効能すばらしい竜骨を発見できたことは、深い因縁があるのだろ...竜骨伝記の真実・その3(必要としている者に納めよ!)

  • 竜骨伝記の真実・その2

    朝、ひめちゃんは獅子丸と、山上城の本丸と二の丸の間の堀切を通りました。紫陽花の名所とかいいますけど、まだ寂しい状態です。堀切を抜けて、北の高台に登ります。南以外はすばらしい眺めですここら辺が常廣さんが草庵を結んだ所になりそうです往来する人や車もよく見えます春の赤城山天正院常廣寺ですこの山門は創建当時の面影を残しているそうです。なかなか風情のある本堂と桜のコラボです。上の2枚は4月8日、下は4月16日です。左手に龍神堂、赤い鳥居の奥が本橋院殿の埋蔵金があったという噂の墳丘です。復元竜骨伝記・現代語版私は修行のため、四国は伊予国(愛媛県)、国境に連なる土佐山の笹ヶ峰という人里離れた仙境に、三年ほど住んでいた。木の実草のみを食べてはかなき生命をかろうじてつないでいた。そんなある日、古木の枯れ枝を拾って暖を取っていた時...竜骨伝記の真実・その2

  • 竜骨伝記の真実・その1

    ひめちゃんは獅子丸家に寄って、獅子丸とお散歩に出ます。獅子くんを待ちます朝なのに、けっこう影が長いですいつも元気で好奇心旺盛な獅子丸です。堀之内を西に出ます。堀之内の南端から見た浅間山です。「時知らぬ山は富士の嶺、いつとてか、鹿の子まだらに雪の降るらむ」という、昔習った文章が浮かびます。たしか5月の末(現在では6月末)に富士山に雪が残っていたのを、都人がびっくりしたんでしたね。まあ、こちらは5月の初めだけれど、まだ雪が残っているんですね途中で、見たことある3名に逢いましたみんなで一緒に帰りました。獅子丸家開基の常廣寺には、竜骨の由来を書いた「竜骨伝記」がありました。けれども、大正12年1月1日の火災で、半分焼けてしまいましたところが、焼ける前に、これを写して記録した人がいたのです上野國新田郡世良田の毛呂権蔵(も...竜骨伝記の真実・その1

  • 田中藤左衛門の記憶(七ツ梅跡)

    昨日の朝、ひめちゃんは獅子丸と堀之内の北、高縄の摩崖仏のあたりをお散歩しました。摩崖仏の隣に住む、花好きおばさんのガーデンです。遅咲きの黄色い牡丹が咲いています薔薇の蕾も見えてきました。花に満足して油断していました摩崖仏の下の岩神沼にアオサギがいます。慌ててカメラを出しましたけど、飛び立ってしまいました堀之内近辺で見かけるアオサギは、いつも単独行動です。下手計(しもたばか)の信号にもどり、右折して、七ツ梅跡を目指します。「七ツ梅跡」は偶然のことから、獅子丸家開基の常廣寺と関係があることがわかったのです。常廣寺は大正12年1月1日にも焼けています。竜骨の由来等を記した文書は焼けてしまいましたけれども、常廣寺の竜骨は一世を風靡したらしく、鶏足寺文書名なかに竜骨伝記の写しおよび證書(しょうしょ、鑑定書)があります。一...田中藤左衛門の記憶(七ツ梅跡)

  • 論語の里の先生(尾高惇忠生家)

    ひめちゃんは、七海ママ&タバサねーちゃんと、時々昼散歩に出ます。あまり暑くなると無理ですけど、今のところお天気次第で出かけます。近所をママにあわせてのちい散歩ですけど。東の方から、堀之内に戻ってきます。何気なく歩いている道ですけど、向こうの方は低くなってます。連続写真なので、去って行く車が沈んでいくいので分かります堀之内は少し高台なのです渋沢栄一生家のすぐそばに、神社が見えます。稲荷社ということです。右手にレンガが見えます。渋沢栄一は、レンガの製造会社も造ったのでしたね。そのレンガ会社が終了するとき、河岸か10年くらい前だったと思いますけど、レンガをセールしました。時はあたかもガーデニングブームの頃でした。友人に紹介されて、利根川を渡って何度の買い出しに行ったものですはす向かいにも神社があります。いただいた史跡...論語の里の先生(尾高惇忠生家)

  • 絹遺産群の立役者(渋沢栄一生家)

    ひめちゃんは、獅子丸と南の方にお散歩にでました。小次郎パパ&タバサねーちゃん&ののこねーちゃんも合流しました。親子5名で賑やかにお散歩です。小次郎パパは、以前獅子丸に威嚇し、獅子丸が遠慮する場面もありました。最近は、お互いに近づいても、何も起きません。油断は禁物ですけど。さあ、おうちに帰って朝ご飯です渋沢栄一記念館に寄ったのだから、生家も行ってみます。さっきの道に戻り、さらに西に行きます。しばらく行くと、はためいています駐車場には車がいっぱいです。正門を入る前に、脇にあった墓石の大きさと立派さに圧倒されました獅子丸家にも、こんな墓石があれば・・・・・・・・・付近の観光案内図があります。右上に「絹産業遺産群とのアクセス」があります。実は渋沢栄一は富岡製糸工場の設置主任だったのです。群馬県で紹介している絹産業遺産群...絹遺産群の立役者(渋沢栄一生家)

  • 赤城山を見ている銅像(渋沢栄一記念館)

    ひめちゃんちのあたりは、お昼過ぎに雷鳴がしましたまさか、まだ5月になったばかりだし、そんなに暑くないし東の空に黒雲が動いていますひめちゃんたちは、なんとなくそわそわして呼吸が荒くなります。でも、コジコジ予報が出ません。雷が大嫌いな小次郎パパは、まだミニドッグランで悠然とお昼寝中です。雷が来そうだと大騒ぎするのですけど。でも、念のため洗濯物を取り込みます。そうこうするうちに、パラパラと降り出しました。パパも起き出して、お部屋に帰ります。さほど荒れ狂わない、今シーズン最初の雷でした先日深谷の七ツ梅跡を訪ねました。国道17号線(上武道路)から世良田を通り、上武大橋を渡ります。いつの間にか、新しい橋になりました。古い懐かしい上武大橋が、右下に見えます。もうあちらは通行できません。ひたすら南に下ります。目的地は七ツ梅跡で...赤城山を見ている銅像(渋沢栄一記念館)

  • 郷右衛門と藤左衛門の「常広寺縁起」

    ひめちゃんは、七海ママの朝食後散歩に付き合いました。高齢のママは、朝食後にもそこらまでちい散歩をします。ママにとって、ひめちゃんはいつまでも子供です見知らぬ人や犬に行き会うと、いまだに護ろうとします旧勢多郡山上村にある常廣寺について、とりあえず確実なことは、1,天正年間の創建である2,開基は本橋院殿・山上郷右衛門顕将(やまかみごうえもんあきまさ)である3,元禄元年(1688)9月3日堂宇を焼失4,正徳4年(1714)田中藤左衛門(たなかとうざえもん)が竜骨をもってやってくる5,享保4年(1719)堂宇を再建するということになります。そして、常廣院殿の真実、および、獅子丸家の伝承、常廣寺の裏の高台には寺があったという伝承から、次のような常廣寺縁起ができそうです常廣寺縁起本橋院殿寶輪廣與大居士、天正年間に、赤城山天...郷右衛門と藤左衛門の「常広寺縁起」

  • 常廣院殿の真実

    今朝は雨が上がって、みんなで元気に南の方にお散歩しました。ひめちゃんは、獅子丸とコンビです。赤城山は雲が沸き立ってます。あまりすっきり晴れない一日になりそうです。4月のある日、常廣院殿の位牌があると聞いたお宅を訪問しました。常廣院殿は、本橋院殿とならんで常廣寺の開基とされています。しかし、獅子丸家では、「常廣院殿は坊主だ。開基は本橋院殿だ。」としています。つまり、開山が常廣院殿という解釈です。3世住職の戒名と常廣院殿の戒名が「明巌鑑察」の部分が共通すると指摘されています。旧勢多郡粕川村の村主神社(すぐろじんじゃ)の少し東になります。途中、大きな赤城塔があります。指標や説明板はありませんが、かなり大きな物です西にはまだ雪を戴いた浅間山、来たには春の雰囲気の赤城山が見えます。突然の訪問でしたけど、訳を話して、位牌と...常廣院殿の真実

  • 桐生川紀行総集編・細川丹後守の記憶

    雨は降り続いています。みんなまたレインコートを着ていくようになりそうです。桐生川紀行の頃(昨年11月)、菊とひめちゃんです。菊は生命力の強い植物です。けれども、ずーっと植えっぱなしだとだめになることもあるとか聞きます。この菊はここにずーっとあるので、少しどこかに移そうかな?桐生川沿いに下ります。菱町3丁目の信号にでました。宇都宮神社に行きたいので左折します。文昌寺入り口を通過して菱小前の信号を右折して桐生川と同じ方向に流れます。菱小学校の校門の所にも菱カルタがあります。車で乗り付けたりしたら不審者に思われてしまいそうですけど、この間菱ハイキングの帰りにここを歩いたのですちゃんと写真に撮ってあります多行松(たぎょうしょう)児童とともに百余年小学校がここに移転したときに植えられた多行松7本が、百年余りたっても元気に...桐生川紀行総集編・細川丹後守の記憶

  • 桐生川紀行・偉大な作家の記憶

    雨の一日です。小やみになることはありません。高齢の七海ママと小次郎パパは、一日中室内犬です。ママは足を痛めてから、行動範囲が狭くなりました。桐生川紀行の頃(昨年11月)は、ひめちゃん&タバサねーちゃんと3名でよく昼散歩を楽しみましたひめちゃんとおねーちゃん達は、小屋にもぐって雨が止むのを待ってます。パパとママは、いびきを掻きながらお昼寝です拷機姫神社(たくはたひめじんじゃ)の階段を降りて、右手に行くと菱カルタがあります。ちょっとわかりにくい、というか近づきがたい所にあります。偉大なる郷土の作家南川潤南川潤って、誰ですか?知りません。偉大なる作家なのに、ごめんなさい東京生まれで昭和19年に疎開してきて、昭和30年に桐生で永眠とあります。桐生滞在は10年余りなのですね。奥さんの郷里桐生に疎開したということですね。こ...桐生川紀行・偉大な作家の記憶

  • 東国花の寺・龍真寺

    ひめちゃんは、戦闘モードです向こうに、勝手にライバルだと思っている黒柴デイナちゃんの姿が見えたのです。朝、獅子丸家に行く前、七海ママのちい散歩につきあった時です。ひめちゃんは、実戦の経験はありません。でも、戦闘モードにはよくなります。デイナちゃんは、曲がっていってしまいました。ママをおうちにおいて、獅子丸を迎えに行きます前日からの雨があがった25日午前中、龍真寺の前を通りました。東国花の寺ののぼり旗が立っていました。でも、駐車場に車はほとんどありませんでした。用足しを終えて、昼ごろ寄ってみました。龍真寺は、膳城の北にある龍源寺の末寺です。龍真寺は、龍源寺第6世輝翁善陽大和尚によって、元和2年(1616)に開山された曹洞宗のお寺です。龍源寺の本寺は、栃木の大中寺です。大中寺は戦国時代上杉氏と関係が深く、上杉謙信と...東国花の寺・龍真寺

  • 花ざかりの葛塚犬散歩

    冷たい雨は、今朝はあがっていましたひめちゃんは、一足先に獅子丸を迎えに行きました。堀之内を北に出ようとすると、向こうから見たことある3名様がやって来ます。小次郎パパ&タバサねーちゃん&ののこねーちゃんです。ひめちゃんは、遊ぼの姿勢で待ちます。パパとちょっと絡んで、みんな一緒に堀之内を出て、高縄の摩崖仏の方に向かいます。葛塚城の堀切の北端あたりが花ざかりですピンクのジュータンを背景に記念撮影です。少し行くと、よく手入れされたガーデンがあります牡丹とシャクヤクと薔薇です高縄の摩崖仏の後ろを回って帰ります。うわー、藤がきれい花盛りです堀之内に戻ります。しだれ桜も葉桜になってます。こうなると牡丹が咲く季節なのですね。ひめちゃんちのは、咲いてるかな?ひめちゃんちで、最初に目に付いたのはダッチアイリスでした。雨上がりできれ...花ざかりの葛塚犬散歩

  • 桐生川紀行総集編・紋織り弥兵衛の心意気

    今日は雨で薄ら寒い一日でした。お天気のよかった先日の朝散歩です。小次郎パパは、子供達の後ろを気ままにお散歩する事が多くなりました。パパは、この夏13歳になります。普門寺から、桐生川沿いにさらに下ります。カーブを曲がりきらないうちに神社があります。今回は、選挙戦のまっただ中で、選挙カーがいて駐車できませんでした。前回は、道の反対側の空き地にちょっと駐車て探検できました石の鳥居ではありませんね。何か金属のようですけど?階段を上りきると、左手に菱カルタがあります。ときはすぎいろか残して機(はた)の音[菱町全体]西陣の織物師中村弥兵衛が伝授した高機の技術により、江戸時代の桐生は、紋織物の発展と地方活性の礎を築く。以来菱村でも、撚糸、染色、機を家業とする人々が多くなった。下野の国・菱村でも桐生の織物を担っていたんですね。...桐生川紀行総集編・紋織り弥兵衛の心意気

  • 桐生川紀行総集編・菱の普門寺

    今朝は雨も止んで、ひめちゃんは獅子丸とお散歩に出ました。獅子丸は穏やかな性格で、とても喧嘩をするような子にはみえません。庚申塚古墳の前の道で、向こうから赤柴くんがやって来ます。ひめちゃんが大好きなケンくんです。「あ、ひめちゃんだ」ケンくんはひめちゃんにご挨拶しようとしました。「僕の妹に手を出すな、僕の方が強いんだぞ」ケンくんのおかあさんも、ちょっとこわばった顔をしました。以前脱走した獅子丸は、ケンくんを襲ったことがあるそうです後ろから、小次郎パパ&タバサねーちゃん&ののこねーちゃんが、やってきました。社交家のタバサねーちゃんが、ひめちゃんの代わりに、ケンくんとご挨拶です。お互いまんざらでもない様子です「桐生川紀行総集編」続きです。桐生川沿いにさらに下って、普門寺(ふもんじ)に出ます。先日の山門です。花は遅かった...桐生川紀行総集編・菱の普門寺

  • 桐生川紀行総集編・左岸菱カルタの世界2

    朝はまだ雨が降っていませんでした。ひめちゃんはタバサねーちゃんと、獅子丸家に寄りました。堀之内を南に出ました。タバサねーちゃんも、獅子丸と仲良しになりました。タバサねーちゃんも満面の笑みを浮かべています。しばらく行き、蕨沢川(わらびさわがわ)沿いに帰ろうと右折しました。一人散歩のおじさんがやって来ます。「いい柴犬だね」「ありがとうございます。みんなきょうだいです」おじさんは獅子丸の頭をなでなでして去って行きました。蕨沢川沿いに歩いていると、向こうから人がきます。あれ、さっきのおじさんだ「その子は獅子丸かい?」「そうです。」「よくここらをお散歩してるんだよね。」「そうですか。今、獅子丸のおとうさんが足が痛くてお散歩できないので、手伝ってるんです。」獅子丸はけっこう有名犬なんだ今月17日に桐生川左岸を通りました。小...桐生川紀行総集編・左岸菱カルタの世界2

  • 綿打郷の牡丹寺・大慶寺

    ひめちゃんは獅子丸と、堀之内の西をお散歩しました。小次郎パパ&タバサねーちゃん&ののこねーちゃんが、おとうさんを連れて追い越して行きました。赤城山といい雰囲気でコラボしていた桜は、葉桜になりつつあります。でも、黄色い菜の花が満開です昨日ひな牡丹園のあと、旧新田町にある牡丹寺・大慶寺に向かいました。何度かいってますけど、いつも満開を過ぎてしまいます今回は間に合うかも県道69号線を下り、途中で1本西の道に出て、また下ります。新田暁高校のすぐ南が大慶寺です。別世界に入っていくような真っ赤な山門です山門には、真っ赤だけれどいやみのない感じの仁王様がいます。この山門の右手に、綿打入道太郎為氏(わたうちにゅうどうためうじ)館跡のポールがあります。綿打入道太郎為氏は、『新田町誌基礎資料第八号村々の沿革と地図』に「新田氏一族・...綿打郷の牡丹寺・大慶寺

  • 咲き始めたばかりの「ひな牡丹園」

    ひめちゃんのお友達ダックスフントミックスのソルくんですひめちゃんと行き会うと、ちょっと追いかけこをして遊びます。以前はひめちゃん&七海ママで、よく行き会いました。ソルくんは、何故かピチピチギャルのひめちゃんよりママの方が好きでした。久しぶりにママと再会です。ソルくんの横顔、初めてカメラに収めましたなかなかハンサムボーイですねようやく春本番の雰囲気で、桜の次は牡丹だと、牡丹園をたずねることにしました。まず近いところからということで、新里町新川の竜真寺を尋ねます。あれ、静かです。まったく人が居ません。まだ開花していないようです。それでは、県道69号線で笠懸町久宮(くぐう)のひな牡丹園をめざします国道50号線を越えて、しばらく行くと踏切です。踏切の向こうに、史跡の案内があります。岡上景能公陣屋跡(おかのぼりかげよしこ...咲き始めたばかりの「ひな牡丹園」

  • 山上城の真実(山上城に山上氏はいなかった)

    ひめちゃんは獅子丸家に寄ってから、堀之内を西に出て、山上城の方にお散歩です。あ、浅間山が大きい堀之内の南端からみた浅間山です。堀之内を出ると、浅間山は小さくなります。小次郎パパとタバサねーちゃん&ののこねーちゃんが、おとうさんをつれて先を行きます。諏訪神社の所を曲がって南下し、山上城の方に入ります。まだ雑草も茂っていなくて歩きやすそうです。紫陽花の小径に出ました。二の丸と表示がありますけど、『日本城郭大系第4巻・茨城・栃木・群馬の城郭』では、北郭です。遊具があります。少し前まで、城山幼稚園の子供達が毎朝ランニングしていました。(今は休園中です。)通路の左が北郭、右が本丸です。本丸跡はワンコ様ご入場禁止なので、このまま帰ります。みんなで獅子丸家に寄ってから帰ります。新里では、山上城が平安時代末期に造られ、山上氏が...山上城の真実(山上城に山上氏はいなかった)

  • 桐生川紀行総集編(左岸菱カルタの世界 1)

    ひめちゃんと獅子丸は、男の子2名女の子2名の計4名で生まれました。七海ママにとって、4名同時出産は初めてでした。ひめちゃんは、真っ黒黒助でした。今ではだいぶ色白になってます獅子丸は一番大きくて白足袋を履いていました。ミニドッグランで養子に行く日まで思いっきり遊びました。一番手前が獅子丸、後ろから二番目がひめちゃんです。こちらは、一番手前がひめちゃんで、後ろから二番目が獅子丸です。桐生川紀行総集編(左岸菱カルタの世界1)今回はかなりの部分、今年4月17日の撮影です。塩之宮神社から、桐生川左岸を下ります。しばらく行くと左に菱カルタがあります。茂倉沢奥に鎮座のお釈迦様奥に通じる道がありますけど、カルタの説明をよく読むと、お釈迦様が鎮座しているのはしばらく行ってからのようです。しばらくがどのくらいか分からないので、今回...桐生川紀行総集編(左岸菱カルタの世界1)

  • 桐生川紀行総集編・猫絵の殿様の額(塩之宮神社)

    朝、ひめちゃんは獅子丸と山上城の西側をお散歩しました。ひめちゃんの向こうに見える建物が、諏訪神社境内にある山上・下鶴谷公民館です。つまり、建物の奥の桜が諏訪神社のあたりということになります。そして、手前の大きめののあたりが、昔々お寺があったという話の場所です「桐生川紀行」という記事が、約10編有ります。最近、桐生川左岸を通リました。盛りは過ぎていたけれど桜が残っていて、かつての記事に桜の情景がいくつか足せそうです川の左岸とは、川下に向かって左側という事なので、桐生市菱町になります。桐生川左岸の記事を「桐生川紀行総集編」として、川の流れに従って北から順に再編集してみます途中で時には新着記事を入れながら、桐生川を下ります桐生川は上野国と下野国の間を流れる川で、左岸は下野の国でした。菱町は下野だったのですまずは「猫絵...桐生川紀行総集編・猫絵の殿様の額(塩之宮神社)

  • ひめちゃんちの超遅咲き椿コレクション

    夕方、ひめちゃんはタバサねーちゃんと、獅子丸家に寄りました。タバサねーちゃんも、獅子丸と一緒にお散歩できそうです。3名で、葛塚城西の堀切跡と思われる、田んぼ道を歩きます。赤城山はかすんでいます。この道の向こうは久留美田です。左折して、東芝(ひがししば)を下って、堀之内に戻ります。タバサねーちゃん、ひめちゃん、獅子丸、微妙に位置を変えながら、各自楽しくお散歩しています。獅子くん、多勢のお散歩は初めてだと思うけど、物怖じせず、楽しんでますタバサねーちゃんも自然に受け入れています。過去に同じ家で暮らした記憶が残っているのでしょうか?4月になって、ひめちゃんちには、超遅咲きの椿が咲き始めましたあまり良くない条件の所にありますけど、よく咲いてくれましたきれいに咲いてくれました。白い花は寒さに痛んで、きれいに咲けなかった木...ひめちゃんちの超遅咲き椿コレクション

  • 山上ろまん(山上氏家臣団の創作)

    今朝は、ひめちゃん&パパ&おねーちゃんたちみんなで、獅子丸を迎えに行きました。高齢のママは自宅待機です。獅子くん、今日も元気いっぱいにお散歩しましたパパは獅子丸のことをどう思っているのか分かりません。ただパパも老いましたマーキングの時、以前は足をひっくりかえらんばかりに垂直にあげていましたけど、もうそんなにはあがりません静かに見守っています高津戸には、高津戸城悲話の高津戸ロマンがありました。ひめちゃんちのある山上にも、山上ロマンがあります葛塚の堀之内から南西方向に約1㎞、山上城址公園と常広寺(じょうこうじ)があります。以前はよく散歩に行きました。常広寺の奥に、山上城本丸への近道があります。そこに不思議なというか、不可解な石造物があります。山上氏家臣団として100名以上のりっぱな名前が刻まれています。特にミドルネ...山上ろまん(山上氏家臣団の創作)