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  • アケメネス朝ペルシアの宮殿遺跡ペルセポリス(前編)

    ペルシア(イラン)の世界遺産といえば、真っ先に思い浮かぶのが古代アケメネス朝ペルシアの首都ペルセポリスです。西はギリシア、東はインドまでの広大なアケメネス朝ペルシア帝国は20の州(サトラピ)から成る古代初の連邦国家で、2500年前も昔のものとは思われない技巧を凝らしたアスファルトを敷いた「王の道」がこの広大な連邦国家を結んでいたことは、世界史の教科書でもお馴染みですね。この広大なアケメネス朝ペルシアにはシーラーズ近郊のペルセポリスの他にもバビロン、スーサ、エクバタナ、という複数の首都がありました。 アケメネス朝ペルシアの広大さと連邦国家としての性格から、複数の首都があったことはご

  • 世界の半分、サファヴィー朝の古都イスファハーン(中編)

    イスファハーンで数々のペルシア建築に足を運び、壮麗なドーム型建築やアーチ型の回廊の下に佇んでいる時にふと思い出すのが、子供の頃によく通ったプラネタリウムの大きなドームのこと。プラネタリウムに映し出された星座たちを仰いで見とれているうちに、夜空に飛び込んでしまったような浮遊感に包まれて、たった30分ほどの番組が終わって立ち上がると、足がふらふらしてしまったりしたこととか。繊細なタイル細工が一面に施されたペルシア建築のドームはもちろん、プラネタリウムとは比べものにならない壮麗さなのだけれど、例えばシェイフロトフォッラーモスクの黄金色のアラベスク模様に覆われた美しいドームは、きらびやかな星

  • 世界の半分、サファヴィー朝の古都イスファハーン(前編)

    イラン(ペルシア)の見どころとしてたぶん一番と言っていいくらい有名なのは、江戸時代とほぼ同時代に興ったサファヴィー朝ペルシアの首都だったイスファハーン。ヨーロッパから貿易商たちがペルシアの文物を求めて詰めかけ、フランスの旅行家シャルダンも挿絵入りの豪華な旅日記を残し、世界の半分と謳われたサファヴィー朝時代の壮麗な街は、今も当時の美しい面影を残しています。 たとえば、サファヴィー朝の王宮やモスクやマドレセと呼ばれるイスラム神学校や細い裏通りがどこまでも続く大バーザールが立ち並ぶ大複合建築の「王の広場」(ナクシェ•ジャハーン)。壮麗なペルシア建築が立ち並ぶこの大きな広場では当時、

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