歩くだけ歩いてふと我に返ったバラザフの眼前に見覚えのある瑞々しき黄色が広がっていた。 「ここは……リヤドか」 菜の花の黄色はあの日と同じ美しさで、バラザフを迎えた。 「ああ……。やはりリヤドの菜の花は美しい」 遠くから訪れた風が、花の淡い香りとともにバラザフの頬をやさしく撫でる。
仮想アラビア世界「カラビヤート」を舞台としたファンタジー小説。
仮想アラビア世界「カラビヤート」を舞台としたファンタジー小説。 ※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
「ムザフは、賢くてその上、実直だな。ハーシム・エルエトレビーとは、着物の表地と裏地のようだ」 ハーシムは知謀に切れ味はあるものの人当たりはよくない。一方ムザフは穏和で人を生かす知謀を持つ。アミルはこの二者の才知の在り方どちらも好んで傍に置いた。
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歩くだけ歩いてふと我に返ったバラザフの眼前に見覚えのある瑞々しき黄色が広がっていた。 「ここは……リヤドか」 菜の花の黄色はあの日と同じ美しさで、バラザフを迎えた。 「ああ……。やはりリヤドの菜の花は美しい」 遠くから訪れた風が、花の淡い香りとともにバラザフの頬をやさしく撫でる。
レイス軍の先頭が川を渡り終え、今度こそバラザフの部隊を包囲したと確信したとき、 「待て、油のにおいが――」 流れのせき止められた川は、再び炎の壁と化し、押し出してきたレイス軍の歩兵の大半が一瞬で焼死した。 フートは今回で引退を決めていて、アサシン軍団を指揮に現場に立った。
暑さが酷くなってきた。 ファリドは、諸将にカイロ征伐を通達した。そして、自身も領土に帰って、戦いの準備を配下に忙しく指示した。レイス軍にシルバ軍の情報は入らないのに、逆の情報はすぐに流れる。
「ベイ侯が従わないのはカマール様さらには聖皇に対する反逆の意があるからであろう」 と詰問する内容の手紙がファリドからザランに送られたがザランも負けていない。 「馬鹿を言うな。このザランにカマール様への謀反の心があるはずがない。他人よりも己の心を明日の朝、井戸にでも川にでも行って洗ってくるがいい」
今のファリドは執政の座を得るためには何でもするという感じだ。 「やはり志(アマル)を持っていない人間は力を持ったときに出てくる色合いが汚すぎる。俺もアルハイラト・ジャンビアと呼ばれ、策略で鳴らしたきた口だが、あそこまで汚いやり方はできない」 すでにこの時ファリドの魔手はさらに南へも伸び始めていた。
「飄々として捉えどころがないが、何故か憎めない奴だ」 アミルの気のおけない雰囲気に、バラザフはいつの間にか、存念を全て話してしまったという感じだが、後にはすっきりとした気持ちが心中に残って、ほんの少し残っていた茶シャイ を飲み干した。
「ムザフは、賢くてその上、実直だな。ハーシム・エルエトレビーとは、着物の表地と裏地のようだ」 ハーシムは知謀に切れ味はあるものの人当たりはよくない。一方ムザフは穏和で人を生かす知謀を持つ。アミルはこの二者の才知の在り方どちらも好んで傍に置いた。
レイス軍の中にも昔日を知る者は多い。そうでなくとも赤い水牛の強さは伝説にまでなって知れ渡っている。たとえ模倣であっても、将兵の旧い戦いの記憶が赤いムザフの部隊を赤い水牛に見せるのだった。 隊長格に目をやれば、赤に身を包んだ美麗な若者が熱くも爽快な気炎を放っている。敵味方問わず戦場は盛り上がった。
仮想アラビア世界「カラビヤート」を舞台としたファンタジー小説。
リヤド周辺の諸族もバラザフをアジャール家遺臣の盟主に仰いだ。それらに抱えられていたアサシンの生き残りも雇用した。 かねてよりバラザフは、アサシン軍団の新制を目論んでいたが、新しく軍団を形作る構成要素として彼等は重要な手札となった。
三ヶ月後――。 ハイレディンが死んだ。 この報はカラビヤード全土を震撼させた。驚愕を表に現した数多の中にバラザフの顔もあった。 「ハイレディンの奴、俺にあれだけ大きな顔をしておいてあっさり死んでしまったのか」 ハイレディンは休養中に、家来のバシア・シドラという武官に急襲されて炎に包まれて世を去った。
バラザフの人格が一変した。無論、主家滅亡が原因である。シルバ家の家来の者達にもそれがわかった。 ――シルバ家を拡大するのだ。 元々、バラザフの中にそうした積水のように溜まって力を秘蔵したものがあった。それが頼みとするのは自分の知謀のみ、という形で表出してきたのであった。
「シルバ家独立は父や兄達の悲願であった。それを俺が果たした、お前達はそう考えろと言うのだな」 メスト達の想いをバラザフは受け取った。 主家の滅亡によって実現した独立は何とも寒々しいものがある。 アジャール家が滅亡して、シルバ家は対外的な垣根を失い、直接風雨に晒される。独立するとはそういう事である。
ファヌアルクトは猪突な性格が良い方向に伸びて、実直な好青年に成長していた。バラザフは恩師であるエドゥアルド・アジャールが大好きだった。そのエドゥアルドの遺児であるファヌアルクトに、バラザフは少し年の離れた弟のような情愛が湧いて、彼の行く末にも期待していた。
カーラム暦1001年秋、ザラン・ベイにカトゥマルの妹が嫁いだ。バラザフもアジャール側の随員としてこの婚礼の儀に加わっていた。ここでザランと彼の参謀のナギーブ・ハルブと初めて顔を合わせた。 この時、バラザフ・シルバ、二十三歳、ザラン・ベイ、二十四歳。ナギーブ・ハルブはまだ十九歳である。
――カーラム暦1000年サラディン・ベイ死亡。死因は心臓麻痺。 ベイ家の当主サラディン・ベイが死んだ。サラディンの死は心臓麻痺によるものと世間には広まった。サラディンの死が、カイロの城邑をミスル地方の擾乱に直結するであろう事を、この時に誰もが予想した。
ハリティ隊、オワイラン隊の最後の奮戦をバラザフの配下のフートが見ていた。彼等の最期を見届けるためと、この戦い方を主人のために覚えるためである。 バラザフは配下の機転に感謝した。そして、このハリティ、オワイランの最後の教練は、バラザフの戦術の型となってゆく。
「兵士諸君、最後の教練だ。寡兵での戦い方というものを教える」 追撃部隊の先頭の兵力を少し削り少し切り結んですぐに後ろに下がる。ハリティ隊が下がるとすぐにオワイラン隊が出て敵の戦力を齧り取ってゆく。だがハリティ隊、オワイラン隊も一人また一人と敵の刃に倒れ、最後には全てが大軍の波に飲み込まれていった。
三重に用意した陥穽、その最前列の穴と土塁の後ろに火砲(ザッラーカ)兵を一万五千人並ばせている。フサイン軍の一万、そしてレイス軍の五千である。 ハイレディンはこの戦いに自分の命運を賭けて挑んでいる。ムアッリムの裏切りという虚報で、アジャール軍を遠くから糸を引くように操っている。
バスラはシャットゥルアラブ川の右岸にある港湾都市である。穀物や棗椰子などの輸出港でもあり、都市内に整備された運河が、バスラの産業製品である棗椰子の品質向上にも役立っている。 「この城邑は北に川が流れているから向こう側から攻撃するには無理がある。南の運河沿いに布陣してじっくり攻めるしかないな」
暑さが酷くなってきた。 ファリドは、諸将にカイロ征伐を通達した。そして、自身も領土に帰って、戦いの準備を配下に忙しく指示した。レイス軍にシルバ軍の情報は入らないのに、逆の情報はすぐに流れる。
「ベイ侯が従わないのはカマール様さらには聖皇に対する反逆の意があるからであろう」 と詰問する内容の手紙がファリドからザランに送られたがザランも負けていない。 「馬鹿を言うな。このザランにカマール様への謀反の心があるはずがない。他人よりも己の心を明日の朝、井戸にでも川にでも行って洗ってくるがいい」
今のファリドは執政の座を得るためには何でもするという感じだ。 「やはり志(アマル)を持っていない人間は力を持ったときに出てくる色合いが汚すぎる。俺もアルハイラト・ジャンビアと呼ばれ、策略で鳴らしたきた口だが、あそこまで汚いやり方はできない」 すでにこの時ファリドの魔手はさらに南へも伸び始めていた。
「飄々として捉えどころがないが、何故か憎めない奴だ」 アミルの気のおけない雰囲気に、バラザフはいつの間にか、存念を全て話してしまったという感じだが、後にはすっきりとした気持ちが心中に残って、ほんの少し残っていた茶シャイ を飲み干した。
「ムザフは、賢くてその上、実直だな。ハーシム・エルエトレビーとは、着物の表地と裏地のようだ」 ハーシムは知謀に切れ味はあるものの人当たりはよくない。一方ムザフは穏和で人を生かす知謀を持つ。アミルはこの二者の才知の在り方どちらも好んで傍に置いた。
レイス軍の中にも昔日を知る者は多い。そうでなくとも赤い水牛の強さは伝説にまでなって知れ渡っている。たとえ模倣であっても、将兵の旧い戦いの記憶が赤いムザフの部隊を赤い水牛に見せるのだった。 隊長格に目をやれば、赤に身を包んだ美麗な若者が熱くも爽快な気炎を放っている。敵味方問わず戦場は盛り上がった。