二人だけの部屋で何故か周囲をチラチラと伺うと、どもりながら話を始める。片目は緊張から、豆粒大程になり、額が光っている。 明らかに異常な様子を感じた茂は、相槌の速度を緩めると、嘘を付いた男から出たどよん、とした気を逃すように常に口角を上げて聞く。 ボソボソと話し終えると沈黙が流れた。まるで悪戯が見つかり大人から罪状を待つ少年だ。 「君は、潜在意識の中で子供を守りたいと思っているんじゃないのかなぁ」 「違います。僕はずっと、殺したいと思っていたんです。それだけを追い求めてきたし、そうだ、きっと殺してしまえば夢が叶ってしまう。だから殺せなかったんだ。とにかく違うんです。」 「そうかなぁ。でもね、君が…
「すみません。先生は只今席を外しておりまして…。あと一時間程もすれば、お戻りになられると思います。」 と、笑顔で話され、健二はオフィスで待つ事にした。予約も取らずに訪ねたものだから仕方がない。 世間話をするわけでもなく沈黙の時間が流れたが、坂崎という事務員はひたすらゲージに入ったハムスターをつついたり、デスクを歩かせて戻しては話しかけ、自分の世界に入り込んでいる。 暫くすると席を立ち、いきなり出て行ったかと思えば、いい匂いのする紙袋を下げて戻ってきた。 (先生もそうだが、この女もどこか随分と子供っぽい) 紙袋を先生のデスクにそっと置くと、またハムスターに話しかけるのだった。順番にゲージから出…
毛布から顔を覗かせた冷えきった足に起こされた健二は、横になったまま、時計を見ると9時を過ぎたところだった。 (よし) 心で呟き、キッチンへ向かうと数分後にはじゅう、と言う音と部屋には珈琲の香りが溶ける。 青白い顔で朝食を詰め込むと、少し不安そうにのっそり近寄る猫が膝の上に構える。 ゆっくりと着替え、クラウドに見送られた後暫く歩くと、神戸三宮駅に向かう電車を待つ事にした。五分程待って乗り込んだ電車には若者がいつもより多かった。 眺めると、どこか後ろめたさを感じる。 もう何年も前から心にあった健二の"理想国家"には電車内の人間達は存在しない。代わりに、殆ど破れている奇抜な服を着た青年や、靴を片方だ…
均等に整列し、鮮やかな葉をつけた木の枝が左右に規則的に揺れる。外はとても暖かく、ここ最近の厳しい寒さを飛び越えて春がやってきたような空間だった。 そして、木造で大きく、様々なパステルカラーで仕上げられた家と、一件に一つずつの青々とした茂った庭がゆったりとした間隔で並んでいた。 各々の庭には三輪車、自転車、広いガレージに立てかけられた芝刈り機。赤や緑のボール。何軒かの家には、幼児しか入らない様な小さな小屋が構えてあり、その全てに熊のような犬が昼寝をしていた。 その一角で笑う子供は、最近やっと歩けるようになったばかりなのだろう。宝石の様なクリアブルーの瞳は、日に照らされる事でより一層ガラス玉のよ…
(覚悟を決めなければならない。 正しい人間になるには強い意志と責任を持って自分で決めた事はやり通さなければならない。) イギリスの誰かが生み出したらしい名言が書かれた本は、高校生になったばかりの健二に、誇らしげでサラリとした文字で、立派な人間の常識を叩き込む。 五歳ほどの頃にはもう、家族に消えて欲しいと望んでいた彼は、その数年後には自分が少し変わっていると気づいた。 おかげで本やテレビドラマ。映画やアニメ等は他人に心を開く事が出来なかった健二に"正しい人としてのあり方"の正解への材料を少しずつ与えてくれていた。 正解という鎧に包まれただけで、中身は変わらなかったが、それでも良かった。正規品とし…
ここでまた一旦、区切りとします。 少しずつですが、アクセスも伸びてきました。 私には数字のカウンターしか見えませんので、これまでを読んでいただいた方や、今この区切りに目を止めて頂いている方はどんな方なのか、わかりません。 でも、アクセスが増えていくのはやっぱり嬉しいものですね。 当然批判の声はあるかと思いますが、もし少しでも気になると思っていただけたらTwitterからイイネが欲しいなんて思っております。 Twitterでは優世界という名前で更新情報を流しております。 それと、児童虐待描写があると書いてありますが今のところでてきていませんね。 では …
イヤフォンを外し二人の男をオフィスの外へ見送ると、彼女はため息をついた。二ヶ月以上タイピングをしていなかった事と、予想以上に健二が早口で話すので、議事録は途中で途切れてしまったのだった。 反省した後、"みるくちゃん"のネームプレートを作っていると、興奮で少し髪が逆立った茂がトントンとリズミカルに戻ってきた。 「欽堂くんはまだ蛹なんだ!でも、彼はきっと綺麗な蝶になるよ!」 「子供を殺したんだから、もう夢は叶ったんでしょう?まだ蛹…被害者がこれからも増えるということですか?」 「うぅん…。」 茂は唸った後、納得いかない様子で暫く考え込んだ。先生の説は確信まで到達していないようだ。そして、 「からあ…
「僕はこれまで、あまり物には執着しないタイプだったんですが…。こんな空間にいると、僕の部屋も真似したくなりますね」 「いやぁ飽きっぽいから、もうそろそろガラッと変えちゃいたいんだけどねぇ。何か飲む?」 「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」 「そっかぁ、また欲しくなったらいいなよ。酒以外は大体あるからさぁ。 ふふ。それじゃ、早速なんだけど、私に話したいことはある?」 「一言で表すなら、最高の喜びですね。僕、まさか日本で夢を叶えられるとは思ってなかったんです。集めた資金で発展途上国に行ってからじゃないとダメだと思っていたので、まさか日本でですよ、この国でしかも、白人の子供が買えるなんて。 …
「スパーク…いちごちゃん…みるくちゃんと……しげる!」 駅前にオープンした小洒落た100円均一ショップで売られていたちいさなカードは、楽しそうにペンを握る美穂に応えるように、少し丸く跳ねるような文字を受け止める。 インスピレーションで浮かんだ名前と、その内の一匹、"しげる"は美穂の上司である男と同じ名前で、共に食い意地が張っている事からその名を付けたのだった。 二枚目を書き終えた時、オフィスの扉が勢い良く開き、爛々とした目の"しげる"と、その後ろに久々にもう一人、美穂の初めて見る男がいた。 会釈し、目を合わせる。 何かおかしい。 …異様に左目が小さい。 倍ほどもサイズに差があるなんとも奇妙なそ…
十二月のある日。厚手で紺色のコートに身を包んだ華奢な女性はここ三日間同じデパート内のコーヒーショップへと訪れる。 選ぶものも三日間同じで、一円玉サイズのカラフルなグミがぎっしり詰まったパックを五つ。 誰がみても海外製品だとわかる、毒々しい色をしたそれは、全てキリンの形をしていた。 早足で帰ると、笑顔で待つボザボサ髮の男へそれを渡した。彼から"雌雄眼"の話を聞いてから、もうすでに二ヶ月。 「先生、次の方はいつ来られるんですか?この前話していたシユーガンの人。」 「うぅん…」 一ヶ月前にこの会話をしたっきり、音沙汰が無い。唸った当人も宛がないようで、退屈そうな美穂を察してか、何故か翌日色とりどりの…
美穂が"先生"と呼ぶ男の元で働き始めてから、約七年が経つのだが、診察室のようなオフィスを訪れたのはたったの十六人ほどである。 彼女が、来なくなったな。と思うと、先生は新しい人を一人連れてくる。途切れる事はこれまでに無かった。 しかし、先生が捕まえてくるお気に入りは毎日二人の元へ顔を出すわけではないし、月に多くても四回ほどなのだ。 週に五日間きっちりと働いている彼女の仕事は、 歴史も深みもないシンプルな自身のデスクと、 毎日食べ物のカスや、 ジャンルの全く異なる漫画、書籍、 放り出したままの、青く美しい花をした蝶の標本 時にはいつ用意したのかもわからないLEGOブロックが散乱する先生の畳一畳ほど…
露出した肌が見えなくなり、厚手のパーカーや、中にはかなり早いがマフラーを巻く人もいた。 ひり、と風が肌の水分を奪うような季節の頃だった。 神戸の南京町近くにある、輸入雑貨屋の中のようなガチャガチャした飲食店街を道一本、それた場所に二人はいた。 「シユーガンですか?」 「うん。そうなんだ、雌雄眼がね、彼は凄いんだよぉ。今まで見た中でもとびっきり!でさぁ」 「なんなんです?シユーガンって」 「つまりぃ、左右の眼のサイズがアンバランスなんだよ。なんか大きな野望を持ってるんだって!ネットで見たの!」 「またネットですか。でも私も見てみたいです。そういえば先生、占いの勉強は進んでます?私、魚座なんですよ…
健二のお話はここで一区切りです。 私は前書き、とか後書きとか、そういうものを書いたことがなかったので話をしたい時にそのタイミングで書いていきます。 今メディアでは世にも恐ろしい殺人鬼の方たちや、親として、子として家族を大切にできなかった人々がニュースとして名を広めます。 そしてそれを受け取った方達がなんとも複雑な気持ちや怒りを露わにして攻撃するんですね。 でも、どんなに誰が怒ったとしても、許さないと思ったとしても、存在するでしょう。 彼らは身近な場所で生きているんです。 夫婦やカップルはその二人にしかわからない事がある。介入するべきではない。 こんな意見をよく聞いたことがあります。 いくら彼女…
健二はそっと、赤ん坊を抱き上げる。暗くてわかりづらいが、眼は宝石のようなクリアブルーなのだろう。 肌はモチモチと桃を連想させ、血色の良い唇からは涎が垂れている。少し驚いたように部屋を見回したかと思うと間をおいて、部屋中を突き刺すような泣き声が響く。 (そりゃ泣くか…) 母親を探しているのだろうか。腹が減っているのだろうか、それとも排便だろうか。少し考えた後、 (臭いはないな) 麻袋の置いてあった場所に軽く放った。 どしっ、という音と共に更に激しく泣きじゃくる赤ん坊を置いて、火をタバコにつけると、暫く考える。 健二の夢であった子供を手に入れる事。辿り着いたその先を、彼は想像していなかった。 ht…
ごそり。ごとん。 麻袋が落ち、ヒンヤリとした床に転がった。健二が過去から現実に引き戻された瞬間だ。 転がったものを片手で乱暴に持ち上げると、ギュッと縛られた口を開き、中を覗く。 薄い、金色の髪がオマケのように被さっている八ヶ月の白人の赤ん坊が顔を出していたーー。 健二が初めて見た虐待動画は、海外のものだった。これだけニュースとして取り上げられる虐待事件でも、実際画面に映るのは日本だと逮捕された犯人の顔と、被害にあった子供の写真くらいだ。 しかし海外のニュースではベビーシッターの暴行現場や、例えば殺人事件でも死体が報道される。彼にとっては凄まじい衝撃で、その晩は眠ることも忘れ動画を探し続けた。…
眼の色というのは、これまでに全く興味がなかった。ただ、これだけ情報を集める力があるのであれば、たった今思いついた事だって予測できるのではないだろうか。なんて意味のない遊びだった。 セールスマンは健二のなんとなくの悪戯の意味がわかったようで、下がった眉の形を戻すと、説明を進めるのだった。 十五分程して、彼の説明でわかった事は 支払いは現金のみ。手持ちが足りない場合には総額の半分を頭金として、残りを一週間以内に支払う。 商品をーーといってもこの場合は人間だが、取り扱う際にはどうやら用意されたホテルの一室でないといけない。 外部に漏らさない。 商品をバラバラにしない。 それが大筋の決まりのようだ。 …
健二は子供を犯したい訳ではない。そんな性癖は無いしそれに値する人間を軽蔑さえしている。それに拷問したい訳でも無かった。 ただ。子供を殺してみたい。 紙切れに記された八人の子供達は、決して誰にも漏らさず、健二の中だけに大切に隠しておいた嗜好そのものだった。 人身売買をしている業者からしてみれば、性別だって、年齢だって、性格だってクライアントによって大きく変わるだろう。俺はこの男の前で子供なんて口にした事は勿論一度もない。四日前に初めて会ったこの男に全て知られている。いや違う。正しくはセールスマンの上司に、だ。 自分は途方も無く大きな何かと取引をしているのだー。きっと誰も太刀打ちできないような、完…
二十年程前であれば美しさに感動さえしただろう、少し古くなっているが立派な建物の十四階にレインはある。他の階は企業のオフィスが名を寄せているのに、その内のワンフロアがまさかバーである事とは誰も思いつかないであろう。 案内板に名も無く、一階から順に丁寧に整列した名前は、「十四」の隣だけ空間ができている。 ボストンバッグを抱え、エレベーターを待つ間健二の頭では様々な予想が飛び交っていた。 青年が口にした、7560万円から。というのは、最低価格だろう。だとしたら最高はいくらか。 第一、物はどうやって受け取るのか。まさか宅配便で届くわけじゃあるまいし--。 あの男の上司とは一体どこで俺の情報を、。 十四…
四日後、 健二は目を覚ますとコーヒーを入れ、郵便受けから五つの新聞を取り出す。 テーブルの上にそっと並べると朝食の準備を進め、てきぱきとバランス良く並べた後、新聞に目を通しながらベーコン、トースト、目玉焼きの順に平らげた。 食器はそのまま、テレビをつける。 3LDKのタワーマンションの一室にある健二の部屋はがらんとしている。必要最低限はおろか、炊飯器、電子レンジも無く、代わりに健二が用意したものは渋みがかった大きなソファ、重量感のあるガラステーブル、鏡面仕上げの壁一面ほどもあるテレビ台などの家具であった。 リビング横の部屋にはパソコンが二台と、モニターが7台。デスクの上に並べられ、健二がチェア…
一年ほど前の事だった。 滑舌が良く小麦色に焼けた肌、スーツを着こなす姿は健二がワイドショーで見た、正義感の強い司会者に今思えば、良く似ていた。 マスターに大きな歯を見せてニコニコと笑い、ウイスキーを頼むその目はバーカウンターの奥のライトの輝きを全て吸い取ったように生き生きとして居た。年は20代前半だろうか。おそらく学生時代も今もかなりモテる筈だ。 メディアなどで流行っている、いわゆる草食系男子などではなく、体育会系。中太の少し濃い凛とした眉。黒目の大きな垂れ目で、男らしく人当たりも良さそうだ。 人気のつかない隅の席で、ポツリと座っている。が、どっしり構えるような座り方に存在感がある。テーブルに…
頭の半分は過去をさぐりながら、 ベッドに腰掛けたまま辺りを見回し、小さな白い灰皿の横のリモコンを手に取る。健二の部屋の、倍ほどもあるテレビをつけると、まずその眩しさに目を逸らしたくなる。 慣れた手つきで明るさ設定を調節し、ぼんやりと眺めると、時間は15時28分。 殆どのチャンネルのワイドショーは、右上に黒と赤で強調された文字で、凶悪‼︎や、卑劣。と映し出されている。 その内容はどれも同じ事件で、一週間ほど前、3人の幼児を誘拐、強姦し死体をその家族の元へ宅配便で送った。というものだった。 彼は現実に戻り番組を観ると、ぴったりとした紺色のスーツを纏い、締まった体で、よく日焼けをした気の強そうな男が…
(テレビの裏、ベッドの下、それと...) そこに入ると間もなく、何処に間接照明があるか探す。 彼は、それぞれが放つ淡い光が幼い頃から好きで、感情のない顔で見渡すが、内心は高揚し、瞳孔は広がっていた。隠された光を全て確認すると、次は部屋全体に目を向ける。 皺一つ無くメイクされ、いくつかの大きな枕が並べられたキングサイズのベッド、広い空間に見合う60型ほどあるテレビ。光沢のある木目調のテーブル。 大きな革のソファーには、両手で包み込める程の麻袋が置いてあり、僅かに動いている。その部屋の家具は殆どがダークブラウン、ブラック、ホワイトで構成され、照明が当たると優しく光り、とても落ち着いていられる。 …
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