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愛に恋 https://pione1.hatenablog.com/

晴読雨読、乱読遅読の独歩人生を送っております!

人との出会いはめっきり少なくなりましたが、新刊、古書を問わず本との逢瀬はこれからも大事にしていきたいと日々、思っています。

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2017/07/10

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  • ムーンライト・セレナーデ 絵は想像力であり、個性であればいいのか

    絵は想像力であり、個性であればいいのか。もっとも難しいことは絵が色彩と形で出来た感覚的な言語だということです。これは、私たちが喋っている日常の言語ではない。完全に感覚的な言葉です。だから見た瞬間に、絵は、好きだとか、嫌いだとか、いい、悪いが分かる。日常使っている言葉や文章の場合はこれが分からない。例えば『寒い国から帰ってきたスパイ』という小説は、最後まで読まなければ、優れているかどうか分からない。絵画空間と文学空間は、一種の違いを持っている。絵は感覚的な言語になると、ある早稲田の大学教授が言っている。そうなんですね、私みたいな者は見た瞬間が勝負なんです。これは異性に対しても同じことが言える。「…

  • シャーリーズ・セロン Part.7

    2004 シャーリーズさん、アナタの演技が抜群な才能だということは知っています。アナタ、かなりの大柄なんですか。 私と並んで歩いたら、私の方が見劣りしそうで恥ずかしいのですが、それでもなお一緒に歩いてみたいのです。 それでコメダに行って周りの反応を確かめたい、ひとつお願い出来ませんか。

  • ポール・ゴーギャン Part.14

    《異国の鳥のある静物》(1902年) プーシキン美術館 《悪魔の言葉》(1892年) ワシントン・ナショナル・ギャラリー 《豚のいるブターニュ風景》(1888年) ロサンゼルス・カウンティ美術館 《芍薬のある静物》(1884年) ワシントン・ナショナル・ギャラリー 《三人のタヒチ人》 (1899年) スコットランド国立美術館 《シエスタ》(1894年) 《通り》(1884年) ビュールレ・コレクション 《ファタタ・テ・ミティ(海辺で)》(1892年) ワシントン・ナショナル・ギャラリー 《テ・アヴェ・ノ・マリア(マリアの月)》(1899年) エルミタージュ美術館 《タヒチの牧歌》(1893年)…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 エドヴァルド・ムンク

    私のアートは、人生と不和の理由を探って考えあぐねたことに始まっている。なぜ私は他人と違うのだ? 頼みもしないのに、どうしてこの世に生を受けたのだ? この苦しい思いが、私のアートの根っこにある。これがなければ、私のアートは違ったものになっていただろう。写生をするのではない。自然がいっぱいに盛られた大皿に自由を手に伸ばすのだ。見るものを描くのではない。見たものを描くのだ。これはムンクの言葉だ。彼の人柄が見えるようですね。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。今日もお疲れ様、また明日、おやすみなさい。

  • 輪違屋糸里 (下) 浅田 次郎

    下巻ではいよいよ近藤一派と芹沢一派の争いになるわけだが、どうも様子が今までとは少し違う解釈になっている。近藤と芹沢は仲違いしたとも思えず、意外に仲がいい。二人して祇園に出かけ飲んでは遊び、話し合いも親密だ。然し、会津中将に呼ばれた近藤一派は本当に直々に芹沢一派の粛清を下知されたのだろうか。新見錦の切腹に関してはどうだろう。祇園新地の料亭「山緒」に近藤一派が押しかけ切腹させられたという従来の説とは違って、初めから土方らと一緒に料亭に行ったことになっている。そして大雨が降る深夜、土方ら数人が泥酔している芹沢、平山、お梅を殺害、別室にいた平間は逃亡し、吉栄と糸里も難を逃れたはずだが、本作では初めから…

  • 一葉との別れ

    そうですね、私はいろんな女と別れてきたけど、一葉との別れが一番ツラい。

  • ニジェール軍事クーデターの指導者ティアニ大統領衛兵司令官

    ニジェール軍事クーデターの指導者ティアニ大統領衛兵司令官が国家元首を宣言した。ニジェール憲法は停止された。フランスはティアニ将軍をニジェールの首長として認めておらず、側近のバズム氏を政権に戻すよう要求していると述べた。その理由は明らかだ。フランスが使用するウランの3分の1はニジェール産であり、一部の報道によると、アフリカのこの国の新しい指導者は親ロシア派だという。

  • キャサリン・ゼタ=ジョーンズ Part.4

    キャサリンさん、日本人から見ると西洋人のい女性は凄いと思いますね。結婚しようが子供が出来ようがオンナを前面に出しますよね。 日本人だったら結婚してまで胸の谷間なんか出していたら、世間から何を言われるか。 ましてや子供が出来たらなおさらです。 だからいつまでも綺麗でいられるのですけどね。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 女遊びは芸の肥やし

    昔から「女遊びは芸の肥やし」などと言われるが、下世話に五十男に処女を捧げた女と、年増女に童貞を破られた男くらい仕合せなものはないと言われている。小説家の小島政二郎の話に、子供時代、新橋に洗い髪のお妻という有名な芸者がいた。先代の羽左衛門は天下の美男子だったが、まだ二十歳代の頃、この洗い髪のお妻のおめがねに叶って、いろの緒訳を仕込まれた仕合せな男の一人で、昔の芸者にはそんな剛毅な女がいたとはよく聞く話だが、政二郎は、我々などの遠く及ばないエステリックの境地にまで到達しいたに違いない。エステリックというのは「その道の奥義を授けられた人」というほどの意味と羨ましがっているが、先代の羽左衛門とは誰か。…

  • ショウヘイ・オオタニ 39号

    『大谷翔平非公式スポークスマン』いったい、ショウヘイ・オオタニはどうなっているの。いくらなんでも凄すぎる。昨日の二打席連続ホームラン、そして今日の第一打席で39号ホームランで、つまり昨日から3打席連続ホームラン!https://twitter.com/i/status/1685065999685726208

  • ダメオのアニマル・ラブ Part.36

    「ゾウさんゾウさん、お鼻が長いのね、そ~うよ、母さんも長いのよ、って知ってる?」「知らない」「聴いたことないの、ちょっと歌うから覚えてよ」「歌なんかいいから、お乳」「はいはい、オッパイね」「もっと飲みたい」「まあいいけど、甘えん坊だな」「しょうがないじゃない、ママがいないんだから」「だけど、だんだん大きくなるから、そうなったらもう乳離れだからね」「嫌だいやだ」「分かったわかった、はい飲んで」 「おい、なんだこれは!まったく、どいつもこいつもとんでもない野郎だ」「しらな~い」「何だと、もう一遍言ってみろ」「し・・・」「おい、いいか、今日から三日間エサは無しだからな。そのつもりでいろ」「えええ、そ…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 十六代様

    徳川吉宗の将軍継嗣である家重公は生まれつき言語が不明瞭で、逆に次男の宗武公は至って聡明、武にも秀でた傑物に育った。ゆえに家重公を廃嫡して宗武公を継嗣に、という動きが幕閣の間で起きたことがある。相続の儀はまことに難しく、大名諸侯でも跡目を巡って家臣が割れ、その騒動が因で改易となった例もある。なればこそ将軍家としては、天下に範を示さねばならない。吉宗公は長幼の序を重んじて長子、家重公を継嗣と決め、宗武公には田安家という別家を立てさせた。下って慶応4年の大政が奉還された後、新政府から慶喜に代わって徳川宗家を相続したのが当時、数え年で6歳だった田安亀之助だった。所謂、十六代様といわれた德川家達(いえさ…

  • マリリン・モンロー Part.64

    モンローさん、アナタあんまり映画の中では煙草を吸ってませんよね。ご安心ください、私も元愛煙家ですからデートの最中に喫煙するのはOKです。 それに喫煙OKの喫茶店も知ってますからどうぞいつでも来てください。 必ずですよ。

  • 読書をする女 part.32

    フランティシェク・ドヴォジャーク(チェコ、1862〜1927)『思慮深き読み手』(1906年) アルベルト・エデルフェルト(フィンランド、1854〜1905) Pap Emil 画になる女が読書をする女。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 お金と、自分だけの部屋

    凡人には時に著名人が言っことが理解できないことがある。たとえばヴァージニア・ウルフはひどく悩み苦しんだ人だったが、とても勇敢な女性でもあった。その彼女の有名な言葉は「もしフィクションを書きたいと思ったら、女性はお金と、自分だけの部屋をもたなくてはならない」と言っている。お金と部屋があったならフィクションが書けるのか。どう、理解できるか、私には解らない。なぜ、二つのものが同時にあったら書けるのか。今の時代、金と部屋を持っている女性はそれなりにいるだろうが、しかし、だからといって彼女らが物書きになれるかといえば、一概にそうとはいえまい。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。今日の大阪は38℃を…

  • エヴァ・グリーン part.12

    エヴァさん、私はよく考えるんですよ。もし、アナタと共に生活できたらどんな環境でどんな日々が待っているんだろうと。 次の出演作について語り、アナタのセリフ覚えを聞くことになるのでしょうか。 時にはアクション、殺人、叫び、怒鳴り、泣き、笑いとそんな生活がありそうで愉しみなんです。 その想像を実際の画にしたいと密かに願っている私の夢を叶えて下さい。 連絡お待ち申しております。

  • 輪違屋糸里 (上巻)浅田次郎

    輪違屋糸里とはまたタイトルがいいですね。 実在の人物です。 裏表紙の説明書きを読むと芹沢鴨とあったので即買いしました。 芹沢鴨を前面に扱った小説は先ず稀なので読むしかありませんね。 話は少し変わりますが、私が歴史上の人物で初めて知ったのが近藤勇なんです。 幼少の頃に育った旧国鉄の東京板橋で、その駅前に新選組局長近藤勇の墓があり、よくかくれんぼなどして遊んでいましたが、無論、名前は父から聞いて覚えたものの、その誰かは知りませんでした。 千葉の流山から下って板垣退助率いる官軍に投降したのち、この地で斬首されました。 だからというわけではないが、私は21歳の頃から大の新選組ファンになり、当時、友達か…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 山崎晴弘公職追放

    昭和21年春、山崎晴弘という人物が政府作成の公職追放者名簿に載った。GHQの指示で約20万からの軍国主義者、国家主義者が追放される。山崎は、帝国在郷軍人会の本郷第六支部長に任命されていた。軍人会の本部である九段の軍人会館(現九段会館)建設に高額寄付をした功労者であったこと、また巨額の建設費をかけた鉄筋校舎を政府に供出していたことから、地方役員に任命されていた。だがそのために、女子に美容と洋裁を教えていた山崎が追放されるべき「軍国主義者」とされ、学校長として復帰することは絶望的になった。学校再建は、一人娘の後継者として指導してきたの富栄の若い肩にのしかかった。この女性こそが2年後に太宰と心中した…

  • クリスティーナ・アギレラ Part.3

    2008 2019 2013 2021知ってますかこの人、れっきとしたボーカリストですよ。 それもとても歌の上手い人で、その声には私も惚れています。 けっしてポルノ女優ではありません。 少しモンローを意識している感じの女性ですが、実はですね、彼女からお誘いのメールが昨日届いたんです。 さあどうする家康。

  • 偉人伝 part.7

    トルーマン・カポーティ ビリー・ザ・キッドです。子供の頃に父から見せられた映画をきっかけに知るようになりました。21歳で射殺されて生涯を終えるまでに、8人を殺害。後世に弱きを助け強きをくじく義賊として創作で伝説的に描かれたことで、西部劇の英雄として人気がある。最期は保安官、パット・ギャレットによって射殺された。これはゲート・ボールをやっているのだろうか。おそらく右がビリーだと思う珍しい死の3年前の写真だ。 オスカー・ワイルド 愛新覚羅溥儀 こんばんは。「今日の一枚」はこの人です。お分かりですか。有名な人形「テディ・ベア」の名前の由来となったアメリカ元大統領のセオドア・ルーズベルトです。1858…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 落ちぶれて袖に涙のかかる時

    落ちぶれて袖に涙のかかる時人の心の奥ぞ知らるる、とは、実(げ)に言いける言葉かな。足らぬことなきその昔は、人は誰も誰も情け深きもの、世はいつとて変わりなきものとのみ思いけるよ。人世の行路難は、人情反覆の間にあるこそいみじけれ。 こっちが貧乏になると、世間人は顔も心も剥き出しにして向かって来る。これが人間にとっていい修行になるのだと『にごりえ』に書いている。掌を返すように。さもありなんか。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。専門家の話では今年が一番涼しい夏になるらしい。なんでも21万5千年に一度の猛暑到来とか。世界では40℃を超える都市が続出。56℃の街もある。地球滅亡の日も近いのか。おや…

  • アルブレヒト・デューラー Part.3

    《四人の使徒》(1526年頃)アルテ・ピナコテーク 《洋ナシの聖母》(1512年) ウィーン美術史美術館 《ニュルンベルクの眺め》(1496-97年) 《東方三賢王の礼拝》(1504年) 《祈る手》(1508年) アルベルティーナ 《オスヴォルト・クレルの肖像》(1499年) アルテ・ピナコテーク 《懺悔の聖ヒエロニムス》(1496年) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《芝草》(1503年)アルベルティーナ 《聖ヒエロニムス》(1521年) リスボン国立古美術館 《13歳の自画像》(1484年) アルベルティーナ素描版画館 ふう・・・何分古いからね。 宗教画以外のものならもう少し考えてもいい…

  • ダメオの妄想世界の旅 Part.55

    この放射線状に伸びた4つのタウンが我がダメオ・コーポレーションの寮です。試験に合格した暁には寮に入り、更に2年間みっちり社会現象、世界情勢、宗教問題、東西問題、南北格差、戦争、紛争、地理、経済、歴史、合気道、剣道など、1日8時間学んでもらいます。いわば文武両道を磨いてもらうわけです。但し、退所はご自由です。 キャサリンは何処へ行くつもりでしょうか。私は少しあたりを探索しています。しかし素晴らしいエメラルドグリーン、誰もいないなんて勿体ない。宣伝して海の家でも開こうかなダメオ・コーポレーションで。 さあモーニングでも頂くか。今日は世界一美しい海岸と言われる、イタリア南部のソレント半島南岸、アマル…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 真は嘘の皮、嘘は誠の骨

    江戸の昔は男たるもの吉原に上がるのは当たり前なのか。吉原は造り物の世界。虚実を取り混ぜてお見せする、夢の世界。親に捨てられ、売られた娘が躰も魂も磨き抜いて、大名とも対等に渡り合う。真は嘘の皮、嘘は誠の骨、迷うもよしわら、悟もよしわら。江戸の者はその逆転に気づいている、なればこそ、皆は喝采するってか。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。今日はカフェでとびっきりのいい女を見た。プラチナブロンドの白人で背中の大きく開いたワンピ。そこに見えたは大きなタトゥー。咥え煙草でスマホを操作。一人悶絶昇進。おやすみなさい、また明日。

  • サルマ・ハエック Part.9

    2011 2009 (2021 サルマ・ハエックさん、この際、日本でサルマ・ハエック・ファンクラブを作って会長になろうかと思って居ます。 どうでしょうか、先ずはファンクラブ会長としてご自宅にお招き頂けませんか。 今後の運営方法などじっくりお話したいと思っているのですが。

  • 「今日の一枚」 ソンミ村虐殺事件

    ベトナム戦争に起きたソンミ村虐殺事件を知っているだろうか、1968年3月16日、非武装のベトナム人住民を虐殺した事件で、ベトナム反戦運動のシンボルとなり、世界的にも大きな反響を呼んだ。ソンミ村を襲撃し、無抵抗の村民504人(男性149人、妊婦を含む女性183人、乳幼児を含む子供173人)を無差別射撃などで虐殺した。集落は壊滅状態となり、生存者はわずか3人だった。この写真をよく見て下さい。ボタンを留める少女はレイプされ、おばさんと子供の怯える顔。今まさに殺さようとしている。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 八卦がえり

    三遊亭圓生の噺のまくらでこんなことを言っている。昔あっていまはもうなくなったものがいくらでもあります。最近では「八卦がえり」という言葉もとんと聞いたことがございません。これは自分の生まれた年に還るという干支でございますね。まァ、仮に甲子(きのえ)年に生まれた方が、その甲子年になるのは61年目にあたります。これを八卦がえり、また、還暦とも申しますが、つまり子供に生まれ変わったという意味で、身寄りの者から赤い頭巾とか、赤いちゃんちゃんこなぞを送ります。祝ってくれるというのは、子供に還ったという意味で祝うものなんだそうです。昔の男は、そういうことでもなければ赤いものなぞは身につけなかったものです。そ…

  • シネマへの招待 Part.6

    今日の映画は、Victor Mature and Hedy Lamarr starred in Cecil B. DeMille’s, Samson and Delilah (1949)です。ヴィクター・マチュア&ヘディ・ラマー主演で、監督は巨匠のセシル・B・デミルの大作『サムソンとデリラ』です。大昔に観たのであまり覚えてないのですが、最後はサムソンが怪力で神殿を壊す場面だったと思いますが。 今日の映画は『High Noon』(1952年)です。邦題は『真昼の決闘』です。主演はゲイリー・クーパーで、歳を重ねて渋味のある中年男の孤独と苦悩を演じてアカデミー賞の主演男優賞を獲得し、グレース・ケリー…

  • 滝平二郎 part.17

    七つの子 野の草 おぼろ 土手の摘み草 蛙の子 青い山脈 さくら 入学式 一年生 佐渡おけさ いつも思うのですが、滝平さんの場合は昭和初期をイメージしているんでしょうか。 貧しくともほのぼのした時代で郷愁を誘いますね。 もう、二度と戻って来ない時代です。

  • キルスティン・ダンスト Part.4

    キルスティン・ダンストさん、アナタ、スパイダーマンに助けてもらったあと、あれからどうしたんですか。 私はちょっと驚いているんですよ、映画ではやけに純粋に映っていましたが、意外に露出狂でエロっぽいところがあるんですね。分かりませんでした。 一度、お話しませんか、我が行きつけのカフェで。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 『蘇州夜曲』

    数々の名曲を作った服部良一は自作の中でも『蘇州夜曲』が一番好きだと言っている。作詞は西條八十で、昭和15年、映画『支那の夜』で長谷川一夫と共演した李香蘭が挿入歌として歌っているが、戦後、進駐軍から日本の国策映画だと槍玉に上げられた作品だ。橋本治は、この歌を「永遠の名曲」として絶賛している。日本の「いそしぎ」であり「虹の彼方に」であり「慕情」であり、名曲中の名曲「日本歌謡界の最高峰」だというのである。橋本は『蘇州夜曲』は恋の歌であり、その背後にある中国の美しさを手放しで肯定し、「一切は、桃の花咲く春の夜の寒山時の鐘の音と共に、みごとに美しく消えて行く、それだけなんです」と締め括っている。だからと…

  • 【AB通信:オドロイター発】 伯桜鵬

    私のカフェ友のお爺さんが元横綱の白鵬が嫌いなので、宮城野部屋所属の力士が嫌いだという。それは偏見以外の何ものでもない。好き嫌いは柔軟性があらねばならない。親方が嫌いだから弟子も嫌いなんて柔軟性がなさすぎる。まだ髷も結えない幕尻の新入幕力士、19歳の伯桜鵬がトップになって明日の千秋楽の優勝戦線に残っている。関脇の豊昇龍も残っているので明日の優勝はどうなるか分からないが、私としては、ここまで来たら前代未聞の幕尻、大銀杏なしの力士、伯桜鵬に賜杯を抱かせたい。明日は見ものだ。

  • 一人称単数 村上春樹

    今年の2月10日発売の文庫を古書店で買えてラッキーってなもんです。8編からなる短編集でどこまでが実体験に基づいているのか分からないが、中でも「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」が一番良かったな。学生時代兵庫に住んでいた著者のガールフレンドの話だが、デートと決められた日に尋ねて行くと、彼女は留守で兄が寝ぼけ眼で対応し、彼女が帰って来るまで上がって話し合う。以来、10数年会っていなかった、その兄に偶然東京のど真ん中ですれ違い声を掛けられる。訊くに、元カノは死んだという話だが、少し身につまされた。著者は本編のところどころにキーワードとなるような言葉を添えている。例えば「人を好…

  • ミラ・ジョヴォヴィッチ Part.4

    2005年 1998年 アナタはかなり魔性的なオンナですよね、知っていますよ私は。 なんだか身長も高そうで映画で観る限り体力もありそうですよね。 今、私が求めているのは体力です。 どうか私を助けてください、連絡待ってます。

  • ダメオのアニマル・ラブ Part.35

    「おお、何と痛々しい。どうしたんだ」「うん、ちょっと怪我してね。さっき抜糸してきたんだ」「併し、大変だったな。ホント、これからは気を付けてくれよな」「うん、まだ痛いからね。もう懲り懲りだよ」「とにかくさ、美味しいもの食べて暫く休養してね」「ありがとう、そうするよ。黴菌が入るといけないから外出も禁止だってさ」「そりゃそうだよ。部屋の中にいるのが一番」「うん、ママもいろいろ気を使ってくれるから安心しているけどね」「そりゃ良かった、じゃまた来るから、お大事にね」「ありがとう、さよなら」「さよなら」 「ミーコ、どうしてお前を選んだか知ってるか」「知らない」「お前の顔は猫の中でも特別だからな、それでお前…

  • ジョン・シンガー・サージェント Part.6

    《ヘンリー・ジェイムズ》(1913年) ロンドン・ナショナル・ポートレート・ギャラリー 《エドゥアールとマリー・ルイーズ・パイユロン》(1881年) 《パリの物乞いの少女》(1880年) 《ベアトリーチェ・タウンゼンド》(1882年) 《スケッチ》(1914年) ヴァージニア美術館 《スペインの踊り子》(1879-82年頃) 《森の外れで制作するモネ》(1885年) テート・ギャラリー 《アルミナ、アッシャー・ヴェルトタイマーの娘》(1908年) 《屋外写生》(1889年) ブルックリン美術館 サージェントさん、アナタ、スペイン人を描かせたらピカイチですね。 併し、何と言ってもあなたの傑作は『…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 寒山拾得

    寒山拾得(かんざん じっとく)と読むが、中国江蘇省蘇州市楓橋鎮にある臨済宗の寺・寒山寺に伝わる風狂の僧、寒山と拾得の伝承で、これを題材にした森鴎外の短編小説に『寒山拾得』がある。台州の知事職に相当する主簿を務めることとなった閭丘 胤(りょきゅう いん)は、求道者でもなければ、反対に無頓着な人でもなく、道を求めている他者に「盲目の尊敬」をもって接する人間であった。赴任の当日、リュウマチ性の頭痛に悩まされていた彼の元に一人の乞食坊主が訪れる。閭丘の頭痛をまじないによって見事に治癒したこの男は台州・天台山国清寺の豊干(ぶかん)と名乗り、これから同地へ赴く閭丘が会いに行くべき偉い人はいないかと尋ねると…

  • カトリーヌ・ドヌーヴ Part.9

    1962年 1970年 (1969年) 1965年 1965年 ドヌーヴさん、やっぱりアナタは美しい。 見ていて飽きない、どうか喫茶コメダで間近で見させてください。 目と目が合ったその日から鯉の、いや、恋の花咲く時もありますからね。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 いったい何のために僕らは本を読むのか?

    「いったい何のために僕らは本を読むのか? 君の言うように、幸福になるためか? やれやれ、本なんかなくたって、僕らは同じように幸福でいられるだろう。いいかい、必要な本とは、このうえなく苦しくつらい不幸のように、自分よりも愛していた人の死のように、すべての人から引き離されて森に追放されたときのように、自殺のように、ぼくらに作用する本のことだ。本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない」「そんな本、読みたくない!」と拒絶したくなる、カフカはそういう本を書いてきた。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。中古車販売大手ビッグモーターは今後どうなるんだ。信用失墜でもうだめだろう。まだ記者…

  • ルネ・マグリット Part.7

    《享楽の深み》 《炎の帰還》 麗しき関係 《イラスト付き若者》 《神々の怒り》 《不思議の国のアリス》 《精神の現在》 《出現》 《ことばの用法》 アナタの絵は奇妙ですね。私は純粋芸術が好きなんですよ。 奇想天外なものは確かに面白いですが、長く鑑賞したいとは思いませんね。

  • 「佐世保軍港新聞」

    昨日、古書市に行ってきました。そこで見た「佐世保軍港新聞」の束。それが10万円です。誰か買う人いるのだろうか。明治38年1月12日とあるので日露戦争真っ只中ですね。読んでみたいな。

  • 7月20日はブルース・リーが亡くなって50年

    今日、7月20日はブルース・リーが亡くなって50年。あの頃、日本は『燃えよドラゴン』に話題が集中。私も熱に浮かされたひとりで、一度観に行ったものを強引に彼女を誘って、わざわざ二度観したぐらい感動した映画でした。今まで見たこともないブルース・リーという男性に目が点になり惚れ込みました。然しびっくり、映画が日本公開された時には彼はすでに亡くなっているという噂を聞き、そんなことはありえないと否定していた私ですが事実だったんですね。その名場面をどうぞ。 www.youtube.com

  • 咥えタバコの女 Part.19

    上から7番目の女性はセクシー過ぎるね。一度、コメダでお話しましょうよ。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 本能寺の変に謀略はなかった

    武将というのは厳しい戦国の世を生き残るために戦場で総力を掛けて戦ったが、それ以上に調略に総智を傾けていた。これを謀略と呼ぶのであれば、武将は謀略の限りを尽くしたといえる。「本能寺の変に謀略はなかった」と主張する研究者もいるが、厳しい時代を生き抜いてきた戦国武将がお人好しで済むはずがない。武将の頭脳のデーターベースに戦国を生き抜くための膨大な経験・知識・論理が蓄積されていたはずで、現代人の乏しい経験値では到底生き残れない。戦に負ければ城主が死ぬだけでは済まない。一族郎党、家臣もろとも死ぬか浪人になるか、これは会社が倒産するのとは訳が違う。よくもまあストレス溜まり気が触れなかったものだ。「ムーンラ…

  • アン・ハサウェイ Part.4

    2021年 2009年 アン・ハサウェイさん、不思議ですね西洋の女優さんは。清純そうなイメージでも結構エロっぽいことを平気でしますよね。 まあ、そこが魅力なんですけど、やっぱりエロスは必要ですからね。 今度、デートしましょう。

  • アメデオ・モディリアーニ Part.7

    《若い女性》(1918年) ビュールレ・コレクション 《ルネ》 《帽子とネックレスを身につけたジャンヌ・エビュテルヌ》(1917年)個人蔵 《マダム・ヴァン・ムイデンの肖像》(1917)サンパウロ美術館 《ジャンヌ・エビュテルヌの肖像》(1919)メトロポリタン美術館 《少女の肖像》(1917年頃) テート・ギャラリー 《若い農夫》(1918年頃) アーティゾン美術館 《レオポルド・ズボロフスキー》(1916年)サンパウロ美術館 《エドゥアール・ヴュイヤール》 《アリスの肖像》 モディリアーニさん、作品の中で目があるない、この差はどうして生まれるのですか。みんなが知りたいところだと思います、教…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 二村定一

    二村定一。今、私の周辺の若い人はこの名前をまったく知らない。知らなくても不都合なことはなにもないし、まァ当然と思うけれども、五十代以上の人、特に昭和初期に物心ついていた人にとっては、青春の郷愁を感じる名前であろうと思う。試みに、古いレコードを持ちだし『私の青空』や『アラビヤの唄』や近年フランク永井で再ヒットした『君恋し』など、二村のヒット曲をかけて見ると、たまに、音程のしっかりしたいい歌い手ですね、なんて言われると我がことのように嬉しくなって、おう、呑みねえ、江戸っ子だってね、ということになると色川武大は書いている。そういう気持ちは本当によく解かる。無論、私も『君恋し』は知っているが二村定一は…

  • 古本生活読本 岡崎武志

    太平洋戦争において文化財の多い京都への空襲を避けるよう米軍に進言したのは、ロシアの日本学者、東洋学者であるセルゲイ・エリセーエフという人物だが、そのエリセーエフが神保町が焼ければ世界的損失になるとも言ってくれたお陰で、神保町は戦災を免れた。記憶は確かではないが大阪の日本橋にも古書街があったが、こちらは空襲で全焼したと何かで読んだことがある。どの国でも言えることだが天災や戦災などで文化財などが焼失や破壊されるのは、断固阻止されなければならない。 併し、その甲斐あって岡崎武志氏を始め、各界の著名人が利用する神保町となり、その末端に私もいるのだ。岡崎氏は古本趣味で実に雑学博識の大家で唯一歴史が苦手ら…

  • AB通信:オドロイター発 ロシア軍、東部に10万人集中

    ウクライナ軍高官は17日、ロシア軍が東部のドネツク州リマン方面とハリコフ州クピャンスク方面に計10万人以上の兵士を集中させていると指摘した。大規模攻撃を準備している可能性がある。ウクライナのシルスキー陸軍司令官は東部での戦況について「依然として困難だ」と説明した。軍高官によると、ロシア軍はリマンとクピャンスクの方面に900両以上の戦車や多連装ロケット砲370基を投入しているという。 どうするんだ、このままでは逆反攻されてしまうぞ。 援助物資を早急に届けろ!

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 柳家金語楼

    エノケン、ロッパと並ぶ三大喜劇人として知られた落語家の柳家金語楼を知る人も少なくなったが、金語楼に『あまたれ人生』という本がある。明治34年生まれなので何分話も古い。その中に金語楼の好きな都都逸が沢山載っている。それを幾分取り上げてみると、腹が立つ時ゃ この子をご覧 仲のよいとき出来たのよ 早く女房にして乾大根 つられている間にしわがよる 後家と云ふ字はうしろの家よ 前の空家はだれに貸す 貰った写真が半身ならば 抱いて寝たとてつまらない 好いた同志がしみじみぬれて きくも嬉しい夜の雨、と都都逸とは艶っぽいものばかりだ。遊郭、芸者が全盛だった昔にはこの手のものが持て囃されたのだろうか。粋にも聞こ…

  • 馬車馬ガンバレ!

    おっとどっこい、馬車馬ガンバレ!

  • ジェーン・バーキン Part.2

    1964年 1968年 バーキンさん、アナタの若い頃というのはヌードしかイメージがありません。 脱いで脱いで脱ぎまくる、その脱ぎっぷりが潔いですよね。 そうこなくちゃ話になりません。 併し、いつ頃から脱がなくなったんですか。 近年は噂を聞くことがなかったですが、昨日、突然の訃報。 多くの人が先立ちましたね、アナタもこれからは旦那の下で楽しく暮らしてください。 さようなら。

  • 訃報 ジェーン・バーキン

    そうか、今日、ジェーン・バーキンが亡くなったのか。セルジュ・ゲンスブールのところに行ったんだね。最愛の人の下へ。お疲れ様でした、心よりご冥福をお祈りいたします。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 西條八十の論文

    大正四年、早大英文科を卒業するにあたっての西條八十の論文は、アイルランド文学のシングだった。シングの翻訳など一つもない中、芥川との間で応酬もあった。論文を書くために全作品を読みかつ論じるには長大な時間を要し、そして結局論文提出前夜になって、力尽き吉江孤雁教授のところへ相談に行った。すると吉江は「きみ、重い荷物を背負って峠に登る人が、もう一歩も進めなくなって、その荷物を投げ出しとするとき、そのときはきっと峠の天辺に近づいているときなんだよ」と励まされ、その夜、徹夜して書き上げたという。私にはそういうひと踏ん張りが欠けているんだな。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。また明日、おやすみなさい…

  • オディロン・ルドン part.3

    《花の中のオフィーリア》(1905-1908年頃) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《キャリバン》(1881年) オルセー美術館 《黄色い背景の木》(1901年) ドムシー・シュル・ル・ヴォー城 《目を閉じて》(1890年) オルセー美術館 《オルフェウスの死》(1905-1910年頃) 岐阜県美術館 《花の婦人》(1890-1895年頃) ホノルル美術館 《キリスト》(1887年) メトロポリタン美術館 《後光を背負った聖母マリア》(1898年)ゴッホ美術館 《カルヴァリー》(1895年) ビュールレ・コレクション 《シャトー・ぺイル・ルバード》(1888年) オルセー美術館 アナタの絵は…

  • 78年前と今日

    1945年6月10日,沖縄戦にて。後方に見える“ビッグアップル・リッジ(八重瀬岳)”に向けて進む第96師団第381歩兵部隊の偵察隊と現在の景観。 大阪大空襲の翌朝撮影された十三大橋の写真と、同じ場所で撮影した現在の写真 前日の空襲で十三駅周辺は焼失。

  • スカーレット・ヨハンソン Part.24

    スカーレットさん、私の心はアナタで一杯です。 そんな私の願いを叶えてください。 ぜひ一度、喫茶コメダでお話しませんか。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 関東軍特別大演習

    1941年6月22日、ドイツ軍がソ連を不意打ちにし、『電撃作戦』でソ連領深く進撃した。松岡外相は、日本もただちにシベリアに進撃せよ、と主張。そして関東軍特別大演習の名目で、対ソ戦準備のため陸軍史上最大の兵力・資材の動員をおこない、関東軍を70万人とした。長年の仮想敵国であるソ連に対し、乾坤一擲の決戦を試みようという参謀本部の企みは一場の夢として儚く消え去った。ソ連は「モスクワ危うし」という状況ながら、ソ連国境に、極東軍とザバイカル軍を配備していたが、ゾルゲの打電などで「日本の北進はない」と決断した両軍がスターリングラードに救援し、ここに第二次大戦の趨勢は決した。あの時、若し日本軍が北上してドイ…

  • カジミエシュ・“シュロン”・クリムチャク大佐

    ポーランドからの悲しいニュース。カジミエシュ・“シュロン”・クリムチャク大佐が本日109歳で死去 第一次世界大戦の数か月前に生まれた彼は、1939年にドイツと戦った兵士の一人で、地下軍に入り、その後1944年のワルシャワ蜂起で再び戦った。ヒーロー、安らかに眠れ。本当によく残れて今日まで生きてきたと思いますね。

  • パイレーツ・オブ・FM 小さなスナック パープル・シャドウズ

    www.youtube.com 私に世代には涙が出るほど懐かしい曲です。 本当によく歌いました。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 大石内蔵助の年収

    江戸時代、蕎麦は一杯十六文だったらしい。現在の蕎麦台代を仮に480円計算する。 因みに大石内蔵助の禄高が千五百石、武士と農民の取り分が五行公民として実質は七百五十石。これを蕎麦指数で換算すると、年収は六千九百二十三万円。かなりの高級とりになる。そんな計算をした人がいる。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。何か面白いことはありませんか。最近、大笑いをしたことがない。発散できることがしたいな。今日もお疲れ様、また明日、おやすみなさい。

  • ヒラリー・ダフ Part.8

    2022 ヒラリーさん、最近分かったことが二つあります。 ひとつはハリウッドではストッキングを履かない。 場合によってはドレスとパンティだけのこともある。 二つ目は何処かの国の金儲け手段として流行っている、何処にでもいるような子の写真集はない。 まあとにかく、その点も含めて今度ゆっくり話ましょう。

  • ダメオのアニマル・ラブ Part.34

    「う~ん、ウサギというのはみんな白だとばかり思っていたけど、そうじゃないの」「違うよ、ウサギは5色」「へ~え、そうなんだ。知らなかったけど、あまり見ないな」「ちゃんとここにいるじゃないさ」「う~ん、確かにそうだけど珍しいよ。君たち兄弟なの」「そうだよ兄弟だよ」「偶然、5色で生まれたわけ」「そうらしいけど、その辺はお母さんに訊いて」「パパママもビックリしたんじゃないのかな」「でもお互いが違うことで、それぞれ覚えやすいよ」「それは言えてるな」「どう、綺麗でしょ」「ホント、珍しい兄弟で綺麗だよ」 「おい、何のつもりだ」「なにが!」「何がじゃないよ、蜂になるつもりか」「なんで蜂なの」「見て視ろよ、後ろ…

  • ワシリー・カンディンスキー Part.4

    《全体》1940年 《黒と紫》(1923年) 《Mit Und Gegen》 《尖端(ポイント)》(1920年) 大原美術館 《ムーブメントI》(1935年) トレチャコフ美術館 《ソフト・アクセント》(1934年) 《フーガ》(1914年) バイエラー財団 《BlackLines》(1928年) 《明るい楕円の中に》(1925年) ティッセン=ボルネミッサ美術館 《コンポジション》(1944年) フランス国立近代美術館 カンディンスキーさん、これらはアナタの頭の中の構造図なのでしょうか。 作品を理解するのは相当困難です。 どうなっているんですか。

  • ルクレツィアの肖像 マギー・オファーレル

    優しくしてくれる夫。でも、今夜、あなたは私を殺そうとしているでしょう?15歳で結婚し16歳で亡くなったと、わずかな記録しかイタリア史に残されていない主人公ルクレツィア・ディ・コジモ・デ・メディチ。『ハムネット』でシェイクスピアの妻を鮮やかに蘇らせた著者が、政略結婚の末に早世したという少女の「生」を力強く羽ばたかせる。スリリングな展開と大胆なラストで、イギリス文学史に残る傑作長篇小説。 448ページ 2023/6/29 面白そうな本だな、ほちいな!

  • ムーンライト・セレナーデ 賞味期限のない翻訳

    賞味期限のない文学作品は数多くあるが、賞味期限のない翻訳というのはまず存在しない。翻訳というのは、詰まるところ言語技術の問題であり、技術は細部から古びていくものだからだ。不朽の名作というものはあっても、不朽の名訳といういうようなものは原理的に存在しない。どのような翻訳も時代の推移とともに、辞書が古びていくのと同じように、程度の差こそあれ古びていくものである。と村上春樹はいう。同時に翻訳者の質によって少し違ったものになるようだ。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。今日も寝苦しい夜です。おやすみなさい。

  • 玉石混合、何が落ちているか分らんぞ

    世界の画家が私を応援している! 「自殺を考えない人生はない」と言った人があったが、確かに。私の10代は酷く荒れたものだった。傷痍軍人、ヒロポン中毒の父。今でいうところのヤングケアラー、家出、非行、不登校、そして児童相談所、教護施設、擁護施設と送られる前半だった。中学を卒業すると今度は女性問題。藤圭子じゃないが、16・17・18と女性が入れ替わるごとに問題を起こし、遂には警察沙汰に。10代前半は民生委員。後半は警察のご出動を願うことしきり。そして手首にためらい傷を残す結果になった。思えば大恋愛も大失恋も生きていればこそ。喜怒哀楽こそ人生。何も焦って死ぬことはなかったのだ。あの時、腹立ちまぎれに1…

  • 戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇 堀川惠子

    『無法松の一生』といえば村田英雄の歌でも有名だが、3度ほど映画化されている。初めは戦時中の昭和18年、阪妻こと阪東妻三郎が主演の作品で、二度目は昭和33年、三船敏郎主演の作品で、この二つは観たが、昭和38年の三國連太郎の映画は知らない。本来は昭和17年の舞台劇で、原作では『富島松五郎伝』という。この時に主演の松五郎を演じたのが名優丸山貞夫だが、もちろん私の知らない時代の話だ。丸山の演技は戦後、多くの人の記憶に深く残るようなもので、作家の近藤富枝は「観るたびに全身が痺れた」と感想を述べている。この本は、小山内薫らによって震災後の大正13年に建設された築地小劇場から育った、杉村春子、滝沢修、小沢栄…

  • レア・セドゥ Part.9

    レア・セドゥさん、私ね、どうしてもアナタに接近したいので、今、フランス語を猛勉強してるんですよ。パリに行く日も近いですから、その時は、行きつけのカフェに誘ってくださいね。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 御覺悟は宜うゴザリ升す歎

    いざ駕籠に押し込められるという時、同心が「御覺悟は宜うゴザリ升す歎(か)と、寅次郎答に素より覺悟の事でゴザリ升す、各方(おのおのがた)にも段々御世話に相成升(まし)た」と言ったという。「処刑に立ち会った役人が『何か言いおきたいことなきや』と聞くと、松陰は『この期に至り格別申しおくことなし、が、お言葉に甘え、いざお斬り下されと申すまでは暫時おひかえのほどを』と言い、おもむろに水をおし戴き、三口飲んだあと声高らかに、辞世の詩を朗唱し終わると肩衣を脱ぎ、静かに膝の下へ敷物として『お役目ならば、さあどうぞ』と首をさしのべ斬らせた。吉田松陰、数え年三十歳。逍遥として死につくというのは難しいことですね。「…

  • エルケ・ソマー Part.2

    1967年 1968年 ベルリンで生まれ、第2次世界大戦の空襲を避けてバイエルン州のエアランゲンへ移る。父はペーター・フォン・シュレツ男爵でルター派の牧師だったが、彼女が14歳の時に亡くなっている。その後、イギリスのロンドンへ行き、住み込みの家事手伝いをしながら英語をマスターした。休暇で訪れたイタリアでミス・ヴィアレッジョに選ばれ、それから、映画監督ヴィットリオ・デ・シーカに見出され、1958年にイタリア映画の端役でデビュー。

  • エドガー・ドガ Part.12

    《ダンス教室》(1871年) メトロポリタン美術館 《ファンを持つ踊り子》(1879)年頃 個人蔵 《サーカスのララ嬢》(1879年) 《バレエのレッスン》(1874年) オルセー美術館 《スタジオの二人の踊り子》(1875年頃) 個人蔵 《洗濯屋》(1875年頃) ノートン・サイモン美術館 《楽屋の踊り子たち》(1879年) デトロイト美術館 《赤い衣装をつけた 3人の踊り子》(1896年) 大原美術館 《バーにつかまる踊り子》(1877年) メトロポリタン美術館 《教室の踊り子》(1880年頃) クラーク美術館 ドガといえばバレエですね。 他にないんかいというぐらいバレエです。 いや、実は…

  • ダメオの妄想世界の旅 Part.54

    世界のいくつ別荘があるのか数えたこともないが、今日はここ、お気に入りのIcelandのトキメキ興奮グリーンハウスです。手前にドレイクと私が見えますとね。辺り一面が私の私有地なので、いつもここにはジェットヘリで沢山の食材と共に降り立ちます。どうです、何処にもコンビニひとつない平地でキツネ一匹いません。扨てと、愛犬ピートのお出迎えはまだかな。 先週、泊まっていたボラボラ島です。いいところでしょ。気候が私の体質に合っているんですよね。離れがたい島でした。 今朝はスイスの別荘で目覚めました。私が写っていますね。少し薄ら寒いですが気持ちのいい朝です。さあ、今日はどうするかな。 今日はプライベート・ジェッ…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 実り多いものだけが真実である

    同じドイツ文学者でも、根の明るいゲーテは「実り多いものだけが真実である」と言っている。真実の実りをたくさん得るゲーテと、真実の道でつまずかされるカフカ。あなたはどちらの側でしょうか。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。昔、『情熱の嵐』という曲を西城秀樹が歌っていたが、最近は灼熱の嵐というぐらい暑い。もう、読書環境などというものではない。私の人生は「実り少ないものだけが真実なのである」だった。今日も溶けそうな1日でした。また明日、おやすみなさい。

  • マリリン・モンロー Part.65

    モンローさん、アナタね、私と結婚しているばもっと違った人生を歩んで行けたと思いますよ。

  • サルバドール・ダリ Part.2

    《ゆでた豆を使ったソフトコンストラクション(南北戦争予感)》(1936年) 《大自慰者》 (1929) 《記憶の固執(柔らかい時計)》(1931年) ニューヨーク近代美術館 《ドロレス・スエロ・ファラの肖像》(1955年) 《溶けた時計》(1954年) 《死の騎士》(1934年) 《牢獄》(1968年) 《彼女自身の純潔の角によって自己ソドム化された若い処女》(1954年) 《涙の池》 《ウサギ穴に落ちて》 私が天才と認める画家のひとりダリ。 あまにも奇想天外な思考には着いていけまさえん。

  • ダメオのアニマル・ラブ Part.33

    「おい、なんか座り方がおかしんじゃないのか」「どこが」「どこがって、足が4本揃ってるぞ」「別におかしくないよ」「そうかな、何か変だけど」「ぜんぜん問題ないよ」「ええ、そんな座り方、普通見ないけどな」「これで普通だよ」「普通ね・・・」「それに少し太ったんじゃないのか」「うん、それは確かだ。エサがいいからね」「おい、おどてるなよ」「えへへ」 「何キロ出していたか知ってるか」「95キロぐらいですか」「102キロだ」「えっ、そんなに」「この道は制限速度が60キロだと知らないのか」「いえ、つい夢中になって」「何に夢中になってたんだ。メスを追いかけていたのか」「違うんですよ、トムソンガゼルを追いかけていた…

  • 『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966)

    今日の映画は『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966)ですけど、これ観たことないんですね。渥美清と錦之助の共演なんてなんと興味深い。まだ寅さんが始まる前ですからね。二人の掛け合いがどんなものか本当に観たい。

  • 1493 世界を変えた大陸間の「交換」

    タイトルはコロンブスが新大陸を発見した「1492」ではなく翌年の「1493」になっているが、この年コロンブスは2回目のアメリカ行きを決行し、タイトルにある「交換」というのが、その後、大々的にアメリカのみならずアジアにも普及し、良くも悪くも影響を与える、大スペクタクルなドラマが数百年にわたって展開していく模様が本書のテーマだろう。何千年もの間、ヨーロッパ人はヨーロッパで、アジア人はアジアで、アメリカ原住民はアメリカで、そしてアフリカ人はアフリカで暮らしていたものを、大陸発見で、その総てが根底から覆されてしまった。そこには数百万人の死、戦争、文明の破壊、マラリア、黄熱病、性病、そして森林破壊と動植…

  • エイミー・アダムス Part.8

    エイミーさん、アナタ華奢な方ですが美人ですよね。美を愛する者としてはアナタを獲得せずにはおられません。 そうですか、一度、行きつけのカフェでお話などしてみては。

  • オディロン・ルドン part.2

    《ヴィオレット・ハイマン》(1910年) クリーヴランド美術館 《不思議な花(子供の顔をした花)》(1880年) シカゴ美術研究所 《花雲》(1903年) シカゴ美術館 《金のセル》(1892年) 大英博物館 《ジャンヌ・ダルク》(1900年) オルセー美術館 《ドムシーのロベルト男爵夫人》(1900年) オルセー美術館 《アラブの楽人》(1883年) プティ・パレ美術館 《殉教者の頭》(1877年) クレラー・ミュラー美術館 《黄色の帆》(1905年) インディアナポリス美術館 《イエスの御心》(1895年) オルセー美術館 彼の作品が鬱々としているのは長男が生後半年で亡くなったためと思われ…

  • 牟田口廉也中将

    関口高史 軍事研究家。牟田口廉也中将の手による「盧溝橋事件の真相」です。実は昨日、この下書きとも言える同題名の大学ノートを発見しました。たくさんのメモが貼り付けられています。また誰かの手で「修整不可」と記されています。近日中にご紹介したいと思います。よりによって7月7日に発見するとは。よく発見してくれたものです。それも7月7日のいわく付きの日に。私が尤も許せない帝国陸軍軍人、牟田口廉也中将。なぜ腹を切らなんだ。アンタのお陰で数万の将兵が死傷したのだろう。作戦失敗後でダメなら終戦時に割腹するのがけじめじゃないのか。

  • クラウディア・カルディナーレ Part.10

    何度も言いますがクラウディアさん、私、16歳でアナタの『ブーベの恋人』を観て以来、ずーとアナタのファンなんですよ。お相手はジョージ・チャキリスでしたよね。 以来、アナタの映画を何本も観てましよ。 この中でとりわけ好きな写真が上から二枚目のもの。 こんなヘアースタイルはこれだけですよね。 いい感じじゃないですか、今度これで我が家へ来てください、お待ちしております。

  • エドガー・ドガ Part.11

    《入浴後》(1910年) 《画家の6人の友人》(1885年) ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン美術館 《チェリストのピレ》(1868-1869年) オルセー美術館 《セミラーミデよりバビロンの建設》(1860-1862年) オルセー美術館 《競馬レース前》(1882-1884年) ウォルターズ美術館 《ベレリ一家の肖像》(1858-1869)オルセー美術館 《ダンススタジオ》(1878年頃) 個人蔵 《ニューオーリンズの綿花取引所》(1873年) ポー美術館 《鏡の前で》(1889年) ハンブルク美術館 《ジャントー,リネットとレーン》(1871年) オルセー美術館 失礼ながらドガさ…

  • 浅草・仲見世

    こちらは震災から復興した浅草・仲見世のカラー化写真だそうです。100年前の浅草・仲見世はこんな風だったんですね。それが今に続くわけだ。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 羅宇屋

    「羅宇」というのは煙管の火皿と吸口の間に挟まった長い竹の管のことで、竹のすげ替えや、銀製の火皿や吸口に溜まった脂掃除が必要なので「羅宇屋」という専門職が成立し、その昔、まだ私が幼稚園に入る前の話だが、東京の木造アパートの二階に住んでいたころ、その羅宇屋が来ると、父が私に煙管の掃除にいって来いと命じていたことを覚えている。豆腐屋なら例のラッパを吹き鳴らすから分かるが、羅宇屋が来たことをどうして分かったのか忘れてしまった。懐かしい思い出だ。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。おやすみなさい、また明日。

  • ウクライナ軍最高司令官ヴァレリー・ザルジニ将軍

    ウクライナ軍の猛将ヴァレリー・ザルジニ司令官は今日50歳になる。困難な時代は強い人間を生む。強い人が楽しい時間を作る。この先にはさらに多くの勝利と善行があると信じています。お誕生日おめでとう、ヴァレリー・ザルジニ!運命とウクライナがあなたを選びました! https://twitter.com/i/status/1677416175431458816

  • 滝平二郎 part.15

    ねこ柳 水ぬるむ 酒屋へ三里 豆腐屋へ二里 水ぬるむ 早春 デカンショ節 輪まわし うみねこ 摘み草 遊びすぎ 滝平二郎さんの作品は何枚ぐらいあるのか知らないが、とにかく沢山あります。 郷愁が染みついているのであようね。

  • シネマへの招待 Part.5

    今日は1972年に公開されたアメリカ映画で『ゴッドファーザー』です。監督はフランシス・フォード・コッポラ。ゴットファーザーシリーズの第一弾。公開されると当時の興行記録を塗り替える大ヒットになり、同年度のアカデミー賞において作品賞・主演男優賞・脚色賞を受賞した。1990年にはアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録された。主演はマーロン・ブランドです。その後、第二弾、第三段と続き、このシリーズは全部見ました。これはラストの場面で確かこの後、心臓発作でブランドが死ぬ場面だったと思います。 今日は『Frankenstein(フランケンシュタイン)』(1931年)でフランケンシュタインと言えばボリス・…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 道徳とは

    社会的な動物であるヒトは、噂を極度に気にするように進化してきた。いつもテレビで見ている芸能人を近しい存在のように錯覚するのも、自分を「被害者」と一体化して「加害者」に怒りをぶつけるのも人間の本性。芸能人はこうした錯覚を利用して富と名声を得ているのだから、相応の代償を払うのは当然との意見もある。然し、それでも一般人の浮気には寛容で、芸能人が不倫をすると社会的に抹殺するのでは到底フェアではない。道徳の特徴は、何が不道徳かを知っていても、その理由を説明できないことだ。不道徳な行為に共通するのは、他人に何の迷惑もかけていないことだとある人はいう。なるほど、不倫はいけないが一夫多妻の国もある。なぜ、一夫…

  • ダメオのアニマル・ラブ Part.32

    「うわ、君はトラの子か!」「違うよ、ネコだよ」「うっそ~、トラだよ」「違うってばネコだっていうの」「ネコならなんでそんなトラみたいな顔なんだ」「生まれつきだらしょうがないよ」「ええ、そんなバカな。見たことないよこんな縞模様のネコなんて」「見たことなくてもちゃんとここに僕が証明してるじゃないか」「違う、絶対に違う。どこかでトラの血が入っているはず」「そんなことないって、両親も祖父母も親戚もみんなネコだから」「おかしいな、そんなことはないはずだ。人間は襲わないのか」「バカな、人間なんか襲わないよ」「そうか」 いい月だな、なんか寂しさを誘うな。今夜はどうしよう、ミーシャも何処かに消えたし、もう戻って…

  • ジンジャー・ロジャース Part.5

    1934年 1956年 1952年 1935年 1933年 ジンジャーさん、アメリカには「何れが菖蒲か杜若」という言葉はないでしょうが、私はね、アナタとエリザベス・テーラーこそがその二人だと思っているんですよ。 どうですかひとつ、わたしとお見合いしてみる気はないですか。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 竹久夢二の場合

    古今東西、著名人の浮気は枚挙にいとまがないが、竹久夢二の場合、心が幼くして可愛いよりも、うるさい子供と、次第に根の生えたような古女房としての重みをつけてきた、たまきの圧力から逃れて、疲れを癒そうと、次第に家を外にするにつれ、たまきの嫉妬と焦燥はお定まりのコースをとっていく。「もう、あたしが嫌になったんでしょう」「あたしはどうせお婆さんだから、もっと若い女の子があなたにはよくなったんでしょう」そんな厭味を浴びせるたびに、たまき自身が自分の言葉の卑屈さに傷つき、人一倍自尊心の高い誇りが痛めつけられていく。古今東西、著名人の浮気は枚挙にいとまがないが、竹久夢二の場合、心が幼くして可愛いよりも、うるさ…

  • 【AB通信:オドロイター発】心のケア

    開戦当初から一方的に民間人の犠牲を厭わない卑劣な侵略。国土は荒廃し死傷者は増える一方。ウクライナは西側援助で戦っているので、第三次大戦を危惧する欧米の顔色を窺いながらロシア本土には本格的な攻撃を控えている。日本では小中学校で何か問題が起きると心のケアということで専門医がやってくるが、そんなのはウクライナの子供から見たらとても比較にならない。爆撃音などは凄まじいばかりで耳をつんざく衝撃だっただろう。切断、破片による傷、地雷による傷、火傷、上肢と下肢の運動喪失に直面している、この子らには専門医はやって来ない。

  • レベッカ(下)ダフネ・デュ・モーリア

    下巻は俄然面白くなる。『レベッカ』は欧米で20世紀ゴシック・ロマンの金字塔であるという評価が定着しているらしいが、本当にそのとおりだ。これほどの海外文学には滅多にお目に掛かれない。完璧なストーリーにして傑作中の傑作だろう。ヒッチコックが映画化したい気持ちもよく分かる。本作は1940年のアカデミー賞最優秀作品賞にも輝き、ラストはどう展開されるのか、はらはらどきどきの結末を前に読み終わるのが惜しい気持ちになる完璧な小説だ。作者は女性だが性に対してこんな表現をしている。「タイヤとは違うんだ。すり減るってことはない。使えば使うほど性能はあがる。」曰く、名言だ。

  • ラナ・ターナー Part.3

    1939年 1937年 1941年 ターナーさん、アナタ何回結婚したんでしたっけ。次は私が待ってますからね。

  • パウル・クレー Part.6

    《ヴァルプルギスの夜祭》 《知ること、沈黙すること、やり過ごすこと》 《黄色い家の上に咲く天の花(選ばれた家)》 《彼女は吼え、ぼくたちは遊ぶ》 《悪魔的な娘》 《造物主》 《天才の幽霊》(1922年) スコットランド国立美術館 《冬の山々》 《赤のフーガ》 《いにしえの庭に生い茂る》 アナタの絵はタイトルと合致しないところが悩みです。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 平田篤胤

    扨て、今日のお題は「平田篤胤」、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者で大変な秀才だったとか。とんでもない難しい本を書いて現在でも『新修平田篤胤全集』(名著出版)全21巻も出ている。もちろん私は読まないし読めない。彼の墓は自然石の平凡なものらしいが、墓の入り口の左右に建てられた二基の碑があり、右の碑には「古今五千載之一人」と書かれ、五千年に一人の才能とある。左には「宇宙一万里之独歩」どれだけ凄いか分からぬが、そんな人物なら一度お会いしたい。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。朝の熱も引いて気持ちも穏やか。今日、薬局に行くのを忘れた。眼科にも行かなければ。病院、病院、また病院。今日もお…

  • レベッカ (上) ダフネ・デュ・モーリア

    もう、30年以上前になるが、1940年のアメリカ映画でヒッチコック監督の『レベッカ』を観たことがある。ジョーン・フォンテイン、ローレンス・オリヴィエ出演だったが、あまりにも年月が経ち過ぎているのでストーリーを全く忘れてしまった。ただオリヴィエの運転でドライブしている場面しか思い出せない。原作の上巻を読みながら思うのだが、ヒッチコックといえばサスペンス。然し、何か出そうで出ない。何か起きそうで起きない。いくら読んでも内容は思い出せず何が面白いのかさっぱり分からないまま439頁を読んだが。下巻はどうなるのか。

  • 日本の偉人伝 Part.5

    川路利良 樋口季一郎 第二次世界大戦前夜、ドイツによるユダヤ人迫害を逃れた避難民に満州国通過を認め「ヒグチ・ルート」と呼ばれた脱出路が有名。大戦中はアッツ島の戦い、キスカ島撤退作戦、ソ連軍が千島列島の占守島に侵攻を始めた際、「断乎、反撃せよ」と徹底抗戦を命じたのが樋口中将。樋口の決断と現地軍の奮戦の結果、日本は「ソ連による北海道分割」の悪夢から免れた。 泉鏡花 「憲政の神様」尾崎行雄です。当選回数、最高齢議員記録など国会議員としての記録を多数有し、護憲運動での活躍が有名。戦時中も大政翼賛会に属さずに当選を果たし、戦後も94歳で落選するまで63年に渡って国会議員を務めた。国会議事堂議事堂には確か…

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