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プロフィール
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アビイさんのプロフィール

住所
藤井寺市
出身
八尾市

ビートルズがデビューしてから50年以上が経った今でも、世界中で彼らの音楽は愛され続けています。活動期間は僅か8年にも満たず、公式にリリースされた楽曲はカヴァー曲も含め213曲しかありません。 それなのになぜこれほど世界中の人々の心を掴み続けるのか?このブログではその秘密に迫りたいと思います。 ファン歴ウン十年。これだけは唯一続いている趣味です。

ブログタイトル
ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ
ブログURL
https://abbeyroad0310.hatenadiary.jp/
ブログ紹介文
ビートルズがいかに素晴らしい存在であるかについて誰にでも分かりやすく解説します。
更新頻度(1年)

56回 / 365日(平均1.1回/週)

ブログ村参加:2016/08/31

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ハンドル名
アビイさん
ブログタイトル
ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ
更新頻度
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ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ

アビイさんの新着記事

1件〜30件

  • ジョンとポールはDNAの二重らせん構造だった(298)

    ビートルズの後期になると、ジョンとポールが激しく対立していたことがよく取り上げられます。しかし、実際にはそんな単純なものではなく、彼らは、DNAの二重らせん構造のように、絡み合いながら相互に助け合っていたのです。

  • ジョンとポールの不思議なパートナーシップ(297)

    1 二人のコンポーザーが助け合う (1)初期は互いにサポート (2)音楽の方向性の違い (3)同じコンポーザーの作品なのか? 2 ジョンとポールの掛け合い (1)「Strawberry Fields Forever」と「Penny lane」 (2)誤解されやすい関係 3 天才的なペアの貢献度を測ることは困難 (1)創造的なペアは実在する (2)二人のスティーヴ 1 二人のコンポーザーが助け合う (1)初期は互いにサポート そもそもビートルズは、ジョン・レノンとポール・マッカートニーという黄金のコンビ、すなわち「レノン=マッカートニー」という強力なタッグがエンジンとなって、バンドを牽引していま…

  • コンサートを止めた~4人が束縛から解き放たれて自由になった(296)

    1 鉄の結束を誇っていた (1)アイドル時代は強く結束していた (2)すれ違いはいつどのようにして起こったのか? 2 突然コンサートを止めた 3 歓声で聴こえない! 4 潮目が変わった! (1)感電死したかもしれない💦 (2)ついにポールも諦めた 5 静かに幕を引いた (1)公式発表はしなかった (2)時代の先を行き過ぎた 1 鉄の結束を誇っていた (1)アイドル時代は強く結束していた ビートルズの解散寸前、メンバーはバラバラになっていました( ノД`)特に、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの二人の間柄は、険悪なものになっていたのです。しかし、彼らは、下積み時代からジョンをリーダーに固く…

  • ヨーコがビートルズ解散の原因だったのか?(295)

    「ヨーコがビートルズを解散させた」と未だに多くの人が考えています。しかし、本当にそうなのでしょうか?そのようなステレオタイプな見方は、そろそろおしまいにすべきではないでしょうか?

  • ヨーコは以前からジョンを知っていたという疑惑(294)

    1 初じめて紹介された二人 (1)お互いを知らなかった (2)個展に懐疑的だったジョン 2 想像の5シリングと想像の釘 (1)釘を打たせてくれ (2)ユーモアで拒否したヨーコ 3 ヨーコはジョンを知っていた? (1)ポールの証言 (2)バリー・マイルズの証言 (3)レッグ・キングの証言 4 次第に深い関係に 1 初じめて紹介された二人 (1)お互いを知らなかった ヨーコの個展を訪れたジョンのお話の続きです。ジョンは、こう語っています。「私は、とても感銘を受け、ジョン・ダンバーが我々を紹介してくれた。我々は、二人ともお互いが誰なのか知らなかったし、彼女も私が誰なのか知らなかったし、彼女は、リンゴ…

  • ジョン、ヨーコに強く惹かれる(293)

    1 Yoko-ingは慣用句になっている 2 ヨーコのどこに魅力を感じたのか? (1)不幸だった幼少期のジョン (2)強い女性を求めていた? 3 ジョンのどこに魅力を感じたのか? 4 ヨーコこそすべて (1)ヨーコ以外は眼中になくなった (2)展覧会に興味を抱いた 5 ジョンのハートを射抜いた作品 (1)未完成の絵画とオブジェ (2)時代背景 1 Yoko-ingは慣用句になっている 前回の記事を読んだ方から「ヨーコする」という言葉は、アメリカでは「男をダメにする」という意味の慣用句として若者でも普通に使っているとのコメントがありました。もう語源などは関係なく定着しているようですね。 私は、記…

  • Yoko Ono-ing(オノ・ヨーコする)ってどゆこと?(292)

    オノ・ヨーコがビートルズの解散に及ぼした影響について考察します。

  • ジョンが中毒でさえなければ…(291)

    1 ジョンがヘロイン中毒に 2 依存症に陥っていた 3 自動車事故が拍車をかけた 4 ヘロインを止めることを決意した 5 薬物問題に警鐘を鳴らした 6 解散への影響 1 ジョンがヘロイン中毒に 1960年代の薬物の流行は、欧米諸国において最大の健康上の危機であると、徐々に認識されるようになってきていましたが、その流れを止めるという方向転換までには至っていませんでした。実際、事態は、悪化の一途をたどっていたのです。アメリカの保健機関は、薬物中毒があまりにも蔓延しているため、自動車事故よりも薬物の過剰摂取で死ぬ可能性の方が高くなっていると報告しました。 ビートルズのメンバーも1965年にはLSDを…

  • ボブ・ディランがマリファナを教えた(290)

    1 薬物使用に慎重だったポール (1)周囲はみんな使っていたが (2)父親の言いつけに忠実だった 2 薬物の助けを借りていた (1)ハードデイズを乗り切る (2)大麻は大したことなかった? 3 ボブ・ディランに教えられた 1 薬物使用に慎重だったポール (1)周囲はみんな使っていたが ビートルズは、ハンブルク巡業時代にプレルディンを覚えましたが、ドラマーのピート・ベストは、アルコールにこだわり、ポールは、あまり使用しなかったと言われています。特にジョンは、覚せい剤の常用者となりました。既にこの頃から、メンバーでも薬物への依存度が違っていたのは面白いですね。 ポールは、こう語っています。「スピー…

  • ビートルズと薬物との出会い(289)

    ビートルズと彼らにマリファナを教えたボブ・ディラン 1 解散との関係 2 最初の薬物はベンゼドリン(覚せい剤) (1)ジョンが初めて体験した (2)これは何だ! 3 ポールも体験した 4 プレルディン(フェンメトラジン) (1)ハンブルクで出会った (2)普通に使用されていた 1 解散との関係 これまでビートルズの解散問題についてお話ししてきました。解散の直接的な原因というより遠因を探ってきたというところです。 今回もまたその流れのお話しになります。というのも、解散前にメンバー間のギスギスした関係が続いていたのですが、その一因として「ジョン・レノンの重度のヘロイン中毒」が挙げられるからです。 …

  • ツアーはもう二度とごめんだ(288)

    1 渋々謝罪声明を公表した (1)ジョンはなかなか応じなかった (2)ブライアンが謝罪声明を公表 2 ツアーは予定通り開催された (1)記者会見を開くことに同意した (2)ジョンは怯えていた 3 ついに記者会見を開いた (1)強気に語り始めたが (2)自分の言葉で謝罪した (3)ようやく騒動は収まった 4 ツアーはもう二度とごめんだ (1)ツアーに疲れた (2)メンバーの固い絆が失われた 1 渋々謝罪声明を公表した (1)ジョンはなかなか応じなかった Brian Epstein in Americana Hotel August 6. 1966 N.Y.C. 頑固なビートルを説得することができ…

  • ビートルズのレコードが焼き捨てられた(287)

    1 アメリカ南部で火薬庫が爆発した 2 バイブル・ベルトが激昂した 3 ナチス・ドイツのような焚書(ふんしょ)に発展した 4 ブライアンは必死にビートルズを守ろうとした 5 モーリーンに責任を転嫁しなかった 6 ビートルズは事態を楽観していた 1 アメリカ南部で火薬庫が爆発した ジョンのキリスト発言をまずアメリカの雑誌が取り上げ、さらにそれをラジオ局が取り上げました。しかし、この問題は、ユナイテッド・プレス・インターナショナルのバーミンガム事務所のマネージャーであるアル・ベンがいなければ、ここまでで終わっていたかもしれません。彼は、今日の毒舌を売りにするDJの先駆者ともいえる存在でした。彼は、…

  • 雑誌が炎上させたのではなかった~真犯人は別にいた(286)

    1 初めは何の問題にもならなかった 2 社会派の雑誌が取り上げた 3 ビートルズはアンガーを認めていた (1)ビートルズは人種差別に反対していた (2)デートブック誌はビートルズの記事を独占していた 4 真犯人はラジオ番組だった (1)ラジオ局がキャンペーンを開始した (2)ビートルズは「怒れる若者の先導者」だった 1 初めは何の問題にもならなかった イヴニング・スタンダード紙の編集スタッフは、ジョンの発言の中でキリストに関わる部分を見出しにする必要はないと考えていましたし、新聞のレイアウトに目立つようにハイライトを入れることさえしませんでした。イギリスの新聞社であればどこでも、いつもビートル…

  • ビートルズはむしろキリスト教を支援していた(285)

    1 ビートルズと特別の関係にあったモーリーン・クリーヴ (1)当時は珍しかった女性ジャーナリスト (2)ジョンと不倫関係にあったのか? 2 ジョンの不満 (1)ライフスタイルに不満を抱いていたジョン (2)シンシアは良妻賢母だったが 3 キリスト教離れは深刻だった (1)ロンドン・イヴニング・スタンダード紙に記事が掲載 (2)キリスト教離れが起きていたのは事実だった (3)ビートルズはむしろキリスト教を支持していた 1 ビートルズと特別の関係にあったモーリーン・クリーヴ (1)当時は珍しかった女性ジャーナリスト ジョンは、イギリスの女性ジャーナリストで古い付き合いのモーリーン・クリーヴの取材に…

  • ジョン・レノン「ビートルズはキリストより人気がある」(284)

    1 棺桶に打ち込まれた最後の釘の1本 (1)ツアーはもうイヤだ (2)オレたちのツアーはキャンセルしないのか? 2 インドに滞在 (1)インドでもビートルマニアに追いかけられた (2)インドを訪問したかったジョージ 3 「ビートルズはキリストよりも人気がある」 (1)ジョンの発言が大騒動に発展した (2)過去の発言が蒸し返された 1 棺桶に打ち込まれた最後の釘の1本 (1)ツアーはもうイヤだ 本題に入る前に、前回までのフィリピンツアーの後日談です。ビートルズは、地獄のようだったフィリピンからようやく出国しました。事件のあった翌日の1966年7月6日、マニラのイギリス大使館がフィリピン政府に対し…

  • 殴られ、蹴られ、命からがらフィリピンを脱出(283)

    1 フィリピン全体が敵に回った 2 マニラ国際空港で暴徒に襲撃された 3 不気味な呼び出し 4 ルイスがブライアンにマジギレした! 5 無事に出国できた 6 ビートルズが出国してからのフィリピン 1 フィリピン全体が敵に回った ジョンは、マニラ国際空港までの不気味な道中について語っています。「空港までの道中、手を振っている人たちもいたけど、何人かの老人が僕らにブーイングしているのも見えた。」もはや、フィリピン全体がビートルズに敵意をむき出しにしていたのです。 デイリーミラー紙は、空港総支配人が、ビートルズのための特別なセキュリティの手配はないと語ったと報道しました。「彼らは、当然の報いを受ける…

  • 必死の訴えも聞き入れられず窮地に陥る(282)

    1 バロウの必死の工作 2 リムジンが取り囲まれた 3 記者会見で事情を説明 4 巨額の所得税を請求された 5 四面楚歌 (1)ルームサービスも来ない (2)ついポールもホンネを口にした 6 ミッション・インポッシブル (1)どうやって国外へ脱出するか? (2)周囲は敵だらけ 1 バロウの必死の工作 広報担当のトニー・バロウは、2回目のショーが始まる前にマニラのホテルに戻り、テレビをつけました。イメルダ・マルコスがテレビに出ていましたが、彼女は不機嫌でした。彼女は、こう発表しました。「子どもたちは、いくらでも時間がありますが、私たちは忙しいのです。」バロウは、彼らが大変な事態に陥っていることに…

  • コンサートは大盛況で終わったが…(281)

    1 ポールはたまたま外出していた (1)たまたま難を逃れた (2)ニールの回想 2 大勢の人々が集まっていた (1)ブライアンの予想通りだった (2)本気で髪を切るつもりだった! 3 ショーは無事に開催された (1)会場に到着 (2)コンサートは何の問題もなかった 1 ポールはたまたま外出していた (1)たまたま難を逃れた ポールは後に、もう招待を断ったと思っていたと語りました。「今日はオフの日だ。」彼らは、テレビのスイッチを切りました。その日の遅くに、プロモーターのラモスJrは、マニラ・タイムズ紙の取材に対し、ホテルのスイートルームでビートルズと話したこと、ビートルズはパレスに行きたいと言っ…

  • 相手が大統領夫人だろうと、オレたちは行かねえよ!(280)

    1 突然の呼び出し (1)宮殿に来い! (2)フィリピンの政治情勢 2 ブライアンは頑なに出席を拒んだ (1)絶対に行かない! (2)正式な招待はなかった 3 ビートルズが宮殿に来ていない! 4 余談 1 突然の呼び出し (1)宮殿に来い! 前回の記事に若干の訂正と補足を加えます。ヨットは、裕福なフィリピン人実業家が所有する豪華なものでした。その24歳の息子が、友達にビートルズを披露するパーティーを主催したいと考え、許可なく勝手にヨットに乗り込んできたのです。 ただ、いかに豪華なボートであっても、周囲は銃を持った物々しい警備員に囲まれ、若者たちが勝手に乗り込んでくるし、暑くて湿度も高く蚊も飛び…

  • ブログの読者数が200人に達しました(号外)

    このブログの読者数が200人に達しました。本当にありがとうございます。2015年9月5日に最初の記事を投稿して以来、5年近くが経ってようやくここまでたどり着きました。これも皆さんのおかげです。 もういい加減ネタが切れるかと思いきや、これがなかなかなくならないのは、ビートルズの奥の深さです。バンドとして活動したのは7年ほど。公式にリリースされた曲は213曲。それなのに、全世界で未だに愛され続け、オリジナル曲だけでなくカヴァー曲もたくさん発表されています。関連する書籍も数え切れないほど出版され、SNSでも盛んに取り上げられています。 全世界にトリビュートバンドがあり、ビートルズになりきって演奏を聴…

  • ボートがホテルだとお~⁉️ざけんなっっっ💢(279)

    1 船上のホテル (1)ボートがホテルだと? (2)ビートルズも呆れた 2 大失敗だった陽動作戦 (1)ホテルに宿泊すると見せかけた (2)こんなところは真っ平だ! 3 なぜフィリピンを選んだのか? (1)香港と日本は正解だった (2)なぜフィリピンを選んだのか? 4 ビートルズは国王などからの招待には応じない 1 船上のホテル (1)ボートがホテルだと? ビートルズを迎えて感激する女性ファンたち ビートルズは、港でマリマ号というボートに乗船しました。当然、そこからホテルに送ってくれるのだろうと思っていたら、何とそのボートがホテルだというのです!確かに、映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」に登場…

  • 到着時から不穏な雰囲気だったフィリピンツアー(278)

    1 ドント・バザー・ミー 2 乱暴だった警備員の態度 (1)荒っぽい出迎え (2)手荷物が置き去りにされた 3 記者会見のルール (1)記者会見のお約束 (2)毎度同じ質問ばかり 1 ドント・バザー・ミー ビートルズがマニラ空港に降り立った時には、2000人の警察官が厳戒態勢を敷いていました。それは、マッカーサーやアイゼンハワーが来た時よりも大規模で、空港に詰めかけた人のほとんどはティーンエイジャーでした。1966年7月3日にマニラに降り立ったビートルズは、疲れ果てていました。ビートルズ初の主演映画「A Hard Day's Night」は、ビートルマニアをパロディ化したものでしたが、その頃は…

  • 過酷を極めたツアー~解散へのLong and Winding Road(277)

    1 ツアーを止めたことも解散の一因 (1)ファンとの接点が失われた (2)コンサートは必須ではなくなった 2 過酷を極めたツアー (1)EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years (2)多額の税金 3 1966年にはツアーが負担に 4 地獄のフィリピン・ツアー 1 ツアーを止めたことも解散の一因 (1)ファンとの接点が失われた ビートルズ解散の原因についてお話を続けてきました。私は、ジョージ・ハリスンのアーティストとしての成長が解散の始まりであり、大きな要因だったと考えています。 戦国時代の城攻めに例えれば、外堀から内堀を埋めたような感じでしょうか?それでビート…

  • 実は「隠れた名曲」だったDon’t Bother Me(276)

    1 ついに完成 2 曲の構成 (1)王道のパターン (2)Aメロ (3)ブリッジ(Bメロ) 3 完成度の高い歌詞 4 ジョージが切り開いた新しい世界 5 リード・ヴォーカルのみだった 1 ついに完成 テイク14からは、ジョージがリード・ヴォーカルをダブル・トラックし、ポールがクレーブ(木やプラスティックなどでできた2本の拍子木からなる打楽器)、ジョンがタンバリン、リンゴがアラビアン・ボンゴを演奏するという大規模なオーバーダブが試みられました。 よくもまあこれだけの楽器をかき集めたものですが、これらは、全てEMIのクローゼットの中から見つけてきたものでした。ビートルズは、テイク19までオーバーダ…

  • ビートルズのサウンドを最初に変えたのはジョージだった(275)

    1 いよいよレコーディング 2 ファズ・ボックスはお蔵入りした 3 新しいサウンド作りに熱心だったジョージ 4 テイクを何度も重ねた 1 いよいよレコーディング 解散のお話からは少し逸れてしまいますが、せっかくジョージの処女作「Don’t Bother Me」について語り始めたので、もう少し詳しく掘り下げます。ジョージは、1963年7月1日の「She Loves You」のレコーディングの際にファズ・ボックスをメンバーで最初に使おうとしたんです。これがビートルズが「サウンド革命の扉を開いた」瞬間でした。 1963年8月19日から24日までの間に、ジョージは、この曲を作曲し、編集するという作業を…

  • ビートルズという大河から分岐したジョージという支流(274)

    1 ジョージの処女作~Don’t Bother Me 2 作曲したきっかけ (1)病気療養中に作曲した (2)人生初の薬物使用 3 友人のしつこい勧めに反発して作曲した (1)しつこく作曲を勧められた (2)ネガティヴな内容 4 作曲がジョージにもたらしたもの (1)仕事を与えてくれた (2)一人で作曲した 1 ジョージの処女作~Don’t Bother Me Don't Bother Me (Remastered 2009) ビートルズ解散についてのお話を再開します。ジョージが音楽的才能に目覚めたことが解散の遠因になったというところまでお話ししました。 ビートルズがメジャーデビューしてすぐに…

  • アストリッド・キルヒャーはなぜ愛され続けるのか?(273)

    1 母親のように世話してくれた 2 被写体となる技術を教え込んだ 3 ビートルズの本質を見抜いていた 4 写真家としての道を歩む 5 能力の限界を感じた 6 映画「BACKBEAT」で再び脚光を浴びる 7 その後のアストリッド 1 母親のように世話してくれた ビートルズの伝記作家マーク・ルイソンは、アストリッドのことを冗談めかしてこうツイートしました。「アーリー・ビートルズの写真を撮影していなければ、あなたがこれほど偶像化されることはなかった。」確かに、そうかもしれません。一連の写真は彼女を世界的な有名人にしましたが、その後、彼女が一流のプロカメラマンとして華々しく活躍したという経歴はありませ…

  • アストリッドがビートルズにもたらしたモップトップ・ヘア(272)

    1 生い立ち (1)ハンブルクで生まれる (2)学生時代 2 ビートルズとの出会い (1)フォアマンがきっかけ (2)ビートルズとの交流 3 アストリッドとスチュ、交際を始める (1)スチュと結ばれる (2)初めての薬物使用 4 モップトップ・ヘアへ (1)ビートルズの代名詞 (2)メンバーが次々と 1 生い立ち (1)ハンブルクで生まれる 最初の写真は、クラウス・フォアマンとスチュアート・サトクリフに囲まれたアストリッドですが、何とスチュアートはへそ出しルックです(^_^;)1960年ですよ?時代を先取りしてましたね~。 アストリッド・キルヒャーは、1938年5月20日にハンブルクで生まれ、…

  • アーリー・ビートルズのイメージを確立させたアストリッド・キルヒャーを讃える(271)

    1 相次ぐ訃報 2 「Kirchherr」の発音について (1)彼女の姓は何と発音する? (2)語尾の発音の変化 3 アストリッド・キルヒャーの功績 (1)アーリー・ビートルズのイメージを確立させた (2)アーリー・ビートルズのイメージを後世に伝えた (3)ビートルズを励まし、多くのインスピレーションを与えた 1 相次ぐ訃報 ついこの間、ビートルズの師匠ともいえるリトル・リチャードの訃報に接したばかりなのに、それからまたアストリッド・キルヒャーの訃報に接することになってしまいました💦彼女は、2020年5月12日、81歳でこの世を去りました。 様々な形でビートルズを支えてくれた人々が次々とこの世…

  • ポールにファルセットを伝授したリトル・リチャード(270)

    1 ロックン・ロールの原型を作った (1)エルトン・ジョンはピアノで影響を受けた (2)これがロックン・ロールだ! (3)ビジュアルも重要だった 2 若きビートルたちが初めて聴いた時の衝撃 3 アーリー・ビートルズ時代から盛んにカヴァーした (1)多くの曲をカヴァーした (2)ポールにファルセットを伝授した 1 ロックン・ロールの原型を作った (1)エルトン・ジョンはピアノで影響を受けた 「リトル・リチャードとジェリー・リー・ルイスを聴いたら、それだけで十分だった。」とエルトン・ジョンは、1973年にローリング・ストーン誌に語っています。「僕は、他の誰にもなりたいとは思わなかった。僕は、ジェリ…

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