「なんで引っ越したんですか?」「誰に聞いた?」あと1週間で高校の入学式。咲から電話がきたのは、男に溺れたあの日から数日経った夜のこと。いつものようにビール片手にアルバムを眺めていると、全くならない電話が突如鳴り響いた。一瞬望海からかと期待しながらディスプレイを確認すると、そこには咲の名前。登録はしたが、俺の新しい連絡先は教えていない。無視をするとしつこそうだから、ため息まじりに電話にでる。すると、...
『片思いの曲がり角』に最後までお付き合い頂き本当にありがとうございました!!!全106話というだらだらとした長編にも関わらず……呆れることなく毎日のように遊びに来て頂いた方ポチや拍手で応援してくださった方毎日のように声をかけて下さった方本当にありがとうございましたーーーーーーー!!!拍手もまさかの10000拍手に達していて、もう驚きすぎて笑うしかないです(笑)いつもありがとうございます!そして……拍手職人のR...
頭上に響く微かな物音に意識が浮上し、目を閉じたまま手を伸ばす。すると、鳴っていたのは俺のスマホではなく相葉のもので……いつもよりも長めに鳴る振動音に電話だと気がつき、目を閉じたまま相葉を揺する。「相葉?電話っぽいよ。」昨晩の酒とセックスで擦れてしまった声で呼びかけると……珍しく深く寝入っているのか、起きる様子はない。どうしようかと迷っていると、電話が切れてしまう。――あー、切れちゃった……。自分のスマホの...
すっかり長湯して風呂を上がると、すぐに飯の時間になった。目にも楽しい鮮やかな料理に舌鼓を打ちながら、デザートまでぺろりと食べ終えると……もう、一歩も動きたくないほど満腹で2人並んで畳に寝転びながら、しばし休憩することにした。「あー……食った!食った!すげー幸せ!!」大の字に寝そべりながら大堀はそう言うと、本当に幸せそうな表情でごろんとこちらに寝返りを打つ。食前酒が少し甘めで軽い口当たりだったせいか……大...
サボテンさんとは顔を合わせることもなく、車に荷物を詰め込んで目的地である草津温泉へと向かう。町田から高速に乗り、圏央道を経由し、渋川伊香保インターで降りる頃には大堀はすっかり熟睡モードに突入していた。時間にすると、4時間ほどの長い長いドライブ。途中渋滞に何度か足止めをくらったが、ほとんど休憩を入れずに走り続けた結果……チェックインの時間にはまだまだ余裕があった。インターを降りてすぐのコンビニで車を止...
「温泉、もうすぐだけど……どうする?」水曜日の夜にベッドに寝転びながらそう尋ねると……大堀は既に半分の目を擦りながら、俺の腕に頭を乗せてきた。「冴木さん、まだ目を覚まさないんだよね?」「病院に、顔出すか?」「そうしよっか?」「あれ、早く冴木さんに渡したいし。」2人に渡された紙袋に視線を向けると、大堀はにこっと嬉しそうに微笑む。「凄いよなぁ……。2人で1000折ったんだろ?」「らしいな。」2人の様子を思い出すと...
月曜日になっても、透からもサボテンさんからも何の連絡も来なかった。病状に変化はないということが、いいことなのか悪いことなのか……それすらもよく分からないが、やけに長く感じる時間の流れ。長かった月曜日が終わり、火曜日になっても連絡は来ない。連絡を待っているのがじれったくなり、火曜日の夜にサボテンさんに電話をいれることにした。たまたま外にいたのか、サボテンさんはすぐに電話に出る。少し枯れたサボテンさんの...
免許もないくせに、無理難題を吹っかけてくる大堀に急かされながら少し飛ばし気味にサボカフェまで車を回す。店に踏み込むと、まだまだ営業中にも関わらずがらんとしていた。日曜日は客が引けるのが早いとはいえ、流石にこの状況は素人目に見てもまずい気がする。テーブル席に男2人組がいるだけで、静かすぎる店内には洋楽がいつもよりも大きく響いていた。サボテンさんはカウンター席で暇そうに新聞を読みながら、優雅に珈琲を啜...
「……今日、どこ行ってたの?」親父に呼び出されてから、色々と1人で考えているうちにいつの間にか陽が暮れていた。大堀の勤務時間はとっくに過ぎていて、俺が店を覗いた時にはその姿は既になかった。早足で帰っては来たが、家に帰ると玄関でずっと待っていたらしい大堀にすぐさまそう問い詰められた。不安そうな顔で見上げる大堀の頭をくしゃりと撫でて、リビングに行くように促す。「ああ、ちょっと。」「ちょっとって?」ソファ...
日曜日。いつものように大堀のバイト先で課題をこなしているとカバンに入れっぱなしだったスマホが、ぶるぶると震える。ちょうど集中し始めたところで、放っておこうとしばらく放置していたが……いつまで経っても鳴り止むことはない。――クソ、しつこいな……。それと同時に冴木に何かあったのではと思い、イラつきながらも恐る恐るディスプレイを覗く。すると、相手が透ではないことに安堵しながらも、掛けてきた相手に眉を潜める。「...
12月の最初の土曜日に病院に顔を出すと、冴木はちょうど眠りについたところらしく透が傍で書類を読んでいた。いつものように花を活けて、飲み物を冷蔵庫に突っ込み……ペットボトルのひとつを透に渡して、その隣に腰をかける。「就職、決まったんだって?」「ああ。父さんから?」俺の質問にようやく書類から顔を上げると、顔にはくっきりと疲れの色が表れている。毎日面会時間ぎりぎりまでここに入り浸り、帰ってから仕事を片づけて...
家に着いても、繋いだ指先を離すことはない。大堀が何を考えているのかさっぱり分からないが、機嫌は先ほどよりも幾分か回復したように思う。しかし、何を話しかけてもイエスかノー以上の言葉を発することはなくソファに並びながら、無言でテレビを見続けるということをかれこれ1時間も続けている。機嫌がいい時なら、ごろんと膝に寝転んでくることもあるのに今日はそんな素振りは全くない。手を離すのが惜しくて、そのまま2人でぼ...
冴木の病状も大分落ち着いてきた11月の半ば。大堀は新宿でのバイトは辞めて、今月の初めから駅前にあるカフェでバイトを始めることになった。しかし、相変わらずバイトに忙しく、週末に一緒にスーパーに買い出しに行くくらいしか外出は出来ていない。毎週土曜日に冴木の病室に顔を出すと、決まって透が傍にいる。ほとんど腰を落ち着けることもなく、顔を出すだけは出してはいるが……以前のように会話を交わすことはない。冴木も透と...
すみません。更新遅くなりました……。日曜の朝になっても、冴木の意識がまだ戻らないという連絡を透から受けた。丸1日透が冴木の傍についているからと言われ、2人の時間を邪魔するわけにも行かず……顔を出すのは俺の時間割の関係で、水曜日に持ち越されることになった。大堀も結局代わりのバイトが見つからなかったせいで、いつもと変わらぬ日曜日を過ごす。いつものように大堀を見送り、いつものように煙草と珈琲を片手に課題を片...
夕方になって、ようやく冴木の病室の扉が開かれた。呼吸と心拍が回復したという説明を聞き、ほっと胸を撫でおろしながら透に続いて病室に恐る恐る入る。冴木は胸を大きく上下させながら、眉間に深い皺を寄せていた。ベッドサイドに設置されたモニターに脈拍、血圧、SpO2、呼吸数が表示されている。呼吸派が時折乱れるのが気にはなるが、他は綺麗な波を描いていることに一先ず安心した。いつも穏やかな冴木の初めて見る苦しそうな表...
透との電話を終えて、気持ちが少し軽くなった。なんだか、こちらが気にしていたのが馬鹿らしく思えるほど、俺のことは全く頼りにしていないようで……力が抜けたというか、気張っていたことが馬鹿らしく思った。透から見たら、俺はいくつになってもあいつの後ろをくっついていた子供と同しで……この関係性が変わることはないんだろうか。10年経っても、まだまだ追いつけそうにない。むしろ、逆に離されている気さえする。家から逃げて...
日曜日の昼前に、大堀はいつものようにバイトに出掛ける。それを不機嫌な顔で送り出してから、溜まっていた洗濯物と掃除を一気に片づけた。久しぶりにすっきりしたリビングで珈琲を飲んでいると、サボテンさんの顔が頭に浮かぶ。ずっと冴木が好きだと思っていたのに、いつの間に透へと気持ちが傾いたんだろう?祖父の頼みで透を預かっているとばかり思っていたのに……透は、サボテンさんの気持ちに気がついているのだろうか?考えて...
冴木の病院の帰りに、せっかくだからと鎌倉まで足を延ばした。七里ヶ浜まで出てみると、流石に夕方にはぐっと冷える。大堀の希望で海が見えるパンケーキが有名なカフェで腹ごしらえしてから、少し暗くなってきた砂浜を2人で歩いた。土曜日ということもあり、カップルが点々と歩いているが……暗くなってきたせいか、俺たちに視線を向ける人はいない。歩くたびに互いの手の甲がぶつかって、なんとなくその手を握ると……大堀も同じくら...
課題に追われる平日を終えて、ようやく迎えた週末。大堀は土曜日だけ休みを取り、2人揃って冴木の病院に向かうことになった。出掛けようとハーレーに跨った時、冴木がサボテンさんの珈琲がもう一度飲みたいと言っていたことを思い出した。新宿に寄り道してサボカフェに訪れると、サボテンさんはいつものようにカウンターで忙しなくオーダーをこなしている。席数はそう多くないものの、1人で切り盛りするには賑やかな店内。サボテン...
大学を終えて家に戻ると、大堀が珍しくソファに寝転んでいた。いつもならこの時間はバイトに精を出しているはずが、のんびりと部屋着で寛ぎながら……何やら熱心に雑誌を読んでいる。また鎌倉の特集記事でも載っているのかと思ったが……俺が近づくと、何やら難しい顔でそれを睨んでいることに気がついた。「何、見てんだ?」読んでいる雑誌をすっと奪うと、大堀は俺が帰ったことにも気がつかなかったのか……驚いた表情で身体を起こす。...
透に追い出されてタクシーを捕まえて家に帰ると、マンションの前に座り込んでいる人影が目に入る。まさかと思いながらも近寄ると、体育座りをしたまま顔を膝に埋めている大堀の姿を発見した。近くに寄っても動く様子はなく、まるで置物のように固まっている。「おい。」そう声をかけても、大堀はじっと動かない。こんなところで何をしているのかと聞こうと思ったが、顔をぐいっとあげると……目をしっかりと閉じて眠っていた。「……ま...
終電に飛び乗って急いで家に戻ると、リビングで寛ぐ父親と透の姿が見えた。2人はとても穏やかな雰囲気で話していて、まるで今まで透がいなかったことが嘘のように思える。透も、新宿で見かけたようなだらしない服装ではなく、きっちりとスーツを着てネクタイまで締めている。まるで、昔に戻ったかのようなその姿に、どう切り出せばいいのか分からなくなった。「司、こんな夜中にどうしたんだ?」父親は相変わらずな様子で、透と一...
女性との顔合わせを無事に済ませ、ぐったりとした気分で家に戻る。どこからどうみても育ちがよさそうな女性と当たり障りのない会話をして、始終慣れない作り笑いを浮かべていたせいか……タクシーで女性を見送る時には、既に地面に足がめりこむほどの疲労感を覚えていた。あの人と一生暮らす生活を考えただけで、気が重い。とてもきれいな女性だったとは思うが、道ですれ違ったとしてもきっと気づかない。興味が湧かなかったというか...
次の日の朝になっても、大堀が家に帰ってくることはなかった。そんなことは分かり切ったことだったが、残された大堀の荷物が目に入ると……それだけで昨日の燻っていた気持ちが再燃する。あんな追い出し方をしたことに、後悔してないわけがない。しかし、どう伝えたらいいのか分からなかった。父親からは朝メールがあり、夜9時に都内のホテルのラウンジを指定された。家からも学校からも近い場所で、アクセス的にも悪くない。それと...
そのまま帰ろうかと駐車場まで歩いていると、大堀のバイト先に見慣れた姿を見つける。いつものソファでくつろぐ姿ではなく、黒のスーツに身を包み、ネクタイまで締めていた。社会人にしては緩い服装ではあるが、いつもTシャツにハーパン姿に見慣れているせいか……どうも別人に見える。――外ではこんな顔してんのか……。いつもの姿に見慣れているせいか、どうも見慣れない。ちらちらと窓の外から仕事の様子を眺めていると……カウンター...
仕事中のせいか、何度もかけ直したが透には繋がらなかった。明日まで待ってもよかったが、大堀の帰りも遅いし……そのまま透のいる店へと向かう。***店に着くと、開店直後のはずだが既に席は粗方埋まっていた。ソファ席で客に笑いかけている透と視線が合うと、向こうは驚きながらもすぐにこちらに駆け寄ってくる。「司、どうしたの?」透が俺に話しかけただけで、周りの視線を痛い程感じた。ここで人目に晒されながら、落ち着いて話...
1週間で唯一3限までの水曜日、久しぶりに冴木の元を訪れた。既に行きつけになった花屋で花束を買い、近くのコンビニで飲み物を調達する。冴木の部屋を訪れたのは、面会時間終了まであと1時間に迫っていて……あまり長居は出来ない。それでも、次の土日まで時間を空けるのは、心がざわついて落ち着かなかった。***「ああ、君か。」先日と同じように、冴木はベッドで本を読んでいるところだった。1週間と少ししか時間は経っていないの...
*緩いR表現があるので、苦手な方はご注意ください。サボカフェを出て、大堀と家に帰ったのは……まだまだ明るい時間だった。せっかくのデートだしどこかで美味い物でも食ってこようかと思ったが、大堀も俺も人疲れしてしまっていて……結局、近くのスーパーで買い出しをした。2人並んでキッチンに立ち、会話も弾まないまま淡々と仕上げていく。それでも駅で手を繋いだり、人ごみに揉まれながらぶらぶらと歩くのに比べたら、気持ち的に...
結局、俺たちが辿り着いたのは、サボカフェだった。***車内でも嫌がる大堀を無視し、手は繋いだまま。最初は抵抗を見せていたが、俺が折れないのが分かると……大堀も徐々に大人しくなる。2人でドアの前に立ちながら無言で外の景色を眺めていると、最近では見慣れた建物が目に留まる。特に目的の駅なども決めてなかったが、新宿に到着すると……2人の間に言葉はないまま同時にホームに足裏をつけた。土曜日ということもあり、駅構内は...
これ以上デートに対して注文をつけられても対応できそうになかったから、大堀が風呂を上がるのを待たずに家を出た。待ち合わせの時間までは大分余裕があり、普段は立ち入らない小さな本屋にふらりと寄り道。すると、冴木が読んでいた短編集が目につき、手を伸ばす。普段は手に取ることもないが、特に何も考えずにそのままレジへと向かった。***駅前のカフェに入ると、ほとんどカウンター席で埋め尽くされていた。俺のようにひとり...
昨日は結局、大堀の希望に見合う宿を選ぶのに手間取ってしまい、どこにも出掛けられず仕舞いだった。夕飯の買い出しの時間もとっくに過ぎてしまっているのに、冷蔵庫は空っぽ。仕方なく深夜に2人でコンビニに出向き、簡単な夜食とデザートを買い込んだ。そんな長期に渡る作戦会議を終えたのは、午前0時を回っていた。せっかくの土曜日を1日丸ごと棒に振ってしまったわけだが……あーでもないこーでもないと計画を立てるのは、それな...
今日は大学が始まる前の最後の土曜。大堀は昼前からバイトで家を空けてしまうが、今はソファで寝転びながら熱心に雑誌を見つめている。冴木の病院には最低週に1度は顔をだし、その帰りにサボカフェで珈琲を飲みながら冴木の近況報告をするというのが、俺の主な土曜日の過ごし方となっていた。そろそろ大堀が出る時間だから、それに合わせて俺も出掛けようと準備していても、大堀は一向に動く気配はない。「今日のバイトは?」「……...
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「なんで引っ越したんですか?」「誰に聞いた?」あと1週間で高校の入学式。咲から電話がきたのは、男に溺れたあの日から数日経った夜のこと。いつものようにビール片手にアルバムを眺めていると、全くならない電話が突如鳴り響いた。一瞬望海からかと期待しながらディスプレイを確認すると、そこには咲の名前。登録はしたが、俺の新しい連絡先は教えていない。無視をするとしつこそうだから、ため息まじりに電話にでる。すると、...
段ボールだらけの部屋で、組み立てたばかりのベッドに転がる。前のベッドは望海の顔がちらついて、仕方なく処分した。望海のために用意した着替えや歯ブラシ、寝具やスリッパ。それをひとつひとつゴミ袋に入れる度に、視界が歪む。終わりにしようと決めたのは俺なのに、思い出だけはなかなか手放せない。実母の写真は破り捨てたのに、望海の写真は1枚だって捨てられない。何度も何度も迷って、結局ゴミ袋から助け出した古ぼけたア...
望海「ねえ!!陽兄っていつ帰ってくるの!?」中学を卒業して、高校の入学式が迫っている。体育祭では3人でメシに行こうと約束していたのに、正月に顔を出してから一度も会えていない。それどころか、咲と初詣に行って帰ってくると、既に陽兄の姿はなかった。俺に挨拶もなく帰ったことなんて一度もなかったのに、としばらく不貞腐れて……待てど暮らせど、いつまで経ってもフォローの連絡はない。業を煮やして連絡したのに、なぜか...
大晦日。澄んだ空気を肺一杯に膨らませながら、煩悩を隠して実家に顔を出した。望海に会うのは、体育祭以来。2ヶ月も空いていないのに、既に毎日会いたくて堪らなかった。少し前なら感情の赴くまま会いに来れたのに、罪悪感が足を重くする。特に父さんと母さんに合わす顔がなくて、ずっと避けていた。これだけ世話になっておいて、その大事な息子に劣情を抱くようになるなんて、俺だって勘弁してほしい。俺が家に到着するや否や、...
「もう!!はるちゃんに言いつけるから~~~っ!!」気に入らないことがあると、望海は俺のところに一目散に逃げてきた。襟元をぐしゃぐしゃに濡らして、宝石のように美しい瞳を深海のように煌めかせて、自分勝手な正当性を訴えてくる。その姿を見ていると理性がぶっ飛び、沸騰しそうなほど熱い血が頭にドクドクと溢れてきた。自分のブラコンぶりを振り返ると恥ずかしいと思う場面が多々あるが、天使を泣かせるなんて悪の所業。俺...
結局あの日から、俺たちはふたりと養子になった。恵さんが言うような選択権なんてなかったし、金も手もかかる大きな子供を2人揃って引き取れる裕福な親戚は、どこにもいなかったから。実母でさえ、家庭を壊されることをひどく恐れていた。写真の中で見た優しい笑顔は幻想で、俺たちを見つめるリアルな視線は驚くほどに冷酷で、無慈悲だった。血の繋がりなんて、何の意味もない。―――家族なんて、いらない。「はるちゃん、夕飯はなに...
陽海―――いつからだろう……?いつから間違えてしまったのか、自分でも分からない。感情の境目があやふやで、いくら探してもその答えが見つからない。見つかったところで、今更どうしようもないのだけれど……ベッドに寝転ぶ無防備な姿を見下ろして、深いため息を吐いた。***望海が生まれたのは、夏休みに入ってすぐのこと。からっとした気候とは程遠く、Tシャツが身体に纏わり付くようなひどく蒸した日。毎日のように最高気温を更新す...
こんにちは!お久しぶりです。皆さま、お元気でしょうか?寒かった日が急に暑くなって、身体の体調崩しそうになりますね。『過保護な花男くん』の続編に続く陽海編を書き終えたので、明日から短編始まります。近親相姦苦手な方はごめんなさい。短編ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。桐生最後まで読んで頂き、ありがとうございます!!ランキングに参加しています。よかったらぽちっと応援お願いします!!にほんブログ村小説(B...
咲 「今日どっか寄ってかない?」「……どこ?」俺の肩に頭を預け、のぞが嬉しそうにスマホを差し出す。でも、差し出されたスマホの画面ではなく、シャツの隙間に視線が吸い込まれた。すこし伸びた前髪が、滑らかな頬にふわりと滑る。指先で毛先を耳にかけてやると、視線を合わせてにっこりと微笑んだ。「駅前にタピ屋オープンしたって、田中が言ってたんだよね。少し遠回りしてみない?」「タピ?」「タピオカ。」「あー、カエルの...
咲「こ……今野、まさか貰ったの?」放課後、のぞから貰ったチョコを大事に抱えながら部室に顔を出すと、俺と袋を見比べた部員に渋い顔をされた。「何を?」「チョコ。今日バレンタインだろ?お前が貰えるんか?そして受け取るんか?バレたら天使に殺されない??」「ああ、これはのぞから貰ったやつ。」そう言って腕を高くあげて見せびらかすと、悲鳴と雄たけびの不協和音を奏でる。「のぞみんから?え、確かのぞみんと同クラの田中...
望海―――困った。なんか面倒なことになってきた……。「のぞみん、今野んとこ行ってたの?貢物は代わりに受け取っておいたから。」「あー、うん。」 田中から受け取ったものを乱雑にカバンに放り込みながら、チャックが締まらなくなったカバンを見てため息を吐く。―――俺だって、あげたかったのに!!!「なにそれ?」「現国の教科書。借りてきた。」「え?今日って現国ないだろ?焦るからやめて。」「咲のクラスであるんだよ。」「は...
咲「のぞみんが田中に本命チョコ渡してた!!!」1限のチャイムと同時に駆け込んできたクラスメイトが、その一言で教室に爆弾を投下した。それをすぐ後ろに控えていた教師に咎められ、浮ついた教室が無理やり鎮火させられる。でも、俺の怒りは少しも静まらない。田中。それはのぞの唯一の友達。それが今日からは、俺の最大のライバルに変わった。教室で仲睦まじくじゃれ合う姿を何度も目撃しており、やめろと何度も忠告しているの...
望海―――あー、渡せなかった……!!!カバンの奥にしまい込んだプレゼントを覗き込んで、こっそりとため息を吐く。咲は今日が何の日かも知らなかったみたいだし、昔からイベントに無関心なこともよく知っている。赤色で装飾された浮かれた街中を見ても、咲の目には何も映していない。単なる日常の風景として処理され、記憶にすら残らない。先週の土曜日。咲が部活に精を出す中、俺もこっそりと繁華街へ向かった。いつもの性欲を満た...
咲真っ白な息が張り詰めた空気に溶け込み、低い雲が空を覆う。耳が痺れるように痛むけれど、この時間は嫌いじゃない。のぞが家から出てくるまで、あと2分。先月の誕生日にのぞから貰ったマフラーに顔を埋めて、スマホはカバンへ。悴む指先をポケットにしまいこみ、2階の窓を見上げる。白いレースのカーテンが端に寄せられ窓が開くと、のぞが寒さに眉を潜めながら顔を出した。俺を見つけてにっこり微笑むと、跳ねる前髪をキャラ物の...
遅ればせながら、あけましておめでとうございます!!今年もよろしくお願いします。更新もせずに放置しているブログですが、もうすぐバレンタインということで、咲×のぞの短編を書きました。お話の流れとしては『蛇に睨まれたオオカミ』の後の話になります。明日の10時からはじまります。よかったら遊びに来てもらえると嬉しいです。桐生最後まで読んで頂きありがとうございます!!ランキングに参加しています。よかったらぽち...
望海「夏休み、終わっちゃうね。」小さなバケツと花火セット。派手さは皆無だけれど、俺が望んだ最後の夏のイベント。欠けた月が浮かんだ空の下、向かいにしゃがみ込んだ咲が一生懸命ろうそくに火を灯していた。風除けになればと手を翳すと、咲が俺をじっと見つめる。ゆらゆらと揺れる火の光に、咲の顔がぼんやりと映し出される。いつもとは違う咲の顔に、なんだか照れてしまう。見ていられなくて視線を下げると、咲が俺の手に花火...
咲「咲、汗すごいね?」拭っても拭っても滴り落ちる汗を見つめて、のぞがふわっと笑う。「え、臭う?」「大丈夫。俺も汗だくだから……。」そう言いながら、赤ら顔をしたのぞがにっこり笑う。自分から漂う汗臭い匂いに混じって、隣に歩くのぞからはずっと甘い匂いが漂っていた。その匂いに誘われるように、華奢な首筋に鼻を近づける。「のぞは汗の匂いしない。」「え、なんで?背中もびしょびしょだよ?」「……すげえ甘ったるい匂いす...
「で、咲となんの話したの?」「さすがに急すぎない?」玄関に一歩踏み入れてから、靴を履いたまま男を見上げる。男の家は駅から20分ほど歩いた、2階建ての古いアパートだった。立て付けの悪いドアを開けると、中は蒸し風呂のような灼熱地獄。開けた瞬間に、目を瞑りたくなるほどの滝のような汗が額を流れる。玄関のすぐ脇には、段ボールが開けられることもなく乱雑に積み重なっていた。その上にさらに女性ものの下着や洋服が重...
咲の部屋にいるのが気まずくて、久しぶりに陸部に顔を出した。サッカー部が校庭の大部分を占めているから、俺たちが使えるのは端にある空スペースのみ。だからこそ日陰が確保できるから、別に困ることはない。こんがりと焼けた肌の男たちが、ボールを蹴り飛ばしながら何かを叫んでいる。それをぼんやりと見つめながら、木陰で水筒を傾ける。大して動いてもいないのに、休んでばかりだから空になるのが早い。夏休みが、もうすぐ終わ...
望海―――あれから、咲が全然手を出してくれない……。花火大会の日、初めて咲が触れてくれた。嬉しくて、嬉しくて……俺たちの関係が進展する気がして、次の展開を期待してしまう。いつ続きをしてくれるのかと期待して待っているのに、咲はあの時のことなんてなかったかのように平然としている。ベッドで寝転びじゃれてみても、この前のような雰囲気になることはなく、期待しては裏切られる。毎日その繰り返しで、いい加減俺も疲れてき...
「ねえ、花火大会行かない?」夏休みの宿題を宣言通り2日で終わらせ、後はだらだら過ごすんだとメリハリのある目標を掲げていたのぞが、瞳をキラキラ輝かせながら尋ねてきた。「えー、暑いし人多いからいいよ。夜だと危ないじゃん?」花火大会なんて、父親に連れられて幼稚園の頃に一度だけ行ったっきり。その思い出も、楽しいよりも疲れたが勝っていた。毎年この時期に地元で行われる花火大会は、隣の市と合同で開催されていて、...
電車とバスを乗り継ぎ、江の島に着いた頃には既に太陽は頭上から容赦なく降り注いでいる。鎌倉に立ち寄り、生しらす丼で腹ごしらえを済ませ、小町通りで買った大量のお土産をリュックに無理やり詰め込み、ようやく今日の目的地である海に辿り着いた。サンダルが砂浜にめり込み、額を伝う汗の量は尋常ではない。逃げ場のない太陽の攻撃をもろに喰らいながら、風の強さに目を細める。夏休みということもあり、砂浜は人で埋まっていた...
咲「おい、起きろ。」「あ……れ?今野?」田中の肩を揺すると、俺をぼんやりと見つめながら瞬きを繰り返す。膝の上にはのぞが体操着姿で熟睡していて、しがみつくように田中の腰に腕を回しているのが、非常に気に喰わない。渋滞に巻き込まれながら、予定よりも1時間遅れの到着。のぞが家で待ちきれずに朝から学校に行っていると恵さんから連絡をもらい、口元を緩ませながらバスから降りたのに、のぞは校庭にいなかった。どこにいる...
「今日は1人?」「あ、昨日の……。」昨日と同じようにゲーセンでぬいぐるみを狙っていると、見た顔に声をかけられた。昨日は制服姿だったのに、今日は緩い私服姿。緩くあいた首元には、昨日よりも濃い痕が刻まれている。―――やっぱり、彼女いるんだよな……?「覚えててくれて嬉しい。」「どうも。」人のモノに露ほどの興味もなく、ぬいぐるみをじっと見つめる。教えてもらったようにアームを動かしているつもりが、微妙に先端がズレて...
望海「望海、もうちょいマシなとこ行こうよ。」「なんで?」「デートにゲーセンは色気なさすぎない?」「だって、咲はゲーセン嫌いだし。」「ここだと死ぬほど職質されるんだけど……。」「あー、俺たち似てないからね。」退屈すぎる時間を持て余し、連絡もせずに始発の電車に飛び乗って、陽兄の住むマンションに向かった。陽兄は、俺のことを一番かわいがってくれる。年が離れていようが、血が繋がっていなかろうが……親に抱かれるよ...
田中いつものようにテニス部に顔を出すと、なぜかのぞみんがベンチで寛いでいた。また今野と痴話げんかでもしているのかと思ったが、目の下に酷いクマがあるのに気がついて慌てて駆け寄る。「大丈夫?寝てないの?」「……咲が合宿だから。」―――今野が合宿だと、なんでのぞみんが寝れないの……?理由になっていない気がするが、のぞみん相手に普通を求めても仕方がない。着替えるのは諦めて、のぞみんの横に腰をかける。「今野いつ帰...
「今野~?お前、抜いてたろ?」「抜いてない。」「まあまあ、これでも見て予習しようぜ。」「何コレ?」手渡されたAVを見ると、似合わないスカート姿の男が困り顔でこちらを見つめていた。のぞ以外の女装なんてキショいだけで、大好きなはずの困り顔が少しも刺さらない。「女装子モノ。こういうのは怖くて1人じゃ見れないから。」「趣味わる。」「その格好の今野に言われたくないから。」そう高らかに笑われ、隠し持ってきたノー...
咲「今野、私服どうした?」同部屋の3年に声をかけられ振り返ると、俺の服を見て固まっている。のぞがせっかく選んでくれた服を着ているというのに、会う人会う人に同じ顔をされすぎて、意味が分からない。―――俺には似合わないってこと……?「何が?」「いや、それどこに売ってんの?」「のぞが買って来てくれた。」「え?ちょっと待って。今野の服ってのぞみんが選んでんの?」「いや、今回だけ。絶対にこれ着ろって。」「……のぞ...
明日から夏休み。期末試験を無事に終えて、涼しい部屋の中でゲームをしながらベッドに寝そべる。咲の匂いが充満した部屋にいるだけで幸せで、明日からここに入り浸れると思うと頬が弛む。そんな中、咲が思いだしたように口にした。「そういえば、陸部の合宿いつから?」「合宿ってなに?」「え、陸部はないの?」「あー、自由参加だから俺は出ない。」「……そっか。」―――そのニュアンスからして、咲は出るんだよな……?そう思いなが...
試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、咲と視線が交わる。俺に格好いいって言われるのが、一番うれしいって言ってくれた。だから、たくさん格好よかったって伝えたい。早く声をかけようと立ち上がったが、俺よりも先に女子が駆け寄っていくのが見えた。見覚えのない制服に身を包んだ女子が、咲を見て微笑んでいる。その姿を見ているだけで、シャボン玉のように膨らんでいた気持ちがピシャンと破れた。―――あー、すげえつまんない……。...
望海―――き、来ちゃった……。咲に内緒で練習試合に顔をだしたはいいけれど、他校なんて初めてでよくわからない。試合時間ギリギリに来たから受付も終わってしまっていて、広い敷地に気持ちが萎える。どうしようと思いながら校舎の方に向かうと、肩を叩かれた。「試合観に来たの?」「え?」「そっちじゃない。」見覚えのあるジャージ姿の男に手首を引かれ、スタスタと歩き出してしまう。その後ろ姿を見つめていても、男の顔には見覚...
全くやる気のなかったのぞが、瞬時に笑顔を消した。いつもの柔らかな雰囲気を封じて、代わりに全身から気迫が満ちる。エロ目とアイドル鑑賞で来ていたギャラリーがどよめく中、のぞひとりだけ別空間にいた。みんなが予行練習に余念がない中、目をしっかり閉じたまま微動だにしない。身体を使って覚えるのではなく、のぞは頭の中ですべてを完結できる。―――のぞ、やる気だ……。「胡蝶、大丈夫か?具合悪いならやめとく?」心配した西...
咲のぞがバーを見つめて、軽く助走をつける。バーに近づくにつれてスピードが増して、体重をかけて踏み込んだ。そのまま空に向かって身体がふわりと浮き上がると、バーからかなり高い位置を背中が通過した。そして平行に身体を保ったまま、ゆっくりと着地する。数秒で終わる僅かな時間だと言うのに、スローモーションのように優雅に見えた。先月まではさみ跳びしか出来なかったはずなのに、今は1年で唯一背面跳びをマスターしてい...
昔やりとりしてたメアド使えなくて、こちらで名前叫んですみません!こんばんは!お久しぶりでございます!!すごい前の話なんだけれど、もしかしなくてもコメント頂きましたか……🫨コメントほぼもらわないからどスルーで、昔のコメント見ながら元気出そうと思ってたら、えりりんの名前を見つけました。過保護の花男くん読んでくれて嬉しい!!LIVEにお芝居に、昔と変わらず元気そうです何よりです☺️俺も腸活してる。違う意味で笑元...
望海放課後、咲にユニフォーム姿を見せたくて電話をかけたのに、なぜか繋がらない。いつもはワンコールも待たずに電話をとる咲だから、電話に出ないのは珍しい。体育館まで距離はないから、その姿のまま部室に顔を出した。「え、のぞみん!?」部室を覗くと、ちょうど部活を終えた部員が着替えている最中だった。ラッキースケベだと思いながら咲の姿を探したが、奥まっている造りのせいで入り口から奥まで見えない。―――あー、残念...
咲「さっきの体育、のぞみんTシャツ着てなかったって。」―――は?次の授業は理科の実験。そろそろ理科室に移動しようかと腰をあげると、小走りで教室に戻ってきた木村が息を弾ませながら爆弾を投下した。思わず顔を上げると、木村と視線ががっちり噛み合ってしまう。俺を見つめてあからさまに狼狽えながらも、小声でぼそぼそと話し続ける。「乳首透けてたらしくて、エロいってD組が騒いでた。」「マジか。見に行く?」「え、男の乳...
「のぞみんの彼女ってどんな子?」「え?」咲の委員会が終わるのを大人しく待っていると、同じく彼女の委員会が終わるのを待つ田中が話しかけてきた。「いや、昨日シたって話してたから。」「あー、彼女じゃない。」「え?」「初めて会った子だから本名も知らない。」「……・え?」むしろ、女ですらない。田中が面白いくらいに口をあんぐり開けながら、俺に近づいてくる。咲と違ってリアクションが大きい田中は、単純に話しやすい。...
「電話なんででなかったの?」結局まっすぐに体育館に向かう気分になれず、図書館で時間を潰して……部活が終わるチャイムに合わせて、慌てて体育館へと走った。体育館を覗くと、タオルを首にかけた咲が俺を見つけて睨んでくる。いつもならさっさと着替えているはずなのに、俺が来るのを待っていてくれたらしい。その視線に笑顔だけ返して、機嫌をとろうと腕に絡みつく。「喋ってて気がつかなかった。」「誰と?」「田中。」「……あい...
望海「のぞみん、なんかあった?」「何が?」「昼休み終わってから、顔がずっと怖いから。」「わり。」「別に謝らなくていいけど。」田中と一緒にテニス部に顔を出すと、おがっちに睨まれたけれど田中の背中に隠れてやり過ごす。体操着に着替える田中の背中を見つめながら、自分の背中を思い出す。俺と同じもやしだと思っていたのに、咲ほどではないけれどちゃんと筋肉がついていた。着痩せするタイプなんだなって思いながら、肩甲...
「B組の舞ちゃん、のぞみん狙いだって。」「え?あの子って進藤と付き合ってなかった?」「別れたんじゃね?」「ま、胡蝶ちゃんだもんな。そりゃ進藤でも負けるだろ。」のぞの話をしている男たちの声が、自然に耳に入る。それには気がつかないフリをして、耳だけ男たちに向けながらスマホを見つめる。「そういえば、先輩たちもD組の廊下にいないよな?いい加減飽きたのかな?」「違うって。志村先輩の怪我、知らねえの?」「あー、...