新しく始まったテレビで映画館の入場者が、減りはじめした。当時の映画は時代劇、現代劇とありますが、どちらも、モノクロ(白黒)画面でした。映画に比べて少し鮮明度が劣るテレビ画面もモノクロ(白黒)画面です。ーーー映画はテレビ画面と差別化をはかるために、天然色映画化が考えられますが、費用のかかるテクニカラー方式は無理でした。ーーー新しいカラーフィルムが出来たらしいというニュースが流れてきました。アメリカのフィルムメーカーのコダック社が、イーストマン・カラーが出来たというのでした。イーストマンカラー登場
テクニカラー方式の天然色映画は予算の潤沢なハリウッドでは制作可能でしたが、ハリウッド以外の映画会社では制作出来なかったようでした。ーーー我が国の映画界では、富士フイルムを使った、松竹大船の二本の天然色映画以外、制作されませんでした。ーーー動画が映画館だけでなく新しくテレビとして家庭へ入ってきました。この、あたらしいテレビは映画館では見られなかった毎日の新しいニュースを動画で放映されました。また、座談会、天気予報、スポーツ番組など、新しい動画もありました。ーーー電車に乗って映画館へ動画を見に行かなくても新しいテレビの動画が家庭で見える時代になりました。新しい動画のテレビジョン
日本で初めて天然色映画として松竹大船の「カルメン故郷に帰る」と「夏子の冒険」の二作品が制作されましたがそれ以外、制作されませんでした。ーーー外国では、アグファカラーで「石の花」がソ連で制作されたはずです。それ以外は、ゲバカラーやフェラニアカラーで天然色映画が制作されたようですが私は見ていません。ーーー当時、天然色映画としてはテクニカラー方式の映画が標準でした。しかし、テクニカラー方式では撮影方式として、赤、緑、青を担当する白黒フィルムが三本使用する大型のカメラが必要ですし、後処理も大変です。従って、予算も大変だったのでしょう。ーーー私の見た洋画の天然色映画は英国のモイラ・シアラー主演の「赤い靴」。地上を色彩で、天国をモノクロ(白黒)画面で描写する「天国への階段」?。アメリカ映画ではダニー・ケイとヴァージニ...テクニカラー方式の天然色映画
松竹大船(しょうちくおおふな)制作の天然色映画二作目「夏子の冒険」が制作公開されました。今回も富士フイルムが使われました。前回の「カルメン故郷に帰る」では全編、野外つまりロケーションのみで制作されましたが、「夏子の冒険」では舞台が北海道でしたが、スタジオでのセット撮影もあったようですが、私は覚えていせん。出演俳優さんの主役はミスヒロシマ出身の角梨枝子(スミリエコ)若原雅夫、東山千栄子など。ーーー原作はなんと三島由紀夫でした。私は、三島ファンでした。なかでも「金閣寺」はすばらしい作品でした。金閣寺放火事件を題材にしたものでした。ーーー松竹大船で我が国初の天然色映画が作られましたが、「カルメン」「夏子の冒険」の二作のみで、以後日本で天然色映画はしばらく作られていません。角梨枝子主演の「夏子の冒険」
我が国初めての、天然色映画「カルメン故郷に帰る」は、ストーリーも面白く楽しめる映画でした。ーーー富士フイルムが技術的バックアップで制作された天然色映画でしたが日本にはフィルムメーカーの老舗小西六(こにしろく)がありました。この会社ではさくら天然色フィルムが発売されていました。この小西六でも天然色映画を制作したはずですが、何故か私には、覚えがありません。ーーー松竹大船で、主演高峯秀子で木下恵介監督の天然色映画は興行的に成功したのでしょう。ーーー翌年、同じく松竹大船で制作される「夏子の冒険」がありました。この映画も私は見ています。天然色映画二作目「夏子の冒険」
アメリカから天然色映画つまりテクニカラー方式のカラー映画がどんどん入ってくるのに、刺激されてか日本でもカラー作品制作があちこちで検討されていたようでした。ーーー国産フィルムを使った天然色映画が松竹大船(おおふな)で制作され公開されました。松竹大船は現代劇の撮影所ですから、ストーリーは現代劇でした。ストリッパー・カルメン(高峯秀子)が故郷へ錦を飾るというと話でした。監督は木下恵介(きのしたけいすけ)でした。この国産初の天然色映画の題名は「カルメン故郷に帰る」でした。ーーー肝心の天然色映画の撮影フィルムは富士フイルムが使用されました。当時、カラーフィルムはリバーサル方式でした。富士フイルム側も技術協力があつたのですがさぞ、大変だったでしょう。撮影現場は、浅間山山麓のロケーションだけでスタジオでのセット撮影は無...国産初の天然色映画「カルメン故郷に帰る」
アメリカから入ってくる天然色映画はテクニカラー方式でした。テクニカラーは、まずカメラが特別で白黒フィルムを三本使います。撮影にこの三本の白黒フィルムが同時に走るのでカメラの構造は大げさです。ーーー話題になった天然色映画には「風と共に去りぬ」があります。この優れた色彩のテクニカラー方式映画はアメリカで作られていました。制作費が莫大なのか普及しませんーーー英国で、このテクニカラー方式の天然色映画「赤い靴」や「天国への階段」などが制作されました。ーーー「天国への階段」では、モノクロ(白黒)画面と天然色画面が混ざった面白い作品でした。日本では、このテクニカラー方式の天然色映画の制作はありません。キッと制作費で折り合いが付かなかったのでしょう。天然色映画「風と共に去りぬ」
新しい動画の世界のはじまりがテレビ放送です。動画の世界が家庭で見えるのですから動画の王者、映画界にとって脅威でした。ーーーテレビの登場で街の映画館の観客が目に見えて減ってきました。しかし、新しい動画のテレビはモノクロ(黒白)の画面でした。日本に入ってくる映画には色彩豊かなカラー作品がありました。輸入されるカラー作品を天然色映画と名付けられていました。ーーーテレビに対抗して映画が勝つには制作される映画はカラー作品つまり天然色映画しかないと、云うことになりました。ーーー当時の天然色映画は輸入される洋画、アメリカ映画がほとんどでした。アメリカ制作の天然色映画はテクニカラーでした。天然色映画
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